機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第64話「赤いレヴォル」

「奴さん方、コロニー、シュルツを抜けたかよ。随分とまぁ、ご機嫌な航路ってワケだ」

 

 モニターの一角に示されるベアトリーチェの航行にクランチはソファに身体を預けて声にする。

 

「……だがあれに我々は相当に煮え湯を飲まされたクチだ。このまま月航路まで何もないって事はあるまい」

 

 グローブの言葉にクランチはしかし、今だけは特段、何か仕掛けようと言う気にもなれない。

 

「……正直、スポンサー連中の沈黙が今は面倒だ。あいつら、いつでも俺達を見ているって気で居やがる。こっちも見られている事は意識しねぇとな」

 

「……我々が監視されているとでも?」

 

「そうじゃなくっちゃわざわざ放った爆弾をこんな部屋に保護……いいや、隔離するかねぇ」

 

 クランチは純度の高い酒を呷りつつ、全面が滅菌されたような白の部屋を見渡す。

 

 外部との繋がりは、ベアトリーチェを後ろから見据えるカメラのみ。

 

 どこでどういう繋がりで監視しているのかはまるで不明のままなのだ。

 

「……隔離、か。いや、笑えないな。我々は地球圏からあのミラーヘッドの戦場を戦い抜いた事を評価されてここに居る。だと言うのに、生かすでもなく殺すでもない」

 

「スポンサーの移行一つで首が飛ぶってのは純粋に気分がよくねぇな。しかし、連中はそれなりに俺達を買っているはず。今、あの新造艦に飛び込んで死なれるのは居心地が悪いって事か」

 

『それもある』

 

 不意に室内に鳴り響いた声にクランチだけが落ち着き払っている。

 

『しかし、あれだけの精鋭がたったの三名になったか』

 

「生きていただけでも儲け者だと思って欲しいねぇ。あそこまで戦力だとは思わなかった。こっちだって部下が結構死んだんだ。そのツケくらいは払ってもらえるんだろうな?」

 

『君達が有用だと証明する事が出来れば、我々からの支援は惜しまない』

 

『左様。君らは我らに価値を示し続けなければいけない。でなければ終わるだけだ』

 

「……そうかよ。だが乗機である《エクエス》がボロボロだ。少しは修繕処置でも施してくれるんだろうな?」

 

『《エクエス》はそのほうの機体に相応しくない。よって、こちらで新たな機体を充てる事になる。その部屋から出るといい。新型機を披露しよう』

 

 部屋の片隅でエアロックが解除され、不意に扉が開いていた。

 

「……新型機、か。道理であんたら、余裕綽々ってワケだ。俺達は駒かよ」

 

『駒以上の価値を見出ししている。クランチ・ディズル。それにもう二人も。よく生き残ってくれた』

 

「あの《レヴォル》っての、あれじゃ割に合わねぇ。このままならご破算だ。俺は死ににいくために戦場に駆り出されているわけじゃねぇんだが」

 

『来るといい。案内しよう』

 

 エアロックの向こう側に居たのは以前も見かけたノーマルスーツの痩躯であった。

 

 バイザーの内側がまるで知れない、沈黙の相貌を返している。

 

「……あんたも使われる側ってワケか」

 

 相手は応じない。

 

 その代わりのように狭い廊下が続き、点在する明かりがこの場所がどこかの格納庫である事を示している。

 

「……クランチ・ディズル。何か嫌な予感がする」

 

「ああ、その辺は俺もビンビンにだが、ここでビビっていたって何も始まりやしねぇ。とかく、新型機ってのがお眼鏡に敵うのかどうかだけでも確かめさせてもらおうじゃねぇの」

 

『ほう、不安がないのか。あるいは恐れでも』

 

「恐れや不安を宿らせたヤツから死んでいく。世の中の常識だぜ?」

 

 こちらの余裕に相手は満足げに応じていた。

 

『ならばこそだ、クランチ・ディズル。君達三名には、特別な機体を贈ろう。これは生き延びた君達へのささやかな餞別品だ』

 

 大きく取られたMS格納デッキに出る。

 

 そこで今も自動修復機械によってメンテナンスされているMSへと、視線を向けるなり、クランチは絶句していた。

 

「……おいおい、こりゃあ……」

 

「……赤い……《レヴォル》、か?」

 

《レヴォル》と同系統に映る新型機が格納デッキに収容され、その時を待って佇んでいた。

 

 ちょうど三機分の不明機に対し、声が降りかかってくる。

 

『《オルディヌス》だ。秩序を意味する機体でね。《レヴォル》のフレーム構造を参照して我々が開発に漕ぎ着けた』

 

「……どこでエンデュランス・フラクタルの機密にまで触れやがった。この機体……タダモノじゃねぇのだけはハッキリしてんだろ」

 

『勘違いしないで欲しいのは、これは元々、我々の側の機体であったという事だ』

 

『エンデュランス・フラクタルは禁を破った。その果てがあの《レヴォル》でもある』

 

「……じゃあ先に開発されていたのはこの《オルディヌス》とやらだってのか……?」

 

『その通り。《オルディヌス》はミラーヘッドの次世代機として運用されるはずであった。……だが、君らも知っての通り、《レヴォル》が現れた』

 

『《レヴォル》は本来、あってはならぬ存在。君達三名にはその駆逐を頼みたい』

 

「簡単そうに言うがな、あれはそんじゃそこいらの武装で敵うヤツじゃねぇ。ミラーヘッド抜きにしてもトンでも兵器だ。この《オルディヌス》に勝算があるんなら別だがな」

 

『勝算はある。《オルディヌス》の搭載するミラーヘッドは他のそれとは群を抜いている。まぁしかし、君は鏡像殺し、クランチ・ディズルだ。ミラーヘッド搭載機は嫌いかね?』

 

「……好きになった覚えはねぇが、強い機体なら何でもアリだ。何よりも、この《オルディヌス》ってヤツ、秩序の名前にしては随分とした面構えしてやがる。羅刹か何かの間違いじゃねぇのか?」

 

 マスク部に牙の意匠を持ち、角まで有する《オルディヌス》は《レヴォル》をより凶悪にさせた面持ちであった。

 

『我らはあれに勝利出来る人間を探していた』

 

『そう、そして君を見つけ出した』

 

『《レヴォル》を一時的でもいい、破壊し、そのコアモジュールを我々へと献上したまえ。そうすれば任務完了だ』

 

「……待って欲しい。どうしてあなた方はそこまで《レヴォル》に……エンデュランス・フラクタルの新型機にこだわるのか。それくらいは教えてもらったっていいはずだ」

 

「バカ、グローブ、そいつを教えたくねぇハラがあんのは分かるだろ?」

 

「得心がいかない! こちらだけ危険領域に踏み込むんだ。相手の腹が分からなければ納得した上での戦地に赴けない」

 

「……まぁ、バカ正直な理論だが当たり前っちゃ当たり前だ。あんたら、俺らの事を投げりゃどこへなりと飛んでいく爆弾だと勘違いしてねぇか? 少しは教えてもらえねぇもんかねぇ、その《レヴォル》とやら、何なのかってくらいは」

 

 しばし沈黙が降り立つ。

 

 やはり教えられないか、と覚悟したその時、声が振りかけられる。

 

『……よかろう。《レヴォル》とは何なのか。エンデュランス・フラクタルは何故タブー破りを行ってまであれと月航路へと至ろうとしているのか。全部ではないが、一部を教えよう』

 

 不意に降り立ったのは投射映像だ。

 

 そこには《レヴォル》建造の様子が克明に映し出されている。

 

「……エンデュランス・フラクタルの機密情報か?」

 

『奴らは我々の切り札を奪った。先のダレトでの大戦――“夏への扉事変”において、MF対人類の血で血を洗う壮絶なる闘争があった』

 

 映像の中にはこれまで地球圏ではなかなか拝めなかったMFの映像も混ぜられている。

 

「……MF……月のダレトを守る四聖獣達……」

 

『聖獣を、我々はしかし殺さなければいけない。あれはこの次元の全人類への毒だ。よって、我らは待った。待ち望んだ。五番目の聖獣を。扉の向こうより来たりし、第五元素――通称《フィフスエレメント》』

 

『それこそが、聖獣を一掃し、そして我々の生存圏を確約する守護神である……はずであった』

 

「……そうはいかなかったみたいだな」

 

『《フィフスエレメント》はあの大戦でとある企業に奪われてしまったのだ。そのまま行方を晦ませたかと思った矢先、何者かが我々の開発していた《オルディヌス》試作二号機を強奪。二号機はそのまま破棄されたかに思われた』

 

『我々は《フィフスエレメント》を使っての四聖獣無効化を画策し、四機の《オルディヌス》を開発していたところ、まさかの裏目に出たと言うわけだ。《オルディヌス》試作二号機は行方をようとして知れず、そのまま《フィフスエレメント》を欠いた状態で《オルディヌス》の完成まで至ったその時であった。エンデュランス・フラクタル、彼の企業が妙な動きを始めたのは』

 

「妙な動きだと?」

 

『とある新型機がロールアウト間近になっていたが、その新型機に関する全ての情報は秘匿され、誰にも明かされていなかった。我らの尖兵がようやく回収したのが今君達に見せている映像だ』

 

『《オルディヌス》は一度解体され、エンデュランス・フラクタルの手によって新たなる名前を冠して新型機としてロールアウトしていた。名を《レヴォル》。君らが会敵した、あの《レヴォル》だ』

 

「……なるほどね。要は仕組み自体は逆だったってワケか。《オルディヌス》であんたらは四聖獣の突破をしたかったのだが、そのうち一機が強奪。そして生み出されたのが、あの《レヴォル》ってワケかい」

 

「だ、だがそれなら! ……あなた方は何者なんだ? MFと真正面からかち合おうとするなど正気の沙汰とは思えない」

 

「あるいは既に正気だとか言う領域は捨て去っているのかねぇ。いずれにせよ、《レヴォル》の破壊は急務だが、あんたらとしちゃ、二度も奪われたってワケか! そいつぁ笑えるぜ! マヌケが過ぎねぇか?」

 

 クランチの発した笑いに同調するものは居らず、格納デッキに自分だけの笑い声が残響して、グローブへと振り返る。

 

「おい、何やってんだ、笑えよ。こんなマヌケは居ねぇ! 特段のバカだ!」

 

「お、おい! そんな事を言って刺激してしまえば――」

 

『確かに我々は後手を踏み過ぎた。しかし次からはそうもいかない』

 

『左様。《オルディヌス》は前回の《レヴォル》の戦闘データを得て、完璧なMSへと進化を遂げた。そして君は鏡像殺し、クランチ・ディズル。ミラーヘッド戦において百パーセントの生存率を誇る異能態だ。その手腕は買っているとも』

 

「そうかい。単に生き意地が汚いとも言われているようで、あまり納得は出来ねぇがな」

 

『《オルディヌス》を使えば、君達はあの《レヴォル》と対等に戦える』

 

『それだけではない。あれのコアモジュールさえあれば、最早MFに怯える時代は過去のものとなる。何としても手に入れるのだ、《フィフスエレメント》――奴らはレヴォル・インターセプト・リーディングと、呼んでいるようだがな』

 

「要は《レヴォル》を捕らえて解体したいから俺達に《オルディヌス》なんて奥の手見せたってワケか。いいぜぇ、潰してやんよ! あの《レヴォル》……煮え湯を飲まされたままってのは性に合わねぇんだ。次はぶち殺す」

 

「だ、だが……《レヴォル》のそのシステムとやら、一筋縄ではいかないんじゃないか? そう簡単に倒せてしまうのならば今まで苦戦していたのが筋に合わない」

 

『《レヴォル》は累積したシステム情報を基に、恐らくは使役するのはライドマトリクサーのはずだ』

 

『乗り込んでいるライドマトリクサーのみを殺し、《レヴォル》は無傷で手に入れたい』

 

「そいつぁムリゲーってヤツだな。俺の部下だって何も頭数を適当に揃えたわけじゃねぇ。俺に追従してきたそれなりの猛者だ。無傷でってのは不可能に近いと思ってくれ」

 

『……ではクランチ・ディズル。君の眼にあの《レヴォル》のミラーヘッドはどう映った?』

 

「どうって……似たようなモンだ。これまで壊してきた連中と同じさ。コアさえぶっ壊せば、何も恐れるモンじゃねぇ」

 

『その通りだよ。《レヴォル》はまだ真の力を封じられている。その最中に仕掛けられるのは好機としか言いようがない。《レヴォル》を討つのだ。そしてMFとのこう着状態の時代を終わらせる。分かるだろう? 時代は変わりつつある』

 

『第四種殲滅戦がもたらされて以降、我々は揺籃の時を超え、飛び立つべきなのだ。そして眼前にまで、その扉は開かれている』

 

『《レヴォル》に死を。そして我らに栄光を』

 

 子供の笑い声そのものな相手の声を聞きながら、クランチは煙草のパッケージの底を叩き、火を点ける。

 

 くゆる紫煙をたゆたわせ、一服ついてからクランチは言葉にしていた。

 

「……ああ、了解だ。《レヴォル》とやらも年貢の納め時かねぇ。これで借りは返せそうだ」

 

「クランチ・ディズル? しかし、まだ《オルディヌス》とやらがそれに値するかどうかは不明で――!」

 

「そういう事言ってんじゃねぇよ、たわけが。要するに俺らに命令するお歴々ってのは、これまでの書類仕事のデスク野郎のミスターじゃねぇ。本気で! この世界にケンカ吹っかけようとしている、マジモンだってのが証明されたワケだ! これは戦争屋の血が騒ぐってモンだぜ! 俺はこれまで、多くの戦地を踏んできた。だが、どれもこれも! そう! どれもこれもだ。一級品の戦場にはちと足りねぇ。どっかで不完全燃焼だった。だが《レヴォル》にエンデュランス・フラクタル、聞いた限りの話じゃ、とんでもねぇモンを持ってきたワケじゃねぇか! あっちも俺達も同じだ。世界に対して宣戦布告! 上等じゃねぇの。じゃあ試してやろうぜ。どっちが世界をひっくり返すかってのをなァ!」

 

《オルディヌス》三機は赤い眼窩を虚空に据えたまま、その時を待ち望んでいるように映っていた。

 

 

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