機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第七章「策謀の宇宙で〈ガーデン・オブ・ステイン〉」
第47話「鏡像殺し」


 火線が舞う。

 

 世界が反転する。

 

 そんな場末、この世の最果ての戦場で、業火が爆ぜ、直後には《エクエス》は粉砕されていた。

 

『散れ、散れーっ! 敵は《マギア》編隊、……その内訳は十五機以上! 《エクエス》のミラーヘッドでは格好の的だぞ!』

 

 通信網に焼き付いた声を聞き流しつつ、ああ、と嘆息をつく。

 

「……つまんねぇなぁ、この戦場も。敵とやり合うにしちゃ、ちょっと下策だぜ?」

 

『後退、後退しろ! 命あるものは撤退機動に入れ! 《マギア》とミラーヘッド戦でまともに戦えば分が悪いのはこちらだ!』

 

「それはどうかな……っと。本当にこの世の終わりみてぇな光景だな」

 

 黄昏の天空より全ての審判を行うべく、《マギア》編隊が襲来する。

 

 蒼い分身体を引き写し、その総数は一気に八倍へと増幅する。

 

『ミラーヘッドだ! 《エクエス》では押し負ける……!』

 

 撤退に入る《エクエス》は地を這うしかない獲物だ。

 

 中天よりビームライフルを掃射する《マギア》編隊からの天罰の気勢に、《エクエス》が次々と貫かれていく。

 

 中には半狂乱になってビームスプレーガンを速射する者も居たが、まるで射程が違う。

 

《マギア》の加速度が《エクエス》の懐へと潜り込み、そのままビームサーベルで両断していく。

 

 同じ動きをトレースした《マギア》の分身体が《エクエス》の胴体を割り、そのまま悪鬼の群れの如く襲いかかってくる。

 

 まさにこの世の終わり。

 

 終末の光景に等しい。

 

「だがなぁ、ミラーヘッドに頼っている時点で失策なんだよ。他のは下がってろ。俺の邪魔になる」

 

『お前……確か外人部隊の……』

 

「――クランチ、だ。クランチ・ディズル」

 

 そう名乗ったクランチはパイロットスーツすら纏っていない。鍛え上げた裸体の上半身にジャケットを羽織っているのみだ。

 

『ディズル……逃げたほうがいい。我々はもうこの戦場を捨てる。それしかあるまい』

 

「おんやァ? それは意見の相違だな。俺にはまだ勝ちの目が見えているがねぇ」

 

『何を……何を言っているんだ! 相手はミラーヘッドの令状持ち、オーダーが降りた以上は、下位オーダーは無効化される! 我々は負けたのだよ、ディズル!』

 

「だから、それが意見の相違だぜ? まだ負けるには早ぇってのよ。行くぜ、《エクエス》。綺麗に踊ってくれよ」

 

《エクエス》へと加速をかけさせ、そのままミラーヘッドの敵軍へと突っ込んでいく。

 

『馬鹿な……! 死にに行くのか!』

 

 先ほどの《エクエス》のパイロットの声に、クランチは煙草を噛み締めてその香りを肺一杯に取り込んでから、分身体を操る《マギア》のビームサーベルの一閃をギリギリで回避する。

 

 その度に、肉体に駆け巡る快感。

 

 戦場を駆け抜ける人でなしの感覚を奔らせ、死と背中合わせの焦燥感を味わいながら、《マギア》の分身体へとその腕を固めて掌底を浴びせ込む。

 

 途端、《マギア》のミラーヘッドが消失する。

 

 その事象に敵も予見出来なかったのだろう、隙だらけの本体へと逆手に握り締めたビームライフルを一射してコックピットを撃ち抜く。

 

「さて、次だ」

 

 ミラーヘッドの敵影にまだうろたえは見えない。

 

 ならば、とこちらへと肉薄する格闘武装のミラーヘッド機を一つ、また一つと格闘戦で打ち据えていく。

 

 そのほとんどが徒手空拳であったせいであろう、後続の《エクエス》が絶句していたのが伝わる。

 

『ただの拳や格闘戦術で、ミラーヘッドを討つだと……』

 

 明らかに異様な戦場で、じわじわとミラーヘッドの蒼い分身体を叩き据え、砕き、そのまま引き裂いていく。

 

 それがただの《エクエス》の機体であったのだから、後続隊からしてみれば悪夢か、それとも信じられない奇跡か。

 

 いずれにしたところで、敵影へと全く衰えを見せず、組み付いて膝頭で《マギア》の頭部を打ち砕く。

 

 破砕された《マギア》の武装を奪い、ビームライフルで分身体の中枢を的確に狙って中距離から掃討に入ろうとしている敵機を貫いていく。

 

『馬鹿な……! ミラーヘッドで我が方は相手の八倍以上の戦力のはずだぞ……! なのに何故……たった一機の《エクエス》にしてやられている……!』

 

「悪ぃな、坊ちゃん連中達! ミラーヘッドに頼っているところ申し訳ねぇが、俺には通用せんのよ。お得意のミラーヘッド戦って言うのはな」

 

『そんなはずが……第四種殲滅戦に対して、ミラーヘッドも使わずに敵対だと!』

 

「そんなに信じられなくっちゃ本気で来な。戦場ってのはナマで味わわないともったいないぜ?」

 

『ふざけるな……ミラーヘッドは無敵の技術のはずだ!』

 

 中距離戦で一斉掃射を見舞う敵影を見据えつつ、クランチはそのまま煙草を吸い切って笑みを刻む。

 

《エクエス》の機動力では本来、ミラーヘッド戦においての優位性は見出せないはずだ。

 

 ――だがそんな常識がどうした。

 

「悪いが常識なんてもんは捨てたほうがいいぜ? これは俺なりの忠告だ。戦いにおいて常識ってもんに纏わりつかれたら湿っぽい女以上に重たいんだからよ」

 

 ぷっと煙草を捨て、クランチは《エクエス》にジグザグの機動を取らせて直下から《マギア》の分身体を射抜く。

 

 不思議な事に一体潰されただけでそれと同期するミラーヘッドが霧散する。

 

『何を……何をやっている! まさか貴様、上位のミラーヘッドオーダーでも――!』

 

「上位のミラーヘッドぉ? ……んなもん要らねぇんだよ。俺の目に映るのはどいつを潰せばそいつのミラーヘッドの中枢かどうかだけだ。その心臓部さえ潰しちまえば、ミラーヘッドの技術ってのは案外脆いもんだぜ? 何てったって、一発で膨れ上がった風船みたいにパン! なんだからな」

 

『そんなはずはない! ミラーヘッドは……第四種殲滅戦において物量戦が通用しないなど!』

 

「あー、悪ぃけれどその辺は無理だと思ってくれ。俺には通用しねぇんだ。だからいい加減に墜ちろよ。それか退け。そうじゃねぇと喰らい尽くすぜ。てめぇら全員の鏡像をよ」

 

 無駄弾を使う必要性はない。

 

 一発、ほんの一発でそれぞれのミラーヘッドの分身体は掻き消えていく。

 

 トリガーを引くのは少しばかり浮ついているくらいでちょうどいい。

 

 敵影を睨むのには少しばかり早い。

 

 逸らず、かといって臆せず、遅れず。

 

 的確にミラーヘッドを粉砕し、そうして居残った本体を迷いのない殺意で銃殺する。

 

『馬鹿、な……貴様は……』

 

 息を呑んだ様子の敵機の声も仕方あるまい。

 

 総数八十機近かった軍勢は総崩れ。

 

 残ったのはたった一機の《マギア》隊長機と、そして彼の展開するミラーヘッドの分身体のみ。

 

 クランチは首から提げていたストップウォッチを止めていた。

 

「ジャスト十分ってところか。今回は呆気なかったぜ? 行政連邦のエリートさんよぉ」

 

『……嘘だ……そんなはずが……ないッ!』

 

 ミラーヘッドに蒼い残火が宿り、そのままビームサーベルを抜刀して肉薄する。

 

 だが近接戦こそ、自分の本懐だ。

 

 振り下ろされた数本の刃を掻い潜り、ミラーヘッドの中枢部を見据え、その心臓部を腕で握り締め、そのまま引き抜く。

 

 直後、ミラーヘッドの残像は掻き消え、残ったのは本体である《マギア》だけ。

 

「エリートさんよ。ここで退けば見逃してやる、って言ったらどうする?」

 

 クランチは二本目の煙草に火を点けていた。

 

 その余裕が気に食わなかったのか、《マギア》に搭乗するトライアウトの士官は声を張り上げる。

 

「ふざけるな……ふざけるなァ――!」

 

「そうかよ。じゃあさよならだ」

 

 薙ぎ払われた一閃を跳躍して跨ぎ、交錯の一瞬で頭部を引っ掴んでそのまま打ち下ろす。

 

《マギア》の細い躯体が震え、フレーム構造に異常が生じている相手へと、クランチは手刀を形作り、《エクエス》の腕をコックピットへと潜り込ませていた。

 

『ば、化け物……お前は、何なんだ……』

 

《マギア》のパイロットの今際の際の言葉にクランチはコックピットから這い出て煙草を吹かす。

 

「別に、ただの人でなしだが、人は俺をこう呼ぶな。――鏡像殺し。ミラーハントのクランチだとか何とかな」

 

『ミラーハント……』

 

「おっ、事切れたか? まぁ死ぬ間際にしちゃ上出来だったんじゃねぇか? それにしたって……やっぱ場末の戦場で吸う煙草は美味ぇなぁ……。この一服のためにわざわざこんな戦場に赴いた甲斐があったってもんだぜ」

 

 紫煙をたゆたわせていると、友軍機の《エクエス》がおっかなびっくりに接近し、通信回線を開く。

 

『その……そちらの所属を聞かせてもらいたい』

 

「所属ぅ? ……んなもんねぇって。言ったろ? 外人部隊だって」

 

『だ、だが得心がいかない! ミラーヘッドの……第四種殲滅戦であんな戦い方……!』

 

「古い考え方に固執してんなよ。《エクエス》じゃ勝てねぇなんて誰も言ってねぇだろ? ……さて、と。今回もこいつらの部品抜いていくぞ。俺の隊はまだ生きているな?」

 

 そう声をかけると、隊列のどこに隠れていたのか、型落ちの《エクエス》部隊が次々とクランチの下へと集っていく。

 

『隊長。今回もお見事でした。やはりミラーヘッド戦では隊長に敵う人間は居ませんね』

 

「褒めてんのか、貶してんのかどっちなんだよ。アイリウムも抜いておけよ。こいつらの育成したのは後々価値が出るからな。分かってんなら手ぇ動かせ」

 

『無論、前者ですとも。総員! 破砕された《マギア》からありったけの部品を掻き集めろ! 行政連邦の《マギア》は金がかかっている代物だ! どれだけでも奪えるぞ!』

 

 その言葉に応! と津波のように声が拡散していく。

 

 クランチは焦土に塗れた戦場に降り立ち、今しがた粉砕した《マギア》の通信機器を確かめる。

 

「……っと、あったあった。こいつだ。さすがに隊長機、コックピットだけは頑丈に出来てやがる」

 

 如何に押し潰したと言っても、それでも内蔵機器はまだ動く。

 

 クランチは通信回線を開き、秘匿通信に切り替えていた。

 

『……何だ? わざわざ秘匿通信でかけて来るなんて、契約内容にはない――』

 

「ハロー、ミスター。行政連邦の雇い主かい?」

 

 こちらの軽口に通話口の相手は息を呑んだのが伝わる。

 

『……誰だ、貴様は……』

 

「名乗るほどのもんじゃねぇが、一応名乗っておくと、ジョンスミス、ってところかねぇ」

 

『……ふざけているのか。我が方の《マギア》はどうした? あれは一個大隊だぞ……!』

 

「ほぉ? そいつはまたしても意見の相違。俺には中隊以下に見えたがね。まぁ、あんたの意見はどうだっていい。《マギア》は全滅だ。俺が隊長機の《マギア》の通信を使っている時点で察しがいいんなら分かるはずだが、こいつら、こんな場末の殲滅戦で蟻んこ一匹どころじゃねぇ、蟻塚を壊しもせずに死に絶えやがった。この意味、分かるよな?」

 

『……君らを買い叩けと?』

 

「話が早くって助かるぜ。俺達は流れ者だが、それでも収まるべき所ってもんくらいはある。今度の雇い主はトライアウトでもいい。俺達は金さえ流れればこんな世の中、いくらでも戦争はしてやんよ」

 

『……ほざけ、戦争狂が……!』

 

「いいのかねぇ、そんな口利いて。あんたの居場所、もう逆探知でバレてるんだぜ? こっちの人間爆弾一個土産に持っていって、それでドカンと行くか?」

 

 相手もこちらの交渉口に慎重にならざるを得ないだろう。

 

『……用件は雇うだけでいいのかね』

 

「まずは料金交渉だ。俺達の部隊をいくらから買う? 出来るだけ高い額を提示してくれよ。そうすりゃ、少しは爆弾も遠のくぜ?」

 

『……トライアウト部隊に流した料金の七倍を約束しよう』

 

「お、そいつは朗報。しかし、俺達は先にも言った通り根無し草でね。トライアウトに完全に雇われんのは旨味がねぇ。だから外人部隊扱いでいい」

 

『……先ほどから高く買えと言っているのか、安くでいいと言っているのか分からないが……』

 

「そこはあんたの頭で考えな、ミスター。俺からのアドバイスはここまでだ。これより指定した口座に振り込まれた額に応じて、あんたのオフィスに行くのが爆弾になるか、それとも忠実な部下になるかは変わる。貧しい親へと仕送りをするように、よく考えて振り込むんだな」

 

 秘匿回線を切ってやると、部隊員から笑い声が漏れ聞こえる。

 

『隊長、お人が悪いですよ。相手も戸惑っていらっしゃった』

 

「そいつぁ悪ぃ。だが、真面目なヤツほどからかい甲斐があるのはいつの世も同じだな。たとえ、空に大穴が空いちまった後でも」

 

 クランチは煙草を根元まで吸い切ってから、その吸い殻を中天に向ける。

 

 世界の終わりを想起させる黄昏の空には、漆黒の大穴が虚ろを空けている。

 

『しかし、ダレトが生まれて我々のような人間が食いっぱぐれないのは奇跡に近いですね』

 

「馬ァー鹿。逆だよ。ダレトの恩恵は俺らみたいなののほうに輝く。戦争の技術だ。ミラーヘッドも、アステロイドジェネレーターも、そしてモビルスーツも。分かるか? 俺達の栄光の星だよ、あの真っ黒な大虚ろはな」

 

『栄光の星ですか。それにしては、少しばかり不穏が過ぎますが』

 

「言ってやるな。あれも気にしている」

 

 笑い話にしていると、撤退しかけていた《エクエス》のパイロットが声に恐れを宿らせて問いかける。

 

『……お前達は……何なんだ? 何でこんな死体のほうが多い戦場で……嗤っていられる……』

 

「あン? そいつも逆だよ、小童が。こんな狂ったみたいな戦場の末だからこそ、笑えるんだろうが。そいつも分からねぇんなら、ここで脳しょうぶちまけて死んどいたほうが得か?」

 

《エクエス》が後ずさるのを、クランチは手を叩いて冷笑する。

 

「冗談だよ、冗談。……ったく、ダレトが開いてから先、こういう冗談が通じない輩が増えるのだけはいただけねぇ」

 

『しかし隊長。今回も大量ですよ。《マギア》の正規部品は高く売れる。それに我々の資産として再利用できます』

 

「おお、そいつぁ上出来。しかしまぁ、よくも《マギア》の大部隊なんてこんな戦場に投入したもんだ。敵は俺達だったわけでもあるめぇ。《エクエス》の残存部隊を殲滅するのがそんなに楽しいかねぇ、トライアウトのお偉いさん方は」

 

『殲滅戦を気取っているのです。相手は弱いほうがいいと思っているはず』

 

「馬ッ鹿でぇ、そいつぁ! 弱い的なんて撃って何が面白ぇんだ? 撃つんなら、もっと強ぇ的だろうが。それをどいつもこいつも蒼いミラーヘッド頼みの考えなしの戦い方! それだけは気に食わねぇ!」

 

『隊長は上を見ていらっしゃる』

 

「当たり前だろうが。下なんて見たら真っ先におっ死んじまう。向くんならいつでも上だろうが。……しかしまぁ、どいつもこいつも量産型の戦い方ばっかりしやがってつまんねぇな。もっと面白い的はねぇもんか……っと、秘匿通信? さっきのミスターか?」

 

 通信を繋ぐと、相手はまるで得体の知れない声で応じていた。

 

『……君が噂に聞く鏡像殺しか』

 

「……ん? 俺の聴き間違いか? 子供の声だが、妙な変声機使ってんだな」

 

『我々の守りにつく気はないか? 先ほどのトライアウトの重鎮の五倍は出そう』

 

「おいおい、いつの間に傍受されてんだ。ったく、トライアウトの通信はザルかよ」

 

『彼らとて無能ではないよ。我々は特殊な通信領域を使って君達にアクセスしているのだ』

 

『……隊長。逆探知出来ません。こいつ、マジにヤバいんじゃ……』

 

 クランチは耳元を指差しで、逆探知の継続を命令する。

 

「だがそいつも得心がいかねぇな。俺らは戦争狂だぜ? そんなもん、何かを守るでもねぇ、壊すほうがお得意だ。そんな人間達に何を求めるってんだ?」

 

『破壊と殺戮。強い者が勝つ。それがこの世の道理のはず』

 

「ほぉ、道理を説くかい。この俺に」

 

『クランチ・ディズル。その眼に映るのはとてつもなくつまらない、矮小な戦場に違いないだろう。君の眼は特別なのだからね』

 

『……隊長の事をこいつら知っている……?』

 

 待て、とハンドサインを送ってこれ以上の傍受を防ぐべくして動く。

 

「……何言ってんだか分からねぇなぁ。俺はただの戦争屋だが」

 

『嘘はいけないな、クランチ。君の眼にはミラーヘッドの分身体の核とも言えるものが視えているはずだ。それは常人にはまるで検出出来ない、君だけの特徴だよ。ギフトと呼んでもいい』

 

「ギフトねぇ……。俺はこの眼で上手く世の中を切り抜けてきたつもりだっただがな。特にこの第四種殲滅戦……ミラーヘッドの戦場では」

 

『君のギフトはしかし身に余る。《エクエス》では辛かろう。もっといい機体を譲ってもいい』

 

「へぇ、交渉上手だな、あんた。って言うか、俺の機体までご存知とは。まるで神様だな」

 

『神を信じているのかね?』

 

「生憎と無神論者だよ」

 

 吸い殻を足で踏み潰し、クランチはぺっと唾を吐き捨てる。

 

『ではなおさらだな。我々はきっと手を取り合える。こちらへ来ないか? 最上の戦場を提供しよう』

 

「……おいおい、せっかくのお誘いだが、俺が今どこに居るのか知っているのか?」

 

『地球圏の辺境地だろう。そんな場所で襲ってくる《マギア》部隊を相手にわざわざ型落ち機での劣勢を演出。その上で敵がミラーヘッドを使えば即時にその戦場を圧倒する。君の常套手段だ。そうやってどれだけの鏡像を壊してきたのかね?』

 

「……数えた事もねぇよ。こちとら根無し草の戦争屋なもんでな。いちいち獲物の数を誇るのは三流の仕出かす事だ。百から先は覚えてねぇし、何なら教わってもいねぇ」

 

 部下達がめいめいに笑い合う声を通信に聞きながら、クランチは通話先の相手の正体を探る。

 

 ――この局面での秘匿通信、恐らくはトライアウトの上級士官か。

 

 だがそれにしてはあまりにも趣味が悪過ぎる。

 

 ここまでの戦いを仕出かした自分達を糾弾するでもなく、先のトライアウトの上官よりもなお高額の取引を行おうとするなど。

 

「……あんた、何なんだ? 俺のまるで賢くねぇ頭じゃ、思い浮かばねぇよ」

 

『それも嘘だろう、クランチ・ディズル。君は今、我々の正体を看破すべくしてあらゆる策を巡らせている。それくらいは出来なければミラーヘッドの戦場で生き抜くなんて事は出来んだろうに』

 

『左様、我らに見初められたのだ。誇ってもいい』

 

 別の声が割り込んできたが、そちらもまるで子供の声だ。

 

 しかも囁き声のように細かい子供達の笑い声が幾重にも木霊する。

 

「……何なんだ、てめぇら。俺みたいなのを脅かしたって何にも出ねぇぞ」

 

『脅かすつもりはないよ。これは交渉条件だ』

 

『我々に与するのならば君には見せてあげよう。真実の世界を』

 

「真実? ……おいおい、そういう宗教みてぇなのは他所でやれ。俺に当たったってろくなもんじゃねぇぞ」

 

『だが君は我々の話を聞こうとしてくれている。違うかね?』

 

『興味の対象に挙がっているのなら、何も誤魔化す事はない。君の本能に従うといい』

 

「本能だと……。何があるってんだ、てめぇらの側につけば」

 

『勝利者の目線だよ、クランチ・ディズル。君達にはこの世界における最終勝利者へと導いてあげよう。その時に我々の意味と、そしてダレトが何故、この世界に開いたのかを知るのだ。なにもあれは、月に空いているだけの大穴ではないのだからね』

 

「……ただの大虚ろじゃねぇって? じゃあ何だってんだ、ダレトってのは」

 

『それを知るのには、君でなければいけない。生き残った君達は尊重される。光栄に思っていい』

 

 秘匿通信が一方的に切られる。

 

 部下へと目線を流すが、《エクエス》に収まっていた部下は頭を振っていた。

 

『駄目です。逆探知不可……。と言うか、今のだけでも随分にヤバそうな案件ですね』

 

「ああ、正気の沙汰とは思えねぇ……。いや、違うか。こんな場末の戦場にラブコールしてくるんだ、元々正気じゃねぇか」

 

『どうします? 位置情報マップが送信されていますが……』

 

「共有しろ。ああ、そうだ。あんた、俺達と来るかい?」

 

 生き残った《エクエス》乗りに提案すると、彼は少しの逡巡の後に応じていた。

 

『……赴こう。どうせもう……行く当てなんてない』

 

「それもそうだ。俺達は皆、帰る場所を永劫なくしたはぐれ者さ。さぁて……そんな漂流者を拾って何を仕出かそうってのかねぇ。このクライアントは」

 

 クランチは共有されたマップを見据えて、口角を釣り上げていた。

 

 

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