機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第73話「戦地への距離」

 片道切符だとは、言われたつもりはないものの、それでも死出の旅である事には違いなく、グラッゼは複雑な胸中を語っていた。

 

「……月の軌道方面より逸れて、どこかへと跳躍してしまったMF……。そして時を同じくして、クロックワークス社より我が方へともたらされた情報……。示し合せたかのように出撃命令……どれもこれも、少しばかり現実からは遊離しているな」

 

「大尉、《レグルス》の整備は万全です」

 

 ティーチがそう言ってコックピットブロックを覗き込んできたので、グラッゼは思案を仕舞っていた。

 

「ご苦労。いつも世話をかける」

 

「いえ、大尉付きのメカニックですから。ここで働けて本望って言うのも多いですし」

 

「私のような甲斐性なしについて来られて、本望、か。それは皮肉っているのかな?」

 

「事実でしょうに。メカニック付きでトライアウトジェネシスに転属させてくださった前の上官殿には足を向けて眠れません」

 

「それもその通り。私の意を汲んでくださる方であった」

 

「今の上官はそうでないとでも?」

 

「逸るなよ。トライアウトは縦社会だ。下手な勘繰りは寿命を縮める」

 

「それは、お互いに言えた義理ですかね」

 

 ティーチは三つ編みを払って携行飲料を飲み干していた。

 

「……時に、どう思うかね。これらの情報、同時期にしては出来過ぎているとも」

 

「MFですか? ……案外、世相には疎いもんで」

 

「それでも君の唇から聞きたい。これは何かの暗示なのかと」

 

「そう思いたいのは大尉でしょう? 私の発言なんて最初っから分かっているでしょうに」

 

「そう言ったところも含めて買っている。君は女性として慧眼の持ち主だ。ゆえに、私の思考回路をトレースする事も可能なはず。見知った仲だからね」

 

「……そういうの、やめてくださいよ。誤解されちゃう」

 

 頬を紅潮させたティーチにフッとグラッゼは微笑む。

 

「私と誤解されるのは、君にとって迷惑となるのならばそうしよう。だが、慧眼と評したのは本当だ。この情報をさばくのに、私だけじゃどうしようもない」

 

「ダリンズ少尉に聞けばいいでしょう」

 

「彼女はまた忙しい。《レグルス》ほどではないが、新型機がロールアウトした、その肩慣らしだ。《エクエスブラッド》、と言うらしい」

 

 真紅の色彩を誇る《エクエス》の改修機が格納デッキへと運ばれてくる。

 

「……血の色ですか」

 

「苦手かな?」

 

「好きじゃないだけです」

 

「しかしこの業種では嫌でも目にするだろう。……私の所見を述べるのならば、偶然ではないと、考える」

 

「クロックワークス社にお呼ばれしたのは大尉でしたよね」

 

「ああ、直属の命令だった。だが、その時にはまさか、あの《レヴォル》がそこまでの存在だとは思いも寄らない。世界を欺くシステムだ。これは……可笑しな言い方だが、まさに忌むべき火薬庫――ガンダムだな」

 

「あのシェイムレスの感想は嘘じゃなかったって事ですか」

 

「伊達に戦場を練り歩いているわけじゃないという事だろう。時には前線の兵士の身分のほうが下士官よりもいい見方を得る事も出来る」

 

「そういうもんですかねぇ……」

 

 ティーチは気乗りしないのか、無重力に漂いながら《レグルス》に寄りかかる。

 

「……私の次の任務がそこまで不服かね」

 

「だって……! せっかく直した《レグルス》がですよ! またとんぼ返りで戦場なんて……!」

 

「いつだって綺麗じゃいられないものさ。女性を前にした男の口説き文句とMSだけはね」

 

「……その言い草、相変わらずなんですね」

 

「私には任せられる仲間が居る。これほど心強い事はないよ」

 

「本心なんだか……」

 

「少なくとも偽らざるところさ。しかし、《レグルス》と《エクエス》の編成を組んでミラーヘッドで立ち向かっても《レヴォル》には手も足も出なかったばかりか、あの戦闘艦は別戦力も得ている。……やはりコロニーを発つ前に一度仕掛けるべきであったな」

 

「もう手も足も出ないって言うんですか?」

 

「……逆だよ。これで死合うのに文句も遠慮も要らなくなった。下手に鉄砲を持つ相手よりも熟練者との間のほうがやりやすいのと同じだ。素人は暴発の危険性もあるが、あちらも同じ流儀で銃口を向けるのならば、動きは案外読みやすい」

 

《レグルス》のインジケーターを弄りながら、グラッゼは最終調整に入ろうとして他の兵士の声を聞いていた。

 

『おい、マジだってのかよ、その速報』

 

『マジだってば。つい数時間前の事らしい。《ネクストデネブ》が……』

 

「失礼。会話に割り込ませてもらう。MFが如何にしたか?」

 

『あっ、大尉……』

 

 兵士は格納デッキで挙手敬礼を返す。グラッゼも形ばかりの敬礼をコックピット内でしてから、通信を繋いでいた。

 

「何が起こった?」

 

『つい数時間前のニュースなんですが……MF02、《ネクストデネブ》が月軌道からは別の宙域に出現。その宙域の直近のコロニーはその……シュルツだって言うんです』

 

「……コロニー周辺宙域に? 馬鹿な、それは四聖獣の信念に反するはず……」

 

『それよりも、もしかしたら会敵している可能性もあります。例の戦闘艦が……』

 

 なるほど、とグラッゼは得心してから宙域の分布図へとアクセスする。

 

「……少しノイズが多いな。戦闘艦を追うには大まかな位置情報しか分からない。だがもし……仮定の話だが、MF02の跳躍が件の艦を狙っての事だとすれば……少し情勢はまずい事になる」

 

「大尉? だってそれは、ガンダムを仕留めないでいい事に繋がるんじゃ?」

 

 覗き込んできたティーチにグラッゼは《レグルス》の整備点検を行いつつ言いやる。

 

「ガンダムを仕留めるのは私の責務だ。クラード君と死合うのもね。それをMFとは言え、横取りとは趣味が悪い」

 

「……ご趣味がどうこうでしたら大尉が言えた義理ではないですよ」

 

「それには違いあるまい。だが、四聖獣……それでも沈黙を続けるか。他の三機は」

 

 現状の情報の限りでは他のMFに動きは見られない。

 

 つまり、MF四機のパワーバランスが劇的に崩れたわけでは決してないのだ。

 

 だが、だからと言ってあれら四機を放任してもいいわけでもない。

 

「……送り狼とは、言ったもの。私の次の任務は聖獣狩りやもしれないな」

 

「MFと戦うのですか?」

 

 さすがのティーチも不安げな眼差しを投げてくる。その頬へと手をやり、囁くように口にする。

 

「何でもないさ。今さらMFと戦うのに及び腰になるわけでもない。だが……クラード君、君はどうだ? それでも君は美しき獣のままで居られるのかね……」

 

 ここには居ないクラードの事を想った言葉を吐くと、ティーチはへそを曲げたようだ。

 

 大仰にため息をついて腕を組む。

 

「……これだから、大尉は」

 

「嫌われるようなことを言ったかね?」

 

「いいえ。いつもの大尉だなと思っただけです」

 

「幻滅には慣れている」

 

「幻滅じゃありません。呆れただけですから」

 

「似たようなものだ。しかし、これはどうした事だ? 今しがたのニュースにしては、少しばかり迂遠だぞ。最大望遠」

 

 MF02、《ネクストデネブ》を観測したと言う速報を見てみれば、それは望遠映像の粗い画素であった。これを断定的にMFと言えるかどうかは謎であったが、しかし粗くともその保持する巨大な砲身と疾駆は間違いなく《ネクストデネブ》であり、一度でもMFを見た者ならば見間違うはずもない。

 

「断定は出来ないが、しかし否定の要素もなし、か」

 

「それ、結局はどうとでも言えるって事じゃ?」

 

「いや、これは《ネクストデネブ》のそれだろう。問題があるとすれば、どうしてこれが、シュルツ付近の宙域にまで出張って来たのか、だ」

 

「元々月軌道の四聖獣は、その配置から名付けられたものだと聞きます。最初の使者、《ファーストヴィーナス》、二番目の使者、《ネクストデネブ》……」

 

「三番目の獣、《サードアルタイル》。……唯一我々の牙の届いた聖獣、《フォースベガ》……。どれもこれも、特一級の代物。月軌道艦隊は何をしていた……?」

 

「ダレトが開いたんなら、どこへでも現れられるんじゃ?」

 

「だがそれが十年規模でないのならば、観測されない、あるいは出来ないと断定すべきだ。しかしここに来て聖獣の軌道は翳りを見せる。何があった? それとも、今の今まで何がなかった?」

 

「……分かんない事考えたって仕方ないんじゃ?」

 

「かもしれない。あるいは、分からないと観測し続ける事こそが、我々に出来る唯一の抵抗である可能性は高い」

 

 ティーチは眉をひそめて首を傾げる。

 

 グラッゼは問題の映像を眺めながら、しかしこれが、と感嘆もする。

 

「……私は白軍(ホワイト)……月に故郷があったものだが、それでも初めて、この距離では見たよ。これがダレトの護りを司る聖獣の一角か」

 

「倒せそうですか?」

 

「まず無理だろうな」

 

 即答したこちらにティーチは困り顔だ。

 

「どうした? ティーチ。せっかくの美人が台無しだ」

 

「……思ってもない事、言わないでもらえます?」

 

「どうかな。私はこれで自分に正直だよ」

 

「その正直で、MFに立ち向かえないってのは嘘でしょう」

 

「何だ、そっちで怒っているのか」

 

「当たり前でしょう。《レグルス》の性能だってバッチリってわけじゃないのに、そのまま突っ切ろうとするのが大尉なんですから」

 

「手綱を握ってやらなければいけない相手が多いと苦労する。暴れ馬は一匹でいいと言われているようでもある」

 

「ご存知で。……でも、大尉もお人が悪いですよ。MFとやり合うのは何だか嫌って顔はするんですから」

 

「そうか、顔に出ていたか。これは……誰かさんを笑えんな」

 

 蒼いサングラスのブリッジを上げているとティーチはこちらの顔を覗き込んで説教する。

 

「あのですね、大尉はいつも人を煙に巻く。よくないですよ、それも」

 

「《レヴォル》を狩れと言われているのに、その道中で聖獣まで相手にしなければいけないともなれば憂鬱だよ」

 

「どうなんだか。大尉は何だかんだで楽しんでいらっしゃいます」

 

「楽しい? そうかも……しれんな。これが楽しいと言うのか」

 

 想定外の事象だらけだが、どれもこれも一級品の楽しみではある。

 

 解き放たれた聖獣の相手をするのもやぶさかではない。

 

『グラッゼ・リヨン大尉。お呼びがかかっています』

 

「召集か? ……これは幸先がいいと言うべきなのかな?」

 

「悪い、の間違いじゃ?」

 

「その判断は上に投げよう。《レグルス》を頼むよ、ティーチ」

 

 無重力空間を行き来して、グラッゼはそのまま上官の待つ部屋へと赴く道中で怒声を聞いていた。

 

「何でDDには専用機を充てるんだ! 私には何もないのだぞ!」

 

「……シェイムレスか」

 

「准尉、無茶言わないでください。これでも我々メカニックも難儀しているんです。……話じゃ、MFが近くで出たとか……」

 

「噂だろうに! 第一、MF相手ならばミラーヘッドで圧倒してみせるところだ!」

 

「そんなまた無茶を……。四聖獣だって言うんですよ。《エクエス》なんかで敵う相手じゃない……軍警察の最初期の統制で、月軌道艦隊とは停戦協定を結んだって事を知らないわけじゃないはずです」

 

「あれは腰抜け共がやった勝手な条約だろう! 私ならば出来るとも!」

 

「失敬。腰抜けとは、恐らくその当時のトライアウトからしてみれば聞き捨てならないと思いますが」

 

 会話へと割って入った自分にガヴィリアは苦味を噛み締めた様子であった。

 

「……黒い旋風が、我々の話を盗み聞きか」

 

「趣味が悪いとは断じています。よって割って入った、いけませんか」

 

 舌打ちを滲ませたガヴィリアに、グラッゼは向かい合う整備士へと声を振り向ける。

 

「いつもご苦労。機体を万全にしてくれて助かる」

 

「大尉……」

 

「あなたはトライアウトではないから知らんのだ!」

 

 言い捨てたガヴィリアはそのまま肩で風を切りながら行ってしまう。

 

「あれで命冥加だけはある。厄介だろうに」

 

「大尉……聞かれると……!」

 

「構いはしないさ。君も絡まれて困っていたはず。見過ごせんのだ」

 

 肩をポンと叩き、グラッゼは上官の部屋の扉の前に佇む。

 

「入れ」

 

「失礼いたします。招集命令が来ていたとの報せが」

 

「ああ、これだ」

 

 上官の机の上にはMFに関する極秘資料と、そして《レヴォル》について自分の纏めた報告書が散乱している。

 

「……お気に召さなかったので」

 

「大尉、夢物語はいい。人は想像をたくましくさせて生き長らえて来たものだ。この宇宙の極寒でも。しかし、これは少し飛躍が過ぎるのではないか?」

 

「いえ、事実のみを列挙しただけです」

 

 上官は渋い顔をして、グラッゼの纏め上げた報告書の末尾をペンで叩く。

 

「しかし……あの件のガンダムが、ミラーヘッド搭載機でありながら、まったくモニターされない、そういった仕様なのだと言い切っているのは……」

 

「まずいですか」

 

「下手をすればスキャンダルだよ」

 

 長くため息をついた上官はしかし、頭から否定しているわけでもなさそうだ。

 

「ある程度のご理解は得られる文面であったとは思いますが。……もっとも、自分には文才はありませんので、凡百の言葉でしか羅列出来ません」

 

「ミラーヘッド搭載機の中に、たった一機でもその常識に捉われない機体が居る……。下手を打てば魔女狩りだ。ミラーヘッドの……第四種殲滅戦はある意味では、クロックワークス社のログからは決して逃れられないと言う第三者の視点があったからこそ民意を得てきた。だがこれが真実なのだとすれば、ガンダムの存在だけで世論がひっくり返る。それこそ、論争の幕開けだよ」

 

「論争で済めばいいのですが」

 

「ほとんどの人間は机で戦争をしているつもりなものだ。我々のように前線にて肌で感じている者は少数だとも」

 

「ですが前線の感覚を大事にするのならば、これは詳らかにすべきです。《レヴォル》は……あの機体は世界を欺く」

 

「世界を欺く、か。そんなものを一企業が持っているとは……いや、ゼロから開発したとは考えづらい」

 

「……裏で糸を引いている者の可能性」

 

「馬鹿を言え。そんな存在が居るとすれば……それこそ我々人類は、軍警察はその者達に操られた無様な傀儡に過ぎん」

 

「あるいは親衛隊身分ならば……」

 

「それ以上の詮索はお奨めせんよ。噛み付き癖と同じになりたくなければな」

 

「……失敬。今のは聞かなかった事に」

 

「構わんとも。君は優秀だ。妄言に振り回されるタイプではない」

 

「ですが、この情報を封殺しようにも知っている人間は数名居ます。それに、先のクロックワークス社への襲撃事件……何かがあったと、思うべきでしょう」

 

「それは勘かね?」

 

「いえ、実感です」

 

「……そうとなれば兵を率いるべき……と言うのが軍警察のスタンスではあるのだが、そもそも君にはガンダムの追撃と新造艦への攻撃任務が下っている。その命をここで途切れさせるのは不都合だと、思っている人間は少なくはない」

 

「あの新造艦、《レグルス》と私ならば墜とせます」

 

「心強い言葉だが、今は別だ。君にはとある企業への内偵を頼みたい」

 

「……統合機構軍に胡乱な動きでも」

 

「あの陣営はエンデュランス・フラクタルを含め、何かときな臭い。《レグルス》は目立ち過ぎる。《エクエス》での内偵を命じる」

 

「では一般兵カラーがよろしいでしょう。下手に私だと思わせないほうがいい」

 

「それもその通りだな。……しかし大尉、文句は言わんのだね」

 

「私は所詮、兵士ですので」

 

「旅がらすの兵隊はいちいち作戦に異議を申し立てんか……。いい、その気概は買った。だが、大尉。これは忠告だ。……あまり興味も過ぎれば毒となる」

 

「……一部兵士間の噂ですが、ローゼンシュタイン准尉は頑なに《レヴォル》追撃から降りなかった事で、その責務を追われ、そして今の境遇に甘んじたと、流布されております。人の口に戸は立てられません」

 

「そこまで察しているのならば話は早い。《レヴォル》に呑まれるな。あれは我が方が想定している以上の魔だろう」

 

「エンデュランス・フラクタルを追え、と言う厳命は」

 

「それも継続中だ。まずはこの企業へと行ってもらう」

 

 差し出された企業ロゴは尖鋭性を持ったデザインで、三角形を有している。

 

「……マグナマトリクス社、ですか」

 

「知っているのか?」

 

「風の噂では。しかし、この企業、まるで開示命令の提供がされない、妙な会社だとは聞いております。次世代MSの開発を謳ってはいますが、私の知っている限りではこの企業の開発したMSが流通を辿った形跡はない」

 

「そう、その通り、裏のほうに精通している企業だ。話によれば、親衛隊身分の機体を建造していると言う」

 

「……なるほど。別口でのお得意様、とでも言うべきでしょうか」

 

 上官は腕を組んで嘆息を吐き出す。

 

「そうそう内偵に赴く事も許されん身分であったが、エンデュランス・フラクタルを追っている君ならば、招いてもいいと許可が下りた。よってこの機会を逃す手はなく、トライアウトジェネシスは、マグナマトリクス社を調査する」

 

「何を持ち帰ればよろしいので?」

 

「何も泥棒をすると言うのではない。真正面から入って真正面から出る。それだけだ」

 

 要はこの企業に切り込めるのは今しかないと言っているのだろう。それほどまでに秘密に閉ざされた企業ならば、一ミリでもメスを入れたいのがトライアウトの心情だ。

 

「……了解しました。しかし、何か成果があるとは確約出来かねます」

 

「我々とてただ手をこまねいているわけではないよ」

 

 部屋のスクリーンに投射されたのは暗礁の宇宙空間であったが、その一部の星の軌道がぶれているのをグラッゼは発見する。

 

「……妙な写真ですね」

 

「一発で気づくか。さすがだな」

 

 拡大されて星々の煌めきが意図的に反射、あるいは操作されている事を確信する。

 

「……まさか、光学迷彩……」

 

「そのまさかだ。写真だけでは確証には至らないが、これは戦闘艦、それもヘカテ級だと断定している分析班も居る」

 

「ヘカテ級機動戦艦の開発と、そしてその戦闘艦の黙認。……これとてスキャンダルには違いありませんが」

 

「我々はエンデュランス・フラクタルばかりを追い過ぎていた。これが戦闘艦レベル運用での光学迷彩なのだとすれば、最も脅威として上げるべきはこちらだとも」

 

「消えてみせると言うのならば、エンデュランス・フラクタルの戦闘艦を上回るのは必定。……ですが、これがマグナマトリクス社の手の者だと言う証拠はない」

 

「そうであったはずなのだがね。……大きな声では言えんが有識者からのタレこみがあった。マグナマトリクス社の名前とこの望遠写真を添えて」

 

「……内通者だと思っても」

 

「好きに勘繰れと言っているらしい。我が方からしてみれば、エンデュランス・フラクタルが自身への矛先を逸らすために作った疑似餌の可能性も高いとみている」

 

「なるほど、それは言えている」

 

 トライアウトからの妙な横槍を入れられるくらいならば、他の企業のスキャンダルを演出したほうがいい。

 

「いずれにせよ、これは絶好のチャンスだと言ってもいいだろう。これまで秘中の秘であったマグナマトリクス社に内偵の命が下りたのだ。これを機にして少しでも進められれば」

 

「裏稼業のアコギな商売も叩き出せる。我々からしてみれば一石二鳥どころではない」

 

「……しかし、気を付けるといい、大尉。連中が本気でこのような巨大な戦闘艦を、それもまるで発見出来ないレベルで運用しているとなれば」

 

「……看過出来ませんね。その事実は」

 

「よい退き際を心得ているはずだ。自らの命は自らで守れ」

 

 ようやく敵へと投げられるようになった爆弾の世話までは見られないと言うわけか。グラッゼは胸中に、因果だな、と毒づいて挙手敬礼を返していた。

 

「その命令、慎んで受けさせていただきます」

 

 退室した後に、しかし、とほくそ笑む。

 

「……また死地よりの距離が遠ざかったか。笑えよ、クラード君。私は戦場に生きる君に、また会えなくなってしまった」

 

 

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