機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第81話「唾棄すべき毒」

「……現状じゃ、あのグラッゼとか言うの、戦力として数えていいんすか」

 

 廊下でいつものように、不貞腐れた面持ちでラジアル相手に言葉を投げる。

 

 しかし、どうしても顔が見られない。

 

 それは自分が大人になったせいだろうか。

 

「……アルベルトさん、こっち向いてくださいよ」

 

「いや、その……何つーか、変っすよね。オレ、宇宙暴走族のヘッドっすよ。だってのに……」

 

「いいんじゃないですか。幸せになったって。私は、だって満たされていますから」

 

 中空へと視線を投げたラジアルは、この世のどんな不幸でさえも打ち崩せない微笑みを湛えていた。

 

「……下手だったらすいません」

 

「いいえ、エスコート上手でしたよ? アルベルトさんは」

 

「……それも女優の嘘でしょう?」

 

「むぅ、失礼ですね。これでも初めてだったんですから」

 

 何だかそう言われてしまうと気恥ずかしく、アルベルトは後頭部を掻いて明後日の方向を見やる。

 

「いえ、そのー……本当にオレなんかでよかったんで?」

 

「……何度も言わせないでくださいよ。アルベルトさんだから、よかったんです。私、大切なものを貰いましたから」

 

「……でも、他の男連中には言わないでくださいよ。リンチに遭っちまう」

 

「ええー、いいんじゃないですかー、別に。こういう時、武勇伝にするんじゃ? 大女優を抱いてやったぞー、って!」

 

「デケェ声出さないでくださいってば! ……実感ねぇっすよ」

 

「ふふ、アルベルトさんってやっぱり、乙女なんですね。こういう時、男の子のほうにリードして欲しいのが女のほうなんですけれど」

 

「いや、それは何つーか……信じられない事ばっかで、どうにも自分の仕出かした事でさえも信じ難いって言うか……」

 

「誇りにすればいいんじゃないですか? 大女優、ラジアル・ブルームの愛した人なんですから」

 

 その事実がどこか遊離している上に、目の前でこうしていつものように自分をからかうラジアルは、どうあっても自分の恋人だなんて思えない。

 

「……あの、ラジアルさん。オレ、やっぱきっちり言います。オレに、あんたを護らせてください。何があったって、オレがあんたの盾になってでも……」

 

「もうっ、アルベルトさん! それ、フラグって奴ですよ?」

 

 またやってしまった、と自らの迂闊さを呪う間にも、ラジアルは満ち足りた笑みを浮かべる。

 

「でも、よかったです。アルベルトさんが本当に、いい人で。私は結局、いい女優だったかもしれないですけれど、一人の女には成り切れなかったですから」

 

「……それは……女優時代の話で?」

 

「はい。……こんな事言うとやきもち焼いちゃうかもですけれど、昔……好きだった人が居たんです。その人は、業界の人でも何でもなくって。でも、本当に……心の奥底から尊敬出来て、そしてその人の事を想うだけで、満ち足りた気分になれた。……でもその人は、私が女優のラジアル・ブルームであると言うだけで、距離を置いてしまった」

 

「……そいつは、女優のオーラとかがあったからじゃ?」

 

「まだ十三にも満たない頃ですよ? 確かにオファーはたくさん来ていましたけれど、それでも彼が求めさえしてくれれば、いつでも女優業は辞められた。私は彼の何か……特別な一になりたかったけれどでも……そうはなれなかった。私は、大女優かもしれませんが、少女としては失格でした。たった一人の……好きな人に、告白も出来ないで、青春を終わらせてしまった」

 

 その悔恨が今も胸を打つかのように、ラジアルは語っていた。

 

 これまで彼女の弱い部分を一度として見ていなかった自分は、結局「大女優ラジアル・ブルーム」と見ていたのだと思い知らされる。

 

 いつだってサインはあったのだ。

 

 それを自分は……そのどことも知れぬ彼と同じく、見落としてしまっていただけ。

 

「……なら、そいつは馬鹿ですよ。ラジアルさんの分かり切った好意に、それか甘えていただけです。好意を向けられるのって、嬉しい以上にしんどいんですよ、男からしてみりゃ。それがいい女ならなおの事」

 

「……アルベルトさんも、しんどかったですか?」

 

「……正直、ちょっとは。でもまぁ、ようやく地に足が着いた気分っす。これまで、クラードを、あいつの隣に居たい、力になりたいって気持ちが前に出過ぎてしましたけれどでも……こっからは自分の信じるもののために戦えそうです」

 

 たとえ単純な動機であっても、それが所詮は自分なのだ。

 

 愛した人を一人にさせないくらいは甲斐性なしでも出来る。

 

「でも、アルベルトさん、危なっかしいですから。約束ですよ? 前に出過ぎない、戦いに呑まれないって」

 

「……それもフラグじゃないですか」

 

「……そうですね」

 

 お互いに微笑み合って、そして小指を絡ませて指切りをする。

 

 こんな――他愛ないような約束事でも、今は信じるに足る。

 

「……よっしゃ。じゃあ《アルキュミア》の様子を見に行ってきます。あのグラッゼとか言う奴だけいいカッコさせませんから」

 

 そう言って駆け出そうとした矢先、警報が耳を劈く。

 

「戦闘警戒? ……でも停泊中のはず」

 

「何が仕掛けてきたって?」

 

『……総員、戦闘警戒。識別不明の機体が三機、こちらへと向かってきている模様。減速する様子もない事から、狙い撃ちのつもりのようですわね……』

 

 ピアーナの報告の声を聞きながら、アルベルトはグリップを握りかけて、その手をラジアルが優しく包み込む。

 

 直後には、涙の粒を瞳に浮かべたラジアルの顔が大写しになっていた。

 

「……行かないでください。傍に居てください……」

 

「……そうもいかないでしょう。今の戦力はオレ達だけみたいなもんなんですから」

 

「……じゃあ、約束を一つ」

 

 これも他愛ない――約束にも成らない抱擁だろう。

 

 くちづけ合ってから、その瞳に誓う。

 

「……必ず帰ります」

 

 それ以上に最早言葉は必要ない。

 

 今は誓い合ったお互いの体温だけを信じるのみだ。

 

 アルベルトは格納デッキに飛び出すなり、サルトルへと声を飛ばしていた。

 

「《アルキュミア》は?」

 

「使えるが、敵の情報がかく乱されている。機体照合にかからんとはどういう事だ、ピアーナ嬢!」

 

『こちらでも手を尽くしているのですが……連邦のデータベースにも、トライアウトにも照合されていない機体なんて存在するわけが……』

 

「未確認ってワケか。そんなもん、あるのか?」

 

『……あるとすれば、一つだけ』

 

 ピアーナの声を聞きながらアルベルトは《アルキュミア》のコックピットに収まり、操縦系統を確かめていた。

 

 インジケーターを操作しながら先に出撃準備に入ったグラッゼの《エクエス》を横目にする。

 

「……野郎。オレらが先だってんだ!」

 

『逸るんじゃない。私が前を見ておく。その間に、君達は編成を組むといい。未確認の敵だと言うのなら、私が捨て石として出たほうが都合もいいはずだ』

 

 正論であったが、しかしそれでは戦力が分散してしまう。

 

「……オレらだって絶対の自信があるわけじゃねぇ。もしもの時には援護も願う」

 

『……何だ、大人しい。さては男にでもなったかね』

 

「な――っ! 勘繰りなんざ!」

 

 グラッゼは通信網に快活な笑い声を弾けさせる。

 

『図星だったか。分かりやすいと、色恋沙汰に足を取られる。注意したほうがいい』

 

「……どうも」

 

『グラッゼ・リヨン。出る!』

 

《エクエス》が出撃したのを格納デッキで視認してから、凱空龍の面々を確かめ、それぞれへと声を振っていた。

 

「……てめぇら、ここが気合の入れどころだ! クラードが居なくっても何でもねぇってところ、見せてやろうぜ!」

 

 その言葉にトキサダが同調する。

 

『凱空龍! 応ッ!』

 

 声が背中を押してくれる感覚がある。

 

 今ならば何が敵でも勝っていけそうだ。

 

 浮ついた自分を鎮めるように、アルベルトは深呼吸して、カタパルトのスリッパを履かせ、丹田に力を込める。

 

『《アルキュミア》、発進どうぞ』

 

「よし……《アルキュミア》、アルベルト、出るぞー!」

 

 出撃するなり、《レヴォル》専用のビームライフルを構え、敵影へと備える。

 

「何が来たって、オレはやってやる……! 今だけは、ベアトリーチェを沈めさせやしねぇッ!」

 

 しかしその宣誓は、直後に目視された敵の情報に上塗りされていた。

 

 それはあるはずのない邂逅であり、そして唾棄すべき毒――。

 

「……嘘だろ……《レヴォル》……?」

 

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