機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第46話「交錯する思惑」

「《ガンダムレヴォル》ねぇ……いい子だったよ、とても素直な機動だった」

 

「言っている場合? メイア。私達の動き、悟られてないよね?」

 

 ギターを弾き鳴らす。その音色は自分を研ぎ澄ますのに似ている。

 

「……安心しなって。あそこでの慰問コンサート、コロニーデザイアの崩落への、って言うのが一応の建前だったけれど、もしかして、ボクらも予見されているのかな? 何者かに」

 

「何者かって誰よ」

 

「……さぁ。てんで見当もつかないや」

 

 補助シートに腰を下ろしてメイアは同乗するバンドのメンバーに声を振り向ける。

 

「《カンパニュラ》は良好? イリス」

 

「ええ、まぁね。あそこで拾えなかったらどうするつもりだったの? あんたは」

 

「その時はその時だったかもね。でも《カンパニュラ》を少しでも軍警察に見られたのは痛手だった。これからの捜査への弊害になるかもしれない」

 

「そうならないための隠れ蓑でしょう? ギルティジェニュエンは。……分かっているはずよ。私達の組織は絶対に悟られてはいけない」

 

「ああ、ボクらはあくまでもただの一企業の有するお抱えアーティストだ。だから裏で動くのはお手の物なんだけれど……今回ばっかりは参ったね、ホント。って言うかさ、あの《レヴォル》って言うの、本当に何者なんだろう? 戦いながらでもログは辿れなかったし……」

 

「分からずに乗って軍警察とやり合ったの? ……本当、先が思いやられるわ」

 

「まぁそう言わずに。ボクらは案外、真実に肉薄しつつあるのかもしれない。《レヴォル》はその証かな?」

 

「勝手な事言わないで。私達にまで迷惑がかかってしまう。……そろそろランデブーポイントに入るわ。MS《カンパニュラ》、偽装迷彩を使用。こちらと艦との接近速度、想定内」

 

 宇宙の常闇で唐突に開いたのは、MSの格納カタパルトだ。

 

 しかし肝心の戦艦自体は、目視では確認出来ない。

 

 目視戦闘を完全に排除した、透明なる戦闘艦――その名は。

 

「名をラムダ。ボクらのための魔女」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 操縦桿を思い切り殴りつけて、ディリアンは悔恨を噛み締めていた。

 

「……わたしが……わたしの言う事を何故聞かない……! アルベルト、お前のためを思って言っているのだぞ……!」

 

『親衛隊の方々の介入にはほとほと参ったものです。あそこまでする事はありますか?』

 

「黙れッ! 凡俗に何が分かる……!」

 

『はいはい、黙りますが、俺達、トライアウトネメシスだって痛み分けです。やるんなら全滅まででしょう? 中途半端に残すと禍根が残りますよ。あのコロニーにはまだ生き残りが居た……いや、何でだ? ……カトリナが偶然、あの場に……?』

 

「……ダイキ中尉。わたしも礼節を欠いていたのかもしれないがね、それでも何が異常かと言えば……アルベルトがわたしに逆らった……! わたしの《マギア》に唾を吐いたんだぞ……! あの素直だった弟が! アルベルトが!」

 

 逆上したまま全天候モニターを殴りつける。

 

 分かっている。冷静でない事くらいは。

 

 だがこんな局面で冷静になどなれるだろうか。

 

 アルベルトは――弟はいつからおかしくなってしまったのだろう。

 

 その原因を辿ったディリアンは、ふとデザイア崩壊と謎のMSの出現を脳裏で結びつけていた。

 

「……あいつだ。あいつらだ。あいつらがアルベルトをおかしくした……。ならば睨むべきは……敵。ガンダム……!」

 

 撃つべき敵は見えた。ならば後はトリガーを引くだけだ。

 

 それさえ間違えなければきっと、アルベルトは帰ってくる。

 

 何故ならばそれは――。

 

「わたしはこの世で最も正しい血族、リヴェンシュタイン家の長男だ。正しくあらなければどうする? 弟を導かなければいけない。アルベルトの目を覚ますためならば、わたしは鬼にも悪魔にも成ろう……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《プロトエクエス》を乗り捨てたのは失態だった、と告げた後に、彼の者は暗礁の宇宙空間を映し出す常闇の中に放り込まれていた。

 

 パイロットスーツを脱ぐなり、彼は視点を中天に向ける。

 

 その姿は産毛の一本もない、胎児がそのまま成人男性のサイズへと成長させられた姿であった。

 

 骨格も、ましてや必要な筋肉量もまるで足りていない。

 

 それらは全て、特殊なパイロットスーツで保たれてきたのだ。

 

 白銀のバイザーを上げる。

 

 唯一と言っていい毛髪は刈り上げた銀髪だけだ。

 

 それでも、彼の者は足を擦ってそのまま倒れ伏す。

 

 瞬間、景色が満たされていた。

 

 オレンジ色の培養液の中に浸された胎児が円弧の形を描いて居並び、倒れ伏した同族へと憐れみと言う名の「感情」を投げかける。

 

『……御し損なった時点で、役割は終わった』

 

『その通り。我々の血族を危険に晒した罪は重い』

 

『よって死でもって償え。第3024番目の個体よ』

 

 その判決が下された瞬間、彼の者が蒼い炎に包み込まれる。

 

 骨身を焼き、肉を焦がし、そして頭蓋を――知性を焼き払う。

 

 悲鳴が劈くが、それは赤子の声と同じであった。

 

 泣き喚く声だけが断罪の空間に響き渡った後に、彼の者は静かに息絶えていた。

 

 最早その存在の証明は一ミリもない。あるとすれば先ほどまで纏っていた人工筋肉のパイロットスーツだけだろう。

 

『しかし、旧人類が造り上げた方舟か。戦艦ベアトリーチェ。よくもまだ持つものだ。悪運が強いのだろう』

 

『それだけではあるまい。あれには忌まわしいあの機体が付いている。――《レヴォル》』

 

 世界そのものを震わせる声は重々しい声音とは裏腹に、どれもこれも子供の声帯であった。

 

『いずれにせよ、第一段階の計画は終了の時を迎えつつある。その時になるまでは泳がせるつもりであったが……因果が集約されるのか。コロニー、シュルツまで失うところだったとは』

 

『揺籃の時は終わりつつある。その時に帰るべき場所を見失ってからでは遅い。トライアウトネメシスの介入行動は少しばかり迂闊でもあった』

 

『しかし彼の者達に任せるしかないのも実情。我々はまだ、動くには足らない』

 

 子供達の無邪気な笑い声が響き渡る。

 

 それはまさに、漆黒の天地に残響する悪意。

 

『そうだとも。我々はこの世界を正常に導かなければいけないのだ。――我らダーレットチルドレンがな』

 

『そのためには、あれは邪魔だ。エンデュランス・フラクタルの新造艦、ベアトリーチェと、そして白いMS――開発コード、《レヴォル》を操る者も』

 

『睨むべきはこの世に不要な存在のみ。切り捨てる時は非情でいい。我々の動きを悟らせるわけにはいかない。親衛隊を動かすのは時期尚早だが、潜り込ませよう。やれるな? 2067番』

 

 培養液のうち一つから液体が抜かれ、その内側に存在していた胎児が排出される。

 

 最低限度の呼吸器と、そして半透明の肉体へと装着されたのは特殊なパイロットスーツであった。

 

 潜り込んだ瞬間、パイロットスーツの内部浸透圧が正常に保たれ、彼の者はすくっと立ち上がる。

 

 まるで通常の人間のように、くるっと一回転して胎児達の集う禁断の間へと冗談じみた挙手敬礼を送る。

 

『全ては我々の生存のため。この世界の人々には犠牲になってもらわなければいけない。そして、《レヴォル》。あれはこの世にあってはならない存在だ。一対一で対峙するのにはしかし、その強さは計り知れない。よって、親衛隊を使っての作戦行動に入る』

 

『左様。奴は侵略者だ。この時空を我らが物とするために、障害は破壊する。《レヴォル》……いいや、《フィフスエレメント》。ダレトより来たりし五番目の来訪者よ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第六章 「交錯する因果の戦場で〈ファクター・オブ・インターセクション〉」了

 


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