機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第68話「涙に報いるには」

 操縦を教えて欲しいと、頼まれるなんて思わずにアルベルトは硬直していた。

 

 目の前ではラジアルが頭を下げている。

 

「お願いします! 私に操縦を……MSのいろはを……!」

 

「ま、まずいですって、ラジアルさん! オレなんかに頭を下げないでくださいよ! ……そうじゃなくっても、どこで野郎連中の眼があるか分かんないんですから……!」

 

「でもアルベルトさん……初見で《アルキュミア》を動かしたそうじゃないですか。それって才能ですよ」

 

「……そんな高尚なもんじゃありませんって。オレら、もしもの時は誰かの機体に乗ってでも戦い抜かなくっちゃいけなかった身分っす。だから操縦感覚ってのはもう沁みついちまってるんですよね……」

 

 呪いのようだ、とは思いつつも言わなかった。

 

「じゃあその……《オムニブス》に足りない事、分かるはずですよね?」

 

「……ラジアルさん。オレは正直なところ、あんたが前に出過ぎるってのもあんまり賛成出来ないんだ。いくら《オムニブス》とやらが堅くたって限度がありますし、それに今のままじゃ、まるで死にに行くみたいに……。そういう生き急ぎってのはあんまりオレは……好きになれないんすよ……」

 

「じゃあ、どうすればいいんですか? ……前みたいに、こうして……アルベルトさんと何でもない事を、たわいもない事を話していたほうが……あなたのラジアル・ブルームとしてはよかったかもしれません。……でも私は、リアルを知ってしまったんです。アルベルトさん、あなたのリアルを……」

 

 まさか、とこちらが身構えたのをラジアルは頭を振る。

 

「……言いません。言えるわけ、ないじゃないですか。あんなの、当人だけの問題のはずです」

 

「……参ったな。オレはラジアルさん、あなたにあれを言われちゃ、ここに居れないと、ある意味じゃ覚悟していたんすよ。だからその覚悟の出端を挫かれたみたいなもんで……」

 

「……男の子が過ぎますよ、アルベルトさんは。あの時、一番に辛かったのはアルベルトさんのはずなのに。……そして私はきっと、とっくに死んでいたんですよね……」

 

 どこか遠くを見ながら呟いたラジアルに、アルベルトはかしこまる。

 

「……自分があの時、死んでいたかもしれないなんて精神衛生上、思わないほうがいいっすよ。オレもたまによぎるんすけれど、やっぱりよくないな、って思いますし」

 

「……アルベルトさんは、全部知っていたんですか」

 

 糾弾でも、ましてや詰問でもない。ただの問いかけであった。そのような論調で聞くのもズルいと感じてしまう。

 

「……オレは責任があると思ってるんです。知っていたのに知らないフリをし続けた責任ってのが。だからオレは《アルキュミア》だろうが何だろうが、クラードの隣に居れるんなら何だってしますよ。それこそ、道理にもとる事だって……」

 

 拳をぎゅっと握り締めて放った覚悟に、ラジアルは壁に背を預けて赤髪を漂わせる。

 

 仄かに香水の匂い、女の香り――。

 

「……そう言われちゃうと、私だって何にも聞けなくなっちゃいますよ。アルベルトさん、クラードさんと一緒に戦う事で贖罪でもしようとしているんですか」

 

「……みてぇなもんかもしれません。オレは、あの時助けられなかった命や、知っていたのに知らないフリをして逃げていた自分がどうしたって許せないだけなんです」

 

「……でもそれって、あなたは自分の命を守るためにやった事でしょう」

 

「利己主義なんすよ、結局は。無知な宇宙暴走族を気取っておいて、それで何もかんも知っていたってのは、馬鹿を通り越してもう害悪なんです。オレはただの、凱空龍の面子のヘッドでよかった、ただのそれでよかったってたまに思うんすけれど……これも逃げっすね。オレは結局、クラードの隣に立つ理由が欲しいだけなんすよ。だからあれこれと言って、言葉ばっかり弄して、理由を取ってつけて……」

 

「アルベルトさん……」

 

「だからそんなズルい自分を、見て欲しくないのもあるのかもしれません。だから前に出たがるんだって。多分、クラードには、あいつには見抜かれてるんでしょうけれどね」

 

 そう、クラードならば自分の葛藤など恐らくはお見通しか、あるいは興味もないのだろう。

 

 彼の事だ。「どうでもいい事」で断じられている可能性もある。

 

 クラードはこれまでもそうであったし、これからもそうであり続けるだろう。

 

 そこまでの強い芯が自分の中にはない。

 

 だから惑ってしまう。

 

 だから、このまま壊れかねない心を奮い立たせようと、覚悟で雁字搦めにする。

 

 そうしないと心が折れてしまいそうで怖いから。

 

「……アルベルトさん、でもあなたはきっと、いい人なのは分かります。それは多分、アルベルトさんの魂の色なんだと、私は思うんです。だって一度だって……アルベルトさん、いつだって出来たじゃないですか。私を無理やり、力任せにどうこうするくらい」

 

「……そんなのは男のやる話じゃないってだけです」

 

「ほら、やっぱり。……私の思った通りだった。あなたは自分の魂の色を穢すような事だけは出来ない」

 

「……どうでしょうかね。オレは多分、ラジアルさんの思ったような高尚な人格でもないとは思いますよ。ただの意地っ張りな、それこそ余計な感情と装飾に糊塗されただけの、ちっぽけな奴なんです」

 

 そう、ちっぽけだ。

 

 何もかもが。

 

 図体ばかり大きくて、そのくせ自分を大きく見せようと言う虚飾を纏う気概すらない、ちっぽけさ。

 

 トキサダや他のメンバーは違う。

 

 彼ら彼女らは、凱空龍で生きる事にやり甲斐や生き甲斐を見出している。

 

 反して自分はどうなのだ。

 

 凱空龍でなくとも生きていける、その道がなくっても生きる道はある。

 

 ――半端者だ、と自嘲する。

 

 自分はただの半端者。何者にも成り得ない、ただの弱者。

 

「……そんなの、生きていたって何かなるのか? 誰かを救えるのか? ……だからオレはせめて近い場所に居るクラードだけは見過ごせないのかもしれません」

 

「《レヴォル》の射程に入って《マギア》で殴り込みなんて無茶ですよ。ヴィルヘルム先生にも言われたんじゃ?」

 

「あの人はただの興味本位の人っすよ。どうだった? なんて聞かれちゃいました」

 

 その言葉の後、二人して笑い合う。

 

 打算のない、真実に可笑しいだけの話であった。

 

「……何だかすっきりしますね。アルベルトさんと腹の探り合いとかなしにこうして笑える事って貴重かも」

 

「あ、それはオレも……つーか、正直、ビビってました。あんたがオレの……そういう秘密にいつか勘付いちゃうんじゃないかって」

 

「想像よりもずっと大変なものを抱えているのは分かりました。でも、私は決して、あなたを糾弾しない。だって私、本心ですから。アルベルトさんの事、好きなのは」

 

 不意打ち気味に告白されて、アルベルトは面食らってしまう。

 

「あ、え、へっ……? 今なんて……」

 

「もう! アルベルトさん、女の子に二回も三回も好きだなんて言わせる甲斐性なしなんですか?」

 

「あ、いや……違くて……いや、違わねぇな……じゃなくって! ……嘘でしょ? ラジアル・ブルームがオレみたいなのが好きなんて……」

 

「駄目ですか? ラジアル・ブルームがあなたみたいな人を好きになっちゃ」

 

「いや、駄目とかそんなのは……。ああ、そっか。また、からかわれてるんすね、オレ……」

 

 ようやく察したアルベルトにラジアルは微笑みかける。

 

「いつもよりかは、今の好きは本気だったんですけれどね」

 

「茶化さないでください。オレみたいな宇宙の場末で生きているだけの族上がりなんて、あなたみたいな人が好きになっちゃいけない」

 

「何ですか、それ。映画でもそんなクサい台詞なかったですよ?」

 

 うっ、と手痛いところを突かれてアルベルトは返事に窮する。

 

 実際、どぎまぎしているのもあながち嘘でもないのだ。

 

 こんな美人に――いや、今さら美人かどうかなど関係がなく――ここまで自分の嘘と虚飾をさらけ出しても好きだと言ってくれる人間が居るなど思いも寄らなかった。

 

「……オレ、甲斐性なしっすよ?」

 

「それは見れば分かりますし、もう証明済みです。気が付いたらカトリナさんをずっと目で追ってますもん」

 

「……それ、他のクルーにも」

 

「バレバレですけれど、女性クルーはあえて言及しないんじゃないですかね?」

 

 顔を手で覆い隠す。

 

 穴があるのならば入りたいとはこの事なのだと思い知っていた。

 

「……カッコつかねぇっすね」

 

「いいんじゃないんですか? アルベルトさんは、そういう方ですし」

 

「……ヘタレって言ってます?」

 

「分かるようになってきたじゃないですか。女子の思っている事」

 

 はぁ、と重めのため息をついてアルベルトは滞留した憂鬱さを噛み締めていた。

 

「……嫌っすね、何だか今までのカッコつけが全部馬鹿に見えちゃうみたいで」

 

「うーん……でも男の子ってカッコつけるものじゃないですか? だから、アルベルトさん、すっごく男の子だと思いますよ?」

 

「……ガキって言われて喜ぶ大の大人が居ます?」

 

「その道では居ましたかねぇ?」

 

「……さいですか。まぁいずれにしたって、オレはあんたにはもう手の内の割れたマジシャンみてぇなもんで、今さらかしこまったって無駄って事っすよね」

 

「どうします? 付き合っちゃいますか?」

 

「……何で女ってのは飛躍するんですかね。こう、理論がびゅんと」

 

「えー、ここまで言い合った仲なんですしいい加減付き合っちゃいましょうよ」

 

「駄目っすよ。他の野郎の眼があるうちは無理っす」

 

「……じゃあ他の人の眼がないところなら?」

 

「あのっすね。そんなもんあるわけ――」

 

「――部屋ならないんじゃないですか?」

 

 思わず、息を呑むほどのひそやかな声。

 

 禁忌への誘惑に、アルベルトは乗りそうになってぐっと奥歯を噛み締める。

 

「……駄目っす、駄目なんです。オレは、こう言っちゃなんですけれど、ラジアルさん。あなたをそんな風に……軽んじられない……」

 

「……戦いに赴く前に、抱いてもくれないんですね……」

 

「いや、そういうんじゃ……! ああ、いや、そういうのなのか、クソッ……! ……すいません、気持ちに応えられなくって……」

 

 思わず壁を殴りつけて面を伏せたアルベルトにラジアルは笑顔で返答する。

 

「いいんですよー、別に。私だって、これでも大女優のラジアル・ブルームですし。男の人の空回りな好意には慣れていますので」

 

 何だかそれは、今までの自分を弄んだ言葉とは違って彼女自身を切り売りするような言葉に思えて、アルベルトは気の利いた何かを返そうと、喉の奥に力を込める。

 

 だが、どうしたって浮かばない。

 

 ラジアルの手を取ればいいのか?

 

 彼女を抱きしめればいいのか?

 

 分からない、何もかも分からない。

 

 分かるのは、自分がまだ子供である事だけ――。

 

「違う、オレは……。あなたがオレを好きで居てくれるのはその……めちゃくちゃ嬉しいって言うかその、天にも昇るって言うか……。ああっ、クソッ……貧困な語彙じゃどうにも出来ないくらい、嬉しいんですよ……。でも、駄目なんだ。同時に、あなたを……汚せないんだってのもめちゃくちゃあるんです。オレみたいなののエゴで、あなたを……どうにも出来ない……」

 

「戦い方も教えてはくれないんですね」

 

「……あなたに前を行って欲しくないんす。それはオレらの仕事って言うか……」

 

「前時代的ですよ。今さら男が前、女が後ろなんて」

 

「……言われたってその通りっすけれど、でもオレは……男の意地としてあんたを行かせられないんだ……!」

 

「それだけは分かれって? ……ズルいのはアルベルトさんも同じじゃないですか」

 

 ハッとしたその瞬間には、ラジアルはこれまでのはつらつとした笑顔に戻っていた。

 

「なぁーんて! ……もう! アルベルトさんってば本気にし過ぎですよ。私は女優なんですよ? 何でもかんでも、ステージに立ったらその役に徹するんです。それは知っての通りでしょう? なら、私みたいなのが向ける好意なんて、言っちゃえば台本なんです。その台本に乗るか乗らないかだけの話で」

 

「……ああ、そっか。あ、いや、そうじゃないでしょう、今のは」

 

「……どう取っていただいても構いません。ただ私、アルベルトさんの事、もう嫌いにはなれないなって……そう思っただけですから」

 

 ラジアルは微笑んで手を振る。

 

 そんな彼女の背中に何か言葉を、気の利いた一言でもかけようとして、何も言えない己の弱さに気づいていた。

 

 彼女は自分の弱さを、それでもいいと肯定してくれたのに、自分は彼女に何も返せない。

 

 そんなではきっと後悔すると、この時どうしてなのだか、致命的に分かってしまっているのに、なのに何も言えないのだ。

 

 女一人守れるような、そんな大言壮語も吐けないのだ。

 

 ――半端者。

 

 脳内で己を侮辱する声が響き渡る。

 

 自分自身の声で、それは再生されていた。

 

「……違ぇ……」

 

 いや、違わない。

 

 自分は半端者なのだ。

 

 傷つきたくないから、傷つけたくないから、誰かの好意に応えられない。誰かの好意に甘えられない。

 

 誰かの――もしかしたら一生に一度かもしれない言葉に――応じられない。

 

「……違ぇ……」

 

 もう一言、自分でも欲しかった。

 

 だがどうしたって下手に緊張した渇いた喉からは、呼吸音と大差ない声が漏れるだけ。

 

「……だから、違ぇ……! ……オレは、ラジアルさん……あなたの事が……!」

 

 もう誰も居ない。

 

 彼女は行ってしまった。

 

 残響するばかりの虚しいだけの廊下でアルベルトは噛み締めていた。

 

 恋愛の方程式なんかじゃない。

 

 こんなのはただの負け戦だ。

 

 それもただ自分が傷つくよりもよっぽど辛い、負け戦。

 

「……こんなのって、ねぇだろ、オレ……」

 

 己の至らなさに叫び出したくなってしまうが、そんな馬鹿にも成り切れない。

 

 何者でもない自分を、ただ持て余すだけであった。

 

 ふと、浮かび上がった水滴を目にする。

 

「……泣いていたんだぞ、ラジアルさんは……。アルベルト……!」

 

 だがその涙に。

 

 その悲しみに。

 

 寄り添う事をやめたのもまた、自分そのものであった。

 

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