機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第40話「一時の安らぎを」

「このお嬢ちゃん、《アルキュミア》を修復しろってうるさいってんで!」

 

 サルトルに突き出されたピアーナは頬をむくれさせて《アルキュミア》を指差す。

 

「解体したら許さないんですから!」

 

「したって、あんたは電子光学技師だろう? オペレーター勤務になる予定だって言うんじゃ、《アルキュミア》をバラしたって別に問題ないんじゃないのか?」

 

「大ありです! わたくしをバラバラにするつもりですか!」

 

 諍いの只中に飛び込むのは少し気が引けたが、カトリナはデッキのパイプを蹴って二人の間に割って入る。

 

「まぁまぁ。……サルトルさん、《アルキュミア》、分解しちゃうんです?」

 

「ああ。こいつはガワだけは最新鋭だが、他は数十年前のMSだ。今の規格に通さないと装備もやり辛い。一回、分解してからの再構築だな、動かすにしても」

 

「でも、《アルキュミア》はピアーナさんの命と直結しているんじゃ?」

 

「直結しているのはコックピットブロック周辺だけだ。他のガワまで繋がっているわけじゃないだろ。まぁ、それなりに嫌な気分はするだろうが、それでも我慢してくれとしか言えんな」

 

「我慢? 自分の分身がバラバラにされるのを、我慢ですって?」

 

 怒り心頭に達しようとしているピアーナへと、カトリナは取り成す。

 

「ま、まぁそんなに怒らなくっても。幸いにしてコックピット含めメインブロックは無事なんですよね?」

 

「ああ、クラードに感謝しろよ、お嬢ちゃん。あいつがマジになったら、コックピットなんて貫くのなんざ簡単なんだ。それをわざわざ、高熱でコックピット内部だけ感電させてパイロットを殺し、そのままメインブロックは生かすなんて高等な真似をしたんだからな。いわば命の恩人って奴だな」

 

「……命の……。ピアーナさん、クラードさんにお礼は言いましたか?」

 

「言うわけがないでしょう。如何にカトリナ様とは言え、常識を疑います」

 

 ぷんすかとまるで反省する余地もないピアーナに、カトリナは肩を落としつつ、サルトルへと声を潜める。

 

「……そもそも、クラードさん、ピアーナさんと会おうともしていませんよね?」

 

「まぁ、会わんほうがいいのかもしれん。結果的にクラードはああやって助けたが、本人はそんなつもりはないんだろうからな」

 

「自覚ないって事ですか?」

 

「……ふぅーむ……あいつの事をそれなりに長くは見ているつもりだが、こう言っちゃあれだが、あいつのやり方らしくないんだよなぁ、この直近。宇宙暴走族を招いたのだってそうだし、あいつのやり口とはまるで違っているんだよ。本来なら、語るような人間を遺さないってのがエンデュランス・フラクタルのエージェントってもんだからなぁ」

 

「……語るような人間を残さない……。それって例えば、アルベルトさんとかも……?」

 

「ああ。これまでの任務経歴を見るに、ああいう気紛れを起こしたのは本当に稀だ。奴も何かあったんだと思うべきなんだろうが」

 

「……クラードさん、あれでも冷たくはないんだ……」

 

 自分に対してのみの辛い対応ならそれはそれでへこんでしまうが、アルベルト達を生かした事自体がクラードにとってのイレギュラーなのかもしれない。

 

「どっちにしたってお嬢ちゃんの《アルキュミア》はいっぺん、共通規格に通さんとどうしようもない。このままじゃMS運用としては下策も下策だ。ちょうど入港手続きが進めばコロニーからの補給物資も手に入る。《レヴォル》の武装だって拡充出来るんだ、それに越した事はないさ」

 

「……まだ、《レヴォル》は強くなるんですか?」

 

「うん? 何か不安でも?」

 

「不安って言うか……もう充分に強いような……」

 

「あいつはそうだと思っちゃいないさ。まだまだ、自分と《レヴォル》はやれる、そう思っているはずだ。《レヴォル》の改修案は実はまだ五割も通っちゃいないし、それに主戦力を太くしておくのは何も間違いじゃないだろう?」

 

「……主戦力。やっぱり、《レヴォル》って特別なMSなんですか?」

 

 格納デッキの片隅に位置する《レヴォル》へとピアーナが浮遊し、そのままコックピットへと取り付く。

 

 整備班を振り払って手を付いたピアーナは直後に解析不能な言語を発していた。

 

「な、何を……!」

 

『「秘匿コード、“マヌエル”」』

 

 紡ぎ出されたコードに対して、《レヴォル》の内側から水色の光が生じ、彼女へと独自回線を開く。

 

『コード認証を確認。コミュニケートモードに移行します。“……クラードではないな。誰だ、この回線を使うのは”』

 

「初めまして、《レヴォル》。わたくしはピアーナ。ピアーナ・リクレンツィア」

 

「信じられん……。ライドマトリクサーの独自権限でクラードにしか反応しないはずのレヴォルの意志と交信しているのか……」

 

 サルトルも呆気に取られている。他の整備班も同様で、浮遊しながら持て余すばかりだ。

 

「《レヴォル》、礼を言いに来ました」

 

『“謝礼だと? それはクラードに言うといい。こちらは彼の操縦技術に頼っている”』

 

「そうでもないのでは? 貴方には貴方の意識……意志とでも呼ぶべきものがある。それを観測したから、わたくしはこうして話しているのです」

 

『“……こちらの意識を解読したところで、では判読対象かと言うとそうとはならない。専任ライドマトリクサーたるクラード以外との交信は固く禁じられている”』

 

「では貴方は禁を破っているんですね。こうしてわたくしと話している」

 

『“話すと言うほどでもない。第一、そちらがこちらのシステムに介入してきた。ハッキング行為のようなものだ”』

 

「言い方次第ですね。《レヴォル》、貴方には礼を言っておきます。《アルキュミア》を、壊さないでくれて、ありがとう」

 

『“先にも述べた通り、礼ならばクラードに言うべきだろう。それが正しいはずだ”』

 

「そうですね。機械でも分かる単純な理屈ですがしかし、そういう気にならない、それは機械には分からぬ感情のはず」

 

『“……理解に遠い。こちらからの交信を途絶する”』

 

「いいでしょう。こっちの用件は済みましたから」

 

『コミュニケートモードを終了』

 

「ちょっ……! 何やってるんですか! 勝手な事しちゃ駄目ですよぅ!」

 

「……義を通せと言ったのはカトリナ様でしょう? わたくしはあのクラードに礼を言うなんて天地がひっくり返っても御免ですが、彼には言える」

 

「レヴォルの意志に、か。しっかし驚いたよ。全身RMってのはそんな事も出来るのか?」

 

「わたくしが特殊なだけでしょうね。《レヴォル》の波長を少しばかり学習したからためしに出来ただけですが、もう彼は次のパスコードを入力している。二度目はないでしょう」

 

「そりゃそうだ。そう何回もレヴォルの意志に入れる奴が現れて堪るかってんだ。……ったく、期待の新人! こっちの仕事を増やすなよ!」

 

 ピアーナが整備班によって《レヴォル》から引き剥がされ自分へと放り投げられる。

 

 慌ててピアーナを受け止めると、思っていたよりもずっと重たくってカトリナは尻餅をついてしまう。

 

「……お、重っ……」

 

「すいません、カトリナ様。わたくしは全身RMなので重量があるのです」

 

「それはいいんですけれど……。って言うか、もう期待の新人って呼ばないでくださいよっ!」

 

「そいつぁ悪いね。ただ、委任担当官としての仕事だけはしっかりやってくれよ。そいつの首に縄でもかけてな」

 

「もうっ……。ピアーナさん、行きましょう。自由な身分になれたんですから、艦内を案内して……」

 

「要りません。わたくしはもう、この艦の隠し部屋に至るまで把握していますので」

 

「……そういえばそうだった。隠し部屋とか……そんなのあるんですねぇ。ただでさえ大きいヘカテ級なのに、迷っちゃう……」

 

「通常は認識されない部屋が十四個。そのうちロックが厳重なのが九個。わたくしの能力でも鍵開けに時間がかかるのが五つ」

 

「あのー……出来ればそういう、胡乱な事は言わないでもらえるとぉー……。サルトルさん達から睨まれちゃう……」

 

「承知しました。ですが、カトリナ様。自身の職場です。現状認識をしっかりと持っておくのは何も悪い事ではないはず」

 

「そうですけれど……うぅー……正論だなぁ……。どっちにしたってピアーナさんはこれから電子光学技師でしたっけ? オペレーター勤務になるんですよね?」

 

「ええ。この艦の電子戦闘技術が未発達なのは先にも述べた通り。ですので、わたくしを配すれば少しでもマシになる事でしょう」

 

 カトリナにはイマイチピンと来ないが、彼女の能力が買われているのならばそれに越した事はないはずだ。

 

「……でも、そんなのどこで習ったんです? 連邦艦に居た頃からそうだったんですか?」

 

「いいえ。わたくしは全身ライドマトリクサー。ならば最大限にここで戦力として発揮出来る場所が電子戦であったと言うだけ。MS戦闘でもいいのですが、わたくしは《アルキュミア》以外のMSへの搭乗経験はありません。当然、ここ数年で出回った《エクエス》や《マギア》に関しての知識はゼロ。ならば、少しでもマシな位置に陣取ろうと言うのは当たり前の心理じゃありませんか」

 

「……当たり前の心理……。何だかそう言われちゃうと弱いんだけれど……。ピアーナさんもこの艦で役立つようになりたいって事ですよね?」

 

「噛み砕いて言えば。カトリナ様もそうでしょう? 委任担当官と言う業務がどれほどのものなのかは存じ上げませんが、それ相応の職務のはずです」

 

「そ、そんなっ……私なんてまだまだで……。ああっ、でもどうでもいい職務とかじゃなくって……そりゃ、本気で立ち向かっていますよ? もちろんっ!」

 

 覇気を上げて声にするとピアーナはその冷たい白磁の肌へと僅かに喜色を浮かべる。

 

「……元気があっていい事だと思います。自身の職務に誇りが持てるのならば、それは何も間違いではないはずですから」

 

 ピアーナはそう言って立ち去っていく。

 

 その背中を眺めつつ、カトリナは口中に繰り返していた。

 

「……自身の職務に誇り、かぁ……。何だかそれって、ちょっと遠いかも……だなぁ……」

 

「何やってんの」

 

 頭上から降ってきた声に、カトリナはかしこまって応じる。

 

「く、クラードさん? いや、その……」

 

「クラード。留守にしておいたうちにピアーナの嬢ちゃんがレヴォルの意志に介入した。ちょっとでいいから手伝ってくれ。パスコードの再設定を行う」

 

「……ピアーナが? ……厄介な事をしてくれる」

 

 浮かび上がりかけたクラードの足を、ギリギリでカトリナは引っ張っていた。

 

「ま、待って……! 待ってください!」

 

「待たない、離して。邪魔だ」

 

「邪魔って……ちょっとでいいからお話をっ!」

 

「……めんどいな。何?」

 

 自分と改めて面と向かって話してくれるクラードへと、カトリナはえっと、とまごつく。

 

「……そのぉー、さっきの戦闘で……」

 

「話す事決めてないんなら後にして。あんたはそうでなくっても愚図だし、のろまだ。話の内容が定まっていないなら俺と話そうなんて思わない事だ」

 

「待って! じゃあその……何で、ピアーナさんを生かしてくれる気になったんですか?」

 

「……俺がピアーナを生かした? いつ?」

 

「いや、いつって……だって海賊との戦いだって大変だったはずなのに、わざわざそんな……」

 

「俺がピアーナと《アルキュミア》をわざわざ慮って生かしたとでも? 殺すほうが面倒だった、それじゃ駄目なのか?」

 

「いえその……何度も言わせるようですけれど、ピアーナさんもクラードさんもその……素直じゃないと言うか何と言うか……」

 

 二人とも、素直に助けた助けられたで礼を言い合えばいいものをこの二人はまるで決して交わらない点同士のように絶対に二人で会おうとはしない。

 

「……お陰様で私の仕事が増えるばっかり……」

 

「いい事だろう。あんた、仕事があればまだ重宝されるんだから」

 

「それって……私が普段、役立たずだって言っているようなものですよね……」

 

「いちいち言わないと分からないところからはマシになったんだから、いいだろう」

 

 大仰にため息をつく。

 

 どうやらクラードを少しばかり素直にするのに時間がかかりそうだ。

 

「それよりも、俺はサルトルと《レヴォル》に用があるんだ。サルトル、コロニー到着まで半日を切った。入港準備にベアトリーチェが入るから、俺の《レヴォル》は隠しておいてくれ」

 

「隠して……何で?」

 

 目を白黒とさせる自分へとクラードはとことん呆れ切ったような声を返す。

 

「……あんた、本当に馬鹿なのか? 俺と《レヴォル》は軍警察にマークされている。下手打って戦闘になんてもつれ込んだら厄介だ。ただでさえコロニー内での戦闘は御法度。軍警察、トライアウトの連中が体裁なんて気にするかどうかはさておき、エンデュランス・フラクタルとしては先制攻撃なんて事は避けたい」

 

「わ、分かっていますよ、それくらい……っ! ……でも、じゃあベアトリーチェはどうなるんです? この艦だって相手に割れていますよね?」

 

「入港する場所は裏の企業専用の港を使う。統合機構軍の港だ。そう簡単にはトライアウトでも検閲は不可能のはず。ただそうじゃない陣営からは丸見えだからな。それも気を付けないと」

 

「そうじゃない陣営……? それって統合機構軍の中でも、敵味方があるっていう事ですか?」

 

「……可能性の話。だが用心するに越した事はない。サルトル、俺と《レヴォル》は待機でいいな?」

 

「その事なんだがな、クラード。艦長からの伝令が今下った。どうにもお前、そこの期待の新人とちょっと行動を共にして欲しいみたいだ」

 

「ふへぇっ? ……何で?」

 

「意味が分からない。メリットも何もない」

 

「まぁ、あれだ。休める時に休めって言う表れなのかもな。フロイト艦長なりの」

 

「……俺は《レヴォル》のコックピットが一番落ち着くんだが」

 

「そう言うなって。どっちにしたって武装を積んだり調整している間はお前は《レヴォル》から降りないといけない。その時に手持無沙汰だろ? ……艦長はお前を心配している。だからこそ出る命令だ」

 

「……分かった。レミアがそう言うって言うんなら、俺は従うよ」

 

 案外、あっさりと命令には従ったクラードだが、こちらとすれ違う際、ぽつりと言い置かれる。

 

「……それにしたって、こんなのと俺が何をしろって?」

 

「こ、こんなのって何ですか! こんなのってー!」

 

 背中に怒りをぶつけたが、何でもない事のようにクラードは振り向かずに手を振るだけだった。

 

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