機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第5話「それぞれの夜に」

 材料はそこいらで拾ってきた劣悪な油で、ドラム缶へと次々に放り込んで火をおこす。

 

 燃え盛る炎を囲んで今日の祝宴が始まっていた。

 

 その中心に居るのは、つい数時間前に保護した少女であった。

 

「ファムお嬢ちゃん! こっちにも笑顔くれー! 俺達の天使!」

 

 その言葉にファムと名乗った少女は物怖じせずに凱空龍の荒れくれ者達へと純度百パーセントの笑顔を振り撒く。

 

 銀髪が火の粉と夜風になびき、きらきらと星屑のように輝いていた。

 

「ミュイ……ファム、みんなすきー!」

 

 勝手に盛り上がる面子を他所に、少し離れた場所からクラードは遠巻きに眺める。

 

 ファムは意味が分かっているのかいないのか、よろよろと危うい人形のように踊り、凱空龍の者達へと手を振る。

 

 その視線が不意に自分とかち合い、手を振られたので振り返していた。

 

「……クラード。あの子、何者なんだ?」

 

 問いかけて来たアルベルトに、クラードは寝そべって頭を振る。

 

「さぁ。見当もつかないな」

 

「だが、運び屋連中の仕業なんだろ? パッケージだとかシグナルだとか……穏やかじゃねぇはずだ」

 

「俺は知らないよ。相手が突っかかって来たから追い返した。それだけだ。この世の中は衝突と湾曲で出来ている」

 

「……それも誰の言葉だ?」

 

「引用不明」

 

「……そういうところなのかもな。あの子の付けていたヘッドセット、どうやら収納式の最新型らしい。耳んところにピアスがあってな。そこへと仕舞える。量子化機能まで備え付けってのは、ダレトの技術だな。どこかの国のお嬢様か……」

 

「あるいは、奴隷なのかもしれない」

 

「奴隷ぃ? ……だとすれば余計にオレらの手に余るぞ」

 

「服からもミラーヘッドの蒼に近い残滓があったんだよ。つまり、特別製みたいだ」

 

「……それを見つけて、飛び出した誰かさんの見立てだって言うんなら、間違いはないんだろうぜ」

 

 アルベルトは青髪のリーゼントを整えながら火の粉の舞い散る祝宴を自分の隣で見やる。

 

「……ど真ん中に行けばいいのに」

 

「知ってんだろ? オレは下戸なんだよ」

 

 応じて来たアルベルトに、そうだった、とクラードは返す。

 

「俺も飲めないから分かんないや。酒も大人になったらの嗜みかなぁ」

 

「……クラード。今回の敵はだいぶデカかった。支給品もジャンクもかなり使える部分が多い。凱空龍はこの半年で力を付けたが、マジにテッペンを狙えるかもしれない」

 

「狙わないとか嘘でしょ」

 

「……まぁそうでもあるんだが、オレはお前が功労者だと思っている。お前が居なきゃ、オレらは燻ぶるばっかだっただろうさ。だから、少しの身勝手くらいは許すって言ってんだ。あの子……何者なのかは分からないが、ちょっとの間ならうちで面倒を看れる」

 

「そうかな。戦場に女子供なんて邪魔だよ」

 

「お前はクールだよな、クラード。……だが、間違いじゃねぇのもまた事実。このデザイアはFランクコロニーだ。いつ、軍警察の統制が入ってもおかしくはない。その時、足手纏いは少ないほうがいい」

 

「アルベルトはどう考えてるのさ。……昼間の連中、尋問したんだろ」

 

「資金源だとかは喋らねぇ。それが不気味なくらいの沈黙さ。ともすれば、トライアウトと繋がってるのかもな」

 

「行政連邦の走狗か。穏やかじゃないよ」

 

「ああ、穏やかじゃねぇ。だからこそ、クラード。お前には引き続き、前衛を頼みたい。辛い目にばっかり遭わせるが……」

 

「いいよ、辛い目には慣れてるから、さ……」

 

 そう返して、クラードは首から下げたドッグタグをいじくっていた。

 

 弾丸がめり込み、名前の部分はすり切れている。

 

「……そのドッグタグ、ずっと持ってんだな」

 

「これは俺を示す指標みたいなものだから。だからずっと持ってる」

 

「……名前が読み取れなくってもか?」

 

「だからいいんじゃないか」

 

 その返答の意味まではアルベルトには分からなかったのか、言葉はなかった。

 

 祝祭の中心で、ファムが笑顔を咲かせて踊る。

 

「……オレらに残された時間は、あるようで全然ないのかもしれねぇ。クラード、オレは――」

 

 そこでアルベルトの端末が不意に着信する。

 

 クラードは顎でしゃくっていた。

 

 アルベルトは人目を憚って歩み出していく。

 

 その背中を眺めつつ、クラードは呟いていた。

 

「……どこに行ったって、何をしていたって……幸せなんてどこにもない。幸福を甘受する人間は、決まって割を食う人間とは不釣り合いなんだ。だから世の中が成り立っている。なら、俺は幸せなんて要らない……」

 

「取り繕い」を外した仮面の下の言葉――またしても不意に「裏返りそう」になってしまう。

 

 それを抑えるように、腕に刻まれたモールドに視線を落とす。

 

 この呪縛のような紋様もその一つ。

 

 凱空龍のメンバーがファムの拙い踊りを褒め称える。

 

「ファムは俺達の下にやってきた天使だよ!」

 

 その言葉には、クラードは苦笑していた。

 

「……どうかな。そいつは不幸の象徴だって、言われたけれどさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人目がない事を確認してから、アルベルトは秘匿通信を繋いでいた。

 

『アルベルト……まだ暴走族の真似事なんてやっているのか?』

 

 第一声がその相手なのは決まっている。

 

「……兄貴。もうオレの事は諦めてくれよ。仲間が居るんだ。家には帰れない」

 

『そうはいかないだろ。お前は家を継ぐ身分なんだ。リヴェンシュタイン家を絶やしちゃいけないのは分かるだろ』

 

「……オレはもう、リヴェンシュタインの人間だとは思われていないと、そう考えていたけれど」

 

『アルベルト。よく考えろ。リヴェンシュタイン家は連邦国家において中核を成す立派な家系だ。その次男に生まれたんだから品性はあるはずだろう? だって言うのに、生まれも何も分からないアウトロー共に囲まれて、お前の品格が落ちないかわたしは心配しているんだ。お前の素質を一番に知っているつもりだよ。父さんだって分かってくれてる』

 

「……兄貴も……親父も変わんないな。オレにそんな資格はないんだよ。凱空龍の面子を裏切る事なんて出来ない。いくらデザイアが最低の場所だって、みんな生きてるんだ。なら……!」

 

『その事なんだがな。行政連邦の施策でFランクコロニーへの統制が明日にも入る予定だ。軍警察――トライアウトだよ』

 

 思わぬ言葉にアルベルトは語気を荒らげる。

 

「何言って……! そんなの聞いてないぞ!」

 

『言うわけないだろう。事前に知られちゃまずいって言うんで、極秘作戦だ。虐殺だよ。悪い事は言わない。今夜中にでもデザイアを去れ。わたしの口利きがあれば、お前に手出しはさせない。デザイアは終わりだ。陥落させるつもりで連中はやってくるぞ。トライアウトのやり方はよく知っている。生存者は限りなくゼロだ』

 

 アルベルトはめまいを覚えつつ、後ずさっていた。

 

「……でも、裏切れない……」

 

『アルベルト。お前は不良を気取ってはいるが、中身は昔と変わっちゃいない。冷静に、合理的に判断すれば分かるはずだ。その掃き溜めみたいな場所に居る連中と自分の命。天秤にかけるまでもないだろう?』

 

 悔しいが、アルベルトは言い返せなかった。

 

 どこかで自分も分けているのかもしれない。死んでいい命と死んではいけない命を。だから、真っ当にも言い返せず、ただ拳を固く握り締める。

 

「……オレは逃げない。逃げられない」

 

『トライアウトに分別はない。あいつらは行政連邦の走狗だ。やれと言われたらやる。作戦実行までの残り概算時間は、もう二十四時間もない。だから言ってるんだ。お前は生きろ。他は死ぬ。それで縁は切れるじゃないか』

 

 冷徹な兄の言い分にアルベルトは奥歯を噛み締めて、抗弁を発しようとして出来なかった。

 

 何も間違っていないのだと、どこかで達観していたせいだろう。

 

「……それでも人死にを見過ごせない」

 

『その話なんだがな。どうやらトライアウトが急いているのは、Fランクコロニーの統制目的だけではないらしい。何でも落し物の回収を慌てているのだと聞く。それがどれほどの落し物なのかは、詳細が得られなかったが』

 

 落し物、と聞いて真っ先にファムが思い浮かぶ。

 

 クラードはならず者達を退けたと言っていたが、もしそれが行政連邦の息のかかった敵であったのなら、既に戦端は開かれているのだ。

 

 喧嘩を売ったのがこちらなら、流儀も何もない。

 

 相手は仕返しをしてくるだけ。

 

「……何とかならないのか。兄貴……」

 

『どうにもならないから連絡している。明朝九時付けで仕掛けられる。お前は逃げろ。それだけだ。断っておくが、トライアウトの連中と戦おうなんて思うなよ。リヴェンシュタイン家に泥を塗る事になる。何よりも、だ。正式にミラーヘッドオーダーを通した相手の第四種殲滅戦はゴロツキの使うミラーヘッドとは格が違うぞ。一瞬で連中は殺し尽くす。連れごと逃げ場を模索しようなんて思うな。お前を逃がすので精一杯だ』

 

 分かっている。兄は便宜を図ってくれているのだと。

 

 自分だけでも生き残る道――だがそれは、クラード達を、仲間達を見捨てる道。

 

「……答えなんて簡単に出せない」

 

『お前は賢い。答えなんてとっくに分かっているだろう? 父さんも今までの事は不問に付すって言ってくれている。連邦軍人としてでもいい。何ならポストは空けてある。いつでも帰って来い』

 

 通話が切られかけて、アルベルトは声を張っていた。

 

「兄貴……! 本当に、それ以外にないのか? もう、オレに出来る事は、何一つ……」

 

『ない。死んで欲しくないんだ。賢明な弟の判断を期待している』

 

 その言葉を潮にして、通信は拭えない断絶のように切られていた。

 

 アルベルトは端末をぎゅっと握り締める。

 

「……オレに、仲間の生き死にまで決めろって言うのか……。そんな傲慢な事、出来るわけが……」

 

 だがやらなければ人が死ぬ。

 

 当然の事だが、今の自分にはそれが決められそうにはなかった。

 

 

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