機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第34話「甘さと若さで」

「――つまるところ、お前は三十年余りあの宙域を彷徨っていたのは偶然でも何でもなく、愛機である《アルキュミア》を探しての事だったって言いたいのか?」

 

 サルトルが詰問するが、ピアーナはこくりと頷く。

 

「《アルキュミア》はわたくしそのもの、……いいえわたくしの半身のようなものです。あれを失うくらいならば、死んだほうがマシだった。……ですが死ねないのです」

 

「ライドマトリクサーってのは厄介なもんだな。最初期ロットなもんで、命の共有化か。そこまで旧地球連邦はやらかしていたって言いたいのか。だが、時期が合わないぞ? ダレト出現後だろう? ライドマトリクサー、有機伝導体操作技術ってのは」

 

「ダレト出現前の、人体実験だったってわけか」

 

 赴くところを理解したヴィルヘルムの質問にピアーナはまたも首肯する。

 

「人体実験? 旧地球連邦主導で? ……おいおい、穏やかじゃないな、そりゃ。という事はあれかい? とんでもない拾い物をしたって言いたいのか?」

 

「……元々、この宙域には特殊な磁場があって、接触物を捉えづらい。先ほど海賊の奇襲が成功したのもそれがあるのでしょう。ですが相手のほうが手数もその戦歴も上手……わたくしの持つ《アルキュミア》との繋がりを、搭乗しているライドマトリクサーは直に感じているはずです」

 

「……つまり、お姫様を乗せたままでは、わたし達は遠からず沈む」

 

「なんてお荷物だ、こいつは……」

 

 驚嘆するサルトルにヴィルヘルムは声を振り向けていた。

 

「レコードは?」

 

 親指をこちらに向けたサルトルに対し、先ほどから記録作業に入っているカトリナは重々しく頷いていた。

 

「……貴重な記録だ、逃さないようにしたい。しかし、旧地球連邦のライドマトリクサーが三十年もよく持ったものだ」

 

「物持ちがよかった、だけじゃ証明にならん。……何がある?」

 

 サルトルの切り込んだ声音にピアーナはこちらを窺う。

 

 カトリナはこんな状況でも力強く頷いていた。

 

「……わたくしは特別なライドマトリクサー……《アルキュミア》の死が決定的な死にならない限り、わたくしは死なないのです」

 

「不老不死って言うんじゃ……」

 

「それとは少し事情が違うのでしょう。わたくしのこの躯体が滅びれば、自動的に《アルキュミア》の側にログが残り、魂……いいえ、伝導したシステムの遺骸だけが居残る……」

 

「システム上の死の話だな。ライドマトリクサーで何度か問題になってきた部分だ。ライドマトリクサーは機体と極度の同調を行う分、肉体としての死と魂としての死が結びつきづらい。加えてお前さんは、八割以上の身体改造を施したライドマトリクサー……。ここで死んでも《アルキュミア》に膨大な情報として残存する……。厄介だな。これじゃお前さんを殺してもこっちは損なだけじゃないか」

 

「ええ、一度でも接続されてしまった場所のログは残ります。貴方方がわたくしをどれほど惨たらしく殺しても、結果としてこの新造艦のログは《アルキュミア》に渡る。そしてそれを操っているライドマトリクサーにも」

 

「死んでも死にきれんとはまさにこの事だな。クラードの判断が一ミリでも間違っていれば、我々は海賊に追われていたわけか」

 

「だが状況は好転していない。周囲は特殊磁場のデブリ帯。その上、こちらの戦力はもう相手に読まれている。……下手を打てないシチュエーションだ」

 

「カトリナ嬢に妙案でもありゃしないのかねぇ? この子と話したんだろう?」

 

「それは……その……ないと言うしかないと言うか……」

 

「煮え切らない言葉で誤魔化すなぁ、まったく」

 

「いい、質問は終わりだ。これらのログは残しておく。後々、旧地球連邦との渡りにでもなるかもしれない」

 

 ヴィルヘルムの指示でファイルを保存し、レミアへと共有化する。

 

「で、ピアーナ・リクレンツィア。お前さんの言っていた、《アルキュミア》の中にある切り札と言うのは、本物なんだろうな?」

 

「ええ、それはもちろん。状況打開の切り札になるのは間違いないでしょうね。どの陣営においても……」

 

「中々に引っかかる物言いだが、ある程度は信じるしかないだろう。……して、期待の新人。後で話があるようだ。艦長から、ね」

 

「……艦長から?」

 

「そりゃそうだろう。彼女を電算室に招いておいて、勝手な事をさせたんだ。懲罰くらいは考えておいたほうがいいのかもしれない」

 

「ち、懲罰……? やっぱりその……まずかった……ですよね……?」

 

「今回ばっかりは同情もあるが、さすがにね。艦長室に呼ばれている。後で行くといい」

 

 ヴィルヘルムに肩を叩かれて、カトリナは情報を取り纏めつつ、陰鬱なため息をつく。

 

「……私、またやらかしちゃったって事ですよね……」

 

「なに、新人ってのは叩かれて大きくなるもんさ。ま、フロイト艦長のこういう時の怖さは折り紙つきだ。出来れば出会いたくない性質だね」

 

 涙目になっている自分へと、強化ガラス越しのピアーナは静かに微笑む。

 

「でも……カトリナ様はわたくしを信じてくださいました。それがとても……嬉しかったのは事実です。もう何十年も……人と話していませんでしたから」

 

「ピアーナさん……」

 

 こちら側の扉が開く。

 

 待ち構えていたのはクラードであった。

 

 白衣のポケットに手を突っ込んで、顎をしゃくる。

 

「……えっと、来い、ですか?」

 

 きっとこっぴどく怒られるのだろう。そう感じていたカトリナは前を進むクラードが思いのほか言葉少なである事にびくびくとする。

 

「……あんた、何であいつを庇えた?」

 

「……えっと、何を言って……」

 

「無抵抗の奴を撃つのがそんなに嫌だったのか」

 

「あ、当たり前じゃないですかっ! クラードさんにはその……そういう事、して欲しくないんですっ!」

 

「だが俺はこれまでたくさん殺してきたぞ。……あんたの思っているよりもずっと……たくさんな」

 

「それは……その、仕方ないのもあったんじゃないんですか? なら……」

 

「それらが仕方なくって、じゃあ何で今回は黙殺出来ない? どういう違いがある?」

 

 明瞭化出来ない差に、カトリナは小さくこぼす。

 

「……嫌だったんです。クラードさんが迷いなく、彼女に銃口を向けた時……すっごく……嫌だった。だから、ついつい……」

 

「身体が先に出たと」

 

「……私ってば昔からそうで。何かあったら、まずは身体からぶつかる。そうすれば後から結果はきっと、きちんと付いて来るはずだって。おじいちゃんが、祖父がよく言っていたんです。そういう風にして行動して後悔するよりも、行動しないで後悔する人生のほうが辛いって」

 

「その老人は随分とあんたをわんぱくに育てたみたいだな」

 

「で、ですかね……」

 

 クラードは振り向かない。一瞥すらもくれてくれない。

 

「……でもその、私、ちょっとしか働いていないけれど、この艦が好きですよ? みんな明るいし、ちょっとブラックなところもあるけれどでも……私が元気でいられる場所ならきっと、家族も喜んでくれるはずですし」

 

「なに、その台詞。クビになるの?」

 

「……分かりません。でも、今回のやらかしはこれまでと違うって言うか……。懲罰って言われちゃっていますし……」

 

「委任担当官も辞めるのか?」

 

「……そうなっちゃうかもしれませんね」

 

 もし辞める事になった場合、誰がクラードの担当官になるのだろうと言う益のない考えに身を浸していると、彼は応じる。

 

「……ふぅん。やっと名前を覚えてきたのに、それは面倒くさいな」

 

「く、クラードさん……それって……」

 

「着いた。で、レミアに話を付けてくるんでしょ? とっとと行けば?」

 

「……は、はいっ……。あのー、でも何でクラードさんはここまで一緒に?」

 

「ピアーナの調書の確認と、それに《レヴォル》の武装承認、両方レミアに取り付けないといけない。だったら早いほうがいいでしょ」

 

 クラードに手心など期待した自分が馬鹿であった。

 

 カトリナはノックの後に艦長室に入る。

 

 レミアは相変わらず書類作成に余念がない。

 

「その……艦長、私……」

 

「何? 時間がないの。手短にお願い」

 

「あっ、そのぉー……懲罰、ですよね?」

 

「そうね。電算室をピアーナ・リクレンツィアに一時的とは言え引き渡したのも、その彼女を手引きしておいて何も対抗策を練っていないのも、まして、この期に及んで何か自分で責を負うつもりがないのにここまで来たのも、処罰対象よ」

 

 レミアはコーヒーをすすりながら目線さえも合わせない。

 

 カトリナは重い処罰が待っているのだと思って構えていたが、その前にクラードが歩み出る。

 

「レミア。《レヴォル》の武装承認、サインをくれ。そうじゃないと使えない」

 

「ああ、そうだったわね。ここまで来てもらって申し訳ないわ」

 

 クラードにはしっかりと目線を合わせるものだからカトリナは視界の隅でむくれてしまう。

 

「……何で小動物のモノマネしてんの、あんた」

 

「さぁね。分からないわ」

 

 分かっていて言っているのに決まっている二人なので、カトリナは懲罰覚悟でぷいっと視線を背ける。

 

「知りませんっ! 二人して……」

 

「なぁ、レミア。何だか機嫌が悪いみたいだ。どうするの? このまま処罰を受けさせる?」

 

「そうね。あなたはどう思うの、クラード」

 

 思わぬ方向に飛び火してカトリナが瞠目する間にもクラードは思案する。

 

「そうだなぁ……。俺は懲罰は一旦待っても、いいんじゃないかと思う」

 

「……ふへぇっ? クラード、さん……?」

 

「それは何で? 普通に懲罰房行きでしょう、どう考えても」

 

 今回ばかりはレミアの意見が正しいが、クラードは言ってのける。

 

「この人の名前、ようやく覚えて来たんだ。知っているだろ? 俺は他人の名前を覚えるのが」

 

「大の苦手だったわね。……いいわ、クラード。あなたの意見を尊重し、カトリナ・シンジョウ委任担当官の処罰は不問とします」

 

「えっ……えっ? そんな簡単でいいんですか……?」

 

 うろたえるこちらに比してクラードは冷静そのものである。

 

「……問題なのはこいつだ。敵が来る。ピアーナの情報が正しいんなら、俺達の戦力は全て割れていると思っていい」

 

「そうなると、こっちも最大戦力で立ち向かう必要がありそうね。《アルキュミア》だったかしら? 勝てそうなの?」

 

「俺と《レヴォル》は負けるような勝負はしない」

 

 断言の論調にレミアは首肯する。

 

「それもそうだったわね。では、エージェント、クラードに命じます。海賊組織の迎撃及び、《アルキュミア》と呼称されるMSの回収任務を」

 

「了承した。俺は格納庫で待機しておくよ。レミア、この人……カトリナとか言う人、仕事を与えてやるといい。元気なだけが取り柄みたいだからな」

 

「そうね。あなたの言う通りにしておくわ、クラード」

 

 思わぬところで自分の処遇が決まり、カトリナは自分を指差す。

 

「あの、今ので私、無罪放免に……?」

 

「感謝する事ね、カトリナさん。クラードが誰かに便宜を図るなんて滅多にないんだから」

 

 大慌てでカトリナは艦長室を立ち去っていくクラードの背中に声をかけていた。

 

「クラードさん!」

 

「……うるさいよ、何」

 

「その……ありがとうございますっ! 何から何まで……!」

 

「その台詞、絶対今は早いでしょ。これからだから。あんたが何も決められず、半端者のまま死んでいくのか、それとも意味を残して死んでいくのかは。その立ち位置に、ようやく立たせてやったんだ。せめて意義を持って死んで行ってくれよ」

 

「そ、そこは生き残ってくれじゃないんですかぁ……?」

 

「甘えるなって。生き残る価値は生き残る努力をした人間にだけ輝く。あんたはまだまだだ。これから先で決めていけ」

 

 クラードは振り向きもせずに角を折れていく。

 

「カトリナさん。あなたは本来、下船してもおかしくないヘマをやらかした」

 

 レミアに呼び止められカトリナはハッとする。

 

「……あの、それはそのぉ……」

 

「でも、それ以上に。あなたが居なければピアーナは心を開いたかどうかも分からない。いいえ、まだ心を開くまでには至っていないのかもしれないけれどでも、少しは仕事になってきたんじゃない? あなたにしか出来ない事なんて一個もないけれど、あなたでも出来る事はある、そう考える事は何も間違いじゃない」

 

「私でも……出来る事……」

 

「持ち場に戻りなさい。ちょこまかされるとまた厄介なんだから。委任担当官としての職務を全うしてちょうだい」

 

 艦長としての命令の声音に、カトリナは、遅れ気味に返答していた。

 

「は、はいっ! カトリナ・シンジョウ! その……っ、戻りますっ!」

 

「返事だけは一人前で結構。……クラードの読みが正しければすぐにでも戦闘になる。その時、あなたは何が出来るのかしらね……?」

 

 レミアの問いに今は応じる術を持たない。

 

 だがそれでも、やれる事の一つや二つはあってもいいはずだ。

 

 カトリナはぐっと喉元に力を込める。

 

「が、頑張りまひゅ……っ! うへぇっ……噛んじゃったぁ……っ」

 

 その様子にレミアが微笑むのを、カトリナは文句を垂れていた。

 

「わ、笑わないでくださいよぉ……。わざとじゃないんですから……」

 

「いいえ。そういうのも……あなたらしくって。ちょっとずつでも頑張りなさい。これは上司としてではなく、女としての忠告よ」

 

 その言葉の意味を解する前に、レミアは作業に戻ってしまったので、カトリナは頭を下げて退室する。

 

「……私だけに、いいえ、私でも出来る事……」

 

 今はまだ、自分にしか出来ない仕事などないのかもしれない。

 

 だがそれでも、自分の道を信じるのならば――。

 

「それだって、幸せになる道があるはずなんだからっ!」

 

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