機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第6話「レヴォルの胎動」

「やばっ! 寝坊しちゃった! もう、何でいっつも遅れちゃうんだろ……」

 

 グリニッジ標準時に設定したはずの腕輪型端末に視線を落とし、カトリナはホームへと駆け込んでいく。

 

『ただいま、惑星間交通ポートライナー七番線に電車が参ります。駆け込み乗車はご遠慮ください』

 

「間に合わないぃー! 駆け込み乗車上等っ!」

 

 飛び込んできた武骨な灰色の車両は無数の円筒型の扉を有している。

 

 自分のように駆け込み乗車を行うような時間に余裕のない人間はほぼ居ない。

 

 カトリナは開いた扉へと入り、ちょうど一人分の個室の中で息を切らしていた。

 

「ま、間に合ったぁー……」

 

『行き先を設定してください』

 

「はいはい……。座標はえーっと……定期券を出さないと……」

 

 ごそごそとカバンの中を探っていると、急かすようにアナウンスが響き渡る。

 

『行き先を設定してください』

 

「待ってってば……。はい! これで……!」

 

 定期券を翳し、エンデュランス・フラクタルの企業キーを入力する。

 

『設定されました。これより、ポートライン規約第七条に基づき、お客様を量子転送いたします。しばらくの間、動かないでください』

 

 そのアナウンスが響いた三秒後には勤め先のポートラインへと転送されている。

 

 当然、転送時に違和感や不快感を催す事はない。

 

 これは確立されたシステムだ。

 

 ダレトの存在によって人々は量子転送技術を既にその手にしている。

 

 もっとも、それは限られた場所から場所のみ、に限られていたが。

 

「遅れちゃうぅー……!」

 

 ポートラインの階段を駆け下り、屹立するエンデュランス・フラクタルの支社への直通通路を必死に走っていく。

 

 天窓からは今も遠心重力を生み出す特別区画がゆっくりと回転しているのが窺えた。

 

 ようやく会社のエントランスに辿り着いた頃には、他の社員達からの好機の視線が飛んでいた。

 

「重役出勤ご苦労様です、期待の新人殿!」

 

 囃し立てる声と、初出勤翌日からつけられた珍妙な渾名で呼ばれ、カトリナは羞恥の念で顔を真っ赤にさせる。

 

「……もうっ。すぐ出社しないと……」

 

 カトリナは部署までエレベーターで降りるなり、朝の挨拶をする間もなく、デスクについている人々からの視線を一気に浴びる。

 

「……そのぅ……おはようございま……」

 

「あら、カトリナちゃんじゃない。もう出社時間三十分も過ぎてるわよ?」

 

 早速バーミットに注意され、カトリナは平謝りする。

 

「すいませんっ! 遅れちゃって……」

 

「まぁまだ大した仕事ないからいいけれどね」

 

 そのまま書類の束をどんと差し出される。

 

 意味も分からず受け取ると、バーミットは手を振ってそれを任せていた。

 

「バーミット先輩! あの……この書類なんですけれど……」

 

「うん? あー、これ。下の格納庫に居る整備班に渡しておいて。大丈夫、顔合わせはしたんでしょ?」

 

 バーミットの言い分にカトリナは困惑してしまう。

 

「その……顔合わせとかじゃなくって……。それに私、こういう書類仕事ってもっと大事にしないといけないと思うんですけれど」

 

「なーに言ってんの。入ったばっかなんだから他の部署には出来るだけ顔出しとく。これ、常識よ?」

 

「どこの世界の常識なんだか……。バーミット先輩は来てくれないんですか?」

 

「あー、あたし? だってあそこ汗臭いじゃない。パスよ、パス」

 

「……そんな基準でいいのかなぁ……」

 

 疑問を挟みつつも、カトリナは書類を手に下層へと続くエスカレーターに歩み出そうとして、乗り合わせた男に後ずさる。

 

「あ、あなたは……入社式の。サルトル技術顧問と一緒に居た……」

 

「むっ……ああ、あの時の。レクリエーションを初日からブッチギッた期待の新人」

 

 うっ、とカトリナは言葉を詰まらせる。

 

 他の部署にはもうその件が広まっているらしく、どうやら自分のこの会社での渾名は「期待の新人」で決まったらしい。

 

 直属の上司だけならまだしも、他部署の自分と同等の新入社員にすらそう揶揄されているのを聞いてしまっているのであまりいい気分はしない。

 

「その……それやめてもらっても……」

 

「ああ、それは悪いね。いやはや、反省しておこう」

 

 エレベーター内が気まずくなるのは防げたが、カトリナはどこか恨めし気に同乗する相手を窺う。

 

「その……こっちに用があるんですか?」

 

「ああ、ベアトリーチェ号に関して書類仕事を進めていてね。フロイト艦長と打ち合わせだ。彼女はあれでもやり手でね。民間軍事企業……いや、語弊があるな。統合機構軍の中では生え抜きのエースなんだ。そっちじゃ死神のフロイト艦長で名が通っている」

 

「し、死神……?」

 

 目を見開いて戦々恐々としていると、爽やかな風貌の上司は笑う。

 

「気にするなって。彼女もあれで色々あったんだ。期待の新人が気にかけるもんじゃない」

 

「そ、そうは言っても……。って言うか、その渾名やめてくださいよぉ……」

 

「分かりやすくっていいと思うがね。わたしはベアトリーチェ号には乗船許可が未だに下りないが、いずれは乗船の許可証をもらうつもりではあるんだ。……そう言えば挨拶が遅れていたね。わたしはヴィルヘルム。有機伝導施術士としてベアトリーチェ号での配備を願っているんだが……現部署とのいざこざがあって、なかなかね」

 

「有機伝導施術士……って事は、私の勉強している資格の?」

 

「おっ、期待の新人も有機伝導施術資格を?」

 

「まだ二級ですけれど……一応は勉強していて。あの、やっぱり難しいんですか? 一級って……」

 

「いや、わたしの持っているのは特級だ。一級よりさらに上。だから難しいなんて次元じゃなかったね」

 

 何でもないように言ってのけるヴィルヘルムに、カトリナは完全に面食らっていたが、彼は何でもない事のように尋ね返す。

 

「有機伝導施術資格は戦闘艦には必ず要る資格だ。期待の新人が取ろうと思っているのは、どうしてだい?」

 

「それは……。って言うか渾名……もうっ。……有機伝導施術、思考拡張の部類の資格はあれば格段に職種の適応範囲が変わってきます。エンデュランス・フラクタルに居るのなら、それは必要だと思いまして」

 

「戦闘艦に乗りたいのかな?」

 

「それは……! そうじゃないですけれど、持っておきたいんです。過去に……ちょっとしたトラウマがありまして……」

 

 濁したこちらにヴィルヘルムは深追いをせず、なるほど、と首肯する。

 

「エンデュランス・フラクタルに長く居たいのなら、確かに持っておいたほうがいい。しかし、二級では話にならないぞ? せめて準一級を取ろうとは思わないのかい?」

 

「言っちゃうとそうなんですけれど……。三級の資格も何回か落ちちゃってて……。ようやく取ったと思ったら、二級前提で話が進んでいるので、早く取らないとって」

 

「それで寝不足というわけかな?」

 

 目元を指差したヴィルヘルムに、カトリナは顔を羞恥に染めて伏せる。

 

「うわっ……やっぱりクマになってます? お化粧で消したのになぁ……」

 

「誤魔化し切れるほど自分が器用だとは思わない事だ、期待の新人。それと、もう一つ。サルトル技術顧問も今日はあまり機嫌がよくない。会わないほうが身のためだと思うが」

 

「そ、そうは言いましても、仕事ですし……」

 

「お茶汲みだろう? まだ仕事とは言っても」

 

 完全に小ばかにしたような論調にカトリナは憮然と言い放つ。

 

「そ、そう言うの……! 今だと問題ですよっ!」

 

「ああ、これはすまないね。あまりに期待の新人が期待通り過ぎてね。ついうっかりしてしまう」

 

 エレベーターは重力ブロックを超えてシースルーの空間区画へと入っていく。

 

 一瞬だけ宇宙の暗がりになるのは未だに慣れない。

 

「……明かりがあるとはいえ、宇宙は怖いかな?」

 

「そ、そりゃあ……! そうですけれど……。でも、戦闘艦、ベアトリーチェ、でしたっけ? 乗り合わせる方ともまだ顔合わせはしていませんし」

 

「わたしとはしたが?」

 

「……ヴィルヘルムさんは乗るかまだ分からないんでしょう? じゃあまだですよ」

 

「手厳しいね」

 

「サルトル技術顧問の機嫌が悪いって言うのは?」

 

「手を焼いているんだ。新しい機体が入って来てね。その初期設定にてんやわんやらしい」

 

「……じゃあ、私が行っても邪魔……?」

 

「いや、見ておいたほうがいいだろう。興味を持てば、絶対に話したがる。サルトルとはそういう男だ。よく知っていてね。これでも同期なんだ」

 

「あっ、だから……」

 

「だから?」

 

「い、いえ……っ、そのー、だからちょっと親しげだったのかなぁ、って……失礼ですよね?」

 

「わたしにとっては失礼でも何でもないが、人は選んだほうがいい」

 

「うぅー……また失敗しそう……」

 

「なに、失敗は明日の糧だ。何事も失敗なくして成功体験に至れた人間のほうが少ないさ。今は散々でも失敗し尽くせばいい。そのうち成功するとも」

 

「……それ、褒めてませんよね?」

 

「分かっているじゃないか」

 

 エレベーターの扉が開き、無重力区画をヴィルヘルムは漂う。

 

「わたしは艦長に用があってね。おっと、さっきの死神とやらは言ってくれるなよ。わたしが言ったとなればとばっちりが怖い」

 

「……じゃあ最初っから言わなければいいじゃないですかぁ」

 

「口さがが過ぎるとは言われている。控えるとも」

 

 微笑んでヴィルヘルムは艦長室への区画を潜っていく。

 

 カトリナは無重力区画をしばし漂っていると下方から声が咲いていた。

 

「そこの! 期待の新人!」

 

 囃し立てる声に、もうっ、とむくれる。

 

「そんな名前の人は知りませんっ!」

 

「怒るなよ、カトリナ嬢。……見えてるぞ?」

 

 ひゃっ、と慌ててスカートを押さえる。

 

「いやー、眼福眼福」

 

「気ぃつけたほうがいいっすよー。ここ、オジサンだらけの職場なんでー。スカート履いてると狙ってくれって言っているようなもんっす」

 

 整備班の中に垣間見えた女性メカニックはこちらに興味もないのか、一瞥だけで応じる。

 

「トーマは女っ気がねぇからつまんねーなぁ」

 

「あーしに女子力とか、マジに無理っしょ」

 

 そう言って整備班が散り散りになっていく。カトリナはまたしても顔が熱を帯びるのを感じてから、サルトルの待つ区画へと足をかけたところで、ふと呼び止められる。

 

「おっ、期待の新人とやらか」

 

「……だから、その名前――」

 

 言い返す前に、無重力区画の上方で整備デッキに備え付けられたMSからこちらに向かってくるのはパイロットスーツを身に纏った男であった。

 

「……パイロットの人……?」

 

「お初にお目にかかる。いや、もしかしたらどこかで見たかな?」

 

「……あのー、ナンパとかは……」

 

「いやはや、失礼。これでも、ベアトリーチェのMS乗りで通っている。ハイデガーと言う。よろしく、期待の新人」

 

 差し出された手に、カトリナはじっと観察の眼を注ぐ。

 

 白い歯に、灰色に近い色彩の髪の毛を後ろで一本にくくっている。少し軽い調子の印象を受けるが、胸元に抱いた階級証に思わず声を詰まらせる。

 

「……少尉相当官……?」

 

「ああ、これかい? 統合機構軍は民間とは言え、一応は軍隊の階級も持たされている。僕はフリーのMS乗りだが、一応は少尉相当官としてのね。これはそういうものだ」

 

「その……っ、失礼を……」

 

「いいさ。何でもない事だ。サルトルさんに会いに?」

 

「あっ、分かっちゃうんだ……」

 

 思わず口にすると、ハイデガーは手招いて廊下のグリップを握り締める。

 

「こっちに来る人間は今日は少なくってね。だから、自ずと絞れてくる。サルトルさんはちょっと神経質になっている。だから会わないほうがいいと思うけれど」

 

「で、でもそういうわけには……上からの指示ですし……」

 

 書類を小脇に抱えると、ハイデガーは肩を竦める。

 

「事務仕事は大変だな。そういう点で言えば、僕は楽な身分だよ。MSに乗って作戦通りに戦えばいい。まぁ、特に今日の案件はサルトルさんが元々抱えていた中でも特別に面倒くさいらしくってね。僕も全くの門外漢じゃないんだ。だから、こうして君を先導しているってわけ」

 

 その論調にカトリナは頬を掻く。

 

「そのー……サルトル技術顧問の困り事って言うのは……」

 

「このエアロックの向こうにあるさ」

 

 ハイデガーはカードキーを通してから、数種類のパスワードを入れてエアロックを解除する。

 

「サルトルさん。お客だよ」

 

「こ、こんにちはー……」

 

 周囲を見渡すがサルトルの姿は見受けられない。それどころか、一面が真っ暗だ。

 

「あの……何もないんですか?」

 

「まぁ、こっちへ。手はしっかり繋いで。離れないように」

 

 何だか馬鹿にされているような気もするが、カトリナはハイデガーの手を取って上方へと続くタラップを上っていく。

 

 サルトルはタラップを上り切った先の廊下で作業をしていた。

 

「サルトルさん。お客。聞こえてたろ?」

 

「ああ、ハイデガー少尉か。こっちも入力作業がようやくひと段落したところ……って何だ。期待の新人じゃないか」

 

「わ、私にはカトリナ・シンジョウって言う名前が……!」

 

「分かってるって。カトリナ女史」

 

 たしなめたサルトルの口調にも気安いものが読み取れて、カトリナはむっとしてしまう。

 

「……で、何のお仕事を?」

 

「ああ、こいつ――さっ!」

 

 重々しい投光器の音と共に光を浴びたのは、鋼鉄の人型兵器であった。

 

 白を基調としたトリコロールカラーのMSである。

 

 複雑に折れ曲がったアンテナ部位を有し、その眼光は鋭い。

 

 歴戦の鎧武者を想起させる眼窩はしかし今は沈黙の只中であった。

 

「……これって……」

 

「ここ三日くらい、こっちの頭を悩ませている案件だよ。史上初の、民間企業の建造したモビルスーツとなる。コードネームは《レヴォル》。《レヴォル》だ」

 

「《レヴォル》……」

 

 魅せられたように口にしていると、ハイデガーが頷く。

 

「僕の乗機になる予定なんだ。東洋に言い伝わるサムライみたいで強そうだろ、こいつ」

 

「は、はぁ……」

 

「何だよ。意外にMSには興味ナシか?」

 

「い、いえっ……! 一応は一通りの勉強はしてきましたけれど……現状のMS運用って基本的には二種類ですよね? 《エクエス》と《マギア》って言う……」

 

「ああ、それなりに勉強はしているじゃないか。その通り。月のダレトが開いてからと言うもの、戦争の技術は大きく移り変わった。その中で、生き残るために人類は大きな選択肢を何回か迫られる事になった。転換期にあったMSは第四種殲滅戦において二種類にまで絞られ、そして運用されている。元々、旧連邦陣営の量産着手に入っていた軍用機、《エクエス》。それともう一つ、新たな時代の幕開けとなる来英歴287年建造の新型機、《マギア》」

 

「だがこいつは《マギア》とも、ましてや《エクエス》とも違う。《レヴォル》はカタログスペックだけでも別格なんだ。こいつの積んでるAIブレイン――通称アイリウムシステムはまるで他のと違うんだぞ」

 

 カトリナはこちらを睥睨する《レヴォル》と目線を合わせる。

 

「アイリウム……って、あれですよね。育成型のAIシステムの愛称で、正式名称はAIブレインって……」

 

「AIを育てるっていう点ではな、観葉植物やアクアリウムと似たようなもんだからそう名付けられたんだ。乗り込むパイロットごとに特色が出る。だが、《レヴォル》のアイリウムは――」

 

「サルトルさん、喋り過ぎだよ。カトリナさんが困ってる」

 

「おっと、こいつは悪い。ついついメカニックの事になると熱が入っちまってな。期待の新人も引いちまったか?」

 

「あ、いえ……でもこのMS、異質で……」

 

「射竦められたかい? 無理もない、《レヴォル》の性能を見ればもっとだ」

 

 どこか自慢げなハイデガーに対し、カトリナは何だか、その眼光に気圧されたように自ずと後ずさりしていた。

 

「……でも民間機って……」

 

「造っちゃ駄目だとは言われていないが、誰も造ろうとはしなかった。何せ、コストが段違いなんだ。それに、運用元となれば、色々と面倒な処理が競合してしまってね。それもあって、《レヴォル》のお披露目はまだ先になりそうなんだが……せっかくだ。カトリナ女史、見学でもしていくか?」

 

「いいんですか?」

 

「その書類、こっちのだろ? それを観ながらでも仕事は出来る」

 

 見抜かれて、カトリナは愛想笑いで書類を手渡す。

 

 サルトルに導かれて二人は《レヴォル》を後ろから眺める形となる管理ブロックに入っていた。

 

「こちら、サルトル技術顧問。コードネーム、《レヴォル》の試験運用第一号を行う。アステロイドジェネレーター、電荷」

 

 無数のインジケーターをサルトルが一人でさばいて処理し、《レヴォル》は整備用のブリッジを排され、次々と整備ボルトから自由になっていく。

 

 四肢を射抜く形の整備ボルトは《レヴォル》と言う力の安全なる運用のための代物に映っていた。

 

「……まるで拘束するみたいに……」

 

「間違っちゃいないな。先にもあった通り《レヴォル》には特殊なシステムを積んであるんだ。それがどうにかなっちゃうと困るから、こいつは特別警備が固い。今の今まで、サルトルさん以外、誰も触れなかった特別なMSなんだ」

 

「アステロイドジェネレーター、起動臨界点に到達。続いて四肢伝導液への処置に入る。ミラーヘッドジェル、注入開始」

 

 注射型の機器がそれぞれ、四肢から注入され、《レヴォル》の透過素材の中を蒼く埋めていく。

 

「……ミラーヘッド。この機体も、ミラーヘッド標準装備なんだ……」

 

「おっ、カトリナ女史もミラーヘッドシステムくらいは知ってるか?」

 

 サルトルの言い回しに、カトリナは心底不愉快だと言うように頬をむくれさせる。

 

「……怒りますよ?」

 

「いやはや、悪い悪い! からかいたくなって仕方ないな、君は」

 

「……第四種殲滅戦を知っているのにミラーヘッドの知識がないわけないじゃないですか」

 

「それもそうだ。だが《レヴォル》はミラーヘッドも他とは違っていてな。こいつは――」

 

 そこまでサルトルが言いやったところで、不意に管理ブロックにけたたましいブザー音と共に周囲が警戒色に塗り固められる。

 

 これも演出か、とカトリナはサルトルに視線をやる。

 

「もうっ、サルトル技術顧問、これって私を脅かすためでしょう? 大げさすぎ――」

 

「……いや、待て。どうしてだ? こっちのシグナルを受け付けない。《レヴォル》の管理OSが……こっちの伝令を無視して……」

 

 サルトルの焦りようも演技ならば相当に演技派である。

 

「だからぁー、そんな風にして私の反応を見ようとしたって……」

 

「そんなはずが……。ハイデガー少尉! 急いで《レヴォル》に搭乗、出来るか?」

 

 焦燥感に駆られたサルトルの凄味がかった表情にハイデガーは無言で頷いてヘルメットを被っていた。

 

 バイザーが下ろされてから、彼は備え付けのノーマルスーツを自分とサルトルに寄越す。

 

「これを着て。早く」

 

「あのー……私を脅かしたって、何も出ませんよ? そんなまさか、試験機の運用実験中に事故なんて、起こるはずが――」

 

「こちらサルトル技術顧問! 第七格納デッキの権限を全て、管理ブロックに一任してくれ!」

 

 平時には想像もつかないほどの怒声に、同じくらいの怒声が返ってくる。

 

『駄目です! 接続断線! 管理権限が全て、《レヴォル》に奪われていきます! アイリウム、観測不可領域!』

 

「……冗談、ですよね?」

 

「……これが冗談に見えるか?」

 

 サルトルがノーマルスーツを着込んで気密を確かめたその段になって、これがショウでも何でもない事を今さらに理解させられたカトリナは慌ててノーマルスーツを手繰り寄せようとして、衝撃波を感じ取る。

 

『緊急カタパルトデッキに《レヴォル》、移行! 上位権限で出撃シークエンスが練られていきます……。《レヴォル》、完全に出撃体勢に入って……!』

 

 絶句した様子の整備班の声に、サルトルは虚を突かれたように呟いていた。

 

「まさか……これが内蔵型アイリウム、レヴォルインターセプト――レヴォルの意志が目覚めたのか。あいつを探すために……」

 

「あいつ……?」

 

 カトリナが疑問符を挟みながら慣れないノーマルスーツを着込もうとして、視界の中の《レヴォル》が拘束具を次々に解除していく。

 

 スリッパ型の固定器具でさえも捨て去って推進剤を焚いていた。

 

『《レヴォル》、可変駆動ロックを自ら解除! 駄目です! 完全に制御不能!』

 

 悲鳴のような声が劈いたその瞬間、脚部を格納し、頭部が扁平な装甲の中に沈んでいく。

 

 ゆっくりと、それでいて確実にしてその四肢が収納され、人型形態から異形への可変を果たした《レヴォル》は最早、別次元の存在であった。

 

「……あの形……何……」

 

「危ない! 目に焼き付くぞ! 直接見ちゃ駄目だ!」

 

 サルトルが自らの身体でカトリナを覆ってその眩惑から守る。

 

 次の瞬間には先ほどの衝撃波を超える音叉と振動が響き渡り、カトリナは慌てて管理ブロックの強化ガラス越しの景色を見やる。

 

 そこには、もう形を変えた《レヴォル》の姿は影も形もなかった。虚ろな宇宙空間に続く扉だけがただ茫漠とした闇を湛えて貫かれていた。

 

「……整備班へ。《レヴォル》は……」

 

『《レヴォル》、位置情報をロスト。長距離移動のために可変形態へと移行したのを最終シグナルで確認。レヴォルインターセプトの次のシグナルが開かない限りは……』

 

「位置も掴めないってわけか。カトリナ女史、目は?」

 

「あ、はい……大丈夫。でも、ハイデガー少尉は……」

 

「ハイデガー少尉。生きてますか?」

 

『……何とかな。コックピットに入る前に出撃しちまった……。まるで暴れ馬だ』

 

「それは分かっていたはず。《レヴォル》を乗りこなすのには半端な覚悟じゃいけない。……にしても想定よりもかなり早いぞ……。受信した脳波パターンを確認! レヴォルの意志を辿って位置情報を割り出す!」

 

 サルトルの号令に整備班より返答が来る。それをカトリナは呆然と見つめていた。

 

「……どうした? 急なトラブルにやられたか?」

 

「いえ……そのぉ……。これって思った以上に」

 

「ああ、想定の何十倍もマズイ」

 

 青ざめていくカトリナにサルトルは通信域を繋がせる。

 

「立てるか? 無理もない。あれは完全にこちらの想像を凌駕した。もう見出したんだろう。この宙域からは遠く離れているはずだが、奴を……」

 

「その、奴とか、あいつって言うのは……?」

 

 カトリナの問いに応じずにサルトルはレミアの通信を繋いでいた。

 

「艦長。少しマズイ事になってしまった。事によってはベアトリーチェの出港を早める形になるかもしれない」

 

『サルトル技術顧問。その責任は無論、理解して?』

 

 一拍の逡巡の後に、サルトルは頷く。

 

「ああ……責任は取る。だが、もし……《レヴォル》がその主を見据えていた場合、我々は然るべき処置に入らなければならない。その時には……」

 

『分かっているわよ。……ねぇ、こんな言葉を知ってる? 過ぎたるは猶及ばざるが如し……《レヴォル》に関して言えば、私達はともすれば禁断の扉を開いてしまったのかもしれない。その責を負うべきはあなただけじゃないわ。ベアトリーチェを管轄する私の責任でもある。そこに居るわね、カトリナさん』

 

「あ、はいっ! ……何か……?」

 

『これからあなたには委任担当官になっていただきます。想定していたのはもっと先だけれど、《レヴォル》がそれを見出したのならば、管轄窓はさっさと開いておくに限る』

 

「委任担当官……、それって何をすれば?」

 

 レミアは通信越しでも艶めいたため息を漏らし、そして言い放っていた。

 

『何て事はない――戦うためだけの職務よ』

 

 

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