「ラムダ艦内じゃ、キミの噂で持ち切り! どう? 正式にこっちに入ってみる気はない?」
メイアが《レヴォル》を眺める自分へとピースをして上下逆さまに視界に入って来る。
クラードは修復されていく《レヴォル》を視界に入れつつ、呟いていた。
「……お前らの仲間になれだと。それは俺にとって、屈辱だ」
「あれ? 生きていた事への感謝は?」
背を向けて憮然と返す。
「そんなものはない。あのまま死ぬのならば本望だった」
「嘘だね。嘘だけは分かるんだ、ボク。キミは自分の判断に、自分の精神に嘘をついている。それってさ、あんましよくないと思うなぁ」
メイアは茶髪を無重力になびかせつつ、すんすんと鼻を利かせる。何だか嗅ぎ取られているようで、気分はよくない。
「……お前らの目的はよく分かった。俺と《レヴォル》、両方の確保……何ともまぁ、御高説じゃないか。マグナマトリクス社、その新鋭艦、ラムダの擁する任務としてみれば」
「何だか棘のある言い草だなぁ、それ」
「どう思ってもらっても構わないがな、俺はお前達におもねる気はない。《レヴォル》も……もう俺以外の乗り手を見出したのなら」
「あれ? すねてるの?」
「まさか。冷静に俯瞰しているのさ」
ただ、とクラードは言い置く。
「もう俺は《レヴォル》で戦わなくっていいと息巻いたあの艦長には、舌を巻いたがな」
「うちの艦長、すっごいでしょー。あれでやり手のエンジニアの出なんだってさー。ま、ボクからしてみればよく分かんないから、表向きはマネージャー職もやってもらっている事だし」
「なかなかに恐れ入る。この戦闘艦、そのものがギルティジェニュエンの母体とはな」
「メカニックは全員、バンドのスタッフだし、ブリッジに至るまでみーんな! 一蓮托生ってヤツ! まぁ家族みたいなものかな」
「……家族、か」
ベアトリーチェに居た頃は特に何も考えていたつもりはなかったが、それでも彼らの今後くらいは憂いもする。
「……《レヴォル》のないベアトリーチェが……月航路まで行けるのか……」
「まず無理だろうね。どこかで補給を受けるはずさ」
「補給、か。ならその赴く先は、近場のコロニーになる。コロニー、シュルツからの月航路の中で、真っ先に思い浮かぶのは……」
「これだね。コロニー、ミッシェル。中規模コロニーだけれど統合機構軍のお膝元でもある。安全っちゃ安全だろうね」
先回りして調べておいたメイアに、クラードは鼻を鳴らす。
「……趣味のいい事だ」
「エンデュランス・フラクタルは我が社の事実上のライバル企業だし、一応はアンテナ張っているってわけ。それにしても、あの艦、ベアトリーチェだっけ? なかなかにうちの諜報部が手に入れた情報だと、手強いじゃん。艦内設備、そして対空砲火、どれもこれも一級だって言うのに、何故だか《レヴォル》に頼り切った戦い方。それは何故か? ちょっとばかし考えてみた」
メイアは腕を組んで自分の隣へと漂ってくる。
わずらわしくって手を払うと、彼女はその腕を掴んで言いやる。
「レヴォル・インターセプト・リーディング――通称、レヴォルの意志の進化、いいや、この場合は学習かな? その学習のために、わざわざ出来る戦闘艦なのにそのほとんどの戦闘力を《レヴォル》に割いている。元々は、《レヴォル》とそれに付随する情報機だけでの運用を目的としていた。ワンオフってわけだ。なら、あのベアトリーチェとか言う艦の目的もどことなく窺い知れてくる」
「……そんな簡単に分かるとも思えないが」
「分かるんだよ。ボクならね」
どことなく自信満々な風に聞こえるそれに、クラードは問い返す。
「何だって言うんだ? お前風に言えば」
「あくまで勘なんだけれど、《レヴォル》と言うのがそもそもの間違い。どうして限られた人間にしか乗れないMSなんて運用するのか。そもそも、何故《レヴォル》はキミやボクのように、一部の人間にしか乗りこなせないのか。それには理由がある。……ボクに呼応してみせた《レヴォル》は何かを待ち望んでいるように思えた。それもこれも、特上の何かを」
「待ち望んでいる、か」
首から提げたドッグタグを弄る。それはかつての自分の言葉でもあった。
「で、考え得るに、多分《レヴォル》ってさ、鍵なんじゃない? 何かを成すための。その何かこそが、エンデュランス・フラクタルの保有する秘密そのもの。《レヴォル》を触媒にして、キミ達は何かを起こそうとしている。そのために、あんな機体を造り上げた。……びっくらこいたよね、ミラーヘッドのログに残らないなんて特性」
まさか、そこまで看破されているとは思わず、クラードはメイアを睨みつける。彼女は手を振って諌めていた。
「怒らない、怒らない。知ってて当然でしょ、あれを修繕するんだから」
「……その機能は一部の人間しか知り得ていない」
「そうなの? ……まぁ、それもそうか。ボクらが強襲したクロックワークス社も虎の子って感じだったし。相当に知られるとまずいんだね、ログに残らないって言うのは」
「何故、お前達が知っている」
「そりゃあ、そのクロックワークス社のさ、社外秘の機密コンピュータを強奪して、それで解読したからに決まっているじゃん。ま、元々当たりは付いていたみたいなんだけれどね。それでもいざ目にすると違う。本当にログに、欠片にも残っていない」
クラードは迷わずに銃口を向けていた。
「……凄まないの。それ、銃弾入っていないでしょ」
「もしもの時は撃つという警告も意味している」
「なるほどね。まぁ、そりゃあヤバい代物なんだってのは分かるよ? 現状の第四種殲滅戦において、ログが残らないなんて異端なんてもんじゃない。それはつまり、ミラーヘッドオーダーの無意味化、軍警察の信頼の失墜。そして戦争のシステムそのものへの形骸化を招く。つまりはさ、キミと《レヴォル》は生きているだけでこの世界に対してのカウンターになり得るんだ」
「そこまで分かっていて、何故それを俺に話す。死に急ぎたいようには見えないが」
「うーん……死にたくはないかなぁ、まだ。それにしたってすごいなって思っただけだし。そこまでするテクノロジー、そしてそれを極秘のままに進める理由、聞きたくはない?」
「質問しているのはこちらだ」
「そうだっけ? まぁいいや。どっちにしたってさ。《レヴォル》は存在するだけでこの世界に大穴を開ける。それこそ月のダレトと同等以上の価値を持つだろう。それを狙う勢力は何もボクらだけじゃない」
「……《プロトエクエス》の一派か」
「ご明察。彼らは彼らで考えはあるみたい。よく分かんないけれど」
「……驚いたな。あれはお前らの一部なのだと思っていたが」
「そう? でもやり方があっちのほうが狡いよ。《プロトエクエス》と最新型のライセンス品を使っての強襲なんて。中々に手が込んでいる」
「……俺も奴らは手が込んでいると思っていた。何故、そこまでして《レヴォル》とベアトリーチェが欲しいのかと言えば、《レヴォル》の特性だけなのだと思い込んでいたが……ライバル企業にそれほど分析されているのならば、他にも知れ渡っているはずだ。――俺達が月に向かっている理由くらいは」
「まぁね。キミの最終目的――全てのMFの破壊。それがエンデュランス・フラクタルの、エージェント、クラードに与えられた使命だ。生涯を賭してでも実行すべき、ね」
メイアは面白がるように鈴を転がすような笑い声を混じらせる。
クラードはそれを睨み据えていた。
「……全てのMFは破壊されなければいけない。それも、俺と《レヴォル》の手によって」
「なるほど? その理由、実はうちでも特級の秘密でさ。なかなか開示命令も下りないの。よければ聞かせてくれる? 特一級のエージェントの直の言葉で」
「……俺は教えない。お前らが勝手に知るだけだ」
「そうなってくると、《レヴォル》が使えない時点で失速だけれど」
悔しいがその通り。
《レヴォル》の所有権が自分になければこの問題は解決しない。
「……教えて欲しければ《レヴォル》を渡して自分を見逃せ、って事か」
「分かっているのならば話は早い。俺と《レヴォル》を解放しろ」
「ダメだね。まだ、キミらを解放するわけにはいかな。それに、一応はマグナマトリクス社のエージェントとして聞いておく事もある。何で《ネクストデネブ》と一騎討ちを? それがちょっと気になっちゃった」
「……どうせ戦うんだ。遅いか速いかだけの違いに過ぎない」
「でも、《レヴォル》は完璧じゃなかった。違う?」
どこまでも見透かしたような事を言う――そう感じながらクラードは頬杖を突く。
「……どうだろうな」
「ふぅーん、そうなんだ。あれでも完璧じゃないんだ。《レヴォル》は……こんな事言うと怒るかもだけれど、ボクに相当馴染んでくれた。あんな感触は初めてのようで初めてじゃない感じ。まるで《レヴォル》とボクは最初っから、そういう風に創造されたみたいに」
感覚としてはやはりレヴォルの意志に招かれたライドマトリクサー、自分と似たような感想を抱くものだ。
「……《レヴォル》は強い叛逆心に呼応する。俺はこの世界を……憎んでいるわけでも嫌っているわけでもない。ただただ……不平等である事を痛感しているだけだ」
「不平等ねぇ。いずれにしたって、現状の《レヴォル》じゃ、どんなMFでも勝てないよ。あれは扱いが酷過ぎる」
「ベアトリーチェの面々はよくしてくれた。間違いなんてない」
「そうじゃなくってさ。……あのまま死ににいくような特攻行為、何で容認したのって話」
クラードは一拍の逡巡の後に応じていた。
「……俺の希望だったからだろう」
「死ぬのが?」
「死に場所くらいは選びたいと言う、ただの我儘だ」
「その死に場所がMFとの戦い?」
「……しつこいな、お前。つまらなくはないが、しつこい」
「気になっちゃうんだよねぇ。何せ、世界で唯一無二の、レヴォルの意志に合致した人間二人だもん」
「……元々は俺一人のはずだった」
だがどうした運命の気紛れか。《レヴォル》は自分以外を乗り手と選んだ。それはイレギュラーな出来事のはずである。
「《レヴォル》はでも、とてもいい子。こっちに合わせてくれている」
「そういう風な奴だ。《レヴォル》はそういう……」
その瞬間であった。
艦内警報が劈き、会話は唐突に終わりを告げる。
「なに? 敵襲?」
『視えるはずがないんですが……この宙域をトライアウトジェネシスの機体が通過します。看過するかどうかは艦長判断ですが……』
オペレーターの声に艦長の声が被さる。
『私は進軍すべきと判断します。《レヴォル》の試運転にちょうどいい。メイア、お願いしていいわね?』
「アイアイサー! ではでは、メイア・メイリス、《レヴォル》に搭乗しっまーす!」
応じてみせたメイアが《レヴォル》のコックピットに招かれ、そのまま《レヴォル》はスタンディング形態のまま、カタパルトデッキへと移送されていく。
「……売られる仔牛を見る気分だな。いつもは自分が乗っているのに」
しかし、この戦闘艦、ラムダは発見もされなければ関知もされない造りだと言うのは先に艦長から聞き及んでいた事だ。
だと言うのに、トライアウトジェネシスの一派と言う時点で、何かしら作為的なものを感じずにはいられない。
「……来るのか」
その予感にクラードはぎゅっと拳を固めていた。