ベイルアウト
2015年7月30日
19時18分ごろ中越地方を震源とする地震が複数発生し、航空自衛隊は状況確認のために戦闘機を発進させようかとしていた。
しかし、輪島市のレーダーサイトが捉えたのは突如現れた正体不明機の大群であった。
レーダーの故障かと思われたが「震源地付近に多数の白い飛行物体が突如として現れた」という情報が入り、石川県小松基地の第6航空団第306飛行隊の戦闘機がスクランブル発進した。
アラート待機に就いていたパイロットと整備士たちは、電話を受けると直ちに戦闘機へと駆けだす。
事前に点検を済ませている戦闘機のコクピットへと乗り込んでエンジンを始動させると整備員が武装のセーフティピンを引き抜いてパイロットに見せる。
地震に乗じた周辺国の情報収集ということもありうるということで、サイドワインダー空対空誘導弾の実弾を懸架している。
AIM-9Lサイドワインダーは“ヒート”と呼ばれる赤外線誘導方式の短射程ミサイルである。
「コマツタワー、ジーンズ12、タクシーアンドスクランブル」
日本海からの海風と敵の攻撃から鷲を守る濃緑の掩体、アラートハンガーから4機のF-15Jは
「ジーンズ、コマツタワー、スクランブル、イーストエンジェル30」
管制からの指示は離陸後、東に高度3万フィートで向かえと言うものである。
4機編隊長(フライト・リーダー)が復唱して管制塔からの離陸許可と同時に夕闇にアフターバーナーの赤い炎が輝き、ブレーキを開放すると滑り出すように一糸乱れぬ
「ジーンズ14、スコープアンドビジュアル、タイドオン」
離陸後、レーダーと目視で僚機を捉えて合流し、上空で2つのエレメントが合流すると大きく旋回して北アルプスの山々を目指す。
通常であれば音声による誘導ではなく、データリンクによってコクピット前面の
ところが、レーダーにはおびただしい数の正体不明の四角いシンボルが映り、
だがECCMモードも作動しておらず、敵からの妨害電波も検出されていない。
左手のスロットルレバーに付けられた二次レーダー質問波を送るボタンを押す、民間機であればトランスポンダにより応答波が帰ってくるはずである。
不明機からの応答波はない。
要撃管制官の指示に従い、目標地域へと差し掛かったとき風船のようなものが空いっぱいに浮いていた。
「なんだ、あれは」
佐々は思わずつぶやく。
レーダーの異常ではなかったのだ。
「不明物体発見、風船状で10、20できかないほど多数!」
編隊長の
中部航空警戒管制団の所在する入間基地も混乱しているようで、「引き続き監視せよ」とも「目標を撃墜せよ」とも返答がない。
「街が、燃えている……」
街並みが燃えていて、その明かりに映った“何か”は今まで見たこともないような物体で、
浮遊物体のそばをパスした時にシルエットがよく見えた。
気象観測用のラジオゾンデに大きさや雰囲気が近いが歯のようなよくわからない模様があり、ぐるっと一周する間に数が増えて急降下していく。
ぼんやりと空を漂っているのではなく、自由に飛び回っているようだ。
「バンジー、あれを撮れ!」
「ラジャー」
2番機の龍田2尉(TACネーム:バンジー)がデジタル一眼を構えて、急降下していく白い影と燃える街並みを撮影する。
この浮遊物体が下の惨状を生み出したという確証はないが、どこからか湧き出して地面に向かって落ちていく様子から敵である可能性が高い。
防空指令所に射撃判断を問おうとするも既に通信が途絶していた。
機上の彼らには知るよしもないことであるが、入間基地どころか東京、全世界規模でバーテックス襲撃のさなかであった。
通話をあきらめて大回りでぐるりと旋回していると、浮遊物体の一部がF-15Jに向かってきたのである。
高津3尉(TACネーム:タッチ)が操縦する4番機が不運にも敵の密集するエリアに突入してしまった。
虚空を割くようにぬるりと出現した白い敵が待っていましたとばかりに大口を開けて、噛みついてきた。
ぐしゃりとノーズコーン、操縦席を押し潰してイーグルと2匹の敵は大地へと墜ちていく。
「タッチがやられた!くそっ」
「各機、正当防衛射撃!立ちふさがるやつには撃て」
マスターアームスイッチをセーフからアーム位置にして、
街の状況の確認と正体不明飛行物体の確認は達成したので、いったん基地へと帰り態勢を整えてから再度攻撃をしようということである。
スクランブル発進した戦闘機には固定武装である20㎜機関砲と
編隊長に続いて3機のF-15Jは何度も大きく旋回をしながら、敵の少ない方向を探る。
だが、敵の数は時間経過とともに増えてゆき、速度は遅いもののイワシの群れのように固まって追いかけてくるのである。
無線で呼びかけても地上から応答はなく、ただ逃げていても燃料を喰うばかりである。
小松基地へ帰る方にはもう敵が雲の上まで上がって来ていた。
そして、前も後ろも敵に囲まれた編隊はアタックを仕掛ける。
敵が近く、自機に被害が及ぶ可能性の高い“ミニマムレンジ”ということでAAMは撃てないから、ガンによる攻撃を行う。
「ジーンズ14、フォックス3!」
操縦桿グリップに付けられたトリガーを二段階引くと、HUDに映った機関砲十字へと機関砲弾が飛んでいく。
ブオーンという音と共に右主翼の付け根にあるバルカン砲が火を噴いた。
狙い通り、2500フィート(約765m)先の敵の群れに機関砲弾は命中したが、何ら痛痒を与えることもなくイーグルは敵の中へと飛び込む結果になったのだ。
ベテランの角田機と龍田機は間一髪で敵中突破に成功したのだが、佐々の機体にバーテックスの一匹が激突し、左翼が大きく持っていかれた。
ステーションと呼ばれる取り付け部に取り付けられたパイロンの
火災警報灯が点き、破断された左翼内燃料タンクから燃料の霧が吹きだし1800リットルほどの燃料が夜空へと消えていく。
漏れた燃料の一部がエンジン排気で着火したのか、それともコンプレッサーが止まって空気が停滞するスタグネーションかはわからないが、“ドン”と衝撃が襲って左エンジンが止まった。
「えっ」
佐々は一瞬硬直する。
頭が真っ白になりそうなとき、飛行隊トイレの壁の張り紙や、「おい、キャット。飛行中エンジンが火災を起こしたら?答えてみろ」という先輩たちからの質問、答えられなければ叱責を受ける「魔のエマブリ」といった至る所で見て、唱えている対処手順が蘇った。
「フューエルカット、再始動、リカバリー」
英文で書かれたフライトマニュアルの緊急時操作のページにあったように、あきらめず燃料遮断バルブを閉じて漏出を止め、スロットルレバーをミリタリー推力からアイドルへ戻し再起動を試みる。
機体は重量バランスの不均衡と、破断した部分から出る乱流によって横転、右スピンに入ろうとしていた。
異常な飛行状態であることを示すデパーチャー警告音が鳴り、操縦装置をニュートラルにして緩やかな回復を待ってスピンを防ごうとする。
ロール方向と逆のほうにゆっくり左へ方向舵をあてる……スピンと警告音が止まらない。が高度は段々と下がっていく。
「アンコントロール!」
回復できないまま高度は1万フィート(約3040m)を切って、マニュアルでは「脱出」と記されている。
いつの間にか山々を飛び越え、眼下には諏訪の街が見えていた。
街中に落としてはいけないと懸命に操縦系統の回復を試み、目線の先には諏訪湖が広がっていた。
「ベイルアウト!」
ACEⅡ射出座席の推奨最低脱出高度は2000フィート(600m)であり、佐々は座席の脱出操作ハンドルを引いた。
水滴型の大きなキャノピーが外れて吹き飛ぶとロケットモーターで勢いよく射出された。
射出から0.45秒後に減速用のリカバリ・パラシュートでパイロットはシートから分離され、1秒後パラシュートが完全に開いてゆっくりと落ちてゆく。
乗り手のいない片翼のイーグルの行方を見届けたあと、暗い水の中に着水した。
濃緑の飛行服の上に着ていた救命胴衣が膨張し、シートと共に落ちて着水展開した
救命浮舟とは視認性を高めるための黄色とオレンジ色の炭酸ガス膨張式ボートで、遠目に見ると波風よけのシートの形も相まってお風呂に浮かべるアヒルのおもちゃのような形をしている。
浮舟に乗った佐々はシート下にあったサバイバルキットの中身を確かめると、とりあえず救助まで体力を温存するために眠った。
「朝か夜かもわからない……どうなってるんだ」
目覚めるとあいかわらず暗くて救助が来る気配もない。
腕にはめた時計では午前10時であるから、日が昇っていないとおかしい。
通常であれば自衛隊の戦闘機が人里に近い湖に墜ちてるのだから大騒ぎになって救難ヘリコプターがやってくるはずだが、遠くに見える岸に人の気配はない。
佐々は救助が来ないことを悟ると手で水を掻いては休み、掻いては休みと繰り返して岸を目指す。
孤独、いつまでも続く暗闇で時間の感覚がなくなりそうな中、真黒な湖面を掻く水音しかしない。
水の流れで浮舟が岸から離れていってるのではないかという錯覚すら覚える。
疲労からうつらうつらと漕いで、寝落ちする。
「もしもしパイロットさん、生きてますか~」
「ちょっと、あぶないよ」
肩を叩かれて女の子の声に目を開けると、小学生くらいの少女たちが打ち上げられた救命浮舟の周りに寄って来ていた。
一人は着物のようなものを身にまとい、もう一人はカエルのワンポイントの着いたシャツを着ていて懐中電灯を持っている。
「あ、起きたわ。グッモーニン!」
肩を叩いていた着物少女がそんなことをのたまったものだから、佐々は
回らない頭で返事をする。
「うんおはよう、ところで大人の人は?」
「それは……」
後ろにいたカエルシャツの少女が首を振ったことから、地上でも大変なことが起きているのだということを悟った。
「航空自衛隊、306飛行隊の佐々輝久斗2尉だ、君たちはここの子?」
「私は白鳥歌野、普段は南の方に住んでるんですけど、敵が攻めてくるので戦ってます」
「藤森水都です」
「敵?あの白いヤツか」
「そうです!」
着物少女もとい勇者装束を身にまとった歌野はムチのようなものを持っているが、武器らしきものもそれだけであり現実味がない。
普通に考えてコスプレした女子小学生に航空機関砲を耐え抜くような化け物と戦う力があると何の疑いもなく考える大人がいたらやばい。
「無茶だ、ガンが……機関砲が効かなかったんだぞ」
「うたのんはあの白いのと戦えるんです!」
「みーちゃん、論より証拠よ。おじさんに私たちの力をプルーフしてもらいましょう」
「プルーフねえ……他に戦える大人は居ないのか?」
「それが、どうも見つからないのよね」
「わかった、ついて行こう。ただしヤバいと思ったら君たちも逃げるんだぞ」
こうして佐々は歌野と水都について行くことにした。
10本や20本ではきかないほど多くの柱がアスファルトを突き破って林立している。
電信柱のように等間隔で一本の線状に連なっていて、枝も皮も落とされた木の柱だ
「そこから先は結界の外ですから……気を付けてください」
「結界、ね」
水都がおずおずと言い、歌野が前に出た。
柱から数歩歩いた先に、白い化け物ことバーテックスが4匹浮いている。
人の気配を感知してくるりと向きを変えると、歯のような部位を打ち鳴らして近寄ってくる。
パシッと空気を割く音が響きわたり、音速を超える鞭の先端がバーテックスを打つとそこから腐り落ちるように崩れて消滅する。
続く3匹も数瞬の後に同じ運命をたどり、クルリとふたりの方を振り返った歌野はピースサインを出してみせた。
「ビクトリー!どう?見てた?」
「あっ、はい……」
佐々は機上から見て感じたより大きかったのと、20㎜機関砲すら耐えた敵を小学生の女の子があっという間に倒してしまったことにあっけにとられたのだ。
「そういえば、君たちはどこに向かってるんだ?」
「私たちの拠点の本宮よ」
「本宮ってどこだ?」
「諏訪湖の南にあるわ、ここのちょうど反対かな」
「遠いな!」
「この不思議パウァーがあれば走ってあっという間ですよ」
「君も?」
「わ、わたしはうたのんみたいなことできませんよ!」
「そ、そうだよな……じゃあ歩いてきたの?」
「みーちゃんは私が連れて来ました」
「そうか……そういやご家族は?」
「私の家は結界の外でだめでした、うたのんがいなかったら私……」
「みーちゃん……私の両親も行方不明です」
「すまない」
避難のさなか逃げ遅れた子供を助けに行こうとした水都を歌野が救助したのである。
出会ってから2日、水都が探知した結界の北限である諏訪大社下社春宮まで敵の掃討に出向いて、本宮へとゆっくり帰るところで岸に漂着している救命浮舟を発見したのだという。
国道20号線を中央から分断するように生えている柱の向こう側は、敵の徘徊する死の領域であるらしく、突如出現した柱がなんであるのか水都はおぼろげなイメージでわかるらしいとのこと。
「おっ、あんなところに車が」
避難している最中に柱が現れたからか道路上に乗り捨てられている車があった。
運転席のドアが開きっぱなしなので近づいてみると、キーがささったままになっている。
「カーナビもついてるし、この車に乗って行こう」
「ナーイス!やっぱり、使えるものは使わないとね!」
「……いいのかなあ」
「持ち主が生きていたら、その時は返そう」
路上に乗り捨てられていた車を拝借するという映画のような非日常感あふれるシチュエーションに不謹慎だと思いながらも佐々と歌野はノリノリで、水都は申し訳なさそうに銀色のミニバンに乗り込むと、カーナビを諏訪大社駐車場に合わせて出発した。
電気が何処から来ているのか分からないが信号は点滅している、人通りもない街を結構なスピードで走り抜ける。
この有事の真っただ中でスピード取り締まりやら一時不停止なんて見ている平和ボケた警官なんていないだろうというのが佐々の主張である。
あっという間に諏訪大社へたどり着き、人の居ない神楽殿までやってきた。
「着替えるんで、あっちの建物で待ってて!」
歌野が装束を脱いでジャージに着替えているとき、懐中電灯片手に真っ暗な境内を歩き回る。
佐々はカメラで悪霊を撮影したり、あるいは赤い水の力で不死の存在となった村人に追い回される類の和風のホラーゲームを思い出した。
夜の神社や寺には良くないものが集まるといい、子供の頃、霊感のあるという母親からそういった話を聞かされていたので、「ちょっと怖いな」なんて言いながら木々を見る。
風もなく、月明かりも無いなか沢山の葉がひらひらと落ちてくる。
どうしてか、葉が淡く光っているように見えた。
歌野と水都のふたりと出会ってから佐々は、男手として様々な作業に従事した。
参集殿に拾ってきたVHF無線機を据え付けて他の生存者へ呼びかけたり、食料生産のために主を失った畑を歌野と共に耕し始めた。
小学生の歌野たちのアイディアだけに拙い所もあったが、実際にやってみるとどうとでもなるものであり創意工夫でなんとか形にした。
畑を耕し、バーテックスの監視が緩い野山に分け入って木の実や山菜をとるなどして飢えをしのぐ。
広い帯域に無線電波を放って様子を見て、水都が敵を探知するや否や飛び出して行って撃滅するという生活を始めて数か月たったころ、電波を拾ったのか呼びかけがあった。
「こちらは香川、四国大社、……生存するものあれば応答願います」
「こちら長野県諏訪、諏訪大社。四国大社……感明よし。こちらの感明はどうか?送れ」
「応答感謝する、こちらの感度は良好だ。我々は四国政府の所属である。状況はどうか?どうぞ」
「こちら諏訪、諏訪大社を拠点に女の子が敵と戦っている、物資も日に日に減る一方だ。送れ」
「物資を送ろうにも四国から出ることが出来ない。ところで敵と戦える女の子は近くに居るか?どうぞ」
仕事で使う航空無線はともかく、アマチュア無線のことを全く知らないような素人が手当たり次第に無線を放った結果、応答したのもアマチュア無線どころか無線機自体不慣れな若い神官だった。
他の地域にごく少数の生存者がいるという巫女の神託と海上警備隊の護衛艦が拾った電波から、無線によるやり取りを期待して防災無線に使う機材のある部屋で待機させられていたのである。
「歌野ちゃん、水都ちゃん!無線、四国とつながったぞ!」
「リアリィー?みーちゃんカモン!」
「うたのん!ちょっと待って吹きこぼれちゃう!」
農具の手入れをしていた歌野と、やかんで麦茶を作っていた水都がどたどたと走ってきて無線機の前に集合する。
こうして白鳥歌野は「勇者」であり、藤森水都は「巫女」であると告げられた。
日本どころか全世界的規模で白い怪異“バーテックス”によって壊滅し、四国は神樹の顕現と結界で護られ、諏訪は土地の神々による結界で護られているという情報を知らされた三人は悩んだ。
顕現した「御柱」を起点とする結界の中、減っていく食料と資源、先の見えない消耗戦に生き残った人々の心は絶望の中にある。
そんな人々に「四国と諏訪以外は全滅しました、補給と救援は期待できません」と告げたらショックで自決する者が出かねないのである。
大社との交信が始まってすぐに水都が受けた神託は「四国での反撃体制が整えば、四国の勇者と呼応して挟撃し国土の奪回に出る」というものであった。
だが、佐々は幹部自衛官としての経験から四国勇者との挟撃は
結局、周囲には勇者と巫女という存在になってしまったことを告げて、援軍が来るその日まで生存自活の農業をやっていこうという方針で決まった。
「そんな難しいこと考えないで、みんなで力を合わせて暮らしていくしかないんじゃない」
という歌野の一言がすべてで、苦しい状況を嘆いて見えない先に絶望していても腹は減るし、今を生きていくためには衣食住の充足が必要なのである。
地元住民は住んでいる家に留まればいいし、命からがら生き残った避難民は一家全滅などで主のいなくなってしまった空き家や休校になった学校に収容されている。
佐々も諏訪大社上社の近所のアパートの空き部屋に入居させてもらって暮らしている。
こうして住居は何とかなったため、急務は生き残った1万人弱の諏訪住民が生きていけるだけの食料生産である。
土地の神々の加護があるとはいえ今日に苗を植えて1週間後に作物が採れるなどという不思議現象は起こらないので、それまでのつなぎが必要なのだ。
歌野は農協などに残る種苗を蒔いて育て、敵と戦い、時に他の住人に声を掛けて食料自給について訴える。
最初の頃こそ相手にされず冷ややかな目で見られていたが、率先して鍬を振っている歌野やその手伝いをする佐々、二人の傍で軽作業をしている水都の姿にひとり、ひと家族と影響を受けたものが合流するようになった。
合流した者には戸数の多い水稲農家がほとんどだったが、野菜、リンゴ、ばれいしょとそばの農家が合流すると食糧事情に少し彩りが出るようになった。
各地区で食料生産が軌道に乗り配給の食料が増えるようになると他の業種、建設業やサービス業の人々もすすんで協力してくれるようになる。
土地神様の力によって電気や電波が生きていたのも大きく、放送設備が活用できるとなると放送が結界内の地域で使われるようになったのである。
2年目の夏、電気設備会社と警備会社社員のアイディアによってバーテックス接近警報装置が御柱付近にいくつか設置された。
赤外線動体センサと警備線が一定の高さ以上に張り巡らされて野生動物などは引っかからないが、人や御柱を攻撃しようと低空を浮遊して接近するバーテックスには引っかかる仕組みだ。
結界外周の警備線にヒットすると警報装置から防災無線を使って各地域のサイレンが一斉に鳴り出して避難と勇者による迎撃を促すのだ。
取り付けも「我こそは」と勇ましく出てきた建設会社の職人たちや警報装置を作った技術者が各地区の食料生産隊が作ったおにぎりと漬物を手にして結界の外で作業を行ったのだ。
佐々も作業員として職人に指導を仰ぎながら廃墟と化した建物の間に動体センサを取り付けていたわけであるが、鞭を振るい次から次へと寄せ来る敵を消滅させる様は頼もしく思えた。
「ここは私が通しません!皆さん、作業のほう続けてください!ハリアップ!」
歯を鳴らして頸を刈らんと接近するバーテックスを一人で食い止めて、ただの一人の犠牲も出さずに作業員たちを守り抜いた歌野の人気はうなぎ上りであった。
間近で戦いを見た人から他の人へと奮戦は伝わり、結界発動前の初期段階や結界外で襲われて逃げまどった記憶のある人々は“勇者の力”がいかに強大かを実感する。
「歌野ちゃんに言われたら仕方ないな」
「あんないい子が頑張ってんのに俺らが腐ってちゃしゃあねえだろ」
こうして、諏訪の住民たちは日々の生活のために前向きに団結しはじめた。
諏訪の勇者の話です。
遠征前にしておこうかと思いました。
歌野ちゃんを見て、空自隊員って横文字混じりだよなということでファイターパイロットです。
空自、ファイターパイロットの文化はよく分からないのでここが変だよ…という点もあると思いますが。
ご感想・ご意見お待ちしております。
参考資料
青木謙知『F-15イーグルFlight Manual & Air to air Weapon Delivery Manual 日本語訳永久保存版』
田中岩城『スクランブル警告射撃を実施せよ』
杉山隆男『兵士を見よ』
イカロス出版『航空無線ハンドブック2019』
小峰隆生『鷲の翼F-15戦闘機』