通さない、通さないと決めた。
その意地だけでアルベルトは《ダーレッドガンダム》と数度目の打ち合いを講じていた。
ビームジャベリンが白銀の鉤爪に阻まれ、弾かれ合った機体同士が再びの交錯を求めようとして、拡散重力磁場の黒い雷撃が裁きのように落とされる。
舌打ち混じりに掻い潜り、刃を突き立てようと薙ぎ払う。
『愚かだな、アルベルト・V・リヴェンシュタイン。貴様の復讐も、そして因縁も終わっている。だと言うのに、この舞台に立ち続ける理由は何だ?』
「理由……? 理由だと? そんなもん、分かり切ってるだろうが! クラードが……あいつがここで諦めねぇから、立ち続けているからだろ……! そんなのも分からねぇほど耄碌しちまったのかよ! エーリッヒの爺さん……!」
『理解の外だな。アルベルト・V・リヴェンシュタイン。貴様は我が前に立つ存在に非ず』
「どうだかな。存外、厄介な一手だとは、思ってんじゃねぇの……!」
軽口を叩き、《アルキュミアヴィラーゴ》の躯体を回転させる。
浴びせ蹴りを見舞うも、相手は軽くいなし、鉤爪を叩き込もうとする。
『――砕けろ』
黒白の砲弾が弾き出され、空間そのものを削ぎ取って月面へと吸い込まれる。
クレーターを生み出したその火力に震撼するよりも先に、アルベルトは吼え立てて刃を払う。
『ヘッド……! 野郎、やらせるかってんだ!』
トキサダの機体がビームライフルで援護射撃を見舞うのを、エーリッヒは心底鬱陶しそうに腕を払う。
『邪魔だ。ただの人間が』
拡散重力磁場がトキサダの《ネクロレヴォル》を包囲し、直後にはその躯体を射抜いている。
「トキサダ! おい、聞こえてんのか!」
『ヘッド……チク、ショウ……助けにもなんねぇのが、副長ってのはいただけねぇ……』
アルベルトはトキサダの呻きを受けて満身より吼えて攻勢を見舞っていた。
《ダーレッドガンダム》はビームサーベルで受け止めて、心底理解出来ないとでも言うように問い返す。
『ここで挑んで何に成る? 貴様はただ、無知蒙昧のままに命を枯れ果てさせるか。何をやったところで無駄なのだ。《レヴォルヘブンズオーダー》の調律、そして機動戦士《ガンダムダレト》による物理的な世界への終局。その賢しいだけの脳髄で理解は出来るだろう? もうこの来英歴は終わったのだ』
「終わって、ねぇ……ッ! 終わらせるワケ……ねぇだろうが……!」
『貴様は些末事だ。大事の前の小事。羽虫の戯言に過ぎない。だと言うのに、何故、ここまで喰らい付く? とっくに分かっているのだろう? 貴様では我に勝てない』
「どうかな……! やってみねぇと案外、分からねぇ……よッ!」
剣戟を交わしながら機体を急上昇させる。
ミラーヘッドの蒼の残像を引き、アルベルトは雄叫びを上げていた。
呼気一閃で放った大上段の両断の太刀を、相手は読み取って刃を振るう。
『全て無駄、無為に等しい。メイア・メイリスによる調律へのカウントダウンは無情に、そしてなおかつ完璧に地球圏に降り注ぐ。世界を染め上げる憎悪の歌だ』
「そんな事にメイアを使わせて……てめぇは良心が咎めねぇのか……!」
『咎める? 何が咎めると言うのだ。我はこの次元宇宙に召喚された瞬間に、ダーレットチルドレンによって肉体を解体され、精神を封印されたのだぞ。それに比すれば、何もかも静かなるものだ。静かに世界が終わるのだと……それが何よりも救済なのだと、何故分からない?』
「……認めたな?」
こちらの言葉に《ダーレッドガンダム》が鉤爪で払い除ける。
『……何の事だ……?』
「てめぇは結局、自分可愛さに、世界を追い込んでいる……小悪党ってこったよ。自分が解体された、封印された……そいつぁ確かに、気の毒だっただろうさ。だがな! 世界を……来英歴を巻き込んでいい言い訳になるかっつーんだ! オレ達の明日はオレ達で決める! 誰にも……それをてめぇ勝手に終わらせていい権利なんざねぇ!」
『……アルベルト・V・リヴェンシュタイン。三年前にテスタメントベースで出会った頃のほうがまだ、賢かったようだな』
「図星突かれて本気出すっつーのはよ、それは情けねぇって言うんだ……!」
《ダーレッドガンダム》が鉤爪を振るう。
その瞬間、距離が「殺されて」いた。
空間そのものを削ぎ取った挙動は予想されていいはずなのに、一拍遅れる。
《ダーレッドガンダム》が鉤爪で《アルキュミアヴィラーゴ》の躯体を掴み、その腕から黒白の輝きを編み出す。
それは終わりの弾頭。
世界そのものを変革させる未知の刃。
ハイデガーとやらはこの機体によって五十三年前に跳ばされた――その恐怖が全く這い登らなかったと言えば嘘になる。
しかし、自分にとっては、それは恐怖よりも乗り越えるべき距離を相手から詰めてくれた好機。
「……ありがとよ、エーリッヒの爺さん」
ビームジャベリンを《ダーレッドガンダム》に突き立てようとして、直後の砲撃によって機体が激震する。
『ダーレッド、バスター』
黒白の彼方、累乗の先へと放たれた部位が消失していく。
意味存在を失わせ、白銀の躯体が半壊して傾いでいた。
「……まだだ!」
アルベルトは奥歯を噛み締め、最後の応戦へと意識を飛ばす。
ここまで封じてきた切り札――ミラーヘッドビットの穂が《ダーレッドガンダム》を包囲していた。
『……何……』
「ここで終焉って言うんなら、喜んで受け入れるぜ……! エーリッヒ・シュヴァインシュタイガー! オレと何もかもを終わらせようじゃねぇか……!」
存在力そのものを変換した蒼い光軸がミラーヘッドビットから放たれ、《ダーレッドガンダム》を四方八方で射抜く。
敵機が内側から爆ぜ、アルベルトは鉤爪から解放されて宙域を漂っていた。
「……やった……ようやく……オレはお前に……クラード、誇りを持って、もう一度……」
『――思考加速、エグゾーストネットワーク』
不意に差し込んだ声が耳朶を打った瞬間、全ての事象は巻き戻っていた。
爆発の光輪を押し広げたはずの《ダーレッドガンダム》は再構築され、鉤爪が黒い瘴気を伴わせて《アルキュミアヴィラーゴ》を掴み取る。
『……まさか、これを使わせるとはな』
「……何だよ、これ……」
『自身の存在を賭けての最後の一撃。そちらの機体を貫く事さえも想定のうちに、何もかもを終わらせようとした意地。なるほど、天晴れと言うべきか。だが我には通用しない。《ダーレッドガンダム》と我は既に、進化した波長生命体だ。思考加速で事象を遮断し、それが通用したと言う概念そのものを封殺する。これが、あの万華鏡、ジオ・クランスコールでさえも扱い切れなかった、思考拡張の真髄よ!』
爪が振るわれ、純然たる暴力がコックピットを激震する。
アルベルトはバイザーが割れ、額に突き刺さったガラス片が熱い血潮を伝い落させているのを感じ取っていた。
「……勝てねぇって、言うのか……。オレが、オレ達は……!」
『少しは物分りのいい側の人間だと思っていたのだがな。訂正しよう、アルベルト・V・リヴェンシュタイン。貴様は生き意地汚く我に飛びかかり、牙を突き立てんとした、一匹の獣であったのだと。そして獣の意地では、叡智の光には遥かに及ばない。頸動脈を引き千切り、そしてその果てに、我を終わらせようとした。その戦歴に対し、敬意を表しよう。よって全霊をもって、貴様を葬る。ダーレッド――!』
砲撃姿勢に入った《ダーレッドガンダム》を前に、アルベルトは全ての手を出し尽くしたのを感じていた。
切り札でさえも放ち、それでも勝てないのならば、せめて散り際は潔いほうがいいだろう。
そう――簡単に諦められれば、まだよかっただろう。
瞼を閉じようとして、その網膜にちらつく影と、そして誓った約束。
――待っていますから!
シャルティアと、そして失ったマテリアの相貌が脳裏を過った途端、賢しいばかりの終わりを迎えようとしていた神経を振り切る。
「……冗談、じゃ、ねぇ……ッ! オレは宇宙暴走族、凱空龍のヘッド! アルベルト・V・リヴェンシュタインだってんだ! 簡単に諦めて……堪るかよ……ッ!」
しかしどうすると言うのか。
両腕は砕け、ミラーヘッドビットは全て撃墜されている。
この状態で何が出来る?
何が――最大の叛逆となる?
「……最後の最後、絞り尽くせ……! コード、“マヌエル”……煌めけ! オレの……叛逆……ッ!」
リミッターが解除され、内蔵フレームを軋ませた《アルキュミアヴィラーゴ》が最後の蒼い軌道を描き、拳を振りかぶる。
その鉄拳が《ダーレッドガンダム》へと突き刺さる前に、砲撃は実行されていた。
全ての物理装甲が融け落ちていく中で、アルベルトは奥歯を噛み締め、拳を届かせんと加速する。
『まだ向かってくるのか……。貴様は、何だ……? 何のためにそこまでやる?』
純然たる問いかけだったのか、あるいは恐怖でさえも宿したのか、それは判然としない。
しかし、アルベルトは血の色に染まっていく世界の中で、喉から言葉を搾り出す。
「……馬鹿、野郎……何度も言わせん、な……。オレは、凱空龍の、ヘッド……ああ、ラジアルさん、そう、だよな……」