勇者史外典:男たちは自衛官である   作:栄光

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7.30天災、その時彼らは……
秋山守治は新隊員である


 その日、空から舞い下った百千の真白き“神兵”は我が国土を、人間を喰らっていった。

 四国の外は敵の空、敵の山河となってしまったのである。

 

 2015年7月30日木曜日、一台のトラックが瀬戸大橋を通って本州へと向かっていた。

 その荷台に設けられたベンチシートで男がひとり揺られていた。

 抹茶色の開襟シャツに濃緑のスラックスという制服に身を包んだ彼は秋山守治(あきやましゅうじ)19歳、陸上自衛官である。

 階級は二等陸士、大阪府出身で三ヵ月前に入隊したばかりであり、香川県善通寺市に所在する第110教育大隊で前期教育を終えたばかりであった。

 そして、3トン半トラックの荷台に乗って異動先の伊丹駐屯地へと向かう最中である。

 夏の日差しでOD色の幌の中は蒸し暑いから3種制服にはもう汗染みができて、濃淡2色迷彩へ姿を変えてしまう。頭の樹脂製ヘルメットから汗が垂れてそれをハンカチで拭う。

 高速道路に乗って幌の隙間からビュウビュウと音を立てて入る走行風すらも熱風であり、夏真っ盛りという感じだ。

 あまりにも暑すぎて気づけば、荷台の後端に座って転落防止用の安全バンドに肘をかけていた。

 直射日光も当たり多少埃っぽいが、蒸し暑いよりはましであるし何より光る山、輝く海……と眺めがいい。

 

「これで四国ともおさらばか……」

 

 坂出から瀬戸内海に出て、シュウジは遠く離れていく瀬戸大橋を見て入隊してからの三ヵ月を振り返る。

 摂津市の高校を卒業した彼は大学進学をするも、思っていたより“つまらない”と中退し一般曹候補生で入隊した。

 関関同立の滑り止めで受験した大学の、たいしてやりたくもない経営学部に受かってしまったうえに前期の必修科目の単位を落としたのがきっかけだ。

 訳の分からぬ数式やら理論、教授のレジュメを漫然と読んでいまひとつわからない論述問題をする……そんな行き詰ったような時に就職相談会で来ていた地本の広報官に声を掛けられた。

 採用試験は高校数学と英語、国語、作文に面接、身体検査であり、ついこの間までやっていた内容ということもあって気が付けば着隊の日を迎えていたのだ。

 3月下旬、両親と広報官の歓呼の声に送られ、若者たちは大阪の合同庁舎からマイクロバスに乗って教育を受ける善通寺駐屯地に向かった。

 その時は冷たい雨が降っていて、瀬戸大橋は霧でよく見えなかった。

 

「瀬戸大橋、見えないね」

「そうっす……そうですね、霧で真っ白」

「これから同期になるんだから、崩して崩して」

「は、はい」

 

 親元から離れて自衛隊という未知の世界で生活する不安を思わせ、隣の席にいたものと顔を見合わせたものだ。

 後に同じ区隊の仲間になる年上の彼との出会いだった。

 

 教育大隊に着隊すると出身地、年齢や前職の有無もバラバラな260名は3つの教育中隊に、さらに1個中隊に3つの教育区隊と分けられる。

 シュウジは第8期一般陸曹候補生、332共通教育中隊第1区隊というくくりの中で団結し教育を受けるのである。

 そこでは娑婆の世界と違い区隊の40名は年齢にかかわらず平等に“2等陸士”であり同期なのだ。

 1週間後に行われる入隊式に向けて基本教練を行い、礼式をおおむね習得したところで入隊式をやる。

 入隊式で服務の宣誓を終えた晩から優しかった班長が豹変して腕立て伏せを強要してくる悪鬼に変貌するわけだが、それは印象教育という教育の一環なのだ。

 走って撃って整備して、自衛官としての素養を作っていくとともに協力の大事さ、愛国心の涵養(かんよう)を行うのである。

 シュウジたちも64式小銃を片手に地面を這って、休日は数キロ自主的に走りこむ。

 日曜日には外出することもできて同期たちと丸亀や高松市内、琴平へと繰り出して遊べた。

 グルメ本片手に街を散策したり、観音寺のカラオケやら宇多津のイネスへ行ったり、土讃線一本でいろんな所へ行った。

 創立記念行事、射撃検定、戦闘訓練、25キロ行進、香色山走競技会(こうしきさんそうきょうぎかい)と区隊長や班長らの優しくも厳しい教育のもとで前期教育を終えた新隊員たちは、7月1日、涙と共に各地に散っていく。

 ところが……シュウジはツイてないことに6月末の香色山走に向けた練習の途中、膝に細菌が侵入し炎症を起こして『善病』こと善通寺医療センターに入院する羽目になってしまったのだ。

 本当であれば同期たちと一緒に涙の修了式をやって4人で後期教育部隊へと出発するはずだったが、入院のため修了式にも出られずたったひとり1か月遅れの後期教育隊異動となったのだ。

 兵庫県伊丹市の第36普通科連隊後期教育隊にて重迫の後期教育を行うこととなっている。

 普通科職種とは諸外国でいうところの歩兵科で、主に小銃や機関銃を装備する小銃小隊と120㎜重迫撃砲を運用する重迫撃砲中隊に分かれている。

 どうして36普連の重迫中隊を第一希望に選んだかというと、単に実家のある摂津市に近いからである。

 中には地元が嫌であえて遠くの部隊を希望する者や、機甲科や航空科職種が好きで実家から遠く離れた部隊に行く者もいるのであるが、「実家に近い」は若い子を中心によくあるのだ。

 

「伊丹駐屯地か……面接試験以来か」

 

 『大都市善通寺』とネタで言っていたが、梅田や難波に電車や地下鉄で簡単に行ける伊丹は本物の都会と思う。

 ただ、古くからの軍都で地元民が自衛官にあたたかい善通寺の街のような、のどかさはない。

 

 __ああ、やまね製麺所のうどん美味しかったよなあ。外出のたびに行った堅パン屋のばあちゃんいい人だったよなあ……。

 

 外出時に出会った地元の人々、同期たちと散策した思い出が次々と湧き上がってくる。

 住み慣れた故郷を離れるような感傷に、たった三か月だけとはいえ香川に対してとても愛着がわいていたことを実感した。

 岡山県に差し掛かったころ、一定速度を保って走る3トン半の後ろに観光バスの車列が付いた。

 通路から子供の顔が見え、よくよく運転席の上を見ると小学校の修学旅行のようだ。

 駐屯地出発からおおよそ30分。

 暑さでうだりそうになっていたシュウジだが、バスの中の子供たちに見られているとなると情けない姿は見せられない。

 バスの一団とは岡山インターチェンジで別れることとなったが、追い抜きざまに窓の向こうの子供たちが敬礼してくるものであるから、ずっとシュウジは答礼をしていた。

 三トン半は山陽自動車道を進んでいき岡山、備前、赤穂を抜けて姫路の手前の白鳥パーキングエリアで昼休憩に入った。

 角刈りで厳つい顔の中年陸曹と3トン半操縦手の若手陸曹に促され荷台から降りる。

 その時、ズズン……と揺れたが高速道路ということもあって本線の走行振動だろうと気にしていなかった。

 しかし、3人で入った売店のテレビに地震速報が流れ、中年の陸曹こと村本二曹が呟く。

 

「また地震かいな……」

「南海トラフの前フリですかね」

「うーん今回のはわからんなあ、その前に異常気象多すぎやろ」

 

 近畿・中四国・中部2府14県を担任する中部方面隊では南海トラフ巨大地震に備えて“南海レスキュー”を実施しており、発災後72時間以内に初動態勢を整えるための実動訓練が行われているため、こうした地震には敏感なのだ。

 

「地震で教育中止とかあったらどうなるんですか?」

「俺らは新兵ども連れて駐屯地で後方支援やな」

 

 後期教育隊の班長と区隊付のふたりが話している内容を聞いたシュウジはここ数日の災害の多さに不安になる。

 中部方面隊管内だけでも広島県では豪雨と地震による土石流災害が起こり、和歌山県南部では水道橋が地震の影響で破断し断水被害、高知県で竜巻が発生している。

 日本全国、世界規模に範囲を広げるともっと災害が発生しており、断層などがなく地震に備えのない国だと震度4ほどの地震で家屋が軒並み倒壊し死者が6万人を超すような状況だ。

 少し前のテレビ番組で『2015年世界は滅亡する』という内容が放送されており、マヤ歴の計算ミスやイシスの神々の加護が失われていくというエジプト神話に基づいたもの、自称占い師の女性が受けた『神託』を根拠にした内容だ。

 シュウジは地球終末論の類なんてハナから信じていないし、都市伝説の番組なんかを見ても冷めた反応をしていた。

 

 __日本を牛耳る神道系団体?フリーメーソン?ご苦労なこった。

 

 世界滅亡なんて消費税が5パーセントから8パーセントに上がったのも、人気女優が大麻で捕まったのも闇の勢力や時の総理大臣のせいだという陰謀論と同レベルの話だ。

 シュウジとしてはこれから始まるであろう後期教育がどうなるのかが重要であり、災害が起こればそれこそ駐屯地から外出できなくなるため勘弁してほしい所である。

 被災地の力になりたいと熱望したところで教育期間中の新隊員に出来ることなどたかが知れている。

 

「乗車!」

 

 レストランで昼食をとって3トン半に戻ると伊丹駐屯地に急ぐ。震度5強以上など地震の規模によっては連隊全員に非常呼集が掛かるのだ。

 急ぐといってもアクセルを踏む操縦手の片岡3曹はともかく、荷台で揺られているだけのシュウジにはどうもできないのでボンヤリと幌の外を見る。

 姫路くらいまでは起きていたのだが、昼食をとった満腹感と退屈さから気づけば眠っていた。

 次に目が覚めた時、宝塚インターチェンジで高速道路を降りて川西の町中を走っていてあと数十分で到着という雰囲気だった。

 ほどなくして駐屯地と街を隔てる営門を通過し、シュウジは後期教育隊の居室へと案内される。

 先に着隊した同期たちは外で訓練の真っただ中で、彼らの訓練が終わるまでに作業服に着替えて身辺整備を行うようにという指示があった。

 秋山守治という名札が差し込まれたベッドと、先に発送していたRVボックスを見つけると中身を出してベッド下とロッカーに詰め込んでいく。

 予備の半長靴、迷彩作業服、作業帽、下着類、私物品と整頓しつつ詰め終わったころを見計らってか片岡班長がやってきた。

 

「終礼やるから集合!」

「はいっ!」

 

 グラウンドで整列する後期教育隊の同期たちの前へとシュウジは歩みでる。

 

「負傷療養のため、皆に遅れて着隊しました秋山二士です。わからないことばかりですがよろしくお願いします!」

 

 拍手で迎え入れられ、シュウジはよく知った丸眼鏡がいることに気づいた。

 

「秋山二士、ひさしぶり……また同じ班だね」

「イヨちゃん、同じ班なのか!」

 

 ヒョロッと背が高く、女形(おやま)のような高い声の彼は同じ332中隊第1区隊3班からやってきた伊予島安示(いよじまやすし)である。

 苗字の通り愛媛県出身であり、ミリタリーオタクが高じて高校卒業後すぐ自衛隊に入隊した18歳だ。

 シュウジとしては先に行った前期の班員が同じ班に居て助かったと思った。

 出来上がった輪の中に入りづらい……ひと月の着隊遅れに対する後期教育隊の配慮なのだろう。

 

「イヨちゃん?俺らはヤッスンって呼んでるわ」

「そうなんか」

「へっへっへ、秋山二士のお噂はかねがね。いやーこれで我が班も安泰ですなあ……」

「玉嶋、何キャラだお前はよ」

「こっちのイケメンが南二士、揉み手してるお調子者が玉嶋二士」

「イケメンって……お前そっちのケが。ヤッスンも油断してたら喰われるぞぉ」

「ねえよアホ!俺は青野だ。よろしくな!」

 

 班員の様子を見た片岡三曹は解散を告げる。

 国旗降下も終わり、いつまでもグラウンド前でだべっていては着替え、夕食、風呂と遅れていくからだ。

 

「よし、伊予島、青野、秋山のことは任せたぞ!お疲れ!」

「おつかれさまです!」

 

 解散後、自己紹介がてらワイワイとしながらジャー戦に着替えれば伊丹駐屯地で初めての夕食となる。

 善通寺駐屯地の隊員食堂とは勝手が違って戸惑うも、班員たちが一つ一つ教えてくれる。

 片岡班長のもと、元ディーラー営業マンの南、お調子者で野球部キャッチャーやってた玉嶋、元陸上部キャプテンの青野ほか十数名の新しい仲間たちとこれから普通科隊員、迫撃砲手として訓練を行っていこうと決意した。

 

 そして19時半頃、新隊員たちが掃除を始めようとしたまさにその時、強い揺れが起こった。

 ドーン、ドーンと縦に大きく揺れて2分、3分ほど続くなか居室のロッカーが大きな音を立てて動き出して、ある部屋では2段ベッドが壁へと突き刺さった。

 耐震補強工事がされていない年代物の隊舎には大きな亀裂が何本も走り、外壁がバラバラと剥がれ落ちた。

 緊急地震速報も何もない不意打ちに隊舎まわりを掃除していたシュウジは転倒し、空を仰ぐ。

 その時、街の明かりで薄明るい空一面に白い何かが映っていた……まるで海鳥がよい漁場に集まるように。

 なんだろう?とぼんやりと空を見上げていると、白く輝くそれは数百、数千の群れをなして急降下してきた。

 それが何であるか確かめる前にとっさにシュウジは生活隊舎の中へと飛び込んだ。

 直後、斜めに大きくひび割れた隊舎から飛び出した他部隊の陸曹がパクッと喰われるさまを見てドアを閉めた。

 あたりに悲鳴と怒号が響きわたる。

 白く丸みを帯びた体に大きな歯を持つ未知の存在は、人を咬み千切っていく。

 運よく隊舎に逃げ込めた者は助かったが、屋外にいた者や自家用車に乗って帰宅しようとしていた営外居住者は車やバイクごと喰われて死んだ。

 この人類に敵対的な存在は宙に浮き、強靱な歯で金属を噛み千切って人を喰い殺す。

 隊舎の中に立てこもっていても安全というわけでなく、網戸やガラスを割って入ってきたりして次々と喰われていく。

 

「おーい!誰かっ!」

 

 廊下で呆然としていたシュウジは廊下を駆け抜けて、叫び声が聞こえた近くの居室へと走っていた。

 そこは軽火器区隊の部屋で、躾教育で「他区隊の部屋には入るな」と厳命されていたが非常事態なのだから構わずに飛び込む。

 二段ベッドと倒れたロッカーの間に胴体を挟まれている者と、倒れたベッドの下敷きになった者がいた。

 声の主は部屋の隅にいた。壁とベッドで逃げ場がなかったのだろう。

 一方、重量のあるベッドの下敷きになったほうは意識も失っており、パイプで胸を強打していることからもう助からない。

 

「助けてくれ!」

「わかった!」

 

 シュウジは倒れているロッカーを起こそうとするも、びくともしない。

 二人分の迷彩服や制服といった中身が入ったスチール製のロッカーはひとりで動かすものではない。

 中身を出して軽くしようにも、扉が下を向いていてベッドで塞がれている。

 

「もっと人を呼んでくるから待ってて!」

「あかん、ベッドが食い込んだ腰が痛いねん!」

 

 挟まれている彼の顔はすでに真っ赤になっている、そうとう圧迫されて力んでいるのだろう。

 

 __どうする、何かないのか!

 

 その時、シュウジの目に転がっているホウキが飛び込んできた。

 てこの原理でこじ開けられるだろうか?

 

 __支点はどこでとればいい……!

 

 その時、倒れたロッカーから飛び出した誰かの弾帯が目に留まった。

 シュウジは2段ベッドのフレームに3人分の弾帯を通して連結し大きな輪を作り、ホウキの柄を通して力点側にぶら下がった。

 ガタッという音と共にロッカーが少し持ち上がり、できた数十センチの隙間から抜けだすことに成功した。

 

「おい、松木!松っちゃん!」

 

 シュウジとロッカーに挟まれていた彼はベッドの下敷きになっている者の下へと駆け寄った。

 戦闘服の胸の部分を潰され、目を見開いて動かない松木二士はすでに息絶えていた。

 同期の死にショックを受けている暇はなかった。

 

「くそっ、地震があったってのにみんなどこ行っとんねん!」

「いま、外は化け物だらけだぞ!」

「化け物って何なんや……」

 

 サイレンと断末魔、そして数度にわたる爆発音が響き渡る地獄絵図が繰り広げられている。

 掃除途中で激しい地震に遭って、挟まれていた大野二士は外の惨状を知らないようだ。

 シュウジは説明に困る、今まで見たことのない未知の存在だからだ。

 

「窓の外に浮いてる、人を喰うみたいだ」

「マジで……」

 

 カーテンを引いて隙間から外を窺うと白く大きな怪物が浮いて移動していた。

 丸々としており、人を喰らったのか血を吸ったダニのように大きく膨らんでいるものもいる。

 すぐ近くを一匹が通過していった、その口から血に染まった迷彩服の右腕が垂れ下がっていた。

 

「うぇっ……」

 

 大野二士は窓の外から漂う血の臭いと見てしまった腕にえずく。

 幸いにも注意を引かなかったようで、白い怪物は通過して離れていった。

 窓辺から離れた二人は他にも生き残りがいるはずだと手あたり次第居室を開けていく。

 どの居室も滅茶苦茶に荒れて、班長らの“台風”でさえここまでしないだろうという凄惨な有様に言葉を失う。

 やっとの思いで着いた班長室には誰もいなかった。

 机の上の教育資料やノートPCはひっくり返り、受け手のいない内線電話が呼び出し音を流していた。

 

「誰もおらへんな」

「班長らは銃取りに行ってるんじゃないか?」

「銃ったって、武器庫は別の隊舎やろ?」

「出た瞬間喰われそうだ……何か使えそうなものは」

「これは?」

 

 大野二士が落ちていた青い89式小銃の擬製銃(ぎせいじゅう)を拾い上げる。

 格闘訓練用に樹脂で作られたラバーガンはやわらかく、当たっても怪我しづらい訓練器具だ。

 

「ダメだろうな」

 

 人を容易に噛み千切る化け物の口につっかえ棒として突っ込んだところで何の効果もないだろう。

 

「腕ごと喰われてまうか」

 

 何か使えそうなものがないかと二人が班長室の中を物色していると陸曹と軽火器区隊の学生がやってきた。

 

「大野!あと迫のヤツも!」

「区隊関係なく生き残ってるやつは2階に集合!」

「佐藤班長!松木が……死にました」

「……そうか」

 

 多くが地震発生時に隊舎から飛び出したり、負傷したので医務室に向かおうとして何も知らず外に出たところを喰われ、わずかに生き残った者で応戦しようと集合しているところだった。

 

「秋山二士!外掃除に行ってたんじゃ……」

「何とか飛び込めたよ。そっちこそ南二士は?」

「喰われたっ……俺がケガさえしなけりゃっ」

 

 生き残りが集合している隊舎2階に上がると右腕に雑誌を添え木代わりに巻き、顔を青ざめさせている青野、頭を抱えている伊予島、ホウキを構えている玉嶋がいた。

 青野は勢い良く動いたベッドで腕を挟まれ、それを知らせるために隊舎の外に走り出た南は上空から捕食されてしまったのだ。

 このように迫撃砲区隊も地震による家具の倒壊と隊舎外周掃除で多くの学生が犠牲になった。

 伊予島はうつろな目でブツブツとつぶやいている。

 人が捕食されたのを見てショックを受けているわけではなく、トランス状態と言った雰囲気だ。

 

「来る、奴らが……周りを回っている」

「イヨちゃん、マジかよ……玉嶋二士、なにがあった」

「俺もわからん。でも地震の後からこうなってもうた」

「前にもあったけど、アレか」

「えっ?」

「幽霊とか見えるらしくて、前は国分台(こくぶだい)でこうなった」

 

 牛鬼伝説のある根香寺(ねころじ)などがある五色台(ごしきだい)、その中の国分台演習場での宿営訓練を行った際に一度こんな状態になったのだ。

 国分台廠舎(しょうしゃ)には遍路道があったから“出る”と噂があった。

 外柵沿いに触ると祟られるといういわくつきの()()()があったり、廠舎で就寝中に白い影が行列を作って通っていったという話も言い伝えとして残っているから、班長らも苦笑いだった。

 「毎年、感受性の高いものが時々おかしくなるんだよなココ」と。

 普通なら精神異常を疑われるところだが、演習場を離れるとケロっと治り本人もよく覚えていないということから()()()()()()という扱いで終わってしまったが。

 

「イヨちゃん、何が見えるんだ?」

「気配が3つ、5ついる……」

「アイツらの位置、わかるってマジかよ」

「そんな気がするってだけで、正しいかどうかわかんない」

「玉嶋二士、とりあえずこの事は周りに言うとヤバいな」

「おう、じゃあ俺は窓の様子を見てくるぜ……」

 

 この“オカルト”が正しければいいが、間違っていたら取り返しがつかないので確証が得られるまでシュウジは黙っておくことにした。

 口止めをした玉嶋が周囲にポロっと漏らさないことを祈りながら。

 

 シュウジたちが生き残った陸曹、新隊員数十名と合流し窓辺にバリケードを築きあげているとき、日本各地で同様の事態が発生していた。

 大都市圏を中心に白い化け物が人間を喰って回っていて警察官の拳銃はおろか自動車の衝突程度では、まったくもって歯が立たない。

 文字通り降って湧いた事態に自衛隊は無力である。

 陸上自衛隊では陸上幕僚監部、日本を五つに分けて管轄する方面隊、その中に複数設けられている師団、旅団、そして各駐屯地に所在する部隊と指揮系統が確立されているのであるが、構成しているのは人である。

 東京都市ヶ谷の防衛省、日本全国の基地、駐屯地で勤務している幕僚が同時多発的に襲撃されるような事態には対抗できなかった。

 幸運にも隊舎に残っていた方面総監や幕僚が司令部に立てこもり近隣の千僧駐屯地、戦車大隊擁する今津駐屯地や特科隊の姫路駐屯地と第3師団隷下の部隊に応援を呼ぼうとするも、そちらも襲撃を受けており即応どころか個々人が生き残れるかどうかという状況である。

 内閣総理大臣安芸信一郎が外遊先のアメリカ合衆国で音信不通になり、市ヶ谷とも通信途絶、幕僚監部からの指示なく方面総監部も壊滅した今、部隊ごとに自衛戦闘に突入した。

 

 この未曽有の状況下においてたった一つ、状況が異なる地域があった。

 香川県、徳島県、愛媛県、高知県の四国4県を担任する第14旅団である。

 他の地域が突如現れた白い怪物に食い荒らされているさなか、四国だけが極端に被害が少なく、非常呼集で隊員が集結し指示を待つ余裕があったのだ。

 震源地不明の地震が発生して家屋が倒壊するなどの被害が広範囲で出ており、津波のおそれがあるということで災害派遣に備えていた。

 各部隊に設けられた初動対処部隊、いわゆる「FAST‐Force」と呼称されている即応態勢の人員が出動態勢に入り、善通寺駐屯地から第15普連、第14偵察隊の偵察オートが被害状況の確認へと出発した。

 高知県の第50普連、愛媛県の松山駐屯地の第14特科隊が情報収集中に正体不明の生物らしきものと遭遇し多数の死傷者が出ているという特異な報告が上がってきて、同時に伊丹駐屯地に所在する中部方面総監部や本州の部隊との連絡が取れなくなっていることで異変に気付いたのだ。

 隊舎前の道路に車両を並べて出動準備しているその時、第14旅団司令部に狩衣(かりぎぬ)姿の一団が黒塗りの車に乗ってやってきた。

 ()といっても平安貴族のような牛車ではない、黒いクラウンセダンの車列の中に巻物の中でしか見たことがないような服装の人間が乗っていた。

 地震発生という非常事態にそぐわない奇妙な一団に営門の隊員は怪訝そうな顔をしたが、旅団長の「通せ」という指示に従い黒塗りの車両を通す。

 一部の隊員は出動準備をしつつそれを見て、「司令部連中はついに神頼みか?」と言った。

 のちに、「大社」という組織名が公開されて四国の霊的防御を司る機関になるとこの時点で知るものはいない。

 

 視点を伊丹駐屯地のシュウジたち新隊員に戻そう。

 第36普通科連隊後期教育隊は軽火器区隊と迫撃砲区隊合わせて70名ほどいたが、いまや21名の陸士と4名の陸曹のみとなっていた。

 数時間前まで新隊員の指導に当たる陸曹はもう少しいたのである。

 しかし小銃などが格納されている勤務隊舎内の武器庫まで行ったまま帰ってこなかった陸曹や、駐屯地の外れにある弾薬庫までの道のりを確認するために斥候(せっこう)に出ていった陸曹がいた。

 シュウジたちの班を担当していた片岡三曹は弾薬庫へと向かって未だに戻らない。

 その間、新隊員たちは地震で死んだ同期たちの亡骸に毛布をかぶせ、班長ら指導の下ホウキなどで“武装”し30分ごとの輪番で窓辺や廊下に作ったバリケードの警戒に当たっていた。

 緊張から飲み水が欲しくなり、トイレや調理室の蛇口から水を飲む。

 

「秋山二士、トイレ行ってきます!」

「電気つけてもいいけど窓辺には不用意に近寄るなよ!」

 

 シュウジはトイレの個室に入ったが便が出ずにキリキリと腹痛が襲う。

 

「出ねえ……」

 

 強いストレスにさらされて腹痛を訴えるものがちらほら出始めていた。

 ときどき班長らがバリケードの隙間やトイレの小窓から手鏡などを使って外をコッソリ視察する。

 視察範囲の中に白い化け物は見つからず、地震発生から5時間経った真夜中になって急に外が静かになった。

 遠くでの爆発音、時折聞こえてきたガシャガシャ、キンキンと金属を打ち鳴らすような音がぱったりと止んだのだ。

 そうなってくると緊張がある程度やわらぎ、ある問題に気が付くことになった。

 このまま籠城戦をするにしろ、脱出するにしろ食料がないのだ。

 食料は各区隊の調理室の冷蔵庫に入っている誰かのものと、夜食に買ったカップ麺などのわずかしかない。

 25人が生活していくには到底足りる量ではなく、このままでは遠からず食料の奪い合いや飢え死にが待っている。

 

「ここで救助を待つか?」

「そもそも救助ってくるのか?」

「待つしかないだろうな。食料が尽きる前に来てほしいもんだ」

石和(いさわ)三曹!これ……」

 

 三人の班長が顔を突き合わせて相談する、そこにスマートフォンで情報収集をしていた一人がやってきた。

 彼のスマートフォンには信じがたい情報が映っていた。

 日本どころか世界各地で激しい地震が発生し、白い正体不明の生物が空から降着して人を喰っているというものだった。

 SNSなどでも目の前で食べられている人を見たとかの投稿が相次ぎ、中には実況動画を上げて喰い殺される者もいて阿鼻叫喚の地獄絵図がそこらで繰り広げられているようだ。

 そして、自衛官の心をへし折りにかかったのが銃社会の国における化け物の出現だった。

 5.56㎜小銃弾や12.7㎜重機関銃の射撃にも耐えて、厚い防弾鋼板で覆われた装甲車両ですら複数匹によってたかって齧られる映像が動画サイトにアップロードされたのだ。

 

「嘘だろ……」

 

 新隊員の中でもこうした情報はすぐさま蔓延し、パニックに陥ろうとしていた。

 他の地域からの救助は望めず、自分たちが使える銃という武器も効果がなくただただ貪り食われるのを待つしかない。

 

「これ、詰んだんじゃね」

「俺たち、もう終わりなんだぁ」

「ううぅ……」

 

 スマホで絶望的な情報を見てしまった者はへたり込み、うつむいてしまう。

 新隊員を指導していた班長らもこの現実に、気休めを言うことすらできずに呆然としていた。

 

「こんな棒きれで何ができるんだよ……バカみてえ」

「うそだ、うそだ、これは夢なんじゃ、こんなのって」

 

 輪番による警戒ももはや機能しておらず統制はもう崩壊しつつあった。

 誰かが半狂乱になってもおかしくない。現に何人かはうつろな目で何かを呟いている。

 シュウジもこの空気にのまれておかしくなりそうだった。

 数十分に一度、伊予島は時々頭を抱えては何かを感じている様子である。

 耐えきれなくなった玉嶋がついに伊予島の感じていることについて言いそうになったそんな時、一人がある情報を手に入れた。

 

「みんな、これ見ろよ」

 

 それは、四国には白い化け物による被害が極端に少ないというものだった。

 真偽もわからない現実逃避じみた内容であったが、追い詰められて精神も判断も侵され始めている集団にとっては希望の光となった。

 

「四国は安全地帯なのか?」

「わかんねえよ、でも向こうは地震のことしか言ってねえ」

 

 瞬く間に伝播し、指揮を執っている陸曹たちに詰め寄るものが現れた。

 

「班長!ここを出て四国に行きましょう!」

「お前ら、これが本当のことだとは限らない、落ち着け!」

「でも、ここにいてもみんな死ぬだけです!」

「気持ちはわかるッ……不確かな情報源に踊らされての軽挙妄動は慎め」

 

 災害発生時に飛び交うデマに踊らされての行動は慎むべきであるというのは誰だってわかっている。

 しかし今やテレビ、ラジオといったメディアも指示を仰ぐ上級部隊、政府すらも機能していない状況で、今は垂れ流しの電力やインターネット回線ですらあと何時間持つかわからない。

 班長達だって不安だ、しかしここを飛び出したところで四国までたどり着ける保証はないから首を縦に振ることはできないのだ。

 外に白い化け物がいればそこで喰われておしまい、籠城は食料の少なさと精神面からもう破綻寸前で、これから先バリケードが突破されないとは言い切れない以上待っているのは緩慢な死だ。

 両者を天秤にかけてもう選択の余地はないも同然なら、死までの間に最善を尽くすという決心をした。

 今生き残っている4人の陸曹の中で最も先任である石和三曹はおもむろに立ち上がった。

 

「よし、わかった。全員集合!」

 

 石和三曹の指示に林、浦川、佐藤の3人の陸曹は廊下でへたり込んでる者や、バリケード監視についている者、落下物で腕を負傷し情報収集担当に回されていた者すべてを軽迫撃砲区隊の班長室前に集めた。

 

「集まれ!」

 

 擬製銃を手に警戒に当たっていたシュウジも同期に声を掛けながら班長室前の廊下に整列した。

 つい、へたり込んでる者を立たせて2列横隊を取ろうとするが、「整列不要」という指示が入った。

 

「全員で一蓮托生とは言わない、これより四国行きと残留するものに分かれる」

 

 分隊を指揮するときのように力強く、胸を張る。

 

「外に出た瞬間に喰われるかもしれない、四国につながる道がないかもしれない」

 

 そんなことは誰もが分かっている話だ、何も言わずにじっと石和三曹を見つめる。

 

「ここに残留して少しでも長く生きて救援を待つこともできるだろう……だが、どちらにしても先は長くない」

 

 そして、選択の機会は与えられた。

 

「生存は保証できないがここを出て、俺達とイチかバチか四国へ行くものは挙手せよ」

 

 シュウジは一歩歩み出て力強く拳を振り上げた。

 それに続くように次々と手が上がる、新隊員21名全員が外に出ることを決心したのだ。

 

「全員か……これより、新隊員区隊は四国に向けて前進する。部隊は出発準備をせよ。別れ」

「別れます!」

「班長!……伊予島のことでお話が」

「秋山、どうした?」

 

 目的意識ができ、達成しようと考えると人間多少は前向きになるもので各々が準備を始める。

 迷彩の戦闘服にジャージの下というジャー戦スタイルだった新隊員たちは、荒れ果てた居室から迷彩作業服と背のうを取ってきて荷造りを始める。

 これが()()()()になるものと、下着を新しいものに替え迷彩戦闘服をしっかり着た。

 自分のロッカーがバリケードに使われたり、ひっくり返って私物品が取り出せない者は死んだ同期のものを拝借することにして間に合わせる。

 全員の準備が終わったのが午前3時、持てるだけ持って一団は出発した。

 まず25人を6人と7人の4個班に分け、それぞれ時間差で前進する。

 班長らの手には伊予島によって作られた“接敵予測図”があった。

 手書きの駐屯地略図に黒いエリアがあり、その近辺に白い化け物が遊弋していることを示す。

 正直信用したわけではないが、まったくの無策で出るよりはと参考にするようだ。

 シュウジは石和三曹率いる石和班に組み込まれ、トラックの調達に向かう。

 トラック調達班には腕を負傷した青野ほか力仕事が難しいメンバーが集められている。

 浦川班は弾薬庫付近の安全確認と、脱出ルートの確認を担当だ。

 そのため、敵を探知できる(かもしれない)伊予島が割り当てられ、可能であれば弾薬を調達することになっている。

 7人編成の佐藤班は小銃の調達、できなければ石和班と合流して車両捜索に当たる。

 そして林班に課せられた任務は食料品の調達であった。

 隊舎の照明を落とし、バリケードの隙間より慎重に外に出る。

 遮へい物の陰まで前進すると辺りを見回し、白い影がないことを確認して先へと進む。

 

「右よし、左よし、……前方の隊舎まで早駆け、前へ」

 

 先を進む石和三曹に続き、低い姿勢で走る。

 虫の声ひとつなく静まり返っていて、図の通りなのかいっこうに遭遇しない。

 いや、遭遇すれば抗うすべを持たない人間などひとたまりもないのだが。

 石和班は車両パークまで無事にたどり着き、一台の3トン半大型トラックの入手に成功した。

 そしてエンジンをかけ、少し離れた位置から様子をうかがう。

 暗闇に響くエンジンの音に引き寄せられるわけではなさそうだ。

 その頃、浦川班は白い化け物が襲ったと思われる弾薬庫前にたどり着いていた。

 土堤の間の切通しを抜けると小屋の鋼鉄の扉の前に立った。

 防犯上弾薬庫扉は施錠され、開ける時に警鳴装置が鳴るようになっているのだ。

 鍵がないと開かないのだが、どうも逃げ込んだものがいたようで扉は空いていた。

 中に入ると、肩口からえぐり取られ失血死している隊員がおり、血の臭いに顔をしかめながら目的である“5.56㎜小銃弾の弾箱(だんばこ)”を3つから4つ運び出す準備をする。

 浦川三曹はふと個人携行対戦車火器いわゆるLAMを持っていこうかどうか考えた。

 しかし、重くてかさばり、トラックなどの閉所では後方爆風などが危険なためあきらめる。

 さらに人数の大半を占める新隊員はまだ無反動砲などが撃てないのだ。

 考えずに射撃して後方爆風で死傷者多数なんて事態になったら何のために脱出するのか分からないし、そもそも成形炸薬弾が効くのかどうかも定かではない。

 

 __手榴弾であれば前期教育で履修しているから、投げつけることくらいはできるだろう。

 

 とりあえず、手榴弾を20発ほど持っていくことにした。

 

「これがパンツァーファウスト3の実弾、初めて見た」

「どうだヤス、敵は近いか?」

「まだもうちょっと遠いです……あっち側」

「頼むぞ」

 

 石和班と浦川班に遅れること10分、佐藤班は36普連の勤務隊舎へと前進していた。

 その途中、変わり果てた姿になった誰かの遺体を何体も見て、ときに踏みつけそうになりながらやっとの思いで武器庫に到着した。

 

「真田二曹……お借りしますっ」

 

 中隊事務室に向かうところで、見覚えのある小太りの遺体が転がっていた。

 肩から上がなかったが血染めの戦闘服の感じと体型から武器陸曹だと判断し、佐藤三曹が腿のポケットを探るとマスコットのついた鍵束が出てきた。

 間違いなく真田二曹の管理する武器庫のカギだ。

 今朝まで第2中隊のムードメーカーとしてニコニコしていたおじさん陸曹だ。

 新隊員として入隊して以来世話になった人の遺体に泣きたい気持ちを抑えつつ、佐藤三曹はついてきている新隊員に命ずる。

 

「搬出物品、89式小銃25、同弾倉あるだけ……武器搬出」

 

 佐藤班に続いて出発した林班は厚生センター、いわゆる売店目指して前進する。

 夕食後の買い出しなどで多くの隊員が訪れていたのだろう、あたりに喰い散らかされた手足や遺体が散乱し漂う死臭に気分が悪くなる。

 コンビニに入ると手分けして店中に散らばった栄養バーやお菓子といった保存がききそうな食料品をボストンバッグに詰め込んでいく。

 バッグは併設されているミリタリーショップで売ってあるもので、訓練用品メーカーがいろいろ作っているものだ。

 

「あんまり持ちすぎても身動き取れなくなるから、これぐらいにしようか」

 

 6人で手分けしてボストンバッグ4つ、バックパック2つ分の食料を持って厚生センターを離れた。

 遠くのほうで白い影が何かを喰らっているのが見えたからだ。

 隊舎の感じからちょうど黒塗りのエリアの外縁部くらいの位置だ。

 

 石和班の乗る3トン半トラックに次々と銃と食料が積み込まれていく。

 

「林、無事に帰ってきたな」

「石和班長、司令部のほうに奴らがいます……」

「そうか、じゃあもう出発だな。思ったより荷物が多いから小型を持ってこい」

「了解!」

 

 思ったよりきついので教育隊に割り当てられた1/2トン小型トラック、通称:パジェロも持っていくことにした。

 林三曹が車両パークに駆けていく脇で佐藤三曹と新隊員たちが銃の積み込みをやっていた。

 

「銃」

「よし!」

 

 積み込んだ小銃は脚を立てて床に置き、その間に食料の入ったバッグを転がし、壁際のベンチシートに座る。

 勤務隊舎前で佐藤班と林班を乗車させると、そのまま弾薬庫前に乗り付ける。

 そこで浦川班が弾薬の入った木箱を積み込み、たとえ効かないとわかっていてもその場で小銃に弾が込められた。

 3トン半の操縦手は浦川三曹がやり、地図を持ってルートを決めるのは石和三曹がやる。

 定員は20人でベンチシートに座れなかった2人は積み込んだ弾箱の上に座り、うちひとりは車体後方に銃を構える後部銃手の役割についた。

 小型トラックには操縦手佐藤三曹と、レーダー役になった伊予島と目視警戒の玉嶋が乗って3トン半の前方警戒に当たることになった。

 

「大野、お前班長室で地図を持ってたよな」

「はい!」

「じゃあお前、カーナビな。車長(しゃちょう)席に座れ」

「えっ?」

「えっ、じゃねえよ。隣だよ隣、自衛隊では()()()じゃなくて()()()っていうんだよ」

 

 パジェロの車長席には大野二士が座り、班長室を物色していた時に見つけた道路地図を使ってナビゲートする役目を任されることになった。

 敵の接近察知は伊予島がやり、ときどき道路地図に挟み込んだオーバレイ……透明のビニールフィルムに予想エリアを書き込むのである。

 カーナビ、レーダー、目視警戒役の乗った小型と指揮官の乗る3トン半をつなぐのは中隊事務所から持ち出してきた特定小電力のトランシーバーだ。

 

「イサよりサト、感明送れ」

「感明よし」

 

 トランシーバーは創立記念行事イベントなどでの車両誘導などで使うもので中隊事務室に置きっぱなしになっていたものだ。

 一方、無線機類はふだん通信倉庫の中にあるので倉庫まで行って搬出したり、車載無線に至っては車両の架台に取り付ける必要がある。

 そんなにゆっくりしていると辺りを徘徊する白い怪物に見つかりかねない。

 単3乾電池さえあれば動くトランシーバーはこうした事態の連絡手段としてはうってつけなのだ。

 

「イサよりサト、運転はじめ」

「運転はじめ」

 

 特小無線機で連絡を取り合いながら2台の車両は急いで伊丹駐屯地を出る。

 営門を抜けて駐屯地の外に出ると風景は一変していた。

 ブロック塀などが軒並み倒れた街の至る所に喰い殺された住民の遺体が転がっていて、主を失った車が道路上で轟々と燃えている。

 放棄された車に衝突しないようにルートを取って先行するパジェロの後を3トン半が追う。

 料金所のゲートを突っ切ると宝塚から山陽自動車道に乗って西を目指して走る。

 六甲山の裏を抜けていくルートで人口密集地が少ないが故に、化け物と遭遇しにくいだろうという考えである。

 それでも玉突き事故が至る所で起こっていたり、標識などの道路設備が崩落、ある場所では橋梁が破壊されていたりする中を突き進む。

 西宮北インターを通過するころ、眼下に見える街は炎で赤黒く照らされていた。

 漏電によるものだと思われるが、送電を止める者も消火に当たる者もいないがゆえにただただ燃え盛るばかりだ。

 途中何度か高架沿いにいた白い怪物に追われたものの、時速90キロ近くで何とか逃げ切り、やっとの思いで三木までたどり着いた。

 明石海峡大橋を使ったルートに戻るには三木ジャンクションまで引き返すかしかない。

 さらに、明石や垂水といった人口が多い地域だとそれだけ遭遇率が上がる。

 3トン半の車長席でルートを考えている石和三曹は、瀬戸大橋ルートを選択した。

 まだ外は暗いままで、幌の中は真っ暗だ。

 ウトウトとしている者が多い中、シュウジは何気なく腕時計を見る。

 ここで異変に気付いた。

 

「今何時だ?」

「マルロクヒトナナ……」

 午前6時17分、時計はどうやら狂っていないようだ。

 

「普通、この時間って明るいよな?」

「言われてみればそうだな」

 

 7月ともなれば午前4時過ぎくらいから明るくなっていて、起床ラッパが鳴るころにはもうすっかり日が昇っているはずなのだ。

 

「おいおい、どうなってんだよ」

 

 シュウジの呟きは暗い幌の中に吸い込まれていく。

 天変地異に謎の怪物、そして登らない太陽といよいよ世界は終わるのかもしれないという恐怖が押し寄せてくる。

 だが、四国を目指すという目的意識と儚い希望こそが彼らの正気を保つ最後の命綱となっていた。

 姫路に入る手前の山中で路肩に止め、トイレ休憩をとる。

 人口の多い姫路市内に近づくと、残敵掃討のためか多数徘徊している化け物に気づかれるおそれがあるからだ。

 3トン半から降りると体を伸ばして、昨夜水をがぶがぶと飲んでいた面々はそろって立小便に向かう。

 危険を冒しコンビニで調達してきたペットボトル入りの飲み物も半分を切っており、飲むペースを落とさなければ岡山県につく前に飲み干してしまうだろう。

 行進訓練などで教わるキャップ分の水摂取という節水技術があるが、この緊張状態だと班長が統制する暇もなく飲み干してしまう。

 そうなると、危険を承知で物資獲得に行かなくてはならない。

 石和三曹はこれまでが順調すぎたことを実感しつつ、これからの状況について考えていた。

 シュウジはというと、3トン半の幌の中で縮こまっている青野に声を掛けた。

 

「青野二士、トイレ、行かなくていいのか?」

「俺は、降りたくない……空が、こわい」

「そうか、またいけるようになったら教えてくれよ」

 

 青野だけではなく、ぽつりぽつりと同様の症状を訴えるものが現れだした。

 最初は四国行きに乗り気だった者が、化け物に追い回されながら三木を過ぎたあたりから急に震えだすようになった。

 シュウジや周りのものは白い化け物を見たことで恐怖を思い出してしまっているものだと考えて無理強いはせず、飲み物を傍らに置いて様子を見ていた。

 20分ほどのトイレ休憩と操縦手、そして後部銃手の交代が終わると、再び瀬戸大橋を目指して出発する。

 林三曹操縦するパジェロの車長席に石和三曹が乗り、3トン半の操縦に佐藤三曹がつく。

 先を行く小型が指揮車となり、その後ろを3トン半が追走するのであるが明らかにペースが上がっていた。

 長いトンネル連続区間を抜けると、龍野が見えてきた。

 手延べそうめんでおなじみの揖保川が流れており、田畑と点在する工場の中を通る高速道路は周りが開けている。

 いつもならば左手に青々とした田んぼ、遠くに緑萌える山々が見えて美しいのだろう。

 しかし今は真っ暗で、点々と見えるものはどこかの家が燃えている炎だけだ。

 龍野西サービスエリアに差し掛かると上り側から6、下り側から4体がわらわらと本線へと飛び出してくる。

 

「敵、寄ってきます」

「3時方向、10時方向より敵複数接近!」

「このまま突っ切る、急げっ!」

 

 車内のトランシーバーから見張りの玉嶋の声が聞こえ、司令塔である石和三曹の指示が飛ぶ。

 エンジンの回転が上がったからか、トラックはひときわ高いうなり声をあげながら跳ねるように進んでいく。

 後方銃手として弾箱の上に座るシュウジは酷い乗り心地に耐えながら銃を構える。

 前回と違い、彼我高低差がなく出現位置が近いこともあって白い敵の体がよく見える。

 血で汚れた歯状のものをカチカチと鳴らしながら結構なスピードで寄ってきている。

 トラックの尾灯で浮かび上がった敵の姿に荷台にいた者は青ざめており、息をすることも忘れる。

 

「撃てっ!」

 

 休憩のため荷台にいた浦川三曹の号令にシュウジは小銃の引き金を引いた。

 甲高い銃声と銃口炎を伴い5.56㎜弾が吐き出され、30発入り弾倉はあっという間にカラになった。

 ガク引きで照準も何もないもので、威嚇以上の意味が全くない。

 銃撃に怯むこともなくなお近づいてくる敵に、いよいよ口の中がカラカラになる。

 手元の小銃はスライドが止まり、撃ち終わりを告げていた。

 眼前にやってくる死の化身に走馬灯は流れず、ただただ現実感がなかった。

 

 __もうだめか。

 

 トラックの速度が急に落ち、急に右に振られる。

 予期せぬ急ハンドルに荷台は右へ左への騒ぎとなって、シュウジも腰かけていた弾箱の上から転がり落ちた。

 座席に座っていた者も投げ出され、向かいに座っていた者とぶつかる。

 さらに床に何かがぶちまけたのかガランガランと金属が転がるような音がする。

 悲鳴と痛みの中、後ろを見るとタンクローリーが合流路から出ようとした位置で乗用車と衝突事故を起こしていた。

 高速走行中の急ハンドルでよく転倒しなかったものだ……。

 シュウジの手から89式小銃がすっぽ抜けてどこかへ転がり、手探りで探していると丸いものをつかんだ。

 重量感のあるそれは、見たことのある形状をしていた。

 

「ピン抜け……投げっ!」

 

 手から放たれたそれは荷台の後ろから道路で何回かバウンドして、閃光と共に炸裂する。

 M26手榴弾だけならば数千個の高速の破片をまき散らすだけであったが、燃料漏れを起こしている事故車があればどうであろうか?

 タンクローリーに押しつぶされるように運転席が大破している乗用車から一気に爆発が起こった。

 最初の爆発に遅れること1分、弾片で穴の開いたタンクローリーが爆発した。

 まるでハリウッド映画のような展開に、歓声が上がる。

 この時ばかりは銃声と打撲の痛みも忘れて、遠くなっていく赤黒い炎を見た。

 どういうわけか白い影の追撃はなかった。

 

 

 龍野西サービスエリア遭遇戦からしばらく敵と遭遇することもなく走っていたのだが、岡山県に入ったところで道路がごっそりと破壊され崩落していた。

 しかたなく、転回して降りられそうな備前料金所、もとい跡地から下道に降りる。

 国道2号線沿いに海のほうへ出るか、それともJR山陽本線沿いに山奥を進むかという選択肢が現れたのだ。

 一行は車を止めて料金所近くの無事な民家に上がり込み休憩と作戦会議を行う。

 テーブル上の書置きなどから、どうも備前料金所付近が襲われたときにこの家の住人は避難所へと行っていたらしい。

 住人が現在生きていようが死んでいようが今やってることは住居不法侵入であるから、皆何とも居心地が悪いものを感じつつも休憩を取る。

 トラックの旅で痛む体を伸ばし、居間のソファーで寝転がったりあるいは寝室で仮眠をとっていた。

 一方、指揮官役の石和三曹ほか3人の陸曹と今やレーダーと化した伊予島、そして新隊員の中でも元気なほうのシュウジはテーブルに道路地図を広げる。

 

「うーん、結局は岡山市・倉敷に行かないと橋は渡れないのか」

「石和三曹、となると備前長船を抜けて早島インター目指すしかないんじゃ」」

「普段通りなら道路一本だな」

 

 しかし、それはあくまで平時のルート選択であり、町中に怪物がいる状況では難しいだろう。

 オーバレイを被せると、伊予島は台所で拝借した油性マーカーで頭の中で浮かぶモノを表現する。

 キーンという耳鳴り・頭痛と共に地図上に薄っすらとシミが現れ、濃いほど敵が多いのだろう。

 そして、敵が近くなると薄っすらとモヤのようなものが浮かびシルエットが見える。

 襲ってくる化け物は何なのか、そして今自分が見ているモノは何なのかわからないが兎にも角にも生き残るためにはこの幻覚に頼らなくてはいけない。

 彼が集中すると、よりはっきりとシミが浮かび上がってきた。

 

「この辺にモヤが多くみえる……」

 

 人が多かった地区こそ敵が多く残存し、赤いマーカーで敵の勢力図を塗りつぶす。

 当然、まだら模様が被っているから国道2号線をずっと道なりに進むわけにはいかないようだ。

 

「じゃあ、こういう感じで抜けていけば良いんですか?」

 

 佐藤三曹は道路地図を指でなぞってルートを示す。

 赤いマーカーのエリアの間に出来た僅かな間隙を縫うように進み、7月31日13時時点での敵勢力下ならたどり着けそうだ。

 

「それで行きたいが、もう少し時間をおこう」

「状況が変わるのを待てってことか?」

「いや、敵中突破するには全員の疲労が溜まりすぎてる。さらに言うなら食料はともかく水がねえ」

 

 林三曹の疑問に浦川三曹が状況を説明した。

 

「浦川の言う通り俺らも運転で疲れただろう。居眠り運転で事故っちゃたまらん」

「石和三曹は、怖くないんですか」

「恐いさ、それに腹も減ってるよハハハ……」

 

 少しでも早くこの危険地帯を抜けて四国に行きたいという“焦り”が見える林三曹の気持ちは皆わかっている。

 しかし、ずっと暗くて時間感覚すらおかしくなる中でずっと運転し続けるのはとても無理があるのだ。

 さらに言うなら襲撃以降、陸曹はあまり休めていないのだからここまで事故しなかったのも割と奇跡である。

 

「それでは、警戒要員を置いてこれより仮眠をとる。伊予島も休め」

 

 班長達と伊予島が寝ている間、新隊員二人一組で編成された警戒要員は銃を手に家の周りを警戒する。

 89式小銃と手榴弾1発、トランシーバーを携行して目視圏内に白い影や生存者がいないかを調べるのだ。

 シュウジはケガの比較的軽い大野と組んで、住宅街を歩く。

 

「なあ……」

「どうした」

「伊予島ってヤツ、なんか見えとるみたいやけど何なんやろうな」

「俺もわからん、ただイヨちゃんは神職の家系らしいで」

「神職っちゅうと神主さんか、めっちゃご利益ありそうやな」

「でもイヨちゃんの家は分家も分家で一般の家庭らしいけどな」

「マジで?俺アイツが霊能力者になるって言ったら信じるぞオイ」

 

 小型トラックの中で伊予島と組んでナビ役をしていた大野は高い精度で当たる出現予想に驚くと同時に、こいつの予想に従えば間違いないと信頼していた。

 シュウジもオカルトを信じない性質であったが、行進宿営訓練の晩にこの世のものとは思えない光景を目の当たりにして以来、伊予島のことを認めるようになったのだ。

 シュウジと大野は伊予島安示に関するエピソードを話しながら、暗い道の先を眺める。

 雑談の一つもしなければ、退屈で仕方がないだろうから。

 

 民家で交替しつつ休息を取った一行は崩れた民家や工場の建物から、食料や飲料を獲得すると瀬戸大橋に向けて出発する。

 班長らによって「あくまで食料品に限り、貴重品や現金などを盗むことは禁ずる」という命令があり、出来心から金目のものに手を付けないか監視の上で徴発を行った。

 とはいえ、やってることは火事場泥棒のそれであり、日本国憲法および法令を遵守する武装集団である自衛隊にとってはあってはならないことである。

 皆、それはわかっていたが刑法における「緊急避難」ということで許してくれと言いながらボストンバッグに詰めていく。

 こんな時まで()()かよという者もいたが、建前すら忘れたらそれはただの賊であり無法者集団である。

 物資調達を終えて国道2号線を西進するが、いっこうに生存者の気配を感じない。

 至る所で建物が崩壊し、ヘッドライトの光にうっすらと映るものは皆遺体だ。

 高速道路上を走っていた時とは比べ物にならないおびただしい死臭と障害物に、体力と気力がガリガリと削られていくのが分かる。

 敵の発見、効果がなくとも自衛火器の射撃のため幌の後ろは開け放たれており、舞い上がった土ぼこりと匂いがキツイ。

 荷台にいるものはエチケット袋に吐き散らしていたがもう吐くものが無くなり、今は青い顔でうつむいていた。

 

「11時・12時方向、この先備前市役所一帯に敵複数」

「左へ!側道に降りろ!」

 

 石和三曹は探知した敵の報告に道路地図にチェックを入れ、先頭を行くパジェロに指示を飛ばす。

 

「この先に敵!」

「あそこの工場を突っ切れ!」

 

 備前市役所の近くの学校とショッピングセンター付近に敵が集中しているようで、燃えた工場の敷地内を横切って海辺へと迂回して先へ、先へ。

 国道2号に戻ろうにも辺り一帯におり、今も住宅街で生存者の掃討や寺社仏閣の破壊に勤しんでいるようだ。

 国土を蹂躙され、暴虐の限りを尽くす相手から逃げるのは悔しいが、持ちうる火器でどうすることもできない。

 片上湾沿いの道を抜けると磯上備前線、井坂峠の山越えが待っていた。

 右へ左へ上り坂に下り坂と続くが敵の脅威がある街中よりはだいぶマシで、シュウジは3トン半の荷台で深呼吸した。

 街中と変わらず土ぼこりに混ざって焦げくさい臭いがした。鼻は死臭にマヒしてしまったのだろうか。

 峠道を下って真っ暗な畑の中を抜けると川があった。

 多数の事故車が放置され遺体が散乱していたものの奇跡的に備前大橋は残っており、無事に国道2号線に戻れた。

 沿道上のスーパーマーケットと隣接するコンビニで物資や、紙の地図を獲得しながら高架に上がる。

 

「止めて!」

 

 しばらくは高架上を快調に走れたものの、旭川に差し掛かったところで伊予島の悲鳴じみた声が上がる。

 スキール音と共に小型トラックが止まり、3トン半も慌ててブレーキを踏んだ。

 

「これより先、みんな敵です!」

 

 地図を持って伊予島の下へと集まる陸曹たち。

 荷台で休んでいた林三曹につられてシュウジも降りる。

 わけの分からぬまま死ぬくらいなら、せめて何をしているかだけでも知りたくなったのだ。

 伊予島の持っていた敵出現予測図は真っ赤に塗りつぶされて、川から先はすべて“敵地”だった。

 何も知らずに旭川大橋を通過していたら逃げ場が無くなっていただろう。

 佐藤三曹が双眼鏡で確認すると白い影が対岸上にいくつも見え、火事の炎に赤く映っていた。

 何匹かが工場の外壁のトタン板を食いちぎり、モゾモゾと中に潜っていく様子が見えた

 

「ここから見えるだけでも、6、7匹はいそうだな」

 

 見えるだけでも6匹、7匹いるということは人口密集地にはもっと居るということで、はぐれの1匹ですら絶望的な存在である人類にとってはキリング・フィールドに他ならない。

 地図を見たところ迂回路は南下して児島湾大橋を通り、児島半島のほうから接近するルートしかない。

 もっとも、児島半島や宇高連絡船でおなじみの宇野周辺が完全制圧されていたら進めないが敵の脅威は至る所にあり、止まるも戻るも出来ない以上“行く”しかない。

 3トン半から続々と降りてきた新隊員たちと3人の陸曹をみて石和三曹は命令を下す。

 

「我々はこれより児島湾大橋方向に前進する、乗車!」

「了解、それじゃあお前ら乗車!」

 

 道路を引き返して高架入口から逆走して降り、川沿いに南下する。

 幌の向こうの燃える対岸、遠くの空を埋め尽くすような白い化け物の群れに言葉を失った。

 シュウジも長い非日常にどこか現実感のないものを感じていたが、「ああ、世界は終わってしまったんだな」とようやく実感する。

 同期たちを見ると、うつむいて何かをつぶやいてる者や般若心経の一節を唱えている者、眠っていて微動だにしない者とみな精神的に追い込まれているようだ。

 かくいうシュウジも常にどこかから狙われているような気がし、少しでも動かないととてつもなく不安になる。

 先ほどの行先の検討だって決定権があるわけではなく、わざわざ降りる必要はなかった。

 だが、参加しているという行動に出ることで精神の安定を図っていたのだ。

 暗い夜の海にかかる児島湾大橋を渡っていると幻聴だろうか、海風に乗ってどこかから砲声のようなものが聞こえてきた。

 

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