機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第83話「慟哭」

 緊急発進したらしい《オムニブス》がその身に纏った弾薬の限りを尽くし、《オルディヌス》を遠ざけようとする。

 

『ヘッド! 他の二機はまだ使いこなしていねぇ! そいつを撃ってくれ!』

 

「オレがこいつを……」

 

 いや、撃たれるのは自分のほうであった。

 

 そんな益体のない考えに身を浸す前に、《オルディヌス》は別方向からの銃撃に回避運動を取っていた。

 

『……何だ? 俺達以外にこいつらに用事のある連中か?』

 

 向かってくるのはミラーヘッドの陣形を取って殲滅包囲を敷いていく《エクエス》と《レグルス》、そして陣頭指揮を執る《マギア》の改修機らしき赤銅色の機体の一個中隊。

 

「……まさか。こんな時にトライアウトだと……!」

 

『アルベルト様! 所属出ました! 新たに向かってくるのはトライアウトネメシス所属、先頭に立つ機体は、《マギア》の発展機、《アイギス》……!』

 

「《アイギス》……ミラーヘッドの発展機……」

 

『そうだ。……しかしわたしの心は悲しみに沈んでいるよ。お前がそんな機体に乗ってわたしに反抗してきている事が、どうあっても許し難いのでね』

 

 通信網に焼き付いた怨嗟の声に、アルベルトは瞠目する。

 

「……兄、貴……?」

 

『兄と呼ぶのならば、お前は帰って来てくれる当てがあると、思っていいのだろうか? それともこのような世迷言の戦場、無関係だと決め込んで欲しいね』

 

《アイギス》は一瞬にして《マギア》の数倍の密度を誇るミラーヘッドを展開する。

 

 その総数は単騎で二十以上――。

 

『こいつぁ……出会いに水差しちゃ悪いってモンだ!』

 

「……兄貴が……オレ達の前に立つってのか……」

 

『逆だ、アルベルト。お前がわたしの前に立っている。これ以上、悪い事に首を突っ込むのはよしておくといい。わたしとて堪忍袋の緒には限界がある』

 

 アルベルトは腕を両断された形の《アルキュミア》でディリアンの操る《アイギス》を先頭にして、トライアウトの万全な陣形が自分達を次々と照準に入れていくのを感じ取っていた。

 

『第四種殲滅戦だ。間違えるなよ、アルベルト。第四種において、人死にはカウントされない。撃墜数だけが物を言う。そんな戦場に、弟の墓標を立てたくはない』

 

 アルベルトはその瞬間、容赦の成らない怒りの熱が胸の内に宿ったのを感じていた。

 

 兄は――ディリアンは、自分達を相変わらず物以下だとしか思っていない。これまで紡いできた絆も、これまでの戦歴を潜り抜けて来た自分達の過去も――何もかもが唾棄すべき代物だと、言われているようなものであった。

 

「……ざけんな……ふざけるな! ……オレは……オレは兄貴の所有物じゃねぇ! それと同じに! こいつらだって生きてる。オレはあんたの都合のいいように生きる道具じゃねぇんだ!」

 

 熱い言葉の発露はしかし、ディリアンからしてみればそれは見限りの言葉であったのだろう。

 

『そうか。……残念だ、アルベルト。皆殺しにしなければ分からぬらしい』

 

 現状、ベアトリーチェ戦力は総崩れに等しい。

 

 この状況下で、下手に抵抗すればそれだけでも相手の神経を逆撫でする。

 

 だが、この絶望的な状況でも、火線を棚引かせたのは《オムニブス》であった。

 

《アイギス》が瞬時にミラーヘッドへと移り、その攻勢を弾いていく。

 

『……何だ? 羽虫が』

 

『取り消してください! アルベルトさんは……アルベルトさんは私の……っ! 大切な人なんです! もう手離したくない!』

 

「ラジアルさん……! 駄目だ! 狙い撃ちにされます!」

 

《オムニブス》へとそのまま守護する形の陣形に移ろうとして、アルベルトの機体は四方八方からの銃撃を浴びていた。

 

 ミラーヘッドの統率された的確な銃撃は《アルキュミア》の装甲を引き剥がし、銀色の鎧は見る影もなく粉砕されていく。

 

「……こんな形が……。こんな形が、オレの終わりだってのかよ……! 兄貴ィ……っ! あんたはオレの前を阻んで……」

 

『分かり合えないのは悲しいものだ、アルベルト。わたしの庇護の下で生きれば、もう少し傷は減らせたのだが。者共、殺すんじゃないぞ。コックピット以外は蜂の巣にしていいが、それ以外の分別くらいはついているんだろうな?』

 

『当たり前でしょうに。トライアウトネメシスを何だと思って』

 

『よく出来る連中だと、そう思っているとも。あの白銀の機体を撃墜まで行くんじゃない。四肢をもいだほうが少しは反省にもなろう』

 

「……兄貴……ィッ!」

 

『……昔のようだな、アルベルト。お前は可愛い弟だったが、無自覚に残酷であった。そのように、蟻の手足をもいだ事があったな……。あの時はわたしも叱ったが、それは因果が返ってくると言ったはずだ。だが心配は要らない。父さんも分かってくれる。悪さをしても、それをしっかりと謝れれば、なかった事にだってしてやれる。お前は誇り高い、リヴェンシュタイン家の次男だ。それくらいは便宜を図ってやると言っているんだ』

 

「兄貴は……ッ、オレの旅路をなかった事にしたいだけだ! そんな身勝手……!」

 

『身勝手に聞こえるのだとすれば、お前はかつての弟ではない。……少しは男兄弟らしく、ぶってやるべきだったな。悪い事は悪い事だと、分からせなかったのはわたしの怠慢でもある』

 

 違う。

 

 ディリアンの理論は――兄の勝手な慕情は――それはただの身勝手な押し付けだ。

 

 自分の事なんて一回だって見ちゃいない。

 

「オレは凱空龍のアルベルトだ! あんたの弟のお人形じゃあ……ない!」

 

 肩口にまだ居残っていたビーム兵装を照射し、《アイギス》を撃墜しようとするが、それを阻んだのは他でもない、静観していた《オルディヌス》であった。

 

「……何……!」

 

『……何だ、貴様は。あの忌々しい、ガンダムの姿をしている。お前も敵か』

 

『いえ、旦那、滅相もない。俺は友軍ですよ、それも特上のね。にしたって、泣ける兄弟愛じゃないですか。ですが俺からしてみりゃ、手ぬるいの一言です。わざと両手両足を引き裂いてやったところで、それでもあなたの弟は帰ってこないのですよ? なら……もうちっと、手痛いしっぺ返しって奴を……喰らわせてやらねぇとなァ!』

 

《オルディヌス》が火線を張る《オムニブス》へと直進する。

 

 まさか、と絶句したその時にはアルベルトは機体をそちらに向かわせようとしたが、四肢をもがれ、ほとんどの機能を廃された《アルキュミア》では敵わない。

 

「やめろ……それだけは……やめてくれ――ッ!」

 

『《オルディヌス》! 私は許さない!』

 

 ラジアルは果敢にも《オルディヌス》へと銃撃網を張るが、それはほとんど意味を成さない。

 

 まずは《オムニブス》の保持する盾が一閃で引き裂かれ、後退するその機体を袖口より放たれたワイヤー武装が拘束し、電撃が浴びせ込まれていた。

 

「駄目だ……! 兄貴、やめさせてくれ! それだけは……!」

 

 悲鳴が通信網に焼き付く。

 

 ライドマトリクサー施術を受けた者からしてみれば、それは地の底の苦しみだろう。

 

 機体の制御系を焼かれるのは自らの神経を焼失されるのと同じ。

 

 しかしディリアンは、それの指揮するトライアウトネメシスの部隊は静観を続けるのみ。

 

『アルベルト、お前には仕置きが必要だ。声を聞くに、あの時の女だろう。たぶらかした……娼婦のように汚らわしい……ッ! あのような者は死ぬのが似合いなのだ』

 

 違う、と懇願しても、どれほどに祈っても、それでも責め苦は止む事はない。

 

《オルディヌス》がラジアルの乗る《オムニブス》を焼き切り、そして動きを止めた機体を一太刀、また一太刀とそぎ落としていく。

 

 生きながらに肉を削がれるかのように、装甲が剥ぎ取られ、そして《オムニブス》の堅牢たる鎧から伝導液が舞い、蒼い血潮が装甲に焼き付く。

 

「……やめてくれぇ……っ! 兄貴……これ以上は……」

 

 ラジアルは自分の目の前で、最も惨たらしい死を経験させられる。

 

 そんな事は耐えられない。

 

『ならば、誓え。以降、わたしに逆らわず、そしてわたしの言う事には絶対服従だと。それならば、その女一人を生かしてやったっていい』

 

 そんな事は、と迷っている時間もない。

 

《アルキュミア》ではラジアル一人助けられないのだ。

 

 なら、自分の言葉で命が救えるのならば。

 

「……オレ、は……兄貴、あんたに……忠誠を――」

 

『だ、め……ですよ、アルベルト、さ……ん。だめ……』

 

「ラジアルさん?」

 

 まさか、まだ生きているのか。いいや、生きていてくれたのならばまだ間に合う。

 

 余計に兄に誓うべきだ。

 

 これ以上の戦いは無意味なのだと。

 

 しかし、ラジアルは声を振り絞る。

 

『だ、……め……あなた、は……こころ、にそむかな、いで……。あな、た……が、まだ……くっしな、い……なら……は、んぎゃくの……めは……』

 

『まだ生きていますぜ。どうします、旦那』

 

《オルディヌス》のパイロットの問いかけに、ディリアンは一拍の逡巡を挟む事もない。

 

『見苦しいだけだ。両断しろ』

 

『……その命のままにィ……ッ!』

 

「やめろぉぉぉぉ――ッ!」

 

 アルベルトが手を伸ばす。

 

 その瞬間、見えないはずのコックピットの中のラジアルが――穏やかに微笑んだのが、視界にハッキリと映っていた。

 

『だい、すき、です……よ。ある、べ、ると……さ、――』

 

 その言葉から先は《オルディヌス》の振るい落とした太刀筋が掻き消す。

 

 両断された《オムニブス》は、ミラーヘッドの蒼い血潮を撒き散らす。

 

 その蒼い花の園で、ラジアルは踊っていた。

 

 赤髪に、奔放な笑顔。

 

 そして異性を翻弄さえもする、麗しい瞳。

 

 それでも彼女は、自分の知っている彼女は――まだ死ぬべきではなかった。

 

 だと言うのに、運命は冷酷に。

 

 その蒼い花の舞う園は遠ざかっていく。

 

 久遠の果てへ、誰の手も届かぬ悠久の向こう側に。

 

 心一つ通わせる事も出来ないまま、ラジアルの微笑みは、彼方へと消えて行き――その残滓を引き裂くように爆発の光輪が舞い散っていた。

 

「あ、あ……」

 

 どうしてなのだろうか。

 

 こういう時、涙が出るものだとばかり思っていた。

 

 叫びが迸るのだと思っていた。

 

 なのに……涙は滞留したまま、現実を認識する事だけを拒む精神が遊離し、呼吸音と大差ない声だけが漏れる。

 

 それが嗚咽に変わるのに、こんなにも時間がかかるのなんて。

 

 一秒が十倍、いや百倍にも感じられる。

 

 その引き伸ばされた時間の中で、爆発の余韻さえも消え去った頃――受け入れがたい現実が、自分の身体を鉛のように重くしていた。

 

 しかし、見開かれた瞳だけは、討つべき相手を睨んでいる。

 

「……あんたが……あんたが……オレの、オレの思うものを……奪っていく。って、の、なら……!」

 

《アルキュミア》を振り向かせ、トリガーを絞る。

 

 残存する粒子全てを使ってでも、ディリアンへとビームの閃光を浴びせようとして、《アルキュミア》本体のパワーダウンに粒子は届く事もなく霧散する。

 

 こんなに無力な事があっていいのか。

 

 愛する人を奪った憎い相手に、一撃さえも許されないなんて。

 

『……アルベルト、そろそろ現実が見えてきた頃合いだろう。それは悲しい。しかしわたしはもっと悲しいのだ。そんな女の事は忘れよう。悪い女だ。お前を破滅に導いた。よって、ここで淘汰されるのは正しいのだ。だってそうだろう? アルベルト。お前は正しい血縁なのだから。どことも知れぬ、野良犬のような女に、なびくべきじゃない』

 

 ――野良犬。

 

 そう実の兄にラジアルの事を評されたのだと分かったその時――アルベルトの脳内は白熱化していた。

 

 何も考えられない。

 

 その代わりに、憎いと言うのだけは分かる。

 

 殺したいと言うのだけは……馬鹿のように明瞭に分かる。

 

 アルベルトは機体の最後の力を振り絞り、加速をかけさせていた。

 

 それは《アルキュミア》に許された挙動ではない。

 

 だが、どうしたってこの男にだけは――ディリアン・L・リヴェンシュタインだけは――許せない。

 

「……殺してやる」

 

『……何だって?』

 

「ディリアン・L・リヴェンシュタイン……! 殺してやる……!」

 

 加速度に至った《アルキュミア》をしかし、ディリアンの部下らしい《エクエス》が一斉に照準する。

 

 それをディリアンの《アイギス》は手で制していた。

 

『いや、待て? 今何と言った? アルベルト。わたしに……この兄に向って……殺してやると言ったのか?』

 

 まるで信じられないと言う声音でさえも、今は邪魔だ。

 

 今は聞き苦しいだけの、ただの雑音に過ぎない。

 

「殺してやる……殺してやる、殺してやる……ッ! ディリアン! てめぇを殺す……!」

 

『……嘘、だろう? わたしを殺すと……そんな事は今の今までお前は……アルベルト……っ! お前は……っ! そんな汚い言葉を使う弟じゃあ、なかっただろうに!』

 

 そんな些末事にショックを受けているのか。

 

 アルベルトはこの局面でも笑えてくる。

 

 兄の滑稽さに。

 

 そして自分の――至らなさに。

 

 自爆でもいい、特攻でもいい。

 

 今はただ、《アイギス》に乗るディリアンを滅する術だけが欲しい。

 

 アルベルトは後先など一切考えず、機体を加速させ、そして《アイギス》へと、この世界を変えるだけの――。

 

「クソッタレの一撃を……!」

 

 だが、その攻勢を削いだのは眼前に降り立った《オルディヌス》だ。

 

『……てめぇ勝手なドラマに浸ってんじゃねぇよ、ガキが』

 

 その太刀筋が《アルキュミア》のバーニア武装を叩き割り、《アルキュミア》は相手へと特攻を仕掛ける事も出来ないデク人形と化す。

 

「クソッ! 《アルキュミア》! 動け動け動け動け動け動け、動けぇ……ッ!」

 

『旦那、大丈夫ですかい?』

 

『あ、ああ。……少し眩暈がする。聞こえないはずの声が、聞こえた気がして……』

 

『下がるといいですぜ。仕置きは済んだでしょう』

 

『……ああ、そうさせてもらうよ』

 

《アイギス》はミラーヘッドを仕舞い込み、随伴機と共に後退していく。

 

《レグルス》と《エクエス》数機が牽制の銃撃を張ったが、それらにはもう殺気なんてものはなかった。

 

 ディリアンの戦意喪失と共にトライアウトは撤退した形だ。

 

 だが、アルベルトは何度も何度も、操縦桿を握り締め、その動作を促していた。

 

「動け! 動け動け動け、動け……うご、け……ぇっ……」

 

 どうしてなのだろう。

 

 もうどうしようもないのに。

 

 いつだって、どうしようもなくなってから、ようやく――涙なんて慰めが出て来るなんて。

 

 それも止め処ない。

 

 アルベルトはコックピットの中で慟哭していた。

 

 この冷徹な暗礁の宇宙を引き裂く、魂の震えであった。

 

 

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