「バーミット、いやー! おふろいやー!」
「馬鹿仰い! こんの! 素っ裸で外出歩かないの!」
バーミットが軽いシャツをつっかけた形で飛び出したファムの首根っこを引っ掴んでいる。
その様子に偶然行き会ったアルベルトは当惑そのもので硬直していた。
――が、何よりもファムが何も着ていない状態であったので思わず視線を回れ右してしまう。
「み、見てませんよ。何も見てません」
「あら? アルベルト君。なに、結構紳士じゃない。ファムー、アルベルト君がジェントルでよかったわねぇ。あんた、その様子じゃ誰に襲われたって仕方ないんだからね」
「ミュイぃぃ……バーミット、おに、あくま。えんがちょ」
「……まったく、見てくれだけはカワイイのにどこで変な言葉を……。ああ、アルベルト君、別にいいわよ、こっちに振り向いても」
「い、いえっ……そういうわけにはいきませんので」
「なにー、案外純って聞いていたのは嘘じゃなかったんだ? ……別にあたしも今さら男に見られて困る格好ってわけでもないし、ファムはこの調子だし、いいのよー、見ても」
いけない。それは悪魔の囁きだ、とアルベルトはきつく瞼を閉じて自分を律する。
「そうはいきませんので……その……」
その時、頬へと指が指される。
バーミットはとっくにコートを羽織っており、ラフなシャツ姿は隠していた。
ファムにもバスタオルが巻かれている。
「うっそー。あなた、ラジアルの話通りだったのね。男の子って奴? カワイイわねー」
「……か、からかわないで欲しいんすけれど……」
「ま、男なんてみんな似たようなものよ。どいつもこいつも、堅物か色バカかのどっちか。アルベルト君はそういう対応だったけれど、クラードなんかは顔色一つ変えないんでしょうね」
「……クラード。そういやそうだ。オレはクラードを探して……」
「なにー? アルベルト君とクラードっていい関係だったわけ? あいつも隅に置けないわねー」
「いや、いい関係ってワケじゃ……つーか、ファムがずっと睨んでくるんすけれど……」
「あ、こーら、ファム。せっかくの真っ当な男の子なんだからガン飛ばしちゃ駄目でしょー?」
ファムの様子を垣間見る。
銀髪から滴る水に、石鹸の匂いが鼻孔をくすぐる。
「……アルベルト、えっち」
「な――っ! オレはそんなんじゃ……!」
「あー、この子艦内の色んな人間と話してようやく言葉を覚え始めたばっかりだから。気にしないでいいわよ? それに別段、おかしな事じゃないでしょう? 男の子なんだから」
「……いや、オレはそう言うんじゃ……!」
「いいからいいから! 男の言い訳は見苦しいわよ?」
バーミットが豪快にファムの頭をわしゃわしゃとタオルで擦るものだから、ファムは悲鳴を上げる。
「ミュイぃ……! バーミット、いたい! ほらふき! ひんにゅう!」
「……ほう? これはもっと痛くする必要がありそうねぇ!」
バーミットがファムを押さえつけるのを目にしながら、アルベルトは当惑の視線を振り向ける。
「あのー……ところでクラードってどこ行きました? オレ、いつもの《レヴォル》かなって思ったんですけれど、見当たらないんですよ」
「ああ、クラードなら幸せ女のカトリナちゃんと一緒に出て行ったわよ? 休暇と称した……あれはデートね」
思わぬ言葉とはこの事で、アルベルトは戸惑ってしまう。
「で、デート……?」
「あ、なにー? やっぱカトリナちゃん狙いなの? アルベルト君ってば。分かりやすいとはラジアルから聞いていたけれど、本当に純粋ねぇ。……うん、いや、クラード狙いでカトリナちゃんが邪魔って線もあるか……」
一人で勝手に納得するバーミットへとアルベルトは思わず言い返す。
「いや、何言ってるんすか! ……つーか、オレは別に、カトリナさんにもクラードにもそんなんじゃ……」
「すぐ否定するところがますます怪しい。……そういうところよ。女子にからかわれやすいところ」
指摘されてぐうの音も出ないとはまさにこの事で、アルベルトは参ってしまう。
「……この艦の女はみんなそうなんすか……」
「浮いた話の一個くらいは欲しいもんよ。ただまぁ、クラードとカトリナちゃんがどうこうなっちゃうってのは考えづらいけれどねー。でも一日中一緒に居たら、どうこうにもなっちゃうか」
「いや、なっちゃわないでしょう! そっちの常識、どうなってんですか!」
思わずツッコんでしまったアルベルトに、バーミットは訳知り顔になる。
「ふぅーん、そうはならないと言う確証でも? アルベルト君」
「……知りませんよ、オレには」
「……まぁいいや。男子からかうのももうだいぶ昔なもんでちょっと楽しんじゃうところもあるけれど。大丈夫じゃない? だってクラードよ? あの高慢ちきなカタブツクソガキが、カトリナちゃんとロマンスになると思う?」
「……思いませんけれど」
「でしょー? ……カトリナちゃんも嫌なら嫌って言えばいいのに、仕事ですからっ! で押し切っちゃうのがなぁ。あの子らしいと言えばらしいんだけれどねー」
「あの、本当にオレはカトリナさんには何もないんですから。変な噂とか立てないでくださいよ?」
「……さいですか。でも噂が立つくらいのほうが男も立つってもんじゃないの? ああ、だけど宇宙暴走族だからそういう浮いた話とか嫌いなほう?」
「いや、それは……野郎連中の中には気合の入った女も居ますし、そういうのは評価しますけれど……」
「ああ、そう言えば居たわねぇ、あんな連中の中に女の子。名前ぇー……聞いてなかったなぁ。あたしとした事が迂闊ー……。男集団の中に長年居る女の子を逃しちゃうなんて」
「いや、だから浮いた話とかないんですってば! ……つーか、オレはクラードを探してるんす。他のどうでもいい話なら、打ち切りますからね」
「ああ、待ってってば、アルベルト君。……君、思ったよか面白そうだわ。どう? あたしと結託してみない?」
「け、結託って……?」
ずいとこちらに身を寄せたバーミットにアルベルトはまごつく。
香水のにおいと女の柔肌――。
今はナチュラルメイクだが、それもほとんど素顔に近い。
こんな至近距離で女性と接した事のないアルベルトは、いやでも心臓が早鐘を打つのを感じていた。
「あたしと賭けでもしない、って話。カトリナちゃんが誰とくっつくかの賭け。どう? 興味あるでしょー?」
にこにこと笑っているが、そう言った話に乗って上手く行ったためしはこれまでの人生上ない。
「……シュミ悪いっすよ、それ」
「出た。趣味がどうとか言うの。あのねー、男と女が居るんだからそりゃー、あんた、そう言う事もあり得るでしょーが! その辺分かってないお子ちゃまってワケじゃないでしょ?」
「……そりゃあ、オレだって言いたい事の一個や二個はありますが……どっちにしたってそれって下種の勘繰りってもんじゃ……」
「ふーん、難しい言葉も知ってるんだ。アルベルト君、ラジアルが話していた通りみたいねー。何だか知的な感じがするっての。あながち見当外れの評価でもなかったわけか」
「……ラジアルさん、オレの事言っていたんですか」
「なに? 興味ある? ……何ならー、今ならお安くしておくわよ?」
「……ゼニちらつかせないでくださいよ、行儀悪ぃ……。大体、オレはそんなもん、別に知りたくも何ともないんで……」
「それも嘘ね。まぁ、他所様の評判をどうこうだとかは合わないでしょ。宇宙暴走族なんだからさ」
「それもそうっすけれど……つかオレの事はどうだっていいんすよ。クラードの事で――」
「――俺がどうかしたのか?」
心臓が飛び出しそうになるとはこの事で、アルベルトは急な声に身を強張らせる。
「クラード……? どこ行って……」
「あれ? アルベルトさん。それにバーミット先輩も……。えっと、それにファムちゃんも……?」
どうしてなのだか、クラードと共に帰って来たのはカトリナで、アルベルトは一歩後ずさる。
「お、おいおい、あんたら、何をして……」
「レミアの頼みだよ。休暇を一日だけ取れって。だから俺は休みたくもないのに休んだってわけだ」
「……でもよ、カトリナさんと一緒に……」
「わ、私! 委任担当官ですのでっ! それにクラードさん、いざ休むとなればきっちり休むんですね、意外です」
「何が意外だよ。俺はレミアの命令なら聞くって言っているだろ」
何やら親密そうな空気にアルベルトはバーミットの声を聞いていた。
「あら。一緒だったのね、カトリナちゃん」
「カトリナ、クラード、でーと!」
純粋そのもののファムの言葉にアルベルトは凍りついたが、カトリナもクラードも何とも思っていないようであった。
「……いや、違う」
「そうですね、違います。単に普通に、休暇を満喫しただけで」
「……あら、幸せ女のカトリナちゃんにしては大人びた対応で」
何だかそこで慌てて欲しかったと言うのはある。
「……って、ファムちゃん、ほとんど裸じゃないですか! 何やらせているんですか、先輩!」
「ファムが勝手に出てきちゃったのよ。あたしはそれを追って廊下まで出てきたら」
「ミュイ! クラード! アルベルトがじっとみてくるー」
「馬鹿! 誤解を生むだろうが!」
ファムに悪気は一ミリもないのだろうがそれが始末に負えない。
クラードは特に気に留めたようでもないが、カトリナのほうが問題だ、と思っていると、カトリナも薄い反応であった。
「えっと……アルベルトさんは……ファムちゃんみたいなのがお好きなんですかね……」
「そうじゃないの。俺は知らないよ」
「ち、違う! ……いや、違うってのも変だが……」
しどろもどろになるアルベルトに、バーミットは肩に手を置く。
「諦めなさい、アルベルト君。ロリコンは特別な罪には問われないから」
「いや! あんた何言って……!」
カトリナはその言葉で僅かに引いたようであった。
「えっ……ロリコンなんですか……アルベルトさん」
「それは知らなかったな」
「いや! クラードまで何言ってんだ! オレはロリコンじゃねぇっての!」
「あら? じゃあこのカワイイのに全く魅力がないって言うの?」
「ミュイぃ……! ……ファム、みりょくない……?」
こういう時の潤んだ上目遣いはどこで覚えて来るんだ、と思いつつアルベルトが頭を抱えていると、バーミットがあっけらかんと笑っていた。
「ジョーダンよ、ジョーダン! アルベルト君ってば、何でもかんでも真面目だから可笑し過ぎー!」
「……いや、冗談でも性質悪いでしょ……。つか、クラードも乗ってるんじゃねぇよ!」
「そいつは悪い。……アルベルトが楽しそうだったからな」
クラードの口から出た言葉とは思えず、アルベルトはきょとんとしてしまう。それは他の二名に関しても同じだったようで、面食らったようにバーミットはクラードを指差す。
「……クラード、変なものでも食べた?」
「何でそうなる。俺は普通だ」
「いえ、でも何だか……これまで冗談なんて一回も言った事、なかったですから」
「そうよ、そうよ。あんたって冗談言えたんだ? ……ちょっと意外かも」
「何だ、寄ってたかって。俺は別に可笑しな事を言ったつもりはない」
「……でもよ、クラード。お前凱空龍に居た頃だって冗談なんて口が裂けても言わなかったじゃねぇか」
「……余計な事を言った。後悔している」
クラードが踵を返す前に、その背中へとカトリナが呼び止めていた。
「あっ、でもたまには! クラードさんも冗談言ったほうがその……いいと思いますよ!」
「そうよ! あんたってばただでさえお堅いクソガキなんだからさ。ちょっとくらいはジョークも飛ばしなさいよ」
「……俺は冗談なんて言わないし、助長な言葉も吐かない。そういう人間だ」
「……もう。調子には乗らないのよねー、こいつ」
「……って言うかバーミット先輩もまともなの着たほうがいいですよ。ほとんど突っかけただけじゃないですか」
「あっ、確かにこのままじゃ風邪引いちゃうわ。ファムー、もう一っ風呂浴びて来るわよー。もう半日もないんだからねー」
「ミュイぃぃ……バーミット、あきらめわるい」
ファムの首根っこを引っ掴んで部屋へと戻っていくバーミットを見送っていると、不意にカトリナと目が合っていた。
「……何だか毒気を抜かれた気分ですよね。クラードさん、冗談とか言えるんだ」
当のクラードはもう遠くへと折れており、よほど関心がなかったと見える。
「……です、ね。オレらと一緒に居た頃も、冗談なんて言わなかったのって、やっぱしその……エージェントの仕事だったからなんですかね」
「今は少しでも……、だって一日休暇ですから。ちょっと肩の力を抜いてくれているんだと思いますね」
「そうだとすりゃいいんですが……。カトリナさん、何か買い物でも行っていたんですか?」
「ああ、これ……。何だかちょっと不思議で。休むって命令されなければ私も休んでいなかったかもしれません。それもこれも、何だかクラードさんに引っ張られてばっかりで」
「あいつの事です。勘弁してやってください」
「……何でアルベルトさんが謝るんです? そこまでクラードさんの事、責任負わなくったっていいのに」
「ああ、いや……それもそうなんすけれど……。何でかな、半年一緒に居た未練みたいなの、オレはまだ引きずっているのかもしれません」
どれもこれも女々しいものだ、と後悔するアルベルトに、カトリナはふふっ、と微笑む。
「……何ですか」
「いえっ、何ていうのかな。アルベルトさんがそういう感じだから、クラードさん、今の一瞬でも冗談が言えたのかなって、ちょっと思ったんです」
「オレがこんなだから……?」
「あっ、悪い意味じゃないんですよ? ……ただ、クラードさん、今日も一日、ずっと張り詰めた調子からそうじゃない時まで見せてくれて……。私の知っているクラードさんは結局、お仕事している時の、オンの状態のクラードさんで。オフなんて今まで一回だって見せてくれてなかったんだなぁって思っちゃって」
「……あのクラードが、オフ、ですか」
想像も出来ない、と言った論調でいるとカトリナは元気よく応じる。
「はいっ! クラードさん、あれで自分の物を買ったりするのは結構こだわりあるんですね。今日クラードさんが掘り出し物市で買った一個だけのものが――」
そこで激震が見舞う。
ベアトリーチェの廊下が揺れ、カトリナが転がり込んでくる。
「痛った……。大丈夫ですか? アルベルトさん」
「……あんたのほうが大丈夫っすか。上に乗ってるんですけれど……」
「ああっ! すいません、すいません! バランス崩しちゃって……」
『警告。これより艦内は戦闘待機に入ります。電子戦闘用意。わたくしの指示に従ってください』
「……ピアーナさん? どうして……」
『どうしても何も、戦闘待機です。敵が来たと言うわけです、カトリナ様』
「……って、ええっ! 何で普通に喋っているんですか? 広域通信なんじゃ……」
『わたくしほどにもなれば、個別回線にも割って入れます。カトリナ様は管制室に来るか、安全な場所まで退避を』
「あの……退いてくれません?」
まだカトリナが自分の身体の上に居たので注意すると、カトリナは大慌てで身繕いをして飛び退く。
「ああっ! すいません! アルベルトさん!」
『よいですから、安全な場所へ。MSはこのまま戦闘シークエンスへと。アルベルト様、補給を受けた《アルキュミア》が既に待機に入っております。戦うのならばお急ぎを』
「……《アルキュミア》……オレに使えってのか……」
「ど、どうぞ! 私は管制室に向かいますね。って、その前に買ったものを部屋に押し込まなくっちゃ……!」
道を譲り、部屋へと直行したカトリナを見送ってから、アルベルトはようやく起き出そうとすると、飛び込んできたバーミットに腹腔を踏まれる。
「やばっ! 戦闘待機? 遅れる遅れる……!」
「痛って! あんたわざとやってんでしょ!」
「んなわけないでしょー。何で廊下で寝てるの?」
「あ、いやそれは……」
視線を背けると、バーミットはすぐさま面白いものを見つけた顔になる。
「おやおやー? アルベルト君ってば、カトリナちゃんと何かあったー?」
「……何もねぇっす。いいから、戦闘待機でしょう」
「はいはーい。あたしゃ普通のOL業のつもりなんだけれどねー。……ま、進展あったら教えなさいな。お姉さんが少しは恋のレクチャーしてあげる」
「……嫌な予感がするんでゼッテーしません」
「あら? これでも恋は百戦錬磨よ?」
「……つか弱味握られている状態気持ち悪いんで、やめてもらえます?」
「ふーん……ま、そっちがそう言うのならそうしとくわ。出撃、頑張りなさいよー」
グリップを握り締めて直行してしまうバーミットが消えてから、アルベルトは嘆息をつく。
「……本当、我ながら女運ってねぇよなぁ……」