勇者史外典:男たちは自衛官である   作:栄光

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丸亀城防衛戦

 2018年10月某日

 

 シュウジたち戦車隊隊員は朝礼のために勤務隊舎の屋上に整列していた。

 暑すぎず、寒すぎない秋晴れのいい天気であり、混成団司令部の向こう側に見える香色山の緑に黄色や茶色の葉が混じって秋を感じさせる色合いになっている。

 

 ナンバー中隊は舎前のグラウンドに集合し、朝から数日後に控えた体力検定に向けて体力練成を行うようである。

 一方、戦車隊はというと小火器射撃検定に向けての射撃予習を行い、午後からは武器整備を行うという予定であった。

 部隊定員に対して余剰となった新隊員と機甲科隊員で作った「普通科部隊の中の戦車部隊」であるが、小銃射撃は隊員基本中の基本であって一定の練度は求められるのである。

 戦車から下車しての斥候、あるいは戦車が擱座(かくざ)して近接する敵と下車戦闘に突入した際に小銃が満足に使えませんでした……というわけにはいかない。

 射撃訓練は国分台(こくぶだい)演習場内の高屋(たかや)射撃場にて実施されるのだが、一部隊が使える時間は限られていて現地で長々と射撃姿勢の点検や個癖(こへき)の修正なんかをやっている暇はないので、事前に練習が行われる。

 射場に行く前に射撃姿勢の“型”を作る事前練習が“射撃予習”で、縮尺された的に対して小銃を構えて姿勢点検、カラ撃ちするだけなので屋上集合なのだ。

 整列するシュウジたちのもとに戦車隊の長である藤岡二尉がやってきた。

 

「おはよう」

「おはようございます!」

「今日は秋晴れ、いい訓練日和だね。今日実施する内容は射撃予習と武器整備だ。概略は訓練陸曹より聞いてるよね。柳二曹、よろしく」

 

 朝礼は中隊長のあいさつに始まり、その日の行動予定や諸注意の伝達、各部隊で発生した事故や隊員死亡事案の通知という連絡、そして講話もしくは精神教育に続く。

 数日前に小火器射撃についてのだいたいの流れが訓練陸曹の柳二曹より伝えられていたので最終確認である。

 がっしりした体形で昭和の野球アニメの登場人物にちなみ「バンチュウタ」というあだ名がついている柳二曹が列中から前に歩み出て、直後の行動予定を伝達する。

 武器搬出、需品庫から訓練用品搬出のあと、どういう組み合わせで実施者と補助者をやるのかというような細々とした説明が行われる

 

「次が事故の通知が2件、高知駐屯地でLAVの横転事故が発生、けが人はなし。急旋回など車体特性を操縦手が掌握していなかったと思われる……」

 

 不祥事やら隊員事故の報告があると、全国の駐屯地にこういった形で伝えられて事案によっては中隊の廊下などに貼りだされることになるのである。

 シュウジはつい先週、訓練陸曹指示のもとで『各車両の重心位置と操縦特性』と題した掲示物を貼り付けたことを思い出した。

 軽装甲機動車や通信機材などのシェルタを積載した車両は通常の小型トラックなどに比べて重心が高いため旋回半径を広くとって速度を落とすようにという内容だ。

 特に軽装甲機動車は赤文字で“ガナー車外放出で死亡のおそれ”と大きく書かれている。

 上部ハッチから身を出して機関銃等を射撃するガナーはシートベルトを着けていないことから横転すれば車外に投げ出され、車両の下敷きになればまず助からない。

 もう一件が徳島駐屯地の後支の3トン半があぜ道で路外逸脱事故を起こしたという内容であった。

 各種事故、身分証の紛失のほか、隊員の死亡通知だったりあまりいいニュースを聞かない連絡タイムだが、時々結婚や隊員家族の出生報告などが入ることもあり、同期の結婚などこういうところで思わぬネタを拾うこともあるので要チェックである。

 通知の後、藤岡二尉は右腕に付けたターホイヤーの腕時計を見る。

 

「まだ国旗掲揚まで7分くらいあるな……、講話でもするか」

 

 講話の内容は時事問題やら何か一つのネタに絡んだ話であり、幹部だけとは限らず、ネタを持ってる者や新隊員などが練習の一環としてさせられることがある。

 自衛隊は部隊によってまちまちだが、発表の場がまあまあある。

 3分間講話だったり新成人、年男・年女の抱負だったり、あるいは○○競技会出場に対する意気込みなどを大勢の前で発表しなくてはならない。

 禁煙の重要さ(できるとは言ってない)をネタ混じりで発表する陸曹やら、生真面目にこれから陸曹教育隊に行くので頑張りますといった内容を発表する陸士長もいる。

 そんな講話であるが、今日のネタは勇者についてだった。

 つい先週、大社によってバーテックス二度目の襲撃と勇者の勝利が公表されたばかりで、テレビも新聞も朝から晩までずっと勇者特集だ。

 

「最近、発表のあった勇者について話をする。この部隊では彼女らと会ったことがある者もいるだろう……」

 

 乃木若葉ほか4名の勇者はバーテックスの二度にわたる襲撃を退けて四国の護り、ひいては人類の護りとして活躍している。

 しかし、彼女らはあくまでバーテックスと戦うために神樹様より力を与えられたわけであるから、対人戦闘には向かない。

 大社は自衛隊のように自己完結能力を持たない、時が止まり異世界で戦うのだから必要がない。

 そのため、悪意を持った勢力による有事の際は勇者を守れない可能性が高い。

 対バーテックスの戦闘で無力な自衛官が大人として胸を張ってやれることは、存在意義である“社会の安全と平和を守る”ことである。

 我々の任務は国民、ひいては勇者の少女たちの日常を護るためにあるのだから技能を錬磨するとともに、外出の際はあらゆる兆候に注意を配ること。

 

 上記のような内容であり、週末等外出時にビラ配りや街宣活動といった()()()()があれば直ちに先任や部隊長に報告せよという注意で講話は締めくくられた。

 

「時間だ、国旗に正対する。半ば左向け、左」

 

 シュウジたち整列した隊員たちの目線が司令部前、儀仗広場の旗竿に集まる。

 迷彩作業服に白い手袋をつけた旗衛隊員が三角形に折った旗を持って現れ、旗竿に取り付け始めた。

 

「気を付けぇ!」

 

 午前8時15分、「気を付け」ラッパが吹奏され、続いてラッパ譜「君が代」の吹奏が始まると駐屯地中が敬礼のまま動きを止める。

 約1分の君が代ラッパと共にスルスルと上がってゆく国旗にシュウジは考える。

 

 __時が止まった感じってどんな感じなんだろうな。

 

 風にたなびく旗は、流れる風は、落ちてくる雨滴は勇者たちにはどう見えるんだろうと考えて、今度タマッチにでも聞くかと思考を中断した。

 

「休め!」

 

 国旗掲揚が終わると、休め、課業開始のラッパ吹奏に止まっていた駐屯地が再び動き出す。

 シュウジたちは需品庫で鉄帽と防弾チョッキを着けると、射撃マットを出して屋上にセットする。

 武器庫にある銃も戦車部隊らしい折曲銃床と通常の銃床の89式小銃が半々くらいだ。

 銃床に14偵、15I‐HS、36I-2Coという前の所管部隊の通し番号がうっすら残っているその上にテプラで現在の部隊『15普-TK』と貼っている。

これは部隊新編にあたって各方面から武器をかき集めた結果であり、銃の新造がない以上あるもので回すしかないのだ。

 戦車内の小銃ラックの関係で偵察隊のお古の折曲銃床は砲手の陸曹専用で、装填手や操縦手の陸士は通常の89式小銃を使っている。

 なかでも本州から脱出する際に遺棄せず持ち出した小銃14丁はそのまま脱出組の銃になってしまった。

 シュウジの相棒はバーテックスとの実戦を経験し、射手ともども生き残った銃という事もあって部隊の中でも特別な一丁として扱われている。

 あの夜、実際は命中弾もなくただ闇雲に弾をばらまいただけなのだが、伝聞に次ぐ伝聞の()()()()には背ヒレ尾ヒレがつくものであり、いつの間にかバーテックスに有効打を与え住民を逃がすための時間稼ぎに成功したことになっていた。

 そのため「ああ89式大明神様、我らに奴らと戦うための力を与えたまへ」とふざけ半分で手を合わせるものまで出てくる始末である。

 シュウジは複雑なものを感じながらも、相棒たる小銃を磨いていた。

 狙う(てき)F的(エフてき)ではない。バーテックスの幻影だ。

 

「目標正面の的、300、伏撃(ねう)ち、制限時間25秒5発」

 

 脚を肩幅に開き、胸を張り床尾板(しょうびばん)をしっかりと肩に当てて脇を締めて左肘を引き付け、視線は照星と照門を通して正しい見出しを行う。

 

「バン!」

「いっぱーつ!」

 

 短い距離で狙うため縮尺されたF的に対して、口鉄砲とカラ撃ちで伏撃ちの射撃動作を行う。

 

「バン!」

「にはーつ!」

 

 バチンとバネ圧のかかった撃針が解放される音が響くと、発射ガスに代わって射撃を行う隊員の隣にいる「コーチ」と呼ばれる補助者が勢いよくスライドを引いてくれるので次のカラ撃ちができる。

 25秒で5発撃たなければならないので、一発あたりにかけられるのは5秒くらいしかない。

 射撃の反動で姿勢が崩れたり注意が散ったりして狙い直しになると撃ち切れなくなり点数が無くなるので、同じ姿勢で構えたままテンポよく撃てるのが一番である。

 

「バン!」

「五発、撃ち終わり!」

「射手、安全装置!……銃を肩から外せ!」

 

 同心円の中央に人の胸より上を模したシルエットの描かれたF的がまるで迫りくるバーテックスに見えるなどと言おうものなら、精神疾患の初期症状として医務室でカウンセリングを受けることになる。

 決して口にしないが、あの日の傷跡は時折痛むのだ。

 

 

 

 

 射撃予習を終えて射撃場へ持っていく小銃の武器整備をした日の晩、夜の点呼が終わると、シュウジは疲れていたこともあって消灯ラッパよりも先に布団に入って眠ってしまった。

 

「第21戦闘団は丸亀市に展開し、接近する敵集団を撃滅する」

 

 出陣式もほどほどに、隊容検査も済ませて善通寺駐屯地を出た15普連を基幹とする第21戦闘団は丸亀城城下に展開していた。

 15普連戦車隊は勇者の少女への火力支援が主たる任務であり、戦車砲や連装銃を用いて寄せ来るバーテックスを減殺するのである。

 戦車程度の機動力ではバーテックスの速度に追従できないから戦車を石垣の上に乗せて、迎撃専門の砲台として運用されるのだ。

 各戦車の車長と隊長、幕僚たちが丸亀市役所内の一室で調整を行っている頃、装甲服に身を包んで鉄帽を被ったシュウジは丸亀城の石垣の上にいた。

 石垣に当てないようにおそるおそるコンクリ舗装された見返り坂を上って三の丸に2両、本丸直下に2両、予備車両として1両がいる。

 弾薬を積載した戦車を据えて次の命令を待つ間、各車の乗員は城内を散策したり思い思いの時間を過ごしていた。

 シュウジは三の丸直下の隊長車装填手としてジュースの買い出しに出ていたし、安示や大野はというと朝が早かったので本丸の近くでうつらうつらとしている。

 バックパックにジュースとパン・お菓子を詰めて戦車に戻っていたところで球子に出くわしたのである。

 

「シュウジじゃないか、お前、本当に自衛隊だったのかよ」

「本当にってどういうことだよ」

「オタクの兄ちゃん」

「ミリオタはイヨちゃんのほうだぞ、つかタマッチは何でここに?」

「あんずのために買い物に行ってたんだ。友奈も若葉も大人気だからなー、タマは疲れたぞ」

「めっちゃ話しかけられてんな」

「友奈って話しかけやすいからなあ」

 

 石垣の下では友奈が色んな隊員と記念写真を撮っていた。

 いっぽう若葉はというと、勇者たちの代表ということでひなたや大社職員たちと共に丸亀市役所内での打ち合わせに参加していた。

 人が苦手な千景、大人たちに囲まれては気が休まらない杏は本丸のプレハブ校舎内で作戦開始時間まで待機しているのである。

 カーテンを引いた勇者控室の教室には自衛官も市の職員も入らない。

 球子と戦車の話や杏や他の勇者たちが何をしているのかそういった話をしているときはいつもの快活な感じであった。

 ところが、いざ戦闘の話になったとき急にトーンダウンした。

 

「なあ、シュウジ」

「何だよ」

「タマたちの手伝いに来てくれたのはわかるんだけどさ、敵が来たら逃げてほしいんだ」

「逃げるったって……」

 

 (くるわ)の上の戦車に逃げ場などない。

 

「バーテックスと戦うのはタマたち勇者の仕事なんだよ」

「俺達だって自衛官だ。命をかけて国民を守るのが任務なんだ」

「でも、タマはあんずを、みんなを守ってやるんだ」

「わかった。頼むぜ勇者様、これ持ってけよ」

 

 シュウジはバックパックの中からチョコレート数個とジュースの入ったペットボトルを取り出して渡した。

 お給金を宵越しの金は持たねえとばかりに使ってしまう球子の懐事情はよく知っているし、城外への買い出し係を引き受けたのも「杏が人に囲まれるのに慣れていないから」という理由だろう。

 「ガサツだ」、「落ち着きがない」とか言われることもあるが他人のために勇んで何かをしてやれる優しい女の子なのだ。

 球子は「サンキュー、シュウジ!」と言って本丸へと戻っていった。

 トトトと駆けていくその背中を見て、シュウジはふと思った。

 

 __これが餞別の品かもな。

 

 多くの人類を喰らった敵は強い、勇者以外は全滅するかもしれない。

 だけど自分たちは自衛官なのだ、我らここに励みて国やすらかなり。

 

 接近経路と想定される丸亀、宇多津、坂出、高松の住民の避難が完了したのはその8時間後だった。

 

 

 どこか現実味のないまま、戦闘へと突入する。

 澄み切った朝の空気の中、各部隊は最後の確認を済ませて配置についていた。

 

「ツツジ、感明送れ」

「ヒトニ」

「ヒトサン」

「ヒトヨン」

 

 1車である隊長車、藤岡二尉が2車から4車まで各車の状況を尋ねる。

 感度と明瞭度はよく、車載無線機から流れてくる音声にノイズも少ない。

 ツツジは今作戦で戦車隊に与えられた呼び出し符丁で、サクラやオキザリスといった部隊もいる。

 

 

「近接する目標に各車で射撃せよ、射撃開始は指命」

 

 シュウジは狭い車内にこれでもかと詰め込まれた砲弾を見て装填の順番を考える。

 狭い石垣上では陣地転換ができないため、操縦手は装填手の補助や小銃手として戦闘を行うのだ。

 

「来たぞ!」

 

 海上警備隊の護衛隊が突破されたとの報せに、連隊指揮所から全部隊に迎撃の命令が下った。

 

「バーテックス、規模は120匹以上」

 

 北徳島分屯地より飛来したUH-1Jヘリコプターが空撮映像を伝送し、電偵小隊の地上レーダー装置が敵を捉える。

 これが丸亀城防衛戦の始まりであった。

 瀬戸大橋を通り抜けたバーテックスの一団に対し最初に降り注いだのは、丸亀城グラウンドに展開していた四国混成団特科隊(松山)の155㎜りゅう弾砲である。

 

「なんだ!……自衛隊の砲撃か」

「ひっ……これが、大砲」

「凄い音だよね!大丈夫?ぐんちゃん」

 

 諏訪との通信に使っていた無線機も今や自衛隊との通信が流れている。

 若葉は一呼吸置くと、赤い炎を上げる砲口を一瞥する。

 机をひっくり返され投げつけられるような音と衝撃に引きつる千景を気遣う友奈。

 

「城が軋んでる!」

「大砲ってこんなに音がデカいのか、タマげたぞ」

 

 裏庭ともいえるグラウンドのFH-70りゅう弾砲8門の射撃に空気は震え、射撃の度に勇者たちはビクッとなる。 

 

「最終弾弾着、5分前!」

 

 効力射が宇多津町に差し掛かったバーテックス第一陣を粉砕するが、後続が躊躇せずに飛び込んできた。

 

「撃てっ!」

 

 神樹への侵攻ルート上にいる叛徒を喰らわんとバーテックスは丸亀城包囲殲滅を考えて二手に分かれた。

 宇多津方面と飯野山方面から地表近くを低く飛び、建造物を盾に特科射撃から身を隠そうとする。

 しかし航空偵察と部隊の耳目たる偵察隊がそれを許さない。

 敵が土器川を超えて迎撃ラインに突入した時、部隊は現有火力を発揮した。

 74式戦車もルビーレーザーで距離を測り、射撃統制装置に修正をさせていたのであとは撃つだけだ。

 

「目標、2時1500、砲手徹甲、撃てっ!」

 

 三の丸の105㎜戦車砲が轟いた。

 戦車隊が設定したKP(キル・ポイント)に入ったのだ。

 南西、高松自動車道方向から接近する一団のうちの一匹に命中し、白い肉片をまき散らして地面に崩れ落ちる。

 70数匹いるバーテックスは戦車砲と周辺陣地の砲迫射撃をかいくぐり、いよいよ城内がよく見える辺りまでやってきた。

 砲煙弾雨の中、勇者の少女が飛び出していく。

 シュウジは宇多津方面、丸亀城北側から接近してくる一団との交戦に入った。

 

「2時、920、対榴!」

 

 車長の指示にシュウジは砲塔後部の弾薬架から金色の対戦車榴弾を引き抜き、グーパンチで装填する。

 装填完了ボタンを押すと同時に撃発ボタンが押され、発射と共に砲尾が勢い良く下がる。

 

「命中、同一諸元、続いて撃てっ!」

 

 ハンドルを差して勢い良く下げると閉鎖機が開いて、熱くてくすんだ金の薬莢が抽筒子(ちゅうとうし)によって飛び出すのを手袋の先をひっかけるようにしてはじき出し、次弾を装填する。

 砲手のJ2照準潜望鏡には拡大されたバーテックスの像が映り、表面で爆発が見えた。

 そんな戦車射撃の間隙を縫うように近接戦闘の若葉と友奈がピョンピョンと跳ぶ。

 

「乃木若葉、吶喊するぞ!」

「ここから先は行かせないよ!」

 

 勇者の力で人を遥かに超えた跳躍力で建物の屋上を踏み台にしては敵を殴りつけ、生大刀で切り裂く。

 中距離での撃ち漏らしを近接戦特化の勇者二人が掃討しているころ、武道場が立っている月見櫓跡近辺では特科隊の直掩に杏と千景が就いていた。

 戦車砲と同軸の車載機関銃の射撃をかいくぐり内堀に近づいたところ、クロスボウの矢が青白い光を曳いて敵を貫き、搦手林の中から赤黒い影が飛び出してすれ違いざまに軽く引くように切り裂いた。

 黒髪を靡かせ大葉刈と呼ばれる大鎌を振るのではなく、刃に当てるように……。

 勇者の死角より接近した相手に対しては天守の大砲狭間(たいほうさま)に据え付けられた小銃中隊の12.7㎜重機関銃やミニミ軽機関銃が火を噴いた。

 なかでも三脚架に取り付けられたM2機関銃は寄せ来るバーテックスに対し激しい弾幕を形成して城内の特科や後方支援隊へ向かう敵を牽制している。

 大手一ノ門や県道33号線方面の丸亀城北側では隊長車と2車が奮戦していた。

 

「徹甲!」

 

 即応弾の入っていた立て掛け弾薬架も後部弾薬架ももう弾切れで、操縦手の玉嶋が車体前部の弾庫から砲弾を取り出してシュウジに渡す。

 

「たま!」

「よしっ!……装填よし!」

 

 慣れない体勢で装填を終えたシュウジが叫びながら装填完了ボタンを押すと、直ちに砲が発射された。

 目標指示もなく、車長が砲手オーバーライド機能を使って車長席から照準して撃っているのだ。

 砲手の山野波(やまのは)二曹はせわしなく動いて景色が流れる照準潜望鏡に目が疲れているので少し休憩だ。

 戦車がどっちを向いているのかもわからないくらいに砲塔が回って、撃ちガラ薬莢が砲塔バスケットの床でゴロンゴロンと転がり旋回するたびにシュウジが蹴り飛ばす。

 突出する若葉に殺到するバーテックスを石垣上の狙撃手が狙い撃つのだが、やはり小銃弾ということもあって効きが弱い。

 かといって破片危害や誤射のおそれがある戦車砲や重機関銃で撃つわけにもいかないので、勇者の少女の周囲25m圏内の敵に対してはM24対人狙撃銃や狙撃眼鏡付きの64式小銃がメインとなる。

 友奈は爆音のさなか、遠くから聞こえるヒューンという音と、パシッ、パシッという近くから聞こえる音を聞き分けてビルを盾にしてバーテックスを一体、また一体と拳で貫いていく。

 人類側の火器が効く時点で数を頼みに歯で噛み砕くしか能がない雑魚であるのだ。

 砲弾が残り少なくなり車長用の重機関銃で弾幕を張って最終防衛ラインを死守する、丸亀城の落城は神樹様の顕現するまんのう町までのルートを明け渡すことに他ならないのだ。

 勇者たちと隊員が一人でも生き残って抵抗している間は神樹様の攻略に行こうにも後背に刃を突きつけられているのと同義なのである。

 だが、自衛隊と勇者の敢闘をあざ笑うかのように、特科射撃降り注ぐ中やってきた後続のバーテックスの一部が寄り集まって「進化体」と呼ばれる巨大な飛び道具を持った個体へ変化した。

 ヘリコプターからの弾着観測の最中に現れた全高十数メートルほどの巨大目標は射出できるミサイルのようなものを持っていて、抵抗する拠点ごと吹き飛ばすいわばバーテックス側の砲兵だろう。

 丸亀城グラウンドの端に設けられた指揮所に詰めていた幕僚と大社職員が「これはやばい」と思った時にはすでに事は起こっていた。

 すさまじい轟音と共に第一射が丸亀城東側の石垣に弾着したのだ。

 運動エネルギーから月見櫓跡付近が崩れ、武道館が倒壊した際に近くの戦車が破片を浴びるという被害が出ていた。

 直撃でなかったことが唯一の救いであったかもしれない。

 衝撃は北側にいたシュウジ達にも伝わっており、そのまま城が崩れ落ちるんじゃないかという錯覚すら抱かせた。

 

「ヒトヒトより、ヒトサン、ヒトヨン状況報告、送れ」

「ヒトヨン、敵の砲撃です。負傷者なし。送れ」

「ヒトサン、負傷者なし、戦闘続行可能!送れ」

 

 ヘッドセットから聞こえる戦況にシュウジはいよいよ厳しいものを感じていた。

 今までが順調すぎたのだ、バーテックスに濃密な射撃が()()()()()のが。

 

「秋山、上がってこい!キャリバーの弾!」

 

 違和感を感じたがそれを咀嚼する暇もなく無線機のカールコードを外して砲塔から出て、車外の後部バスケットに積んでいた12.7㎜弾の弾薬箱(ガンガラ)を砲塔上に持ち上げる。

 

「撃ち終わり!弾っ!」

「はい!」

 

 シュウジは前のガンガラを銃架から投げ捨てると、新しいものを置いてベルトリンクを引き出して重機関銃に装填する。

 

「装填完了!」

「よし!」

 

 すぐさま槓稈(こうかん)を引くと初弾が薬室に送られたので、藤岡二尉は射撃を再開する。

 過熱した銃身からはもうもうと白煙が上がり、手入れ油の焼けるにおいが立ち込めている。

 だが戦闘のさなかにキャリバー50の直下に固定されている予備銃身と換えている暇もない。

 いっぽう、戦闘室内では砲手が復帰して連装銃も火を噴く、操縦席から這ってきた玉嶋がシュウジに代わって装填手をしていた。

 

「秋山、銃!」

「よっしゃ!」

 

 装填手ハッチから突き出された小銃を受け取り、防弾チョッキに取り付けている弾納から30発入りの弾倉を装填する。

 重機関銃と連装銃の射弾が届かないところに射撃し、直上などの死角をカバーするのだ。

 視線の遥か先では輝くような金の髪の彼女が抜刀し戦っている。

 その隣では桜色の装束に身を包み、その籠手から放たれる正拳突きはバーテックスを吹き飛ばしている。

 シュウジが援護しようと小銃を構えて撃とうかとしたその時、叫び声が聞こえた。

 

「砲弾落下ぁ!」

 

 射撃をしていた藤岡二尉だが、とっさに横にいたシュウジを装填手ハッチに突き飛ばした。

 轟音の中、ハッチの縁で背中を打ち付けて痛いとか思うよりも先に戦車は崩れた石垣を転げ落ちていった。

 撃ちガラ薬莢と車内の機器でミキサーされ、目から火花が出そうな思いをした。

 防弾チョッキを着て戦車帽を被っていたため何とか生きていたシュウジは横倒しになった戦車から這い出した。

 戦車安全五訓の一節にある、「危ないと思ったら戦闘室にもぐれ」という言葉通りの結果である。

 

 __他のみんなはどうなったんだろうか。

 

 一緒に乗っていたはずの玉嶋も山野波二曹も、藤岡二尉もいない。

 車長は戦車の下敷きとなったのかと思ったが、土ぼこりの中に血肉ひとつ見当たらない。

 本丸上の部隊と合流しなきゃと、転がっていた小銃を引っ掴んでよろよろと石垣を上ったがひどく壊れた天守からの射撃はない。

 

「乃木さん、タマッチ、杏ちゃん……」

 

 所々崩れた石垣を行くと安示の乗る車両が無残な姿で見つかった。

 砲塔が吹き飛び、武道館や月見櫓があった場所は大きく崩れて原形を留めていない。

 遠くに見えるとても巨大な敵が弾道ミサイルのようにも見える杭を発射していた。

 進化体の砲撃によって自衛隊は壊滅した、最後の突撃による白兵戦闘で勝敗を決せんと勇者はゆく。

 5人の小さくなっていく背中を見てシュウジは叫んだ。

 

「待ってくれ!おれを置いていかないでくれ!まだ戦えるんだっ!」

 

 シュウジが最後に見たのはバーテックス進化体が勇者と丸亀城を耕す勢いで数十本の杭を一斉射してくる光景だった。

 

 弾着の衝撃で目が覚めると居室のベッドの上にいた。

 冷や汗でシーツが濡れそぼり、固く握りこんだ指先が真っ白になっている。

 

「……夢か」

 

 嫌に現実感のある夢だった。

 起きてみれば、バーテックスに通常の兵器が効くわけがないとわかるのだが、あの時は勇者たちと共に肩を並べて戦っていたのだ。

 ただただ、勝利のために一所懸命に戦っていた。

 シュウジは彼女たちと共に不可知の戦場で戦えないことが、悲しかった。

 




幻の丸亀城防衛戦、樹海化と人類側兵器無効がないために起こりえた状況である。

やけにリアルな夢オチかーい!
……天恐を発症してなくとも心の傷はあるよねっていう話でした。

ご感想、ご意見お待ちしております。楽しく読ませていただいています。

以下小ネタ

右手に腕時計:61式戦車時代から戦車に乗っている叩き上げ幹部、61式は変速機のレバーが時折跳ね返って左腕の時計が壊れるため。戦車乗りでタ○・ホイヤーを着けている人は少ないだろう。
禁煙の重要さ:某陸曹の大隊朝礼講話の際のネタ。健康やら奥様と子供からのウケが良くないとか言ってたが、結論は喫煙はリラックス効果や蛇除けになるので僕はやめませんと言うオチ。
バーテックス進化体:児島・旭川で登場した奴の後継機、射撃スパンが短くなり威力もかなり向上している。特科射撃で星屑に大きな打撃があったことから急遽投入。


参考資料
菊池征男『陸上自衛隊機甲科全史 戦後日本の戦車部隊65年の道程』
かのよしのり『自衛隊89式小銃 日本が誇る傑作小銃のすべて』
朝雲新聞社『自衛隊装備年鑑2010‐2011』
丸亀市文化財保存活用課『丸亀城の見所』パンフレット
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