機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第九章「忌むべき来訪者達の饗宴〈シャドウ・リターナー〉」
第67話「満月の夜に」


「ですが、編集長。これは大きなニュースですよ」

 

 そう持ち込んだデスクに、編集長は嘆息をついていた。

 

「駄目だ。記事にする事は許さん」

 

「何でですか! 世界情勢が大きく移り変わろうとするこのタイミングに!」

 

「分からないのか。血気逸って下手な伝聞を流布すれば、我々は追われる事になる。軍警察から、だ」

 

 その言葉の物々しさにさすがにデスクは返答に窮するかに思われていたのだが、彼女の持ち込んだ書類にはびっしりと、その模様が克明に描かれていた。

 

「月のダレトの防衛圏内から、四聖獣のうち一機が別軌道へと離れた……。これはダレトの守りを司っている月軌道艦隊への糾弾となり得ます! 何より! MFの位置関係はこれまで安全圏と言われていたボーダーライン。それを破った機体が一機でも居れば、それは非常事態なんじゃ?」

 

「分からんのか。非常事態だからこそ言っている」

 

 そう、下手に事を荒立たせれば自分達だけではない、地球圏に住む全人類が不安に駆られるであろう。

 

 それでも、デスクは食い下がる。

 

「……ここが駄目なら、別の出版社に持ち込んだっていいんですよ……!」

 

 最後の脅しのつもりなのだろうが、編集長は落ち着き払っていた。

 

「君は知らん世代なだけだ。知らんからこそ傍観者としての記事を決め込める。あの世界が移り変わった瞬間……ダレトの解放とMF来襲は我々地球圏での世代にとっては大きなターニングポイントであった。後のアステロイドジェネレーターとミラーヘッドの技術、そして高速航行の可能性、木星圏への船団、月への採掘の開始と、MFと言う概念……何もかも全てだ。全てが一夜にして様変わりしたあの激動の時代を君はまだ学生身分であったはずだろう。……あの時どれほどの血が流れ、どれほどの報道が軌道修正したのかを知らんからこそ、こんな傍観者の目線を決め込めるのだ」

 

「それは私が無知だとでも?」

 

「若いだけだ。それだけなのだよ、君は。……職務に戻りたまえ。君は少々、首を突っ込んではいけない事象にやたらと首を突っ込みたがる。前回の記事だってそうだ」

 

「……没にならなければあれは先週のトップニュースになるはずでした」

 

 編集長は自身の端末に編集部内で没案にした彼女の記事を呼び起こす。

 

「エンデュランス・フラクタル、その実情は?」と踊ったタイトルと誇大妄想気味な記事内容に頭痛の種を覚えていた。

 

「あまり逸れば、それこそ命がないぞ。この業界とはそういうものだ」

 

「……分かりませんね。編集長が慎重過ぎるだけなのでは」

 

「慎重過ぎるくらいで我々はいいのだよ。マスメディアとは、報道とは慎重に慎重を期して市民に情報を伝えるものだ。だと言うのに君のやる記事はどれも攻撃性が高い。そんなでは一時の市民の扇動は出来ても、それが継続的には成り得ない。分かるかね? 君がやっているのはアマチュアのやっているネットニュースの煽り記事と同じだ。それは我が社のスタンスではないと言っている」

 

 バンと、デスクは今回の記事を机に叩きつけていた。

 

「でも、報道は自由でしょう!」

 

「自由と秩序がないのは違うんだ。何故、分からない」

 

「分かりたくありませんから。編集長の言っているのは、老人の理論です。もっと攻めなければいつまで経っても市民は真実を知らない無知蒙昧のままでしょう」

 

「それもある一面では正しい。君はどうしたい? この世界を」

 

「暴きたいだけです。真実の姿に」

 

「だが暴いてどうなる? その先にあるのは破滅だと、何故分からん?」

 

「編集長は何でそんなに情熱がないんですか! 今しかないんです! MF02、《ネクストデネブ》の移動を観測! これは我が社が独自に仕入れたスクープなんですよ!」

 

 デスクの興奮気味の声に編集長は心底参ったように頭を振っていた。

 

「……そんな事を世間に公表しても、誰が納得するかね? 混乱の種を撒くだけだ。世論のほとんどは知りたくもあるまい。MFの移動、そして四聖獣のバランスが崩れた……たとえそれが間違いようもなくリアルだとしても、そのリアルに晒された民衆はどうなる? 彼らにとっては知りたくもない現実を一方的に知らされるのはただの暴力と同じ事だ」

 

「……暴力?」

 

「あるいはこう言ってもいい。差別だとも。君は無知蒙昧な民衆を導く聖女の行いのつもりかもしれないが、一面で言えばそれは魔女の行いでもある。いいかね? 沈黙こそが金の時もある」

 

「……沈黙が金? それが報道関係者の言葉ですか!」

 

 デスクの彼女は普段ならば少しばかりマシな記事を書いてくれるものだが、一度火が点くと止まらないのも事実。

 

 何よりもこれが正義なのだと信じて疑わないのは報道関係者としては最も悪手である。

 

「……じきに他の大手出版社も嗅ぎ付け、そして皆の歩調に合わせて我が社も記事を出す。今すぐに、と言うのは早急が過ぎる」

 

「でも、世界が待っているんですよ? なら、それに応じないのも嘘でしょう?」

 

「君は本来ならばもう少し聡いはずだ。だと言うのに、何故今と言うタイミングにこだわる? よもやとも思うが、別出版社から金をちらつかせられたのではないかね?」

 

「それは……」

 

 返事に詰まる当たり、図星か。編集長は大きくため息をつく。

 

「……それはジャーナリズムとは呼べないし、君の振り翳す正義とは正反対にあるものだ。よって、我が社での買い取り、及び君の記事を採用しない。これは相応な権利だ」

 

「……権利って……じゃあこの機会を見逃すんですか!」

 

「……君は軍警察の恐ろしさを知らない。そしてダレトに関連する情報の危険度でさえも。まかり間違えれば人が死ぬ。そういった情報の類なんだ。我々は文字で人を殺せてしまう」

 

「……そんな錆びついた概念、私は振り翳さない……!」

 

 最後の抗弁のように口にしてからデスクは離れていく。

 

 編集長は改めて、彼女の記事に目を通していた。

 

「……MF02……《ネクストデネブ》が空間跳躍……いいや、これはダレトを開いたんだ。そして別の位相空間より現れ、四聖獣の均衡を崩した……。この事実は重く考えるべきであるし何よりも……わたしは彼女の命を慮った、そのつもりなのだがね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 編集長は何も分かってない。それだけが浮き彫りになった議論の末に、デスクである彼女は部下に裏付けを頼んでいた。

 

「これ、明日までに裏付けを頼むわ」

 

「いいんですけれど……デスク、働き過ぎじゃないですか? こんなにやったって……編集長の駄目が通るんじゃ……」

 

「もしもの時には他の出版社を当たる。そうなるのが順当ね」

 

「嫌ですよ、自分。デスクと共倒れなんて」

 

「馬鹿、そこは栄転って言いなさいよ」

 

 襟元を正して記事のデータをカードに納め、本社を後にする。

 

 退勤間際、今一度まだ明かりの点いている出版社を仰ぎ見ていた。

 

「……私にはまだ手がある」

 

 予め想定しておいた番号へとかけ、彼女は約束を取り付けていた。

 

「もしもし? そちらと約束していた……」

 

『ああ、例の。ええ、大きなネタなので我が社としては言い値で買いたい』

 

「本当ですか? ……実のところ、編集長に反対されていて……」

 

『構いませんよ。例の場所で落ち合いましょう。そこでじっくりと話を聞く必要がありそうだ。何せ、これは世界を揺るがすスクープ。きっちりと良識のある人間同士で調停すべきでしょう』

 

 よかった、と彼女は安堵する。

 

 ここにもまだ話の分かる人間が居たのだ。

 

「……ですが、これは危険だとも忠告を受けました。約束の場所には……」

 

『ええ、護衛も付けておきましょう。それで何とかなるはずです』

 

「お願いします。何せ、MFとダレト絡みの事件となれば、欲しい輩はいくらでも居るはずですからね」

 

 通話を切ってそのまま約束しておいた路地裏へと歩いていく。

 

 その道中で空に浮かんだ月を仰いでいた。

 

「……今宵は満月ね……」

 

 月のダレトは沈黙を続けたまま、それでいて世界を様変わりさせる力だけは持っている――。

 

 学生時代、その存在感を目の当たりにした自分が報道関係に入ったのは必然で、そして今、このネタを解き放つのは必定であった。

 

「……世の中分かってないお嬢様みたいに言われるの、一番に気に入らないわよ……」

 

 月のダレトが開いてから、何もかもが一変した――その程度、ミドルスクールの生徒でも分かる。

 

「……それでも私は世界を変えたいの……」

 

 今はこの手の中にあるカード一枚に、世界の今後が賭けられていると言っても過言ではないはずだ。

 

 少し先まで進んでいくと、明らかに周辺の空気が物々しくなっていく。

 

「……護衛を付けたって言うのは嘘なの? こんな空気感……」

 

 いつ襲われても文句が言えないとでも言うような黒服達が忙しく駆け回り、そして物色するように自分を眺めていく。

 

「……お願い、早く……」

 

 その時、通話端末が鳴り響いたので、自分の迂闊さを呪っていた。

 

「はい……」

 

 すぐに出たが、相手先の声は子供のものである。

 

『その情報を買い叩きたい』

 

「……いたずら電話?」

 

『君の経歴を調べさせてもらったよ。君は――』

 

 そこから先にそらんじられた事実に、目を見開く。

 

 その中には自分以外の誰も知らないはずの情報が含まれていたからだ。

 

「……あなたは何?」

 

『あなた、という単一呼称は我々には相応しくない』

 

『左様。君は世界の帳を明けるのには迂闊過ぎた。情報のネットワークは君達が想定しているよりもずっと深い。ずっと深いところで繋がっているものだ。だから、ここで君が下手を打つのはお奨めしない。これ以上踏み込めば……』

 

 分かりやすい常套句での脅しだ。そんなものには屈しない、と奥歯を噛み締める。

 

「……どこで私の情報を買い取ったのかは知らないけれど、でもそんなの関係がない。私の手一つでこの情報はばら撒かれるのよ? なら、勝利者は私……」

 

『残念ながらそうでもないのだよ』

 

『君の構築するプライベートネットワーク、五段階の認証であったが今どき、英数小文字と数字の八桁程度では防壁にも成らない。お陰で君の纏め上げた記事は全て我々の手の中にある』

 

 震撼すると共に、これがブラフである可能性も考慮に入れて彼女は交渉する。

 

「……あなた達の言っている事が本当とも限らない」

 

『ならば証明してみせようではないか。君の目の前を、今、一人の学生が通っているね?』

 

 その言葉通り、学生が端末を弄りながら歩みを進める。

 

「……それくらい、何だって言うの? 適当な事でもでっち上げられる」

 

『――その彼が五秒後に心臓麻痺だ』

 

 まさか、と戦慄いた視界の中で学生は不意に胸元を掻き毟り、その場に蹲っていく。

 

 他の人々が駆け寄る中で、彼女は毅然と応じていた。

 

「……嘘よ。仕込みの可能性だってある」

 

『では君の背後に気を付けろ。三秒後に君は攫われる。逃れたければ我々のルートに従え』

 

 学生が倒れ込んだ隙に乗じて、一人の男が自分の背後のすぐ傍まで歩み寄っていた。

 

 自分に気づかれたのが分かると、男は舌打ち混じりに強硬策に出ようとするので、思わず駆け出していた。

 

 悲鳴も上げられない。

 

 履いていたハイヒールも逃亡の邪魔になったので投げ捨てていた。

 

 恥も外聞もかなぐり捨てて、彼女は男達の魔の手から逃れようともがく。

 

「……何を……何が起こっているの!」

 

『君は言ったではないか。世界を塗り替える大スクープだと』

 

『ならば必然、それを狙うのもまた、世界規模での諜報機関だろう』

 

「何で! 何で、何で何で! 何で私がこんな目に……!」

 

『忠告はされたはずだがね』

 

『編集長身分ならば我々の事にも勘付いていたはずだ。君のような迂闊な人間が出ないために』

 

「……何を……何を言っているの!」

 

『我々は世界を見通す、ホルスの眼のようなものだ。君のような悪さをする人間ならばすぐに勘付ける』

 

『ただ、着眼点はよかったとも。エンデュランス・フラクタルの暗部、そして今回の《ネクストデネブ》への特大スクープ。なるほど、確かにお宝だ。ただし、それを守り通せれば、の話だがね』

 

「何を……どうして……何を言っているの!」

 

 通信はもうとっくに切っているはずなのに、声だけが明瞭に耳朶を打つ。

 

 相手の回線が自分の回線を塗り替えている事にすら気付けないまま、彼女は小高い丘へと走り込んでいた。

 

 ぜいぜいと息を切らし、鼓動は今にも爆発しそうである。

 

 そんな中で、丘より見上げた月だけが、怜悧な眼差しを自分へと投げていた。

 

『……こう言わなければ分からないかね? あまり冗長過ぎるとよくないとは思うのだが――君は知り過ぎだ』

 

『そして知ったからには戻れない。鉄則であろう?』

 

 視線を振り向けた先に居たのは一人の男であった。野蛮人じみた蓬髪にサングラスをかけている。

 

「いや……いやぁッ!」

 

 逃げ出そうとした背中に銃弾が突き刺さる。

 

 よろめいた末にもう一発、今度は心臓を射抜いていた。

 

 遠ざかる視界、ぼやける世界、虚ろになる思考回路。

 

 その中でカードを取り上げられ、その情報を確かめた男が冷たく後頭部へと銃口を突きつける。

 

「……悪いな、お嬢さん。あんたは“世間を知らな過ぎたんだ”。それでお釈迦になっちまった」

 

 一番に言われたくない言葉を脳裏に焼き付け、彼女の頭蓋は弾けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グローブが合流した頃には仕事は終わっていて、クランチは静かに紫煙をたゆたわせていた。

 

「遅ぇよ。……っつってもな、これまでの俺の手腕を知っている部下はみぃーんな死んじまった。こうなっちまえば、もう誰も俺の手柄だなんて言ってくれねぇ」

 

「……クランチ・ディズル……君は……」

 

 クランチは月光の蒼い光を受けながら、天に向かって一服を吹かす。

 

「なんてこたぁねぇ。雇い主が変わっただけさ。俺の仕事内容自体は変わらねぇ。《オルディヌス》だなんだと一端のものを鼻先に突きつけたって俺みたいな戦争屋は結局のところ、地球に降りてすぐの仕事がこれさ」

 

『だが君を信用しての依頼だとも』

 

 胸元に留めたネクタイピン型の端末より発せられた声に、クランチは口角を歪ませる。

 

「信用だと? ……そいつぁどの口が、って返したっていいのかねぇ。言っておくが、あんたらの情報は正確が過ぎて不気味に映るもんだ。俺にもちぃとばかし譲ってくれよ、その叡智とやらを」

 

『いずれは考えておこう』

 

 考えていないものの言い草だ、と思いながら、クランチは情報の集積したカードをグローブへと差し出す。

 

 グローブは慌てて解析機にかけて、その真偽を確かめていた。

 

「……本物のようだな」

 

「分かんねぇなぁ、このお嬢ちゃん。もう少し賢かったら……いいや、俺よかよっぽど賢かったはずだぜ? 俺なんて戦場の死体の数で算数を習った口だ。この首何個目だ? ってな」

 

「……本当なのか冗談なのか分からない事は言わないでくれ。心臓に悪い」

 

「俺の部下なら慣れとけ、それくらい。それに、もう戻れないところまで来てんのはお互い様なんだぜ? 今さら傍観者決め込めねぇよ」

 

「……情報自体は本物だった。MF、《ネクストデネブ》。その移動……あれは位相空間を開いて別時空を介してから、宙域を離脱……いや、跳躍したと……」

 

 書かれている記事内容を反芻するグローブに、クランチは煙草を投げ捨てていた。

 

「興味もねぇな。MFってあれだろ? 月で陣取っているご大層な身分の侵略者だ。そんなのの記事一個書いて命一個を捨ててるんだ。あまりに無鉄砲だとは思うがな」

 

「……彼女にとっては必死であったのだろう。署名までされている」

 

「戦場での生き死にに比べりゃ、こんな平地で日夜戦っている連中なんてみんな平和ボケさ。にしたって連中、高いところが好きなんだな。だから、逃げ遅れるって事も分からない」

 

 二本目の煙草にクランチが火を点けたところで、都心の一角に位置するビルが爆破されていた。

 

 中腹部が折れ曲がり、中に居た人間は即死であろう。

 

「……我々の行動如何で人が大勢死ぬ。ミラーヘッドの戦場と何も変わらない」

 

「おいおい! 腑抜けた事抜かしてんじゃねぇぞ、てめぇ! ミラーヘッドの戦場だぁ? ……あんなもん、ちぃと核を見て握り潰してやるだけの戦場だろうが! ……ったく、湧いたヤツばっかりで嫌になるぜ。煙草が不味くなる」

 

『朗報だよ、クランチ・ディズル。エンデュランス・フラクタル母艦、ベアトリーチェがコロニー、シュルツを出港。これで少しは追いやすくなる』

 

「そいつぁ、統合機構軍の眼を掻い潜るのが容易じゃねぇって事か?」

 

『これでも陣営ごとにやりやすさと言うのはだいぶ違っていてね。そういう点では君らは最適解であった』

 

「最適解、ねぇ……褒められている気はしねぇが」

 

『クランチ・ディズル。そしてその部下二名に告げる。君達は再び、ベアトリーチェに襲撃を仕掛けてもらいたい』

 

「前回みてぇな失態はやめてもらいたいんだがな。あんな……殺人マシーンとやり合えってのはそのご自慢の《オルディヌス》なら足りるのか?」

 

『足りるどころではないはずだ。君らが勝利する』

 

「そいつぁ、心強い。……だがな、同時に思うんだよ。ペテン師ってヤツも大概は大言壮語を吐く。あんたらがいいスポンサーか、それとも性質の悪いペテン師か。そろそろ見極めどころってもんが欲しい。俺も命あっての物種だとは思っているんでね」

 

『珍しい事を言うではないか、クランチ・ディズル。君はもうその領域はとうに過ぎているのだと思っていたが』

 

「殺すのは好きさ。戦場はいい。血と硝煙のにおいに魅せられる最上の場だ。……だがな、同時に一歩間違えれば足元すくわれて、死ぬには自分になっちまう。そういう点じゃ、俺はまだ懐疑的でね。あんたらが俺らを投げてりゃいい爆弾だと思っているのか、それとも帰還を前提とした兵士として送り込んでいるのか、事と次第によっちゃ、返答も変わってくる」

 

 自分達の値踏みを要求している――さすがの連中もそろそろ分かってきた頃合いだろう。

 

『意外だな。殺すのも死ぬのも一興だと思っているようであったが』

 

「そりゃそうさ。だがな、無意味に死ぬのはいただけねぇ。それだけの話だ。あんたらの返答次第じゃ、俺は見限る。その覚悟くらいはあるもんだとおもってもらいたいんだがねぇ……」

 

『その懸念は必要ない』

 

 不意に、それこそ水鳥が湖面に降り立つかのように軽やかに。

 

 ノーマルスーツを着込んだ謎の宇宙飛行士は自分とグローブの間に降り立つ。

 

 今の今までその存在にさえも気付けなかった。己の迂闊さを呪った時には、既に臨戦態勢だ。

 

 グローブと同時に銃口を向けると宇宙飛行士は手を振る。

 

『我々は信に足る存在だと思ってくれていい』

 

「言葉と行動が裏腹だぜ……! 下手に出てきて死にてぇのかよ」

 

『そうではないとも。君らの流儀に、我々なりの返答をしているだけと思って欲しい』

 

「突然に現れるのが返答なのだとすりゃ、間違いも甚だしいな」

 

『これより君達には作戦行動に移ってもらう。その際にとある懸念に関して、一個だけ解消しておこう』

 

「……とある懸念?」

 

「一個だけ? 何だよ」

 

『君らの戦いはこれより、ミラーヘッドの記録上残らない』

 

 これまでの秘密主義に比べれば、何て事はないように思われたが、その実の意味するところを悟り、クランチは銃を握る手を強張らせる。

 

「……それだけは出来ないはずだ。出来ねぇ事を出来るって言い出すと、マジにペテン師めいているぜ」

 

『我々は嘘だけは言わないよ。それが君達との差異だ』

 

「嘘じゃねぇ証明も出来ねぇだろ。ミラーヘッドのログは、クロックワークス社が管理して――」

 

『そのクロックワークス社がだね、つい数時間前に襲撃に遭った。こればっかりは寝耳に水だろう?』

 

 思わぬ、とはこの事で自分もグローブも呆然としていた。

 

「……あの会社が? だがセキュリティは万全のはずだ」

 

『可笑しな事を言うな、君は。今さらセキュリティがどうのだの』

 

「……だとしても、あの会社自体がテロにでも遭わない限りは俺達は監視され続けるぜ。そういった仕組みにしたのは、それこそあんたらじゃないのか?」

 

『仕組みを扱うのも人間ならば、試すのも人間の役割だろう。我々はそう割り切っているがね。いずれにせよ、クロックワークス社はこのスキャンダルを表沙汰にはしない。したところでどうなる? いたずらに不安を駆り立てるだけだ。ちょうど今しがた殺した彼女のように』

 

 一瞥を死体に振り向け、クランチは舌打ちする。

 

「……んで、それが俺らが関知されないのと関係があるんだな?」

 

『一番の問題点であった第十七号量子コンピュータを何者かが強奪。その後に消息不明。これによって我らの盤面が一個進んだ』

 

「量子演算コンピュータでミラーヘッドをどうこうしていたって言う今の一個だけでも随分なスキャンダルだが」

 

『この程度、些末なものだとも。それにクロックワークス社はミラーヘッドの独占事業を得ていた。彼の企業からしてみれば、痛くもない脇腹を突かれたも同義。この状態から、どうあってもミラーヘッドの情報の一部が抜き取られているなど公式発表をするはずもない』

 

「……その目論みが当たっていたとして、じゃあ何で、って話にもなるんだがな。鏡像殺しの異名の俺に対し、今さらミラーヘッドを使えと?」

 

『その忌み名は伊達ではないはずだ。ミラーヘッド戦も出来ないわけではないのだろう?』

 

「……自分が死ぬみてぇで、気分が乗らないだけだ」

 

『ならば《オルディヌス》による第四種殲滅戦を超えたミラーヘッド――ミラーヘッドメギドを使用してもらう。これは名の通り地獄だぞ』

 

 その言葉に息を呑んだのはグローブのほうであった。

 

 自分はと言えば、煙草をくわえたまま宇宙飛行士を睨んでいる。

 

「地獄、か。そいつぁとうの昔に通り過ぎた代物だ」

 

『そう言ってくれると信じていた。君の手腕に期待しよう』

 

 宇宙飛行士はどこから呼び寄せたのか、丘の上に《マギア》を待機させ、そのマニピュレーターへと導かれてどこへなりと飛んで行ってしまう。

 

 最後まで警戒を怠らなかったクランチだが、相手が完全に消え去ってからようやく、屈辱に歯噛みしていた。

 

「……くそがッ! あいつらの走狗かよ、俺は……!」

 

「……だがクランチ・ディズル。彼らの言う事を聞かないわけにもいくまい」

 

「……ああ、癪だがその通り。何だ、グローブ。てめぇ、俺の流儀にも慣れてきたってワケかい」

 

「……そちらに従わなければ自分は死ぬだけだ」

 

「領分を分かってきた犬っころは好きだぜ? 愛想を振るって事も覚え出す」

 

 もう一人の部下がクランチへと煙草を点けたところで、不意にクランチはその部下へとヘッドバットをかましていた。

 

 部下は倒れ伏すなり、クランチに腹腔を蹴られる。

 

「な、何を! 部下だろうに!」

 

「部下だからだろうが。ガス抜きくれぇさせろってんだ。グローブ、てめぇ、今だから言っておくが、もう戻れねぇからな。《オルディヌス》ってのがどんだけヤバい機体なのか、見ただけでも分からないとは言わせねぇ」

 

「それは……」

 

 返答に窮したグローブを糾弾する気にもなれず、クランチは煙草の火を部下の手の甲に押し当てていた。

 

「……返事は?」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「犬ってのはいつでも感謝の気持ちを忘れちゃいけねぇよな。だがただの犬っころで終わるかよ。あいつらに目に物見せてやる。……犬だって獣だって事をな、理解させなくっちゃいけねぇ」

 

「この会話も、聞かれているのではないのか?」

 

「だろうな。だからこそ、言ってんだよ。宣戦布告ってのはいつだって相手を前にしてやるもんだ。見えないところでこっそりやるもんじゃねぇよなぁ?」

 

 グローブは恐れ戦いているようであったが、クランチは少しだけ、不味い煙草が上出来の旨さに変わったのを感じ取っていた。

 

「……にしても、今宵は満月か。嫌な夜だぜ、畜生め」

 

 そう言って天を侮辱するように、煙い息を吐きつけていた。

 

 

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