勇者史外典:男たちは自衛官である   作:栄光

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リアル多忙のため遅れました。


越年歩哨

 12月に入っていよいよ2018年も終わりを迎えようとしていた。

 今年の流行語大賞トップテンに9月中旬に発表されたばかりの“勇者”がノミネートされ、流行りものを取り入れていく自衛隊も勇者の集合写真をバックに「勇者に続け、精強な部隊へ」というスローガンの入ったポスターやら、香川地本(ちほん)の「守り抜こう、四国の大地」自衛官募集ポスターが中隊廊下に掲示されている。

 進め一億火の玉だ、ぜいたくは敵だという士気高揚の戦時ムードとは程遠く、ご当地アイドルやアニメとのコラボのような気楽さである。

 それもそのはずで自衛官であっても“最前線の島”以外では敵と交戦するどころか遭遇することもなく、ただ漫然と恒常業務をしているのだから。

 多くの自衛官にとって目下、重要なことと言えば冬期休暇前の大掃除と特別勤務の編成であった。

 年末ともなると休暇前に連隊長や大隊長がわざわざ営内点検にお越しになるのである。

 

 シュウジ達もその例に漏れず、勤務隊舎はもちろんのこと生活隊舎にも15連隊長がやってくるのであるから整頓と統制を念入りにやる。

 ロッカーに吊るしている戦闘服、制服も左から順に並べてロッカー上の背のうをきちんと箱状にする。

 「戦闘背のう2型」という名称のデカいボストンバッグのような背のうの中にダンボールを入れて見てくれがいいように整形してロッカー上に並べるのである。

 小銃中隊や偵察隊はというと登山にも使えそうなバックパック型の新型に更新され、急きょ増設された戦車部隊ということもあって偵察隊で員数外となった“お古”を貰ったのだ。

 整頓の着眼は“水平・直角・一直線”とあるからベッドも背のうも角がとれるものは角をしっかりとって、上から下まで一直線になるように仕上げていった。

 そう、最後の営内点検が終われば部隊年末行事をやって、ようやく冬期休暇へと突入するのだ。

 家庭を持っているものは家族旅行の行先を決めていたし、天災で帰る場所を失ったものや帰省しない営内暮らしの独身隊員は外出中の居場所を探すつもりだ。

 とはいっても自衛隊法上、駐屯地には総人員の3分の2以上が常にいないとダメなので、全員が休み期間中にぶっ通しで外出……というわけにいかない。

 有事の際の即応人員ということで営内に残る当直と残留、そして駐屯地の警備や防火を行う警衛隊、消防隊*1という各部隊持ち回りの特別勤務があるのだ。

 「外出、当直、残留、警衛は営内陸士どうしで話し合って決めてね」という先任、鷲尾(わしお)曹長のフリで、各人の思惑と営内での力関係にどう折り合いをつけて勤務を割り当てるかに取りまとめ担当者が苦心することになる。

 休暇が3日以上続く年末期間は各勤務が1日勤務の日替わりになり、割り当て希望日のカレンダーを前にあれやこれやと希望を言う。

 

「俺、31と元日は絶対家に帰るから、勤務入れたらぶっ飛ばすからな」

「マジか、31は玉嶋士長が警衛代わってくれっておっしゃってて」

「タマさんか……24の当直くれるなら代わってやってもいいぜ」

 

 帰省の都合で連続して外出日が必要な者や、クリスマスイブにどうしても外出したい者、そしてクリスマスイブに当直に就いて帰隊した者の差し入れに期待する者と様々だ。

 うんうんと悩む取りまとめ担当の永田一士にシュウジは予定を変えることを決めた。

 どうせ帰省する先もないのだし、1個上の先輩に予定変えてくださいと頼むのもやりづらかろうという心遣いだ。

 

「わかった、31は俺が貰うから、駿河は24日当直入れよ」

「玉嶋士長、イブにデートってマジなんですか?」

「うん、だから。初めてのクリスマスデートくらい行かせてやろうぜ」

 

 長らく彼女が欲しいと言っていた玉嶋は11月の後半に初めて念願の彼女が出来て()()()()()()になっており、同期のシュウジや安示、大野に「彼女はええぞォ」なんて言いまくっていたのだ。

 シュウジは「その話4回目なんだけど」とカウントし大野はというと「ええ加減にせえや」と言い、安示は「よかったね」と言った。

 そんな舞い上がった奴でも、デートがうまく行ってほしいと願う。

 

「24日の当直が駿河、警衛1・2・3は伊予島と築山、僕で決まりですね」

「じゃあ、31日が俺、27日の警衛は代わりに玉嶋にしとこう」

 

 こういう感じで日替わりの編成表は作り上げられていき、いよいよ年末休暇がやってきた。

 12月21日、各中隊で餅つきや正月の飾りつけなどを準備し、体育館に集まって駐屯地司令のお言葉を聞く駐屯地年末行事が終わった。

 野外炊具でもち米を焚き上げて、それを部隊の皆でついて鏡餅と持ち帰り用に分ける。

 中隊事務室と連隊事務室に鏡餅が飾られ、外出する人が出て行った隊舎は急にガランとした感じになった。

 人が少なくなった駐屯地で残留する者はというと、開放感のようなものを感じながら各々のことを楽しむ。

 点呼も居室で行う“就寝点呼”であるし、常日頃のように掃除だ雑用だとこき使われることも少なくなるのだ。

 しかも休みムードということで、クリスマスに外出した者の差し入れでささやかなクリスマスパーティーをやったりもする。

 

「戦車隊残留者集合!デート相手もおらんお前らのためにケーキ買って来たぞ!」

「あざっす!」

「おーっ、タマもケーキ買ってきたんか、俺も今日は勝ったからサービスや!」

 

 シュウジ達戦車隊では白田(しらた)三曹や玉嶋が買ってきたケーキを娯楽室に置いてパーティーをやった。

 

「白田班長、なんぼ勝ったんですか?」

「パチンコで1万やな」

「ありがとうございます」

「秋山、そう思うんやったら来年こそ彼女作ってくれ」

「相手が見つかりませんよ」

「お前もイヨもシャイやからなあ、今度ええ所教えたろうか?」

 

 善通寺駅からちょっと行ったところの洋菓子屋で6号のホールケーキを予約していたのだろう。

 ケーキの箱と大きさからみても、パチンコ云々は白田班長なりの照れ隠しなんだろうなとシュウジは思った。

 

「メリークリスマース!」

「切り分けは僕がやります!」

「松山、8等分やぞ」

 

 新隊員の松山一士が調理室から包丁とまな板を持ってきて切り分け始める。

 白い生クリームでデコレーションされたオーソドックスなケーキとフルーツが散りばめられたタルト生地のケーキが行き渡ると、乾杯の声が響く。

 隊舎でアルコールはご法度であるから、お茶やら炭酸飲料で楽しむのだ。

 こんなささやかなお祝いは他の中隊、おそらく四国中の残留隊員たちがやっているに違いない。

 お土産がホールケーキ2つとタルトケーキで被ったとしても、営内に残った陸士陸曹は若い男たちである、カロリーも何も気にせずあっという間に食べてしまった。

 パーティーのさなか、球子に電話を入れると勇者たちも外出ができずに城内で過ごしているという。

 大社から発表があった元旦の演武披露のための練習だそうで、大社の大人たちからの差し入れのケーキを食べてご満悦の勇者の面々の写真が送られてきた。

 シュウジは「勇者たちが楽しそうで何よりだ、こっちも負けてられないな」と返した。

 電話の向こうからは女の子たちのはしゃぐ声が聞こえてきて、最後は「メリークリスマス!」で締めた。

 後片付けと最低限の居室清掃が終われば消灯まで若い陸士たちはゲームやなんやらでワイワイと遊ぶ。

 

 今年の戦車隊は映画上映会である。

 借りたDVDプレイヤーとテレビを繋いで、大画面で戦車の映画を見る。

 西部戦線のある戦場で一両のM4シャーマン中戦車が戦うストーリーで、リアルな戦車と息をのむ戦車戦が見所の映画だ。

 警衛で不在である安示の私物であり、アニメ映画『パトレイバー劇場版2』か『FURY』かの二択でシュウジはFURYを選んだのである。

 ここにいる全員が装填手や操縦手ということもあって感情移入して楽しめそうだと思ったからだ。

 映画の序盤と中盤のナチに関するシーンはぼんやりと見ていたが、ティーガー1相手にM4戦車で挑み、僚車が88㎜砲で爆散する中、敵に食らいつき背面のエンジン部を撃ち抜くシーンでは大興奮である。

 

「ガルパンの最終話みたいだよなこれ」

「天災がなかったら、映画もあったんだよな」

「リアル戦車道やなぁ」

 

 映画が進み、行進する武装親衛隊の『親衛隊は敵地を進む』が聞こえてくると、いよいよ終盤だ。

 擱座してしまった戦車に親衛隊の兵士が迫り、日が暮れて残弾も減るなかで最後の戦闘……すなわち個人携行の軽火器による下車戦闘だ。

 車体に据えられた車載機関銃はもちろんのこと、キューポラ上のM2重機関銃に戦車内のM3短機関銃(グリースガン)まで使って戦う。

 

「すげえ、一発喰らってもまだ戦えるんかこの人」

「あっ、救急法検定でやったやつだ!」

「どっかのゼミじゃないんだから」

「さすがハリウッド、短機関銃になった瞬間めっちゃキルとるやん」

「俺らもハチキュー(89R)に持ち替えた瞬間無双できるかな?」

「この中に何人射撃き章持ってるやついるんだ」

「秋山は準特級ギリ取れてないから、いけるんじゃね」

 

 車載機銃より拳銃や短機関銃になった瞬間、命中率が急に上がる戦争映画あるあるである。

 ワイワイガヤガヤとツッコミを入れながら見る後輩をよそにシュウジは少し前に見た夢を思い出す。

 動かなくなった戦車に迫りくるバーテックスに対し、小銃で戦いを挑んで喰われる夢だ。

 

「無双か、自衛隊は勇者じゃないんだ……」

「秋山士長、どうしたんですか?」

「いや、映画みたいにうまくは行かないなって」

 

 わらわらと迫りくるドイツ兵に、5人の戦車兵は次々と倒れていく。

 それがバーテックスと勇者たちのことを暗示しているようでシュウジは燃える戦車に不吉なものを感じたのだった。

 クリスマス映画上映会が終わると、あっという間に大みそかがやってくる。

 

 

 12月31日大みそか、戦車隊が警衛を行うこととなりシュウジは歩哨として警衛勤務に上番(じょうばん)している。

 パリッと糊の効いた迷彩作業服に、顔が映るほど磨き上げた半長靴(はんちょうか)を履いて正門に立っていた。

 

 “警衛勤務は(中略)その服務の状況が部隊の訓練成果を表すものであることを自覚して、厳正に勤務しなくてはならない”

 

 警衛勤務者の心得にあるように正門に立っている()()()()()であるから、警衛勤務前日の夕方から迷彩作業服にしわひとつ残さぬようにプレスを当てたり靴を磨いておかないといけないのである。

 では具体的に何をするのかというと、営門を出入する者の身分証明証や外出証を確かめたり1時間おきに外柵沿いを巡回する。弾薬庫があれば歩哨は小銃を手にして警備にあたる。

 

 演習場と隣接した山中の駐屯地と違って、善通寺駐屯地は街中の駐屯地であるがゆえに侵入する者が接近しやすく、近隣と敷地を区切るための柵の間隙などから侵入することもあり得るのだ。

 野生の動物が外柵沿いの警備線を切って警報を鳴らすのと違い、町中の駐屯地の警報は警備事案ものが多い。

 酔っ払いが外柵を乗り越え侵入しようとしたり、反戦活動家がビラを撒きにきたり、ドローンとおぼしき飛行物体が柵を超えて飛んできたりする。

 過去には過激派が朝霞駐屯地に侵入して歩哨を()()し、小銃を奪おうとした“赤衛軍事件”も発生しているから緊張もひとしおである。

 そのため数名の歩哨は1時間ごとに警備区域を交代して翌朝の下番まで駐屯地の規律と安全を守るのである。

 

「あー、寒っ」

 

 雪こそ降っていないが、山のふもとにあるだけにとても冷え込んでいる。

 しっかり防寒外被を着込んで、ないよりはましだと迷彩の革手袋をつけていても夜風が身に染みる。

 時刻は23時を過ぎたところで、世間様が歌番組やら年末の特集番組を見ているころにシュウジはひとり、レンガ造りの倉庫の並ぶ2キャンプの巡回だ。

 近所の善通寺の除夜の鐘が聞こえてくるなか、とぼとぼと外柵を見て回る。

 初詣客が善通寺のほうに向かって歩いていくのが見え、どこから来たのか分からないがカップルの女性が「大晦日なのに自衛隊さんも頑張ってるねー」なんて珍しいものを見たかのような声を上げてシュウジを指さす。

 男性の方は地元の住民なのか、日常風景のひとつとして気にも留めてないようで「それが仕事だからね」なんて言っていた。

 大晦日の警衛勤務は初めてだったから、不気味なほどシンと静まり返っているいつもの夜と違い人の気配を感じる賑やかな夜に特別なものを感じる。

 早く正門脇の警衛所に帰ってストーブにあたりたいなんて思いながら、いくつかの“ポスト”と呼ばれるポイントごとに設置されている黒電話で報告をする。

 設置されてから長年のあいだ更新されることもなく古めかしいダイヤル式で、受話器を取って内線呼び出し番号をジーコジーコと回す。

 スマートフォンやプッシュホンに慣れたシュウジ達若い隊員は初めての警衛勤務の際使い方が分からなくて困惑する。

 3年もいれば手馴れたもので、壁に貼られた番号を見ずとも警衛所の番号を回せるようになる。

 

「第2歩哨、こちら●●の地点、異常なし」

「了解、あと、警衛司令が今回は早めに回ってこいって」

「えっ?」

「一人で年越しってのも嫌だろ?わかったら、はよ行け」

 

 ガチャンと警衛所の内線電話が切られた音がして、シュウジはポストから出た。

 規則では午前零時ピッタリに警衛所に戻り、次の立哨に備えないといけないはずである。

 ちょっとペースを上げて速足で外柵沿いを行く。

 除夜の鐘の音がまるで歩調を取るように響いてきて、急げ、急げ年を越してしまうぞと言ってるようだ。

 敷地をほぼ一周してもう見慣れた戦闘訓練場*2の脇にたどり着き、道路向こうの警察学校がしんと静まり返っているのを見るころには時刻は2347である。

 年越しまであと10分というところでシュウジが正門の警衛所に帰ってきたとき、歩哨3名と営舎係、歩哨係、ラッパ手、警衛司令の鷲尾曹長と警衛隊員が勢ぞろいしていた。

 隣接する消防勤務の隊員たちもぞろぞろと現れる。

 善通寺の鐘の音に合わせて、壁掛けの時計がコツコツと時を刻む。

 あと2分、誰が言うともなく気づけば姿勢を正していた。

 

 『ニジュウサンジ、ゴジュウキュウフンゴジュウビョウ ヲ オシラセシマス』

 

 鷲尾曹長の携帯電話から電子音と時報が流れる。

 テレビではカウントダウン番組でもやっているのであろうが、警衛所にそんなものはない。

 

 『レイジチョウド ヲ オシラセシマス』

 

 厳かな雰囲気のなか、無機質なピッ、ピッ、ピッ、ポーンという電子音が2019年を告げた。

 

「あけましておめでとう!」

「おめでとうございます!」

 

 鷲尾曹長の力強いおめでとうに、全員が答える。

 そして、歩哨についている築山に正対した。

 

「築山、昇任おめでとう!」

「はい!」

「忘れずに新しい作業服に着替えろよ」

 

 一月一日付で築山一士ほか自候生出身二年目の一等陸士たちは陸士長へと昇進したのである。

 ホームベース型の台地に黒線が二本の階級章が着いた迷彩服から、線が三本に増えた階級章の着いた新しい迷彩服へと袖を通す。

 朝になって下番すれば部隊長の前での告達の後、晴れて陸士長となる。

 

「よし、ちゃんと着替えたな。各部隊から巡察が出てくるころだろうし厳正に勤務せよ。分かれ」

「分かれます!」

 

 年越しを警衛所で迎えたシュウジは、警衛所内のベッドでそのまま仮眠をとる。

 次の動哨は2時間後で、そこから一番眠くなって注意が散漫になる3時や4時台までぶっ通しだ。

 頑張って10時ごろに警衛勤務を下番(かばん)したらようやく自由の身である。

 私服に着替えて、交代した歩哨たちに身分証と外出証を見せて丸亀城へと行く。

 勇者の少女たちが一般公開の演武をやるのである。陸上自衛隊で言えば東富士演習場で行われる富士総合火力演習というところか。

 人気も高く、丸亀城グラウンドに入れる人数も限られているため抽選が行われていた。

 シュウジと安示は関係者ということで特別席に座ることが出来るのである。

 年末期間中の警衛と当直、残留ラッシュはこのためだったのだ。

 

 

 4時ごろにもなると初詣客も落ち着いてきたようでしんと静まり返った中を歩く。

 舗装のない所を歩いているから、砂利を踏む音がいやに大きく聞こえる。

 闇の中を歩いていると不安からか、軍隊怪談がふと頭をよぎることがある。

 旧軍の歴史ある建物が残る善通寺駐屯地でも怪談話はあり、誰もいないはずの電話が鳴るとか外柵沿いに変な影を見るとかそういうものである。

 古兵が新兵を怖がらせようと語り継ぎ、自衛隊になっても連綿と続いてきたひとつの“軍隊神話”は生きていた。

 大概は面白半分で誰かが作ったヨタ話であるが、怖がりの隊員にとってはたまったものではない。

 しかし、シュウジたちは軍隊神話で言い伝えられる怪談より怖い“幻影”を見ていたから恐怖はない。

 うめき声が聞こえようが、影が見えようが驚くだけで無害である。

 そう、日が昇らない闇の世界から、ぬっと歯を鳴らしながら現れる白く大きな影こそ最強の敵だ。

 何回か腰の弾帯に手をやって歩哨が携行する伸縮式の特殊警棒を抜こうとして我に返った。

 そこにバーテックスはいない。逃避行以来ずっとつきまとう敵の影なのだ。

 しかし、間違っても報告してはならない。カウンセリングで()()()()()となるならまだいいほうで、下手をすれば天恐病棟へ収容されてしまうかもしれない。

 シュウジにそんな決意をさせたのが、ある晩に起こった警察官の拳銃自殺だ。

 本土でバーテックスに襲われて逃げてきた警察官が、夜間のパトロール中に錯乱して拳銃を4発発射したのちに頭を撃って自殺するというセンセーショナルな事件があって以降、社会は天空恐怖症や元避難民にマイナスイメージを持っているのだ。

 ちょうどシュウジたちの同期の部外通院が厳しくなってきた時期でもあり、一説によるとその警察官も嫌がらせを受けていたのではないかとされるが、大多数の認識はフラッシュバックによる錯乱だ。

 

「おばけなんてないさ……」

 

 暗闇で探検ごっこをしていた子供の時に口ずさんでいた一節を口ずさむ。

 あの頃は現実味のないお化けに怯えていた。

 中学校くらいで非現実的だ、オカルトなんて信じないと恐怖を克服したつもりだった。

 

「おばけなんて嘘さ」

 

 結局、子供の強がりのようなソレは自衛隊入隊と安示との出会いで吹っ飛んでしまった。

 人智の及ばない存在は至る所にいる。

 火器をものともしない「バーテックス」にそれに抗うことのできる「勇者」なんて非現実的の極みのような存在が人類の未来を左右するのだから。

 シュウジは思い出せなくなった歌詞を思い出すのをあきらめて、体育館とすぐ脇の古い講堂、教育大隊が使っているプレハブ教場を見回る。

 上官のシゴキに耐えかねて自殺した兵隊の幽霊に肩を叩かれるのだというヨタ話があったが、鬼火が見えるとか異音がするとかいう異状もない。

 

「異常なし」

 

 4時からの巡回もあと少しで終わりである。この先に消防車が見えて警衛所だ。

 5時からの正門歩哨では監視カメラに透けているお遍路さんが映っていたなんていうものもあるが、さすがに通りに初詣客のいるこの賑わいでそんな幽霊も出ないだろう。

 居たとしても元旦の朝くらい休ませてやれよ……なんて思いながら警衛所に戻った。

 歩哨係の佐倉班長が怪訝そうな顔で内線電話を指さす。

 

「お前、ついさっき電話してきたか?」

「なんですか?」

「いや、ポストから、かすれた声で『異常……異常なし……』って」

「その時間、体育館裏ですよ」

「だよな。マジかよ、年明け一発目に怪談話か」

 

 午前6時、日も登らない暗いなかで起床ラッパが吹奏された。

 休みであるから当直による就寝点呼が行われているころで、年明け早々廊下で整列点呼などしたくない。

 元旦ということもあって、正門前を多くの参拝客が通っていくからシュウジたちも目を光らせる。

 そして9時を回ったころ、ようやく交代の時間がやってきた。

 15連1中隊の隊員からなる上番警衛隊の面々がぞろぞろと現れ、警棒や腕章といった物品や警備上の情報の申し送りを済ませると下番警衛隊の隊員たちは特別勤務から解放されるのだ。

 善通寺を出て丸亀に着いたシュウジは帰省していた安示と合流して丸亀城へと向かう。

 

「あけましておめでとう、シュウジ」

「あけおめ、バスってあの……」

「あれに乗らないと城に入れない」

 

 勇者の演武公開を一目見ようと人々が押し掛けるため、城の周りには一般車が入れない規制線が張られ、招待客はマイクロバスに乗って城内に入るのである。

 シュウジたちは丸亀駅で大社の職員にチケットを見せ、渡された青いリボンを胸につけた二人はマイクロバスに乗った。

 

「なんか、面接*3を思い出すよな」

「そうだね」

 

 招待客を乗せたバスは10分程で日章旗と大社の神樹旗ひらめく丸亀城へと入っていった。

 

*1
駐屯地や演習場の防火に当たる消防隊で、各部隊から勤務者を出す。朝と夜の2回、水槽付きの消防車に乗って巡回を行う。それ以外の時は防火点検とか待機とかしている。

*2
2キャンプにかつてあった訓練施設。芝の生えたゴルフ場みたいなところだったが、110教大隊の松山移動と15即機連化によって現在では跡形もなく整地舗装されて機動戦闘車隊のパークになっている。

*3
自衛官採用試験二次試験、最寄駅から会場となる駐屯地にマイクロバスで送迎され、面接会場・身体検査の医務室、控室と会場内を巡る。




注意:善通寺駐屯地の警衛については現実と異なります。フィクションです。
町中の駐屯地は民家とかと隣接しているので気を遣うそうです。
山の中だとサルや鹿、時々クマが登場するくらいで夜中は真っ暗です。
年末警衛時、切れた警備線の場所まで雪道を急行中に足を踏み外しパーク脇の水路に転げ落ちた思い出が……鉄帽の先まで雪まみれで警衛所に戻ったときに感じた「何やってんだコイツ」感

次回、勇者たちと見る演武一般公開です。

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