機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第十章「消滅宙域を超えて〈ボーダー・オブ・トランスレーター〉」
第88話「今出来る事を」


 

 ――駆動した己の腕に感覚を。

 

 ぐっと押し包んだ指先で、相手の武装を振り払う。

 

 至近距離でアサルトライフルを構えた敵影へとライフルの軌道をぶれさせ、直上へと機銃掃射が流れた刹那には、その腕は叩き込まれ、構えを崩していた。

 

《エクエス》の構えを模した敵の腕の堅牢さを剥がして、その鋼鉄の肉体の内側へと切り込む。

 

 肘打ち一つで相手の心臓を掻き消し、直後には浴びせ蹴りが敵の攻撃を封殺していた。

 

 その挙動を読んでいた敵影が躍り上がり、そのまま刃が打ち下ろされる。

 

 キーフレームで構成された最小限度でありながら、相手は自分と同じ立ち姿だ。

 

「……《レヴォル》、このまま敵との交戦距離に入る」

 

 今は、その言葉に応えてくれる存在が居ない事に僅かな感傷を持ちつつも、それを悟らせない立ち振る舞いで敵へと至近距離へと潜り込み、その後、腕を払って相手の気勢を削ごうとして、敵は両手を沈ませ、格闘戦術の軌道を誇る。

 

 徒手空拳でありながらも手強い。

 

 わざわざ刃を一度腰部にマウントしてから、こちらの読みをさらに上回る読みで打ちのめそうとしてくる。

 

 それはこの対峙の本懐のはず。

 

 自分はこれに応じるだけの神経を走らせるべきだろう、とここに来て――クラードは呼気を詰めていた。

 

「……このまま打ち負かす」

 

『出来るっての?』

 

 応じる相手の《レヴォル》を模した人型からの声に、クラードは短く答えていた。

 

「……話すだけの時間も与えない」

 

『そっ。でもま、そのほうがそれっぽいか!』

 

 互いに肉薄し、腰にマウントされたヒートマチェットを抜刀したのは同時。

 

 赤い残光が互いに弾かれ合い、そのまま距離を取ってからの跳躍。

 

 飛びかかった勢いを殺さずに打ち下ろした一閃へと角度をつけて斜めに払う。

 

 これは予想出来なかったのか、相手は僅かにたたらを踏んでいた。

 

 その隙を逃さず、次いで切り込んだ一撃を嚆矢として基点を活かして軽業師めいた動きで刃を叩き込む。

 

 その衝突に、相手は何を思うのか。

 

 それよりも、次は何を講じてくるのだろうか。

 

 詮無い思考が一瞬だけ掠めたのを、相手は――メイアが逃しはしない。

 

 ヒートマチェットを投擲し、それへと意識を割いた自分の視野を完全に計算に入れた銃撃。

 

 ゼロ距離に等しい懐でのビームライフルの銃撃が奔る。

 

「……こんな距離で撃てば、隙が生まれる事を分かってか」

 

『分かってないと出来ないよ』

 

 クラードはバランサーをわざと崩して姿勢制御の平衡感覚を乱し、揺らめいた影は、次の瞬間には蹴りを見舞っている。

 

 足蹴にしたビームライフルをしかしメイアは頓着もせず、今度はもう一丁のヒートマチェットを取り出し、下段より振るい上げ。

 

 クラードは後退機動をかけさせつつ、最適な角度を選んでいた。

 

 掌底を打ち込むのには、少しばかり相手が浮ついた瞬間がいい。

 

 そのほうがいいに決まっている。

 

 ヒートマチェットの残光が中空に浮かび上がったその時を狙い、クラードは掌底をメイアの機体へと叩き込む。

 

 だがメイアとてそれを察する事の出来ないほどの技量ではない。

 

 半身になった敵影が掌底を撃ち損ねた《レヴォル》を見据える。

 

 その時には、相手の返す刀の掌底が眼前に迫っている。

 

 舌打ち一つで自分の動作をキャンセルし、クラードは加速度をかけさせて機体を揺さぶり、浴びせ蹴りで敵を吹き飛ばす。

 

 メイアは両手をつけて制動をかけつつ、こちらを睨んだまま、《レヴォル》の蒼い眼窩を向ける。

 

 構えたこちらと、メイアの《レヴォル》がビームライフルを照準したその瞬間――シミュレーション戦闘終了のブザーが鳴っていた。

 

「……ここまでか」

 

『みたいだね。にしても、連戦に次ぐ連戦、ボクも疲れちゃった』

 

「そうは聞こえない言いぐさだ」

 

 クラードは立方体のコックピット筐体から出て、浮遊する身を持て余す。

 

 無重力に設定されているシミュレーションルームでは汗の玉が浮かび上がり、メイアも同じようにインナー姿で汗を纏い、携行保水液を飲み干していた。

 

『二人とも、お疲れ様。あなた達のデータは有用に扱われているわ』

 

「マーシュ。あんたはこれをどう使うのか、知っていてやっているんだろう」

 

『分かっていなくっちゃこんな事に加担出来ない、それはそうでしょう?』

 

「……逆質問だな」

 

 クラードは中空のメイアと手を取り合い、そのまま回転して心底可笑しそうに笑う彼女を目にしていた。

 

「……何故笑う?」

 

「いや、だってさ。キミ、もう一端のこっちのクルーめいた事を言うもんだから」

 

「……戻れるなんて楽観視は半ば捨てたほうがいい。俺と《レヴォル》が最終的に行き着く場所さえ変わらなければ過程はどうだっていい」

 

「最終目的さえ、ねぇ。それは言っちゃえばそうだけれど、でもキミはまだ諦めていない風でもあるけれど?」

 

「それはその通りだ。俺と《レヴォル》はベアトリーチェを守護するために配備された。よって、俺と《レヴォル》の生存はベアトリーチェの保護にも当たる」

 

「まだあの艦は墜ちていないって?」

 

「……充分な距離は稼げたはずだ。なら、俺と《レヴォル》さえ生き残れば結果はさほど変わるまい」

 

 もっとも、それは結果が大きく変動しないだけで、死人の一人や二人は出ているだろう。

 

 その時に、どう感傷を抱くのかは未だに分からないままだが。

 

「わっかんないなぁ。ベアトリーチェが月面航路を諦めるって言うのはないんだ?」

 

「ない。それだけはあり得ない」

 

 断言すると、メイアは興味深そうに自分が先ほどまで乗っていた筐体で頬杖を突く。

 

 自分はと言えば、メイアの搭乗していたシミュレートマシンに乗り込み、今度は双方入れ替わっての戦闘だ。

 

「……とっとと戦闘行動に入れ。何がそんなに可笑しい」

 

「いや、だってさぁ……。キミってば薄情なのかそれともちょっとばかし重たいのか、どっちなのかまるで分かんないや」

 

「俺は薄情だとも。目的のためなら、手段なんて選んでいられない」

 

「……それもまた、キミなのかもね」

 

「とっとと次の戦闘に入るぞ。月軌道まで時間もない」

 

「はぁーい。じゃあ、今度は勝つから。十戦五勝五敗。互いに譲らずの結果はどうなるかな?」

 

「……負け戦をするつもりはない」

 

 クラードはライドマトリクサーの腕を可変させて装着させようとして、ふと躊躇う。

 

「……これは、《レヴォル》をコピーしただけの代物。俺がこれに接触して戦えば戦うほどに、マグナマトリクス社のデータが潤う。……敵に情報を送っているようなものだ」

 

『早くー。戦うんでしょう?』

 

 だが今は。

 

 少しでも《レヴォル》で再び戦える確率が高まるのならば、手段を選んでいる場合でもない。

 

 何故ならば、《レヴォル》と自分は二つで一つ。

 

 この世でそれだけは砕けない――そういう理のはずだ。

 

「……容赦はしない。行くぞ」

 

『こーい! ボクだって容赦しないんだからねー!』

 

 ライドマトリクサーの可変腕を接続した瞬間、電流が脳髄に突き刺さり、クラードは奥歯を噛み締めた。

 

 その直後に鼻孔を掠めた少女の香りに、舌打ちを一つ滲ませる。

 

「……女なんて。《レヴォル》!」

 

 そうして浮かび上がった両者の《レヴォル》は、向かい合い、そして刃を振り翳して衝突していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――どう見ますか、これを」

 

 ラムダにて専任有機伝導技師を務める眼鏡姿の男に、マーシュは腕を組んで応じる。

 

 もたらされるデータは凄まじいものであった。

 

 これまで机上の空論でしかないと思っていた、《レヴォル》の使い手両者のぶつかり合い。

 

 それはマグナマトリクス社にギフトとも言える恩恵をもたらしている。

 

「そうね。メイアの言う、レヴォルの意志。それが本来、二つとないものなのだとすれば、これはイレギュラーでしかない。だって言うのに、二人のバイタルデータは……」

 

「まるで生き写し。こんな事はどのようなRMであってもあり得ない」

 

 先ほどからシミュレーションルームを計測している一室では常に最新のデータへと刷新され、二人の持つ叛逆の意志が互いに呼び合うかのように高まっているのを関知している。

 

「こんな事はあり得なかった。……いいえ、あってはいけなかったはず。だって言うのに、今巻き起こっているのはどう信じればいいのかしらね。レヴォルの意志、これが二人へと同時に干渉し、そして両者を使い手と認め力を貸している」

 

「ですが、我が方からしてみればこれ以上のチャンスはない。エンデュランス・フラクタルが独占してきた《レヴォル》なるMSのデータ。これを得られれば戦局は大いに覆る」

 

「……そうね。元々我が社も統合機構軍に配される陣営とは言え、エンデュランス・フラクタルは仮想敵対企業。よって、これは相手の秘密を窺い知れる絶好の機会ではあるのだけれど……」

 

「艦長、何か懸念でも?」

 

 濁したのを悟られ、マーシュは嘆息をつく。

 

「……未知の技術の結晶、《レヴォル》。こんなものが何故、この宇宙に存在しているのか。そしてどうして一人の乗り手しか認めないなんていう規格外のシステムとして擁立されているのか。どれもこれも不明のままだけれど、それでも分かる事が一つ。――こんなのは普通じゃない」

 

「……そうですね。普通ではありますまい。ですが、普通でない事が立て続けに起こっているのも事実。飲み込めばいいではありませんか。普通じゃない、しかしこれは現実なのだと」

 

「現実、ね。私はメイア達をただのパフォーマーとして擁立するつもりだったんだけれど。彼女達の戦いは確かに、誰にもレコードされるものじゃない。マグナマトリクス社の隠密機動として、影に徹し影に生きる。それが彼女らの鉄則だった。でもだからって……こんなのは実験動物以外の何物でもないと……そう思うのよ」

 

「何か悲観でも? メイアは自らこの試験に申し出た」

 

「……言いたいのはね、彼女達はどっちに生きるべきなのかってだけ。ギルティジェニュエンとしての活動も板につき始めた矢先、こんなマウスみたいな真似をさせるのは気が引けるわ」

 

「どちらでもあるというのが、マグナマトリクス社のエージェントとして正しい在り方でしょう?」

 

「……確かにそれは正論。でも正論がいつだって世の中の常とは限らない」

 

 問題なのは、《レヴォル》と言うMSが何故メイアを求めているのかと言う疑問。

 

《レヴォル》がエンデュランス・フラクタルのアキレス腱なのは間違いないのだが、それにしたって不穏が過ぎる。

 

「……エンデュランス・フラクタルはあんな代物を飼っていたって? 冗談が過ぎるわよ」

 

「ですがデータは上々に役立っています。《レヴォル》の計測率、現状四十七パーセント」

 

「……再現性の低い技術は技術とは呼ばない。それは奇跡と言うのよ」

 

「それでも間もなく五割です。なに、《レヴォル》の叡智は我々の物となりますよ。それも遠からぬ未来でしょう」

 

 確かにそうなのかもしれない。

 

 だがだとしても、それはあっていい結末なのだろうか。

 

「……《レヴォル》に……この世への叛逆の意志に選ばれた世界でたった二人の似姿。鏡像……」

 

 データ試算上の空間で二体の《レヴォル》を模した簡素な機体同士がぶつかり合う。

 

 ヒートマチェットを払い、ビームライフルの光条を放って敵影を撃とうとする、その二人はしかし、お互いの存在そのものが寄る辺のように削り合い、そして戦い合って損耗する。

 

「……一体何が、待っているのかしらね。この二人の未来には」

 

「艦長。メイアはまだやってるの?」

 

 不満そうに入室してきたのはメイアのバンドメンバーの一人であり、隠密の方面でもチームを組んでいるイリスであった。

 

「ええ、まだまだデータが足りないって事でね」

 

「でも、それって本当に必要? メイアはだって、私達のエージェントなのよ? 間違いなんてあった日には」

 

「その時には仲間として、責任ある職務を頼むわ」

 

 暗に妙な動きがあれば消せと命じている。

 

 我が身の狡さに自分でも嫌気が差す。

 

 しかしイリスは分かっているのか、最小限の言葉だけを振っていた。

 

「……了解。艦長命令だもの。聞くわ、そのくらいは」

 

「すまないわね。まだ前回のクロックワークス社の分析が済んでいないのに」

 

「別に構わないってば。……でも、潜れば潜るほどに不自然。あれ、《レヴォル》だっけ? あれのログだけが何故なのだか最初から存在しない。行き遭っていた敵対MSは、じゃあ幽霊とでも戦っていたって言うの?」

 

「……それもある意味では正しいのかもしれないわね」

 

 どこの誰にも感知されない幽鬼――それが《レヴォル》なのだとすれば、異常なスペックも、そして乗り手を選ぶ特殊性も頷けてくる。

 

「……分からないなぁ。そうなると、じゃあ《レヴォル》に乗れるメイアは何?」

 

 その答えはまだ保留されたままであった。

 

 クラードはまだしも、メイアは呼応するように《レヴォル》に受け入れられ、そしてその血肉として戦う事に対し、初めて乗った気がしなかったと述べている。

 

「……艦長として言うのなら、メイアには素質がある。なら、その素質を伸ばさないわけがない」

 

「利用しない手は、に聞こえるけれど」

 

 ある意味では間違っちゃいない。

 

 それも正しい。

 

「……でも私達は少しでも手を得なければいけない。この世界を欺く存在、《レヴォル》の正体を掴むために。それが私達の……世界への叛逆に値するのならば」

 

 その歩みを止めるわけにはいかないはずだから。

 

 

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