機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

67 / 323
第66話「時空の来訪者」

「もう三日経った。そろそろ諦めの境地に至る頃だと、想定していたのだがな」

 

 血の臭気の濃いシャトルの中でヴィヴィーと名乗った相手が声を投げて来たので、タジマは毅然と振る舞う。

 

「……あれは我が社の社運を懸けた物。そう易々と誰かに渡すわけにはいかないんですよ」

 

「とは言ってもだな、タジマ。あなた以外、皆死んだのだが」

 

「リーダー。駄目です、やはりコンテナは開きません」

 

 取り巻きがヴィヴィーに報告するのを、相手は静かな面持ちで応じていた。

 

「……鍵はどこにある?」

 

「ベアトリーチェの信号だけ、それこそがあのコンテナを開く鍵……。見極められませんでしたね、私以外ならば、あれを開けると言ってのけた社員も居たのに。あなたは本社組を皆殺しにした。その結果として、私と共に、宇宙を放浪してもらいます」

 

「悪いが、時間は無駄にかけられない。リミットだ、タジマ」

 

 ヴィヴィーが銃口を向け、そのまま肩口を貫く。

 

 痛みに呻く間にもう一発、銃弾が跳ねていた。

 

「……今度は頭蓋を貫く。殺されたくなければ言え。パスコードでもあるはずだ。コンテナの積み荷が積み荷なんだ。まったくのマンインターフェイスなしに開くわけがない。ベアトリーチェの信号の他にも開く術があるはず。それを聞いている」

 

「……ありませんとも。あれは特別なんです」

 

「だろうな。……《フィフスエレメント》の感覚が居残っている。このシャトルの中にも……。ならば、鍵はベアトリーチェと《フィフスエレメント》本体か。だがその二つだけではただの機械的な動作に過ぎないはず。……何者かの作為がなければ、コンテナは開かない」

 

 ヴィヴィーは銃弾を装填し、タジマの額へと照準する。

 

「言え。言えば殺さないでおいてやる」

 

「……言っても殺すのでしょう」

 

「温情を与えてやると言っているのだ。少なくともお仲間のような醜い死に様だけは辿らせてやらん」

 

「……本社組の方々は皆、いい人間でしたよ。醜いだなんてそんな……」

 

「嘘を言うな。お前は虚飾だらけの人間だ、タジマ。今も生き延びるだけの術をどうにか講じているはず。そうなのだと、データが証明している。このまま死に絶えるか、それとも辛うじて生き延び、我々に降るか。二つに一つだ、選べ、タジマ」

 

「……どちらもお断りだと言えば?」

 

「死んでもらうしかなくなるな。だがこれだけの策を弄してそれでも開かなかった箱だ。まったく開く術がないのならば既に自死しているはず。なのに貴様の眼にはまだ諦めの色が窺えない。……何を隠している?」

 

「隠してなどいませんよ。本当に《エクエス》と補助パーツだけなのですから」

 

「ならこのまま、地球圏に戻って中身を物色したっていい。ベアトリーチェとのランデブーポイントまで行かせるわけにはいかない。そのほうがまだ分かりやすい選択肢だ」

 

「……あなた方は何なのです。何故、我らの航路を邪魔しようと?」

 

「知る必要性はない。この世界の人間には余計にな」

 

 タジマは額に当てられた銃口の冷たさを思い知る。

 

 ヴィヴィーに迷いはない。このまま自分を始末するつもりだろう。

 

 その時に、コンテナの中身を解析しようにも出来ないと言う事実に相手は苛立つのに違いないのだが、自分一人を生かしてこのままベアトリーチェとの合流に入るはずもなし。

 

「……なら、選択肢は一つですねぇ……」

 

「そうか。遂に死を受け入れるか」

 

 ヴィヴィーのトリガーに添えられた指に力が籠る。

 

 その一瞬を――タジマは狙っていた。

 

 瞬間的にヴィヴィーの腕を引き込み、相手に無駄弾を撃たせてから、肘打ちでヴィヴィーの麗しいかんばせを叩きのめす。

 

 相手がうろたえた一瞬の隙を突き、タジマは耳の裏にあるボタンを押し込んでいた。

 

 その直後、シャトル内の重力が変動し、敵は無様に地面を這いつくばる。

 

「……まさか貴様……ライドマトリクサーか……!」

 

 忌々しげに口にするヴィヴィーの横を通り抜け、この状況を理解していない敵へと、無慈悲に銃弾を撃ち込んでいた。

 

「……眼鏡が汚れてしまった」

 

 眼鏡拭きで血の汚れを拭き取ってから、タジマは落ち着き払った様子でシャトルの操縦席へと向かう。

 

 想定通り、相手の仲間が操縦席で突っ伏している。

 

「何を……したァ……!」

 

「我が社の技術です。素晴らしいでしょう? 私のような無害そうな人間でも状況を一変するだけの力がある」

 

「……現代科学の化け物め……」

 

 吐き捨てた相手へとタジマは眉一つ動かさず、トリガーを引く。

 

 シャトルの管制系統へと指を翳すと、手首から先が分解され、二十本余りになった指先が特殊なパスコードを入力していた。

 

 瞬間、気密が変容し、シャトルの客室が分離する。

 

「では。チャオ、皆様」

 

 タジマはシャトル先端部をコンテナと接合させ、客室を宇宙の常闇へと投げ込む。

 

 ヴィヴィーの悲鳴と怒号が聞こえたような気がしたが、気のせいだろう。

 

「宇宙では音は聞こえませんからね。さて、仕事の続きと行かなければ」

 

 乱れた毛髪を整え、スペアの眼鏡と入れ替えて、タジマはベアトリーチェを一路目指す。

 

 その後ろで、不意に熱源警告が迸っていた。

 

「……まさか、追撃の部隊ですか」

 

 それ以外に考えられない。否、それならばまだ想定出来た。

 

 しかし、彼の瞳に映ったのは――。

 

 その時、音を伝導しないはずの宇宙で確かに、何者かの叫びが雷鳴のように切り裂いたのをタジマの有機伝導化した聴覚は聞いていた。

 

 ――来い! 《ネクストデネブ》!

 

 開いたのは大虚ろ。

 

 それもただの穴ではない。

 

 宇宙の深淵から覗きし、別世界への通路。

 

 それは世界を切り裂きし、人類の活路の指針。

 

「……こんな場所に……ダレトが開く……?」

 

 極小化されたダレトより飛来するのは、細い体躯を持つ機体であった。

 

 ――だが、知っている。

 

 この世界に住んでいるのならば、誰もが知っている姿であり、そしてそれは、この宙域には存在しないはずだ。

 

「……まさか、と言う奴ですね。――来たか、MF、《ネクストデネブ》。第二の聖獣……」

 

 眼鏡のブリッジを上げて言い放ったタジマの進路を阻むかのように、Iフィールドの雷撃を伴わせた砲撃特化の聖獣が世界の理を貫いて屹立する。

 

 それはあってはならない宇宙の夜明け。

 

 怒りの雷鳴を轟かせて、《ネクストデネブ》は自分を睨む。

 

 聖獣に睨まれれば、自分のような矮小な自己など赤子以下。

 

 押し潰されかねないプレッシャーを感じつつ、それでもタジマはシャトルの操縦系統から手を離さなかった。

 

 いや、正確には今にも逃げ出しそうな自己でも離せなかったのだ。

 

 ライドマトリクサーとしての技術は今も正常に働いている。

 

 如何に聖獣の一睨みが恐ろしかろうと、人である事を捨てた禁忌の術だけが稼働し続けていた。

 

 シャトルが《ネクストデネブ》の雷撃の射程を切り抜け、その脇を何事もなかったかのように通り過ぎたのはただの僥倖であろう。

 

《ネクストデネブ》は憤怒に駆られ、全てを焼き尽くさん限りの雷廟を放ち、宙域を赤く染めていた。

 

 その破壊力の前では全てが塵芥であろうに、自分は運よく逃れたのだ。

 

「……まさか、ヴィヴィー・スゥ。あれはダレトよりの来訪者……」

 

 射程から逃れた途端に、糸が切れたかのようにタジマはシャトルのテーブルモニターに突っ伏していた。

 

 息が上がっている。

 

 呼吸も鼓動も何もかもが絶え絶えになっているが、ライドマトリクサーの術が自分の生存だけを考えて休眠モードに入ろうとしているのだ。

 

「……任せ、ましたよ。私の中の、禁術に……」

 

 タジマは泥のような眠りの淵へと落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おい、これはどうなっている……」

 

 アルチーナの艦長が思わずそう告げたのは、月面艦隊の宙域まで戻った瞬間に巻き起こった出来事にであった。

 

 ラグランジュポイントに陣取る四聖獣のうち、一体――《ネクストデネブ》周辺の空間に変位が生じていた。

 

 月面艦隊へと艦長は伝令を繋ぐ。

 

「何が起こった! 《ネクストデネブ》周辺に、ワームホールが集約しているようにしか見えない……! ダレトが開くのか……」

 

『こちら月面第六艦隊、クルエラ級! ……観測所より伝令が下った。……これは、あり得ない……あり得ないものを我々は目にしている』

 

《ネクストデネブ》がずぶずぶと宇宙空間へと埋没――否、これは跳躍しているのだ。そうだと悟った瞬間、アルチーナの艦長は声を響かせていた。

 

「どこかに出て来るぞ! ダレトよりの干渉波に留意! 一時的に全ての電源がシャットダウンされるはずだ……!」

 

 その読み通り、直後にはアルチーナの全てが沈黙していた。

 

 それは月面艦隊も同じで、急速に全ての艦から生命の灯火が凪いでいく。

 

「……こちらアルチーナ! 繰り返す! こちら……駄目です。接続されません」

 

「……この宇宙の常闇に放り投げられたと言うわけか。電源復旧までの見込みは?」

 

「不明です。ですが、何かが巻き起こったのだけは……確か……」

 

 艦長席へと深く腰掛けて状況を把握しようとした矢先、エアロックが手動で解除される。

 

「……ザライアン・リーブス? どうしてここに……」

 

「感じたからだ。……聖獣の一角が動いたな?」

 

 何故それを、と問いただそうとして、彼は通信の周波数を変容させ、瞬く間にコードを打ち込み、アルチーナの電源を復旧させていく。

 

 一隻だけ生き返ったアルチーナのアステロイドジェネレーターに火が通り、硬直した月面艦隊を通り抜けていく。

 

「……まさに時が凍ったとはこの事か。不沈の月面艦隊が……」

 

「ダレトからの干渉波だ。電子機器は全て麻痺する。……しかし、まさかダレトを使ってでも何かを止めにかかるとはな。《ネクストデネブ》……」

 

「失礼ながら……ザライアン・リーブス。あなたは一体……何者なのだ。何故、復旧策を知っていた?」

 

「それは僕が既に経験しているからですよ。ダレトの干渉波から逃れる術を。どうやれば生き残れるのかを」

 

 ザライアンは超越者のような眼差しで自分を見据え、そして言い放っていた。

 

「アルチーナは巨大艦でしょう。他のクルエラ級や月面艦隊を立て直します。そうでなければいつまでもこの宙域に留まったままだ。《マギア》を寄越してください。アルチーナを主電源とすれば、アステロイドジェネレーターがイカれていても、外部電源でどうにかなる」

 

 艦長は目頭を揉み、ザライアンの言葉を自分の中で反芻する。

 

「……このような状況を理解して……いや、経験している? そんな人間はこの世に居ないはずだが……」

 

「失敬。言っていませんでしたね。僕の名前はザライアン・リーブス。木星船団のリーダーであり、そして宇宙飛行士。ですが、もう一個、名前を持っているのです」

 

 彼は煤けたような蓬髪を払い、赤い瞳で艦長を見据える。

 

「――僕はこの宇宙の人間ではない。あなた方が四聖獣と呼ぶMF、《フォースベガ》によってこの世界に顕現した、時空の来訪者だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第八章 「月航路を目指して〈ムーンライト・オンザウェイ〉」了

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。