機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第六章「交錯する因果の戦場で〈ファクター・オブ・インターセクション〉」
第37話「勝負にもならない戦場で」


「あいつ……こんな距離で超長距離狙撃だと……!」

 

 ハイデガーは《エクエスガンナー》の中で照準器に捉えた敵影を睨み据える。

 

 デブリ帯を抜けた先にある破棄された衛星に陣取り、こちらを狙うのは《エクエス》の試作機であった。

 

 バイザー状の形式を取る以前の、単眼の機体はところどころが修繕されたようでありながら、今しがたベアトリーチェの左舷を撃ち据えた一撃から熱暴走を起こしているらしく、細かい箇所に排熱機構を有している。

 

 無数の放熱板を開いた状態の敵影を見据え、ハイデガーは甲板上から《エクエスガンナー》の有する長距離狙撃砲を用いるが、まるで敵機には届かない。

 

「くそっ……! この距離じゃ、《エクエスガンナー》はまるで役立たずだ! 加えて何回も砲撃なんてしているとこの場所が大事なんだって丸分かりだし……。ベアトリーチェ! 敵の分析は!」

 

『現状、三十パーセント未満。敵の機体照合を開始。《プロトエクエス》です!』

 

「《プロトエクエス》……。まさか、そんな急造品で僕達のベアトリーチェを墜とせるなんて思っているのか。この、嘗めやがって!」

 

 しかし衛星に陣取っている《プロトエクエス》へと銃撃を撃ち込むのには《エクエスガンナー》ではまるで足りない。

 

「せめて、こいつに艦砲射撃と同期するだけの性能があれば違ってくるんだが……。標準機である《エクエスガンナー》にはそれ以上の能力がない……。ミラーヘッドですら不可能なんだ、歯痒いよ……!」

 

 甲板上に取り付き、せめてもの抵抗として砲撃を見舞うしかないのだが、敵機は動かずしてこちらを圧倒する。

 

 それも当然だ。

 

 狙い澄ました一撃は確かに、ベアトリーチェの一部を攻め落としている。

 

 またしても手練れか、という感触にハイデガーは呻く。

 

「僕より上手くやれる奴ってのが、何でこうも立て続けに出てくる……!」

 

《エクエスガンナー》の性能ではとてもではないが到達出来ない。敵の位置関係でさえも今も自分ではまともに把握出来ない悔恨を噛み締めていると、《マギア》が次々とカタパルトから射出されていく。

 

「何を……何をやっているんだ! 戻れ! 宇宙暴走族風情が迎撃出来る相手じゃないぞ!」

 

『それでも! おれ達がやらないとこのままじゃジリ貧だろうが! 安心しろ。おれらにはミラーヘッドがある。それで撹乱している間に、あんたが迎撃方法を編み出してくれるんだろ?』

 

《マギア》編隊がミラーヘッドの軌道を描く。

 

 暗礁の宇宙に蒼い瞬きを纏わせて、敵の狙撃網をやり過ごそうとしているのだ。

 

 ハイデガーからしてみれば、これもある種の屈辱。

 

「……動けない僕よりも、あいつらのほうが上手くやれるって言うのか……」

 

『アルベルト! 《マギアハーモニクス》、行くぜ!』

 

 出撃した紫色の《マギア》の改修機を殿として、彼らはビーム粒子で固めた旗を立てていく。

 

「馬鹿な……狙い撃ちにしてくれと言っているのか……」

 

 旗なんて無用の長物を揚げたところで現状は打開されない。

 

 このままでは一機ずつ丁寧に墜とされていくだけだ。

 

 ハイデガーは焦燥を浮かべながら、《エクエスガンナー》の照準器を補正させる。

 

 奥歯を噛み締め、異様に渇いた喉に唾を呑み込ませ、敵の次手の動きを注視する。

 

「……頼む、動いてくれ。少しでも動いてくれたのなら、勝機も見えてくるはずなんだ……」

 

 だが《プロトエクエス》が挙動する様子は見られない。

 

 このままでは《マギア》編隊は撃墜されるだけではない。

 

 自分達は真綿で絞め殺されるかのようにじわじわと敗色濃厚な戦地へと飛び込まされていく。

 

「……頼む、頼む、少しでいいんだ。動いてくれ……!」

 

 そうすれば、衛星から少しでも挙動したのなら《エクエスガンナー》でも狙いを付けられる。

 

 照準器がぶれていく中で、無策にもミラーヘッドに入る者達を見据え、ハイデガーは額に汗を滲ませる。

 

 玉になって浮かんだ汗が、パイロットスーツ越しの掌に掻いた汗が、照準を固定させない。

 

 握り締めた操縦桿の感触でさえも自由ではなくなっていく。

 

「……僕が、ベアトリーチェを守らなくって、誰が守るって言うんだよ……!」

 

《マギア》編隊がビームライフルを掃射していく。

 

 その間にも敵影に狙いを付けられているのはプロのパイロットである自分には手に取るように分かるのに、何も出来ない。

 

 何かを、事態を好転させるような意味合いの動きに移れない。

 

 焦燥とじくりと浮かんだ痛みが、その瞳を曇らせる前に、《プロトエクエス》を狙っていくつかの光芒が咲いていた。

 

「……何だ?」

 

《プロトエクエス》は長距離狙撃砲を捨てて、そのまま身一つで逃げ去っていく。

 

 追い立てるのは濃紺の《エクエス》であった。

 

「……軍警察の? じゃあこの宙域は張られていた……?」

 

 しかしその感慨を確かにする余裕はなく、《プロトエクエス》はこちらへと視線を一瞬だけ振り向けた後に、射程から急速に逃れて行っていた。

 

『あいつが逃げたぞ! 凱空龍の動きに恐れを成したんだ!』

 

 うねりのように、《マギア》から歓声が上がるが、ハイデガーだけは、そうではない、と実感していた。

 

 ようやく照準器から視線を外し、汗の滲んだ操縦桿から手を離して呼吸を一つつく。

 

「……軍警察に助けられた? いや、あれは利害の一致と言うわけなのか?」

 

『凱空龍万歳! 凱空龍万歳!』

 

 全く見当外れのコールが響く中で、ハイデガーだけは操縦桿を殴りつけて己の無力感に身体を折り曲げる。

 

「……何で。結果論でも奴らに助けられるなんて……」

 

 凱空龍の荒れくれ者達は自分達の無知蒙昧な行いで敵が退いたのだと思い込んでいる。

 

 それさえも、今は怒りの材料であった。

 

 実際には軍警察が既に航路に陣取っており、《プロトエクエス》の超長距離狙撃はただのきっかけに過ぎなかった。

 

「……僕が強ければ、こんな雪辱を味わわないで済むのか……だとすれば、もう……」

 

 もう自分はベアトリーチェを守る盾として、相応しい戦い振りを発揮するしかない。

 

 それこそ、想定通り、《レヴォル》を自身の物とするしかないであろう。

 

「……冗談じゃない。勝手に帰ってきて、《レヴォル》は自分の物だって? そんなののほうがよっぽど勝手じゃないか」

 

 クラードへの怒りや嫉妬はまるで見当違いなのだと分かっている。

 

 だが分かっているからと言って、今はそれらの負の感情を仕舞えるかと言えば否であった。

 

「……大人じゃないな。僕はあのクラードに、何を感じている……」

 

 だが現実としてクラードと《レヴォル》が主力であり、自分のような人間は勇猛果敢でもなく、甲板上でただ堅実に銃身を固めているのみ。

 

 それが正しい正しくないではない。

 

 単純に――評価されない。

 

 そんな小さな思惑に左右される身ではないつもりであったが、それでもハイデガーはこの時、全くのライドマトリクサーではない己を悔やんでいた。

 

「……もし、ライドマトリクサーなら、あの敵も狙い撃てたのか……。そうなら、僕は……変わらなければいけない」

 

 それが自分自身への禊となるのならば、甘んじて受けよう。

 

 ミラーヘッドを解いて帰投ルートに入っていく《マギア》達は、まさに無邪気な子供の価値観で勝利したと勇んで喜んでいる。

 

 だが実際には勝利どころかそのレートにすら上がっていない。

 

 こんなもの、勝利では、否、勝負ではない。

 

「……相手にもされていないって言うのがどれだけ苦痛なのか、分かってすらいないくせに」

 

 ハイデガーはそう言葉を吐いてから一度深呼吸し、コンソールを拳で殴りつけていた。

 

 

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