機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第38話「行き過ぎる事」

 目の前に提出された束のような報告書に、レミアはようやく解放されたと思ったのに、とぼやく。

 

「……書類仕事とはね」

 

「《アルキュミア》とやらがどういう仕様なのかを解きほぐさない事にはどうしようもないだろ。……俺は、どっちだっていいけれど、俺の帰還後に仕掛けて来たと言う機体も気にかかる」

 

「それは単純に心配しての、そういう発言だと思っていいのかしら? クラード」

 

 その問いかけにクラードは赤い瞳に以前までと変わらぬ光を湛えて応じる。

 

「別に……。ただ、超長距離狙撃砲なんて元からベアトリーチェの航路を分かっていないと出来ない」

 

「完全に待ち伏せされていた。それも海賊との戦いで損耗した隙を突かれて……。我が社の目指すところを初めから読んでいる勢力、という結論になるけれど」

 

「レミアがそう感じるのなら、そうなんじゃない? とは言え、俺も帰投した後だったし、完全に分かっているわけじゃないけれどね」

 

「理解出来ているのは、敵は軍警察ばかりではないと言うわけ、か……。まだまだ頼む事になりそうね、クラード。あなたには負担をかけたくはないのだけれど」

 

「負担なんて思っちゃいない。前を塞ぐ敵は全部排除する、それだけの事だ」

 

「でもあなた、今回ばっかりはピアーナを殺さない方向に舵を切ったじゃない? どういう風の吹き回し? あの冷徹のエージェント、クラードが」

 

「そのほうが有益だと判断したまでだ。情だとかそんなものは一切関係がない」

 

「ふぅん、そう。まぁいいわ。どっちにしたって月航路まではまだまだ道のりは長いんだから。休める時に休んでおきなさい。それくらいは許可するから」

 

「ああ、そうさせてもらう。……レミア。あんたもそうだ。休める時に休んだほうがいい。もしもの時に艦長不在なんて困るだろ」

 

「そうかしら。ベアトリーチェは自動航行モードに入っているし、何よりもスタッフが優秀だから、今さらそんな事に気を揉まなくってもいいとは思うけれどね」

 

「石橋を叩いて渡る、だったか。あんたお得意のことわざ。慎重過ぎるくらいでちょうどいいんじゃないの?」

 

「あなたに言われてしまうとはね、クラード。大丈夫よ。ヴィルヘルム先生に言って頭痛薬の回数だけは減らしているから。量は減るどころか増えているけれど」

 

 はぁ、と嘆息を漏らし、レミアが頭痛薬を飲み干すのを見守ってから、クラードは艦長室を後にしようとする。

 

「でも、本当に意外だったわね、クラード。あなたの事だもの。《アルキュミア》を完全に破壊して、ピアーナも抹殺。それが一番スマートな方法だと、そう言い出すかと思っていたわ」

 

「……生憎と、さ。この艦内で人死にが出るのがどうしても嫌だとか言うのに付き纏われてるんだ。レミア、あんたの差し金だろ?」

 

「私はそこまでしろとは言っていないわ。あなたのよき相談相手くらいになるかと思っての委任担当官の窓口よ」

 

「……よき相談相手、ね。その言葉、とことん嘘くさいよ」

 

 そう言い置いてクラードが艦長室の扉を潜ったその時、声がかかる。

 

「クラードさん! あの……言いたい事が……っ!」

 

「……またか。何。手短にしてくれよ」

 

「あのぉー……ピアーナさんの事で。そのっ、ありがとうございましたっ!」

 

 頭を下げたカトリナにクラードは少しだけげんなりとする。

 

「……何で。俺は何もしていない」

 

「い、いえいえっ! だってピアーナさんを守るために、わざわざ敵のライドマトリクサーだけを倒して、それで《アルキュミア》を回収してくださって……」

 

「それは必要十分条件だからだ。《アルキュミア》を俺が回収しないと、後々面倒になるのは目に見えていたし、それに命の共有化を行えるレベルでのライドマトリクサーなら、電子光学技師として動かすのには足りるはずだ」

 

「で、電子光学技師……って言うと、オペレーターの任を彼女に?」

 

「レミアはそう言っていたけれど。……なに、あんた何も知らずに艦長室まで来たって言うの」

 

「いえ、そのぉー……サルトルさん達からクラードさんがこっちに来たって聞いたので……」

 

「戦闘待機だっただろう。何でわざわざこっちに来た。超長距離狙撃を行った相手だってまだ割れていないんだ。そんな状況下で俺を追ってくるもんじゃないだろうに」

 

「い、いえっ! まずはお礼を言わないと、と思いましたのでっ!」

 

「お礼、ね……。そんなの要らないし、欲しいとも思っていない。第一、あんたが頭を下げたってあのピアーナとか言うのが同じ気持ちだとは限らないだろう」

 

「いえ、ピアーナさんとはきっちり話し合った上での決定ですので。多分、私の行動には満足してくださっていると思います」

 

「……どうだっていいな、そんなの。それにしたって、カトリーナだっけ? あんたもヒマなんだな。俺相手にわざわざ頭を下げに来るだけなんて」

 

「か、カトリナですっ! 伸ばし棒は要りませんよぉー!」

 

「……どっちでもいいだろ。名前なんてただの指標だ」

 

「どっちでもよくないですぅ! 私の名前なんですからっ!」

 

「……あんたさぁ、相変わらず俺に付き纏うけれど、何一つとして学習していないんだな」

 

「……学習、って?」

 

「俺はいつでもこの艦内で銃を撃っても咎められない。それくらいは分かったと思ったけれど?」

 

「そ、それはぁ……急だったもので仕方ないものだとしか……」

 

「仕方なくはない。俺は、もし離反者だとか謀反を起こそうとする奴が居れば、そいつを粛正出来る。それくらいの権限はレミアからもらっている」

 

「……それってその、疑わしきは罰するみたいな話ですか?」

 

「みたいなもんだ。俺は、あんただってもしもの時は撃つ。それくらいは分かっていると、さすがに思っていたんだけれどな……」

 

 グリップを握って自分に追従するカトリナが僅かに強張ったのをようやく認識したが、それでも彼女の意地は変わらない。

 

「い、いえ、それでも……でもっ、クラードさんは約束を守ってくださいましたよね? 私の言う事を少しは聞いてくれるって言う約束もですし、ピアーナさんを殺さないって言うのも」

 

「俺は誰かと約束した覚えなんてない。従ったとすれば俺自身の経験則と、レヴォルの意志にだけだ」

 

「レヴォルの意志……」

 

 絶句した様子のカトリナはこれ以上自分に下手な質問はしてこないかに思われたが、角を曲がったところでバーミットとファムにかち合う。

 

「バーミット、それにファム」

 

「クラード! すきー!」

 

 急に抱き着かれてクラードは面食らいつつもバーミットの抱える書類に視線を投じていた。

 

「……何かあったのか」

 

「ちょっとね。調査報告書って奴。嫌だわ、こんなの。あたしだって秘密工作員みたいな真似したくないんだけれど」

 

「……ベアトリーチェに居る限りは必要な職務だろう」

 

「ホント、あんたって鼻持ちならないヤなガキねぇ。……でも海賊を掃討したのは偉かったんじゃない? ピアーナとか言うのも殺さないでおいたんでしょ?」

 

「そ、そうなんですっ! バーミット先輩! クラードさんはピアーナさんを生かしてくれた……命の恩人のはずなんですっ!」

 

「どうでもいいけれどさ……前から後ろから近いしうるさいよ」

 

 前をファムに塞がれた形のクラードは後ろから乗っかって来たカトリナの体重を受け止めていた。

 

 ハッとして離れたカトリナに比してファムはすりすりと頬ずりしてきて離れようとはしない。

 

「で、調べられる限りを調べたんでしょ。俺にも開示要求はあるから」

 

「そりゃ、艦長に持っていってからね。それにしたって、あの人も仕事の鬼なんだから。不明機の信号をロストしない間にトレースしろなんて無理な話。一応、ハイデガー少尉の《エクエスガンナー》にシグナルが残っていたからそれを基にして機体照合、現場検証……あたしゃ刑事かって言うの」

 

「ミュイ……バーミット、けいじっ!」

 

「あたしはしがないただのOLよ。それ以上でも以下でもないはずなんだけれどね」

 

 指差したファムが今度はバーミットに抱き着いていく。どうやら彼女にもそこそこ懐いては来たらしい。

 

「はいはい、カワイイのがようやくお風呂を拒絶しなくなったから助かって来たものの、さっきから一応は戦闘待機でしょ? はぁー……しばらくはシャワーだけね……」

 

「それには仕方ないだろう。次の停泊予定のコロニーまでは戦闘待機だ。そのほうが下手を打たずにも済む」

 

「……あんたって本当に可愛げもないわねぇ。こっちのカワイイのと幸せ女のカトリナちゃんでも見習ったら?」

 

「バーミット先輩! 私、幸せ女とかじゃありませんってばっ!」

 

「あー、はいはい。あんたら本当に……いいコンビになれるといいわね」

 

「俺はこんな奴とコンビになんて死んでも成らない」

 

「……そんな言い草……」

 

「ほらほら、すぐしゅんとしない。カトリナちゃんは絶対に幸せになるんでしょ? なら、ちょっとばかしこのクソガキがやかましくっても我慢する」

 

「俺はクソ餓鬼じゃない。バーミット、《レヴォル》で俺は待機する」

 

「いいけれど、部屋に戻らないんだったらサルトル技術顧問に一応は言っておきなさいよ。あの人、整備班の一員を使ってあんたの部屋だけは綺麗にしてあげてるんだからね」

 

 振り向かずに手を振ってバーミットの声に応じ、クラードはさすがにもう追ってこないか、と一瞥を振り向けた自身を発見し、改めて回顧する。

 

「……何考えてるんだ、俺。あんなのどうだっていいはずだろう。……そう、そうだっていいはずだ。俺は《レヴォル》に乗って戦えばいい。その際に通り過ぎる些末事は、全部駆除する。それでいい」

 

 

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