機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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エピローグⅢ「リブート」

 

「艦長ぉっ! 遅れてますってば!」

 

 飛び込んだ自分に、すっと振り返った相手は頬をむくれさせる。

 

「……わたくしには、その……やっぱり世間の目が厳しいんじゃ……?」

 

 ドレスを着込んだピアーナが鏡の前でスカートを持ち上げる真似をすると、ダイキは応じていた。

 

「いや、似合ってますよ。やっぱり花嫁衣装は映えるなぁ……」

 

「あの、絶対誤解されていますよ……。娘みたいに思われてるんじゃ……?」

 

「いえっ! 俺は受付の人に言っておきましたから! あれがもうすぐ俺の嫁さんになるんですよって!」

 

「ば……っ、馬鹿なのですか! 貴方は……! 余計に怪しいでしょう……。そうでなくても、ドレス選びなんて……」

 

「でも結婚するんでしょ? だったら、披露宴開いて盛大にやりましょうよ。あ、そうだ。今、中佐殿がちょうど繋いでくれていて。どうです? 中佐殿! 俺の嫁さんです!」

 

 リアルタイム映像通信で同期されて、ピアーナは耳まで真っ赤になって顔を隠そうとする。

 

「な、何をやって……恥ずかしいでしょう……」

 

「でも、中佐殿は俺にとって親同前……いや、それ以上ですから。中佐殿、どうですか?」

 

『ああ。まさかダイキもこんな可憐な少女を嫁にもらうとは……。私もここまで生き永らえた甲斐もあったと言うものだ』

 

「いやだなー、中佐殿! まだまだ、中佐殿は現役でしょう? それに、結婚式には絶対来てくださいよ! 俺と艦長のハレの場なんですから!」

 

「……クラビア……いえっ、ダイキ。そこはその……名前で呼んでください。変でしょう? いつまでも艦長って……」

 

 むずむずとしたピアーナに、ダイキはあっけらかんと笑う。

 

「それもそうっすね! ピアーナ! 愛してますよ!」

 

「……な……っ、ここはお店ですよ! 大きな声は慎むようにっ!」

 

「はいはーい! と言うわけで、中佐殿! 俺、今世界で一番幸せかもっす!」

 

『そうか。それは何よりだ。……おっと、失礼。来客のようだ』

 

「はーい! 中佐殿もお元気で!」

 

「……失礼だったのでは? 勤務中に電話を掛けるなど」

 

「大丈夫! 中佐殿はいつだって俺の憧れっすから! 絶対に失態は犯しませんよ!」

 

「……そういう問題じゃ……あ、あの……ダイキ。このドレス以外にもその……試したいのですが……」

 

「もちろん! 店員さーん! 俺の嫁さんにこのお店のドレス、全部試してくださーい! あっ、もう全部買っちまおうかな、これじゃ!」

 

「ダイキっ! 家のお金はわたくしが握っているんですよ! 無駄遣いは慎むようにっ!」

 

「あー、そうだった、そうだった。じゃあ、いくつ買います? ピアーナの気に入ったの、全部試しましょうよ」

 

「……そう、ですね……じゃあ、この……フリフリ、したの……」

 

 消え入りそうな声で羞恥の念に耐えて言葉を搾り出したピアーナに、ダイキは笑顔で返す。

 

「了解っす! 俺の最高の花嫁に、一番いいドレスを仕立てましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……失礼。私用でね、話の途中で悪いが……」

 

「いえ。私もさしたる用事でもないのに、ご無礼を」

 

「構えなくっていい。しかし君が私の部下とはな。通称はまだ?」

 

「ええ。DDで通っております」

 

「なるほど。ではDDと今、面接上はダリンズ中尉で通させてもらうが……。君は何故、現状の軍警察に戻ろうと? ほとんど権威は失墜したようなものだと思うが?」

 

「連邦法だけでは、守り切れない……取りこぼす者達が存在します。私は、そんな彼らの明日になりたい……いけないでしょうか?」

 

「いや、立派な志望動機だ。私が問いかけたいのは、軍警察は無数のしがらみの中にあり……そしてその中には、過去の汚名も、そして過ちの歴史もある。そんな場所で、君は再び立とうと言うのだ。その志を、少しは聞きたくなった」

 

 爪先を揃え、相手は澱みなく応じる。

 

「私は……二年前の月軌道のダレト消滅時に、背中を任せるに足る人々と分かち合いました。あの喪失……人類にとっての大きな損失を。ですが、あれは必要であった、そうも思うのです。来英歴の人々が、前に進むためには。痛みでさえも、抱え込まなければ」

 

「痛みでさえも、か。それを聞いて、少し安心した。着任を歓迎する、ダリンズ中尉」

 

 挙手敬礼したその立ち振る舞いは伝え聞いていた「ジェネシスのDD」時代から何一つ損なわれたものではなかったが――。

 

「……それともう一つだけ。通称は、DDでいいのだろうが、形式上のものがある。名前が、変わったのか?」

 

「それが本当の名前です」

 

「そうか。では――リューネ・ダリンズ中尉。職務に戻ってくれ。これから忙しくなるぞ。我々は長い時間を掛けて、清算をしなくてはな。間違いだけを、正すために」

 

 リューネ・ダリンズの所作は美しく、そして何よりも――片方だけで結んだ三つ編みが彼女の証明のように揺れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今期の月面調査船団への着任、歓迎いたします』

 

 格式ばった挨拶を受け、返礼する。

 

「ザライアン・リーブス。これより月面調査の任に就かせてもらいます」

 

『歓迎しますよ。それにしても、残存した艦艇で来るものだから、月軌道艦隊は少し色めき立っていたところです』

 

「ああ、あれは僕の……我儘で通させていただきました。ベアトリーチェ級戦艦、オフィーリア。……誘いの魔女です」

 

『誘い、ですか。二年前に残存したアステロイドジェネレーター搭載艦は貴重です。元々、木星船団の師団長であったあなたには、それは相応しい』

 

「MSハンガーに通してください。調査は迅速に、でしょう?」

 

『もちろん。ザライアン・リーブス調査隊長。MSはしかし、正式採用の代物になります。型落ちの《エクエス》ですが……』

 

「いや、構いません。それに、この世界でまだ稼働する残り少ないミラーヘッド機です。大事にしたい」

 

『ご理解感謝しますよ。着任するお偉方には、MSなんていくらでも量産出来るだろうと言う前時代的な考えを持っている方も多く……あ、これはオフレコで』

 

 首肯したザライアンはMSが収容されているハンガーへと漂っていた。

 

 どれもこれも、数年前の型落ち式MSである《エクエス》であったが、現状の正式採用機だ。

 

 二年前の第二次月軌道決戦を経て、各々の勢力の艦で埃を被っていた古めかしい機体が居残ったのは皮肉でしかない。

 

「……これも時代の流れ……と思うべきなのでしょうね」

 

『《エクエス》はまだやれますよ。問題なのはミラーヘッド機として運用されていた《マギア》のほうで、ミラーヘッドジェルが感応しなくなった今、ほとんど無用の長物と化してしまって……』

 

 ぼやく構成員に、ザライアンはこの日まで起こった出来事を反芻する。

 

 来英歴はきっと、月のダレトを失って衰退していくだろう。

 

 戦争の技術を膨らませ続けたこの逼塞の世紀は、やがて緩やかな収束の時代を迎えるかもしれない。

 

 いずれにしたところで、自分はもう、故郷に帰る術もなく。

 

「……けれど、それもいいんじゃないでしょうか。だって、僕達は間違いなく、生きている。この時代に、この世紀に……。それだけできっと、約束手形にはなる。……故郷は遥か遠く、望むに値して」

 

『それは……どのような言葉で?』

 

「引用不明な、言の葉ですよ。《エクエス》は?」

 

『こちらです! ザライアン・リーブス調査隊長』

 

 誘導されコックピットに招かれたザライアンは首から下げた黄金のネックレスが煌めいて浮かんだのを感じ取る。

 

 開くと、故郷に残してきた母親と、そして妹の姿が映し出されていた。

 

 今は、しかしその一個だけではない。

 

 袖口に巻いたもう一つの装飾品には、地球圏で待つ自分の半身たるヴィヴィーの写真がある。

 

「……自分と結婚するなんて、思いも寄らなかったな」

 

『奥方ですか?』

 

 尋ねてきたメカニックが見知った顔で、ザライアンは頬を緩める。

 

「こっち勤務ですか? 確か……二年前のオフィーリアに居た、サルトルとか言う」

 

『ま、こちとらメカニックしか能がないからねぇ。オジサンは再就職先があればいいの』

 

 気安い笑みで応じたサルトルは《エクエス》のミラーヘッドジェル残量をコンソール上に確認させる。

 

『こっちが残量。気を付けてくださいよ。これ、壊したらもう元も子もないんですから。調査だけだからって油断しないよう』

 

「重々、承知していますよ。それに……僕だって何も《フォースベガ》におんぶにだっこだったわけじゃないんですから」

 

『それは何より。無傷で帰還してくださいね』

 

《エクエス》部隊が月面を駆け抜け、そして視野に入れたのは巨大なる黒い骨格を持つ化石であった。

 

「……この二年でさらに劣化したな。機動戦士《ガンダムダレト》……」

 

 あの日――月のダレトが閉じた瞬間、その命を散らした最後の使者。

 

 そして、“破局”そのもの。

 

 だが、今は月面の調査部隊が敷かれ、この「生物」を観察していた。

 

『あの日、我々は世界の終わりを予感したものですが、案外、人類はしぶとい。こういうのが出て来ても、まだどうにでもなる』

 

「……それは……しぶとさと言うよりも、人間に宿った善性でもあるんでしょうね」

 

 化石を採取し、今期の研究課題とする。

 

 月面はあの日、ダレトより溢れ出た黒き血潮に呑まれ、その半分の面積を黒く濡らしている。

 

 今でも地球圏から空を見上げれば、半分が黒く染まった満月が観測されると言う。

 

『よし、これで今期分は収穫完了。我々の人生の半分以上は、この最後の聖獣を分析するので終わるんでしょうなぁ』

 

「……ああ、そうですね。けれどでも、それが来英歴に訪れた意味なのだとすれば、それで何かが救える事も……あるのかもしれない」

 

 ザライアンも化石を採取し、そして青き星へと振り返る。

 

「……ハロー、みんな。来英歴の地球は、今日も綺麗だ」

 

 たとえ故郷に帰る事が叶わずとも、生きて行こう。

 

 それが正しい事なのだと、信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こっちに目線ください!」

 

 カメラマンからの要望に、少し物憂げに目線を上げたところで、フラッシュが焚かれる。

 

 何度味わっても慣れない現状にため息をつきそうになって、今日の撮影が終わっていた。

 

「よし、休憩! お疲れ様でした!」

 

 そう言ってカメラマンが三々五々に散っていく中で、こちらへと歩み寄って来た相手から経口保水液が投げられる。

 

「お疲れ、シズク」

 

 喉を潤してから、恨めし気にその言葉へとシズクは対応していた。

 

「……マネージャー、やはり私にはこういう浮ついた仕事は似合わない」

 

「とか言っちゃってぇー、あなたは今月のファッション誌の表紙でしょ? いいわよねー、綺麗な人は」

 

「……恨み言ならプライベートで言ってくれ。ユキノ・ヒビヤ」

 

 今月号のファッション誌を丸めて微笑んだユキノは、わざとらしく肩を竦める。

 

「まぁまぁ。これだけの雑誌に引っ張りだこなんだから、今は謳歌しないとね」

 

「……栄枯必衰だ。どうせ私なんてすぐ飽きられる」

 

「そう言って、何だかんだで二年だからねー。長いものよ、これも」

 

「……ユキノ・ヒビヤ、まさかお前がこんな風な人間だとは思わなかった」

 

「そう? けれど言ったでしょ? びっくりするほど綺麗だから、試しにって」

 

 シズクは控え室へと戻ってから、疲労に目線を伏せる。

 

 その模様をユキノの端末で撮影されて、思わずむっとしてしまう。

 

「……オフを撮るな」

 

「オフショットは後々価値が出るからねー。あなたは美人なんだし、何かと需要はあるでしょ?」

 

「……しかし、騎屍兵として戦い抜いてきた私が、何でモデル稼業なんて……」

 

「適材適所なんじゃない? もうほとんど……戦争は必要なくなったからね。私もエンデュランス・フラクタルには辞表出したし、次に出来る商売ないかなーってね」

 

「……随分と太いようだ。来月のスケジュールは?」

 

「ほぼ毎日、撮影で埋まっているわよ。よかったじゃない」

 

 マネージャー業も板についてきたようで、彼女は自分の仕事を全面的にサポートしてくれている。

 

「……何故、こんな風になったのだろうな……」

 

「それはあなたが綺麗だから。バーミットさん風に言うと、いい女にはいい女の義務があるってね。私は何だかんだ、この業種嫌いじゃないわよ? すごい近くであなたの活躍も見られるし」

 

「……元々、死んだ身ならば何だっていいと思っていたのは間違いだったようだな。少しは仕事を選ぶべきだった」

 

「“今アツい業界人百選”ですって。シズク、あなた十五位にランクインしているわよ?」

 

 端末をスクロールさせるユキノに心底呆れ返ってから、シズクは鏡に映る自分を見返す。

 

「私に……騎屍兵以外の道を説いてくれたのはしかし、お前だけじゃない」

 

「あら? 久しぶりにヘッドに会いたくなった? このこのー! 何だかんだ未練あるんじゃない? これはヘッドもピンチかもねー。シャルティア委任担当官と修羅場?」

 

「……ユキノ・ヒビヤ。随分と俗っぽくなったな、この二年で」

 

「そりゃあ、何かとゴシップ飛び交う芸能界、俗っぽくなきゃやっていけないわよ」

 

「……私たちがあの日、月軌道で戦った事に、意味はあったのだろうか。世間では第二次月軌道決戦と渾名されているが、結局何が起こったのかを知っているのは一握りだけだ。……メイア・メイリスはあの日を境にして行方不明。そして、オフィーリアに居た者達は皆……それぞれの道を描いて」

 

「その事だけれど、トキサダ副長から提案。同窓会だって、凱空龍の。もちろん来るでしょ? 参加にしておいたから」

 

 何だか勝手にスケジュールを把握されていてシズクは困惑する。

 

「……仕事に空きがないんじゃ?」

 

「休みくらいは作るわよ。それに、あなたの現状じゃ、働き過ぎだし。……ま、正直なところ、私も会いたくなっちゃってね。もう一度、みんなに……」

 

 ユキノの瞳に浮かんだ慕情はきっと、まだ振り切れていない恋心があったはずだ。

 

「……まだ、アルベルト・V・リヴェンシュタインが好きなのか?」

 

「いや、これってそういうんじゃ……いいえ、うん。好きなんでしょうね。私はきっと、ずっとヘッドに……恋い焦がれ続けるんでしょう。その隣に居るのがシャルティア委任担当官のほうが相応しいって分かっていてもね」

 

「物分りがいいほうだとは思っていたが……いいのか? そんなもどかしい距離で」

 

「うん。私は一生、恋し続ける距離に……自分でも線を引いて満足しているんでしょうけれど。けれどまぁ、いいじゃない。報われなくっても、ね」

 

「……マネージャーがそんな調子では、タレントはうまくパフォーマンスを発揮出来ないと思うが?」

 

「……つまり?」

 

「告白して玉砕したほうがまだマシだという事だ。……夏風邪の次に性質が悪いぞ、そういうのは」

 

「まさかあなたに諭されちゃうなんてね。……ま、いいじゃないの。私なりの距離なのよ、これって」

 

「……なら、文句は言うまい」

 

 控え室に置かれていた菓子を頬張る。

 

 ユキノも隣に座り込み、同じように菓子を口に運んでいた。

 

「……美味しいな」

 

「うん、美味しい。これってさ、死んだ身じゃ分からなかった事でしょ?」

 

「お前は、酔狂だな。私を一生かけて、そうやって矯正していくつもりなのか?」

 

「矯正だなんて物言いが悪い。一緒に人生を生きていきましょ。それが、お互いにいい関係なんでしょうし」

 

 甘菓子を差し出したユキノに、シズクも自分の菓子を差し出して、互いの口へと放り込む。

 

「……美味しい関係という事か」

 

「そうね、私達は多分、美味しい関係なんでしょう」

 

 ラジオから音楽が漏れ聞こえてくる。

 

『……ではギルティジェニュエンの新曲をお届けしました。これはメインボーカルであるメイア・メイリスさんが所属時から書き留めていたと言う秘蔵曲の一つで――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イリス。今日のライヴステージ、頼むわよ」

 

 呼びかけたマーシュの声に、イリスはギターを抱えていた。

 

 それはかつてメイアの愛用していた赤いギターである。

 

「……不思議な宿縁ね。私が生き残り、メイアが彼岸に行っちゃうなんて……」

 

「それでも、私達は示し続けて行かなくてはいけない。あの子が生きていた意味を。……馬鹿なんでしょうね、私もあなた達も。“ウルトリクス”だの、エーリッヒの意志だのを重要視して……結局、本質が見えていなかったのよ。世界を変える歌を届けたい、それがメイアの言っていた……革命だったのかもね」

 

「メイアはあの日、ダレトの向こうへと旅立ってしまった。私は、けれど、今でも思うのよ。もしかして何かの拍子に帰って来るんじゃないかって。……馬鹿でしょう。メイアを突き放したのは私達なのに」

 

 マーシュはこちらへと振り返らないイリスの背中を眺めていた。

 

 彼女の肩は静かに震えていた。

 

 喪失の悲しみを失ったわけでは決してない。

 

 自分もまた、下手に賢しく生きていくよりも、メイアの遺した歌を一曲でも届ける事こそが贖罪なのだと感じていた。

 

「……メイア。あなたはどこかで、歌っているんでしょうね。自由の歌、この世界を慈しみ、愛する歌を……。たとえ届かない距離だとしても、あなたはだって、次元の壁を超えて……私達に歌を……」

 

 マーシュも堪え切れなくなっていた。

 

 熱くなった目頭を揉んで、メイアがこの来英歴に残してきた楽曲の譜面に視線を落とす。

 

「……それにしてもあの子、いつの間に五十曲も残して来たんでしょうね。……私が死ぬまでに全部……リリース出来るかしら?」

 

「私がしてみせる。……メイアの意志を、私達は信じているから」

 

 ギルティジェニュエンのメンバーが集まり、イリスは振り返る。

 

 もう、迷いは捨てた眼差しであった。

 

 マーシュも涙を拭って彼女らと向かい合う。

 

「今日は小さなライヴハウスの仕事だけれど、これもギルティジェニュエン活動再開の第一歩。……頼むわよ、みんな」

 

 自分の脇をすり抜ける際、イリスは言い残す。

 

「……メイアの曲、まだ私達の魂の底に残っている。これ、笑えるかもしれないわね。“ウルトリクス”のイリス・エーリッヒじゃなく、“罪付き”のメイアのメンバーとしてのほうが……この身に馴染むなんて」

 

「……笑えやしないわよ、そんなの。ほら、行ってらっしゃい。きっといつか……本当に宇宙で一番のアーティストにならないと……あの子に示しがつかないでしょ」

 

 発破をかけて、マーシュは彼女らを送り出す。

 

 舞台袖で取り残されたマーシュは煙草の箱を叩いて火を点けようとして、ライターを探していると不意に差し出されていた。

 

「ほれ、ライター。忘れ物だ、艦長」

 

「……関係者以外立ち入り禁止よ? ここ」

 

「関係者じゃないとでも? ……なぁ、マグナマトリクス社は解体され、我々はもう、帰る場所だって失った。……だって言うのに、何でだろうな。メイアを騙していた頃よりも、今は使命に生きている気がするのは」

 

 かつての整備班長は業界の人間になっていたらしい。

 

 マーシュは紫煙をたゆたわせながら、そうね、と熟考する。

 

「……きっと、私達には似合いの場所だったって言うだけなんでしょうね。世界の裏側で分かった風に成るよりも……こうしてギルティジェニュエンの裏方をしたほうが」

 

「マーシュ艦長……いいや、もう艦長じゃない、が言わせてくれ。きっとメイアも……分かってくれている。だから……もう泣くなよ」

 

 震え始めた肩に手を置いた整備班長に、マーシュは視線を上げられなかった。

 

「……ごめんなさいね……ごめん……なさい……」

 

「“罪付き”は今やもう、世界の称号だ。メイア・メイリスは愛されていたはずだろう? なら、顔を上げて見送ってやろうじゃないか。それが残された者の……使命なんだろうからな」

 

「……煙草って苦いのね」

 

「何だ、そんな事も知らなかったのか」

 

 そうしてライヴの幕は――上がろうとしていた。

 

 

 

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