機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第54話「囚われの呪い」

 面白い素性だな、と口火を切った上官に、グラッゼは応じる。

 

「外人部隊の鏡像殺し……それなりに聞き及んでおります」

 

「どことも知れぬ戦場に赴き、そして戦果だけをむしり取って去っていく。ハイエナだよ、まさに、ね」

 

「私はですが、そのような生き方もあって然るべきだと思います」

 

「識者の理論の正反対ではないのか?」

 

「何も識者の理論がこの世の正答とも言えますまい。それに、鏡像殺し、クランチ・ディズルと言えば、フリーの傭兵身分であった頃はよく耳にしておりました。その戦果も」

 

「どういう風に聞いていた?」

 

「……絶対に遭遇するな。遭遇すれば逃げろ、とまで」

 

 こちらの言葉に上官は心底可笑しそうに笑い声を上げる。

 

「諌言痛み入るとはまさにこの事だな。黒い旋風に背中を見せろとまで教えた君の上官の人柄の良さが滲む! ……だがそこまで言わせるほどだ。偽物と言うわけでもないのだろう」

 

「恐らくは。ですが、不明瞭な事が多い。何故、クランチ・ディズルはこの戦場に現れ、そして明らかに《レヴォル》とクラード君を狙っていたのか。それは我が方の情報漏えいの心配になり得る」

 

「トライアウトジェネシスが心配かね?」

 

「心配と言うよりもなっていないと言ったほうが正しいでしょう。仮にも軍属、仮にも軍警察。信頼が置けないのならば私としても困る」

 

「困る、か……。だがね、大尉、我々とて万能ではない。全てを見通す万能の眼でもあれば別の話だが、ダレトが開いてからもそのような代物は開発されなかった。ひとえにどの陣営も旨味がないからだ。勘繰られて痛い腹を持っているのはお互い様。そんな状況で千里眼など」

 

「ディズルを雇った陣営に心当たりがないと仰っているように聞こえます」

 

「実際にそうなのだから始末に負えない。外人部隊と言うのは読みづらい上に、これだからどうしようもないのだ。……しかし、同じように不穏な動きをしてみせた陣営ならば一つだけ。存在しているな」

 

「……親衛隊。先のシュルツ襲撃も、そして《プロトエクエス》に関しても親衛隊の息がかかった兵士ならばどことなく頷ける……。ですが、それは藪蛇と言うもの。我々が関知すれば、大きく情勢が異なってくる」

 

「そこだよ、大尉。畢竟、わたし達としても困り事でしかないのだ。シュルツに関してはトライアウトネメシスに大きな借りとなったところがあるが、《プロトエクエス》の先行、そして今回のクランチ・ディズルの雇い主が親衛隊身分の人間から、となれば話は変わってくる」

 

「……よいのですか。地球圏に居を構える一級民族の懐を探る事となり得ます」

 

「わたしの心配はいい。君は君だけの心配をするといい。《プロトエクエス》のパイロットに顔が割れていないとも限らない。一番に自分の保身から逆算すべきだ」

 

「失礼ながら。私は自分の身柄の安全よりも組織としての動きの自浄作用を考える性質でして。トライアウトが親衛隊の私兵と化しているのならば、それは止めなければいけません」

 

「……君は正義感が溢れる。よい兵だが、あまり首を突っ込み過ぎれば仇となる。シェイムレスの二の舞だ。彼は《レヴォル》を追うあまり妄執の徒と化したが、君までそうなる立場ではないと言っている」

 

「……下手に首を突っ込めば、手痛いしっぺ返しが待っていると……」

 

「言葉にすべきではないだろう。君は戦いにおいては長けているが、政の領域に関しては素人だ。ゆえにこそ、わたしは君にこれ以上の進路を勧めない」

 

「感謝します。しかし、どこかの戦場で相対しないとも限りません。クランチ・ディズル氏の詳細なデータを。それと、前回、クロックワークス社で手に入れたミラーヘッドログの参照はどうなっていますか」

 

 上官は執務椅子に深く腰掛け、重々しく頭を振る。

 

「……前代未聞、とでも言えばいいのだろうか。先ほど千里眼はないと言っておきながら、実のところある一定領域では存在する」

 

「ミラーヘッドログ。それはどの陣営にも属さない統合機構軍の中でも秘中の秘たるクロックワークス社の所有物。あの企業はそれだけで成り上がって来たに等しい」

 

「だが君の持ち帰ってきた情報は有用であった。まさかクロックワーク社のログにも残らない……本物の怪物だとはな。《レヴォル》とやらは」

 

「ある程度の試算は付いていたのでは? そうでなければクロックワークス社にこのタイミングでの内偵など命じられないでしょう」

 

「……食えんな、君は。しかし、わたしの立場で言うのならば、あくまでも確認であった、と言うしかない。《レヴォル》とやらは本当に世界を欺くだけの能力を保持しているのか、と言う確認だ」

 

「……世界を欺く……叛逆の機体とは」

 

「あれの真骨頂がミラーヘッドログの改ざん……あるいは無効化にあるのだとすれば、逸るものではないが……。エンデュランス・フラクタルは稀代の発明をした事になる。第四種殲滅戦の常識が塗り替わるぞ」

 

「いわば歴史の目撃者……。第四種殲滅戦において、あれが無敵の性能を誇るに足るのは、単にスペックだけではなく……」

 

 そこから赴く先を、上官はあえて濁していた。

 

「下手を噛まされて陰謀に呑まれるのは単に意義がない。グラッゼ・リヨン大尉。これに関しては秘匿任務とする」

 

 それはその通りであろう。

 

 これ以上踏み込むのならば、覚悟と意地だけではどうしようもない。

 

 世界の裏側を暴くに足る、資質が必要になってくる。

 

「ですが、まさかエンデュランス・フラクタル……そこまでやってのけるとは思いも寄らない……」

 

「あるいは、件のガンダムとは、最初からそのような想定をして設計された可能性もある」

 

「……常態化した世界を欺き、ミラーヘッドの戦場を変えるだけの機体ですか。……なるほど、まさに叛逆(《レヴォル》)だ」

 

「大尉。これより《レヴォル》と戦闘艦、ベアトリーチェへと継続しての調査任務を与える。言っておくが、ここまで潜っておいて今さら拒否権があるとは思わないで欲しい。心苦しいが、君はもう自由な身分ではないのだ」

 

「……存じております。私も彼の背中を追ってここまで来た身、戻るべき場所があるとも思っておりません」

 

「……君が服従するタイプの部下で助かっている。かつての上官達も同じ心持ちだっただろうな」

 

「いい部下ではなかったはずです。勘繰りが過ぎる」

 

「それくらいで部下なんてちょうどいいさ。大尉、下がりたまえ」

 

「失礼します」

 

 挙手敬礼して退室した後、グラッゼはベンチに腰掛けた人影を認める。

 

「……シェイムレスの……。いや……ガヴィリア・ローゼンシュタイン准尉。こんなところで何を?」

 

「……貴様、グラッゼ・リヨン……! 大尉……か」

 

「それはカルテですか。何か嫌な数値でも?」

 

「……貴様……いいや、貴官には関係のない代物だ」

 

「しかし、あなたは直属ではないとは言え、部下に値します。聞く権利くらいはあるはず」

 

「……どこまでも、嘗め腐って……。いい、つまらん代物だ」

 

 差し出されたカルテは、ライドマトリクサー施術への同意書であった。

 

「……RM身体拡張を受けるので?」

 

「ガンダムに追いつくのにはそれしかあるまい。現状、分かっている……分かってはいるのだ! 私では最早……どう手を打ったところでトライアウトジェネシスでは足を引っ張るだけ……! ならば、自分の肉体の所有権くらい、自分で持っておきたい……。人情だ。貴官には無縁だろうが」

 

「いいえ、私も昔、身体改造施術の項目全てにチェックを入れた猛者を知っております」

 

 さすがにその返答は予想していなかったのか、ガヴィリアは呆然とする。

 

「そ、その者は……? どうなったのだ……?」

 

「……今も戦場に」

 

 それが件のガンダムのパイロットだとはさすがに言い出せまい。

 

 ガヴィリアは少しばかり驚嘆の面持ちの後に、そうかと憔悴した声を出す。

 

「准尉には合わないかと思います。やめておかれたほうがよろしい」

 

「……黙れ……! 私はあのガンダムに……! 何度も何度も! 煮え湯を飲まされて来たのだぞ……! このままでは終われん! これはローゼンシュタインの家督を引き継ぐ者の宿命でさえもある」

 

「宿命、ですか。しかし半端な覚悟で追えば喰われるのは分かっているはず。RM施術を受けたところで、待っているのが幸福とは限りません。あなたがよしんば……ライドマトリクサーとなって戦果を挙げたとしましょう。ではその時、隣に立って喜んでくれる人間が、残っているでしょうか?」

 

「それは……! ……手痛いところを突くな、貴官は」

 

「失礼。口さがが過ぎるとも言われておりますので」

 

「それはお節介とも言う。……私も悩んでいた。RM施術を受けてガンダムを討った後の事を……。その果てに、ローゼンシュタイン家としての幸運はあるのか。幸福はあるのか、と」

 

「施術前にはメンタルチェックも行われます。近年では、ですが。その時に抵触しかねません。やめておかれたほうが賢明です」

 

「……貴官は意外だな。私の事なんてどうでもいい……恥知らずなのだと思っているのだと」

 

「ガンダムと数度に渡る戦い、命知らずだとは思っておりますが、心の奥底で恥知らずだとは思っておりません」

 

「……そこが食えんのだよ、貴官は」

 

 しかし、とガヴィリアはカルテに視線を落とす。

 

「どうしろと言うのだ……。最早、ライドマトリクサーになる以外で、私が躍進を続ける術は残されていない……。いいや、残されていないようにしか見えない」

 

「視野が狭くなっておられる証拠。今は休息を取る事も大事です。何もRM施術のみが強くなる証ではありません」

 

「……そうだろうか。私の操縦技術では頭打ちだ。貴官のように《レグルス》があてがわれる頃には、もう戦場は終わっているだろう。その時……たとえトライアウトの一兵卒の身分であったとしても……そこに居座り続けるのは正しいのだろうか」

 

 これは意外、とグラッゼも認識を改める。

 

 恥知らずの噛み付き癖だと上から下から揶揄されればさすがに図太い神経も折れるか。

 

「……ローゼンシュタイン准尉。これはほんの昔話になるのですが、頭打ちに悩んでいたパイロットが一人居ました。彼はその時、《エクエス》で並み居る敵を薙ぎ倒しても何も感じられなくなっていた。実験兵としてミラーヘッドの戦線に駆り出されても同じ事。戦えば称賛される、勝てば激励を受ける。……ですが、彼の者の胸の内は想定外に冷たかった。何も、何もかもが、心に波風さえも引き起こさない。凪いだ心は自然と朽ちていくのみ、そうなのだと、思っていた時期があったのです」

 

「……貴官が……?」

 

「たとえ話です。その者はしかし、戦いの末にある美学に目覚めた。戦うのに何も考えず、ただ漫然と過ごすのは簡単ですが、それは何も生み出さない。ただの虚無であった事を知ったのです。そこから、戦いへの理性、そして己へと課す戒めを覚え始めた。自身を戦場へと駆り立てるのは、己自身の美学によるもの。彼は、もう孤独ではなかった。常に自身の傍にはその美学があった」

 

「……識者の理論、か。羨ましいな……。私は戦果を挙げたいとは思っていたが、何か……誰かと共に戦域を駆けたいとは、ついぞ思わなかった」

 

「だからこそ、忘れないでいただきたい。戦いは孤軍奮闘ではない。何かと共に在るのだという事を。あなたの胸にローゼンシュタイン家の矜持があるのならば、その矜持に従うべきだ。あなた自身がそれを忘れ、修羅に堕ちた時、あなたを救うのはただ一つの誇りでしょう」

 

「……ローゼンシュタイン家の家紋、か……。だが大尉、笑ってくれて構わないが、それは誇りではなく呪いだよ」

 

 力なく笑ったガヴィリアに、グラッゼは言い置く。

 

「……呪いで強くなれる者も居る。あなたは見定めなければいけません。それが呪いなのか、それとも誇りなのかを」

 

 それだけを言い留めて、グラッゼは立ち去っていく。

 

 ライドマトリクサーになると言うのならば下手に止めはしない。

 

 だが向いていないとは思っただけだ。

 

「……クラード君と同じになっても……貴官が勝てるとはまるで思えないのでね。悪いが、彼と死合うのは私の特権だ。……これもエゴだと、笑ってくれて構わんが」

 

 ただ純粋に、とほくそ笑む。

 

「いや、これは呪いだな」

 

 

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