機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第52話「狂戦士」

「《レヴォル》、《レヴォル》ねぇ……。随分と厄介な機体じゃねぇか! 教えられていたよりもよぉ!」

 

 クランチはしかし、その言葉とは裏腹に《レヴォル》のミラーヘッドの心臓部を捉えていた。

 

 ――自分の眼には、鏡像の中核が映る。

 

 その視界の中に浮かび上がった蒼い残光の中で赤く照り輝く球体――それこそがミラーヘッドの核だ。

 

 押し潰しても、殴っても、握り潰しても、あるいは軽く叩きのめすだけでもいい。

 

 どのような方法であれ、ミラーヘッドの残像に触れられるのは世界広しといえども自分だけだ。

 

「鏡の中に触れる特権を持つのはこの! クランチ・ディズル様だけなんだよ!」

 

《レヴォル》は核を叩かれただけで異常を来たしている。ならば、このまま核を握り潰せば、完全にミラーヘッドは消滅するはずだ。

 

 そう確信してマニピュレーターを伸ばした《エクエス》から急速離脱する《レヴォル》は残像を棚引かせ、段階的に急加速する。

 

「……ほぉ、危機関知能力くらいは備わっているようだな。おい! あいつの道を阻め。なに、ちょっと邪魔してやるといい。思った通りにはならないもんだと叩き込んでやる」

 

『了解!』

 

 部下の声が弾け、《レヴォル》の針路を阻む。

 

《レヴォル》の腕が瞬時に分裂し、ミラーヘッドの残光を引きながら《エクエス》の頭部へと叩き込まれた瞬間、クランチはビームライフルを動力に向けて放っていた。

 

『……隊長! ご武運を……』

 

 部下の声と共に《エクエス》が炸裂し、《レヴォル》はその爆発の光輪を前にしてうろたえ調子に後ずさる。

 

 その退路を塞ぐようにクランチは残存した部隊を掻き集め、ミラーヘッドの攻撃網が自分へと集中するように仕向けていた。

 

「撃ちまくれ! 奴さん、どうせミラーヘッド頼みの戦い方しか知らねぇ。なら教えてやろうぜ。俺達の流儀ってのをなぁ!」

 

『……何なんだ、お前らは……。何でそんなに……命を無視した戦い方が出来る!』

 

 急速接近した《レヴォル》が炎熱化した武装を払い上げ、そのまま自分へと相対する。

 

 ミラーヘッドを掴もうとして、敵は半身になって回避し様に一閃を払い上げていた。

 

 ビームサーベルの刀身で受け止めつつ、クランチはほくそ笑む。

 

「……嬉しいぜ、それなりに狩り甲斐のある標的でなぁ! 的ってのはそうでなくっちゃいけねぇ!」

 

『黙ってろ! ……お前らは何故、自分達の同朋でさえも巻き添えにする……!』

 

「俺達全員が戦闘単位だからさ。戦闘単位ってのは消耗されて初めて真価を発揮する。俺も部下達も、命って意味じゃ対価だ。だから使い古せる。この意味……分からないはずがねぇだろ!」

 

『……分からない。いいや、分かって堪るか!』

 

 払い除けたその一閃の勢いに灯った殺意をやり過ごし、クランチは《レヴォル》が自身の火力の補填にのみ、ミラーヘッドを使うのを目にしていた。

 

「……踏み込み過ぎりゃヤられるってのを一発で理解出来る頭ぁ……。それは俺らと同類だ! お前だって戦闘単位としちゃ上出来ってもんさ!」

 

『……何を……! 俺は、貴様らとは違う!』

 

 怒りと共に振るい上げられた武装の一撃をいなしながら、クランチは次手を講じる。

 

「《エクエス》じゃどっちにしろジリ貧……。連中の情報は間違っちゃいなかったわけか。……だが、そろそろだな」

 

 首から提げた懐中時計が時を刻む。

 

 その針が中天を示した瞬間――相手のミラーヘッドが凍り付いていた。

 

 加速に使うミラーヘッドも、ましてや分身に使うミラーヘッドも存在しない。

 

 完全なる無によって、《レヴォル》の機体各所に浮かんでいた蒼い残光が輝きを失っていく。

 

「……こいつがミラーヘッドエラー。ジェルの損耗まで考えながら戦うべきだったな、ルーキー。俺達が何の考えもなしにさっきからお前の至近距離でアステロイドジェネレーターを粉砕させてきたとでも思っていたのか? アステロイドジェネレーターの超至近距離での破壊は相手のミラーヘッドに干渉し、大きくその動力を損耗させる。悪ぃがこればっかりは経験の差だ。まぁ、この世に至って、ミラーヘッドがどうすりゃ減らせるのかなんて戦い方を知ってんは俺くらいなもんだろうがな」

 

『……ミラーヘッドエラー……』

 

「こいつを連行する。鹵獲しろとのお達しだったからな。《レヴォル》とやら……貰い受ける……」

 

 ミラーヘッドの尽きてしまった機体からは抵抗の気力さえも削がれているようであった。

 

 それも当然。

 

 ミラーヘッド頼みの機体ほどジェルの消耗率と機体としての戦闘力は直結している。

 

 ミラーヘッドを使わない戦いでも、少なからずジェルの損耗はあるのだ。

 

 それを相手は沸騰した頭で理解していなかっただけ。

 

『……俺、は……』

 

「随分とガキみてぇな声だが、声で判断するなってのは既に経験済みでね。おい、アステロイドジェネレーターをまずはダウンさせる。至近距離で銃弾撃ち込めば少しは大人しくなるだろ」

 

 動力部に向けて部下が実体弾を装填した銃口を据える。

 

 そのまま叩き据えてやると、さしもの強靭な機体とは言え、アステロイドジェネレーターが露出していた。

 

「……よし、そのまま動力炉を――」

 

 そこまで口にしかけたところで、不意打ち気味の熱源警告にクランチを含む隊列は習い性の神経で散開する。

 

「……増援か。思ったよりも早かったな」

 

 向かってくるのは違法改造らしき紫色の《マギア》に率いられた《マギア》連隊。

 

『クラードを……やらせねぇ!』

 

「また随分と若そうな声じゃねぇの。おい、相手してやれ。ガキにはお守りが必要だ」

 

 隊列からたった二機だけが対峙する《マギア》との交戦に入る。

 

「グローブ、分かってんな? こいつを持ち帰るぞ。艦を轟沈させろとの注文だったが、この機体相手に消耗し過ぎた。一気に目的を達成しろとは言われていねぇ。今は確保出来る分から確保していく。それで釣り銭くらいには――」

 

 なる、と声にしようとして、不意に《レヴォル》が可変して脇を固めていた《エクエス》の腕から逃れる。

 

 まさか、とクランチは絶句していた。

 

「……まだ動けるって? それは生き意地の汚いこって……」

 

『“コード、マヌエルを認証。《レヴォル》、制御リミッターを解除。第三術式を解放し、これよりレヴォル・インターセプト・リーディングによる自動迎撃に入る”』

 

「……何だ、この声は……。どう考えでも単座なのに、複座式だったってのか?」

 

 漏れ聞こえた男の声らしき音声の行方を看破する前に、こちらへと真っ直ぐに直進してくる《レヴォル》の殺気に、クランチは回避運動を取らせる。

 

「……さっきまでと動きが違う! ……マジに複座式なのか? その《レヴォル》ってヤツ、面白い……。面白ぇぞ! 《レヴォル》!」

 

『黙っていろ。俺と《レヴォル》が……お前らを駆逐する……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『クラード! こいつら……しつこくって離れやしねぇ! 大丈夫なのか……』

 

「何が」

 

 短く、それでいて的確に切り込む声音で応じる。

 

 真紅に染まった瞳は討つべき敵を見据えている。

 

『いや……だってお前……』

 

「うるさいよ、アルベルト。俺はこいつを墜とす。その後でいくらでも話は聞いてやる」

 

 制御リミッターを解放した《レヴォル》はミラーヘッドジェルの消耗なしで稼働しているが、この状態もタイムリミットが刻々と近づきつつある。

 

「……全ての制御系が動かなくなるまで三分間。……一機辺り、三十秒か。充分だな」

 

 視界の中に捉えた敵《エクエス》の中でうろたえた機体を発見し、ビームライフルを一射させる。

 

 一撃が食い込んだその機を逃さず、《レヴォル》を急旋回させて腕を現出させ、そのまま頭部を引っ掴んで近場のデブリへと衝突させていた。

 

 敵は爆ぜ、その光を照り受けている間も惜しいクラードは、そのまま急直下の敵影を睨み据え、機体をばらつかせて可変し様にヒートマチェットを抜刀。

 

 熱伝導を与えたヒートマチェットの赤い残光が焼き付く刹那には、《エクエス》を唐竹割りで両断している。

 

 速度を殺す間も惜しい。

 

 次の一手、と順応した視野の中に見出した敵を捉え、クラードは急加速を取らせた《レヴォル》の接続口から鋭く電磁が脳髄に突き立つのを感じつつ、標的が無茶苦茶に銃撃するのをいやに醒めた視界で克明に照準し、落ち着き払った一撃を見舞う。

 

 突き刺さった一撃を嚆矢として《レヴォル》の機首を立てて敵影へと突っ込んでいた。

 

 相手の装甲がじりじりと火花を上げて砕け散っていくのを振動で感じつつ、そのアイカメラにゼロ距離でのビームライフルを一射。そして二射目で動力炉を撃ち抜く。

 

 膨れ上がった爆発の予感に、機体の脚部を展開して相手を蹴り上げて距離を取り、その制動を利用しての交錯。

 

 近場に居た敵影へと腕のみを叩き上げ、ヒートマチェットで相手の頭部を撃ち据える。

 

「……浅い」

 

 ヒートマチェットの熱伝導が間に合わなかったのだろう。

 

 ただの鉄の塊で相手の頭蓋を打っただけでは有効打にならない。

 

「……いい。もうあいつは無理には追わない」

 

『おい……おい、クラード! マジに大丈夫なのか? 何だかさっきから、ヤバそうな気配が伝わって――』

 

「問題ない。エージェント、クラードは任務を遂行する」

 

 断じた論調にアルベルトが息を呑んだのが伝わっていた。

 

『……まさか、キレたのか、クラード……』

 

 その想定を浮かべさせるような時間さえも惜しい。

 

 直角に折れ曲がった機動を描きつつ、《レヴォル》は次の獲物へと飛びかかる。

 

 しかし、標的に据えたはずの《エクエス》はしぶとく、それでいて的確な応戦を行ってこちらの銃撃網を回避し、すれ違いざまの一撃でさえもビームライフルを犠牲にして制する。

 

 舌打ちを滲ませつつ、《レヴォル》の腕がビームライフルをへし折っていた。

 

「目標を捕捉。このまま、エージェント、クラードは敵影の瞬時撃滅を行い――戦闘状況を脱する」

 

『……クソがァッ! てめぇも似たようなもんじゃねぇか! 俺と同じ、殺すと決めりゃ迷う事なんてありゃしねぇ!』

 

「……俺は貴様とは違う」

 

 言い捨てて隊長機へと猪突しようとしたクラードは相手の応戦の気配を悟り、ビームライフルの銃身の陰に隠していたサーベルの一閃を予見して回避運動を取る。

 

 だがそれは思わぬロスであった。

 

「……残り概算時間、四十秒。一機しか墜とせないな。なら……隊長機をいただく」

 

『“コード、マヌエルを実行中。リミッターの順次開放による内部フレームへの亀裂発生。空中分解まで、残り一分”』

 

「二十秒も余る。なら、持ち堪えられるじゃないか」

 

 その喜悦に、クラードは静かに笑みを刻む。

 

 空中分解まで二十秒あれば、その猶予の分だけ敵を殲滅出来る。

 

 旋回をかけさせ、クラードは隊長機を狙い澄ます。

 

 いくつかの光条がこちらを撃ち据えようとしたが、どれもこれも最初のほうのような落ち着きは持っていない。

 

 最早、狩られる側なのはあちらだ。

 

 ぎり、と奥歯を軋ませ、クラードは重加速をかけさせる。

 

「このまま……速度に任せて敵と交錯。瞬間的に首を刈る。それと同時にコックピットに一撃。そうすれば、さすがに生きている道理はないだろう」

 

 頭と心臓を撃ち抜かれて生きている生き物は居ない。居るとすれば、それは亡者だけだ。

 

 墜とすと決めた神経が敵機へと無数に照準器を狙い澄ます。

 

 それぞれがクリアしていく前に、トリガーを引き、牽制のビームライフルを撃ってから、本懐たるヒートマチェットを《レヴォル》に握らせていた。

 

「可変時のモーメントを計測……、承認。敵機へと肉薄後に、可変機構を受諾。コード、マヌエルの制限時間は残り二十八秒以内。まだ……間に合う」

 

 これほどの喜びはない。

 

 敵を撃墜するのにまだ二十八秒もある。

 

 もし、その後に《レヴォル》がどれほどの痛手を負おうとも、自分ならば敵陣を撃退させ、そして撤退まで追い込めると言う確固たる自信。

 

 迫った敵影を睥睨し、クラードは奥歯を噛み締めた直後には、敵前の急旋回で首を刈る腹積もりでいた。

 

 如何に敵が優れたパイロット、ひいてはライドマトリクサーであろうとも、この射程は逃れられない。

 

『チクショウっ! 何なんだ、てめぇは!』

 

「――《レヴォル》だ」

 

 短く応じ、その刹那には敵の頭部を刈り取っている。

 

 浮いた相手が僅かにうろたえた。

 

 それは頭部を失ったがゆえに生じる隙。

 

 そして、サブカメラに持ち直すまでに生まれる好機。

 

《レヴォル》がスタンディングモードに可変する際に手足を稼働させる衝撃波で敵機を好位置へと誘い出す。

 

「ここだ。相手のコックピットが目の前にある」

 

 何と言う僥倖。

 

 これならばレイコンマの世界でも通用する。

 

 抜き放ったヒートマチェットは捨てていた。

 

 わざと武装を捨てる事で生まれる制動の感覚。

 

 それでようやく一秒。

 

 手を掌底の形に込めるまでが二秒。

 

 粒子束が加速し、敵機のコックピットを狙い澄ますまでが――ここでようやく三秒。

 

『ぐぅ……っ! こいつ……!』

 

「終わりだ」

 

 冷酷に終わりだけを告げて、このまま撃墜。

 

 簡単な判断だ。

 

 どこにも無駄を差し挟む余裕はない。

 

 しかし、この時――思わぬ攻勢であったのは、友軍機からもたらされたフレンドリーファイアだった。

 

「な、に……」

 

 思わず呆然とする。

 

 意識が抜ける。

 

《レヴォル》に込められていた全ての感覚が霧散する。

 

 視界の中に大写しになったのは、アルベルトの駆る《マギアハーモニクス》がこちらへと真っ直ぐに銃口を向けている光景であった。

 

「な、にを……」

 

『クラード! 歯ぁ、食いしばれぇ……っ!』

 

 続けざまにもう一撃。

 

 間違いや冗談ではない。

 

 アルベルトが自分相手に――撃ってきた。

 

 それが何であろうと、どのような理由であろうと――時に正当であろうとも。

 

 今の自分の、冷静なはずの自分の、沸騰したような本能では、いやに醒めた視界の中では。

 

 ――それは敵以外の何者でもない。

 

 まるで手負いの獣が最期の力を振り絞るかの如く、あるいは引き絞られた弓には最早止める術がないかのように。

 

 自分と《レヴォル》は流星のように《マギアハーモニクス》へと矛先を向けていた。

 

 もう間に合わない。

 

 どれほど時間を、事態を、策を、猶予を、要しようとも、最早間に合わぬ領域。

 

 粒子束を掌の中心部に据えた掌底が冷徹に、《マギアハーモニクス》へと振るい落とされる。

 

 そこの慈悲や、あるいは余分な考えは一切ない。

 

 削ぎ落とされた全てを。

 

 削り切られた、理性を。

 

 欠け落ちた、冷静さを。

 

 取り戻す余裕なんてものはない。

 

 このまま、力任せに《マギアハーモニクス》を引き裂き、そのコックピットを抉り出して、そして握り潰す――。

 

 そうとしか最早規定出来ない本能が疾走し、アルベルトの機体が大写しになった瞬間――。

 

 それは誰の判断であったのだろうか。

 

 あるいは、誰の声であったのだろうか。

 

 ――ころさないで!

 

 幼い声が弾け、クラードは咄嗟に。本当に擦り切れる間際で、ハッと意識を取り戻す。

 

「お、れ、は……」

 

 その声が脳内でスパークし、そして直後にはアルベルトの操る《マギアハーモニクス》の細腕と、《レヴォル》の腕がもつれ合い、そのまま火花を散らしてお互いの頭部へと突き刺さっていた。

 

 交差した打撃――クロスカウンター。

 

 互いの拳が互いの機体に大きくめり込み、そうしてそのまま突き飛ばされたところで、クラードは《レヴォル》の発する警告とそして機体損耗率限界のアラートを聞いていた。

 

「……俺は、何を……」

 

『クラード……。目ぇ、醒ましたか……』

 

 頭部を粉砕された《マギアハーモニクス》が宙域を漂う。

 

 クラードは今の一瞬、確かに、アルベルトの拳が自分の頬を打ち据えたのを感じ取っていた。

 

「……俺に、拳……」

 

 つぅ、と滴り落ちる熱いものを感じ取る。

 

 鼻血がテーブルモニターに落ちているのは恐らく、極限まで自我を引き絞った結果であろう。

 

《レヴォル》に呑まれるのを覚悟で自分と言う存在を消し去ってでも、敵を葬り去ろうとした覚悟。

 

 それが今、鼻の内側の血管を焼き切って、滴り落ちている。

 

「俺は……何をしていたんだ……」

 

 ――否、そのような問いは断じて否であろう。

 

 全て分かっていた。了承の上で敵を蹂躙し、そして《レヴォル》が空中分解しようとも敵陣を引き裂くつもりであった。

 

 ――アルベルトの一撃さえなければ。

 

「……アルベルト、何で俺を撃った……」

 

『んなの、今さら答えるようなもんか?』

 

 ある意味では軽口も叩ける立場ではないだろうに。

 

 自分は彼を一度払い除けた。

 

 一度として仲間だと思った事はないと、そう断じた。

 

 だが、結果としてはどうだ。

 

 彼の一撃がなければ自分はともすれば、もっと大事なものを取りこぼしていたかもしれない。

 

 敵の《エクエス》部隊が撤退軌道に入っていく。

 

 最早、戦闘継続出来る猶予は残されてないのは間違いなかったが、失ったものも大きい。

 

「……俺は、自分と言う自我をまだ……使いこなせていないのか……」

 

 こんな簡単に怒りに身を任せるような人間だったか、と考えてそれこそ冗談と一蹴出来る。

 

 怒りも、他の感情も何もかも、全て排したエージェントであったはずだろう、自分は。

 

「……なのに何で……何でアルベルトの拳がこんなに……重く効いて来るんだよ……」

 

 ただの改修型《マギア》の拳だ。

 

 自分と《レヴォル》の扱う力に比べれば児戯にも等しい。

 

 だと言うのに、何故か。

 

 今はその黒点のように浮かんだ疑問符が、黒々と渦を巻いて胸中を占めて行った。

 

 

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