機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第49話「唯一つ」

「ヘッド! ……聞いて来たんだが、ラジアルさんが……!」

 

 グリップを握り締めてこちらへと歩み寄ってきたトキサダに、アルベルトは医務室の前で応じていた。

 

「あ、ああ……ちょっと酷いものを見ちまってな。今、ヴィルヘルム先生に看てもらってる」

 

「……大丈夫、なのか? だってミラーヘッドの戦地なんて、マジメな話、一般人にはキツ過ぎるだろ……」

 

「ああ、それはオレも進言しておいた。ヤバい戦場だったってのはな」

 

 それよりも、とアルベルトは胸中に煮え切らないものを感じる。

 

 どうして《レヴォル》があの場に降り立ったのか。そしてそれを追うように、何故兄は――ディリアンは自分と遭遇してしまったのか。

 

 ここで会わなければ、あるいはここでどちらかが下がっていれば、あのような決別にならずには済んだだろうに。

 

 あの時、自分は兄に対してどうしても許せなかった。

 

 デザイアを崩壊させた時だってそうだ。

 

 どうしても、自分の中で退けない線があったから、こうして今、ベアトリーチェに居る。

 

「にしたって、トライアウトの連中、許せねぇよ……。何も知らない連中を殺したって言うんだろ……!」

 

 人並みの正義感を持ち合わせているトキサダは相当に「マトモ」だ。

 

「……マトモに生きて、マトモに死ぬ、か……」

 

「ヘッド?」

 

「いんや、何でもない。ちょっと脳裏を掠めただけの、話にもならねぇ考えってだけだ」

 

「……何か相談事があるんなら言ってくれよ。おれらは凱空龍だろうが」

 

「……ああ、何かあったら話す。今はそっとしておいてくれ。あの人だって辛いはずだ」

 

「……だよな。何も出来ないの、歯がゆいよ……」

 

 トキサダは自分の余計な一言がラジアルを傷つけかねないのだと悟ってか、素直に格納デッキへと戻っていく。

 

 道を折れたところでこちらを窺う他のメンバーも見られたが、トキサダに諭されて帰っていく。

 

 自分の居場所へと。

 

 彼らはそこが居場所なのだ、ならば……。

 

「……オレの居場所ってどこだ? ここなのか、本当に? ……オレが今居るべきなのは、マジにどこなんだ……?」

 

 そう独白しても女々しいだけ。

 

 クラードの隣に居ると宣言した時のような強さも、ましてラジアルを一生かけて守り抜くとでも言えるような男気もない。

 

 自分は中途半端だと思い知るのみ。

 

 誰かを中途半端に傷つけて、誰かに中途半端に傷つけられて。

 

「……そんなのでいつまで気取れるってんだ。傍観者をよ……」

 

 医務室の扉が開き、憔悴し切った様子のラジアルが出てきたのを、アルベルトは思わず身を乗り出して尋ねていた。

 

「ラジアル……さん。何ともなかった……んですか」

 

 こちらと視線を合わせたのは後ろに続くヴィルヘルムのほうで、彼はラジアルへと気づかせる。

 

「ラジアル、アルベルト君だ。彼が君を守り抜いてくれた」

 

「……アルベルト……さん?」

 

 眼に生気がない。まさか、もう既に有機伝導の処置を――と思いかけたこちらに対して、ラジアルはにっと微笑んでみせる。

 

「アルベルトさん! よかったぁ、無事で!」

 

「へっ……ラジアルさん? オレの事、覚えてるんで?」

 

「忘れるわけないじゃないですか! ……守ってくれた背中、カッコよかったですよ?」

 

 いつものように自分をからかうラジアルの声音そのものだ、と一瞬だけ安堵したが、それでも心配の種が消えたわけではない。

 

「でもその……酷ぇ物を見たはずです。あんなの、マトモじゃ――」

 

「嫌ですねぇ、アルベルトさん! 私は大女優ですよ? これでも。だから、あの程度の逆境、乗り越えられなくってオペレーターなんて務まりません! 私は大丈夫! です!」

 

 二の腕を捲り上げて自身の元気さを誇示してみせるラジアルに、アルベルトは少しの光明が差したのを感じたが、ヴィルヘルムの声にその希望は中断される。

 

「アルベルト君、君の検査もしたい。いいね?」

 

「……いいっすけれど、オレなんて看たって……」

 

「いいから。君だってデザイア崩壊から先、酷いものを見続けている。エージェントであるクラードならいざ知らず、君はそれでも一般人だ。一応は検査したい」

 

「は、はぁ……まぁそういう事なら」

 

「じゃあアルベルトさん! 私、ちょっと管制室まで行ってきます! また映画の話、しましょうね!」

 

 何だか想定外に覇気のあるラジアルに気圧された形で、アルベルトは医務室に入れ替わりで入っていた。

 

 消毒液の臭いと、滅菌された白が四方を囲む空間はどこか落ち着かない。

 

「……で、何すか、検査ってのは」

 

「……それが建前な事くらいは、察してくれていると思っていたがね」

 

「まさか……ラジアルさんに何か……!」

 

「……勘違いしないで欲しいのは、有機伝導技師とは何も万能の人間ではないという事だ。患者が望まないのにトラウマを消したり、フラッシュバックを最小限にする事は不可能だよ」

 

「……ラジアルさんからしてみりゃ、忘れたほうがいい記憶に決まってる」

 

「戦闘艦のクルーならば、その協定には既にサインが書かれている。もしもの時には艦を降りる許可も下りるが、その時には契約時の規約に従い、全ての記憶を抹消してもらう」

 

 思いも寄らぬ事実に気圧されていると、ヴィルヘルムは落ち着いた所作を崩さずに、当然だろう、と続ける。

 

「彼女が扱っているのは特一級の機密ばかりだ。忘れたからと言って彼女がトライアウトや軍警察から追われないとも限らない。この艦に留まっているのが、彼女にとって最も安全だと……そう進言したのだがね」

 

「……何かあったんすか。いや、そもそも……! あの人は戦いに出る人じゃない、女優業を続けたほうが幾分か幸せだ」

 

「君はそのナリで意外と優しいんだな。他人を慮る心を持っている」

 

「……どうなんすか。やっぱり、降りたいとか……」

 

「いや、その逆だよ。もうすぐ補給が着く。その補給時には新たな戦力として我が社の開発したMSも実戦配備予定だ。……彼女はそのうちの一機、《オムニブス》への搭乗許可を申請してきた」

 

 一瞬、何を言われたのか分からず、面食らった自分へと、ヴィルヘルムは今一度告ぐ。

 

「……ラジアルはモビルスーツに乗るつもりだ」

 

「何言って……何言ってるんだ、あんた……! そんなの、許されるはずが……!」

 

「わたしは有機伝導技師とは言え、ただの船医だ。一個人の意見に口を挟める領域には限度がある。彼女が望めば、戦力として数えられる事だろう。RM施術痕もある上に、パイロットの適性も決して低くはない。あのまま、彼女はベアトリーチェの守りに――」

 

 その襟首を掴み上げて、アルベルトは睨み据えていた。

 

 マグカップを取ろうとしていた手が滑り、床に黒々とした液体が広がっていく。

 

「……わたしが憎いかね」

 

「……ここで殺してやってもいい」

 

「急くなよ。わたしは反対したんだ。重度のトラウマを負った上に、MSへのパイロットなんて危険過ぎるとも」

 

「……分かっていて、あんたは……!」

 

「ただね、これも間違って欲しくないのだが、彼女はエンデュランス・フラクタルの社員であり、ベアトリーチェへの乗船も彼女の意思と能力の尊重だ。誰も無理やりで乗せているわけではない」

 

「だからって……第四種殲滅戦で人が死んでいくのを見た人間には、パイロットなんて荷が重いだろうに……!」

 

「そうも進言したよ。だが、最終的判断は艦長と彼女自身に委ねられる。有機伝導技術で少しだけトラウマを消してあげようかとも言ったんだが、要らないとも」

 

「……何で。あんな記憶、消したほうがいいに決まってる……!」

 

「他人が思いやるのと、彼女自身が自分を思いやるのとはまた違うと言うわけだろうね。君は他者から戦うのをやめろと言われたらやめるのかね?」

 

「それは……」

 

 言い澱んだ自分へとヴィルヘルムは白衣の襟元を正しながら丸椅子に座り込む。

 

 床に落ちたマグカップを拾い上げて、嘆息をついていた。

 

「……それと同じだよ。誰かを思いやるという事は誰かの気持ちを無視する事でもある。その人間のため、だと思ってやった事がそうではないなどよくある話だ。私は彼女に何も強制出来ないし、彼女もそのつもりはない。そのくらい、分かっていて、ラジアルと街に繰り出したんだと思っていたのだが」

 

 自身の至らなさを言外に責められたようで、アルベルトは目線を逸らす。

 

「……君がクラードにとってなくてはならない人材なのも知っている。彼は以前までの自分と同じだと言っているが、わたしから言わせればまるで違っている。クラード本人も気づいていないのかもしれない歪だ。それを君は抱えている。忘れるなと言うのはその事もある。君はもう、二人分……いや、凱空龍の人間も含めればもっとか。思った以上にその双肩にかかっている命は重いぞ」

 

「……そんくらい、分かっている……! 分かっているつもりなんだ! ……でもよ、儘ならない事ばっか起きちまって……自分でも自分にイラついてくる……! こんなの、オレじゃねぇよ……」

 

「それでもらしくある事だ。分かるだろう? 男はいつだって、らしくなければいけない。君が真に男としての責務を全うするのであれば、だけれどね」

 

「男としての、責務……」

 

「女にばかり、言わせるなと言う話でもある。まぁ、これはわたしに言えた義理ではないのだが」

 

「……ラジアルさんに、オレが止めにかかれって言ってるんすか」

 

「それも君の判断だ。尊重しよう。だが、ラジアルが止まれと言って止まる人間ではないのは、もう君もよく知っているはずだが?」

 

 踏み込んでくるヴィルヘルムの分析を振り払おうと、アルベルトは目線を逸らしていた。

 

「……オレは……結局何でもない。何でもないんだ。クラードにとっても、ラジアルさんにとっても。……その時に都合のいいだけの男なんだって、思うんすよ。オレはクラードの理解者のつもりだった。あいつの腕のモールド痕、あるでしょう。オレ、彫ってるけれど、これはただの自前なんです。ただの……あいつの傷を、分かった風になっているだけの真似事だ……」

 

 情けなさに自分でも嫌になってくる。

 

 凱空龍ではクラードに、ここではラジアルに依存先が変わっただけに過ぎない。

 

 彼女を疎ましく思う時もあったが、今はそれ以上に彼女のこれから先を守っていきたい。

 

 それこそが男の責任だと言うのならばその通りのはずだ。

 

「……アルベルト君。わたしは君達のように若い命が、ただ闇雲に戦場に散っていくのをよしとしない。ハイデガー少尉だって居る。ベアトリーチェのクルーは皆、既に契約書にサインをした、明日を覚悟出来ている者達だ。だが君らは違う。突発的にここへと招かれた。そんな人々にまで、明日を覚悟しろなんてのは酷だとも思う。わたしは何一つ、君に強制しない。いや、出来ない」

 

「……だったらラジアルさんの事言うのはルール違反でしょ、あんたは……」

 

「ルール違反でもね、医者として見過ごせないから言っているんだ。それに、これを言わなければ、君は一生後悔して、わたしを許さないだろう。それは避けたかった。君らだって覚悟出来ている人間の側のはずだ。わたしは君達、凱空龍の若者達も尊重したい」

 

「……それって言っているだけじゃねぇか。オレらを尊重するなんて、言葉の上だけだ」

 

「そうだとしても、今のわたしの言葉でさえも、信じられないかい?」

 

 その質問の仕方はズルい。

 

 自分がここで突っぱねれば、ラジアルの運命に口出しする権利は永劫に失われる。

 

「……オレは、もう嫌なんすよ。知らない振りするのも、知った風な口を利くのも、何もかも……」

 

「ならば君も話すべきだろう。心の澱を」

 

 まさか、とアルベルトは顔を上げる。

 

「……ラジアルさんが話したんですか……」

 

「いいや、彼女は何も話さなかった。君があの現場で何を言ったのか、何が起こったのかはね。それこそルール違反となるからだろう。だが君の口から言うのならば、話は違ってくる」

 

「……汚い大人のやり口じゃないっすか……そんなの」

 

「汚かろうが、わたしは事実のみを知る。そういう風に自身を規定していてね。クラードにもよく言われる。後方でずっと怖がっているだけだとも」

 

「……クラードが……」

 

「アルベルト君。君の口から話してくれるのはありがたいが、それでもわたしは尊重するとも。君の抱えたい秘密だと言うのならば、それまでは根掘り葉掘り聞かない。それがルールだ」

 

「……だから、それが汚いって……」

 

 顔を背けたアルベルトに、ヴィルヘルムは言葉を継ぐ。

 

「憶測ならば可能だ。これは単なる憶測だがね。君は、ただのデザイアの宇宙暴走族の頭目なんかじゃない。もっと大きな目的を持って、いや、これも穿ち過ぎか。荒れくれ者とかには分類されない、そう言った存在であるのだと、窺っている」

 

「……それこそ穿ち過ぎな目線っすよ。オレはただの……いや、凱空龍のヘッドですらない……」

 

「君が居なければしかし、彼らはデザイアにて葬り去られていただろう。ミラーヘッドの戦線で何度も生き残るんだ。強運は誇っていい」

 

「……やめてくださいよ。オレは悪運なだけで」

 

 そこでヴィルヘルムは不意に微笑む。

 

「……何が可笑しいんすか……」

 

「いや、失敬。似たような事を昔、クラードが言っていてね。生き意地が汚いの間違いだろうに、って具合に。彼は彼で自分に何が出来るのかを見出そうとしている。その結果が、《レヴォル》だ」

 

「……《レヴォル》が、そうだあの時……! あれに乗っていたのは、クラードじゃなかったんでしょう……!」

 

「降り立った時の《レヴォル》の意識解読を施したが、全くの不明。レコードにも残されていない。そういった事になるのは別段、初めてでもないんだが、クラードが乗ってからならば初めてだ。《レヴォル》は完全に、一時的とは言え、クラードの制御下を離れた。それはゆゆしき事態だろう」

 

「……この艦の主戦力は《レヴォル》でしょう。だってのに、あいつ、それに裏切られたって……」

 

「いいや、クラードは乗るさ。また、どれだけ裏切られても、あいつには《レヴォル》しかない。彼の存在理由がエンデュランス・フラクタルであるように、《レヴォル》の存在理由もまた、クラードと言うエージェントに集約される」

 

「……何だそれ。答えになっていませんよ」

 

「無論、分かっているとも。だがね、答えなんて往々にして出ないものさ。それを論じている間はね。だがこうとも言える。論じている限り、答えは先延ばしにされているだけで、きっちりそこにはあるのだ。だから議論をやめてはいけない。そこに諦めを持ち込むのは、もっといけない」

 

「……ラジアルさんをどうこうしろって言いたいんすか」

 

「そこから先は君次第だ。だが、答えがそこにあるのだと知っているのならば、走り出すのも悪くはないはず」

 

 アルベルトは立ち上がる。ヴィルヘルムを見下ろして、静かに声にしていた。

 

「……オレはラジアルさんを、救えなかった……!」

 

「それは諦めの理屈じゃないのか?」

 

「だからって……自分の気持ちに、嘘なんてつきたかねぇんだよ……!」

 

「それも君の自由だ。選ぶといい。ラジアル・ブルーム。彼女の背中を追うか、それとも、誰かに縋るのかは」

 

「……オレはクラードに、あいつの傍に居て何も出来なかった。でも二度も三度も、何も出来ねぇままは嫌なんだ!」

 

「……ならば答えを求めて走れ。それだけが、君に出来る唯一の……」

 

 皆まで聞かず、アルベルトは廊下に出ていた。

 

 その背中に最後にかかった言葉を、反芻する。

 

「……オレに出来る唯一の、叛逆だって言うのかよ……」

 

 

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