想定外の情報を網膜に捉えたアルベルトは、機体照合が相変わらず不明なままの――その赤い色彩を誇る《レヴォル》型の機体を呆然と見据えていた。
『アルベルト君! しかしてこれは……クラード君ではないぞ!』
先行していたグラッゼが《エクエス》での弾幕を張りながら三機の《レヴォル》タイプへと立ち向かっていた。
そう、三機なのだ。
赤い《レヴォル》が三機編成、それぞれ散開機動に入り、自分の認識を揺さぶるかのように高出力でグラッゼの《エクエス》が発生させたミラーヘッドの陣形を崩しにかかっている。
「……クラードじゃ、ねぇ……? じゃあ誰なんだ、あいつらは!」
『分からん! 分からんが一つだけ言える。……並大抵じゃないぞ、こいつらは!』
グラッゼが銃撃網を咲かせつつ、赤い《レヴォル》の陣形へと飽和攻撃を浴びせようとして、三機の赤い《レヴォル》はそれぞれに有するビームライフルを掃射する。
依然としてミラーヘッドは使用されていない。
否、その必要すらない。
相手はミラーヘッドを使わずとも、自分達を困惑のるつぼに落とし込める。
「……一体何なんだ、てめぇらは!」
『……うっせぇな。一端になってからそう言うのは吼えろよ、ガキィ!』
放たれた声の獰猛さにアルベルトは咄嗟に《アルキュミア》の保有するビームジャベリンを払っていた。
敵の打ち下ろした実体剣がビームジャベリンと干渉波のスパークを散らせ拡散する。
「……てめぇは……」
『こいつは《レヴォル》じゃねぇ。いい事教えてやるよ、ガキが。こいつの名は、《オルディヌス》。てめぇらの操る《レヴォル》の元型だ!』
そのまま互いに弾かれるように後退した刹那には、残りの二機がベアトリーチェへと進軍している。
「しまった……! やらせるかよ!」
『ヘッド! 艦砲射撃で相手の出端を挫く! 《マギア》部隊に任せてくれ!』
「しかし……相手も《レヴォル》タイプだって言うんなら……!」
いや、形だけ揃えただけの急造部隊の可能性もあったが、グラッゼほどの人物が苦戦するのならばそれは間違いなく本物だという事だろう。
グラッゼはリーダー機らしい赤い《レヴォル》――《オルディヌス》へと牽制の銃撃を見舞いながら急速後退し、《オルディヌス》の射程距離に触れないように努めている。
『……ミラーヘッドの期を狙っている? 目的は何だ!』
『目的なんざねぇよ、たわけが! てめぇらがスポンサーが気に食わねぇってんで、潰しに来ただけだ!』
グラッゼの《エクエス》の抜刀と、《オルディヌス》の大剣が横薙ぎに払われたのは同時。
その威力にグラッゼの《エクエス》が軋んだのが窺えた。
『……だが、その在り方は獣の在り方、そんなもので、クラード君の《レヴォル》と同じものを扱うんじゃないぞ!』
『吼えてねぇでとっととミラーヘッドを使えよ! 《エクエス》じゃ張り合いねぇぜ、この《オルディヌス》ならな!』
明らかにパワー負けしている《エクエス》に、アルベルトは援護砲撃を支援していた。
「グラッゼ・リヨン! こいつで……!」
火線を張ると、《オルディヌス》は一瞬の硬直を解いてそのまま直上へと逃げていく。
ベアトリーチェ甲板部に張り付いている《マギア》は他二機の牽制銃撃をいなしていたが、それでも出力差が桁違いだ。
まさに《レヴォル》の生き写しとでも言うべき機体がベアトリーチェを襲っている様は、まるで悪い夢のよう。
「……何で。何でこんな風になった! 総員! 赤い《レヴォル》は撃墜してくれ! クラードじゃねぇらしい!」
『だがヘッド! やりにくいったら!』
《オルディヌス》二機はあくまでも随伴機だ。
本命はリーダー機のみ。
それ以外は陽動に過ぎない。
「……どこだ? どこへ行った?」
視線を巡らせるアルベルトは背後からの熱源反応にこの時、反射していた。
「そこか!」
振り返り様に斬撃を浴びせ込もうとして、相手の剣筋がビームジャベリンの攻勢を払って、そのまま打突の姿勢に入る。
『格闘戦ってのはこうやるんだよォッ!』
「……何なんだ。何だって言うんだ、お前らは!」
『言ったろうが! 《オルディヌス》の使い手たる俺達は選ばれた存在なんだよ。とりあえずてめぇらは死んでおけ。これ以上生きていられるとどうやら目の前を飛んでいるハエみたいなもんだってこってよ!』
「そんなはず!」
背面に備え付けていた支持アームによる虚を突いた銃撃でさえも、相手は読んで機体をずらし、そのまま《アルキュミア》の頭部を引っ掴む。
過負荷に警告の音叉が鳴り響く中で、アルベルトは歯噛みする。
「……何だって。てめぇらは何だって……!」
『……下らねぇ。ミラーヘッドを使うのなら、それも面白いはずなんだがな。それさえもしやがらねぇのは、《オルディヌス》が《レヴォル》の兄弟機ってのが思ったよか効いてんのか? ……ったく、潰し甲斐もねぇ羽虫ってのは、いけねぇ――なッ!』
確実に頭部を潰されたかに思われた一撃であったが、それを遮ったのは《オルディヌス》の背後に迫った《エクエス》のミラーヘッドであった。
蒼い残像を引いた《エクエス》の残像の太刀を、《オルディヌス》は後ろに目でも付いているかのようにかわす。
『……避けられた?』
『しっかし、分かんねぇもんだなぁ、オイ! どことも知れぬ野郎かと思えば、あの黒い旋風、グラッゼ・リヨンが敵になっているなんてな! こいつぁ……狩り甲斐があるってもんだ!』
『何を……クラード君と同じ姿で、けだものが吼えるな!』
『だがよ……ミラーヘッド、使ったな?』
それが致命的な一打であったかのように、《オルディヌス》は《エクエス》のミラーヘッドの――その中枢部に当たる部位を――握り締めていた。
途端、ミラーヘッドに異変が生じ、痙攣したかのように残像が硬直する。
『……な、に……』
『――貰うぜ、てめぇの心臓』
音がするのなら、それは果実を握り潰したかのような。
そしてガラスが割れるように容易く。
《エクエス》のミラーヘッドが連鎖的に解除されていく。
『……まさ、か……。この力……鏡像殺し……!』
『へぇ、あのグラッゼ・リヨンに知っていただけるとは。光栄と思うべきなんだろうなァ……。だがよ、今は死んでおけ』
《オルディヌス》の大剣がグラッゼの《エクエス》本体へと斬撃を振るう。
《エクエス》は咄嗟の機転で片腕をパージし、その推力で敵の太刀筋の致命的な部分を回避する。
『……これは……! アルベルト君! 奴は……!』
『へぇ、避けるかよ。さすがは黒い旋風だな。だが、これでミラーヘッドはもう使えねぇ。その意味、エースならよく分かるはずだろ?』
グラッゼは《オルディヌス》より距離を保ったまま、その射程を縮めようともしない。
彼ほどの実力者が何故、と言うよりも、まさか、であった。
「……ミラーヘッドの、通用しない敵……だって?」
『……鏡像殺し……噂には聞いていたが、実在したとはな。数多の戦場でミラーヘッド……第四種殲滅戦で生き延び、そして兵士達の血潮を啜って次の戦場を目指すという……存在すらあやふやな相手……』
『そのあやふやな相手は今、てめぇの目の前に居るわけなんだがな。グラッゼ・リヨン。この射程を縮めないのは、それはビビっているって事でいいのかねぇ』
「……あのグラッゼほどの奴が……ビビる……?」
信じられない心地でアルベルトは傍目には隙だらけな《オルディヌス》を睨む。
――違う。今ならば獲れるはずだ。
《アルキュミア》は空間を奔り、《オルディヌス》へとビームジャベリンを振るい落としていた。
両断は不可能でも片腕くらいは、そう感じていた神経は直後に飛び上がった《アルキュミア》の両腕のビジョンに掻き消される。
「……オレが斬りかかったはずなのに……」
『何もかも遅ぇとはこの事だな。一またたきにも至らねぇ。それとも、大剣は居合い抜きには不向きに見えたか?』
居合い抜き。
まさか、大剣を瞬時に斬り払い、その動作を自分の網膜にさえも居残さず、そのまま鞘に収めたと言うのか。
あり得ない、と言うよりも、まるで不可能なその偉業。
いや、あってはいけない――。
「《アルキュミア》の、腕が……」
宙に舞った《アルキュミア》の両腕からビームジャベリンを奪い取った《オルディヌス》が視界の中で大写しになる。
『実力者の間に降り立つべきじゃなかったな、ルーキー。何でグラッゼ・リヨンはこの距離を保っているのか、理解も出来ない貧弱な戦力はここで沈んだほうが幸いだろうさ』
ビームジャベリンが空間を駆け抜け、《アルキュミア》へと打ち下ろされる。
――終わる。こうも呆気なく。
しかし、その瞬きは、悪くない人生だった、という実感もあった。
走馬灯の一刹那――夢想するのはいずれ家庭を持つ、自分とラジアルの姿――そんな手繰るのも馬鹿馬鹿しい幻像が今だけは明瞭に脳内に描き出され、そして思い知る。
自分はただの子供で、そして誰かを護るのには値しない、未熟者であった事だけを。
「……クラード、オレは……」
瞬間、《オルディヌス》へと直撃したのはベアトリーチェ方面よりもたらされた弾幕であった。
ハッと夢見ていたアルベルトを現実に誘った火薬は、煙を棚引かせて《オルディヌス》が後退した事でようやく認識される。
『……アルベルトさん!』
「……嘘、でしょう……ラジアルさん……?」