機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第44話「断絶」

「アルベルトさん、私、映画が観に行きたいんです」

 

 そんな事を唐突に言われてしまったものだから、アルベルトも断り切れずにラジアルに手を引かれて中心街へと出ていた。

 

 こんなのガラではないと思いつつも、ラジアルの華やかさを前にすればどうにも言い返せずにいて、アルベルトは後頭部を掻く。

 

「あの……オレなんかと歩いていたら、あんたは三流ゴシップ誌にすっぱ抜かれるんじゃ?」

 

「何でです? 変装もしているじゃないですか」

 

 特徴的な赤髪を麦わら帽子で隠し、サングラスもしていたが、彼女から溢れ出るカリスマ性は健在で、時折こちらへとカップルや男達が視線を振り向けてくるのを感じる。

 

「……参ったな。何でオレがラジアルさんのエスコートなんざ?」

 

「何でって、アルベルトさんも断らなかったでしょう? だから、OKなのかなって思って」

 

「……んなわけないでしょう。ただ……あんた特有の泣きの演技って言うんですか? あれにしてやられただけですよ」

 

「じゃあ私の女優としての力もまだ健在って事ですね。アルベルトさんに魔法をかけちゃったみたい!」

 

 どうにもウキウキとして、こちらの言葉をのらりくらりとかわす様は、見ていて緊張感がない。

 

 ――本当にただの町娘にも見えるのだ。

 

 それが余計に嘘くさくってアルベルトは失笑してしまう。

 

「……まさか、お姫様のエスコートが、宇宙暴走族の活動の一環だとはねぇ」

 

「お姫さまって言いました? 嬉しいです!」

 

「……言葉の通りに受け取らないのが大女優でしょうが。オレもそうっすからね。あんたの言葉をいちいち真に受けていたんじゃ、身が持たねぇ」

 

「あれ? でもアルベルトさん、私に魔法をかけられちゃったんですよ? じゃあ、もう真に受けているのか、それとも真に受けている“演技”でもしているのか……」

 

 真剣に考え込むラジアルに、アルベルトは完全に困ってしまう。

 

 これでは彼女のペースに乗せられっ放しだ。

 

「……あんたの口から演技なんて、それこそ釈迦に説法とかそういうレベルでしょ。大体、大女優がお忍びで観たい映画なんてあるんですか?」

 

「……いいえ? ないですよ?」

 

 あまりにも簡単に言うものだからアルベルトはあんぐりと口を開けていると、ラジアルはふふっ、と笑う。

 

「だって、こういう共通の話題がないと、アルベルトさん、こっちに来てくれなかったでしょ?」

 

「……あんたは本当に、とことんどこまでもやるんだな……」

 

 呆れ返っていると、ラジアルは夢見るように告げる。

 

「ええ! だって私はラジアル・ブルーム! これまで欲しいものは自分の力で、全部手に入れて来たんですから!」

 

「……芝居くさいのはやめましょうよ。見ていて恥ずかしくなる」

 

「でも、お芝居の中みたいでしょう? これ」

 

 そう言われてみれば確かに。

 

 大女優と、宇宙暴走族のヘッド。

 

 まるで釣り合わない二人を、こんなところで対面させるなど、しかしそれは――。

 

「なんてこたぁない。下手な三文芝居だ」

 

「そうですかね? 私、ラブロマンスは嫌いじゃないですよ?」

 

「あんたのそれは好きでもないって意味でしょうに」

 

「あれ? 分かっちゃうようになりました?」

 

 笑顔で告げられると何とも言えない。

 

 きっとその眩しい笑顔で何人もの男を手玉にしてきたクチだろう。

 

「……あんたさ、オレなんかを転がして、今さら楽しいってザマでもないでしょうに。何で、オレなんかに構うんです。オレは根無し草の宇宙暴走族っすよ」

 

「うーん、それなんですけれど、アルベルトさん、嘘ついていますよね?」

 

 思わぬところでの反撃にアルベルトは絶句する。その対応が余計に拍車をかけたのだろう。

 

「あ、やっぱり。嘘つきって分かるんです、私。だって嘘の世界に生きていますから。その人間がどういうバックボーンなのかって言うのは何となく、ですけれど」

 

「……オレの何が嘘だって?」

 

「例えば……品性があるのにない振る舞いを演じていたり、後は絶対にそうは思っていないのに逆の事を言ったり……。まぁ男の子によくある話ではあるんですけれど、アルベルトさん、分かりやすいから」

 

 その表現にがっくり来てしまう。

 

 これまで凱空龍の中で必死に取り繕ってきたものは、大女優から見れば下手な演技よりも酷かったと言うわけか。

 

「……でもあんた、オレを迫害するわけでもないんですよね」

 

「だってそうじゃないですか。ここでアルベルトさんを迫害して、何の価値があるんです? 私はアルベルトさんと一緒に居たいのは本心ですし、あなたをベアトリーチェから降ろす気もないですよ?」

 

 つまり、糾弾の対象にはなり得ない、という意味だ。

 

 アルベルトは安心半分、その胸中には不安が渦巻いていた。

 

「……それでオレの手綱握ったつもりっすか」

 

「そんな言い草ってないんじゃないですか? 私は、今は映画を観に行きたいだけの女なんですし。それをどうエスコートするのかは、男の子にかかっているんじゃないですかねぇ」

 

 敵わないと言うのはまさにこの事で、ああ言えばこういう、という状態だったりもする。

 

 アルベルトは手で顔を覆って、嘆息をついていた。

 

「……じゃああんた、オレをどうこうするって気はないけれどもしもの時は……って言いたいんでしょう」

 

「ええ! アルベルトさん、簡単に逃がしたりはしませんから!」

 

 歌うように告げてから、ラジアルはライドマトリクサーの腕力で自分の腕を引いていく。

 

 周りからしてみれば、可憐な女性に手を引かれる偉丈夫の男だろうが、実際には真逆であるのは皮肉めいていた。

 

「ねぇ、アルベルトさん! あの映画観ましょう!」

 

 指差した先の三次元広告には安物の恋愛ドラマの映画が映し出されている。

 

「……やめましょうよ。あれ、甘ったるい砂糖みたいな映画でしょう? どう見たってつまんないでしょうし」

 

「えー! アルベルトさんは何でもいいんじゃなかったんですか?」

 

「……映画のジャンルに文句をつける気はないっすけれど、観るんならこっちでしょ。ド迫力なモンスター映画」

 

 隣の三次元モニターを指差すと、ラジアルは腕を組んでこちらの顔を覗き込んでくる。

 

「……男の子なんだから」

 

「うっせぇっすよ。あー、じゃあ意見が割れましたね。ここいらでじゃあ解散しますか?」

 

「ふーん……そう来るんだ? まぁ、別に? 私はモンスター映画でもいいですけれど?」

 

「……含んだような物言いしますね。あー、分かりましたよ。恋愛映画、行きましょう」

 

「やった! アルベルトさん、物分りが良くって助かります!」

 

 ぴょんと跳ねてまで喜んで見せたラジアルに、アルベルトはげんなりする。

 

「……そっちと同じ反応したのに何でこっちが損してるんですかね……」

 

「それはー……場数違いなのでは?」

 

 ぐうの音も出ない。

 

 諦めて恋愛映画を観ようと足を運びかけたその時、上空を舞う機影にアルベルトは意識を振り向ける。

 

「……おい、待てよ……ありゃ、クラードの《レヴォル》なんじゃ……!」

 

「……何で? 戦闘待機は解かれているのに……」 

 

「あんたでも分からないんですか?」

 

「だ、だって、今は休暇ですよ? おかしいなぁ、ベアトリーチェからの信号もないし」

 

「って……のんびり言っている場合っすか! あの軌道……来る!」

 

 予感したアルベルトは咄嗟にラジアルを庇って《レヴォル》の機動を読んで突き飛ばす。

 

《レヴォル》はコアファイター形態のまま、脚部だけを現出させて映画館の前で周囲を見渡していた。

 

「おい! 何をやってるんだ、クラード! 今は戦闘待機じゃないはずじゃ――!」

 

『レヴォルインターセプトに再接続。これより周囲の探索に入る。……入力を確認。コアファイター形態を持続させ、新規ユーザーの下へと向かいます』

 

「……クラード……じゃねぇのか……?」

 

 こちらの疑念を他所にラジアルが立ち上がりかけて、苦痛に顔を歪ませる。

 

 どうやら突き飛ばした拍子に足を挫いたらしい。

 

 アルベルトは飛び立とうとする《レヴォル》を前に、ラジアルの目を保護しようと着ていたジャケットを被せる。

 

「危ねぇ!」

 

《レヴォル》が不安定な挙動を行い、ゆらゆらと何かを探すように北東の方向へと飛翔していく。

 

 その姿を最後まで見据えつつ、アルベルトは呟いていた。

 

「……何が起こったって言うんだ。クラードが乗ってないだと……」

 

「あの、アルベルトさん……。足、挫いちゃって……」

 

「ああ、もうっ! 何やってるんすか! 初のRM施術を受けた一般人でしょう!」

 

「そ、それとこれとは別……! 痛っ……」

 

 アルベルトは自分のインナーを引き千切ってラジアルの足首に巻いてやる。これで少しは応急処置にはなるだろう。

 

「それにしたって、《レヴォル》ってのは勝手に動くんすか? オレらのデザイアに来た時みたいに」

 

「いいえ……本来、あれは想定されていなかったんです。ですが、目覚めてしまったレヴォルの意志をどうにかする事は私達では出来ず……。結果として、クラードさんを見つけたからよかったものの、あれも偶発的な代物だったはずなんです」

 

「じゃあ、あの《レヴォル》ってのは、あんな風な挙動はしないって事っすか……」

 

「少なくとも私のオペレートする範囲では……。あんな風になるとすれば、新しい《レヴォル》のユーザーが機体を呼んでいる場合でしかあり得ないでしょう」

 

「新しいって……そんな事あるんすか……」

 

「……あり得ないわけではないですけれど、限りなくゼロパーセントのはずなんです。でも、起きてしまった。現に《レヴォル》は機動している……」

 

「どーなってんだか分かんない状況って事っすよね? ……映画は切り上げます。またの機会って事で。ベアトリーチェに戻りますよ? 肩貸しますから、しっかり掴まっていてください」

 

「ええ、でも……こんな形でもこうして心臓の音が聞こえるくらいに近づけて……私ってばラッキーだったなとか思っちゃってるんですよね」

 

「……女優モード切ってください。こっち、集中出来ないんで」

 

 今は戻るしかないはずだ。

 

 そう信じてラジアルの体重を受け止めた瞬間、見知った音程が空中を割る。

 

 ――遠距離砲撃の音?

 

 判じた習い性の神経はすぐさま、ラジアルを抱えていた。

 

 凱空龍での日々はどこに着弾するのか、何が接近しているのかを明瞭に聞き分ける耳を培っていたのだ。

 

 映画館に突き刺さるであろう爆発の余波を既に感じ取っていたアルベルトは駆け出すなり物陰へとラジアルと共に隠れ潜む。

 

 直後にはミサイル弾頭が弾け飛び、映画館を爆ぜさせていた。

 

 瞬間的な光と音の瀑布に耐えられたのはひとえに《マギアハーモニクス》で鍛えた神経だろう。

 

 咄嗟にラジアルの耳と目を塞ぎ、自分も衝撃に備えて身を低くする。

 

 膨れ上がった炸裂の爆光が弾け飛び、映画館が一瞬にして爆炎と悲鳴の嵐に叩き込まれる。

 

「……何てぇこった。一般人だって居たってのに……」

 

 息を呑んだアルベルトは空中機動を取る《マギア》編隊を見据えていた。

 

『こちらは軍警察、トライアウトである! このコロニーに反乱分子が隠れ潜んでいるとの情報が入っているため、先行して彼らの自爆テロを防いだ。この映画館は標的になっていた!』

 

「……ふざけているのか。反乱分子? 自爆テロ? そんなもん、一個だってなかっただろうが……!」

 

 先ほどまでの平穏にそのような異端は見られなかった。

 

 それにトライアウトの《マギア》使いが言う事など信じられるものか。

 

 だが民衆の多くはパニックのるつぼにある。

 

 彼らからしてみれば声の大きいほうが正義であり、そしてつい先ほど、《レヴォル》が襲来したのは事実――。

 

《レヴォル》の存在を言い訳に出来ない自分達は、トライアウトの格好の標的だろう。

 

「アルベルトさ――!」

 

「しっ。喋らないほうがいいっすよ。相手、軍警察だって言うんなら、武装もしていないオレらじゃ、狩られるだけっす」

 

「で、でも……! このままじゃ、ベアトリーチェは……!」

 

 その赴く先をアルベルトも感じ取る。

 

「……まさか、それが狙いかよ……!」

 

 歯噛みして映画館跡地に降り立った《マギア》三機を睨む。

 

 爆心地でありながら、先ほどの《レヴォル》の痕跡を辿られれば確実に裏港に入っているベアトリーチェを感知される。

 

 そうなれば自分達はテロリストだ。

 

「……一刻も早く、艦に帰らないとまずいっすね。……艦長達には?」

 

「今繋げていますけれど、みんな別々の場所に居ますので、合流には時間が……」

 

 端末を手にしているラジアルの指は震えている。

 

 無理もないのかもしれない。

 

 これまでの戦場を潜り抜けてきたとは言え、彼女は一介のオペレーターだ。

 

 自分達とはある意味では“場数が違う”。

 

 その手を握り返して、アルベルトは頭を振る。

 

「……下手打って傍受なんてされたら全滅です。今は、オレらだけでもベアトリーチェに辿り着きましょう」

 

「そ、それは、ですが……」

 

「あっちにはサルトル達も居る。もしもの時には何とかなる備えのはずです。オレらみたいな単独行動のほうがヤバい」

 

 その正論には何も言い返せないようでラジアルはこくりと頷く。

 

「よし……まずはここを抜けます。その後に、安全ルートを辿ってベアトリーチェクルーとの合流地点を……音声じゃ気取られる。メッセージで伝えてください」

 

 走り出そうとして、ラジアルが足を挫いている事を思い出し、アルベルトはどうにもならない現実に歯噛みする。

 

「ああっ、もう! オレが背負います。いいっすね? 今さら大女優だとか言わないでくださいよ。それってズルいっすから」

 

「……すいません」

 

 ラジアルの体重はライドマトリクサーな分、一般女性よりも重いが自分が背負わずして何とすると言っただけの重さだ。

 

 駆け出したこちらの挙動をまるで読んでいたかのように、一機の《マギア》がカメラアイを向ける。

 

「……やべぇ……ッ! 撃たれるのか……!」

 

 覚悟した次の瞬間、咲いた声の主にアルベルトは目を見開く。

 

『……アルベルト……なのか?』

 

 思わず足を止める。背負ったラジアルの声が至近で響いていた。

 

「アルベルトさん? 何を……!」

 

「……嘘、だろ。兄貴……?」

 

 今は業火のぱちぱちと燃える音や、ラジアルの悲鳴もまるで遠い。

 

 一機の《マギア》のコックピットが開かれ、こちらと相対したのは間違いなく、自身の兄――ディリアン・L・リヴェンシュタインの顔であった。

 

 このような平時とは異なる場所に居るのに、パイロットスーツも纏わず、ディリアンはその誉れたる絢爛豪華な衣装を誇っている。

 

 比して自分は、煤けた煙と炎に巻かれたジャケット姿。

 

「……驚いたな。まさかこんなに早く再会出来るなんて」

 

「……何で……。何で兄貴が、爆撃なんて行うんだよ……。だって兄貴は今、地球圏に……」

 

「迎えに来たんだ、アルベルト。お前は、こっちに居なければいけない。来なさい。背負っている女性は助けよう。無事は保証する」

 

「……何を言って……だってあんたは今……映画館に居た無関係な人達を……巻き込んで……」

 

「彼らは死んでも仕方なかった。いずれにしたところでつい先ほど、不明機……ガンダムと渾名される機体のシグナルがここに降り立ったんだ。攻撃するのは当然だろう」

 

 いつだってそうだ。

 

 いつだって、兄は正しい。

 

 そして正しいがゆえに――自分とは意見が対立する。

 

「……何言って……! 兄貴、無関係だったんだぞ……! そこの人達は……!」

 

「そんな事は忘れるんだ。わたしと一緒に来い。もうすぐ始まるぞ……トライアウトネメシスによる統制が」

 

 その言葉にアルベルトは息を呑む。

 

「嘘、何を言って……統制? おかしいだろ……! だってここはオレ達の居たデザイアじゃない、普通の大型コロニーだ! 無関係で、無実の人だって、たくさん……いいや、みんな、何の関係もない……」

 

「だがガンダムが降りたと言うのならば、追跡の任を帯びている新造艦が隠れ潜んでいるだろう。わたし達が炙り出す。その間に死んではいけない。お前は、死んではいけない、リヴェンシュタイン家の次男だ。だから来るんだ、アルベルト」

 

「……何を言ってるんだ、兄貴。あんたはその、無実の人達を……今! 踏みつけにしているじゃないか!」

 

「そんな些末事はいいんだ。アルベルト、お前の行方だけがわたしは気がかりだったが、やはり、あの新造艦に乗り込んでいたのだな? なら、余計な事はするな。全部わたしに……兄さんに任せるんだ。わたしは何だってしてやれる。お前を無実にしてやれる」

 

 ああ、それはとても正しい。

 

 それはとても、真っ当だ。

 

 そしてとても――今は聞いていられない。

 

「……兄貴が踏みつけている人達は、どうだっていいってのかよ……! 今日死ぬはずの命じゃ、なかっただろうが……!」

 

 デザイアでの惨状を思い返す。

 

 あの時もそうだった。

 

 今日死ぬなんて誰も思っちゃいない。

 

 ただ一人、自分を除いて――。

 

「アルベルト、お前は賢い人間だ。その女に惑わされたのか? それとも、他の悪い人間に? ……いいさ、全部許そう。わたしはお前を自由にしてやれる。要らないしがらみに雁字搦めになっていないで、今はすぐに逃げ出すんだ。お前はそれが出来るいい子のはずだろう?」

 

「……ざけんな……」

 

「アルベルト?」

 

「アルベルトさん?」

 

 二人分の疑念を跳ね除けるように、アルベルトは兄を――ディリアンを睨みつける。

 

「ふざけんな! 何だってオレが、兄貴の……それも軍警察の側につかなくっちゃいけねぇ! オレは凱空龍のヘッド、アルベルトだ! あんたが踏みつけた今日も明日も知らない人達のために、戦わなくっちゃいけない身分だ!」

 

「何を言っているんだ、アルベルト。それは軍警察の仕事だ。お前の仕事じゃない。お前は、地球圏に帰って、父さんを安心させてやって欲しいんだ。分かるだろう? お前は賢く、物事を合理的に捉える事が出来る。だから、来なさい。今なら無罪放免にしれやれる」

 

 伸ばされた《マギア》のマニピュレーターに、アルベルトは唾を吐く。

 

「……アルベルト、お前……」

 

「生憎だが――クソッタレだ。ディリアン・L・リヴェンシュタイン……!」

 

 ディリアンは暫し硬直していたが、やがてその眼はゴミを見るような目つきへと変移していく。

 

「……そう、か。その女か。アルベルト、お前の目を覚ますのに、炸裂弾で数十名では足りないようだ。その女を引き渡しなさい。大丈夫、兄さんが目を覚まさせてあげるとも」

 

 アルベルトは背負ったラジアルを庇うように後ろに後ずさるが、退路を塞ぐかの如く、降り立った《マギア》からの風圧が棚引く。

 

『リヴェンシュタイン様。この者達を処刑しても?』

 

「いや、男のほうは残せ。女は殺してくれ。どうやら悪い虫らしい」

 

『了解しました』

 

《マギア》のマニピュレーターが自分達を捕えようとして伸びるのを、アルベルトは必死に駆け出してその合間を縫うようにコロニーの街並みを踏む。

 

「くそっ、くそっ、くそっ、くそっ……! 何だってオレは! こんな時に何の力もねぇんだ!」

 

 足がもつれる。

 

 身体がひねる。

 

 投げ出されたラジアルの身が、道路の横合いで呼吸するのを、アルベルトは目にしながら、《マギア》の砲門が彼女を焼き尽くさんと照準したのを視認していた。

 

 何も出来ない。

 

 何一つ救えないまま、また命が散っていく。

 

 だが、そんなのでいいのか。

 

 自分は無力だから、何一つ成せないからと言って、大切なもの一つ、救えないで――。

 

 ――また、無知を気取るのか。

 

「……んな事、出来るわけねぇだろうが……でもオレには力がねぇ……どうしたって……! だから……だから、来てくれ。カッコ悪いけれどよ……来てくれぇ――ッ! クラード――ォ!」

 

 瞬間、《マギア》の躯体を貫いたのはピンク色の光条であった。

 

 ぐずぐずにコックピット部位を溶かした《マギア》がそのまま仰向けに倒れ込む。

 

 アルベルトは振り仰いでいた。

 

 その先に佇んでいた《エクエスガンナー》の構えを見ただけで瞬時に分かる。

 

「……クラード……。何で……」

 

『呼んでおいて、その言い草ってないんじゃないの?』

 

 広域通信でクラードの声が聞こえて、今この現実が幻ではない事を思い知る。

 

『あの……っ! ラジアルさん! 今、皆がベアトリーチェに向けて集合しています! ここは私達に任せて、艦へと戻ってください! ピアーナさんが電子戦で防衛を……!』

 

『馬鹿、何言ってるんだ。艦が居る事を喋ってどうする』

 

『あっ……しまった……』

 

「何でカトリナさんまで乗ってるんだ……」

 

 だが今はそんな事はどうだっていい。

 

 拾った命、ここで生かさなければ嘘になる。

 

「……こっちへ」

 

 ラジアルを背負い、アルベルトは駆け出す。

 

 その背中にディリアンの声が響き渡っていた。

 

『……アルベルト! それは決別だと……思っていいのだな?』

 

「……オレは兄貴や親父みたいに、あった事をないものみたいにして、蓋をする器用な生き方なんて出来ない……」

 

『……残念だ』

 

 残り二機の《マギア》が挙動し、クラードの駆る《エクエスガンナー》へと挟み撃ちを仕掛ける。

 

 その模様を今はただ逃走するしかないのがもどかしいが、耐える事で救える命もある。

 

「……アルベルトさん、私……」

 

「何も。……今は何も、言わないでください。そのほうがきっと……お互いを傷つけずに済むはずですから、だから今は……」

 

 何も、言わないで欲しかった。

 

 

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