機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第95話「勝利者の座」

 

「《オルディヌス》は後方で待機。わたしがあの戦闘艦を……墜とす!」

 

 ディリアンはトライアウトネメシスの包囲陣をミラーヘッドで生み出し、戦艦ベアトリーチェを銃撃網で押し込んでいく。

 

 だがこのような土壇場になっても駆動する《マギア》部隊のミラーヘッドに弾き返される形なのが何よりも屈辱であった。

 

「……型落ちの族の《マギア》で、吼えるな! 愚昧が! 《アイギス》のミラーヘッドが輝く!」

 

 最新鋭のミラーヘッドを搭載した《アイギス》は瞬間的な火力だけで言えば《レグルス》よりも上を行く。

 

 それだけはない。今もこの宙域を押し包む戦闘の吐息と残火の纏い香。

 

 ――あの艦は疲弊している。その確証があるのにどうしてなのだか、他の部下達の勢いは薄い。

 

「何をやっている! 墜とすのだ! 今ならば獲れるのだぞ!」

 

『……しかし、少佐……』

 

 戸惑いの声を上げるのは、こちらへと噛み付く気概を持っていたはずのダイキであった。

 

 何故、今さら迷う。迷う必要なんてない。

 

「……アルベルトが……あの可愛かった弟がわたしを! このわたしを殺すと! そう言ったのだぞ! そんな現実は必要ない! わたし相手に唾を吐くような人間を、この手で育ててきたつもりはないのだ! ……なら、壊れてしまった弟なんて、消えてしまえェッ!」

 

《アイギス》の砲銃撃がベアトリーチェの左舷カタパルトを射抜く。

 

 ならば、それでいい。

 

 誰も手伝わないのならば、自分だけでも因縁の戦闘艦を轟沈し、そして栄光を勝ち取ってみせよう。

 

《アイギス》のミラーヘッドの加速で一気に直上を取り、《マギア》の攻撃射程よりも遥か遠くから撃ち抜いてみせる。

 

 その引き金の容赦のなさに、同じ軍属とは言え彼らも絶句したのが伝わる。

 

「わたしは、阿修羅になったとしても! アルベルトを元の道に戻さなければならないのだ!」

 

『――それは意見の相違ではある』

 

 不意に切り込んできた声にディリアンは反応を果たし、《アイギス》の細腕で受け止めたのは黒く塗装された《エクエス》の太刀であった。

 

「……黒い《エクエス》……? 何の冗談だ」

 

『悪いが、冗談ではないのでね。あなたがどれほどの地位なのかは存じ上げないが、私からしてみれば敵だと言うのだけはハッキリしている』

 

「この声……ッ! 貴様、まさかグラッゼ・リヨンか? 黒い旋風、識者の理論の……?」

 

『ほう、謳われていると言うのは悪い気分ではない。しかし、ここではただの一戦闘単位として振る舞おう。私はこの艦の留守を任されたのでね』

 

 刃を払った《エクエス》の出力は遥かにその想定を凌駕している。

 

「押し返される? ただの《エクエス》に?」

 

『ゲインを三倍以上に引き上げた。これは最早――私の愛馬だ』

 

 その証明のように《エクエス》の姿でしかない相手が躍り上がり、上段よりビームサーベルを叩き落とす。

 

 唐竹割りの太刀筋――と反射した思考がその刃の軌道を読み、機体制御系統を揺らめかせようとして、不意打ち気味の衝撃波にディリアンは歯噛みしていた。

 

「斬ると見せかけてその重圧で打つ……!」

 

《エクエス》は両断の太刀を振るったのではない。それはフェイクだ。

 

 本懐は、その重量に身を任せた体当たり。

 

 基本戦術ではあるが、《アイギス》のフレームもまた、《マギア》と同系統。

 

 ならば、質量の高い攻撃への耐性は低い。

 

「……何を、ただの体当たりでわたしをどうこう出来ると思ったか! 嘗めるなよ、黒い旋風!」

 

《アイギス》のミラーヘッドが可変し、一斉に《エクエス》を狙って包囲陣を敷く。

 

「集中攻撃だ! 打ち倒せ!」

 

 ミラーヘッドの銃撃網が《エクエス》を四方八方より打ち据えたかに思われたが、その前に、《エクエス》は急減速し、機体を軸に回転しながらきりもみつつ直上へと躍り出る。

 

 それは殺意の檻より逃れる唯一の術。

 

 ほんの一刹那にも満たない状況判断でしか、その好機は見出せないだろう。

 

 だと言うのに、相手は――識者の理論、グラッゼ・リヨンは何でもないかのようにその最適解を編み出していた。

 

『……少しマニューバが辛いな。これも私の我儘を通した結果だが』

 

「抜けた……だと? まさか、《アイギス》のミラーヘッドだぞ……!」

 

『失礼ながらその腕、リヴェンシュタイン家の長兄を名乗るにしては少しばかり頭打ちが過ぎる。アルベルト君、彼のほうがまだ上手い』

 

 その言葉は――決して許してはならない言葉のはずであった。

 

 ましてや今、この状況で吐かれて平静で居られるはずがない。

 

「……貴様……ッ、貴様ァ――ッ!」

 

『おっと、虎の尾を踏んだかね? だがその程度のミラーヘッドならば、私だけに戦力を割いていいのかは疑問だな。トキサダ君達、私の作戦通りに』

 

 ハッとディリアンが勘付いたその時には、《マギア》部隊とトライアウトネメシスの部隊が交戦していた。

 

 まんまと最新鋭機であるはずの自分が誘い込まれ、前衛が崩れた隙をついてベアトリーチェの《マギア》編隊が僅かに押しつつある。

 

「……ふざけるな。……ふざけるなぁ――ッ! 何故、こうも容易く……容易くなのだ!」

 

『リヴェンシュタイン家の長男殿。重ねて失礼かと存じるが戦局指揮は下の下に映る。あなたが誘い込まれた間に、トライアウトネメシスの作戦陣形は薄らいだ。今ならばトキサダ君達でも充分に押し留められる』

 

「ふざけるな! 勝てると思っているのか! 我々は軍警察だぞ!」

 

『だから、勝てるとは一言も言っていないだろう。押し留められる、と。そうしてあなたは戻る事も出来ない。現状、私を振りほどくのには、あなたの実力は伴っていない、と断言しよう』

 

 悔しいがその通り。

 

《アイギス》の性能を十全に発揮する前に、グラッゼの《エクエス》は斬りかかり、質量を太刀に伴わせて《アイギス》のスペック面での優位を押し退けさせる。

 

「……改造しただけの《エクエス》で、わたしを退けられるとでも……!」

 

『この《エクエス》には彼らの想いが乗っている。それを退けさせはしないさ』

 

「抜かせ! 想いなど、それはただの戯言に過ぎん!」

 

『ならば戯言に意味を見出すのも、人間だろうに』

 

「人でなし共がよく吼える!」

 

《アイギス》が抜刀し、ビームサーベルが《エクエス》へと斬りかかる。

 

「出力は、こちらのほうが上ェッ!」

 

『確かにそのようだ。だが斬り合いに持ち込む気はない。……乱戦が幸いしたな。――ミラーヘッド、始動』

 

 鍔迫り合いの状態でグラッゼの《エクエス》が無数に分身する。

 

 銃口が据えられ、ディリアンは首の裏に感じたプレッシャーに慌てて飛び退る。

 

 直後、銃撃網が引き裂いていた。

 

『……おや、危険関知くらいはおありの様子』

 

「……貴様……」

 

 だが今ので少しばかり頭は冴えた。

 

 下手に踏み込めば、相手は音に聞く最強の一角だ。

 

 しかし、とディリアンは得心がいかないように応じる。

 

「……トライアウトジェネシスに買い叩かれたと聞いていた旅がらすが、何故我が前を阻む?」

 

『私は依頼を受けていてね。その依頼内容の中には、彼らを守る事も含まれている。なに、いつもの勘繰りで私を惑わせて、それで勝ったつもりでいてくれ。そうしたほうがやりやすい』

 

「……冗談」

 

 最早、少しばかり目は醒めていた。

 

 相手の狩人の射程に入るような愚は冒さない。

 

 ディリアンは《アイギス》のミラーヘッドを展開させたまま、銃撃を放ちつつ急速後退する。

 

「ここは退かせてもらおう。どうせわたしが前を行かなくとも答えは既に決定している」

 

『……それはどうかな?』

 

 ダイキ達の陣営は困惑した様子で《マギア》と打ち合っているが、それが時間稼ぎである事は今の自分には明白であった。

 

「……ダイキ・クラビア中尉。君の《レグルス》を中心陣形にして、あの艦への包囲火力を放つ。出来るかね?」

 

『何を? こいつらを振りほどくのが今は精一杯なんじゃ?』

 

「いや、その必要はない。敵はただの張りぼてだ。落ち着いて対応すれば、何て事はない。あの戦闘艦はほとんど丸腰。中距離よりミラーヘッドの包囲陣形で密集。そのままじりじりと返り討ちにしてくれる」

 

 こちらの命令にダイキも目が覚めたのか、《マギア》を蹴り上げて彼の操る《レグルス》は一度大きく後退し、そのまま直上陣形を部下達に取らせる。

 

『MSは狙うな! あくまでも撃沈させるのは、あの戦闘艦だ!』

 

 部下達は恐らくダイキに指揮されるのには慣れているのだろう。

 

 すぐに戦闘姿勢を変動させた部隊は《レグルス》を先陣に置いて、そのままベアトリーチェへと突撃陣形を組んでいく。

 

《マギア》はおっとり刀で戻ろうとしたが全てが遅い。

 

 トライアウトネメシスの本領発揮だ。

 

 このままベアトリーチェは轟沈し、後には結果だけが残るだろう。

 

「アルベルト、兄さんは残念だよ。お前と決着をつけるまでもなく、もう既に勝敗が決してしまうなんてな」

 

『そうはさせるか! 《マギア》部隊、私に続け! 先頭の《レグルス》を撃墜すれば応戦の目は見える!』

 

『で、でもよ……《レグルス》相手なんざ……ヘッドが居なけりゃ……』

 

『アルベルト君達の居場所を守るのが君達だろう! 男を見せるがいい!』

 

「……グラッゼ・リヨン。らしくない言葉を振るうようになったな。だがそれももう終わりだ。貴様らは墜ちる。わたしと真正面からの決着など、君達には到底遠い」

 

《アイギス》はこのまま距離を保ったままただ事の成り行きを見ていればいい。

 

《エクエス》が牽制の銃撃を放ってから、ベアトリーチェの守りへと戻っていく。

 

 やはり、あの戦闘艦に主力たる戦力は存在しないのだ。

 

「烏合の衆でこのディリアン・L・リヴェンシュタインの目を晦ませるとは。さすがは黒い旋風とでも呼ぶべきか。だがそれもここまで。貴様らの足掻きは無駄に終わるだろう。どこまで行っても、雑魚は所詮、雑魚だという事だ」

 

『撃たせまい……! クラード君が守ると誓った場所ならば! 彼との決着を保留にしたまま、私は死ねんよ……!』

 

《エクエス》は明らかにその躯体の限界を無視した挙動で《レグルス》へと肉薄する。

 

 相対した旧式機と新型機の相貌が重なった瞬間、互いに剣筋を払っていたが、違い過ぎる。

 

 片や、正規のミラーヘッドを振るうだけの強者、片や付け焼刃のミラーヘッドとこれまでの地力だけで粘って来た愚者。

 

 相克するまでもなく、決着はハッキリしていた。

 

《エクエス》がその両腕を叩き落とされ、直後には暴風のようなミラーヘッドの銃撃瀑布によって四肢をもがれている。

 

『……ここまでか。ベアトリーチェ、私は脱出する! 武運を祈ろう……』

 

《エクエス》はコックピットブロックを排出させ、直後には爆風に包み込まれていた。

 

 だがこれは勝利ではない。

 

 グラッゼはその任務を完遂してから撃墜されたに過ぎない。

 

 よって、まだ自分達は――。

 

「トライアウトネメシス! 狙うのは艦だ! 他のはどうだっていい!」

 

『少佐殿、言われなくっても分かっていますよ。にしたって、ミラーヘッドの残存粒子が棚引き過ぎている……このままじゃ、《レグルス》の駆動系にだって影響してきます……』

 

「退けと言うのか。まだだ! まだ終わってはならんのだ……!」

 

 グラッゼ一人を退けたところで、決定的な地盤は揺るがない。

 

 むしろ彼の策に嵌った時点で下策。

 

 徹底抗戦に打って出る《マギア》編隊に正規軍であるはずのトライアウトネメシスが煮え湯を飲まされるなど、あってはならぬ事だ。

 

「……勝利者は、このディリアン・L・リヴェンシュタインだ……。誰にも渡さんよ……」

 

 

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