情報はいつだって一拍遅れてやってくる。
クラードはそう感じつつも《レヴォル》のコックピットでコミュニケートモードのままその伝令を聞いていた。
『クラード。本社からの査察用のシャトルに、何者かが取り付いたとの報告があった。その後、シグナルを探ったが応答はなし』
「テロ組織か?」
問いかけにサルトルは頭を振る。
『まだ分からん……。だが用心しておけ』
「シャトルに乗り合わせたのは本社組だけか?」
『……ベアトリーチェへの補給のために営業職のタジマが乗っていた。補給路を断つために軍警察が仕掛けた可能性もあるが……そうだとすれば相手の動きはこれまでとまるで違う』
「トライアウトの線は捨てたほうがいいか」
『だからって、これまでとやる事自体は変わらないんだ。明日でコロニー、シュルツへの入港も解かれる。出港すれば、次はまた別のコロニーに行くまでは補給もなし。……まったく、厄介な旅路だよ』
嘆息をついたサルトルにクラードは応じる。
「件のシャトルはどうなった? ルートくらいは辿れたんだろ」
『……どうにも、な。不明瞭なのはそれも、だ。何者かが取り付き、指揮系統を奪ったのは間違いないんだが……そこからの足跡は不明。どこか別のコロニーに入港した可能性もある』
「……《レヴォル》の改修案は先延ばしか」
『そう言うなよ。元々シュルツに居たエンデュランス・フラクタルの社員から《オムニブス》を一機と補修用のパーツをいくつか貰っている』
「何だ。本社だってその一個のルートを当てにしていないんじゃないか」
『敵を欺くにはまず味方からってな。シュルツに入港すれば確実に補給路を受けられる余裕があった。まぁそこに査察だの何だのを持ち込みたい本社組の思惑もあったようだが、この感じじゃ時間もありそうにない。次のコロニーまで持ち越しだな』
「それ、時間のない事の言い訳だよ。まぁ、下手に勘繰られるよりかはマシだけれどね」
『そうは言うが、タジマの乗っていたシャトルが行方不明ってのは結構デカいんだぞ? ……何者かの犯行声明も出ていない。エンデュランス・フラクタルへの計画的なテロと言う線も薄れてはいる』
「結局、さ。俺達の当面の敵は軍警察ってわけだ。分かりやすくっていい」
『……クラード。お前、《レヴォル》がログの残らない相手に取られた事、根に持ってるだろ』
「そんなちっぽけなつもりはないけれど」
各種インジケータを確認しつつ、クラードは流れてくる情報をさばいていく。
『いーや! 根に持っているね、お前は。……そういう時に頼りになるのが委任担当官なんじゃないのか? あれでカトリナ女史だって仕事なんだ。与えてやらなければそれは意味ないぞ』
「うるさいな……別にいいだろう。俺だけでも持て余しているんだ。二人分持て余したって似たようなもんさ」
『それもそうなんだがなぁ。……正直、カトリナ女史とお前との関係は見ていてちと危うい。もうちょっと相手に心を開いてだなぁ』
「何で。エージェントに心を開くだの何だのは要らないだろ」
『……まぁそれも正論か。お前さん、この数日間で色々あっただろ? だがなぁ、お前。アルベルトの奴の事もちぃとは考えてやれよ』
「何で俺がアルベルトの事まで抱え込まなくっちゃいけない。他人は所詮、他人だ」
『そうかい。おれには、そうは思えないんだがなぁ。……あの期待の新人だってそうだ。何でもかんでも背負い込むのは仕事が出来るって意味じゃないって言うのに。オジサンは心配になっちまうよ。お前やあの子を見ているとな』
「それが分かるようになるまでは時間がかかるって事でしょ」
『……それはお前もだよ、クラード。……フロイト艦長は休暇くらいなら一日でもいい、出すって言ってるはずだが』
「要らないよ。レミアは俺を気にし過ぎだ」
『旧知の仲としての忠告だろ? そういうのはしっかりと受け取っておけよ。お前だって、別に鋼鉄のエージェントってわけでもないんだ。休みはしっかり取ってもらわないと、艦長の頭痛薬の量が増えるだけだぞ』
そこでクラードは作業の手を止める。
「……それは困るな」
『だろう? 観ていても気持ちのいいもんでもない。カトリナ女史とお前がちょっとばかし休暇を取るくらい、なんて事はないはずだ』
「……俺に休んでいるような時間があるとは思えない。さっきのシャトルの話を聞けば余計にそうだ」
『だからだよ、クラード。次の入港地まで時間がかかる。月航路まですぐに到達ってわけにもいかないんだ。お前はこの艦の主戦力、休んでもらわないと俺達だって気が気じゃない』
「……サルトルがそう言うんなら、命令として受け取っておくよ」
『……ぶきっちょだなぁ、お前も』
「言われたかないね、そっちにだけは。……《レヴォル》、コミュニケートモードを二十秒後に終了。ヒアリングはそれなりになっただろう?」
『“ああ、有意義であったと感じる。しかし、ログだけはどれだけ探っても存在しないのに、乗られたという記録は残っているのは居心地が悪いものだ”』
「俺も気味が悪い。だが、それでも俺は確かに見た。お前に乗るメイア・メイリスとか言うのを。……正直、据わりは悪いままだが、それでも事実は事実。後の処理は任せる、サルトル」
コックピットハッチを開けて浮き上がると、サルトルはメンテナンスブロックへと端末を繋いだままで応じる。
「期待の新人とちょっとばかし休暇を楽しんでおけよ。お前はそうでなくっとも働き詰めなんだ。少しくらいは休む事も戦士の義務だ」
上からかけられる言葉を受けつつ、クラードは潜った先の扉で出くわしたファムに抱き着かれる。
「……クラード! ……こわいのがきたの?」
「いいや、何も。って言うか、何だその恰好」
「あのモコモコをずっと着ておくわけにもいかないからね。あたしが選んだ特注。シュルツは資源だけはあるから、経費で買い放題ってね」
ファムが着込んでいるのは白地のボーダー服だ。バーミットはファムの首根っこを掴んでそのまま持ち上げる。
「バーミット、ちからがつよいから、さからえない」
「誰が剛腕よ!」
「そこまではいってない」
「はぁー……この子、色々と言葉を覚えるのはいいんだけれど余計な事まで覚えちゃって。まぁカワイイから許せるんだけれどね」
「許すのか。あんたもファムを着せ替え人形にしている暇があれば仕事をすればいいんだろうに」
「どこかの誰かさんと違ってあたしはワーカーホリックじゃないのよ。それに、あたしは今日は非番だし。ベアトリーチェも出港まで英気を養っておけってさ。艦長命令よ」
「そうか。……レミアも気を遣う」
「聞こえているわよ、クラード。……ただまぁ、艦長の気苦労が絶えないのは事実でしょうけれど。あんた、アルベルト君の《マギア》ぶっ壊したんだって?」
「情報がねじ曲がって伝わっているな。俺が倒したのは敵の《エクエス》だ」
「でも、その過程でアルベルト君の《マギアハーモニクス》の頭を壊したんでしょ? 謝っておきなさい」
「……その必要性を感じない」
返答すると、バーミットはこれだからと額を押さえる。
「何だ、バーミット。あんたが俺にどうこう言う権利はないはずだ」
「なくってもあるのよ」
「意味が分からないな」
「馬鹿、心配しているんだって悟りなさいな。第一、《レヴォル》での継続戦闘も多過ぎ。ハイデガー少尉や、ガイ何とかの他の子達をもっと頼ればいいのに」
「……サルトルと似たような事を言う」
「あら、それは意外。でもみんな思い始めているって事よ、それくらいね。あんたは動き過ぎ。時間は確かに有限だけれど、有限の中で休む事を覚えるのも人間なのよ。そうじゃないと効率も悪くなるからね」
「俺は休みなんて必要ないと思っているが。《レヴォル》と交信していたほうが有益だ」
その額へとバーミットがデコピンを放つ。
クラードはじとっと睨み返していた。
「……何だ、バーミット」
「あんたねぇ……凄めばみんな退いてくれるかと思ったら大間違いなんだかんね。あたしには通用しないし、あんたはそうじゃなくっても力ばっかで危なっかしいったらないんだから。人間、バランスが重要なのよ」
「……あんたに言われる筋合いはないはずだ」
「あんたの事を少しは知っているから言っているのよ。知らない誰かの言葉じゃないだけマシに思いなさい」
クラードはファムへと視線を移す。彼女は相好を崩していた。
「ミュイぃー、クラード、やすむ! ファム、バーミットからはなれたい!」
「駄ぁー目。あんたにはまだ試してない服がたくさんあるんだから。あたしの部屋で撮影会よ」
「ミュイぃぃ……ファム、やすみたい」
「馬鹿仰い。年中お休みのくせに」
「バーミット、おに。あくま。ひとでなし」
「……どぉーこで覚えちゃうのかしらね。まぁいいわ。あんたも人並みになっているって言う証拠だろうし。……クラード。あんたよりもファムのほうがよっぽど人並みかもね」
「それでいいだろう。俺は、人並みになんてならなくっていい」
「……カワイくないわね、相変わらず。鼻持ちならないクソガキのままってワケ。あんたらしいっちゃらしいけれどね」
「ミュイぃ……クラードぉー……」
「はいはい、ファムはこっち。もう明日には出港しちゃうんだから、出来る事はやっておかないとね」
部屋へと戻っていくバーミットとファムを見送ってから、クラードはヴィルヘルムの許可を得ようとして、医務室から出てきたアルベルトと遭遇していた。
「……クラード……」
「アルベルトか。ああ、ヴィルヘルムの診察か」
納得してその脇を通り抜けようとして、アルベルトは自分の肩を掴んでじっとこちらを見据える。
拳の一つでも来るか、と力を抜いていたクラードは直後にアルベルトが頭を下げた事で当惑していた。
「すまなかった! オレ、自分の事ばっかで、お前の事……! 何も考えられていなかった! ここに謝らせてくれ!」
毒気を抜かれるとはまさにこの事で、クラードはアルベルトの事だからまたしても有意義ではない問答が始まるのだと想定していた。
ある意味ではその想定を崩された形だ。
「……何言ってんの。アルベルトが悪いわけじゃないでしょ」
「いいや! オレも頭に血が回っていた! 《レヴォル》に乗った状態のお前に……歯ぁ食いしばれなんて勝手な事……! お前はもう、とっくにこの艦とオレ達のために何度も歯を食いしばるなんてもんじゃねぇ苦痛を背負っているはずなのに……」
「……憐みなら要らないよ。俺は俺の職務を全うするだけだ。そのために、アルベルトが……邪魔者は潰していくだけの話。俺は俺の敵を撃つ」
「……それは、たとえオレでも、か……?」
――ああ。俺は俺が定義した敵を排除するだけだ。
即答する。迷いなどない。
そのはずであった。
「……どうだろうな」
だが口から出たのは想定外の言葉で、自分自身で今の言葉の是非を問う。
「……何だ今の……。俺が言ったのか?」
「クラード? ……やっぱお前、疲れてんだよ。休んだほうがいいぜ。《レヴォル》に何時間も乗っている。常人の精神力じゃねぇ」
「……何で皆が皆、似たような事を言うんだよ……」
「クラード? お前何を……」
「何でもない。ヴィルヘルムのカルテが欲しくって来たんだ。アルベルトは下がっていろ」
そこから先は平常時のエージェントとしての言葉を振り向ける。
アルベルトは立ち去り間際、一言だけ言い置いていた。
「……でもよ。オレらが感謝してるのは本当なんだ。お前に何度も……助けられてきたんだからな」
アルベルトが医務室から離れたのを見送ってから、クラードはヴィルヘルムと向かい合う。
「……随分と話し込んでいるから、タイミングを逃してしまった」
「俺が問答するのがそんなに可笑しいか? ヴィルヘルム」
舌鋒鋭く返したつもりであったが、彼は微笑みを湛えている。
「ああ、少し……意外だったかもしれない。前までなら、お前には関係がない、の一言だったはずだ。わたしの知っているエージェント、クラードはね」
「……そう言おうと思った。だが実際に出たのは違う言葉だった。サルトルの言う通り、働き過ぎで想定とは違うようになってしまっているのかもしれない。エージェントとしてのバグだ。すぐに是正しなければいけない」
「それはお前の言うような小難しい理屈では、わたしはないとは思うがね」
「だが実際にそうだ。俺は俺の思っている以上に、疲弊しているのかもしれない。……本来なら休暇なんてものは必要ないと、お前の診断を取りに来たつもりだったが、逆効果になりそうだな」
「ああ。船医として休暇を進言する。期待の新人と一緒にコロニー、シュルツでの一日休暇だ」
「……俺だけでいい」
「いいや、これは艦長命令でね。フロイト艦長なりの意趣返しのつもりかもしれない」
「レミアはそんなつまらない事をしないよ」
「果たしてそうかな。まぁどっちにしたところで、わたしの診断ではお前は休むべきだ。前回の戦闘でのダメージフィードバックと、リミッター解除状態の《レヴォル》での戦闘データには目を通しておいた。目に見えて異常がなくっても、体内には疲労が蓄積する。そういう風に人間は出来ているんだ」
「俺はライドマトリクサーだ。人間とは違う」
「その理論で通されるとわたしも困る。今は素直に休んで欲しい」
「それは飲んでもいいが、あいつと一緒って言うのが意味が分からない」
「気遣い、かな。お前にはそういったものを学んでもらおう」
「だったら余計に不要だろう。あいつは俺の神経を逆撫でするだけだ」
「……それも含めて、かな。恐らくは」
ヴィルヘルムは背中を向け、それ以上は語る口を持たないとでも言うように応じる。
「一日休めの命令も聞けなければ《レヴォル》の専属から外さざるを得なくなる」
「……悔しいが、あんたとサルトルが結託すれば出来てしまう。なら、俺は休むべきなのだろうな」
踵を返しかけてヴィルヘルムに呼び止められる。
「そうそう。男女がこうやって一緒に休暇の日取りを過ごす事を、世間ではデートと言うらしい。興味は?」
「ないね」
断言して医務室を後にしていた。