機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第3話「遭遇少女」

 ――予感があった。

 

 衝き動かされたのは誰に言われたからでも、誰に命じられたからでもない。

 

 ただ、その光を取りこぼしてはいけない気がして、クラードは操縦桿を握り締める。

 

 フットペダルを思いっ切り踏み締めて加速度をかけ、操る《マギア》のマニピュレーターを伸ばしていた。

 

 果たして、伸ばした手が掴もうとしていたのは少女であった。

 

 銀色の長髪を強風になびかせて、一直線に落下軌道を取る少女を、クラードは繊細なマニピュレーターさばきで、柔らかくキャッチする。

 

 だが《マギア》の加速度はそう簡単に止まるようには出来ていない。

 

 慣性機動を止めるためには、制動用の推進剤を焚くしかないのだが、それを焚けば少女は消し炭だ。

 

 クラードは機体を反転させ、ビル群へと背中から突っ込ませていた。

 

 衝撃波が押し寄せ、《マギア》の機体表面を嬲る。

 

 コックピットの中で、クラードは今にも吹き飛びそうな操縦桿を必死に押し留め、ビルや家屋を砂利と共に弾き飛ばしながら、ようやく静止していた。

 

 荒い呼気を整えて、クラードは《マギア》の掌の中でこくりと横たわる少女を眺める。

 

 少し癖のある白銀の長髪は全身を押し包む卵の殻のように少女を包んでおり、服装は白い拘束服であった。

 

 光を発していたのは、どうやら頭部に位置する弓状のヘッドセットのようで、淡く蒼と銀色の輝きが、薄ぼんやりと浮かび上がっていた。

 

「……蒼い光……ミラーヘッドと同じ光だ……」

 

 だが、そんな光を何故、と疑問が浮き立つ前に、クラードの肌を粟立たせたのは殺意の波であった。

 

 咄嗟に《マギア》を飛翔させると、先ほどまで機体のあった空間でバズーカの一撃が爆ぜる。

 

 視線を投じた瞬間、照準警告が迸って、クラードはその赤い瞳に敵意を浮かべていた。

 

 直上を取った形の敵編隊は三機。

 

 どうやら独立愚連隊に近いチームらしい。

 

《マギア》の違法改造機を操る編成にクラードは静かなる敵意を返す。

 

「……何者なんだ」

 

『譲ってもらおうか! そのシグナルを!』

 

 高圧的に発せられた声音に、クラードは敵愾心を噛み締める。

 

「シグナル……? 何を言っている。君達は何だ」

 

 精一杯、「取り繕い」で応じようとするが、相手はどうやらこのデザイアで育った害虫よりも始末に負えないらしい。

 

『偉いお方から頼まれていてなァ! そいつの移送を無事にこなせば結構な金がたんまり入るんだよ。だから譲ってもらえないかねェ、そのパッケージ』

 

「……さっきからシグナルだのパッケージだの……」

 

『おんやァ? その旗は凱空龍のものじゃねェか! ここいら一帯を預かる族だろ? 族なら族らしく、長いものに巻かれるんだな。どうせてめぇらは知る由もねェんだ。そいつを渡すだけで、見たものも聞いたものも忘れりゃいい。何なら、ギャラの分け前を与えたっていいぜェ! そいつを運ぶだけの簡単な仕事の割には、だいぶいい報酬だからなァ!』

 

 その言葉を聞いた瞬間、自分でも前に出していた「取り繕い」が――「裏返って」いた。

 

「……つまらないんだな、お前ら」

 

『……何だと?』

 

「つまらないんだなって、そう言ったんだ。つまらない仕事に、つまらない事にかけずらって……パッケージやらシグナルやら、本当につまらないな、お前ら」

 

 敵の《マギア》がビームサーベルを引き抜く。

 

『急に口調変えやがって……強気になったつもりか? 口の利き方に気を付けろよ、凱空龍のエース。お前は手の中にパッケージを持ったまま。こっちは三機編成。勝てると思ってんのか?』

 

「……やってみろよ。すぐに答えは出る」

 

『舐めやがって……。挟撃するぞ、お前ら、パッケージを傷つけるな。八つ裂きにするのは、このエース身分が先だ』

 

 二機の《マギア》が挟み撃ちを仕掛けようとしてくるのを、クラードは予見して《マギア》の推進剤を開き、加速度をかけさせていた。

 

 真正面に構えていたリーダー機はまさか猪突するとは思っていなかったのか、僅かにうろたえる。

 

『まさか……! 突進だと!』

 

「お前らのつまらない戦い方をわざわざ見てやる時間はない」

 

 肩口からリーダー機にぶつかり、そのまま速度と勢いを活かして背後へと回り込む。

 

 ハッと相手がこちらの動きに勘付いた時には、浴びせ蹴りが敵機の腹腔を打ち据えていた。

 

 恐らくこれでまともに動く事は出来ないだろう。

 

《マギア》の装甲は薄いため、格闘戦術における衝撃波にはめっぽう弱い設計だ。

 

 それも鋼鉄同士がぶつかり合う戦場では、武器を用いずに《マギア》を稼働させるなどまさに戦術として数えられもしないだろう。

 

 よろめいた敵機へと、クラードは少女を両手で抱えたまま、直上に躍り出てメインカメラを膝蹴りで砕く。

 

 挟み撃ちのために加速していた僚機の援護を得られないリーダー機は格好の的であった。

 

 無論、二機が戻ってくる前に、ケリをつける。

 

 クラードの殺意が伝わったのか、リーダー機は制動用の推進剤を焚いて眩惑させて距離を取る。

 

 それは即ち、これ以上の戦闘継続を諦める、と言う意思であった。

 

「……終わりだな」

 

 僚機がようやく追いついてきた頃にはもう相手の安いプライドはへし折れている。

 

『凱空龍のエース……。そのパッケージを後生大事に持っているがいいさ。言っておくが、そいつは不幸の象徴(ファム・ファタール)だぜ! 死ぬまで大事にしておくんだな!』

 

 捨て台詞を吐いて、三機編成が雲間の向こう側へと消えていく。

 

 それを深追いするほどの戦力もない。

 

 クラードが嘆息をついていると、掌の中の少女がゆっくりと起き上がっていた。

 

 紫色の瞳が、ゆっくりと開き、大きく見開かれる。

 

 それはMSを目にして驚いているのか、煌めくヘッドセットと拘束服の眩い光を照り受け、星々のトワイライトのようでさえもある。

 

 少女は今しがたまで深い眠りに落ちていたかのように眠たげに瞼を上げて、呟く。

 

『……ミュイ……だれぇ……?』

 

「名乗るほどのものじゃない」

 

『……なのるほどのものじゃない、さん?』

 

 まともに答えなければこの少女の問いには応じられないな、とクラードは答える。

 

「……クラード。それが俺の名前。あんた……いいや、君、は?」

 

 少女は小首を傾げてから、うーんと悩むように長い癖っ毛を手繰り寄せ、それからハッとして答える。

 

『……ファム。ファム・ファタール……』

 

「それは奴らの言っていたものだろう? 名前がないのか?」

 

『……ミュイ……クラード』

 

「それは俺の名前だ」

 

 返してやると、少女は柔らかく、天使の慈愛さえも含んだように微笑んで、それから口にする。

 

 その名前を、愛おしいかのように――。

 

『ミュイ……ファム・ファタールが、なまえ……』

 

 

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