機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第65話「世界の理」

 劈いた警告の音叉に、クロックワークス社の常務は休暇明けの自分を叩き起こされて、不機嫌そうに拳を握り締める。

 

「何が起こった!」

 

 オペレーター達が悲鳴のような声を上げ、現状報告の声を張っていた。

 

「何者かが我が社へと潜入した模様! まさか……侵入者迎撃用のトラップ、全て作動せず!」

 

「そんなはずがなかろう! 現にこうして、アラートは鳴っているのだぞ!」

 

「いえ、これは相手が意図的に鳴らしたものと推測します!」

 

「意図的に……? 嘗めているのか。敵の総数は?」

 

「不明ですが、潜り込まれたのは我が社のミラーヘッドログです! 相手はログを記録する量子コンピュータの一つを強奪! このまま距離を離されていきます!」

 

「送り狼を出せ! 敵を何としても逃がすな! ……しかし、何故ミラーヘッドログの量子コンピュータを? もっと重要なものが我が社にはたくさんあると言うのに……」

 

 不明瞭な敵の動機を探っている暇も惜しい。

 

 すぐさま出撃した警備用の《マギア》が展開し、ミラーヘッドの迎撃網を奔らせていく。

 

 それに対し、宇宙の常闇からビームが掃射されていた。

 

「どこからだ! 視えなかったぞ!」

 

「光学迷彩仕様機です! ……そんなまさか……あの距離での目視すら不可能なんて……」

 

「熱源探知に切り替えろ! ミラーヘッドの緊急時オーダーは許されている! 敵を何としても潰せ! 我が社の威信にかかわる!」

 

《マギア》を示すマーカーが敵へと包囲陣のミラーヘッドを組んだのが窺えたが、相手は《マギア》のミラーヘッドによる重火力を掻い潜り、そのまま散開した後に《マギア》へと応戦してみせたのがモニター越しに伝わる。

 

「……我が社の《マギア》部隊は軍警察相当だぞ……」

 

 だと言うのに、次々と撃墜されていく現状をまるで信じられないかのように常務は震撼する視界の中に捉えていた。

 

 一つ、二つとバツ印が刻まれ、《マギア》の陣形が瞬時に崩れていく。

 

 何か嫌な夢を見させられているかのようであった。

 

「敵、一体がこちらの熱源に関知! 《マギア》のミラーヘッドの格闘戦術で抑え込みます!」

 

 モニターに拡大されたのは仕掛けようとする《マギア》の視界と同期したライドマトリクサーの視野だ。

 

 熱源関知へと切り替えたお陰か、敵の動きを仔細に観察したエースはようやく敵へと一閃を浴びせ込めるかに思われたが、不意に敵の位相が変位する。

 

「敵機可変!」

 

「可変機……? 実在しているのか?」

 

 円盤状の可変形態よりMS形態に移行したのは眩しい黄色のMSであった。

 

 面構成で構築された敵機のモノアイが蠢動し、《マギア》へと熊手のような武装が叩き込まれる。

 

 エース機の《マギア》はその一撃を回避してから大きく旋回してビーム網を叩き込もうとするも、敵影の加速度は尋常ではない。

 

「……あんな加速……RM相当でなければ……」

 

 その時不意に、管制室に響き渡ったのは音楽であった。

 

「これは……歌?」

 

 誰かの歌声が響き渡る中で、敵MSが機敏に駆動し、《マギア》の追撃を振り切ったかと思うと、そのまま直上に抜けて逃げ去ろうとする。

 

 逃がすまいと《マギア》が追い立てるも、敵機は退き時を心得ているかのようにまたしても有視界戦闘から切り抜け、光学迷彩に己を浸していく。

 

「また消えるぞ! 対光学迷彩用ガス弾を装填! そのまま掃射!」

 

 掃射されたガス弾によって敵の総数がここに来てようやく明らかになっていた。

 

「……数は……四! しかし、そのほとんどが既に撤退機動!」

 

「射線に入っている奴を逃すな! 一発でもいいから当てろ!」

 

 エース機の《マギア》がミラーヘッドの加速へと入り、分身体を棚引かせつつ敵MSへと肉薄する。

 

 そのままの勢いを殺さずに抜刀した《マギア》の太刀筋を、敵は熊手型の武装を拡張させ、一瞬だけ鍔迫り合いに持ち込んだ後にその腹腔よりミサイル弾頭を放つ。

 

《マギア》が急速後退に映った時には、既に遅い。

 

 撹乱弾頭が爆ぜ、白いスモークに隠し出されていた。

 

「……敵影、離脱領域へと移行。逃げ切られました……」

 

 常務は脱力し切ってそのまま膝を折る。

 

「……我が社の資産が。いいや、我が社だけではない……全人類の希望と明日だぞ……」

 

「盗まれた量子コンピュータを特定。……これは……第十七号量子コンピュータです」

 

「十七号? ……あれはほとんど機能していないはずの予備の量子コンピュータだぞ……。賊め、逸ってミスでも犯したか?」

 

 しかし相手の撤退は計算づくに見えていた。

 

 ならば、ミスを犯したのではなく――。

 

「……何もかも計算の上での、量子コンピュータの強奪……。何が残されていたと言うのだ、第十七号量子コンピュータの内部には……」

 

 震撼する常務へと部下が端末を持って来る。

 

「常務! ……これを」

 

「何だ……。これは、犯行声明?」

 

「“我々は世界を救うために行動している。これは世界を救う一助に過ぎない。よって、過剰な心配をする必要もなければ、疑問を浮かべる必要もない。貴君らは世界を守るために我々にこれを提供した”……だと……! 何を言っている! テロリスト風情が!」

 

「ですが、この文言だとまずいのでは? 我が社がテロリストにわざと量子コンピュータを渡したようにも捉えられます」

 

「……確かに。報道管制を敷け、今ならばまだ間に合うはずだ。クロックワークス社が襲撃された事自体は隠す必要がないが、ある程度の情報は出し渋ったほうがいい。……どうせ、耳聡い連中は既に知っているはずだ。下手に隠し立てを行えばこちらの不利益に繋がる。我々はあくまでも被害者、その体を崩すなよ」

 

「はい……。ですが、テロリストの奪っていった第十七号量子コンピュータは……」

 

「……何かあるのか?」

 

 顔を翳らせた部下はその懸念を口にする。

 

「……ついこの間の話です。耳にされた事もあるでしょうが、黒い旋風、グラッゼ・リヨンが査察を行いました。その時に観測されたミラーヘッドの……あれはミスとでも言えばよろしいのでしょうか……。その記録が残っていたのが第十七号なのです」

 

「……黒い旋風、識者のグラッゼが、わざわざ調べに来ていただと……? それと今しがたの強奪を結び付けようと言うのか……」

 

「まさかこんな事になるとは思っておらず……そのミラーヘッドの齟齬も何かの観測ミスなのだと思い、上に報告していなかったのです……」

 

 その部下の重大なミスだろう、と感じたが、問題なのはそのミラーヘッドの齟齬の内容だ。

 

「……どう言った内容であった?」

 

「……あれはあまりにもおかしいのですが……グラッゼと戦ったMSのミラーヘッドログが全く参照されませんでした。ミラーヘッドを使ったのは明確であるにも関わらず、です」

 

「……まさか。それはあり得ない。ミラーヘッドを使用すればどのような賊身分であったとしても、確実に我が社の記録に残るはずだ」

 

「そのはずなのですが……。あれはまるで、世界を欺いたかのような感覚でした。ミラーヘッド――第四種殲滅戦が実装されてから、一度としてログから逃れた存在は居なかった。だと言うのに、あれは完全なまでに隠匿されている……。正直、末恐ろしくなって報告しなかったのもあるのです。何せそれは……この時代の終わりを予感させる代物なのですから」

 

「……ミラーヘッドは我が社が責任を持って統括している……。その中に現れたひずみ……そんなものを容認すれば現状のミラーヘッドの抑止力としての価値は薄れる。それだけではない、ミラーヘッド同士の対決でログが参照されないという事は、一方にだけ都合のいい世界が確立されてしまう……」

 

 それを恐れて報告しなかったのだとすれば、確かに分からないでもない。

 

 現状のパワーバランスの崩壊――その先に赴くのは破壊と殺戮が跳梁跋扈する、戦場とも呼べない戦域が今も蠢動しているという事実。

 

「……ミラーヘッドは誰かが統括し、管理しなければいけない戦場のはず。その段階を超えたMSが居たのだとすれば……」

 

「我が社の管轄問題だけではありません。ダレトよりもたらされた技術への懐疑に繋がります」

 

 それはダレトの技術恩恵を受けている全ての企業の痛手となる。

 

 そのような事がまかり通れば、ミラーヘッド戦においての絶対優位性が傾き、結果として、何もかもが意味を霧散するであろう。

 

「……この問題、知っているのは?」

 

「自分と、そして一部のオペレーターのみです。彼女らには戒厳令は与えましたが……」

 

「人の口に戸は立てられん。どこまで問題視する声がないかも不明瞭のままだ。……これでは我らの陣営に不利に働く」

 

「如何にします? 追撃を出そうにも、相手は既に離脱挙動です」

 

 常務は思案する。

 

 この状況で、ただ単に傍観者と被害者を決め込めるわけではない事象が浮かび上がってきた。

 

「……連中は第十七号にそのミラーヘッドを解き明かすログがある事を知っていた……。これはつまり、逆算すればその時のMSを追えば、連中に突き当たるという事なのではないか? グラッゼ・リヨンが情報開示を求めたのならば、その所属部隊は知っていると思っていいのだろう。開示要求を向けて来た組織は?」

 

「それが……開示要求を突き付けたのはトライアウトジェネシス……。グラッゼはあくまでその遣いとして来ただけだと……」

 

 思わぬ名前に常務は総毛立つのを感じていた。

 

「……トライアウト。軍警察が、知っての行動だったのか……」

 

「そう思って然るべきでしょう。最早この事実は隠ぺいしようにもトライアウトのレベルにまで下っていると……」

 

「……いや、待て。何故、トライアウトはその機体とやらがミラーヘッドに残らないのだと、ある種確証して調べを進められた? それは先んじて予感していなければ第十七号を強奪した今回の相手も同じ……知っているはずだ。何かを。そのピースこそが……」

 

 赴く先を感じ取った部下は慌ててその日のログを漁り、そしてメインモニターへと件のMSを映し出す。

 

「これです。これをグラッゼも調べていた……」

 

「第十七号量子コンピュータが解析出来なかった、ミラーヘッドの……世界のバグ。この白いMSこそが……世界を破壊する存在だとでも言うのか……」

 

 拡大画像で《エクエス》へと仕掛けていている白いMSは蒼い残像を引いて、宇宙の常闇を切り裂いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『回収完了、っと! 思ったよりも楽な仕事だったわね、クロックワークス社の内部に入り込むのは』

 

「まぁね。ボクらが思っていたよりも杜撰だったし、ひょっとして本当に気づいていなかったのかな? この量子コンピュータに残された意味を」

 

『……メイア。あんた、戦闘中に歌っていたでしょ。駄目だって、相手に気取られるわけにはいかないんだから』

 

 仲間の忠言にメイアは、だってと唇を尖らせる。

 

「歌のない世界なんて退屈でしょ?」

 

『それは確かに。メイアの歌が世界を変える。それは私達、ギルティジェニュエンの……いいえ、世界の意志よ』

 

 面装甲を持つ機体が偽装迷彩の布を取り払っていた。

 

 一定温度以下になれば自動で燃焼するように設定されている偽装迷彩はすぐに冷たい宇宙へと溶けていく。

 

 その下に隠れていたのはセンサー類を凝縮させた昆虫のような頭部を持つMS、《カンパニュラ》。

 

 特徴的な三つのアイセンサーが目標物を視認し、そのまま相対距離を測る。

 

『《カンパニュラ》一号機、こっちで確認。ラムダに着艦する』

 

「こちらも確認。二号機、着艦準備に入る。ラムダへと入電。目標の量子コンピュータは手に入ったけれど……ちょっと重いや」

 

 抱え込んだ量子コンピュータはMSの体躯ほどもある。

 

 一時的に背部格納エリアに収納しなければ戦闘の後に離脱も難しかっただろう。

 

 隠密行動に長けたMSである《カンパニュラ》にしか出来ない芸当だ。

 

『《カンパニュラ》三機を確認。回収後、現宙域を離脱する。その際、敵から付けられたマーカーは消しておけ。特にメイア・メイリス。……敵にその姿を見られた可能性がある。マーカーに留意せよ』

 

「……って言われてもなぁ。あの状況じゃ全く姿を見せずに完遂するのは無理だったし」

 

『元気だしなって、メイア。今はこの状況を優位に進められているのは私達なんだからさ』

 

『そうそう。まさか相手も想定外でしょ。たった一機のMSのミラーヘッドログのために、一陣営が動くなんてね』

 

「それも――統合機構軍と言う大きな括りの中じゃ、一応はお仲間だってのにね」

 

《カンパニュラ》三機がそれぞれ甲板へと降り立ち、黄色の映える機体色を翻して、暗礁の宇宙を見据える。

 

「……さぁ、どう動くかな、世界は」

 

 一瞬だけ、ぼうと宇宙空間を切り裂いた戦闘艦はすぐさま艦橋を空間に溶け込ませる。

 

 ――魔女は誰の眼にも映らない。

 

 世界の理が崩れない限り、それだけは絶対であった。

 

 

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