機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第41話「軋轢」

「悪いが許諾出来ない。その申請は通らないだろう」

 

 ヴィルヘルムに志願書を出すなり言い放たれたものだから、ハイデガーは当惑する。

 

「で、でもあなたは、有機伝導技師のはずだ!」

 

「だからって、この項目の施術は違法改造に近い。こんなライドマトリクサー施術を実行すれば、もう人には戻れないぞ? ハイデガー少尉」

 

 ライドマトリクサー化が可能な項目全てにチェックを入れたのがいけなかったのか、とハイデガーは拳を骨が浮くまで握り締める。

 

「……僕は、何度も……何度だって、この艦を助けられた! だって言うのに、今のままじゃ怠慢じゃないか!」

 

「そう感じる必要はない。《エクエスガンナー》は毎回、有用な戦闘データを取ってくれている。このままなら、下手に斥候を出すよりも安定性が高い」

 

「それは僕の仕事じゃない!」

 

「ハイデガー少尉、落ち着くんだ。君が取り乱してどうする。……それに君は、この艦でもまだマトモなほうだ。下手に身体拡張なんて手を出さないほうがいい。そのほうが性にも合っているはずだ」

 

「あなたは僕の何を知って……!」

 

「――ミハエル・ハイデガー少尉相当官。これまで最低限度の思考拡張のみであったにもかかわらず、ミラーヘッド戦歴、それに武勲の数々は聞き及んでいる。わたしはこれでも、艦内の人々のプロフィールには目を通していてね。君もその一人だ。ゆえに、ライドマトリクサー施術も、これ以上の思考拡張も要らないと、判定した」

 

「……僕の意思じゃないでしょうに」

 

「いいや、これは艦の総意だ。ライドマトリクサーはクラードだけでいい。その彼だって、可変するのはせいぜい腕だけだ。だと言うのに君の要望は、ピアーナ相当のRM施術にまで匹敵する。そこまで行けば確実に戻れなくなる。これは警告の意味も含んでいる」

 

「警告……? あなたはそうするのが怖いだけでしょうに……!」

 

「否定はしないがね。意味のない身体改造は害があっても有益には繋がりにくい。君は現状の《エクエスガンナー》の地位が気に入らないのなら、他の機体だってあてがう事が出来る。入港したコロニーでの補給準備も整っているんだ。その時に高性能機を君に与えてもいいという話にはなっている」

 

「話だけでしょう。……僕が本当にそれに乗れるかの実感はない」

 

 責め立てると、ヴィルヘルムは嘆息をついて自身の仕事へと戻っていた。

 

「……一体何がどうして、そこまで思い詰める? 適材適所と言う言葉がある。君は、《エクエスガンナー》のパイロットが嫌になったのか?」

 

「……嫌と言うよりも不服です。僕は元々、《レヴォル》のパイロットだった!」

 

「それはクラードが任期を満了した場合の想定だ。クラードの反応にレヴォルの意志が作用し、その結果としてデザイアでの悲劇がもたらされた。あれは想定外だった、そこに疑う余地はない」

 

「……その言い草、僕は元々、捨て石だったって言っているようなものですよ……!」

 

「そんな事はないよ。君は充分に、《レヴォル》搭乗の試験を受けていたし、パイロット適正も高かった。テストパイロットとしては出来過ぎたくらいだ」

 

「なら……! 余計に僕がパイロットであっても……!」

 

「だがね、《レヴォル》はクラードを選んだ。それを無視して《レヴォル》に搭乗したって、何もいい事はない。あのMSは特別なんだ。下手に勘繰って乗れば手痛いしっぺ返しに遭う。わたしは、《エクエスガンナー》での君の戦歴を評価していたんだがね。デザイアで引き上げた連中みたいに、生き死にの場所が分かっていない戦い方じゃない。君には君にしか出来ない戦場がある」

 

「……詭弁ですよ、それは」

 

「詭弁でも、正直なところで言えば、君の事を思って言っている発言だ。これが詭弁に聞こえるのだとすれば、ハイデガー少尉。君には休暇申請を出すしかなくなる」

 

「休暇……? 下手を打っていないのに休暇なんて出されるなんて……そんな事……!」

 

「ちょうどコロニーに入港する。三日くらいは滞在するつもりだ。その間に身の振り方を考え直すといい。《レヴォル》だけが君の可能性じゃない。それが分かるはずだ」

 

「……僕は《レヴォル》の……テストパイロットだったんですよ……!」

 

「適正はクラードのほうに傾いている。むしろ、あの機体に乗らないでよかった幸運を噛み締めるべきだ。彼の戦い振りは見ているだろう。黒い旋風、グラッゼ・リヨンとの戦闘に、トライアウトとの度重なる激戦、海賊組織との戦闘。どれもこれも、あまりに苛烈が過ぎる。あんなものを経験しないでいいのならばそれでいいはずだ。君は経歴も輝かしいパイロット、我らエンデュランス・フラクタルが実力を買った構成員だ。それは分かってもらいたいものだがね」

 

「……理解していただけないのなら、こちらもそれなりの対応があります」

 

「……だからってその項目のライドマトリクサー施術は死に急ぎと言うんだ。ダメージフィードバックだって、思考拡張とRMではまるで違う」

 

「……あなたは僕の理解者じゃない。それが今、明瞭に分かっただけです」

 

「……そう、か。それは残念だよ」

 

「ええ、残念です。ヴィルヘルム先生」

 

 ハイデガーは医務室を立ち去る。

 

 ここに居場所なんてないと言うのならば、それは――。

 

 端末を起動させ、ハイデガーは通信を繋いでいた。

 

「……もしもし。そちらにライドマトリクサー施術を予約していたハイデガーですが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大型コロニーの持つ威容に、アルベルトは思わずと言った様子で気圧されていた。

 

「……デケェ。これが大型補給コロニー……」

 

「まぁ、ミラー付きのコロニーなんてデザイアにはなかったでしょうからねぇ。目新しいのも頷けるかも」

 

「ミュイ……! おおきいね、あれ!」

 

 窓辺でファムが指差した先にあったのは、三つの天蓋となるミラーであった。

 

 デザイアには天候を司る機関は全て中枢シャフトに集中していたのでミラーが三枚もある大型コロニーは新鮮である。

 

「こんなもんが、補給地だって言うのか」

 

「エンデュランス・フラクタルの一応はお膝元。まぁこれでも何だかんだで大型企業だし。それなりよね」

 

 ファムを抱えるバーミットとやらのオペレーターの冷静さにアルベルトは舌を巻く。

 

「……慣れてるん……ですね」

 

「そりゃ、あなた、月航路を取るって言って、こうして入港してるんだもの。さぁ、ファム。あんたの服も見繕わなくっちゃねぇー。いつまでも同じ服ってわけにはいかないし」

 

「ミュイぃぃ……このモフモフ、おきにいり……」

 

「あんた、何日それを着てるのよ。ここいらで着せ替えないとこの世の終わりまでそれ着てるでしょ。もっといいのを着せてあげるから、さぁこっちに来る」

 

「ミュイ……クラードぉ……」

 

「クラードの坊ちゃんは来ないってば。あいつはあいつで仕事でしょ」

 

「仕事? ……クラードにも仕事があるんですか?」

 

「そりゃあね。あいつ、あれでうちの一流エージェントだし。それなりの職務ってもんがあるはずよ。なに、気になるの?」

 

「いや、別に……」

 

 視線を逸らしてコロニーのミラーを仰いでいると、バーミットはぽかぽかと殴りつけてくるファムを抱えて、はいはいと取り成す。

 

「あのクラードのカタブツも相当オモテになるようで。幸せ女のカトリナちゃんとファム両方に好かれるなんて、なかなかに果報者ねぇ」

 

「ミュイ! クラード、かほうもの! すきー!」

 

「……サワシロさんは……」

 

「バーミットでいいわよ。別にあなたとはどうなったって知ったこっちゃない間柄だけれど、ファミリーネームは嫌いだし」

 

「あっ……じゃあその、バーミットさんはクラードとは長いんですか。何だかその……色々知っているみたいなので……」

 

「なにー、気になっちゃう? ……まぁ、ね。あいつとは色々あったのよ。ただまぁ、ちょっとやそっとで語れる仲じゃないって言うか。そっちだってそうでしょ? 半年間、何があったのかなんてちょっとやそっとじゃ語れないはずよ?」

 

 正鵠を射られてアルベルトは言葉をなくす。

 

 バーミットは大きく伸びをしてから、軽く手を振る。

 

「まぁ、その辺はクラードが話したがるとも思えないけれど、いつかは話せるようになるのかもね。あたしは話さないけれど」

 

「……それってズルいっすよ」

 

「ズルくないわよ。色々あったんだって、分かっていればなおさらね」

 

「……色々、か。オレは、クラードに何をしてやれるんだろうな……」

 

『ベアトリーチェ、入港準備完了。五分後にはドッキングベイへと移行します』

 

 ラジアルの声が響き渡って、ベアトリーチェが港へと停泊するのが振動で伝わる。

 

「さぁーて、ファム。あんたはあたしと同行。経費で服を買い漁るわよー」

 

「ミュイぃぃ……バーミット、なんだかうれしそう……」

 

「そりゃ嬉しいでしょうに。経費で落ちるのよ? どんな高級品だって。あんたこれ以上に嬉しい事なんてないでしょ? 大企業エンデュランス・フラクタル様様よ」

 

「……バーミット、がめつい」

 

「どこで覚えたのよ、そんな言葉。さぁ、イヤーな事は忘れて、ぱぁーっと発散しちゃいましょ! ……あ、そうそう、アルベルト君、だっけ?」

 

「あ、はい……。なんすか……」

 

「クラードを心配するのはいいけれど、飲まれない事ね。あいつ、うちの企業の暗部みたいなものだから。あいつに踏み込み過ぎれば何かと後ろ暗い事情とは絶対に関わらなくっちゃいけないし、何よりもそういうの、いい傾向とは言えないわよ? だから、適度に距離を取るのがあたしなりの処世術だとは思うけれどね」

 

「……処世術、っすか。でもオレは……あいつに……クラードに何回も救われてきた。もう運命共同体なんです。だってなら、オレはあいつの事を……もっと知らなくっちゃいけない」

 

「それが暗黒に繋がる道でも、か。……あなた何気にいい根性しているわ。さすがは天下の宇宙暴走族、って感じかしらね。ただね、これは長い事生きる上での忠告。どれだけいい人間でも死ぬ時は呆気ない。だから踏み込むなってのはそれも言ってるのよ。足を取られるのは一瞬、それもいつだって、ね……」

 

 バーミットの声音には暗いものが窺えていた。

 

 本心で忠告してくれているのは分かるのだが、彼女は一体、クラードの何を知っていると言うのだろう。

 

 問い質す前に、バーミットはファムを引き連れて艦から降りていく。

 

 アルベルトは持て余した身を窓辺に投げていた。

 

 企業だけの秘密の停泊港には他の巡洋艦クラスは見られない。

 

 ベアトリーチェだけが停泊している状態ならば敵襲の警戒も必要ないのだろう。

 

『これより、ベアトリーチェは戦闘警戒を解除。以下、四十八時間の自由時間とします』

 

 ラジアルの声に、アルベルトは端末を取り出す。

 

 そこに積み重なるようにしてかけられてきていた履歴の番号に、静かに嘆息をつく。

 

「……兄貴。まだオレの事、諦めていないって言うのか……」

 

 だが返答出来るだけのものが自分にはあるだろうか。

 

 デザイアで大勢を死なせ、自分もまたクラードに救われる形でベアトリーチェに同行している。

 

 そんな事を話したところで、有益ではないだろう。

 

「……生きているだけでも、か。でもそれって、オレにとっては何て言うのか……少し重石だよ」

 

 そう呟いて端末の電源を切っていた。

 

 

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