機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第98話「崩れ落ちる戦場で」

 

 生きている、と判じた神経は直後に声を聞いていた。

 

『大尉、よくご無事で』

 

「……DDか。この宙域に?」

 

『トライアウトネメシスが出撃しています。ジェネシスとしてみれば、拮抗する戦力を出さないわけにはいきません』

 

 いつも通りの冷たい声音に、グラッゼは久方振りに余裕の笑みを浮かべる。

 

「……私はこれでも拾った命か」

 

『大尉、《レグルス》の準備は万全です。いつでも出撃可能かと』

 

「結構。ならば私も舞い戻ろうではないか。戦場へと」

 

 しかし、とグラッゼは戦局の泥沼化を目にしていた。

 

 最奥に位置する《シクススプロキオン》なるMFの存在。それは月軌道艦隊との硬直と、トライアウトネメシス対エンデュランス・フラクタル勢力の喰らい合いを演じている。

 

「……まさかこのような戦局になろうとはな。私の読みも甘かったというものだ」

 

『いえ、大尉は間違っておりません。ここまで追い込まれれば、窮鼠猫を噛むというもの。トライアウトネメシスも戦力の出し渋りを行っているわけではありません。相手も本気だと、そう判ずるべきでしょう』

 

「……君は優しいな。しかし、《レグルス》で出るにしたところで、敵は同じ軍警察とでも言うべきなのかね?」

 

『我々がトライアウトネメシスを引き受けます。その間に、大尉は己の信じる場所へと』

 

 信じる場所、とその視界は自然と《シクススプロキオン》と拮抗する戦いを繰り広げる《フルアーマーレヴォル》へと向けられていた。

 

「私は諦めが悪い。こんな局面でもまだ彼と……クラード君と死合いたいと思っているのだからね。我ながら我儘が過ぎるのだと」

 

『そのための《レグルス》です』

 

「DD、面倒見がいいと言われないかね? それとも贔屓が過ぎるとでも」

 

『いえ、贔屓ではなく事実ですので。私は《エクエスブラッド》を先頭にしてネメシスを抑えます。その間に、大尉は自らの心に従ってください』

 

「心に、か。それは死への誘因だよ」

 

 だが、現状のまま何も出来ないよりかはありがたい。

 

 コックピットブロックを捨て、グラッゼは用意された《レグルス》へと乗り込んでいた。

 

 気密を確かめ、インジケーターを操作しつつ、自分専用にチューニングされた性能に自負の笑みを浮かべる。

 

「……ティーチ達がやってくれたな。私の今の状態でさえも加味した整備、なるほど、パーフェクトだ」

 

 操縦桿を握り締め、加速用のフットペダルを踏み締めて、グラッゼはダビデ達にハンドサインを送る。

 

「私は彼の下へと向かう。向かわなければいけない」

 

『ご武運を。私達はトライアウトネメシスとの交戦に入ります』

 

「いいのか? その隙を突くのが統合機構軍のやり口かもしれない」

 

『ご心配なく。その程度の相手ならば制する事も出来ます』

 

「……なるほど、心強い事だ」

 

 そう呟いてグラッゼは《レグルス》を挙動させる。

 

 加速度に身を浸し、ミラーヘッドの段階加速さえも得た《レグルス》は真っ直ぐに、重粒子砲撃を艦隊に浴びせようとする《シクススプロキオン》を目指していた。

 

「……しかし、あのMF、まるで意図していないかのような挙動をする。この宇宙に現れて、現状認識が出来ていないのか?」

 

 だとすれば、今こそが好機以外の何物でもない。

 

 グラッゼは艦隊に見舞われた砲撃を一太刀で叩き割って見せた全身これ武器とでもいうような鋭いMFを目にする。

 

「あれが《フォースベガ》……第四の聖獣は人類の味方か? 油断は出来んな」

 

 グラッゼは直後、《フルアーマーレヴォル》と揉み合うようにして拡散重力砲撃を掃射した《シクススプロキオン》の攻撃を目撃する。

 

「……クラード君をやらせはしない。彼は私と戦うのだからね」

 

 それがどれほどのエゴに塗れようとも。

 

 今は、進むべき道を真っ直ぐに駆け抜けるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『左舷カタパルト、取りつかれた……?』

 

『落ち着いてください……! まだ、艦砲射撃は生きています!』

 

 バーミットとピアーナの声が連鎖して響き渡る宙域で、アルベルトは甲板部より《マギアハーモニクス》を戦闘宙域に躍り上がらせていた。

 

「……頼むぜ、相棒。《アルキュミア》に浮気したとは言え、オレに応えてくれよ……」

 

 向かい合ってくる《レグルス》の機動力に目を瞠るものを覚えながらも、習い性の神経は肉薄する刹那には抜刀を果たしていた。

 

 ビームサーベル同士の干渉波が押し広がる中で、アルベルトは《レグルス》のパイロットに声を弾かせる。

 

「お前ら……何だってベアトリーチェを襲う! オレらの帰る場所を、やらせはしねぇ!」

 

『帰る場所? その新造艦が居なければ、しなくてもいい苦労があったって言うのに』

 

「シュルツを焼いたのはてめぇらだろうが……。今さら被害者ヅラしてんじゃねぇ……ッ!」

 

『大義があった! 何故それが分からない!』

 

「分からねぇよ。分かって堪るもんか……! 人殺しを正当化する大義なんざ、反吐が出るってもんだ!」

 

『大義の前に死ぬのが、軍人の務めだ!』

 

「ならオレは、もう二度と取りこぼさねぇ! 誰も、オレの目の届くところで死なせて堪るかァ――ッ!」

 

『それは弱者の抗弁だ! 我々と戦うのには値しない!』

 

《レグルス》が下段より刃を振るい上げ、そのまま返す刀で肩口に切り込んでくる。

 

 明らかにパワーゲインは《レグルス》のほうが上、しかし――。

 

「分かってねぇな、てめぇ。《マギアハーモニクス》に乗らせたら、オレのほうが上ってこった!」

 

 瞬時にバランサーを調整し、わざと姿勢を崩して敵の渾身の太刀筋をかわし、そのまま返答の刃を放った《マギアハーモニクス》に、《レグルス》のパイロットは僅かにうろたえたのが伝わった。

 

『……分からないな。独立愚連隊風情が……!』

 

「応よ! オレらは根無し草の凱空龍! 元々、独立愚連隊が似合ってんのさ!」

 

 たとえ守るべきものがその時々に振り回される程度のものであったとしても――迷わない。もう迷ってなるものか。

 

 そうして迷いのない太刀筋が、《レグルス》の頭蓋を打ち据える。

 

 デュアルアイセンサーを射抜いた一撃を払い、相手の頭部を潰したものの、さすがに最新鋭機、その程度ではよろめきさえもしない。

 

 浴びせ蹴りが《マギアハーモニクス》の細いフレームを打ち据える。

 

 衝撃波だけで操縦桿を握り締める手が弾け飛びそうであったが、ぐっと堪えてアルベルトは吼えていた。

 

《マギアハーモニクス》はそのまま、敵の背後へと回り込む。

 

 ハッとして肘打ちを叩き込んだ敵の勢いに気圧されないように、アルベルトは奥歯を噛み締めていた。

 

「やらせるかよ……! オレは! 凱空龍のヘッドだ!」

 

『ガイ何とかが何だって言う……! 正規軍の苦しみも分からないくせに……!』

 

「分かったからって偉いのかよ……! 畜生が……ッ」

 

『兵隊になる覚悟もなしに……俺の行く手を遮るな!』

 

《マギアハーモニクス》の袖口に装備されたガトリングガンを掃射しようとして、その腕を掴んだ《レグルス》はそのまま巴投げを見舞う。

 

 宙に浮かぶ嫌な感覚を味わいつつも、下手にもがけばまずい事を理解したアルベルトは瞬時に機体を立て直し、速射型のビームライフルを応戦に放っていた。

 

 果たして、その第六感は機能したと言っていいだろう。

 

《レグルス》の左肩を撃ち抜いた一撃と、《マギアハーモニクス》の右腕を根元から削いだ一撃。

 

 それぞれに交錯する一撃を交わしつつ、アルベルトは至近距離まで《レグルス》に接近し、使い物にならなくなった《マギアハーモニクス》の右腕を叩き込んでいた。

 

 至近距離で爆ぜた腕を掃射したライフルの光芒で撃ち抜き、爆発の光輪が押し広がって敵の視界を眩惑する。

 

 その隙を逃さず、《レグルス》のコックピットに照準しようとしたアルベルトへと、不意打ち気味の熱源警告が劈く。

 

「何だ!」

 

 直上を仰ぎ見たアルベルトはミラーヘッドを発生させつつ、こちらへとデルタ編成を組んで肉薄する赤い《レヴォル》を視野に入れていた。

 

「……あれは……ラジアルさんを……あの人を殺した……!」

 

『《オルディヌス》……来るって言うのか、クランチ・ディズル……!』

 

 苦味を噛み締めたように《レグルス》はこちらとの距離を稼ぎ、牽制の銃撃を浴びせながら《オルディヌス》と呼ばれた機体群の射程から逃れていく。

 

 アルベルトは脳内が白熱化していくのを感じていた。

 

「……奴だ。あいつが……ラジアルさんを、オレの大事な人を奪った……!」

 

《マギアハーモニクス》は片腕を失っている。現状で《レヴォル》と同等に近い性能を誇る《オルディヌス》の兵装に敵う道理はないが、かといって負ける道理もない。

 

《マギアハーモニクス》に加速機動をかけさせつつ、アルベルトは敵を睨み据えていた。

 

 相手もこちらに勘付いたのか、《オルディヌス》は僅かに立ち止まってから、こちらの情勢を視野に入れ、三機の《オルディヌス》はそれぞれの機動に入っていく。

 

 恐らくは隊長機であろう、高速でベアトリーチェの直上を取る相手との会敵速度はこの時幸運な事に、今の《マギアハーモニクス》でも間に合う距離であった。

 

 即座に抜刀し、《オルディヌス》の大太刀と鍔迫り合いを繰り広げる。

 

「てめぇが! ……てめぇがラジアルさんを……! あの人を物みてぇに殺した! 咎は受けてもらうぜ……!」

 

『……戦場に生ぬるい感情を持ち込むんじゃねぇよ、白けるな。にしたって、肝心要の標的がどこに行きやがった? 混戦状態が続くとワケ分かんねぇぞ』

 

「よそ見すんじゃねぇ!」

 

 袖口に仕込んだガトリングガンが火を噴くも、《オルディヌス》は一瞥さえも振り向けず、その銃撃をかわしてみせる。

 

「……見ずに避けただと……」

 

『悪ぃな、ルーキー! その程度の熟練度は犬にでも食わせちまったほうが速ぇ! 第一、そんなボロボロの《マギア》の改修機で、この《オルディヌス》が墜とせると思ってんのか!』

 

「墜とす! ここで、お前は……!」

 

 躍り上がり、斜に斬り込むが、敵はほとんどこちらと姿勢を合わせずして一閃を回避し、膝蹴りを《マギアハーモニクス》の痩躯へと叩き込む。

 

 激震する機体の中で、アルベルトは血反吐を吐いていた。

 

「まだ……まだぁ……ッ……!」

 

『おいおい、まだ執念深く追ってくるかよ、クソッタレ。てめぇの湿っぽい感傷なんざ、お呼びじゃねぇんだよ!』

 

《マギアハーモニクス》が《オルディヌス》の腕を引っ掴み、カッと眼を見開いたアルベルトは咆哮と共にビームライフルを乱射していた。

 

《オルディヌス》は当たり前のように掻い潜っていくが、その挙動に僅かながら翳りが見える。

 

 それこそがある意味では自分の好機であった。今しかない――そう判じた神経が機体を伝導し、《マギアハーモニクス》は大きく反動をつけて《オルディヌス》へと衝突する。

 

『……てめぇ……!』

 

「お前は……ここで倒すッ!」

 

『マヌケ言い腐ってんじゃねぇよ、ダボが! 男と心中なんざ真っ平御免だ! 《オルディヌス》の刃に貫かれて死ねよやァ――ッ!』

 

《オルディヌス》が大剣をこちらへと据える。

 

 その切っ先がコックピットを貫くのは誰が見ても明らかだろう。

 

 しかし、希望は捨てなかった。

 

「……そうだ、希望だけは捨てねぇよ、クラード、ラジアルさん……。オレを導いてくれ……」

 

 その時、ジャケットに入れておいた結晶が光り輝く。

 

 ミラーヘッドの蒼を引き写した《マギアハーモニクス》がその掌底を《オルディヌス》の動力部に叩きつける。

 

『こいつぁ……!』

 

「喰らえ……ッ! 《レヴォル》のスペアパーツを使った特注品だ!」

 

《レヴォル》の予備パーツを組み込んだ《マギアハーモニクス》の一撃は、《オルディヌス》の機体を震わせ、その装甲を射抜く。

 

『パワーダウンだと……!』

 

「一撃を受けてもらうぜ……! オレの、男としてのケジメだ!」

 

『……ッざけんな、クソがッ! ここで死ぬのはてめぇのほうだけだろうが!』

 

《オルディヌス》が蹴り上げ、《マギアハーモニクス》が大きく後退する。

 

 激震と共に亀裂が走り、痩躯に電流が迸る。

 

「それでも……ッ、オレは……ラジアルさんに……」

 

 胸元には、砕けた破片が突き刺さっている。

 

 アルベルトは激しくかっ血していた。

 

 血潮の粒が舞う中で、モニターが打ち砕かれたコンソールへと、そっと手を伸ばす。

 

 暗礁の宇宙、何も映さない、常闇の次元。

 

「……オレ、最期にあんたに相応しい男に、成れたかな……ラジアルさん……」

 

 浮遊するその指先。

 

 明日を掴むべく、伸ばした手の先には。

 

 何が見える? 何が映る?

 

 何が、この手に中にまだ居残ってくれるのだろうか。

 

 アルベルトはフッと笑みを浮かべ、それから告げるのだった。

 

「……馬鹿だな、オレ。愛したい人の笑顔を、こんな時……」

 

 その手がゆっくりと、コンソールへと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうなっている! トライアウトジェネシスが敵勢だと!」

 

 ディリアンは交錯していく状況を理解出来ずに、ただただ襲い掛かる火の粉を払うべく戦闘を行っていたが、その中に軍警察カラーの《エクエス》が入り混じり始めたところで違和感を覚える。

 

 ――この戦場は何だ?

 

 何が敵で、何が味方なのだ。

 

「……おかしい。わたしは、正しい事をしていたはずなのに……」

 

 だと言うのに、追い込まれていく一方ではないか。

 

 ディリアンは《アイギス》を直上に逃れさせようとして、その針路を阻んだ赤い《レヴォル》を関知する。

 

「《オルディヌス》……友軍か。驚かせるな――」

 

 そこまで口にしたところで、不意打ち気味に差し込まれていたのは切っ先であった。

 

 ディリアンは眼前の《オルディヌス》に驚愕の面持ちを投げる。

 

「何を……何をやっているのか……分かっているのか……」

 

『――御曹司、悪ぃが、ここまでってこった』

 

「貴様、《オルディヌス》の隊長機。何を……何をやらせている? この友軍機を止め――」

 

『分かんねぇかな。あんた、切られたんだよ。上に無茶言うもんでもねぇって意味さ。これくらい、今の今まで切り捨てる側だったあんたが分からない話でもねぇだろ?』

 

 しかしそれは想定外もいいところだ。

 

 自分は切り捨てる側であって切り捨てられる側ではない。

 

 自分は常に勝者、自分は常に正しかったはずなのに。

 

「こんなのは……違う」

 

『違うってのなら、証明方法を探すこったな。まぁ、てめぇの自意識なんて誰も興味ねぇ。せめて、俺の部下二人を振り切るくらいの生き意地の汚さを見せてくれよ』

 

《オルディヌス》隊長機はデブリを蹴って離れていく。その姿に、手傷を負っているのが窺えた。

 

「待て……待て、待て待て待て! 待つんだ! 何故、高貴なる身分のわたしが切られなければならん! 貴様……たばかったな!」

 

『そうだと思うんならそう信じておくといい。言っとくと、もう帰り道もねぇ中、どこかに回収される幸運なんて期待するもんでもねぇがな』

 

 ディリアンは咆哮しようとして、刃が薙ぎ払われたのを感じていた。

 

 コックピットを引き裂く一閃に、ディリアンは絶句する。

 

 悲鳴が迸り、暗礁の宇宙を劈いていた。

 

「ふざけ……ふざけるなァ……ッ! わたしは、わたしはァ……ッ!」

 

『じゃあな。せめて己の幸運だけを祈って死んどけ』

 

《オルディヌス》がビームライフルを掃射する。

 

《アイギス》の装甲へと衝撃が叩き込まれていく中で、ディリアンは叫んでいた。

 

「わたしは――! リヴェンシュタイン家の長男だぞ――ッ!」

 

『だから何だって言うんだよ。小さい世界で生きてやがんな』

 

《オルディヌス》部隊が急速に離脱していく。

 

 自らの操る《アイギス》だけが、恐ろしい速度でこの戦場の只中に落とし込まれていくのを理解していた。

 

 何も出来ないまま、四肢をもがれ、装甲もボロボロにされてぼろきれのように捨てられていく。

 

 そんな戦場、そんな結末。

 

 誰が望んだ? 誰が――こんな終わりを。

 

「わたしは……アルベルト、お前をただ……正しい道に……」

 

 戦場を闊歩するミラーヘッドの蒼い残像の中に、そんな虚しい抗弁は埋もれていくだけであった。

 

 

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