『……クラード、聞こえているわね?』
「レミア。何だこれは……。何が起こっている。MFは……四聖獣は決して、月からは離れない。そのはずだ」
『……残念だけれど、見えているのが現実よ。私も悪い夢だと思いたいけれど、そうじゃないみたい。……クラード。艦長として命じます。《レヴォル》で敵を引き付け、そしてベアトリーチェは転回。敵MFから逃れる軌道を講じます』
「……簡単に言ってくれるな。本来MFはもっと後になってから戦うはずだった相手だぞ。それが目の前に出て来たとなれば……心穏やかなわけもない」
しかしここでかち合った現実だけは確かだ。
相手はベアトリーチェを――いや、それだけではない。自分達の存在する空間そのものを圧迫しようとしている。
まるで宇宙の常闇そのものの持つ狂気。
世界を暗礁で満たす最大の敵意。
『クラード! 《アルキュミア》も出られる! 《オムニブス》が斥候として出撃するから、その情報を得てからでも……!』
サルトルの言葉にクラードは乾いた唇を舐める。
「冗談。そんな時間がどこにあるの。……会敵速度はこのまま、MF02、《ネクストデネブ》を少しでも遠ざける。そのためなら、《レヴォル》とエージェント、クラードは労を惜しまない」
『エージェント、クラードへ。《オムニブス》、行けます!』
ラジアルの声にクラードは命令口調で断じていた。
「駄目だ。こんなの相手に斥候なんて死ににいくようなものだぞ。それに、敵は分かりやすく雷撃を撃って来てくれている。これ以上もない、標的を見据えるのには、またとない好機だ。エージェント、クラード! 《レヴォル》、迎撃宙域に先行する!」
甲板カタパルトより射出されたレヴォルコアファイターがそのまま敵の射程圏へと入っていく。
身を焼き焦がす憤怒の塊たる光芒が闇夜を射抜き、そのままベアトリーチェの左舷を焼き払っていく。
「……今のだけでも轟沈クラスの威力か。さすがは月のダレトを守る四聖獣だな」
しかし、とクラードはその懸念とは裏腹に自身の内側が激しく脈打つのを感じていた。
――敵は見えた。ならば次の瞬間には刈り取っている。
会敵速度はむしろ加速させ、《レヴォル》に腕だけを現出させ敵とのすれ違いざまに粒子束を叩き込んでいた。
だが、相手には傷一つない。
「……これが噂のIフィールドって奴か。まだ技術として俺達に降り立っていない、ダレトの向こう側の応用技術……」
Iフィールドの皮膜はビーム兵装の全てをことごとく反射する。
ならば、近接戦闘で焼き切るしかない。
そうだと断じたクラードの判断は素早い。
円弧を描いた周回速度を維持したまま、旋回軌道を敵の極太の光軸が貫くも、それを無視して加速度をかけさせた《レヴォル》で至近距離まで肉薄する。
――常人ならば獄炎のなびく敵の絶対射程に潜り込むなど、考えもしないはずだ。
だが自分と《レヴォル》ならば、この絶対制空権はむしろ敵への攻勢へと打って出られる最大の射程となる。
可変を果たすと共に抜き放っていたのはヒートマチェットであった。
電荷させ、熱を帯びさせたヒートマチェットの赤い残光が棚引き、《ネクストデネブ》の操る高出力砲台へと突き立つ。
「……入った……ッ!」
Iフィールドの皮膜を貫通し、敵の装甲へと一打を浴びせ込む。
そのままの勢いを殺さず軽業師めいた挙動で敵本体へと攻撃を叩き込む――そう判断を下そうとした、瞬間であった。
――何かが自分と《レヴォル》の体内をすり抜け、怨嗟と憎悪がライドマトリクサーの躯体を震わせる。
「……何だこれは……。恐怖だとでも、言うのか……」
あり得ない。戦場にそんなものを持ち出すのはとうの昔に過ぎ去っていると言うのに。
《ネクストデネブ》の擁するカマキリの複眼を思わせるアイカメラが虹色に輝き、その波長を押し広げていく。
――許さない。
どうしてなのだか、極寒の宇宙を貫いた熱の塊たる叫び声が《レヴォル》を震撼させる。
それは硬直として現れ、《レヴォル》を操る自分まで巻き込んでいく。
「……動、かない……?」
それこそあり得ないはずだ。
だが、この現象を呼ぶとすれば一つだけ。
「畏怖していると言うのか……俺と《レヴォル》が……」
敵対存在として抹消すればいいだけと判定していた自分と《レヴォル》がここに来て人間そのもののような恐怖と戦っている。
それが今は滑稽に思えるが、《ネクストデネブ》は容赦などしない。
眼前へと巨大な砲門を突きつけられる。
大写しになったそれを回避しようなんて考えは咄嗟に浮かばない。
しかし、やられるわけにはいかないという習い性の神経が生じ、瞬時にミラーヘッドを展開させ、手刀を形作った《レヴォル》の幻像を撃ち込んでいく。
それと共に《ネクストデネブ》の放った高熱の放射がいくつもの影を蒸発させていた。
ライドマトリクサーたる自分にとってのダメージフィードバックが襲いかかり、肉体から頸椎を引き抜かれたかのような激痛が苛む。
思わず呻き声。
だがそれだけでは終わらない。
《ネクストデネブ》は砲門だけを有しているのではなかった。
その疾駆より伸びたのは巨大なクローアームである。
ハサミに掴まれた《レヴォル》は、避ける事さえも叶わぬでくの坊であった。
直上と直下より、巨大砲身が据えられる。
クラードは丹田に力を込めてミラーヘッド展開を行おうとしたが、全ての制御系が赤く明滅し、何もかもが消し去られていく。
「ミラーヘッドの使用が……《レヴォル》の権限でも出来ないだと……!」
いや、それよりも、とクラードは機体を割りかねない出力のクローアームの圧迫感を覚えていた。
このまま叩き割るか、それとも上下を挟んだ形の砲撃で消し炭以下に落とし込むか――その判定は全て、目の前の《ネクストデネブ》に投げられている。
《ネクストデネブ》は値踏みするかのように、複眼へと光の波長を波打たせこちらを睥睨する。
「……冗談」
《レヴォル》はヒートマチェットを逆手に握り締め、そのままクローアームを引き裂いていた。
直後、天地を縫い止める光芒の波をクラードはミラーヘッドの急加速で跳び退っている。
そのまま蒼い残像を刻みつつ、一時でさえも同じ場所には留まらないように跳躍し、直上より跳ね上がった《レヴォル》が次の瞬間には赤い残火を敵の装甲へと斜め一閃を浴びせ込んでいる。
「……リミッターコード、“マヌエル”。認証……ッ!」
《レヴォル》は自身に課されたリミッターを解除し、振り向きざまに向かってきた相手のクローアームをそのままヒートマチェットで応戦。
斬撃が両断していく。
宇宙の深淵を覗き込むかの如きMFの眼窩が瞬き、甲高い機械音声をレコードに刻ませながら敵が振り仰いだその直上を取った《レヴォル》は急降下し、胃の腑が押し上げられる重力を味わいながらクラードはヒートマチェットを打ち下ろす。
敵が咄嗟に翳したのであろう、砲身を寸断し、もう一方のヒートマチェットを袖口のワイヤーに装着させ交差する剣閃が眼前に突きつけられたMFの絶対の殺意の象徴たる巨大砲身を打ち破り、ミラーヘッドの全開加速によって《ネクストデネブ》の異様なヘッドパーツが間近に迫る。
「――退け」
ヒートマチェットの片側を投擲し、相手のIフィールドへの牽制とする。
そして直後には迫っているであろう巨大砲門へと爪を立て、脚部で踏み抜いて砲身を駆け抜ける。
まさか相手も巨大砲門を足場にされるとは思っていなかったらしい。
――狙うは一点。
高圧縮粒子束が蒼く輝き、瞬き、凝縮され、Iフィールドの防衛権を超え、敵の頭部を引っ掴む。不思議な事に恐怖とはこの宇宙の深淵の闇の中でも伝わるものだ。
「恐怖しているな。俺と《レヴォル》に」
その言葉が素直に伝わったのか、そうでないのかは分からない。
だが、相手より怨嗟の声が拡散し、《レヴォル》を押し潰さんとする重力が働いたのを感じ取る。
そのまま頭蓋を砕く一撃を共に――そうだと断じたクラードの神経を引っぺがしたのは、交差するかのように機体を嬲っていた巨大砲門の質量であった。
まさか、砲撃を発するでもなく、砲台そのものを兵装とするとは思いも寄らない。
否、ここまで追い込まれて身も世もなく、と言った具合であろう。
吹き飛ばされた形の《レヴォル》であったが、この時クラードは――否、《レヴォル》と同期した精神は砲台に爪を立てていた。
敵も振り払ったと思ったのだろう。
まさか、まだ執念深く噛り付いているとはまるで予期していないはず。
間髪入れずに跳躍。
無論、Iフィールドの鉄壁の檻の中。
だが、《レヴォル》に一度目はあっても、二度目はない。
発生するIフィールドの基点を見出し、ヒートマチェットをワイヤー越しに投げてその基部を粉砕する。
少しでもこちらの叡智が届くのならば、それは好機となり得るはず。
僅かに沈んだIフィールドの皮膜を、《レヴォル》は爪を引き込んでそのまま膂力に任せて引き剥がす。
蒼い眼窩が煌めき、敵を睥睨したのを、真正面に迫った砲門のプレッシャーが遮るも、その砲撃が生じる前には掌底が打ち込まれていた。
至近で咲いた粒子束。
弾け飛ぶ現代のヒトの叡智を超える代物。
だが分かりやすい。
砲門を打ち砕いたのならば、次は至近距離で攻撃すればいい。
何てシンプル。
敵の技術の結晶である砲身を引き裂き、《レヴォル》はクラードの意志を得て肉薄していた。
――今度は逃さない。
「必ず……抹消する! 行くぞ、《レヴォル》。思いっきりゲインをぶち上げろ!」
呼応したレヴォルの意志が鼓動を刻み、その腕が敵の疾駆へと叩き込まれようとした、刹那。
衝撃波があった。
いや、これは衝撃波が内側より「生じた」と形容すべきか。
《ネクストデネブ》を葬り去らんと《レヴォル》の腕が伸びた先で、発生したのは暗礁の宇宙を穿つ――大虚ろ。
「……まさか。こいつ、ダレトを開いて……」
局地的ではあるが、《ネクストデネブ》はダレトを自分と《レヴォル》を隔てるように発生させ、その大穴の向こうへと《レヴォル》を誘おうとしている。
その帰結する先は、試算するまでもない。
ダレトの向こうに赴いて生きて帰って来られる保証は一ミリもないだろう。
「……なら、ミラーヘッドだ」
瞬時に戦闘本能を切り替え、ミラーヘッドの分身体を次々とダレトへと放り込んでいく。
そうする事で許容量を超えたダレトは閉じても可笑しくはないはず。
そう判じていた神経はしかし、直後には失策であったと痛感する。
クラードは己の自我境界線がぶれたのを意識していた。
自分と言う存在が分散し、瓦解し、境界線を越え、何もかもが霧散しようとしている。
「……ダレトにミラーヘッドを突っ込んではいけないのか……」
大虚ろの向こう側で、《ネクストデネブ》の眼窩が波打ち煌めく。
それがどうしてなのだか、今は明瞭に――嗤っているのだと知れた。
平時ならばここでわざわざ敵の挑発に乗る事などない。
加えて、相手はダレトを極地発生させる化け物だ。まともに取り合う必要なんてないのに――なのに今だけは――。
「……負けられるか」
口にした覚悟をそのままに、クラードは《レヴォル》の掌を分身させている。
「これでも喰らえ」
直後、拡散された《レヴォル》の掌底武装が敵の装甲へと矢継ぎ早に撃ち込まれ、接していた相手の表面装甲が裏返り、膨れ上がって内側から爆ぜていく。
「叡智は届く……! 俺と《レヴォル》の叡智は……!」
Iフィールドを捨て去り、《ネクストデネブ》はそのマニピュレーターに雷の槍を番えていた。
恐らくは敵の唯一の近接武装。
それを引き出した時点で、現状の優位点を超えているのだと認識したクラードは、振り抜く速度で《ネクストデネブ》の機動力よりも先にヒートマチェットを打ち下ろす。
肩口より血飛沫のように内部伝導パイプが弾け、ミラーヘッドジェルの蒼色に近い飛沫が蒸発する。
ぐんと相手との距離を詰め、クラードはダレトを通り越して、《ネクストデネブ》の懐に入っていた。
そこは既に至近距離。
よって、既に死地なる距離でもある。
「……だが、これが俺の距離だ……!」
真紅に染まった瞳を投げ、クラードは敵の頭部を再び引っ掴もうとして、その腕を上下より挟み込むように巨大なる砲身が激突していた。
右腕を失う感覚があったが、構いはしない。
「……ミラーヘッド、電荷」
潰された右腕を複製し、まだ動く感覚があるとでも確かめるように握り締めてから、圧迫され、ミラーヘッドジェルを溢れ出させた右腕の神経を伸ばす。
脳髄に突き立つ、電流の痛覚。
血潮を湧き立たせる、電荷の鋭敏さ。
ミラーヘッドに支配された右腕がまるで幽霊のように浮き立ち、圧死した右腕より離脱して《ネクストデネブ》の視神経の真正面でビーム粒子を拡散させていた。
《ネクストデネブ》のIフィールドの向こう側はほとんど丸裸だ。
眼をやられたのだろう、《ネクストデネブ》が後退する前に、蒼い残像を引きながらミラーヘッドの腕がその痩躯を掴み、握り締める。
――ここでむざむざ逃しはしないという恩讐。
それが結実し、形となって《レヴォル》の右腕から溢れていた。
ミラーヘッドの怨念の形状を有して、《ネクストデネブ》の機体を一本、また一本と幽鬼の腕が拘束する。
「このまま――倒れろ……!」
《ネクストデネブ》にもう手立てはない。
これを逃れる術を相手とて知らぬはずだ。
そう確信したクラードは直後に《ネクストデネブ》の波打つ眼球部分が十字に煌めき、膨大なる熱量を放出したのを目にする。
自身の砲台すら犠牲にしての《レヴォル》駆逐に向けての動き。
しかし寸前でそれを「認識」したクラードはギリギリで逃れている。
《レヴォル》の右腕はほぼ使い物にならない。
「……まだ左腕がある。それに、右腕だってまだ持つさ」
右腕より噴出したミラーヘッドジェルを形状固定――イメージとして確立。
通常の右腕は最早使い物にはならないが、ミラーヘッドで分身させた腕はまだ使える。
その状態の《レヴォル》と自分に、《ネクストデネブ》より怨嗟の声が放たれたのを感じる。
――忌々しい、ガンダムめ!
「頓着している場合でもない。……このまま駆逐する」
急加速して、ミラーヘッドの分身の補助も得つつ敵の砲撃を潜り抜け、Iフィールドの壁へと。
通電したIフィールドは全てを拒絶する絶対の空間だったが、今の自分と《レヴォル》ならば超えられるはずだ。
ミラーヘッドがそのままIフィールドを突き破り、敵の絶対防衛権へと侵入する。
無数に有する砲台をミラーヘッドの腕にぶつけるが、それをすり抜けて蒼い腕は《ネクストデネブ》の周囲を漂う。
「……撃つ」
確信した言葉と共にトリガーを。
それで致命的になるはずだ――敵を包囲した《レヴォル》の腕が固定化し、概念化し、そして腕と言う形状を伴って変化する。
漂ったミラーヘッドジェルの血潮そのものが《レヴォル》の腕を構築する円環となり、《ネクストデネブ》を絶対の拘束に置く。
「これで逃がさない……終わりだ」
トリガーさえ引けば、如何にMFとは言え、撃墜は免れないはず。
そうだと判じたまま、撃てばよかったのに――。
『……駄目だよ。そんなんじゃ、キミまで死んでしまう』
不意に耳朶を打った声と共に無数の光条が常闇より現れ、《ネクストデネブ》を拘束していた《レヴォル》の腕を断ち切り、それだけに留まらず、《レヴォル》へと不可視の機体が取り付いてそのまま加速し引き剥がしていく。
《ネクストデネブ》は九死に一生を得た形で砲身を振り回し、自身の周囲に展開する敵影を叩き潰そうとしたが、どれもこれもまるで視えない。
暗礁の宇宙に溶け込んでいる装甲は、《ネクストデネブ》の力の象徴でも叩き潰せないようであった。
「……何が、起こった……」
遅れて事態を認識したクラードは接触回線を聞いている。
『……MFに単騎で挑むなんて、無謀もいいところだ』
「……何を……いや、待て……その声は……」
『自己紹介はまたにしようか。今は……キミと《ネクストデネブ》を引き剥がす。それが最善策だからね』
ぐんぐんと加速し、そのままベアトリーチェの監視する宙域から離れたのを、クラードは感じていた。
既に友軍の監視さえも届かない。
こんな常闇で、と考えていたところで、不意に空間に生じたのは黄色の色彩を誇るMSの編隊であった。
「……この機体、シュルツで見かけたあの機体か……」
『ボクらのMS、《カンパニュラ》。そして、キミを死なせるわけにはいかない。いいや、これは逆説か。キミが死ねば、《ネクストデネブ》もタダでは済まないんだけれど、相手も認識しているのか、あるいは分かっていて殺そうとしていたのか。いずれにしたって、危険な接触であったのには違いない』
「……お前は……」
《カンパニュラ》のうちリーダー機のアンテナを付けた一機が浮かび上がり、ウィンドウがコックピットの中に表示される。
「……メイア・メイリス……!」
『忌々しい、って感じだなぁ、その言い草』
「お前は……! 何故俺を……俺と《レヴォル》の戦いを邪魔する……!」
『罵られるいわれなくない? ボクはキミを助けたんだよ?』
「助けた? あのままなら《ネクストデネブ》を撃てていた……!」
『……それも込みで、助けたって言うんだけれど、まぁいいや。宙域を漂いながらワケ分からない事を清算したって仕方ないよね。とりあえずは招くよ。ボクらの魔女の下へと』
「……魔女……?」
その時、不意に高熱源を関知した《レヴォル》のセンサーに、クラードは背後を振り向いていた。
果たしてそこには――透明の皮膜を身に纏った戦闘艦が佇んでいる。
カタパルトだけが実体化しており、他は宇宙の闇に溶けていた。
『ラムダ、ボク達のための魔女に』
ラムダと呼称されているらしい戦闘艦へと《レヴォル》はそのまま《カンパニュラ》に突き飛ばされる形で飲み込まれ、後部をクッション性の高いワイヤーで縛り付けられたのを感じ取る。
「……俺達を鹵獲する気か」
『鹵獲だなんて人聞きの悪い。だから、助けたんだってば』
「助けた? お前らさえ来なければ、今頃奴をやれていた」
『……意見の相違かなぁ。ま、どっちにしたって《レヴォル》はまともな状態じゃない。右腕は大破、他もボロボロ。よく戦って来られたね、そんな整備で』
「……俺達を侮辱するな」
『あれ? それなりには怒るんだ? まぁ、どっちでもいいんだけれど。《レヴォル》は接収する。そしてライドマトリクサーであるキミだけれど』
「……殺すのか」
それが当然の帰結だろう。
相手にも《レヴォル》を稼働させられる素質があるのならば、二人のパイロットは邪魔なだけだ。
しかし、《カンパニュラ》よりもたらされたメイアの反応は違っていた。
『……あまりに強情ならって話だけれど、でもそうじゃない。どこかでキミは分かっているはずだ。ここで死ぬのは運命じゃないって』
「運命?」
『そう、運命さ。キミは信じるかい?』
「……俺は運命なんて信じた事はない」
《カンパニュラ》が格納デッキに入って来るなり、メイアはコックピットを開け放つ。
「でも、さ。運命があったほうがロマンもあっていい。そういうものじゃないの?」
「……お前は……」
「ボクとキミは選ばれた。レヴォルの意志と呼ばれる、この世界の理に。ならば、それを行使するのは、運命以外の何者でもないだろう?」
「……分からないな。お前は《レヴォル》を何故動かせた」
「それこそ、運命のなし得る業だとしか言えないかな」
「……馬鹿馬鹿しい。こいつはそんな簡単なものじゃない。レヴォルの意志は……乗り手を選ぶ。何故……コロニー、シュルツで《レヴォル》はお前に反応し、そして乗り手とまで認めた? それには裏があるはずだ」
「うーん、裏も何も、《レヴォル》のほうからやってきたんだけれど」
「それならばカラクリがなければおかしい。《レヴォル》は俺以外を乗り手と認めていないはず」
メイアはパイロットスーツのまま、どこか中空を眺めて答えを探っているようであったが、その様子に友軍から声が飛ぶ。
『メイア。考えたって仕方ないんだから、今は艦長に会わせれば?』
それも、女の声であった。
どうにも馴染めないな、とクラードは感じ取る。
「それもそっか。OK、じゃあキミの身柄をそのままに艦長に会ってもらう」
「……いいのか? 俺は《レヴォル》とまだ繋がっている。ここからでも破壊工作くらいは出来るんだぞ」
「そう? でもしないでしょ。どこの宙域かも分からないし、この船の事だって分かっちゃいない。そんな状態で、宇宙を彷徨う? それこそ死にに行くようなものだなぁ」
メイアはどこかで理解している。
自分が従うしかない事を。
しかし、先ほどまでの鋭敏な感覚が、ここで従うのをよしとしない。
「……《レヴォル》はまだやれる」
「凄んだって駄目だよ。《レヴォル》は限界だ。ボクらは《レヴォル》を修復し、そしてキミには交渉をしたい」
「交渉? ……割って入っておいてよく言う」
「だーから、助けたんだってば。……ま、今のキミじゃ分かりようもないか。平行線の回答はやめておいて、今は現実的な話だけをしよう。キミがもし、ラムダを轟沈させてもその見返りは薄い。だってキミはラムダがどこに所属しているのかも知らない。そしてもう、振動で分かっていると思うけれどミラーヘッドの加速に入っている。この状態なら、もう宙域の場所を正確に知る事は不可能だって、歴戦のパイロットなら分かるよね?」
ベアトリーチェから離れれば離れるほどに事態は悪く転がっていくのは自明の理だが、ここで認めれば相手の利ともなる。
「……どうかな。《レヴォル》にはもしもの時の発信器くらいは付いている」
「嘘つけ。前にそんなものはなかった」
相手が《レヴォル》に乗った事があるのでハッタリも利かないか。
奥歯を噛み締めたクラードに対し、メイアはコックピットに入って来るなり、そっと手を自分の接合部に寄せる。
「これでも、ボクを敵だと思う?」
威嚇するでも、ましてや牽制するでもない。
《レヴォル》との繋がりを確かめるかのような、愛おしい指先。
無論、エージェントが情にほだされる事もなければ、冷徹に事の次第を分析する頭を失っているわけでもない。
だが、今の状態で抵抗しても《レヴォル》ごと撃墜されるか、自分だけ殺されるかのどちらかだ。
ならば、今はベアトリーチェとの合流も鑑みて、生存を選ぶ。
クラードは腕を可変させ、《レヴォル》との繋がりを絶っていた。
「信じてくれた?」
「俺が信じるのは俺自身と《レヴォル》だけだ。それ以外は信に値しない」
「いいよ、それでも。こっち。《レヴォル》はうちの整備班が何とかしてくれる」
「……適当な事をすれば、容赦はしない」
「安心しなって。それにキミが思っているよりも、キミ達は有名人なんだ。軍警察からはこうも呼ばれている。――“ガンダム”ってね」
その呼び名にクラードは先ほどの戦闘を思い返していた。
「……ガンダム……。奴も、そう呼んでいた……《レヴォル》を」
「《ネクストデネブ》のパイロットと話したの?」
「いや……思念のようなもので……俺もイカレちゃっているな。何だ、その言い訳は」
快活な笑い声を上げてメイアはバイザーを上げる。
茶髪にワンポイントだけ赤の入った髪が揺れていた。
「おっかしーね、キミ。でも、それに関しちゃよくやったと思う。元々、《ネクストデネブ》との会敵はもっと先だったんでしょ?」
「……何でそれを」
「月航路を目指しているのなら、MFとかち合わないほうがおかしいし、それにうちの分析班がね。《レヴォル》はもしもの時、MFと戦闘出来るようになっているはずだって、結果は出していたから」
「……お前らは何者だ……? どうして俺を……《レヴォル》を破壊しない。どう考えたって危険だろうに」
立ち止まったクラードに、メイアは何でもない事のように応じる。
「その必要がないから、じゃダメかな? ……まぁ、どっちにしたって、《レヴォル》の接収は時間の問題だったんだけれど、色んな勢力が狙っていてねー。どのタイミングにするか講じていたところに、ダレトが開いた。まさかMFが単体であの宙域に出るなんて思いも寄らなかったし、その上、キミと《レヴォル》は無謀にもMF相手に単騎で挑んで……そしてさらに想定外な事に勝ちかけていた」
「……そうだ。あのままなら勝てた」
「でもダメだ。それじゃ、重要なものを失う。その時じゃないと言える。今は」
メイアの言い草はどれもこれも惑わすようなものだと言えたが、どうしてなのだか頭から否定する気にはなれない。
「……まるでその時が来るかのような言い草だな」
「そうだろうとは思う。でも、今じゃない。なら、キミは生き残らなければいけない。あのまま《ネクストデネブ》を討てば、なるほど、確かに重要な局面にはなっただろう。でも、それは致命的なんだ。ボクらからしてみればね」
メイアに導かれ、自分は拘束も施されずに隔壁を潜っていく。
後ろに先ほど《カンパニュラ》を動かしていた相手が二人付いているが、その立ち振る舞いから、エージェント相当なのは見て取れた。
「……お前らは何だ。何故、《レヴォル》を付け狙っていた」
「ボクらだけじゃないんだけれどなぁ、名誉のために言っておくと。《レヴォル》を狙っていたのはそれこそ大勢だよ。その中の一勢力って言うだけ」
「答えになっていない」
「まぁまぁ。まずは艦長に会って。話はそこからでも遅くないはずだし」
艦長室らしき設えの扉の前で、メイア達は認証キーを打ち込み、開かれた扉の先には手広く取られた部屋と執務机がある。
ここでは喫煙が許されているのか、どこか煙い。
艦長はよりにもよって女艦長であった。
レミアよりも少しだけ年かさを重ねた女艦長は束ねた髪を払い、自分を見据える。
猛禽のような鋭い群青の瞳であった。
「ようこそ、ラムダへ。歓迎しましょう、エンデュランス・フラクタルのエージェントさん」
「……俺は招かれざる客だと思うが」
「そうでもない。あなたを……いいえ、《レヴォル》をいずれ抱き込む事は我が方の計画のうちに入っていた」
「……何がしたい」
「一つだけ」
指を立てた女艦長はそう断言する。
「――この偽りの世界を矯正する」