わざわざ呼ばれたからにはワケありなのだろうと、そう勘繰ったクランチは中佐身分のトライアウトネメシスの上官の一室へと招かれていた。
自分はここでは招かれざる客だろうに、と想定しつつも、居並んだ調度品の数々が眼前の人物の権威を示している。
「……外人部隊と聞いている。クランチ・ディズルだな?」
「知っていただいているのなら、光栄で」
「本来は敵として相見えるはずだった名前だ。我が方では君の名前を危険視していてね。鏡像殺しのクランチ、と言えば戦場ではそこそこ名が通っているのだよ」
「じゃあ、俺みたいなクチは居ないほうがいいんじゃないですかね。《オルディヌス》を受け取ってもらったのは助かります。補給路もなかった」
「その《オルディヌス》とやらだね……あれはどう見たってガンダムなのだが」
「ガンダム?」
「失礼。エンデュランス・フラクタルの不明機をそう呼んでいるのだ。トライアウトではね」
「ほう……ガンダム。大層な名じゃないですか」
「大層なのは名前だけではない。あれに撃墜されてきた部下も数多い。正直因縁だよ」
「じゃあ《オルディヌス》を置くのはまずいのでは? 下手に部下を刺激してしまう」
「いいや、毒を食らわば皿までだ。《オルディヌス》の解析データは我が方に有用に働いている。君と部下二人が全く抵抗の意を示さないのは、それは協力的だと思っていいのだろうか?」
「分かりませんよ。単純に、噛み付くだけの度胸もないだけかも」
「君のような経歴が言うとそれは笑えると言うのだ、クランチ」
クランチは僅かに口角を緩ませてから、ジョークも効く上官ならば何かと有用性はあると判定していた。
「で、伊達や酔狂じゃないでしょう? 《オルディヌス》を次手に置くってのは」
「ああ。……既に承知かと思うが我々トライアウトネメシスは軍警察だ。そして軍警察とは統制と、軍の掲げる大義のためにある」
「それは存じていますが?」
「個人のためではない。分かるかね?」
ああ、なるほど、とそこで得心する。
「如何に上客と言えど、あまりに我儘が過ぎるとそれは毒になるって話ですか」
「理解が早くって助かるよ。……リヴェンシュタイン家からの継続的な資金繰りは魅力的だが、あまりにそちら側につくとだね、癒着を疑われる事にもなりかねない。そうなれば軍警察の名が泣くだけではない。他の二陣営のトライアウトの上部組織にも嘗められる」
「確か、トライアウトジェネシスと、もう一陣営居ましたね」
「平時はジェネシスとネメシスだけの運用だが、勘繰りの部署があってね。そこに内々の事まで疑われれば旨味もない」
「なるほど。じゃあ結論は大体見えてきたってワケだ。上客を消せって言うんでしょう?」
「あまり大きな声で言ってくれるなよ。消せなど、人聞きの悪い。少し大人しく休んでいただきたいだけだ」
「……《オルディヌス》なら後ろから斬るくらいは造作もございません」
「しかし、気を付けてもらいたい。《アイギス》は最新鋭機だ」
「なに、ミラーヘッド頼みの戦闘なら、俺に敵うヤツなんて居やしません。分かっていて、こうして話しているんでしょう?」
「食えんな、君も」
「お互い様でしょうに。にしたって、それほど邪魔ですかね? リヴェンシュタイン家って言えば、俺みたいな木っ端構成員でも知っているような名家ですよ? 継続的な支援が得られるのなら、少しは苦味くらいは噛むでしょう」
「継続的な支援が得られるのならば、な。……本家より厳命があった。あまりせがれを前に出し過ぎないで欲しい、と言う……とんだ我儘だ」
「前に出たがりの少佐には、少し難しい命令ですね」
「突っぱねようにも、リヴェンシュタイン家はトライアウトに影響力を持っている。真正面から親衛隊の少佐は邪魔だと言うわけにもいかない」
「そこで、俺のようなヨゴレの出番ってワケですか。真正面から消すわけにはいかない。だが表舞台からは消えていただきたい……とんだ矛盾だ」
「矛盾でもそれが政と言うものだ。ディリアン・L・リヴェンシュタイン少佐には少し手痛いくらいの怪我が必要だろうな」
「いいんですか? 《オルディヌス》なら確かに斬るは容易いですが……殺してしまいかねませんよ?」
「抵抗したのならばやむなしだろう。それくらいは戦場に出た時点で心得ているはずだ」
「御意に。……あんたも相当な食わせ物だと思いますがね。金は欲しいが、前に出てきている交渉人は邪魔だと言うのでは」
「あれは交渉人などと言う生易しいものではないよ。……第一、トライアウトネメシスは慈善事業団体ではないのだ。二度も三度も弟以外は全員殺せ、弟は何があっても生かせ、などという命令書を通せるとは思わないでいただきたい」
「その弟ってのも、まぁ前に出たがりな死に損ないって感じでしたけれどね。いずれにせよ、このクランチ・ディズル。一度受けた命令は引き受けるのが信条でして」
「頼むぞ。……君は元々外人部隊だ。口は堅いと思っていいのだろうね?」
「それはご心配なく。ですが、ご入金如何ではこの話はどこからともなく、煙のように漂うかもしれませんが」
上官は小切手を差し出し、自分に目配せする。
「好きな額を書きたまえ。後で入金しておこう」
「お話が分かる上官で大変助かりますよ」
挙手敬礼を返して、クランチは部屋を後にしてから、ふぅと嘆息をつく。
「自分達の邪魔になるとなれば容赦はしない、か。あんたらも大概に人でなしだぜ。俺の事は言えるかよ」
それにしても、トライアウトと言う組織は腐敗が進んでいるものだ、とクランチは実感する。
「……あるいは俺が来なくっても誰かには下っていた命令か? どっちにしたって、俺も上客は大事にしたいんでね。それがエンデュランス・フラクタルだろうが、トライアウトだろうがな」
踏み出しかけて、クランチは気配を感じ取っていた。
「……趣味が悪ぃな。立ち聞きってのは」
廊下の角より歩み出てきたのはトライアウトネメシスの士官であった。
「……中佐殿をたぶらかしたのはお前か」
「たぶらかしたぁ? あの中佐は元々そうなんじゃねぇのか? 邪魔となれば味方だろうが平然と撃てという。そいつぁなかなかに下せる命令じゃねぇ。もう手慣れたもんだろうが。てめぇもそのクチに噛まされたんだろ?」
「……嘗めるな。中佐殿はそんなお人ではない!」
「ここで騒いだら、その尊敬する中佐殿に迷惑がかかるだけだぜ?」
彼は視線を流し、顎をしゃくって自分を誘導していた。
クランチはその後に続きながら、さてどうしてくれようか、と思案を浮かべる。
――口封じに殺すのは簡単だが足が残るのは旨味がない。
格納デッキの隅にある滅多に声のかからないであろう埃の積もったロッカールームへと、クランチは招かれた瞬間には、飛んできた拳を受け止めていた。
「これはどう取るべきなのかねぇ」
「……受けた?」
「馬鹿馬鹿しい。分かり切った事聞いてんじゃ、ねぇよ!」
その鳩尾に膝蹴りを叩き込み、咳き込んだ相手へと拳を打ち込む。
「これから先、作戦行動の支障になっちゃいけねぇ。この程度で済ましてやるが、何が目的で噛み付いて来た? てめぇも金が欲しいってなら相談には乗ってやるが――」
「違う……。何故、中佐殿はお前のようなわけの分からぬ相手にそんな事を頼んだ……! 何かあの人の弱みでも握っているんだろう! 俺は……そんなのは許せないッ……!」
真正面からファイティングポーズを取った相手に、クランチは煙草をくわえてから火を点けるまでの動作で首をこきりと折り曲げてみせる。
「おいおい、そいつぁ、理想を見過ぎってもんだろうが。それとも穿ち過ぎって言うほうが正しいのか? 俺があの上官殿の弱みを握る? ……ちゃんちゃら可笑しくって笑えてくるぜ。煙草が不味くなる。てめぇの勝手な理想像の押し付けは他所でしな。少なくともこんなトライアウトなんて組織でやるもんじゃねぇだろ」
「答えろ……ッ! 中佐殿に何をした……!」
「何もしてねぇって。何だ、とんだ見込み違いだな。俺の取り分が欲しくなったからだとか、あの前を行きがちな親衛隊の少佐が気に入らないとかじゃねぇのかよ。マジに中佐殿がどうこうして、俺に依頼したとか思ってんのか?」
「答えろォッ!」
拳を浴びせ込もうとする相手に、クランチはまともに取り合うまでもないと身をかわし、そのまま浴びせ蹴りを見舞う。
士官はまともな戦い方以外は教えられていないのか、それだけでよろめいた。
その隙を逃さず、追撃の蹴りを叩き込む。
咳き込んだ士官にクランチは口角を歪めていた。
「てめぇ、士官にしちゃ、喧嘩は素人か? もっとやれよ。人でなしのトライアウトネメシスだろうが」
「……俺、は……職務をこなしているだけだ! 人でなしになった覚えはない!」
愚直にもこちらを睨み返して言ってくるものだから、クランチは煙草が一気に味をなくしたのを感じていた。
「……上物の煙草だってのに、不味くなる話ばっかりしやがる。何だ、てめぇ、もしかしてトライアウトで本当に正義の味方でもやっているつもりだったのかよ」
「……当然だ。俺達の戦う相手はまかり間違った連中ばかりなのだからな」
まさか、この期に及んでここまでの真っ直ぐさを漂わせる相手だとは思いも寄らない。
クランチは煙草をつまみ、それの火をそのまま士官の手の甲へと押し付ける。
呻き声を上げる相手に、クランチはつまらなさそうに応じていた。
「てめぇの自己満足のために俺の気分を巻き込むんじゃねぇよ、つまらねぇ。いいか? 俺は俺を買う相手のためにだけ戦場を掻い潜っている。他に理由なんざねぇ。トライアウトが俺を高く買うんならそっちにつく。エンデュランス・フラクタルが俺を買うのなら、そっちにつくだけの話だろうが」
「貴様……! 大義は……! 大義はないと言うのか……ッ!」
「大義ぃ? ……おいおい、今さらトライアウトで大義なんて言い出すヤツ居たのかよ。天然記念物みてぇなヤツだな。だが、そういう勘違いが戦場を回しているだって思うと、ちぃとだけ萎えた気分もマシになるってモンだぜ。どこへ行ったってやっぱり勘違い野郎ってのは居るもんなんだな」
その前髪を掴み上げ、クランチは口角を釣り上げた後に、頭突きをかましていた。
「この程度にしてやるよ、ルーキー。……だが、俺の職務に口出せば、これじゃ済まねぇ。後ろから斬られるのが嫌なら、知らん振りを決め込みな。第一、てめぇら、他人からの評価が入って来ねぇのか? トライアウトネメシスって言えば、焼き尽くし(バーンアウト)のネメシスって言われるほどの非人道的集団なんだって思っていたくれぇなんだが。中にはこんなバカもいるもんか。正義なんざ振り翳していると、一般兵に撃たれて死ぬぜ? そこんところ気を付けるんだな」
これくらい言っておけば大概の兵士は恐れを成す。
そう感じて踵を返したクランチの背中に、声がかかっていた。
「……ダイキ、だ。ダイキ・クラビア中尉……。覚えておけ。お前のような悪漢には必ず天罰が下る……!」
「そうかよ。名前なんてただの指標以下だが、頭の片隅には留めておくとするかねぇ。そうしたほうが後ろから撃たれる心配もなさそうだ」
煙草を踏み消し、クランチは立ち去っていく。
ロッカールームに取り残されたダイキが泣いているのか、それとも悔しさに歯噛みしているのかは分からない。
分からないが、どうせ似たようなものだとは思う。
「つまんねぇな、ダイキとやら。大義とか正義に生きるんならもっといい戦場だってあるだろうに。本当に……つまんねぇトコに来たもんだぜ」