『――受信。アルベルト様の端末の最終履歴は、コロニー、シュルツ。統合機構軍の平定する大型コロニーです』
そう伝令を受けたのは数分前で、目の前の上官相手に結果のみを報告する。
「どうやら弟はデザイア崩壊の後に、統合機構軍に捕らえられた様子です」
ふむ、とこちらの言葉を受け止めたのは顔に傷痕のある強面の上官であった。
「なるほどな。存分に心配な事だろう、君としてみれば」
「ええ。あれでもよく出来た弟なんです。出来れば悪い遊びからは卒業させたい」
「それで我が方に――ディリアン・L・リヴェンシュタイン中佐。まさか行政連邦でもトップクラスの親衛隊勤務のあなたが、我々トライアウトネメシスに進言していただけるとは。光栄と、思ったほうがよろしいのでしょうかな」
「トライアウトジェネシスでは弟を殺してしまいかねない。その点、あなた方ネメシスはまだ分別がある。必要のない人間だけを始末出来る技量があると聞き及んでいます」
「我々トライアウトネメシスでは要人警護から、拠点防衛まで幅広く扱っております。必ずや弟君を悪しき統合機構軍から奪還し、あなたに勝利を約束しましょう」
「頼みます。弟は……アルベルトは歪んだ思想に染まりつつあるのです。それにはきっと、デザイアを襲撃した統合機構軍の一部組織が関与しているはず」
「それに関しては聞き及んでおります。報告の中に、デザイア崩壊に際して、出現したヘカテ級大型新造艦の存在を」
書類上に映し出されているオレンジ色の艦艇に対して、ディリアンは奥歯を噛み締めていた。
「……アルベルトをたぶらかした大罪人共め……。その命で償わせてください」
「構いませんが、よろしいので? 我々トライアウトネメシスの流儀でやります。そうなると、コロニーシュルツは戦場となる。親衛隊勤務のあなたからしてみれば、痛くもない経歴に僅かながら傷がつきますが」
「構いません。少しばかり強引なほうが弟も懲りる事でしょう。悪い遊びから足を洗うのに、痛みは必要不可欠です。ただし、弟には」
「ええ、弟君には掠り傷一つ付けずに保護し、そして抵抗する者達は……」
「殺していただいて構いません。どうせ、悪い遊びを教えた愚か者達だ。死んで償うのが理想でしょう」
ディリアンの言葉振りをトライアウトネメシスの上官は気に入ったのか、微笑んで応じる。
「お任せください。我々はパッケージの保護に関して言えば一流。それ以外の禍根の芽は摘んでおくに限りましょう」
「頼みますよ。巨額の投資をしているんだ、あなた方には」
「まさかリヴェンシュタイン家としてだけではなく、親衛隊からの支援金も得られるとは思っても見ますまい」
「ただし、条件として一つ。わたしも同行させていただきたい」
「しかし親衛隊勤務の機体が入れば、要らぬ噂も立ちましょうぞ」
「《エクエス》で構いません。なに、これでも親衛隊として腕は立つほうです。自分の身は自分で守ります」
「よろしい。では《エクエス》を一機、準備いたしましょう」
上官は執務椅子から立ち上がり、格納デッキへと向かっていく。
ディリアンは親衛隊仕様の式典服に身を包み、純潔を約束された矜持の紋様を胸に前に進む。
「ときに、リヴェンシュタイン様。知っておいでですか? デザイア崩壊時に観測された、忌み名の機体を」
「忌み名の機体?」
「これです。白いMS。所属は不明、恐らくは統合機構軍のどこかで建造された、違法MSでしょう。しかしこの機体と会敵したトライアウトの下部組織に居るあれは……誰だったかな。まぁそこの士官がですね、この機体の事をこう呼んだのですよ。忌むべき火薬庫――ガンダムとね」
「ガンダム……。この機体と弟の間に、まさか何か関係が?」
「いえ、それは不明なままですが、我々トライアウトの中で通説として出回った情報だけは共有しておこうかと。一連の事件はこのガンダムが噛んでいる可能性が高い」
「……ガンダム。忌むべきMSか」
ディリアンはトライアウトネメシスの格納デッキの充実さに僅かながら息を呑んでいた。
「……これは……新型機《レグルス》ですか。もう配備が……」
「ええ。我らトライアウトネメシスはジェネシスよりも権限は落ちるとはいえ、それでも同じく軍警察です。統制に関しては同じか、それ以上のレベルだと思っていただいて構いません。《レグルス》の試験運転にもちょうどいい。これで統合機構軍の出端を挫く」
「上手く行きますか? まだ《レグルス》は試験運用中だとも聞いています」
「なに、我が方にもエースは居ます。ダイキ! ダイキ・クラビア中尉は居るか!」
「ここに!」
格納デッキの中の《レグルス》コックピットより這い出てきた士官はニッと人のよさそうな笑みを浮かべて挙手敬礼する。
「彼が、エースですか」
「違法改造の《マギア》のミラーヘッドを三回迎撃しております。ミラーヘッド戦になれば、なかなかに頼れますよ。クラビア中尉! 君を先陣として編成を組む。準備は?」
「出来ております、中佐殿! 観てくださいよ、俺の《レグルス》!」
彼のパーソナルカラーなのか、紫色に塗られた《レグルス》は次の戦場を心待ちにしているようであった。
「先走るなよ。君の悪い癖だ」
「了解であります! ですが、《レグルス》はやれますよ、自信がある」
「……リヴェンシュタイン様。彼だけではございません。トライアウトネメシスは役割こそ、ジェネシスのような強硬派とは少し違いますが、実力は伯仲しております」
「ええ、信じていますよ。前と後ろを任せるんですからね」
「それは喜ばしい。リヴェンシュタイン中佐の《エクエス》も万全にしておけ! 敵は統合機構軍だ」
「統合機構軍? PMCですか」
浮かび上がってきたダイキと呼ばれた青年士官はこちらを一瞥するなり、鼻で笑う。
「偉い人、ってわけですか」
「口を慎め。親衛隊勤務の方だぞ」
「マジっすか。親衛隊ねぇ。行政連邦においてその実力を認められた一握りの集団、時の為政者の警護と、そして重要任務を司るって言う……」
「何か意見でも」
ディリアンの問いかけにダイキと呼ばれた青年は反骨精神を丸出しにする。
「気に入らないって言っているんだ。俺達は使いっパシリじゃない。本物のトライアウトだぞ」
「クラビア中尉! やめておけ! 君とて親衛隊にとってしてみればただの一兵卒だ。上に噛み付いてどうする!」
「しかし中佐殿。このお方、《エクエス》に乗るって? ピーキーに仕上げておけよ、メカニック! なにせ親衛隊のお方が乗るんだ、出力が足りないとか難癖付けられちゃ、俺達、トライアウトネメシスの沽券にかかわるからな!」
「中尉!」
その怒声でようやく、ダイキは退いていたが、上官の声がなければまだ噛み付いていたであろう事は容易に想像出来る。
「……失礼を。教育の成っていない部下でして」
「いや、いい眼をしている。エースと言うのは本物でしょう」
「あれで上役に下手に噛み付きさえしなければ、いいパイロットなんですがね……。身分の上の人間を見ると、手当たり次第で。うちではイノシシのダイキで通っています」
「イノシシ、か。目の前がまるで見えていない……」
「ですが、あれで実力は確か。下手にモチベーションを下げるわけにもいきません。それは作戦指揮に関わる。あんなですが、同僚達からの信頼も厚い。メカニックは彼の言う事ばかり聞く」
「それは実力がある表れでしょう。なに、少しばかり失礼なほうが、いいパイロットの証でもある」
「自信家なのです。いやはや、申し訳ない」
「いいえ、結果だけが全てです。これから先の結果云々で、わたしは身の振り方を決めなければいけない。弟さえ助け出せればいいんです。他は二の次でも」
「ではご用心ください。恐らくは先にも言いましたガンダム。まったくの無関係でもありますまい」
「……ガンダム、か……」
その忌み名がどうしてなのだか、この時ばかりは焦燥感として胸を掻き毟っていた。
「ネメシスに令状? このタイミングでか?」
帰投するなりメカニックに問いかけていたダビデへと、グラッゼは《エクエス》から手を離して近づいていく。
「失礼。ネメシスとは、トライアウトネメシスの事か」
「あっ、大尉。お疲れ様です! ……ええそうなんです。我が方で令状を取ろうとした矢先に、ミラーヘッドオーダーが通ってしまっていて……」
「ネメシスとジェネシスはご存知でしょうが同じトライアウトの中でも命令系統が違います。先手を打たれれば厄介な相手です」
ダビデの説明にグラッゼは思案する。
「共闘は? 無理なのか?」
「駄目ですよ。連中、あれで我々よりもだいぶ人でなしです。大尉も聞いた事があるのでは? 焼き尽くし(バーンアウト)のネメシスと言えば」
「バーンアウト……確か、彼の者達の作戦行動を揶揄した物言いだったな。連中に分別はなく、敵味方関係なく焼き尽くすと言う噂か」
「それが噂だけじゃないから、困っているんですけれどね。連中のやり方がトライアウトジェネシスとはまるで異なる。殲滅戦と言っても、スマートじゃないんですよ、結局は。そこにある種の快楽に近いものを持って来るから始末に負えない」
「快楽殺戮者……。しかし軍警察はそのレッテルを貼られている」
「ほとんど彼らによるものです。それと下部組織のトライアウトの尾ひれやら何やらがついて、軍警察には分別なんてないって言われるようになったって言う。そもそものやり口に無駄が多いんですよ、連中は」
「DD、君は御立腹かな? そのスタンスには」
「そりゃ……言い逃れ出来ない事もあります。ですが、そういう云々を引き抜いたって、相手のやり方には意見もあるというもの。一家言を挟むのはいけませんか?」
「いいや、軍属ならば正しい判断だろう。私は所詮、根無し草のようなものだ。その根性が抜けている」
「……大尉は、トライアウトネメシスの殲滅領域を知らないのでそう言えるのです。ジェネシスのやり方とまるで違う。正直、迷惑の極みですよ」
「しかして、私達が出来る事も限られている。それもその通りなのではないかね?」
グラッゼの言説にダビデは嘆息をつく。
「敵いませんね、大尉には」
「面白いものを観てきた。これを」
端末に同期した映像をダビデに見せると、彼女は声を潜める。
「……《プロトエクエス》? どこの陣営です? そんな骨董品を使うのなんて」
「まだ分からんが、この機体は我らが回収した超長距離狙撃砲であの新造艦を狙い撃ちにしようとしていた。明らかに海賊組織によって疲弊した艦の足取りを分かっていての行動だ」
クレーンで運び込まれる超長距離狙撃砲の威容に、ダビデは息を呑む。
「……嘘でしょう。これ、最新鋭の……」
「そうだ。君ならば見覚えもあるかと思ったのだがね」
「……トライアウトの標準ではありませんね。これはしかし、行政連邦の代物です。どこからこんなものを持ちこんだんだか……」
「やはり、不明か」
「不明と言うよりも、まるで読めません。この狙撃砲を使える身分があるとすれば、それは……行政連邦親衛隊身分相当でしょう」
「親衛隊……話にのみ聞いていたが、実在するのか? 行政連邦を守護する騎士団達。彼らは一様にして、その動きを悟られるのを嫌う、とも」
「実在しているのだとすれば、《プロトエクエス》なんてものを使う理由も分かってきます」
「……なるほど、気取られたくないのはお互い様か」
もっとも、《プロトエクエス》程度の戦力ならば自分達でも圧倒出来た。それなのに、戦闘に持ち込まなかったのはひとえに、敵の戦力が割れないからだ。
そんな状態で戦うのは識者の理論に正しくない。
「……戦闘とは理性的であるもの。ハイエナの論理ではない」
「識者の理論ですか。大尉の。……《プロトエクエス》を押さえていれば、何かしら見えていたかもしれませんが、そこに親衛隊の影があるとなると……穏やかではありません」
「トライアウトを統括する人々なのか?」
「統括……と言うのもある種では正しくないでしょう。彼らは影に徹し、そして陰ながらにして護る者達。彼らの基本理念はそもそも悟られぬ事。だとすれば、あの新造艦を強襲したのは……」
「――その一撃で決めるつもりだった。なるほど、その論法ならば頷ける。疲弊し切った戦場で漁夫の利を狙うと言うわけか。なかなかに賢しい」
「賢しくても勝てればいい理論です。大尉の翳す識者の理論とは真逆……」
「真逆でも強ければそれは正答だ。間違いあるまい。問題があるとすれば、連中はあのガンダムとやり合おうとは思っていなかった事だろうな」
「大尉は、ガンダム……、あれと戦いたいと?」
「ああ、是非もう一度死合ってみたいね。だがそのためには私が《レグルス》の手綱を握る必要性がある」
「……暴れ馬ですか、あれは」
「まだ、な。アイリウムの移植作業はティーチ達に一任してあるが、なに、馴染むのには時間がかかる。それは今まで私の扱ってきたMSならばどれも同じくだ。しかし求める戦場があれば赴こう。私はそのつもりでいる」
「敵いませんね、やはり大尉には。識者の理論を振り翳しつつも、戦うべき時には戦うと言っている」
「だってそうだろう? 私はクラード君を……まだ彼の本気と死合っていない。その時点で底が知れているというものだ。ならば彼を本気にさせる。まずはそこからだろう」
ダビデはこちらの言葉にフッと笑みを浮かべる。
「まだ本気じゃない、ですか。末恐ろしいですね、ガンダムは」
「ゆえにこそ、墜ちて欲しくないのだよ。トライアウトネメシス程度の戦力ではね」
ダビデはこちらに向き直り、挙手敬礼する。
「これより、ダビデ・ダリンズ少尉は戦闘待機に入ります。あの新造艦迎撃の任を帯びていますので」
「もう出るのか? 威勢がいいな」
「それくらいが私の価値ですので。《エクエスルージュ》も本気を出したいと言っています」
「《レグルス》でもいいのではないか? 君ほどの実力者ならば暴れ馬も手懐けられる」
こちらの感想にダビデはゆっくりと頭を振る。
「いえ、まだ資格がありませんので。その時には、是非ご指導ご鞭撻のほどを、よろしくお願いします」
「……先達として、か。引き受けよう、少尉」
「失礼します」
てきぱきとした動きで踵を返していくダビデの背中を眺めながら、グラッゼはサングラスのブリッジを上げる。
「あれも若さだな。見習っておこう」
その視界の隅で、怒声をがなり立てる影を見出す。
「だから、私は《エクエス》で行くと言っているんだ!」
「無茶言わないでください、准尉。ただでさえ、《エクエス》は足りていないんです。あなたに補充するのはやめろと、上から言われているんですよ」
整備班と火花を散らすのはガヴィリアであった。
彼は今にも飛び出しかけない形相で《エクエス》を指差す。
「あのDDの《エクエス》はあるではないか! あの部隊を回せ!」
「少尉は特別です。トライアウトジェネシスの要の戦力なんです。だって言うのに、下手な整備は回せません」
「私には下手でもいいと言っているのか!」
怒髪天に来ているガヴィリアへと、グラッゼは静かに歩み寄り、その拳を押し留めていた。
「やめたほうがよろしいかと、ローゼンシュタイン准尉。ここでは私は後輩ですが、それでも通すべき義というものがあるとは思っている」
振り下ろしかけた拳を止められたものだから、ガヴィリアは羞恥と戸惑いの眼差しをこちらへと注ぐ。
「……グラッゼ・リヨン……」
「大尉が抜けております。私は気にしませんが、うるさい人間も居ますので」
「……大尉。だが、私はトライアウトの古株だぞ! このエリートの! ローゼンシュタイン家の紋所に、これ以上の屈辱の上塗りをさせるわけにはいかんのだ!」
胸元に抱いたその文様へと、グラッゼは変わらぬ論調で応じる。
「では余計に出撃はよされたほうがいい。今日はあまり日取りもよろしくありません」
「日取り? ……そんなものを気にしてガンダムが墜とせると言うのか!」
「少なくとも今ではないのは、お分かりかと思いますが」
ぐっと、相手が奥歯を噛んだのが伝わる。
牽制し合うのも旨味がないと判じたのだろう、ガヴィリアは踵を返す。
「私の機体は常に準備しておけ! アイリウムのメンテもだぞ!」
そんな捨て台詞を吐いて行ったものだから整備班がその背中に冷笑を浴びせる。
「ざまぁないぜ。恥知らずの噛み付き癖なんて」
「聞こえればまた面倒になる。余計な損耗は押さえたほうがいい」
こちらの忠言に整備班全員が笑いを振り向ける。
「大尉もなかなかに人が悪い。あのシェイムレスに日取りが悪いなど」
「そうかな? 本当に日取りが悪いのだと、思ってはいたのだがね」
「心根からの心配じゃないでしょう、それは。大尉の《レグルス》は万全にしてあります。いつでも出せるようには」
「逸るなよ。まだ私とてその域ではない。ならば静観もまた、一つの選択肢の上にはある」
「ですが、ガンダムだって言うんでしょう? 向こうの主戦力は」
「……まぁな。だが私は別段あれに恨みを抱いているわけではない。シェイムレスのローゼンシュタイン准尉には悪いが、私は私の戦い方をさせてもらう」
「それが一番に効くんじゃないですか? 噛みつき癖でしょ」
「お人が悪いとは、言ってくれるなよ」
格納デッキを流れ、上官の下へと向かう途中でグラッゼは着信を感知していた。
「……件の新造艦の停泊。コロニー、シュルツか。あのコロニーはほとんど統合機構軍のお膝元だ。何かしらは仕掛けてくるだろうが、我々では下手に動けんな」
それもこれも、自分のネットワークの一つでもある。
情報屋を抱き込んでおけば、ある程度までならば筒抜けであるベアトリーチェの航路だが、それでも解せないのは――とそこで扉を潜る。
「早かったではないか、大尉」
「はっ。偵察任務だけのつもりでしたので」
「だが大きな土産物じゃないか。超長距離狙撃砲など」
「身元は割れましたか?」
「それがまるで、だな。《プロトエクエス》のデータは参照したよ。すぐに離脱挙動に入ったせいで、どこの差し金かは不明だが、君達の推測からはさほど遠くないだろう」
「……親衛隊……」
「あまりその言葉を言ってくれるな。どこに耳があるか分からんのでね」
「ですがそうなると特務扱いとなる。トライアウトから命令権が離れる可能性も、ないわけではないのでは?」
「そうならないために君達を適時投入するのがわたしの仕事だ。何だ、信じられないのか?」
「いえ、DDは既に戦闘待機と聞いています。采配は間違っていないかと」
「問題は噛み付き癖のシェイムレスだな。もうあれには《エクエス》一機だってあてがってやりたくはないのだが、どうにもね。聞かん坊と言うのは困るのだよ」
「ローゼンシュタイン家がどうのこうのと言っていましたが」
「間違いではなくってね。元々は名家だ。行政連邦で言えばローゼンシュタイン家と、有名なところで言えば、リヴェンシュタイン家かな?」
「リヴェンシュタイン……確か連邦の中枢に関わっているはずの家系ですね」
「旅がらすの君でも聞いた事があるのだから、相当だろう。シェイムレスはどうしたって自分を出せと言ってくる。なのでこれは、二個目の命題だ。彼を出しつつ、ローゼンシュタイン家からの出資を得るのにはどうすればいいか?」
「……有能な指揮官の下で戦わせるのがよろしいかと」
「その有能な指揮官は君では駄目なのかね?」
上官は自分をはかっている。それが分かっていて、グラッゼは芝居めいた格式の言葉を返す。
「自分は所詮、下士官です。それ以上でも以下でもございません」
「卑下するんじゃない。君には力がある。彼にはない。それだけだ」
「しかしそうなってくると、恥知らずは本当に恥を知らなくなる」
「そこも問題でね。恥を知らずにローゼンシュタイン家からの命令だとでも言えば、トライアウトジェネシスでは通らないわけじゃない。言ってしまえば、彼はお里の力だけで成り上がってきたようなものだ。かつての古巣でも、ここでも同じように」
「ではローゼンシュタイン家の面子を通すのならば、彼に《エクエス》を充てつつ、死なせないようにするのが無難かと」
「難しい事を言うじゃないか。しかしそれは妙案だな。死なせないようにしつつ、出資だけを募ると言うのは。悪巧みもその面の割には得意じゃないか、大尉」
この言葉を自分から言わせるために、誘導したようなものだろうに。
呆れつつも、グラッゼはその心情をまるで出さない。
「痛み入ります」
「しかし……シェイムレス一人を死なせないと言っても、その上には多数の有能な部下の死がある。わたしとしては、それは看過出来ない」
「命題でしょう。それこそ、ね。彼の者一人生き残れば、トライアウトが安泰と言うわけでもない」
「死んでもらっては困るのはDDや君のほうだよ、大尉。あまり主戦場に引っ張られ過ぎるな。ガンダムとやらと真っ向から向かい合おうなどと考えれば、死の影が差すぞ」
「生憎ですがその死の影を払うのが私の仕事です」
こちらの返答があまりにも格式ばっていたせいか、上官はフッとほくそ笑む。
「君のそのストイックなところはいい。仕事以上の事はやるべきではないと考えているのも」
「私は軍属です。現状は、ですが。ならばその身の上に相応しいだけの働きはしましょう」
「なるほど、期待出来る。君は口だけの男ではないのだからね。どこかの恥知らずに爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいだ」
上官はこれ以上の問答は不要だと判じたのだろう。
書類を差し出し、声を潜める。
「……しかして、墜とせるのならば墜とせ、が心情でもある。あの新造艦、ベアトリーチェ追撃にネメシスの連中が充てられるのは時間の問題でもあった」
「我が方よりも上位権限の持ち主なのですか」
「いや、等価のはず。だが口うるさいのが居てね、あちらにも。オブザーバーを気取っているようだが、内政干渉だと、そう言ってもおかしくないレベルで」
「どこの部署にも苦労はある、と言ったところでしょうか」
「大尉。君はガンダムと一度立ち会った。どうかね? 感触としては」
「彼は強い。そしてその力は海賊と戦ってより極まった、と断言して間違いないかと」
「どことも知れぬ海賊連中がガンダムの性能を引き出してくれるのは助かる。だがね、墜とすのは最終的に我が方でなければいけない」
「存じております」
「モニター結果は自ずと出る。今は少しばかりの休息だ。大尉、戦闘待機と共に《レグルス》の試験運転を命じる。黒い旋風の渾名は伊達ではないはず。やれるな?」
「やらなければ喰われるのみ。……私個人としてももう一度死合いたいのですよ。あのガンダムとはね」
挙手敬礼し、グラッゼは退室する。
「しかして……君はまだ強くなる。それが楽しみで仕方ないとも。クラード君」