機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第八章「月航路を目指して〈ムーンライト・オンザウェイ〉」
第56話「宇宙の外海」


 ――戦いにおいて勝利する事は至上の目的ではない。

 

 そうなのだと規定した男が居る事を、自分は知っている――。

 

「……しかし、随分と遠いところまで来たものだ。木星船団の出迎えとは言え、ここまでとは……」

 

 各コロニーの支配宙域からも逃れた宇宙の辺境地。

 

 暗礁の常闇にデブリ帯が広がっている。

 

「無理もないですよ。ここまで来たのなんてなかなか居ないでしょう」

 

 管制室で声を返す部下に、頬杖を突いて艦長は視線の先を見据えていた。

 

「間もなく進路クリア。ミラーヘッドによる加速段階に入ります。アルチーナ、アステロイドジェネレーター電荷」

 

 宇宙の絶海を行くのは戦艦、アルチーナ――地球連邦政府の最新の戦闘艦だ。

 

「……皮肉なものだ。あの戦い……月のダレトを巡っての戦闘で最も損耗した我が方が、それでもダレトの恩恵に与らなければ木星船団の出迎えさえも出来ないとは……」

 

 アルチーナはダレトより来たりし来訪者――MF四機の聖獣に試作艦のほとんどを轟沈させられた。

 

 その時に地球連邦は、戦闘艦艇のノウハウの大半を失ったとされている。

 

 今も、このデブリ帯を横切る緑色の艦艇の装甲は見た目こそ新造艦のそれに近いが、型式自体はダレト侵攻時から何も進歩していない。

 

「アステロイドジェネレーターの伝導率、六十パーセントを超え。これよりミラーヘッドの第二次加速に入ります」

 

「第二次加速、用意。収納している《マギア》には即時出撃も可能なように声を振り向けておけ」

 

「格納デッキへ。《マギア》編隊、出撃姿勢を整え。各員、戦闘待機のまま、艦は加速に入る。振り落されるな」

 

 伝達が行き届いているのを確認しつつ、艦長はどこか神経質に眼鏡のブリッジを上げていた。

 

「……しかし、戦場が様変わりしても、我々のやり方は変わらない。いいや、変わらないものもあるのだと、安心してもいいのだろうか」

 

「艦長。出迎えに関して言えば、やはり妙ですよ。わざわざミラーヘッドの段階加速で合流軌道に入れなんて。何かが起こっているとしか思えません」

 

「そう言うな。勘繰りは軍隊では嫌われるぞ。……だが妙なのは事実だな。果たして連中、何と示し合せているんだか……」

 

「そもそもアルチーナを指定してくる辺りがおかしいって言う……。これでもヘカテ級を超える新造艦ですよ? わざわざこの艦を指定しなくってもそんじゃそこいらのヘカテ級じゃ駄目だったのかって言う話です」

 

「それは向こうのオーダーに従うとのお達しだ。アルチーナを見たかっただけかもしれない。おのぼりさんの機嫌を損ねるな」

 

 そう皮肉ってやると少しくらいは溜飲も下がったのか、管制室で笑い声が聞こえてくる。

 

「ですが、木星帰りとやらの顔を拝むのも悪くはなさそうですね。駐在期間は既に半年を超えていると言いますが」

 

「なに、田舎者なのはお互い様だ。地球圏の派閥を争っている連中と年がら年中顔を合わせている憂鬱さに比べれば全然だよ」

 

 もっとも、地球圏に全ての政権が統一されている――とは表向き。

 

 現状、統合機構軍に配されたそれぞれの色を表す国家群に編成され、今や地球の資源に這いつくばっている地球連邦には見る影もなし。

 

 企業が跳梁跋扈し、時の政権はもう居場所を完全になくしている。

 

 あるとすれば、それは各々の胸の中、信じる者は救われる程度の些末なもの。

 

 本当に信を置きたければこの時代、属する場所には気を遣わなければいけない。

 

 そうでなくとも、統合機構軍の維持する新機軸国家編成案が通ろうとしている矢先、下手を打てば永遠に出世の道など閉ざされるであろう。

 

「ミラーヘッドの段階加速に入りました。念のために艦内要員にはバイザーの着用を求めます」

 

 バイザーを降ろしつつ、艦長は、これも、と独りごちる。

 

「ダレトより与えられし戦争の技術……。なかなかに世の中はどうともならんな」

 

「しかし、ダレトの安寧を貪るのが民です」

 

「……我々は軍属だ。民ではないよ」

 

「ミラーヘッド段階加速、初速を超え、第二段階へと移行。間もなく第一減速に入ります」

 

「減速で足を取られるな。完全に減速したのと同時に《マギア》を射出。木星船団の出迎えと行く」

 

「了解。減速開始。ミラーヘッドジェルの減少率は四十パーセント未満。想定内です」

 

 艦長は嘆息をつきながら真正面に広がる茫漠とした宇宙空間を睨む。

 

「……せめて理由くらいは聞かせてもらわなければ釣り銭にも成らんな。アルチーナをわざわざ出したのだ。木星帰りがどれほどの実力者であろうとも……」

 

 そこまで口にしたところで不意に衝撃波が艦を揺さぶる。

 

「何事!」

 

「右舷より砲撃! ……まさか、ミラーヘッドの段階加速を経ているのだぞ……!」

 

「敵影! モニターに出ます!」

 

 映し出されたのは濃紺の軍警察カラーの《エクエス》であった。

 

 ミラーヘッドの段階加速を経て、距離を稼いだアルチーナに追いついた、と言う冗談はあるまい。

 

「……最初から張られていた? だがここは最早、誰の領空圏でもない。宙域侵犯だ! 抗議の電報を――!」

 

 艦長がそこまで言い切ろうとした矢先には、《エクエス》はそれぞれ散開機動に入り、ミラーヘッドの銃撃戦に移っている。

 

「第四種か……! 忌々しいッ!」

 

「ミラーヘッドオーダーを受諾……。敵影は正規軍です!」

 

「正規も何もあるものか! 我々の作戦は極秘裏だぞ!」

 

「しかし……敵影なおも接近! アルチーナに取りつかれます!」

 

「……大き過ぎる艦艇が災いしたか。《マギア》は?」

 

「出撃姿勢に入っていますが……カタパルトから!」

 

 カタパルトに真正直に射出稼働に入った《マギア》は《エクエス》に狙い撃ちにされていく。

 

「艦艇コンテナよりスクランブルに設定しろ! 死にたくなければ両舷のカタパルトは使うな! 狙われているぞ!」

 

 手を払いながら艦長はこの事態の異様さを噛み締める。

 

「……どこから情報が漏れた? 我々は地球連邦の作戦を直々に受諾して……それでアルチーナまで引っ張り出して出たのだぞ……。軍警察如きが察知出来る作戦領域ではないはず……」

 

「《エクエス》! ミラーヘッドの弾幕を張りながらじわじわと接近! 《マギア》による応戦、間に合いません!」

 

「弱音を吐くな! 《マギア》とてミラーヘッド搭載機だ! こちら側のオーダーは? 第四種殲滅戦に則っているのならば同時オーダーならば下位は無効化されるはず!」

 

「オーダー反応、来ました……! 軍警察のオーダーと我々のオーダーの受諾時間は同時……相手のオーダーの無効化、出来ません!」

 

「……等価だと? 一番に厄介な泥仕合となるぞ……。《マギア》にはミラーヘッドを使用させつつ、敵の接近を防げ。艦砲射撃で弾幕! 《エクエス》を取りつかせるな!」

 

「既に背後へと回った《エクエス》が二機! 後ろを取られて……!」

 

「ミサイル照準! ミラーヘッドを鎮静化させるガスを照射! 敵の取り付きをどうあっても防げ!」

 

 ミラーヘッド鎮静化のガスの噴射はしかし、広義のミラーヘッド機であるアルチーナそのものの足を殺す事にも成りかねない。

 

 それに今も戦闘展開する《マギア》のミラーヘッドでさえも鎮静化させてしまう。

 

 現状では下策を打っているようなもの。

 

 その上、敵の数だけは減らないのだ。

 

《マギア》がビームライフルを速射するも、敵の《エクエス》のほうが明らかなる手練れ。

 

 火線を掻い潜ってそのまま抜刀した敵影は《マギア》の痩躯を打ち砕き、ミラーヘッドを叩き割っていく。

 

「……《エクエス》部隊、このまま接近を許せば……!」

 

「そうさせないためのMS隊だ! 《マギア》で応戦を! ……だが、何故だ。軍警察に追われるいわれはないぞ」

 

 そもそもこの戦闘の目的は何なのか。

 

 それさえも不明瞭のまま襲われる戦闘艦はただただ不遇なだけだ。

 

 艦長は今しがたブリッジ付近で弾け飛んだ《マギア》の爆発の光輪に目を細める。

 

「《マギア》第一部隊、大破! このままでは……!」

 

「怯むな! 我々の目的は勘付かれていないはず!」

 

「ブリッジ前方に熱源!」

 

 急加速した《エクエス》が割って入り、バズーカの砲門を照準する。

 

 幾重にも照準警告が鳴り響く中で、艦長は肘掛けを握り締めていた。

 

「万事休すか……」

 

 そう口にした刹那、直上より放たれたビームの光芒が《エクエス》の躯体を貫いた。

 

 まさか、と思っている間にも次々と掃射されるビームの火線が《エクエス》を無力化していく。

 

 中には撤退機動に入っている《エクエス》でさえも正確無比に狙い澄ました攻撃網の持ち主に、誰もが絶句していた。

 

「……何、だ……」

 

「これは……シグナルを確認! 機体照合……驚いたな。機体は王族親衛隊所属! 《ラクリモサ》! 万華鏡、ジオ・クランスコールです!」

 

「……まさか。万華鏡だと?」

 

 その通り名を口にした直後には敵影が次々と撃ち落とされていく。

 

 迎撃するのはたった一機の赤い機体であった。

 

 脚部が存在せず、大型のスカートバーニアに、襟型に広がったアームポイントを持ち、全体としてはYの字に近い。

 

 宇宙の常闇を引き裂く青い推進剤を棚引かせながら、《ラクリモサ》の機体照合がもたらされたMSはバインダーから無数の自律兵装を引き出していく。

 

 それらはMSの頭部ほどの大きさでしかないが、機敏に稼働し、敵影を無数の光条で射抜いていた。

 

《エクエス》が途端に及び腰になっていったが、《ラクリモサ》は逃しはしない。

 

 一機、また一機と着実に、それでいて落ち着き払った照準で相手を潰していく。

 

 その動きのキレには舌を巻くほどだ。

 

 自律兵装はこの時、ビットの名称を与えられ敵影を後方から包囲したかと思えば、次の瞬間には直上と下方から挟み込むように狙い撃っている。

 

「……まさに万華鏡……。あんな高機動、あり得ませんよ」

 

「ああ、それよりも驚くべきはミラーヘッドを使わずしてミラーヘッド機の排除、か。怪物だな」

 

《ラクリモサ》の戦場は長引かない。

 

 せいぜい三分もしないうちに軍警察の《エクエス》は総崩れに陥り、撤退軌道に入っていた。

 

 だが《ラクリモサ》は敵影の帰還さえも阻む。

 

 ビットが逃げる敵の真正面に潜り込み、そのままビームの火線を棚引かせもせず、質量兵装として突き刺さり、アステロイドジェネレーターを撃ち抜く。

 

「本当に一機も逃がさないのか……」

 

 管制室の者達も圧倒されている。

 

 自分達を助けてくれているからまだいいものの、その矛先がいつ、こちらに向くとも限らないほどの実力。恐れないほうがどうかしていた。

 

「……今ので残存戦力は……」

 

「ほぼほぼ全滅ですよ。帰投した《エクエス》……ゼロ」

 

 このまま母艦でさえも狙うかと思われたが、《ラクリモサ》は放ったビットをバインダーの中に収納し、緑色の単眼をこちらに投げて光通信を行う。

 

「解読します……。“我、木星船団の護衛を命じられてここに居る……”。あれが護衛ですか……百人力ですね」

 

 実際その通りなのだろう。

 

《ラクリモサ》は加速をかけて先ほどまで《エクエス》の支配する宙域だった場所を抜け、こちらへと信号弾を発する。

 

 信号弾を受けて返答の通信を返してきたのは戦艦アルチーナとほぼほぼ同規模の調査船団であった。

 

「木星調査船! ……軍警察の《エクエス》に阻まれていたのか……」

 

「いや、あるいは元々軍警察の雇い主は……」

 

 分かっていて、仕込みもありでこの出迎えを計画したのではないのか。

 

 そのような疑念が鎌首をもたげたが、今は下手に口を滑らせると厄介だ。

 

「木星船団と合流します。アルチーナの損耗率は三割程度。何とか、と言った具合ですね……」

 

「ああ……生き残ったMS部隊は木星船団の保護に入れ。さしもの軍警察も襲ってはこないだろうが、事が事だ。《マギア》の護衛が頼りなくっても要らないわけではあるまい」

 

《マギア》が次々と射出され、木星船団へと護衛ルートを辿っていく。

 

 元々アルチーナ級の戦艦は大規模な護衛任務に当たる事が多い。今回の任務もその一環。

 

《マギア》が包囲した木星船団は正式採用ではないもののヘカテ級の艦艇に近い構造を持つ。

 

「……あれで半年、か」

 

「結構な任務じゃないんですか、連中」

 

「……どうだかな」

 

 しかし、と艦長は思索を巡らせる。

 

 何故、敵はこの期に攻めて来たのか。何故、軍警察はミラーヘッドの加速を込みでこの宙域で張っていたのか。

 

 そして――何故、木星船団を護っているのが他の誰でもない、万華鏡の通り名を持つミラーヘッド使いなのか。

 

「……《ラクリモサ》、我が艦の補給を乞う、と。……どうします?」

 

「断るわけにもいかんだろう。恩義があるからな。地球連邦は恩知らずだと吹聴されても困る。丁重にお迎えしろ」

 

「ですが、我々の回収任務は木星帰りですよ」

 

 それもその通り。

 

 アルチーナは木星船団とドッキングを果たし、そちらから送られてくる物資と人員を確認していた。

 

「……大仰な荷物だ。長旅だったのだろう」

 

 艦長はノーマルスーツのまま、以下に部下を従えて踵を返していた。

 

 大所帯に加え、今回の任務ではまるで教えられていない軍警察の跳梁跋扈、何もないはずがない。

 

 艦長が鉢合わせしたのは、格納デッキへと移送されていく《ラクリモサ》であった。

 

「……赤い機体……」

 

 異様なシルエットを誇る《ラクリモサ》は通常のMSの収容施設ではまるで事足りない。

 

「MA用を出せ! すぐにだ!」

 

 声を張り上げる整備班達を横目に、艦長は《ラクリモサ》より降り立った赤いパイロットスーツの人影を目にしていた。

 

 顔を見ようとして、思わず息を呑む。

 

 顔面全てを覆うかのように長大な鋼鉄のマスクを被っており、口元だけを露出させたその感覚は鉄壁の理性と同時に肉食獣のような怜悧さを併せ持つ。

 

「……あれが、万華鏡……ジオ・クランスコール……ですか。最強のミラーヘッド使い……」

 

 思わず口に出した部下に、ジオが目線を振り向ける。

 

 機械のマスクが稼働し、目線と思しき場所に配されたアイカメラセンサーがこちらを捉える。

 

 唾を飲み下した艦長は無重力の階段を蹴ってこちらへと浮遊してきたジオにたじろいでいた。

 

「……な、何を……」

 

「失礼。自分はアルチーナ級を護れとのお達しを受けております。艦長含め、艦内の人間は無事ですか」

 

 抑揚のない、感情なんてものは全て排したとでも言うような冷たい声音である。

 

「ぶ、無事……ではない者も居る。貴官が来る前に戦死した者も」

 

「残念です」

 

 本当に、言葉の表層でもそうは思っていないような論調である。

 

 ジオはよくよく観察すれば仮面の下から銀髪を伸ばしている。

 

 人間らしい部位が垣間見えるのは口元とその程度で、赤いパイロットスーツと無骨なマスクはどこまでも非情に映っていた。

 

「して、艦長殿。護衛対象とすぐにでも合流を頼みます。自分はこのまま別命あるまで戦闘待機、有事の際には出撃いたします。この艦の方々には迷惑をかけません。《ラクリモサ》もメンテナンスは結構。複雑な機体ですので、出来れば触らないように」

 

「あ、ああ、承服したとも……」

 

 取り付く島もないとはまさにこの事で、ジオはそのまま待機室まで行ってしまう。

 

「……何か、嫌な人って言うほどでもないような……まるで雑味のない人間ですね……」

 

 部下の評もさもありなん。

 

「……ああ。思った以上という事か。万華鏡、ジオ・クランスコール。伝説の男は、尾ひれでも何でもなく……」

 

「真実なんですかね。あれで先のダレトでの戦い……“夏への扉事変”で撃墜数が四十を超えたって言うのは」

 

「いや、それよりも聖獣たるMF相手に激戦をかましたって言うのも……」

 

 どれもこれも、噂話の域を出ない話のはずであったが、実際に本人と会ってみると、噂とも言えないのだろうか、と思えてくる。

 

「……いずれにしたところで我々の仕事は木星帰りと会う事だ」

 

 部下の興味を打ち切って艦長は木星探査船へと乗り込む。

 

 交互に行き交う人々を横目で見やりつつ、船の中は案外に静かで先ほどまでの戦闘の喧騒とは無縁のようであった。

 

 その静寂の只中で――果たして一人の男は座り込んで本のページを捲っていた。

 

 今どき珍しい、紙製の本である。

 

 古典文学の一つであり、艦長には覚えのあるタイトルであった。

 

「失礼。貴君が、我々の護衛対象か」

 

 尋ねたこちらに対し、相手は顔を上げ、それから全員を認めた後に、ようやく立ち上がる。

 

「……感謝します。先の戦闘で道を塞がれてしまってどうしようもなかった」

 

「木星探査船には武装も施されていたはずだが……」

 

「最低限度です。ミラーヘッドの軍隊とやれるほどじゃない」

 

 ちら、とその手にある本のタイトルを読み取る。

 

「……随分と年季の入った本だな」

 

「本はいい。心を癒してくれる。宇宙の絶対の常闇の中に、光さえも見出してくれるのです」

 

 相手は本のページを捲りながら、そう感想を結ぶ。

 

「……木星帰りの……」

 

「別の渾名もあります。宇宙飛行士、とも。名乗り遅れました。木星船団、師団長、ザライアン・リーブス。今次木星探査においてその任を帯びています」

 

 ザライアンと名乗った男性は蓬髪を後ろで結っており、瞳は赤い。

 

「リーブス殿。我々はあなたの護衛と、そして身の安全を保障します」

 

「それは感嘆の極み。……ですが先のように思わぬ伏兵が混じっている場合もあります。慎重に行きたい。せめて、地球圏までは」

 

「アルチーナはミラーヘッド搭載艦です。地球圏まではミラーヘッドの加速ですぐですよ」

 

「……そうか。そこまでもう、ミラーヘッドは浸透したのか……」

 

 どこか感じ入るかのように呟いたザライアンはこちらへと挙手敬礼する。

 

「こちらとしても助かります。なにせ、木星帰りとおだてられていても、対抗手段は持ち合わせていないのですから」

 

「今次期間の収穫は? 何かありましたか?」

 

「そうですね……。ミラーヘッドに有用な物質であるミラーヘッドジェル。それと同質か、あるいはそれ以上の資源探査を目的としていたのですが……空振りでした。半年間で得たのは木星はまだ人知の及ばぬ範囲であるという事だけ」

 

「しかしそれは、幾度となく木星探査に打って出た人間としては弱音ではないですか?」

 

「……それも手厳しい。ですが事実なのです。木星はまだ、人類が届いていい範囲じゃない」

 

「本艦であなたの身柄は保証しましょう。アルチーナ級は簡単には沈みません」

 

「それは先ほどのMSも影響しているので? 赤い……あれは」

 

「ジオ・クランスコール。最強と謳われるミラーヘッド使いです」

 

「最強の。それは心強い。何せ、僕は弱いですから。一個でも確定事項があれば、安心材料になり得ます」

 

 ザライアンは別段、特に卑下したわけでもなく自身の事を弱いと定義した。

 

 それは間違いだと指摘する人間も居ない。

 

 彼の容貌を改めて見やる。

 

 決して偉丈夫とは言えない肉体、こけた頬に、どこか憔悴したような眼差し。

 

 どれもこれも、一流の戦士とは言い難い。

 

「失礼を。少し休みたいので」

 

 ヘルメットの気密を確かめてから、ザライアンは自室へと戻っていく。

 

「……ですがあれでも本物の宇宙の戦士だって言うんですから、人間分かりませんよね」

 

 充分にその背中が離れてから部下がぼやく。

 

「ああ……案外本物の強者とは、強者だという事を悟らせないことなのかもしれないな」

 

 だが、と艦長は意味ありげに呟いていた。

 

「……ザライアン・リーブスを出迎えるはずが、軍警察の邪魔立てだと? ……何か作用しているとしか思えない。こちらでも出来るだけ内偵は進めておく」

 

「しかし、ここはもう木星圏。正直、地球に戻った時にログが残っているかどうかも怪しいですよ」

 

「木星探査船をアルチーナで牽引。このまま二十四時間以内にミラーヘッドで加速。地球圏へと帰投ルートに入ります。しかし、リーブス殿はまだしも、ジオ・クランスコールは……」

 

「彼には彼の好きにさせろ。命を拾われた身だ。余計な勘繰りはきっと、嫌われるだけだろうからな」

 

 艦長は遥か先に望む木星を凝視する。

 

「……広いな、宇宙の外海は」

 

 

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