《アルキュミアヴィラーゴ》の残骸を、《ダーレッドガンダム》は捨て去る。
クラードは並び立ったメイアへと声を飛ばしていた。
「……少しだけ、時間を取る」
『……もう。早くしてね』
「……感謝する」
《レヴォルトゥルーオブジェクト》を加速させ、その腕で《アルキュミアヴィラーゴ》を抱える。
「……アルベルト。お前は本当に……大馬鹿野郎だな」
「……クラードさん、その……」
「カトリナ・シンジョウ。アルベルトを頼みたい。出来るな?」
振り向かずに問い質した声に、カトリナは首肯したのが伝わる。
「……もちろんです……っ! アルベルトさんを、死なせやしません……!」
「必ず、戻ってくる。……ああ、だがこう言ったところで、信じて貰えないのだろうが――」
そこまで口にして、クラードは背後から抱擁するカトリナの体温を感じていた。
「……必ず、帰って来てください。約束ですよ……」
その言葉と共にカトリナは自分の可変腕へと金色の鍵を巻きつける。
「……鍵……?」
「知っていますか、クラードさん。帰って来るって事は、そりゃあ鍵が要るに決まっているじゃないですか。だって……安心出来る家に帰って来るのに、鍵は必要不可欠なんですからっ!」
そう言って精一杯平静さを「取り繕う」カトリナへと、クラードは言葉少なに応じていた。
「……ああ、そうだな。俺は今まで……鍵一つ持たずに、ずっと……」
「アルベルトさんも、きっとそうですよ。帰ってくる場所、まだあるはずなんですから」
「……カトリナ・シンジョウ。アルベルトを頼んだ」
《レヴォルトゥルーオブジェクト》の頭蓋が開き、カトリナは《アルキュミアヴィラーゴ》へと取り付く。
クラードは一つ呼吸し、《ダーレッドガンダム》へと向き直っていた。
『死者を弔うか。それが貴様の編み出した答えだとでも? 滑稽だな、エージェント、クラード。アルベルト・V・リヴェンシュタインは、人間の知性を持っている癖に、それを平然とかなぐり捨てた。まるで最初から必要ないかのように』
「……うるさいな。お前相手に、要らなかっただけだろう、そんなもの。決着をつけるぞ、エーリッヒ・シュヴァインシュタイガー。――最後の、戦いだ」
《ダーレッドガンダム》はメイアの駆る《レヴォルヘブンズオーダー》へと一瞥を振り向ける。
『……世界を終わらせる福音の歌が止まった、か。だが、この来英歴は打ち止めだ。分かっているだろう? 最後の使者、機動戦士《ガンダムダレト》。これが何もかもを終わらせる。だと言うのに、一手を封じられた程度で我の計画を潰えさせたとでも?』
「……どうだろうかな。だが想定外のはずだ。俺とメイアがこうして阻んでいる光景は」
『孤高のエージェントであった貴様が、最後の最後に他者と手を組むか。それは愚かしい行為だぞ』
「……どうとでも言え。俺にとって今、メイアは必要だ」
『そうか。……それが貴様の答えか、エージェント、クラード』
エーリッヒは瞑目するような一拍を刻んだ後、《ダーレッドガンダム》を駆動させていた。
瞬間的に距離が「殺され」、眼前に立ち現れた《ダーレッドガンダム》が重力を拡散させて鉤爪を払う。
周囲に浮かび上がった漆黒の重力変動磁場を掻い潜って、クラードは《レヴォルトゥルーオブジェクト》に抜刀させていた。
蒼白いビームサーベルの残光が相手の振るう同じ色の太刀筋と交錯する。
『これで我と対等に打ち合うつもりか! 随分と愚鈍に成り果てたではないか、エージェント、クラード! 刃一つで、我と《セブンスベテルギウス》を殺せると思うな!』
拡散重力粒子が包囲陣を敷き、《レヴォルトゥルーオブジェクト》を射抜こうと回転を始める。
クラードは呼気一閃でそれらの自律兵装を掻き消していた。
断ち割られた粒子兵装が破裂し、収縮爆発が連鎖する。
『これら一つ一つが! アステロイドジェネレーターと同等! 打ち砕くだけでは御せんぞ!』
「……なら、別段俺は、一人でどうこうしようって言うわけじゃない」
《ダーレッドガンダム》へと内蔵武装を顕現させた《レヴォルヘブンズオーダー》の弾幕に相手は鉤爪を振り翳す。
『なるほど、一本調子の馬鹿に陥ったわけではない、か。ならば、それらを“殺す”までだ』
黒白の砲弾が突き刺さろうとした弾頭を打ち消し、そのまま薙ぎ払われた途端、圧縮された別方向より小型の漆黒の渦が流転する。
「……まさか、小型のダレトを生み出すのか……」
『《ダーレッドガンダム》の真髄を理解していないわけではなかろう? それくらいは出来るからこそ、最後の使者を呼ぶに値する』
《レヴォルヘブンズオーダー》へと降り注いだ蒼い弾道をメイアは加速して抜け、ビームライフルを照準させる。
『こんの……! ボクを舐めないでよね! ボクだってエージェントだ!』
『そうであったな。だからこそ――侮ってなどいない。貴様はここで潰すに相当する』
メイアの機体を中心軸にして小型のダレトが包囲する。
『まさか……! 今しがたの弾頭は外したはず……!』
『外れた砲弾をまた別のダレトで接続し、そして再掃射する。何も難しい事ではない』
舌打ちを滲ませてそれらの狙いをかわそうとするメイアに、クラードは《レヴォルトゥルーオブジェクト》を駆け抜けさせる。
「メイア! 俺が《ダーレッドガンダム》へと距離を詰める! お前は、中距離からの応戦を!」
『近づけさせると思っているのか?』
《ダーレッドガンダム》の鉤爪が振るわれ、直後その姿が眼前に迫る。
「……物理距離を“殺した”か……!」
『一つとして、貴様らを軽んじる事はない。ここまで生き残って来たのだ、相応の敵として迎え撃とう。そしてそう規定したのならば、我は《セブンスベテルギウス》の権能を最大まで発揮させる。これが、貴様の乗っていた《ダーレッドガンダム》の真の力だ』
鉤爪の一撃をビームサーベルで受けるが、その爪先が重力を帯びて引き裂いていた。
粒子束を無力化し、その軌跡でさえも読ませない。
漆黒の敵意が《レヴォルトゥルーオブジェクト》の装甲を抉る。
「……貴様、は……」
『来るのならば来い。全て消し飛ばしてくれよう。レヴォルの真の姿と、そして天の歓声の名を誇る二機よ。《ダーレッドガンダム》は許しはしない。貴様らの抵抗を一個ずつ、丁寧に打ち崩し、打ち倒し、そして潰えさせよう。我に勝てる術がない事を理解させるのに、一秒だって余計な時間を取らせるものか』
やはりエーリッヒは自分の眼と経験を通して《ダーレッドガンダム》の真の扱い方を心得ている。
そして、自分では及びもつかなかった能力の真髄でさえも。
「……だが……だからと言って俺が、ここで膝を折るとでも? 勘違いをしているのならば、それは貴様のほうだ、エーリッヒ・シュヴァインシュタイガー。三年間も俺の中に居たのならば、分かっているはず。ここで、一手でも詰めを諦めるのが……俺ではない事くらい」
『そうであったな。なればこそ、圧倒的な力で粉砕する。それが最も正しく、貴様の血潮に理解させられる方法論であろう。――パラドクスフィールド、起動』
《ダーレッドガンダム》が七色の光を帯び、その装甲面を照り輝かせる。
それはハイデガーを時間地平線の向こうへと吹き飛ばした禁断の兵装であった。
「……それを使うか」
『油断はしない。そして手心を与えるつもりもない。エージェント、クラード。メイア・メイリス。その両方だ。貴様らは等しく“クラード”であると言うのならば、一度に双方を潰す』
《ダーレッドガンダム》が鉤爪を押し広げ、内奥よりオォンと咆哮する。
「……事象宇宙の向こう側に俺達を二人とも、消し飛ばす気か」
『果たして居残るかな? その存在理由でさえも。ミハエル・ハイデガーの時は時間跳躍の末に世界の記憶改ざんで済んだが、貴様ら二人の不在はこの来英歴の崩壊を早めるだけだ』
クラードは接続された感覚器より、コックピットで呼びかける。
「……《ゼロポラリス》、コード、“マヌエル”を実行したとして、この機体はどれだけ持つ?」
『“試算上、三分間程度だろう。《レヴォルトゥルーオブジェクト》は戦闘用の《レヴォル》と言うよりも、象徴としての意味合いが強い。エンデュランス・フラクタルは偶像崇拝の一環として、自分達の手の中にはない《フィフスエレメント》を戴く躯体としてこれを創り上げた”』
「……戦闘用の《レヴォル》ではない《レヴォル》は、俺の中にはない。コード、“マヌエル”は三分ならば持つんだな?」
『“クラード、何を考えているのかは窺い知れるが、その策を取ったとして、今の《ダーレッドガンダム》は触れるだけで事象宇宙の果てへと編纂されるぞ。そう言ったものを身に纏っている。奴を破壊するつもりならば、別の策を講じるべきだ”』
「……《ゼロポラリス》、お前が俺に命令するとすれば、たった一つだ。たった一つのシンプルな答えに集約されるだろう。――俺を生き延びさせる方策を取れ。他は捨てていい」
『“こちらとしては生存率の低い作戦を取るべきではないと考えているのだが、クラード。今の《ダーレッドガンダム》を葬り去るのに、その手段はあまりにも無謀だ”』
「無謀であろうとも、ここで奴を倒さなければ、来英歴は滅び、そして世界は機動戦士《ガンダムダレト》によって崩される。俺は来英歴を……愛するべき者達のために戦い抜くだけだ。自分が彼らと生き延びる未来を、勝ち取るために」
『“矛盾だ。お前の言う策は矛盾している”』
「だろうな。自分でもどうかしているとは思う。しかし――俺と共に、これまで在ったのならば、分かるはずだ。確率論の悪魔も、世界の不条理も何もかもを超えて来たのが、ここに居るたった一人。エージェント、クラードであると言うのならば」
『“……今さら棄却する生き方ではない、か。了承した。全ての権限をエージェント、クラードへと委譲する。この先に待つのが破滅であろうとも……《ガンダムレヴォルゼロポラリス》はお前を裏切らない”』
「……感謝する。行くぞ」
内蔵フレームを軋ませ、《レヴォルトゥルーオブジェクト》が咆哮する。
『……“マヌエル”か。今さらそのような些末事で、この《ダーレッドガンダム》と我を滅ぼせるとでも?』
「黙っていろ。今は俺が……戦っている……!」
ミラーヘッドの残像現象を伴わせ、《レヴォルトゥルーオブジェクト》は跳躍する。
相手が反応する前にビームサーベルを投擲し、確実に頭蓋を射抜いたかと確信したが、それは敵の纏う七色の光を前に霧散する。
『全ての物理攻撃は《ダーレッドガンダム》の纏うパラドクスフィールドを前に事象編纂される。そして、こうも小賢しく成り下がるとはな、メイア・メイリス』
『全砲門、一斉掃射!』
内蔵武装とビームライフルを《ダーレッドガンダム》へと狙いを定めるが、着弾した瞬間、それらは物理エネルギーを消失させていた。
『虚無へと石を投げ続けても何も意味がないように、現状の《ダーレッドガンダム》は無敵の状態だ。いくらでも攻撃するがいい。それら全ては他の時間軸、他の時空へと飛ばされる』
「……上、等だ……! それがどれほどの状態であろうとも……俺は叩きのめすまで」
『理解の外だよ、エージェント、クラード』
浴びせ蹴りに対し、鉤爪が払われ、《レヴォルトゥルーオブジェクト》の脚部が打ち消される。
根元から物体そのものを別宇宙に変換するその能力に、クラードは超加速度のまま、丹田に力を込めて直上に躍り出ていた。
『真上からなら、パラドクスフィールドを無効化出来るとでも? それは愚かな帰結を生む』
「……そうだろうかな……!」
《ダーレッドガンダム》の頭部は至近距離にあるが、その実は永劫の距離が隔たっている。
物理的な銃撃も、エネルギーによる粉砕も無力化する完全なる存在。
掌底に固めた武装を照準する。
《ダーレッドガンダム》は挙動さえもしない。
どれだけの攻撃を撃ち込もうと無駄なのだと判定しているのだ。
『挟み撃ちか。まさかこの状態の《ダーレッドガンダム》に対して有効策とでも?』
メイアの操る《レヴォルヘブンズオーダー》が銃火器を構えて肉薄する。
通常の機体であるのならば、絶望するであろう彼我戦力差でもエーリッヒと《ダーレッドガンダム》には通じない。
そのはずだ。
だからこそ――この策を用いる意味がある。
「……この距離なら、やれるな? 《ゼロポラリス》。……いいや、オリジナルレヴォル」
『“無論だ”』
途端、《レヴォルトゥルーオブジェクト》から放たれたのは――。
『……これは、干渉波、か? 思考拡張の呼び声……だが何をしていると……全時空に干渉する能力を有する《ダーレッドガンダム》には思考拡張脳波による撹乱が通用するとでも……』
「ああ、だからこれは……俺自身の力を過信しての事じゃない。――皆の力を、貸して欲しい」
《レヴォルヘブンズオーダー》が可変し、戦闘機形態となったそれが歌声を響かせる。
世界を滅ぼす鎮魂歌ではない、これは――世界を救う望郷の歌だ。
『……何を、何をしている……? 《レヴォルヘブンズオーダー》に、調律をさせ、我を通して……これは、まさか開くのか……?』
「ああ。全ての次元宇宙に貴様の躯体が通じているのならば、それは即ち、全ての次元宇宙へと介在する二つの存在を呼び起こす。別の世界の《レヴォル》と“クラード”達を……」
《ダーレッドガンダム》の機体の中心軸に浮かび上がったのは間違いのような大虚ろであった。
それが一つ二つと次々に増殖する。
『……我を触媒にして、ダレトを開くつもりか……! 全ての次元宇宙の《レヴォル》と“クラード”の力を、一時的に借りるなど……!』
「全ての次元宇宙だけじゃない。過去、未来に限定されず、パラドクスフィールドの通じた者達へと、呼び声は聞こえてくるはずだ。そして、彼らが呼び声に応じると言うのならば……この来英歴に……!」
それは英雄達の踏み越えてきた、戦いの歴史の世界。
《ダーレッドガンダム》を触媒にして、クラードには膨大な世界線の誇る《ガンダムレヴォル》と“クラード”が垣間見えていた。
彼らは時に光として、時に情報として無数の可能性として降り注ぐ。
数多の形状を誇る《ガンダムレヴォル》がその片腕を翳す。
右腕はクラードの《レヴォルトゥルーオブジェクト》の右腕と同一化し――。
――左腕はメイアの《レヴォルヘブンズオーダー》の左腕と同一化していた。
二機が――重なり合った事象世界の全ての《ガンダムレヴォル》が――そうして無数の可能性を宿す“クラード”の決意が――蒼い焔を浮かび上がらせて《ダーレッドガンダム》へと放たれる。
『「――可能性の顕現を(レヴォル・エクステンション)!」』