機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第32話「釣り合い」

「……読み通りって言うわけ。その辺も含めて、話を聞かせてもらえると助かるわ。――ピアーナ・リクレンツィアさん」

 

 目線を振り向けたレミアにカトリナが伴ったピアーナは言葉少なに応じる。

 

「……わたくしの愛機は奪われたまま。この状態では何も出来やしない……」

 

「事情、話してもらえるのよね? それとも、話す気もない?」

 

 レミアの言葉振りには若干の棘が含まれていたが、ピアーナは自分の袖をきゅっと握って一つ頷く。

 

「その……ピアーナさんは嘘は言っていないと思うんです。そりゃ、大変な事になっちゃったのは確かだろうですけれどでも……ピアーナさんが全ての元凶ってわけじゃ……」

 

「どうかしらね。あなたは旧地球連邦のライドマトリクサー。そしてあの白銀の機体、《アルキュミア》とか言ったMSには秘密が隠されているとか言う。そうなれば、穏やかではないのは当然でしょう?」

 

 レミアは艦長として判断を下さなければいけないはずだ。

 

 それに比して、自分は責任も何もない。

 

 しかしピアーナ一人の身の安全は保障出来るつもりだ。

 

「その……私が聞いてもいいですか? 彼女、どうやら私には話してくれる気があるみたいなので……」

 

「あら、随分な事ね、委任担当官として。じゃあそちらの聞き取りと報告書はお願いするわね。それにしたところで、……妙な人間に懐かれたものだこと」

 

「……わたくしはカトリナ様に恩義があります。カトリナ様になら、少なくとも現状の《アルキュミア》の状態と、そしてこの新造艦が目指すべき航路を話しても構いません」

 

「そう。じゃあ後はお願いするわ、委任担当官さん。せいぜい、その職務を全うしてね」

 

 レミアは次いで《レヴォル》回収の任に入っていく。

 

 その姿を視野に入れつつ、ピアーナと自分は管制室を立ち去っていた。

 

「その……本当に私になら、話してもいいんですか?」

 

「わたくしはカトリナ様に命を拾われました。そうでなければあの野蛮なライドマトリクサーに撃ち殺されていたでしょう」

 

「それは……。何だってクラードさん、あんな強硬策に……」

 

 言葉を詰まらせていると、ピアーナの手が何の気もないように自分の胸へと触れる。

 

 本当に何でもないように触られたので、カトリナは反応が遅れてしまっていた。

 

「ふへっ……? ふへぇ――っ! な、何やってるんですか! む、胸ぇっ! 何で急に揉んだりするんですか!」

 

「久しぶりに他人の身体に触れたので興味が湧いたのです。案外あるのですね、貴女」

 

「せ、セクハラ……っ!」

 

 距離を取っていると、ピアーナは今にも泣き出しそうな面持ちに顔を曇らせるのでカトリナは歩み寄っていた。

 

「あ、その……大丈夫ですか?」

 

「平気です。揉んでも?」

 

「いや、駄目ですけれど……。女同士でもセクハラですからね……」

 

 何だか気を張り詰めていた自分が馬鹿みたいで、カトリナは大仰なため息をつく。

 

 それに対し、ピアーナはこちらへ、と誘導していた。

 

「この新造艦、アステロイドジェネレーターを数基連結させて動いているようですね。ならばメンテナンスブロックくらいはあるはず。そこでわたくしの手腕をお見せしましょう」

 

「……さっき言っていた、電子戦って……」

 

「ああ、その事ですか。ええ、言った通り。この艦は電子戦闘がまるで想定されていない。そのくせ、電脳戦においての施設があるので少しアンバランスだと感じたまでです」

 

「……でも、そんなの必要ないんじゃ?」

 

「いいえ。つい先ほど、《アルキュミア》が先手を打って攻撃出来たのがその証のようなもの。あれはわたくし自身。よって、あれはどこまでも追ってくるでしょう。その方向性を少しでも鈍らせないと、常に次手を打たれてしまいます」

 

「……何だか、クラードさんを責められそうにないですね……。あなただって、悪い事しているじゃないですか」

 

「いい悪いの判断は後でお願いします。わたくしは、まずは電子戦の礎を築かなければいけないはず」

 

「礎……。今のままじゃ、駄目って事ですか?」

 

「駄目と言うわけではないですが、あの海賊にどこまでも下手に回るのは旨味がありません。それに、どこまでも狙ってくる事でしょう。貴方方の月航路までの安全策を取ると言うのならば、わたくしは力添えをします」

 

「それって……協力してくれるって事でいいんですよね……?」

 

 立ち止まったピアーナは金色の瞳でこちらを見据える。

 

「勘違いをしないでください。貴女には恩義がある。ですが、他の者にはありません。よって、ここでわたくしが助けるのは貴女の身の安全であって、この艦に同乗する他の者達はどうだっていい」

 

「ど、どうだっていいってのは違うじゃないですか……! だって私……この艦の皆さんとはもう、顔見知りで……」

 

「顔見知りなだけでしょう。貴女も甘いのですね。ちょっと事情を知ってしまうと、もう糾弾の対象ですらない」

 

「それは……そうかもですけれど……」

 

 ピアーナ相手に何か一つでも言い返す事さえも出来ない。

 

 しゅんとする自分にピアーナはぴょんぴょん跳ねて手を伸ばす。

 

「……えっと、何をなさっているんですか?」

 

「こういう時に頭を撫でてあげようと思ったのですが、わたくしの背丈では届きません」

 

 ぴょんぴょん跳ねるものだから、カトリナは何だか愛おしくなってしまい、そっと目線を合わせるように屈む。

 

 なでなでと頭を撫でられるのは、何だか悪い気はしなかった。

 

「決めました。カトリナ様、貴女のためにわたくしは動きます。他の事は二の次です」

 

「あの、それは嬉しいんですけれど……。もうあんな事はしないでくださいね?」

 

「あんな事……?」

 

 小首を傾げるピアーナにカトリナは陰鬱なため息をつく。

 

「クラードさんを挑発したりとかですよ。あんな物言いだと、クラードさんだって間違っちゃうところだったじゃないですか」

 

「……クラード。彼には別に、思うところはありません。見たところ彼もライドマトリクサーのようですが、わたくしのほうが歴は長いのです。よって、わたくしが先輩であって彼はまだまだひよっこです」

 

 思わぬ論法にカトリナは軽い頭痛を覚える。

 

「あのですね……この艦に居る限りは、仲良くしてくださいよ……。クラードさんが《レヴォル》に乗って追い払ってくれなかったら、私達、沈んでいたかもしれないんですよ?」

 

「《レヴォル》、ですか。あれの情報もちょっとよく分からないんですよね。まぁそれは電算室に入ってからにしましょう」

 

「……場所は分かるんですか? ヘカテ級戦艦だから、広いですよ?」

 

「分かります。もうマッピングは済ませましたから。いくつか隠し部屋があるみたいですが、その中の一つを使いましょうか。そうですね、例えば、この辺」

 

 ピアーナが何でもない壁を蹴りつける。

 

 想定外の行動にカトリナはあわあわと戸惑っていた。

 

「何やってるんですか! 壊れちゃう……」

 

 と言っている傍から、壁が剥離して向こう側に落下する。

 

「壊れちゃったー? ええっ、どうしよう……私が怒られちゃいますよ!」

 

「いいんですよ。ここは隠し部屋ですから。電算室は全部で三つあるようですが、ひとまずここで落ち着きましょう。その椅子が、メインコンソールのようですね」

 

 ピアーナの言う通り、暗がりの部屋の中に一つだけ立派な物々しい椅子がある。

 

 少しだけ拷問椅子を思わせるようなごつい椅子へとピアーナはその小さな身体で腰かけるなり、不意に電源システムが復旧し、部屋が明るくなっていく。

 

 カトリナは当惑しつつも、ピアーナを中心軸として球体上にシステムが開かれていくのを目にしていた。

 

「網膜映像を承認。全ての火器管制、及び情報管制システムをオンラインに。わたくしの電算力ならば掌握まで三十分程度。しかし……宝の持ち腐れとはこのようなものを言うのですね。何故、充分な電算システムがあるのに、ここまで使用されていないのでしょうか」

 

「あのー、ピアーナさん? これってもしかしなくても、まずいんじゃ……?」

 

「何がまずいんです? 使われていない電算ルームを使用しているだけです。何もまずい事はないでしょう」

 

「いや、だってさっき掌握まで三十分って言ったじゃないですか。それって、このベアトリーチェを完全にピアーナさんの機嫌一つでどうこうしちゃうって意味なんじゃ?」

 

「よく分かりましたね。さすがはカトリナ様。命の恩人なだけはあります」

 

 改めて、まるで想定外の事象にカトリナは戸惑ってしまう。

 

「どどど……どうしましょう……。いや、どうするんですか……! そんな事をしたら、私、クビになっちゃう……」

 

「そうはならないように取り計らいますのでご心配はなさらぬよう。今は……この新造艦、ベアトリーチェのシステム復旧を行っていきます。使われていないシステムと、使用不可だったシステムに電荷。火器管制もまるでぐちゃぐちゃなので一本化しますね。これで《アルキュミア》を擁する海賊が襲ってきても、少しはマシな防衛が出来るはずです」

 

 ピアーナは正面に浮かび上がった投射画面のコンソールを操作し、いくつものウィンドウを処理しながら言葉を振る。

 

「ときに……何でカトリナ様はわたくしを助けてくださったんですか」

 

 あまりに不意に問われるものだからカトリナは返答に窮する。

 

「えっと……別に助けたとかじゃ……」

 

「では何故。あの粗雑なライドマトリクサーの射線に? 殺されるところだったのでしょう?」

 

「粗雑なって……。私、クラードさん専属の委任担当官なので。だからその……嫌だったんでしょうね。目の前でその、クラードさんが人殺しみたいなのをするの」

 

「分かりませんね。クラード……いえ、本名ではないようですが、彼は今まで平然と敵を迎撃しています。今さらなのでは?」

 

「それは……! 私達を守るための戦いなので、それは違うんじゃないんですか。……でもピアーナさんに銃口を向けたのを見た時、心の奥底から、嫌だって思ったんですよ。何でなんだろう……私もよくは分からないんですけれどね……」

 

 愛想笑いを浮かべるもピアーナは一笑もしない。

 

 白磁の肌には愛想なんて言葉は欠片もないようであった。

 

「……それも分かりませんね。カトリナ・シンジョウ。新卒でエンデュランス・フラクタルに入社し、まだ勤務一ヶ月目にも満たない。委任担当官に命じられ、その後はクラードやコロニー、デザイアの面々への窓口に設定されている……。貴女は彼を理解したいのですか? エージェント、クラード。その過去や未来までも」

 

「いや、そこまで大それたものじゃないって言うか……。だってクラードさんだっていい人のはずなんです。だってそうじゃなかったら、アルベルトさん達を助けたり、私達の危機を救ってくれたりなんてするわけがないですし……」

 

「彼は合理的に動きます。それはもう分かり切っているはず。その時々で適切な行動を模索し、その結論と総意で行動する。よって、彼の行動の先にあるのはベアトリーチェと、そしてエンデュランス・フラクタルのこれから先を案じてのものに過ぎない。彼はわたくしなんかよりも機械的に処理し、殺すべきならば殺し、生かすべきならば生かす、そう言ったタイプの人間でしょう。眼を見れば分かります。人殺しなんて何とも思っていない眼でしょう」

 

「そんな……! クラードさんはそんなんじゃないはずですっ! あの人は……そりゃ、ちょっとワケ分かんないところとか、こっちの想定外の事をする人ですけれどでも……そこまで他人の事を、その、軽々しく見る人じゃないって……」

 

「カトリナ様はそう信じているわけなんですね。……はぁ、これに関してはわたくしがどうこう言ったところで仕方なく、カトリナ様自身の見る眼なのでしょうね」

 

「……見る眼ないって言われているみたい……」

 

「――繋がりました。《アルキュミア》の位置情報を把握。ですがこれでは……」

 

「どうしました?」

 

 覗き込んだその刹那、投影されていた球状のモニターが赤色光に染まる。

 

 及び腰になった自分に対し、ピアーナは冷静であった。

 

「……逆探知。でしょうね、そうでしょう。《アルキュミア》はわたくしの事を、まだ許してくれていないみたいですから」

 

「……《アルキュミア》が? 海賊のせいじゃなくって……?」

 

「カトリナ様。今より数時間以内に、海賊部隊が一斉に攻めてきます。標的はベアトリーチェと、そして《レヴォル》」

 

 思わぬ事態にカトリナは声を荒らげてしまう。

 

「まさか……! 情報を与えてしまったんじゃ……!」

 

「そんなヘマはしなかったつもりですが、枝は付けられていたようですね。最悪の事態です。敵はこちらの戦力を分析した上で、作戦を立案する。このままでは貴女方は絶対に勝てない。死を待つだけです」

 

「そんな……! ピアーナさん、あなたは……!」

 

「――やっぱり、そうだっただろう。あんたは」

 

 電算室の前にパイロットスーツ姿のままのクラードが拳銃を構えて佇んでいる。

 

 カトリナは頭を振ったが、クラードはバイザーを上げないまま、読めない輝きを宿して瞳だけを赤く射る光で見据えている。

 

「……いや、そんなはず……」

 

「つくづく、あんたはおめでたい。で? そっちの。ライドマトリクサーだって言うんなら、こっちの情報を相手に与えてしまった。このままじゃ俺達の月航路に差し支えがある」

 

「や、やめて……っ! 殺しちゃ駄目です、駄目なんですっ!」

 

「……何で。馬鹿馬鹿しい。弊害になるんなら殺す。他の要因でもだ。俺達を危険に晒すような人間を、生かしておく理由なんてない」

 

「何で……っ。何でぇ……っ!」

 

「……泣いて事態が好転すると思ってるの。本当に……度し難いな」

 

 ピアーナへと迷いなく照準するクラードに、カトリナは今度こそ、何も出来ずにいた。

 

 彼女が敵側に情報を転送したのを目の当たりにして何もしなかったのだ。

 

 咎は受けるべきだろう。

 

「……わたくしを殺すのですね。エージェント、クラード」

 

「お前一人を殺してこの状況が好転するのなら、俺は迷わない」

 

「でしょうね。貴方はそういう人間です」

 

「……人間じゃない。ライドマトリクサーだ」

 

「ではライドマトリクサー、クラード。わたくしの行動の是非を問うのならば、何も迷いを取る必要はありません」

 

「ああ、そうだな。……何でさっきは撃てなかったんだと思ったけれど、別段何でもない。今度は撃てる。それで帳消しだ」

 

 銃口は真っ直ぐにピアーナを捉えている。

 

 先ほどは動けた自分も、次はないと思っていた。

 

 ピアーナの行動に対し、もうクラードは迷う必要性はない。

 

 なら――自分がどう動いたって、どうしたって、結果なんて……。

 

 ――カトリナ様は命の恩人です。

 

 ピアーナの声が、どうしてなのだか、自分の中でリフレインする。

 

 意味のない反芻。意味のない反響なのだと、そう思えればどれほどに……。

 

「……楽に、転がっちゃ駄目……カトリナ」

 

 立ち上がる。

 

 カトリナはクラードと向かい合っていた。

 

「……退けよ。もう庇う意味なんてないでしょ」

 

「……いいえ。意味ならあります。ピアーナさんは、私を命の恩人だって言ってくださいました。なら、私にとってもそうです」

 

「そいつが命の恩人? 笑わせる、そいつは俺達の敵だ」

 

「信じているのはピアーナさんじゃありません。クラードさんのほうです」

 

「俺に? 俺に何を見ているんだ?」

 

「……あなたは私達の命の恩人。なら、こんなところで人殺しなんて絶対にしない。ううん……させちゃいけない」

 

「……あんた、本当におめでたいな。俺がレミアやサルトル、それにベアトリーチェとエンデュランス・フラクタルの総意で動いている。それに背くって言っているんだぞ、あんた一人で」

 

「構いません。ちょっと背いたって何ですか。あなたは……クラードさんはそんな事で、道を見誤ったりしないはずですっ!」

 

「……俺の何を知っているのさ」

 

「知っていますっ! ……私は、委任担当官だから。あなたから逃げたりはしない……っ」

 

「その仕事、意味ないんだってば。俺の足を止められるのは、この世で俺自身だけだ」

 

「……意味なんてなくっても。下らなくってもいい! 私は私の仕事に、誇りを持ちたい! 諦めなんかでここを退いちゃ……駄目なんですっ!」

 

「……そうかよ」

 

 銃声が木霊する。

 

 カトリナは死の痛みが訪れる予感に目をきつく瞑っていたが、それはいつまで経っても訪れない。

 

 薄っすらと瞼を上げるとクラードの狙っていたのは電算椅子であった。

 

 銃弾がめり込んだ電算椅子から光が消え失せていく。

 

 ピアーナにも、傷一つない。

 

 無論、自分にも……。

 

「……何で……」

 

「サルトルから聞いた。ピアーナとか言うの。お前はあの《アルキュミア》と呼称されるMSと命を共有している。完全な機械化を施した最初期のライドマトリクサーだ。殺せばあっちも収まるかと言うと、じゃあそうでもない。俺は戦場で《アルキュミア》に乗っている海賊の事を知っている。だからあんたを殺したところで何も解決しないし、それはただの無駄弾だ。殺す事に意義はなく、そして無駄弾を撃つ趣味はない。その代わり、だ。今ここでやっていた事、そして《アルキュミア》との事――全部洗いざらい話してもらうぞ。そうじゃなくっちゃ釣り合いが取れないんだからな」

 

 クラードがバイザーを上げたところでようやく、ここで殺される事はないと思い知って、カトリナは膝から崩れ落ちる。

 

 ピアーナは分かっていたのか、それとも試していたのか、一つ深呼吸をついてクラードと対峙する。

 

「……本当に、食えない輩ですね、貴方は」

 

「俺に殺させて、贖罪でもするつもりだったか? ……俺はお前を殺さない。だが、咎は受けてもらう。ベアトリーチェが何で狙われているのか、《アルキュミア》とか言うのは何なのか。そしてあんた自身、何者なのか。もう隠し立てする意味なんてない」

 

 その問いかけの果てに、ピアーナはため息一つで応じていた。

 

「……そうですね。ちょっとだけ、長いお話に、なりそうですけれど」

 

 

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