「――以上が納品の手続きと、そして起こった出来事の顛末です」
そう纏めたタジマにレミアは、そうと淡白に応じる。
「まさか本社組の査察がなかったのはそんな理由だとはね。襲撃犯の目星は?」
「ついていません。それどころか、痕跡さえも残っておらず。そして不思議な事に……」
レポートの中にある名前をレミアは睨む。
「……調べを尽くした限りでは、ヴィヴィー・スゥなる人物は、統合機構軍のブラックリストに存在しない、となれば、ね。反旗を翻しそうな人間はある程度の目星がつくものだけれど、まさか全くのノーマークの人物がエンデュランス・フラクタルのシャトルに取り付いて、それで本社組を皆殺しになんて出来るはずがない。どこかの支援を受けているにしてはしかし、その足取りが掴めないのはまるで謎。……これではお手上げね」
「ええ、そうなのです。私もどこかで足取りを掴めるのかと思ったのですが、シャトルを切り離した際に聞こえてきた、声だけが証拠でしょうか」
宇宙の常闇を引き裂くかのように、ヴィヴィー・スゥの声紋認証だけがレコードされている。
『――来い、《ネクストデネブ》!』
何度か反芻させてから、レミアは嘆息をつく。
「これをどう見るか、ね。問題なのは」
「ええ。とても困っているのです。なにせ、判定材料がない」
「いいえ、これだけで演算出来るとすればそれは、単純な一事ではないかしらね。このヴィヴィー・スゥなる人物は……MF、《ネクストデネブ》のパイロット」
「結論を急ぎ過ぎかと存じます。ですがそうなると……本社のネットワークに存在しないのも納得ではありますが……一つだけ付け加えるのならば――それはあり得ないのです」
タジマの論調にもレミアは納得を示していた。
「そうね。だとすればあまりにも……異常な事が立て続けに起こっている事になりかねないし、それにもし、ヴィヴィー・スゥが《ネクストデネブ》のパイロットだと仮定しても、それでも奇妙なのは、呼ぶだけでダレトを形成して来られるMFの異常性」
「月でダレトが開いてからこの先、MF……聖獣のさじ加減で他のダレトが開いた事は一度としてない。人類は月のダレトよりもたらされた叡智で木星圏まで辿り着く事が出来ても、それでも自由な航行ほどのものではなく、行動制限も多くかかっている。……その中で、MFのパイロットだけ特別だとすれば……」
「世界は混乱に堕ちる、わね……。とは言え、そのヴィヴィー・スゥとか言うテロリストも、あなたの話ではもう死んだのでは?」
「どうでしょうか。先の仮定が事実ならば《ネクストデネブ》の生存がこの者の生存も意味しているのでは?」
「それは穿ち過ぎじゃないかしらね。第一、宇宙空間に解き放たれてそれでダレトを形成し、MFを召喚するなんて行動……どれを取ったって異常なものでしかない。本社からの次回の査察は?」
「打ち止め、と言うのが正しいかと。何度もベアトリーチェに人と資本を送って返り討ちになっては堪らない、と」
「……つまり、《レヴォル》に代わる戦力はない、という結論なのね」
タジマは申し訳なさそうに首を垂れる。
「すいません、艦長。私の力不足で……」
「いいのよ。こればっかりは仕方ないんだし。《レヴォル》の学習性能頼みのベアトリーチェの弱点だしね。月軌道まではまだ時間はあるとはいえ、トライアウトにも目を付けられている。その上で、コロニー、ミッシェルで一時的に停泊。《レヴォル》の穴を埋めたいところだけれど、きっとそれは叶わぬ夢でしょうね」
「こちらも驚いていまして。《レヴォル》が居なくなったばかりか、エージェント、クラードの喪失。そして補充用の欠員パイロットであったハイデガー少尉も行方をくらませるとは……」
「……《エクエスガンナー》もシュルツで大破してそのまま放置。《マギア》と《アルキュミア》、それに《オムニブス》だけが戦力ってのは心許ないわね。このままじゃ、轟沈も現実的になってくる」
レミアは処方された頭痛薬を飲み干し、そっと息をつく。
「コロニー、ミッシェルで戦力を募りましょう。幸いにして統合機構軍のお膝元のコロニーです。フリーの傭兵なら、それなりに出て来るとは思いますが……」
「今は、傭兵身分を雇うのもなかなかに困窮しそうだけれど。どこかに戦力が転がっていれば、ね。そう都合のいい話――」
レミアはそこで管制室よりもたらされた情報を執務机の上で応じる。
『艦長。よろしいでしょうか』
「ピアーナ? 何かあった?」
『こちらへと、ゆっくり近づいてくる機体が居ます』
戦闘神経を走らせたレミアは、短く問い返す。
「敵? それとも……」
『それが……光通信でこちらに電報が。メッセージはそのままの形で提出しますが……』
どこか煮え切らない言い草にレミアはもたらされた電報のメッセージを読み取っていた。
「……これって……!」
「何です?」
覗き込んできたタジマはその電報に瞠目する。
「……何と。しかしこれは僥倖なのでは?」
「どうかしら。何回か交戦している。信じるに値するかどうかは……」
『機体は相対距離を取って、メッセージを打ち込んできています。“コロニー、ミッシェルの裏港で合流されたし”、と』
「……相手も心得ているのでは?」
「……でも、何度も敵として立ちはだかった相手よ? 今さら信じろなんて……」
『艦長。わたくしは信じてもいいと思います。何よりも、現状は《レヴォル》を欠いているのです。この状況で出撃命令を出しても、たった一機相手にしてやられるのがオチでしょうから』
「……分かったわ。私の判断で彼との合流を許可します。艦内クルーの意見は私が聞く」
「ご無理をなさっているのでは?」
「無理なんて、今さらよ。ベアトリーチェに乗ってから頭痛薬だけは手離せないんだからね」
それにしても、因果か、とレミアはピアーナのもたらした映像を一瞥し、艦長帽を被ってから、立ち上がる。
「クラードも戦っているのなら、私達も私達にしか出来ない戦い方をするべきでしょう。それが彼に……報いる事ならばね」
「光通信を受信。どうやら相手、こちらに応じるつもりらしいです。コロニー、ミッシェルでの合流を許可する、と。何様なんだか……」
「そう言ってくれるな。何様の言い分なのはお互い様だ」
しかし、とグラッゼはベアトリーチェを視野に入れつつ、その航行状態をつぶさに観察する。
「MFと死合ったと言うのが本当の情報だとすれば、もう少し損耗していてもいいはずなのだが、案外艦艇の損傷具合は低いな」
「《レヴォル》だけを囮にして、逃げたのでは?」
「あり得んとは言えないが、だとすれば私は、生涯の朋友を失った事になる。そうは考えたくないね」
「……大尉も。いいんですか、あの艦と一時的に手を組むつもりなんて」
「私の纏った任務はマグナマトリクス社への内偵だ。ミッシェルにも支部がある。合流の可能性は高いと思っていたが、まさかこんなに早くその足取りを掴めるとも楽観視していなかった。これは運命が我が方に味方しているな」
「運命……ですか。しかし、これがトライアウトジェネシス上層部に割れれば……」
「君に責任はない。私が全権限を使ったとでも証言すればいい。なに、これでも黒い旋風の渾名は伊達ではなくってね。こう言った時のスケープゴート代わりにはなろう」
「……知りませんよ。合流軌道に入ります。それにしても……コロニー、ミッシェル……、統合機構軍の所持する、中型コロニーですか」
「月軌道に向かっているのならば必ず立ち寄るであろう事は想像に難くなかった」
シャトルのモニターより通信を繋ぎ、グラッゼはベアトリーチェのブリッジに声を放る。
「そちら、エンデュランス・フラクタル新造艦と見受けている。私の名はグラッゼ・リヨン大尉。トライアウトジェネシスに所属している軍人だ。その方は我が方と合流し、その後に対面したい。無論、礼を尽くす。以上だ」
「大尉! 何を仰って……!」
「対面ではなくMS越しでは信頼も築けまい。私はあくまで交渉事を進めたいんだ。揉め事を増やしたいわけではないのでね」
「……ですが、相手は統合機構軍の企業勢ですよ。コロニーに入った途端、狙い撃ちだってあり得るんです」
「それはそうだな。だが、そうとは思えんのだ」
「……その根拠は……」
「勘だよ。いけないかね? 勘で動いては。人間、それさえも失ってしまえばお終いだとも」
部下は承服しかねている様子であったが、グラッゼは停泊場に辿り着いたベアトリーチェより信号が返ってくるのを目にしていた。
「港にて待つ、か。私だけで出る。まずは様子見だ。君は出ないほうがいい。少しでも相手に信じるところがないのならば、トライアウト所属の軍人は刺激するだけだ」
「大尉も、危険なのでは……」
「危険には慣れている……と言い切ってしまえばそこまでなのだがね。私も少しはびくつく。だがそれ以上に……クラード君と会えるかもしれないのか、という期待で胸が高鳴っているとも。《レヴォル》だけ鹵獲された、と言う線で考えているのだが、その目論みが外れた場合……」
「外れた場合……何です?」
「いや、それは考えないでおこう。私とて最悪の想定を浮かべ過ぎれば捉われる。足をすくわれるとすれば、いつだってその最悪の部分だ。私はあの艦に、まだクラード君が居るのだと……そう信じたい」
シャトルが港へと停泊するなり、グラッゼはタラップを蹴って港へと躍り出ていた。
ベアトリーチェより数名のクルーが歩み出て、自分に向かってライフルを構えている。
その物々しさも当然、とグラッゼは両手を上げていた。
「銃を降ろして欲しい。私は戦いに来たのではない」
「だったら黒い旋風自ら、何の御用?」
「……驚いたな。女艦長か」
「伊達に修羅場潜っていないのよ。今さらでしょ、そんなの」
泣きボクロを持つ憂いを帯びた女艦長の言葉に、それもその通り、と納得する。
「……見ての通り、私は個人で動いている。トライアウトジェネシスの命令で君達を追撃しているわけではない」
「じゃあ何だって言うんだ? 言っておくが、おれ達はそっちの要求とやらを信じたわけじゃないぜ?」
メカニックらしき男がライフルの銃口をこちらに据える。
それ以外にもパイロットと思しき人間が二、三人。これは逃げ口上が通じるような戦力差ではないな、と判定したグラッゼはここでの必殺の言葉を放っていた。
「クラード君は居ないのかな? それとも、こう言ったほうがいいか。《レヴォル》諸共、行方不明だと」
まさか、と相手が震撼したのが伝わる。
それと同時に、やはりか、と言う諦観が、自分の胸中を満たしていた。
「……やはりあれは《レヴォル》だったか。そして君達はまんまと出し抜かれた、そうらしい」
「……何を知っているの?」
「少しばかりの情報ならば提供出来る。私は先にも言ったが戦いに来たわけではない。これは交渉だが、一度そちらに私の席を置いてもらえないだろうか? 無論、自分の事は自分で何とかしよう」
「……トライアウトを裏切るって言うの?」
「大局を見据えての行動だ。トライアウトへの不義にはならない。ああ、それと。これは言っておかなければいけないが、友軍が来た場合、私は彼らと共に撤退しよう。その約束だけは絶対だ」
「……信じるに足るのかよ」
「信じてもらえなければここで睨み合いだな。どうする? 君達は明らかに目指すところのある航路を取っている。だと言うのに、時間の無駄遣いはしたくないだろう?」
艦長が他のクルーに銃を降ろすように告げる。
「……いいわ。買いましょう、グラッゼ・リヨン大尉。それにしても、まさか黒い旋風が一時的とは言え味方になるなんて思いも寄らないけれどね」
「その胆力に感謝する。それならば私の《エクエス》を持って来よう。それが充分な信頼の担保となるはずだ」
シャトルより自機を引き上げていると、クルーの一人がふと毒づく。
「……何回も襲ってきた奴を信じろってのか……!」
「それは語弊だな。私は命令に準じて戦ってきた。今もまた、命令のために動いている。私は短絡的な目的のためには動かない。長期的な物差しで動く事こそ、使命に関わるのだと思っている」
「軍属の言い訳よ、それは。第一、それでもあなたが私達を見限らないとも思えないし、条件の上ではまだそっちが優位には変わらないでしょうに」
「手厳しいな、エンデュランス・フラクタルの新造艦の艦長は」
「当たり前の事を言っているだけよ。それも分からぬほどに無知蒙昧ってほどでもないでしょう? 黒い旋風、グラッゼ・リヨンは」
「言い回しに棘があるが、構わない。私は身勝手を通している」
《エクエス》を検分させている間に、グラッゼは歩み寄って艦長へと手を差し出していた。相手は怪訝そうにそれを見つめる。
「一時的な協定とは言え、握手も不可能かね?」
「……一度でも手を結べばそこに汚れも持ち込む。私は甘くないつもりよ」
「なるほど、それもまた、正しい」
グラッゼはクルーに背後を取られながら艦内を見渡していく。
やはりと言うべきか、《レヴォル》の姿はない。
「……クラード君は攫われたのかね?」
「言う義務はないはずだ」
「だが知る権利はある。この艦での唯一と言ってもいい戦力だったはずだ。それを外したのならば、艦の生存確率は激減する」
「……クラードは居なくなっちまったんだよ」
「そうか。それは残念だ。会えるかも、と期待していた己を、少しだけ醒ますのには足りるがね」
だがグラッゼは艦内をつぶさに見渡す。
その中で監視カメラの存在に気づき、そっと振り仰いでいた。
「見てないで、こっちに来ればいいのではないか? それとも、私と会うのは嫌かね、フロイライン」
『……視線を上げないで、いやらしい』
「君の視線が鋭過ぎるのだよ。見返してくれ、と言っているようなものだ」
その言葉繰りに、相手は沈黙を挟んでから応じていた。
『……黒い旋風、グラッゼ・リヨン。どういうつもりなのでしょうか? このベアトリーチェでもその情報はある。幾度となく仕掛けてきたトライアウトの走狗……』
「語弊はあるが、大体合っているな。私の現状の雇い主がトライアウトジェネシスである以上は言い逃れも出来ない」
『ならば何故……今のベアトリーチェに戦力を分け与えるような真似を? 今ならば墜とせるでしょうに』
「それに足らなければ実行しない。私の振り翳す識者の理論では、弱った敵を仕留めたところで何も得るものはないのだから」
『……変わり者』
「酔狂と呼んでいただきたい。もっとも、意味するところは変わらんがね」
「――それが変わり者だと言っているのよ」
電算室らしき場所から現れた少女が金色の瞳に射る光を灯している。
「……ライドマトリクサーか」
「だったら何だとでも? わたくしなら、貴方の首を刎ねるくらい造作もないわ」
「確かに。RMの戦闘能力を的確にはかれないほど、落ち延びたつもりでもない。だが君は戦士ではない。それくらいは分かるさ」
「……戦士でなくっても銃くらいなら握れる……」
「強がるのはよすといい、フロイライン。君の細腕に、銃は似合わない」
「……クラード。彼の事が気になっている様子。それは何故?」
「《レヴォル》に遭遇した」
その言葉の意味するところを理解しないわけではないのだろう。
目の前の少女も瞠目していたが、それ以上に浮ついたのは自分の背後を取るクルー達であった。
「本当なのか、そりゃあ……! 本当に《レヴォル》と?」
「嘘を言ったところでどうしようもない。それに、《エクエス》のレコードを調べられれば嫌でも分かる。私は意味のない言葉繰りはしない主義なのでね」
メカニックを顎でしゃくり、《エクエス》へと調べを尽くそうとする相手に、グラッゼは微笑みかける。
「いい出会いに恵まれたな、彼は。私の知るクラード君はたった一人でも戦い抜く瞳をしていたものだが」
「……どこで遭遇した? クラードは無事なのか?」
「そこまでは私でも分からない。《レヴォル》に乗っていたのは彼ではなかったのだから」
「……クラードじゃ、ない……?」
困惑するメカニックに声を差し挟む前に、声が響き渡っていた。
「教えてください! ……一体、誰が《レヴォル》に乗っていたんですか! クラードさんは……!」
歩み出てきたリクルートスーツ姿の女性を先の少女が押し留める。
「カトリナ様。今は冷静になってください」
「冷静になんて……! 私は委任担当官なんですよ! ……クラードさんは、どこへ……」
困り顔のカトリナなる女性へと、グラッゼは蒼いサングラスのブリッジを直す。
「残念ながら、それに関しては不明点が多い。私でもどうにも出来ないかもしれない」
「……そんな……。クラードさんが生きているかどうかも、分からないって事ですか……」
「私も悔しい。それが分かれば君達に吉報が届けられたのだと、そう思うとね」
「……だが《レヴォル》を見たと言ったな? 《エクエス》のレコードを漁れば分かる事だが、それがクラードじゃなかったって?」
「女の声であった。戦い振りは慣れている様子であったが、彼とは違う。彼ならばあんな無様な戦い方をして私を幻滅させる事はない」
そう、あれはクラードを騙るにしたところで――下策が過ぎる。
あんなものはクラードの足元にも及ばないであろう。
「……《レヴォル》がどこかの陣営に鹵獲されたって言う事は、クラードさんは生きているかもしれない……」
「分からない。それをもっと仔細に知れれば、ここでの諍いもないのだと思えば、私も少しばかり自分の命可愛さに詰めが甘かった、と言うべきだろう」
カトリナが涙の粒を溜めて嗚咽を漏らす。その背中をさすりながら、少女がこちらを睨んでいた。
「……貴方はカトリナ様を泣かせた。それだけは許さない」
「私も後悔している。婦女子を泣かせる趣味はない」
「……いえ……いえっ、ピアーナさん。今は、それだけでもいいんです。クラードさんも、《レヴォル》も生存の可能性が高まった。それだけでも……」
「ですが、カトリナ様が無理をする事は……」
「いいえ。無理でも少しくらいは気持ちを強く持たないと。そうでないと、私……っ、委任担当官なんですから。クラードさんが帰って来た時に、いい顔出来ませんし……っ」
気丈に笑みを浮かべようとするカトリナに、グラッゼはてらいのない感想を述べる。
「……強く、か。それは時に残酷に人を傷つける。カトリナなる優しいお方、君はしかし、《レヴォル》の非情なる真実を知ってもなお、その強さを保ち続けられるか」
「非情なる……真実……?」
「この艦の中でも情報にばらつきのある様子」
「……あんた……!」
銃口が自分の背中に突きつけられたのを感じながら、グラッゼは両手を上げたまま声にする。
「《レヴォル》は君達が思っているような容易い代物ではない。あれは異常だ。あんなものが存在している事自体、奇々怪々と言わざるを得ないな」
「どういう……」
「《レヴォル》のミラーヘッドログを参照すればいい。自ずと答えは出る」
「言葉で弄するなんざ……!」
「弄している覚えはないのだがね。それとも突かれれば痛い横腹であったか」
「……グラッゼ・リヨン……!」
「――待て、待てって! あんた……クラードに仕掛けて来ていた……」
ジャケットを着込んだ偉丈夫の男がグリップを握り締めてこちらへと近づいてくる。
そんな彼へと追従するのは赤髪の女性であった。
「……制してもらって助かる。危うく命を落とすところだった」
「あんた……敵のはずだよな? 何でこの艦に居る?」
「敵の敵は、の理論だよ。……しかし、君は違うな。戦士の面持ちをしている」
その表情を観察していたからか、相手は神経を強張らせて応じていた。
「……信じられねぇな。敵の敵は理論だとしても、これまで敵だった奴が寝返ってくるなんて信じ難いだろ」
「そう思ったほうが遥かに確実性は高い。だが、君達は知らなければいけないはずだ。クラード君の事と《レヴォル》の事、その両方をね」
「……クラードの……?」
息を呑んだ相手へと、グラッゼは言葉を重ねる。
「《レヴォル》も、だ。あれは君らの思っているような兵器ではない。そうなのだろう?」
「おい、口数も過ぎれば毒となる。多弁は銀だって知らないのか?」
銃口を背中に押し当てられて、グラッゼは言葉を仕舞う。
「……いずれはまた、君達と話さなければいけない事が……きっとあるのだと、私は思うがね」
グラッゼは一瞥を振り向けてその脇を通り抜け様に、背中に声を聞いていた。
「……オレは! ……オレは、凱空龍のアルベルトだ。あんたは何て言う?」
ここで名乗ったところで仕方ないとは言え、名乗りに関しては応じるべきだろうと、グラッゼは視線を振り向けていた。
「識者、グラッゼ・リヨン。君と同じく、クラード君に魅せられた側の人間だろう」