機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第53話「答えは彷徨う」

「話に聞いてねぇぞ、あんなの!」

 

 通信網に怒鳴りつけたクランチへと、生き残ったらしいグローブが返答する。

 

『これでも上々だろう……。あんな機体、滅茶苦茶だ』

 

「分かってんよ、んな事は! ……してやられたってわけかい、おセンチにも!」

 

 網を仕掛け、狩りを催した側が逆に駆られる立場になったなど笑えない。

 

 クランチは操縦桿を殴りつけてから、深呼吸一つで元の自分へと返っていた。

 

 こういう時に戦場を渡り歩いてきた感覚が冴える。

 

 少しでも冷静に、それでいて現状を的確に捉える能力。

 

「……何機やられた?」

 

『おおよそ四機……ほぼほぼ全滅です』

 

 言われるまでのない事実だ。

 

 残ったのはグローブと自分と、そしてもう一機の部下だけ。

 

 それも幸運だろう。

 

「……あんなもんと戦えなんて、なかなかに言ってくれるぜ、今回の雇い主はよ」

 

『ミラーヘッドエラーまで追い込んだのに、まさかあんなに執念深く追ってくるなんて……』

 

「ブルってんな、グローブ。今はビビったほうが負けちまう局面だった」

 

 落ち着きを取り戻したクランチは電子タバコを吸い上げてから、一呼吸つく。

 

「……やられた条件は分かる。だが……あいつは複座のMSだったのか? それじゃ情報筋との意見が合わねぇ」

 

『途中までは単座の動きだった。……だが最後の三分間だけ、まるで別物に……』

 

「ああ、俺も読めていたさ。ミラーヘッドをぶっ潰すまではな。そこから先に食い下がってくるなんて、なかなかに……」

 

 そこで言葉を切ったクランチは、恐怖であった戦場から生還した神経が呼び寄せた感情を手繰る。

 

 これは「喜悦」だ。

 

 口角を釣り上げて喉の奥からひっひっと笑う自分に、グローブからの通信が入る。

 

『どうしたんだ……? さすがのクランチ・ディズルでも、あれには恐れを……』

 

「いや、失敬。……まぁそろそろ、フツーのつまんねぇ相手とやり合うのはもううんざりだって思っていたところなんだ。あいつ……《レヴォル》……それに通信越しに聞こえてきたな? ……クラード、か。覚えておくぜ、その名前。次に会う時には、どっちかの命は、ねぇだろうがな」

 

 自分へと雪辱を塗った相手であり、同時に自分へと――これ以上のない戦場の愉悦を感じさせた相手でもある。

 

 こんな気持ちは久しぶりだ。

 

 最初に戦場に出た時に感じた昂揚と、そして不安、絶望、地獄への葬送――全てがない交ぜになりつつも、それでも意識だけが下手に鋭敏化していた、あの頃と同じ感覚である。

 

「……忘れていた感覚だ。久しぶりにマジになれそうな獲物なら、打ってつけだぜ。俺を本気にさせてくれよ、《レヴォル》とやらよぉ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 医務室に運び込まれたのはアルベルトのほうが先で、当たり前と言えば当たり前であった。

 

《レヴォル》と真正面からぶつかり合って、それでメインカメラだけの損耗で済んだのは充分に幸運である。

 

 それをヴィルヘルムから懇々と言い聞かされるのだろうと考えていたアルベルトは、彼の最初に口火を切った言葉に、遅まきながら仰天する。

 

「……生きて帰るとは思わなかったがね」

 

 暫し、呆然とヴィルヘルムと視線を合わせていたが、やがて向こうのほうが耐えられなくなったのかぷっと吹き出す。

 

「……笑わないでくださいよ……」

 

「いいや、すまないね。まさかクラードと真正面から殴り合おうなんて、そんな人間がこの世に居るなんて思わなかった」

 

「それ、暗に馬鹿だって言っています?」

 

「いいや、とても勇敢だったと言っている」

 

「……それは馬鹿って意味でしょうに」

 

「向こう見ずではあっただろう。しかし、いい薬にはなったはずだ。お互いにね」

 

「処方箋にしては、高くつき過ぎっすよ。《マギアハーモニクス》の首から上が吹っ飛んだ」

 

「《レヴォル》の凝縮された砲撃を真正面から受けたんだ。軽症だよ。フロイト艦長風に言えば、不幸中の幸い、と言う奴だな」

 

 ヴィルヘルムはどこか面白そうに自分を眺めている。その好奇の視線に耐えられなくなって、アルベルトは身を起こしていた。

 

「……あの、別にオレは軽症なんで。診察とか要らないっすよ」

 

「いや、そうもいかない。《レヴォル》と組み合って生きているなんて貴重だ。……分かってはいるのだろう? あの状態のクラードだ。君は死んでいた」

 

 そう完全に断言されてしまえばそこまでで、アルベルトは沈痛に顔を伏せていた。

 

「……でも呼び戻したかったんだ。それじゃ駄目なのかよ……」

 

 ぎゅっと拳を握り締める。

 

 この手を滑り落ちていくような代物であろうとも、自分はクラードを――羅刹の域に到達させたくなかった。

 

 それはただのエゴであろうか。

 

「いいや、それは正常な人間のそれだとも」

 

 心の内を読まれた気がして、アルベルトはハッと顔を上げる。

 

 ヴィルヘルムは真面目な顔のまま、淡々と声にする。

 

「君はあの状態のクラードを恐れないのだね」

 

「……恐れないって言うか、単純に、っすよ。オレがビクつくと、もう誰も……その、クラードの理解者って居なくなっちまうと思ってるんです。オレが少しでも腰が引けりゃ、《レヴォル》に喰われていたでしょうし」

 

「分かっているじゃないか。君は君が思っているよりもずっと客観視出来ている。いい傾向だ」

 

「そうです、かね……。結局んところオレ、クラードをどうこうしたいって思いつつも、ほとんど何も出来ちゃいねぇ……」

 

「そうでもないんじゃないか? クラードをこちら側に留めているのはきっと、君や期待の新人のような、そういった普通の人間のそれだろう。クラードはいつだって、スイッチを切り替えるように容易く、これまでの価値観や倫理観を捨て去って行動出来る。そういう風に我々が、育成してしまった。そういう魔なのだよ。だが君達のお陰か、未だにクラードは《レヴォル》と共に彼岸に行かないで済んでいる。それはありがたいはずだ」

 

「……そう、なんでしょうか。オレはクラードの、邪魔をしているんじゃ……」

 

「安心するといい。わたしもあの状態のクラードは見たくない」

 

 思いも寄らぬ、とはまさにこの事で、呆然としているとヴィルヘルムはこちらの瞳孔反射を確かめる。

 

「でもその……クラードはあんたらの……エンデュランス・フラクタルのエージェントで……」

 

「それが全てだとは限らないと言うわけさ。彼にだって、居場所があって然るべきだ。だがクラードはもう自分に居場所は要らないと思っている。そういう節がある事はわたしも理解しているつもりだ。しかし、わたしにクラードの足を止める言葉を吐く資格はなくってね。それはわたしの原罪なんだ」

 

 胸の内を吐露するように口にしたヴィルヘルムに、アルベルトは当惑する。

 

「……オレだって、分かんないっすよ」

 

「君達だけなのかもしれない。クラードをまだ、人間の域に留められるのは。わたしは彼の足を止められない。その背中は押せても、手を引くような人間らしい事はもう出来ない」

 

「……ヴィルヘルムさんは……あんたはクラードの事をずっとよく知っているみたいだ」

 

「まぁね。彼が名前を捨て、エンデュランス・フラクタルのエージェント、クラードになった時からずっと知っている。もう古株さ。フロイト艦長と似たようなものかな」

 

「……そういや、艦長の事、クラードは気安く呼んで……」

 

「まぁそこから先は言えない。機密事項だし、何よりもプライバシーなものでね」

 

「……ズルいっすよ、あんた」

 

 微笑み交じりに言ってやると、ヴィルヘルムは嘆息をつく。

 

「悪いが、ズルい大人の立ち位置に居るのがわたしのような人間なんだ」

 

 ヴィルヘルムは問診を終え、自分の体調を確かめる。

 

「よし、異常はない。頑丈な身体が幸いしたね。……状態が悪ければ、君とてただでは済まなかった。殺されていたぞ」

 

 その言葉の重みに、アルベルトは自分の掌を開いたり閉じたりする。

 

 その手の甲から腕の側まで伸びているのは、クラードと同じ紋様でありながら、彼とはまるで違う、ただの真似事の代物。

 

「……駄目だな、オレは。クラードの、あいつの重荷を肩代わりするような事、出来ねぇ」

 

「そんな事はクラードも望んじゃいない。ただ、君らにはもしもの時、あいつの手を取って、ギリギリのところで踏みとどまってやって欲しい。そうすればきっと、クラードは後悔なく、生きていける」

 

「……だから、その言い分が、ズルいんですってば」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ズルい、か。それは俺も同じだな」

 

 ヴィルヘルムの下を訪れようとして、アルベルトとの会話を盗み聞きしてしまったのは自分でも想定外の出来事であった。

 

 ――もしもの時に自分を踏みとどまらせるもの。

 

 それがアルベルトだとでも言うのか。

 

「……俺は、でも踏み越えないといけない。そうじゃないと弱いままだ」

 

「あっ……クラードさん。先の戦闘、大丈夫なんですか?」

 

 角を折れたところで書類を抱えたカトリナと遭遇し、大仰にため息をつく。

 

「な、何ですかぁ……。そんな分かりやすくため息をつかなくってもぉ……」

 

「いや、あんたが俺を踏みとどまらせるなんて、それこそ妄言だって思ってな」

 

「……どういう……」

 

「いい、忘れてくれ。……って言ったって忘れないんだろうな。《レヴォル》と違って人間は面倒だ」

 

「……あのっ! その事でお話が!」

 

「……何。いちいち声デカいよ、あんた」

 

「クラードさんは……レヴォルの意志……専用アイリウムであるレヴォルインターセプトを信じているんですよね?」

 

「分かり切った事聞かないで。俺が信じているのは《レヴォル》だけだ」

 

「だったら! ……アルベルトさんも、信じられませんか?」

 

「……何でここでアルベルトの名前が出て来るんだよ」

 

「だって! あんなに真正面に出て……! 《レヴォル》と対峙したんですよ! 怖いに決まっています……!」

 

「だから何。アルベルトに《レヴォル》は怖くないとでも言えって?」

 

「い、いえ……そうじゃなくって……。クラードさん、この艦に来てからわざとアルベルトさん達と距離を取っていません? それってその……よくないんじゃ……」

 

「俺の勝手だろ。第一、アルベルト達が生き残ったのは単純に連中の強運だよ。俺のお陰とかじゃない」

 

「で、でも……っ、アルベルトさんはそうは思っていないから、出たんじゃないんですか?」

 

 自分がリミッターを外しても、ほとんど暴走状態で敵に立ち向かっても、か。

 

 クラードはとことん、と嘆息をついていた。

 

「じゃあ馬鹿なんだ。アルベルトもあんたも」

 

「ば……馬鹿とは何ですかっ! ……って、えっ? 私とアルベルトさんも?」

 

「……いい。喋り過ぎた。あんたは委任担当官の仕事をやりなよ。俺は《レヴォル》と話してくる。今の戦闘、かなりの損耗があったはずだ」

 

「そ、それはクラードさんだって! ……大丈夫、なんですよね?」

 

「だから何が。要領を得ない質問はやめてくれ」

 

「……いえ、その……。前回のコロニーの時から、ちょっと焦っているみたいに見えたんで……」

 

「焦っている? 俺が?」

 

「違うんですか? あの……メイア・メイリスさんに《レヴォル》が使われたから、ですよね?」

 

「……そんな事はない」

 

「嘘……。クラードさん、嘘ついています……」

 

「嘘なんて言ったってどうしようもない」

 

「でも……! だったら何で……そんなに辛そうな顔をしているんですか?」

 

 その段になってクラードは己の顔に手を添わせる。

 

「……俺が、辛そうだって?」

 

「……心の奥底じゃ、アルベルトさんの事、何か思うところはあるんじゃないんですか? それに、ピアーナさんや他の方との交流でその……クラードさん自身も変わったところがあるんじゃ?」

 

「俺が、変わった? ……そんな事はない。俺はエージェント、クラードのままだ。エンデュランス・フラクタルの、特級エージェント。他の誰にも、この身分だけは冒されない……」

 

「そうじゃなくって! ……クラードさん、変ですよ。何に耐えているんですか? 不安な事があれば、言ってください。何のための、委任担当官だと思っているんですか……。それは私の仕事なんですっ!」

 

「……あんたに言えば解決するとも思えない」

 

「でも……言ってくれないと分からないじゃないですか」

 

「……言ったってどうしようもない」

 

「それでも……っ! 私は言ってくれたほうがいいんですよぉ!」

 

 カトリナは書類を抱えたまま、踵を返して行ってしまう。

 

 その背中を眺めつつ、クラードは自身の掌に視線を落とす。

 

「……破壊者の手のはずだろう、クラード。お前はずっとそうだった。これからもそうだ。壊す事しか出来ない」

 

 そうだと規定して、これまで生きてきた。

 

 きっとこれからも同じのはず。

 

 その通りだと、今は肯定してくれるような単純存在が欲しいのに、どうしてなのだか、足は艦長室に向いていた。

 

「……馬鹿だな。あの新入社員に言われた事、気にしてるのか?」

 

 ノックの後にレミアの待つ艦長室に入る。

 

 レミアは書類仕事を整えながら、こちらの言葉を待っているようであった。

 

「……何か言いたいんでしょう? 何? カトリナさんを更迭でもする? それとも、アルベルト君を降ろす?」

 

「……俺が言いそうな事はもう分かっているんじゃないか」

 

「何年の仲だと思っているのよ。あなたの言いそうな事くらい、こっちだって予測が立つわ」

 

「……じゃあ一個だけ。レミア、俺は変わったか?」

 

 レミアがキータイピングの手を止める。山積した書類の山からこちらへと視線を移し、レミアは自分を真っ直ぐに見据える。

 

「……今のは予想出来なかったわね」

 

「ヴィルヘルムに聞いたところで、あいつは煙に巻くだけだ。だから教えて欲しい。俺にとっての正しさとは何だ? 何だってこんなに……どうでもいい事で気が削がれる? さっきの戦闘で俺は勝っていた。敵の戦力を奪い、あのままなら隊長機を墜とせていたはずだ。だって言うのに……余計な感傷がそれを邪魔する。あの時の俺が正しくなかったかのように、周りが言い出す」

 

「カトリナさんとアルベルト君に何か言われたの? それともあなた自身が考え込んでの言葉だと思っていいのかしら」

 

「……答えなんて分かっているんだろう。何年の付き合いだと思っている」

 

「そうね。カトリナさんは見ていて危なっかしいわ。彼女が新卒だとか、仕事を覚えたてだとか関係なく。無鉄砲に何でも首を突っ込んで、それでいて全部に全力だから、自分まで傷ついてしまう。本来なら、そこで人間は線を引いて、自分だけは傷つかないようにするのが正解なのに、彼女はそうじゃない。自分が傷ついてでもいい、誰かが不幸になるのを見ていられない。それはアルベルト君だってそう。《レヴォル》に乗ったあなたの前に出るなんて、それは死ぬのと同義よ。それくらい分かっているはずなんだけれどね。……でも彼は出て結果的にあなたは彼を殺さなかった」

 

「……俺が躊躇っているとでも? 弱くなっているとでも言うのか?」

 

「……その答え、私が出せば多分陳腐に落ちる。だから、クラード。これは長年の友人としての忠告よ。そればっかりは、あなたが考えなさい。そうして苦しんで苦しんで、悩み抜いた答え一つがきっと、あなたを土壇場の、最後の最後で救ってくれるはず。昔馴染みに言えるのはその程度ね」

 

「俺自身の、納得の行く答えってわけか」

 

「納得なんて行かなくってもいいのよ。何の変哲もない、それこそどうだっていい答えが、あなたにとっては大事なのかもしれないし」

 

「すまない、レミア。俺はあんたの仕事を邪魔した」

 

「いいのよ、別に。この艦ではあなたとヴィルヘルム先生くらいでしょう。それにバーミットも少しは、かしら。かつての事を話したがらないのは、ね。でも、どうあったって私はあなたを信じている。それはあなたがエージェント、クラードだから。あなたと《レヴォル》がエンデュランス・フラクタルの切り札。それは揺るぎようがない」

 

「戦って勝てとは、言わないんだな」

 

「それは友人として、言えないわよ。今のあなたの事を思ってね」

 

 レミアも自分の中に答えを探せと言う。

 

 だが、それでももし――。

 

「答えなんてなかったら、その時はどうすればいい……?」

 

「その時は、答えがないと言う名の答えを、自分の中に投げるのが正解でしょうね」

 

 

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