機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第80話「サードアルタイル」

「月面より離れたMF02、《ネクストデネブ》を関知。これより宙域情報を保持します」

 

 そう言うなり月軌道艦隊全域へともたらされた《ネクストデネブ》の情報に、木星船団の出迎えだけのつもりであった艦長は舌を巻いていた。

 

「……一体、あなたは……」

 

「先にも述べました。僕の名前はザライアン・リーブス。MF、《フォースベガ》のパイロットとして、この地へと舞い降りた人間だと」

 

 その言葉に煩わしさすら覚えているように、ザライアンはヘッドセットを降ろしていた。

 

 先の情報は彼の脳波を拾い上げる事によって関知出来た代物である。

 

 しかし、一個人の情報がまさかMFの位置情報の把握に貢献するなど思いも寄らない。

 

「……だ、だが得心がいかない。何故、特殊な位置情報の把握措置を取らずに、あなたはMF02の位置を的確に理解出来るのか」

 

「それは僕もまた、同じであるからに過ぎないのが、理由ではあるのでしょう」

 

 蓬髪を掻いて、ザライアンは煤けた赤い瞳を中空に投げる。

 

「……あなた方は何なのだ。MFとは何なのですか……」

 

「その問いは連邦調査局によって僕の口から下手に出す事は禁じられている。それに僕があなた方に話せば、それだけでも未来は変動値を示すでしょう。それくらい、ダレトと言うのはデリケートだと思ったほうがいい」

 

「……あなたはただの木星船団のリーダーであったはず」

 

「その情報も、この宇宙で僕が生き残るために、彼らの与えた形骸状の代物に過ぎない。僕の生存は他のMFの生存にも繋がるからでしょう。睨み合い、それが彼らの望んだ対立構図だった」

 

「……彼ら……?」

 

「月軌道艦隊のうち、半数を《ネクストデネブ》の擁立に回せばよいでしょう。それで面子は保たれます」

 

 それ以上は話す口などないようにザライアンはブリッジを立ち去ろうとするので、艦長はその背を追っていた。

 

「待って欲しい! ……あなたはMFに関する致命的な何かを知っている。だからこそ、我々にこうして出迎えの任務が下りた」

 

「あまり詮索はしないほうがいい。僕の事は、これ以上は知らないほうがあなた方にとっても有用なはずだ」

 

「しかしそれでは見ないふりをしろとでも……!」

 

「事実、そう言っております。ザライアン・リーブスは木星帰りの宇宙飛行士――ここではその認識で間違っているわけではない」

 

 そう口にするザライアンは、どこかでその事実を割り切れていないようにさえも映る。

 

「……何を隠しているのだ。MFはただの強力な兵器ではないのか……?」

 

「この宇宙で生存したいのならば、それ以上は知らなくっても構わない。僕が《フォースベガ》のパイロットである事も、そしてMFを関知する能力を保持する事も、知らなくっていい事だ」

 

「……誰がそんな事を隠し立てすると言うのだ。ダレトが開いてから先、まだ二十年と経っていない。そんな組織はどこにも擁立されていない……!」

 

「……ダレトが先か、彼らが先かは問題ではないのです。要はMFが四機も、それを追ってこの宇宙にやってきた。その時点で破綻寸前なんです、この時空は。ギリギリまで膨張した風船は割れるか、それともしぼむかのどちらかしかない。そして彼らは縮小を願っている。割れてしまえば、全てが終わりかねないと知っているからでしょう。僕はその意見に賛成して、そして彼らに差し出した。ミラーヘッドと、ライドマトリクサーの技術、そしてダレトの活用術も。彼らは知りたがっていた。ゆえに差し出すべきものは全て差し出しました。……僕の命の権利でさえ」

 

「……あなたは……」

 

「喋り過ぎました。《ネクストデネブ》を確保した後、月軌道艦隊はその身柄を拘束。これまで通り、MFの観測を続けるとよろしいでしょう」

 

「……これまで通り? だがMFは単独での空間転移が可能なのだと、全世界が知ってしまった! これまでのようにはいかない……」

 

「その空間転移も、もみ消せるのです。今ならばまだ、ね」

 

「……どういう……」

 

 問い返す前に、激震と共にブリッジより新たな情報がもたらされていた。

 

『ブリッジより伝令! アルチーナ格納デッキに穴が開いている。異常発生! 敵の襲撃の可能性に備えて戦闘待機!』

 

「……一体何が……」

 

「――もう来ますよ。しかし、思ったよりも早いな。仕掛けてくるのか」

 

 ザライアンの言葉を咀嚼する前に、艦内を想定外の衝撃波が揺さぶり、艦長はそのままよろめいていた。

 

「……何だと言うのだ! 何が起こっている!」

 

『右舷に亀裂発生! 何者かが我が方の艦艇に攻撃を仕掛けて来ています!』

 

「……何者か、だと……。迎撃部隊を出せ! 何があっても敵を撃破せよ!」

 

『しかし艦長……この方位よりの攻撃は、まさか……。敵の照合確認! これは……MF、《サードアルタイル》!』

 

「……馬鹿な! あれは張子の虎のはずだ!」

 

 思わずそう叫び返したが、それでもブリッジからの伝令は途絶えない。

 

『しかし、なおも健在! あれは……何だ? 視えない武器……!』

 

「視えない武器だと……! 管制室へ行く!」

 

 今はザライアンへの言及よりもアルチーナを襲ってきている敵のほうを優先すべき。

 

 そう判断した神経は間違いではないのだろう。

 

 艦長室の肘掛けを握り締めるなり、艦長は望遠映像で拡大された《サードアルタイル》の眼窩が虹色に輝いているのを目にしていた。

 

「……第三の聖獣が動く……」

 

 それは今までなかった事、そして今まで観測もされなかった事。

 

「《サードアルタイル》より熱源! なおも増大! 来ます!」

 

 何が、と言う明瞭たる言葉を結ぶ前に雪崩のように衝撃波が艦内を見舞っていた。

 

《サードアルタイル》自体にほとんど動きはない。しかし、何かが《サードアルタイル》より放たれたのは見間違えようのない事実。

 

「……粒子兵器か? それとも、新型の何かだって言うのか……。ミラーヘッドの兵装を弱体化させるガスを散布! もしミラーヘッドによる代物ならば……」

 

『――失礼。ブリッジへ』

 

 唐突に繋がれた通信網の先の声に、艦長は面を上げる。

 

「……ジオ・クランスコール……。万華鏡が何の用だ?」

 

『自分ならば迎撃に入れる。艦内でMA用の接続デッキに居たお陰で直撃は免れた。他の兵力は総崩れでも、自分ならばあれと矛を交えられる』

 

「信じられない……MFだぞ!」

 

 思わずと言った様子で叫んだ通信長へとジオは落ち着き払った声で――このアルチーナを襲う喧騒など露知らずとでも言ったように告げる。

 

『自分ならば勝てる。二度も三度も言わせないで欲しい』

 

 確信的な声に艦長は判断を迫られていた。

 

「……勝てる、とでも? MF相手にこれまで勝利したパイロットも、MSも居ない……」

 

『ならば歴史の分岐点に成り得るかも知れない。あのMFは無人機だ、今ならば撃墜出来る可能性が高い』

 

「無人機? と言うか……MFに人が乗っているのかなんて……」

 

 そう、誰にも分からないはず。

 

 だと言うのに何故、断言出来るのか。

 

「……失礼ながら、万華鏡の通り名、別段訝しんでいるわけでもないが、それでも得心がいかない。勝てる、とはどういう事なのか」

 

『言葉通りの意味だ。《ラクリモサ》で直進、ミラーヘッドビットを使っての迎撃、それで事足りる』

 

 本当に、それ以外に何を問うのか、とでもいうような言葉振り。

 

 当然、信じられない部下達は居る。

 

「……艦長、あれを信じろって?」

 

 ここでの判断は自分に委ねられている。艦長は肘掛けを強く握り締めた後、やむを得ぬ、と応じていた。

 

「……再三聞くが、勝てると言うからにはアルチーナが轟沈してからでは遅いのだぞ」

 

『分かり切っている。自分だけで生き残るつもりはない』

 

「接続デッキより! 《ラクリモサ》、出ます!」

 

 別のモニターよりアクティブになった《ラクリモサ》の威容を目にして、艦長は一拍、強く瞼を閉じていた。

 

 ――ここでジオを信じようと信じまいと、いずれにしたところで窮地なのは同じ。

 

 ならば、少しくらい可能性に投げたほうがまだ分はあると言うもの。

 

「……ジオ・クランスコールの出撃を許可する」

 

『助かる。では、《ラクリモサ》、ジオ・クランスコール、目標を撃滅する』

 

《ラクリモサ》がそのスカートバーニアより青い推進剤を引きながら宇宙の常闇を駆けていく。

 

 その最中にも《サードアルタイル》よりもたらされる攻撃は止まない。

 

「……《サードアルタイル》! なおも攻撃を実行中!」

 

「アルチーナの損耗率!」

 

「四割以上! このままでは、ミラーヘッドの運航に差し障りが出ます!」

 

「……万華鏡を信じるしかなくなったわけか」

 

 悔恨と共に噛み締めつつ、艦長は赴いたジオの機体を見据える。

 

《ラクリモサ》は不可視の攻撃網を潜り抜け、そのまま敵影へとバインダーより無数の小型兵器を拡散させていた。

 

「《ラクリモサ》、ミラーヘッドビットを展開!」

 

「……音に聞くミラーヘッドの自律兵器、拝ませてもらおうか……」

 

《ラクリモサ》は《サードアルタイル》より今も放たれる攻撃を掻い潜りながら、その緑色の眼窩を煌めかせて、一斉にミラーヘッドビットを放射していた。

 

 艦よりモニター出来る限りでは、その数は出現より三倍、四倍に拡張していく。

 

「……何基積んでいるんだ……」

 

 驚嘆の声が上がるのも無理からぬ事。

 

《ラクリモサ》の兵装はその全てがブラックボックスに近い。まるで未知の兵装を持つMA大の親衛隊直鞍機なのである。

 

「……その実力は……」

 

《サードアルタイル》の射程に入ったのか、《ラクリモサ》はバインダーを押し広げ、加速していく。

 

《サードアルタイル》はその段になってようやく、《ラクリモサ》を敵として認識したように単眼の頭部が稼働する。

 

「動いた……!」

 

 ざわめきが起こるのも無理もない。

 

 この数年間、まともに動きさえもしなかった四聖獣の一機がここに来て二機、活動を始めただけでも特大の情報だ。

 

《ラクリモサ》は《サードアルタイル》の下方へと入り、ビット兵装を飛ばしていた。

 

 目視は困難であったが先にもたらされた情報より、ビット兵装は三角錐に近い形状を模しているのが露見している。

 

 それぞれが幾何学に挙動し、《サードアルタイル》の網のような攻撃を縫って、そのまま黄色の躯体の中枢部へと突き刺さっていく。

 

 ビーム掃射が雪崩のように巻き起こり、《サードアルタイル》の胸部を射抜いていた。

 

「……やった……?」

 

『いえ、まだの様子』

 

《サードアルタイル》は健在だ。

 

 それどころか、虹色の皮膜を単眼部に波打たせ、敵意を露わにしている。

 

《ラクリモサ》は直後には《サードアルタイル》の背後に回っていたが、その時には《サードアルタイル》の攻撃方向が裏返り、至近のデブリを破砕していく。

 

「……やっぱり、相変わらず視えない……」

 

 だと言うのに、《ラクリモサ》を操るジオに何か気取ったところがあるわけでもない。

 

 彼は当然のように回避運動を取り、当然のように《サードアルタイル》の直上を取ってバインダー上部に取り付けられた拡散ビーム砲を速射していた。

 

 しかし我らが人類の叡智の刃は、彼方より来たりし聖獣には届かない。

 

 直撃する前に霧散したビームに、艦長は肘掛けを殴りつける。

 

「……まさか、Iフィールドか……!」

 

『いいえ。Iフィールドではない。質量兵器です。《サードアルタイル》は視えない質量兵器を無数に操り、それらを自律的に稼働させ、自らの守りと攻撃に充てている』

 

「そんな馬鹿な! それじゃまるで……《ラクリモサ》の設計と……!」

 

 言葉を切った部下の胸中を、艦長は静かに呟く。

 

「……《ラクリモサ》と《サードアルタイル》は同じ……」

 

『詳しく説明する間はない。このままミラーヘッドビットを稼働させ、一気呵成に攻め立てる』

 

《ラクリモサ》が蒼い残像を帯びる。

 

 しかし、これまでの純正のミラーヘッド機のように本体が分身するのではない。

 

《ラクリモサ》は、その操る手数が分身する。

 

 一気に八倍以上の数になった《ラクリモサ》の自律兵装に部下達は絶句していた。

 

「……これが万華鏡……ジオ・クランスコールの《ラクリモサ》……」

 

 逃げ場などない。包囲陣が瞬時に敷かれ、《サードアルタイル》を取り囲む。

 

 今度こそ、確実に《サードアルタイル》は討たれたかに思われたが、それを阻止したのは波のようにのたうつ虹色の輝きであった。

 

 何かが暗礁の宇宙を染め上げ、そして色彩と共に分身したビット兵装を撃墜していく。

 

「今のは何だ……?」

 

「恐らく、これまで不可視であった攻撃であると推測! 《ラクリモサ》の攻撃網に手加減出来なくなったって事か……!」

 

「では、あれが……」

 

『ええ、そのようで。この《ラクリモサ》と同じ自律兵装持ちでありながら、ビットと呼ぶのにはいささか広大が過ぎる。まさに波(パーティクル)のようだ』

 

「パーティクル……。そんな兵装が存在するなど……」

 

『推理するような暇もない。如何にそのパーティクルの防御範囲、攻撃範囲が広かろうと、その波には凪が存在するもの。撃たせていただく』

 

《ラクリモサ》は一直線に《サードアルタイル》へと猪突する。

 

「自殺行為だ! ジオ・クランスコール!」

 

『いや、凪は見えた』

 

 その言葉通り、《ラクリモサ》は撃墜されず《サードアルタイル》の懐へと入っていた。

 

 一瞬で、波の攻撃の中に存在する僅かな凪を関知するだけの操縦センス、そしてそれを実現するだけの技量。

 

 どれもこれも人外のそれだと言わざるを得ないが、そのような些末事など今はどうでもよく、《ラクリモサ》が《サードアルタイル》の射程の内側に入ったのは、まさにこれまで人類が成し得てこなかった偉業が一つ。

 

「……入った……」

 

《ラクリモサ》が腰部にマウントされていた節足の兵装を解き、瞬時にワイヤーで接続されたそれを《サードアルタイル》へと直進させる。

 

 節足の兵装は牙の如く《サードアルタイル》の装甲に食い込み、《ラクリモサ》はワイヤー伝いに電流を浴びせていた。

 

《サードアルタイル》の頭部が悶えるように中天を仰ぎ、やがてそこから光は失せていた。

 

 虹色の波打つ攻撃網も、単眼の生命力も、今はない。

 

「……死んだのか……?」

 

『いえ、先にも言ったようにこれは無人。遠隔で操っている本体が居る』

 

「本体って……ここは月面にほど近いラグランジュポイントのはず。今の人類の叡智ではこんな距離で遠隔操縦出来る技術など存在しないはず」

 

『なので、今の人類ではないと見るべき』

 

 ジオの言葉の赴く先に宿った恐ろしさを解するよりも先に、艦長には職務があった。

 

「……《サードアルタイル》を解析出来るかね」

 

『いいえ、もう不可能になった。プロテクトが堅牢過ぎる。《ラクリモサ》も自分も、所詮は戦うだけの代物。解析機はそちらに委任したい』

 

「……引き受ける、と言いたいところだがアルチーナの損耗率を鑑みれば、そのような余裕もない。今は生き残った者達と共に月面へと向かい、その後、修復を経て地球圏へと木星帰りと《ラクリモサ》を収容。帰投するのが我が方の役割だ」

 

 これ以上アルチーナに戦闘行為をさせて無駄弾を撃ちたくないのもあれば、単純にMFを相手取る事へのおぞましさもある。

 

『それが賢い』

 

「《ラクリモサ》を回収後、我が艦は月面への補給路を経由。その後に地球圏へと。そうでなければ轟沈しかねん」

 

 この期に及んである意味では冷静な判断を下せたのは、我ながら感嘆する。

 

 いや、ここまで来たからこそ、ちょっとやそっとでは驚かなくなっただけなのかもしれない。

 

「……木星帰り……ザライアン・リーブスの処遇と、そして動き出したMF……偶然とは、どうにも思えんな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……こんな時に急患かね」

 

 ヴィルヘルムの誹りを受けつつも、バーミットはファムを背負ってベッドに寝かせる。

 

「急に……熱を出しちゃって。多分、疲れも出ているんだと思うわ」

 

「それもそうか。彼女は確か、デザイアからずっとだったからな。クラードに拾われ、そして今も理由も分からずにこの艦に居る」

 

「ミュイ……バーミット、いる?」

 

「居るわよ、ここに。何が欲しいの? 消化にいいものなら用意出来るけれど……」

 

「ミュイぃぃ……あいす」

 

「駄ぁー目。あんた、抜け目ないんだから」

 

 そう言ってやると、ファムは疲弊した頬を僅かに緩めるのだった。

 

「しかし、本当に酷い熱だな。解熱剤を出しておく。そうでなくとも今のベアトリーチェは物々しい。クルーに疲れを言い出すものが居ないか心配だ」

 

「それは杞憂なんじゃないの。ヴィルヘルム先生」

 

 バーミットの声に、ヴィルヘルムはカルテに走らせていたペン先を止める。

 

「……敵わないな、君には」

 

「分かっているはずでしょう? あなたは、戦闘艦の医師を気取っているけれどでも、本当のところじゃ違う。……何せ、クラードの古い知り合いって言えば、ロクな人間が居ないものね。あたしもそうなら、艦長やサルトル技術顧問もそうでしょ」

 

「そう見る理由を知りたいね」

 

「経験則。今さらかまととぶったって、あたし達は戻れないところまで来ているんだろうし」

 

 ヴィルヘルムはファムの脈拍をはかりながら、カルテを書きつける。

 

「君は変わらないな。クラードとは別ベクトルで、だけれど」

 

「あの堅物と一緒にしないでちょうだい。あたしはただのOLよ」

 

「どうかな。ただのOLがここまでの戦線を潜り抜けられるものか」

 

「ヴィルヘルム先生、相変わらず口さがないわね。クラードはそれでも煙たがらない。それはあなた達が特別な間柄だから」

 

「信頼関係と言って欲しい。医師とライドマトリクサーの」

 

「それって詭弁よ」

 

「確かにね。しかし、グラッゼ・リヨン。黒い旋風自ら我が方への戦力となるのは想定外であっただろう。艦内が浮ついている。こんな時に何者かが仕掛けてくれば、それこそ事だ」

 

「そう言う話、当たっちゃうから今はしないほうがいいんじゃないの? それとも、ヴィルヘルム先生にはこれから何が起こるのか分かっているのかしら?」

 

「……わたしはただのRM施術の免許を持っているだけの船医だ。それ以上でも以下でもない」

 

「……クラードは生きているの?」

 

 詰めた声音と、そしてファム以外は外野が居ないという状況。狙わなければ嘘である。

 

「……恐らく生きている。彼にも枝は付けているんだ。わたしと艦長くらいだろう、知っているのは」

 

「サルトル技術顧問にも隠したいってのは、カトリナちゃんに知られたくないって事ね」

 

「相変わらずOLにしておくのにはもったいない頭の回転だな、君は」

 

「どうかしらね。あたしは馬鹿なOLだと思っているけれど」

 

「……クラードと《レヴォル》は生きている。そしてグラッゼの口から《レヴォル》の存在は出た。という事は、クラードも生きているはず。しかし、乗り手が違うと彼は言っているらしい。……という事は、クラードの言っていた、レヴォルの意志の囁いたもう一人……」

 

「艦長との秘密会話、ね。あたしは無頼漢決め込もうと思っていたんだけれど、知っちゃえば仕方ないわ。――メイア・メイリス。この世で唯一であるはずの、レヴォルの意志を受け継ぐもう一人」

 

「信じられない話ではあったんだが、わたしは《レヴォル》のシステム面でのサポートは行っていない。あくまでも、あれの中身を知っているだけだ」

 

「……それ、他言無用でしょう?」

 

「フロイト艦長はアルベルト君に言ったらしい。ならば、ある意味ではもう公然の秘密のようなものだ」

 

「……あれの中身はMF……。そしてクラードの目的は、全てのMFの破壊」

 

「相反するような命題ではあるが、しかし、彼の生存理由でもある」

 

「……ヴィルヘルム先生、これ以上の隠し立てはためにならないわよ。クラードは知っていて、《ネクストデネブ》と戦い、そして行方知れずになった。どっちにとってのイレギュラーなのかしら、これは。世界か、あるいはあたし達か」

 

「その秤はもう傾いているだろう?」

 

 聞くまでもない、という事か。

 

「……いいわ。今は追及はよしておく。カトリナちゃんも、下手な事言って今自爆されたら困るし。だから艦長はアルベルト君には明かしたんだろうしね」

 

「アルベルト君は迷っている。そして、彼は口が堅いはずだ。下手な事を言い出すタマではない」

 

「……本当に、あなたと艦長は、秘密の多い事で」

 

 バーミットはその言葉を潮にして退室する。

 

「……ああ、そうだろうな。だがわたしとて、何でもかんでも隠し通せるほどの器用さを持っちゃいないよ。君が知らないだけだ、バーミット君。この少女の意味を。それにしても不幸の象徴(ファム・ファタール)とは、よく言ったものだよ、君は。文字通り君は不幸を運んでくる。……ベアトリーチェは、その困難にどれだけ持つ……」

 

 鋭い眼差しを、ヴィルヘルムは壁越しの宇宙へと向けていた。

 

 

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