「《レヴォル》、コミュニケートモードへと移行。30セコンド後に自動的に戦闘モードに。敵の位置関係と数は」
『コミュニケートモード開始。“ベアトリーチェが出港する前を狙っての攻撃だ。既に前回の戦闘でこの裏港は割れている。仕掛けてくるのは時間の問題ではあったが、ここは統合機構軍のお膝元。攻撃と言っても遠距離からの誘因だ。こちらが踏み込まなければ遠からず撤退があるはず。数は五機”』
「……かと言ってここで排除しなければベアトリーチェは出港出来ない……。歯がゆいな。仕掛けなければ相手も仕掛けてこないのに、こっちのタイミングとかち合うなんて」
『“どうする? MSを出さずに様子見をする手もあるが”』
「レミア、そっちの作戦通りに行く。俺が必要ならそう言ってくれ」
『クラード。休暇のつもりだったけれど、少し早めに切り上げてもらうわ。このままベアトリーチェは戦闘を強行。出港時に艦砲射撃で弾幕を張りつつ、敵戦力を削ぎにかかるわ』
「……やっぱり、そうなるか。いずれにしてもかかる火の粉だ。ここで払っておいても何の禍根もない」
『“それには同意だ。敵編成の中に新型機を確認。機体照合、《レグルス》。隊長機相当と推定する”』
「……隊長機……。そいつを墜とせば……って言う簡単な布陣じゃないみたいだな」
『“《エクエス》四機がそれぞれ両翼を担っている。この編隊は完全にミラーヘッドの布陣だ”』
「……やる気は満々ってわけか。《レヴォル》、敵がミラーヘッドの流儀で来るんならこっちもミラーヘッド戦をやってやるつもりでいい。……全力で行く」
『“承知した”。コミュニケートモード終了』
『クラード! ミラーヘッドジェルの注入はしておいた。心配要らん、ぶちかましてやれ!』
サルトルの言葉を受けつつ、コアファイター形態に移行した《レヴォル》がカタパルトデッキへと移送されていく。
「……だがタイミングが……。敵がこうも立て続けで来るなんてな。ベアトリーチェをしつこく狙う根拠でもあるのか。……それとも、俺達の本当の狙いを知って……?」
『MS《オムニブス》! ラジアル・ブルーム! 哨戒機動に入ります!』
左舷のカタパルトデッキより射出されたのは楕円の形状のアンテナを持つMSであった。
こちらのレーダー班となる《オムニブス》の役割は敵の索敵と解析である。
よって最も先端へと赴かなければいけない役割を持つ《オムニブス》の背中を目にしてから、クラードはバーミットの誘導を受けていた。
『クラード。カタパルトボルテージを80パーセントに上昇。……あんた、ラジアルを墜とさせたら許さないわよ』
「それくらいは分かっている。いちいち俺に命令するな」
『はいはい、それくらいは心得ているってば。……射出タイミングをエージェント、クラード及び《レヴォル》へと委譲します』
仕事時の声に切り替えたバーミットのウィンドウを切りつつ、クラードは腕を接続口へと繋げる。
脳髄に突き立つ電磁の刺激を感じながら、クラードは丹田に力を込めていた。
「エージェント、クラード。《レヴォル》、迎撃宙域に先行する!」
そのまま射出された《レヴォル》が敵影を睨んでいた。
事前報告通り、《レグルス》を先頭とした五機編成。
「……ミラーヘッドを使われると厄介だな。《オムニブス》! 敵の解析結果をリアルタイムで頼む」
『了解。《オムニブス》より《レヴォル》へ。敵の戦闘データを転送』
流し込まれてくる情報の津波をライドマトリクサーの脳内で処理しつつ、クラードは先陣を切る漆黒の《レグルス》を見据えていた。
「……あの機体……妙なプレッシャーがある。まさかとは思うが……」
後方四機の《エクエス》が全機、ミラーヘッドの密集陣形となり、それぞれに分身体を生成して攻撃網を押し広げていく。
直後には、分身体の隊列だけで相応の火力となって《レヴォル》へと銃撃網が襲いかかっていた。
クラードは《レヴォル》を疾走させつつ、ラジアルの《オムニブス》を下がらせる。
《オムニブス》の前方には迎撃用の盾が付いており、全身の装甲も堅牢だが、前に出過ぎれば禍根の種となる。
「……下がっていい。後は……俺がやる」
分身体を構築した《エクエス》の包囲陣形はほとんどプロのそれだ。
前回のような奇妙な感覚こそ覚えないものの、単純戦力としてのミラーヘッドの軍隊はここに来るまででは初めてとなる。
「……ミラーヘッドを使いこなす。軍警察か……」
包囲射撃にはほとんど隙はない。よってクラードはその陣形の中に生じる僅かなエラーを探る。
「……どうあったってあるはずだ。一人でミラーヘッドを使っているわけじゃないだからな。ほつれみたいなものが……」
その時、一機の《エクエス》だけ妙に先走って攻撃をこちらへと叩き込もうとしているのを発見していた。
「一機だけ殺気がダンチって事は、連携が取れていないって事だ。――そこ」
《レヴォル》が肉薄するとその機体は読み通り抜刀し、連携戦闘を捨てて斬りかかっていた。
それこそが好機――《レヴォル》が可変を果たすと共に手刀を払い、ビームサーベルの発振部を引き裂く。
粒子束は叩き込まれる前に霧散していた。
『……ガンダム……!』
「またお前か。相変わらずだな」
そのままアステロイドジェネレーターを狙おうとして、首裏の粟立つ殺気にクラードは飛び退る。
ビーム粒子が棚引き、《レグルス》が自分を追い立てて射撃する。
「……部下くらい見捨てるんだと思っていたが」
『そうも人でなしになるわけにいかんのでね。しかし、また相見えるとは。この機体……! 《レグルス》の肩慣らしといかせてもらおう!』
聞き馴染んだ声は黒い旋風――グラッゼ・リヨンとやらの声だ。
「……貴様か。面倒だな、何でトライアウトと同行している?」
『プライベートまで干渉するか。それでは女ウケは悪いな、クラード君!』
「……一緒に、するな!」
応戦の刃としてヒートマチェットを引き抜き、クラードは逆手の状態で相手の横薙ぎの一閃を反射させる。
しかし敵機は発振部を基点にしてそのまま回転し、何と《レヴォル》の頭部に向けて足蹴を見舞っていた。
衝撃波が激震し、クラードは奥歯を噛み締める。
「……曲芸師みたいな真似をする」
『それは褒めてもらっていると、思っていいのかな。だが私は手加減出来るほど器用ではなくってね。……引導を渡す』
そのまま返答の刃を斬り返そうとした相手に、クラードはヒートマチェットで弾いて防御し、距離を稼ぎつつ脚部に格納していた火器を一射させる。
格納武装は大きくミラーヘッドジェルを消費するも、敵との距離を瞬間的に取るのには有効な武装だ。
相手はその異様に驚嘆したのか、一瞬息を呑んだのが伝わったものの、《レグルス》の機動性能を手繰って純粋な推力だけでミラーヘッドの意識を宿らせた光条を追い払っていく。
「……機動力だけで、ミラーヘッドの武装を振り切る……!」
『振り切ったのではない。……君が私に振り向くのだ! クラード君! そして《ガンダムレヴォル》よ!』
背後を取られた感触にクラードは瞬時にミラーヘッドの分身体を構築して加速し、振り返り様の掌底を見舞おうとする。
「誰が!」
だが掌底の射程距離に至る前に、敵機を保護すべくミラーヘッド機である《エクエス》編隊による援護射撃が入る。
どちらも距離を取るしか出来ずに後退したのを、クラードは直下に位置する敵部隊を見据えていた。
「……先行し過ぎないようにきっちり後方隊がミラーヘッドを切らさない戦い方をする。……第四種における正しい戦闘行為か」
だがいずれにせよ、相手との物量戦に移るつもりもない。
クラードはベアトリーチェへと声を飛ばしていた。
「ベアトリーチェ! 出港までの時間を稼ぐ! ……何分あればいい?」
『現状、五分は必要そうね。援護を寄越したわ。受け取りなさい、クラード』
「……援護?」
その問いかけを咀嚼する前に、肉薄してきた《レグルス》が大上段にビームサーベルを構える。
「……撃って来るってわけか」
『引導を渡すと言った! それは何も伊達や酔狂ではない!』
ヒートマチェットを翳して相手の斬撃を受け止めると、敵は刃を滑らせてグリップ部を腰に格納していたもう一本のビームサーベルに連結させていた。
両刃を得たビームサーベルを振り翳し、《レグルス》が圧倒の構えを見せる。
舌打ちを滲ませつつ、クラードは掌底を搾り出そうとして、不意打ち気味に咲いた火線を視野に入れていた。
『何と!』
「何だ……?」
応戦の重火力装備に身を包んでいたのは《アルキュミア》であった。
頭部が王冠のような意匠を施され、独特のシルエットの武装に身を包んだ《アルキュミア》は最早、旧式機の改造の域を超えている。
ミサイルを照射し、相手の後続隊を退けてから、こちらとの相対位置に入った《アルキュミア》は長物の武装を展開する。
『クラード! 一旦下がれ! こいつらはオレらが抑える!』
『凱空龍、行くぞ、お前ら!』
応! の相乗する声を聞きつつ凱空龍の旗をはためかせ、一同は後衛部隊の《エクエス》へと応戦していた。
アルベルト機だけが自分の《レヴォル》と背中合わせになって武装を引き出す。
長物の武器の両端部に緑色のエネルギーフィールドが構築されていた。
『……こいつがビームジャベリンだ!』
両刃を振り払ってアルベルトは一拍だけ《レグルス》と打ち合ったが、敵との出力差は一度の交錯で分かったのだろう。
圧倒したのも一瞬、すぐに中距離武装であるガトリングガンを装填し、敵影へと照準する。
『悪いが、考える間を与えねぇ! こいつでトドメだ!』
ガトリングの重火力が敵影を押し戻していき、《レグルス》も僅かながら気圧されたように後退する。
『……よもや隠し玉とは……』
『クラード! いつもの奴やるぞ! 相対距離合わせ、背中を預けろ!』
「……誰に言っているのさ」
《アルキュミア》に背中は任せ、クラードは《レヴォル》へとミラーヘッドを展開させていた。
そのまま回転軸を保ちつつ、《レグルス》へと射程に潜り込ませない。
凱空龍の面々は後続隊の《エクエス》との交戦に入っていた。
《レヴォル》一機対軍警察の《エクエス》ならばそれだけ圧倒出来たであろう相手は、割り込んできた《マギア》に戸惑っている様子でもある。
『……《マギア》で戦域を圧倒する……』
『悪いな! オレ達は目ぇ瞑っていたって連携が取れるんだ! それくらいにゃ、マジにデザイアのトップ狙っていたってわけだよ!』
押し戻されていく感覚を敵陣営が感じたのを予見し、クラードは背中合わせのアルベルトへと声を放る。
「……今なら、《レグルス》の腕一本くらいは取れる」
『無茶やるな。今はベアトリーチェの安全航路が先のはず。……それにあの《レグルス》一旦打ち合っただけだが手練れだ。下手に誘い込まれると泥仕合になる』
《アルキュミア》よりミサイルの第二射が照準され、敵陣が少しずつ撤退機動に移りつつあるのが窺えた。
『……連携に仲間意識……。あの頃を知っていると……妬かせるな、クラード君!』
《レグルス》が陣営の補助を受けずに加速し、そのまま自分へと飛び込んでくる。
これは受けなければ失礼に値する、とクラードはアルベルトを背にしたまま、ミラーヘッドの分身体を蹴って加速し、ヒートマチェットを電荷させる。
「……こいつ、向かってくるのなら……」
『墜とすかね? そのほうが君らしい!』
ヒートマチェットを振りかぶり、《レグルス》を両断しようとして、相手はわざと機動性を絞り、タイミングをずらして、打ち下ろしたヒートマチェットを踏み台にする。
そのまま肉薄しての刃が躍るが、クラードは落ち着いていた。
「……悪いが、その刃に応戦するのは俺じゃない」
こちらの加速に追従してきた《アルキュミア》が白銀の鎧より紫色の伝導液を散らしながら、その眼窩に鼓動を宿らせる。
『もらったァ……ッ!』
『……南無三!』
打ち下ろされたビームジャベリンの一撃を《レグルス》は受け止めきれずに後退し、その直下より掌底を込めた《レヴォル》が迫る。
『……君にやられるのならば本望だが、まだ終わる時ではないな』
《レグルス》はミラーヘッドの加速域に達し、そのまま離脱挙動に入る。
『戦いは持ち越しだ。……しかし、以前までの美しき獣とは異なる、別の戦い振りを会得したか』
後続隊の《エクエス》も牽制の銃撃を放ちながら撤退に入っていく。
それを見据えつつ、クラードは凱空龍の《マギア》部隊の歓声を通信越しに聞いていた。
『……聞こえっか? クラード。……オレららしくなってきたじゃねぇか』
「……聞こえてるよ。俺はらしいとか嫌いだね」
『だが連携はばっちりだったぜ。それこそ凱空龍の時みたいに、な』
「いいの? それってピアーナの機体でしょ」
『オレに乗れとの事なら乗るのが男ってもんだ。……にしても、サルトル達に聞かされてはいたが、こいつ、凄まじいな』
《アルキュミア》は騎士の相貌に特徴的な二本角を有している。
恐らくは《レヴォル》と合わせる意味合いもあったのだろう。
「……また一緒に戦うってわけか」
『ああ。勝てる戦いをしようぜ、クラード』
「冗談でしょ。俺は負けない」
ベアトリーチェが航行軌道へと移っていく。
その甲板へと凱空龍の《マギア》、それに《アルキュミア》、最後に《レヴォル》が降り立っていた。
『全員集合ってわけだ。これでようやく、らしくなってきたんじゃねぇか』
「どうだろうね。……いずれにしても、さっきの《レグルス》……まだ諦めているとは思えない」
《アルキュミア》の存在がある意味では出端を挫いた形となったのだろう。
とは言え、次も勝利出来る保証はない。
以前までなら――ここでアルベルト達を下がらせる言葉を吐くところだったが、彼らのMSの面持ちは以前とは異なっていた。
《マギア》はバイザーを想起させるフェイスに紫色の塗装を施し、それは一つ目から滴る涙を想起させる。
「……聞いていなかったけれど、何そのデザイン」
『……デザイアでの日々を、散って行った魂を忘れないって言う、オレらなりのケジメの付け方だ。クラード。オレ達凱空龍はここに……ようやく正式にだが、エンデュランス・フラクタルの友軍機になるぜ。お前だけを前には行かせられねぇよ』
《アルキュミア》の騎士の容貌にも紫色の隈取がある。
「……散って行った魂に、か。それは足をすくわれかねないけれど」
『それでも、さ。オレらは絶対に――忘れねぇ』
アルベルト達なりの決意の表れなのだろう。
ならば自分が下手に穢すわけにもいかない。
「……なら行くよ。俺達はもう、後ろに帰る道なんて、ないんだからな」
そう、もう帰る道なんてない。
撤退の二文字は存在せず、自分達は常に前へと歩み続けるしかないだろう。
『ベアトリーチェ、これより月航路を目指し、赴きます』
その言葉を聞きながら、クラードは《レヴォル》の視座の先を睨む。
――もう、後には退けなかった。