2019年3月某日
機動展開訓練を終えた戦車隊は、次の訓練のために戦車の整備を行っていた。
同時に陸士に対する“救急法検定”なども行っており、人口呼吸や心臓マッサージのほか新しく配備された新型救急品袋に入っている“CAT(Combat Application Tourniquet)”と呼ばれる新型止血帯や“イスラエルバンテージ”という呼び名の樹脂フックの付いた包帯を使う訓練が実施された。
これらは普通科の小銃中隊などでは2014年頃から順次配備されていたものの、天災の混乱もあり、余り物で作った“寄せ集め戦車隊”にはなかなか回ってこなかったのである。
陸自の“救急品袋”は包帯ひと巻きが入った小さなポーチが弾帯に
一方、イラク・アフガンの戦訓より合衆国軍の改良型FAKでは止血帯のほかに止血剤、目のケガの保護に使うアイシールド、胸部の穿孔外傷に貼り付けるチェストシール、服やポーチを固定するベルトを切り裂くカッター、舌根沈下による窒息を防ぐチューブの経鼻エアウェイも同梱されている。
その他にも衛生兵による処置のための注射針(留置針)なんかもあって、如何に人的戦闘力の保護と「防ぎえた死」を減らすことに力を入れているかわかるものである。
「ばーん!」
「右腕負傷!」
右腕に銃弾が当たって貫通して激しく出血している想定である。
傷口を上に向けあおむけに倒れ、弾帯にぶら下げた救急品袋の中から左腕で止血帯を取り出して、腕の付け根にはめて引き絞ったあと締め付け用の樹脂ハンドルをぐるぐる捩じって血流を抑制する。
この間30秒以内とされており、それ以上になると出血から意識を失って失血死あるいは外傷性ショック死などでまず助からない。
止血後安全な場所に退避し、イスラエルバンテージを巻いて傷口を保護して圧迫止血を試みる。
衛生隊に回収され、手術などの処置を受けるまで決して止血帯を
従来言われていた30分に一回血を通して壊死を防ぐ“
シュウジや本土からの生き残り組はあくまで「対人戦闘用だろうな」と思いながらも鬼気迫る演技で救急法検定を受けていて、連隊長より褒められることになった。
「迫真の演技が状況に入っていてよろしい」とのことであったが、バーテックスと遭遇し四肢を食いちぎられたものはそのまま流れるように胴や頭を喰われてしまい止血どころではない。
至る所に転がる離断遺体、あの晩の断末魔を知らない四国人の吞気さを感じた一幕であった。
一通りの指導が済むと、通しでの実技検定が行われる。
倒れている人形に対して声を掛けて意識、呼吸や脈拍などのバイタルを確認すると人工呼吸と心臓マッサージを行う。
「秋山士長、大野士長、不合格……感染防止措置不十分!」
人口呼吸の際に感染防止のフェイスシールドを取り出す動作を忘れたりすると、即不合格でまたやり直しだ。
救急法検定は全員が合格するまで行われ、おおむね習得したと判断されたところで終わる。
「存在しないものをあるていでやるのって難しくね?」
「フェイスシールド、使い捨てだからってケチってるんやろうな」
「訓練用シールドどころかまず新型の数自体足りないのに、中に詰める物が足りてるとは思わないよ」
予算、交付されるべき新型装具が足りない悲しきかな自衛隊。
ぼやきながらもシュウジは3回、大野は2回、安示は1回やり直しで検定を終え、後輩たちも大体似たようなものであった。
そんな救急法検定の翌日、杏から安示に電話があった。
「安兄さん、相談があります……」
大規模な戦闘が起こった際に勇者は全員入院してしまい、勇者たちの仲がギスギスしていることを伝える。
軽傷の球子と杏、千景は治療と検査を受けて退院したが、若葉は静養期間が長くとられて友奈は今も意識が戻らず眠っている。
安示は事情を聴いて週末に会う約束を取り付けた。
「えっ、入院?」
「そうだよ、2月末に戦いがあって……」
「てっきり丸亀城に送った『サイカノ』が不評だったのかと」
シュウジは古本屋で探してきた漫画を丸亀城に送ったが、一向に連絡がこないことから勇者たちには不評だったか検閲で弾かれたかと考えていた。
「漫画は病室でのいい暇つぶしになったってさ」
高校生男女の性描写や滅亡近づく世界の描写がマズいだろうかと思っていたが無事に届いたようだった。
「シュウジ、土曜日空いてる?」
「おう、そういうことなら」
土曜日の午後、シュウジと安示は丸亀城の近くのコンビニにいた。
大手一ノ門に面した京極通りには機動隊の大型輸送車が停められ、警察官が巡回しているのでうろうろしていたら職務質問待ったなしである。
勇者の関係者といえども簡単に城内に入ることは出来ないため、杏や球子が出てくるのを待つしかない。
しばらくして、安示のスマホに電話が入る。
搦手林のある南側の裏口から出たらしく、堀沿いの道で落ち合うことになった。
「おーっす!シュウジ!兄ちゃん!」
「おつかれさまです」
「……おつかれさまです」
今日は球子と杏のほかに若葉がいたが、いつもの凛々しさはどこへ行ったのかとても元気がない。
目線は下を向いていて声は弱々しくなり、心なしか目も死んでいるように見える。
「乃木さんどうしたの?」
「私は、勇者のリーダーとしてふさわしくないのかもしれない」
「相談したかったのは、若葉さんのことなんです」
安示は、若葉にくっついているひなたが何も手を打っていないことが気にかかる。
あのしたたかな少女が、弱った若葉や勇者の不和を放っておくとは思えなかった。
「杏ちゃん、上里さんはどうしたの?」
「ひなたさんは本部に呼ばれて、今いないんです」
「若葉のやつ、ひなたがいないから魂抜けちゃってるんだ」
「そういう事なら、どっかに入ろうか」
シュウジ達は数分歩いた先にある喫茶店「さきもり」に入る。
厨房からエプロンを着けた若い男性店員が現れた。
「いらっしゃいませ~、ってお前らかよ」
「
「おう、って女の子、勇者様も一緒かよ!」
「どうした勇児、秋山君と伊予島君来てるのか……これはこれは乃木様も」
「安兄さん、よく来るんですか?」
「うん、同期の実家だからね。隊員割引もあるし」
前期教育隊時代の同期である塚本勇児の実家で、シュウジや安示は昼のランチが安いので時々立ち寄るスポットである。
店長は奥の席が見えないようにパーテーションを置き、シュウジ達一行は気遣いにお礼を言いながら席に着くなり飲み物と軽食を注文した。
パーテーションには戦車と若葉のツーショットである香川地本の自衛官募集ポスターが貼られており隊友会、自衛隊OBの店という感じである。
飲み物が届くと安示は勇者たちの間の不和についての話を聞きだす。
自信を無くして迷っている若葉の姿は、教育隊で班長や同期から何回も怒られて自衛隊を辞めようかどうかと考えている者の姿だった。
失敗が続き連帯責任なんかで疲れてくると、班長はもとより同期が敵に見え始め、「どうして俺ばかりが……」や「自衛隊に向いてないんじゃないか」と自信を喪失してしまう。
言われたことを流せずに落ち込み、失敗して指導されてまた落ち込む……生真面目なものほどこういった負のループにはまり込んでしまい退職したり、ひどくなると自殺未遂や脱柵事案等を起こしてしまうのだ。
「乃木さんは復讐心から戦ってて、突出してしまったと……」
「そうだ、私の無策で皆を危険にさらし、友奈は今も意識が戻らない」
「たしかに突出して囲まれて各個撃破はまずいね。乃木さんはどうして前に出ようと思ったの?」
「私は奴らに報いを与えたかった、一体でも多く。そうするのが生き残った私の
「一体でも多く倒すことが生き残った者の使命、そう思ってたわけだね」
安示は若葉の行動理由を聞きだしていく、その脇でシュウジは球子や杏に事情を確認する。
「若葉が突っ込んで、友奈が助けに行ってぶっ倒れて、『周りが見えてない』って千景が言ったんだ」
「復讐にとらわれて、周りのことを考えない行動で友奈さんが傷ついたことが許せなかったんです」
双方の話を聞いたシュウジと安示はどう話していいものか考える、かつて教育隊の班長や班付は自分たちをどう指導していただろうかと。
「乃木さん、戦う理由が復讐であっても僕はいいと思う」
「安兄さん!」
「僕らだって仲間を喰われたし、シュウジなんか家族も友達もみんな喰われてる」
「そうだな、俺らだってできるならバーテックスと戦ってやりたいと思ってるよ」
「シュウジさんまで……」
「あんず、今は任せよう」
戦う理由から見直してもらおうと考えていた杏は復讐することの正当化に思わず止めようとする。しかし、隣にいた球子がそれを制止した。
「でも、千景はそれじゃダメだっていう、怒りに任せて抑えが効かなくなるんだ」
「
「どういうことなんだ?」
「班長が言ってたけど、指揮官は常に今の部隊の状況を見ないとダメなんだ」
シュウジの脳裏に訓練係をやっていた安示の姿が蘇る。
前期教育の区隊にはいろいろな係があり、任命されると月曜日から木曜日の午前、木曜日から月曜日の朝まで半週のあいだ仕事をしなければならない。
訓練係、内務係、武器係と分かれ、訓練係は区隊の40人を率いる学級委員長ポジションで、内務係は班の10人のリーダー、武器係は武器を使う訓練で武器搬出などを取り仕切る係である。
連休が明けて、新隊員生活に慣れてきた5月の第2週に安示は訓練係に上番した。
夕方に訓練係は班長室に行って
その内容を各班の内務係を集めて伝達し、翌日に訓練指示通りに指揮を取り区隊全員を動かすのが仕事である。
安示は班長室の入室要領がうまくできずに、やり直しを何度もしながら訓練指示受けをしていたものだから細部の確認まで気が回らず、よく叱責されたのである。
例えば“射撃予習”という内容があったとして、服装や持ち物に集合場所などの確認も行わないといけないのであるがそれを忘れると、いざ行動というところでわからなくなり班長室に聞きに行くことになる。
「お前、訓練指示受けで考えもせんと、
区隊付にそう言われ、同期からは「何持って行ったらいいん?」とか「
隊舎の玄関前、いわゆる舎前集合で集まったら、そこから武器庫目指して引率して歩いていき武器搬出する。
訓練係は移動時間を計算に入れて段取りをして、訓練の予定に合わせないといけない。
ここで時間見積もりが甘いと、予定時間をオーバーして叱責と連帯責任の腕立て伏せになるのである。
「訓練係、しっかりせえよ!お前がいついつまでに武器格納って言ったんやろうが、間に合わなくなるんなら班長に意見具申に来いよ!」
自分の武器手入れなどで手いっぱいで部隊指揮ができず、班長らが決めていた撤収時刻をオーバーし腕立て伏せを超過時間分やった。
「左、左、左、右!……縦隊左へー進めッ!」
「馬鹿!縦隊とまれ!トラック後ろから来てるだろうが!何処見てるんだ」
逆に部隊指揮を取ることに必死で周りが見えておらず、あわや衝突ということもあった。
こうした失敗が昼夜問わずいくつも続いた結果、安示は自信を無くし自衛隊を辞めようかと考えるまでに落ち込んだのである。
シュウジは同室としてそれを間近で見ていたし、自身も訓練係や内務係で不備、叱責だらけだったのでよくわかる
結局立ち直るには、あの時はどうだったから「僕はダメなんだ」と過ぎ去ったことを悶々と考えるのではなく、スパッと忘れて、現在起こってる内容を解決することだけを考えることが一番なのだ、とても難しいが。
ある日、耐えきれなくなった安示は班長に退職を考えていると漏らした。
区隊長や班長達は悩み相談とともに、どこが良くないのか考える機会を設けたのである。
ノートに自分がダメだと感じるところを書き出し、矢印を引いて解決策を考えてひとつずつ改善していくというやり方だ。
指示が遅くて列を混乱させる→指示を気持ち早めにする、予令を長くとって動礼を短切明瞭に!
体力がなくて疲れやすい→同期を誘って鉄棒にぶら下がるだけでもいいのでもっと練成!晩飯をよく食べる。
こうした区隊長と班長達の懇切丁寧な指導もあって、安示は無事に前期教育を乗り越えることができた。
「伊予島、お前はどこかトロい所もあったけど、その分よく頑張った。経験を活かして弱い者を掬いあげるやさしい陸曹になれ」
前期教育中、ずっと新隊員を叱り飛ばしていた鬼班長が教育の最後に伝えた言葉で、自分の教わったことを伝えようと安示が思った切っ掛けである。
安示は戦う理由に悩む若葉に、
「国民のため、どこかの誰かのために戦うなんて漠然としたものじゃなくていいんだ、自分のために戦うんだ」
「兄ちゃん、それじゃいまの若葉となんにも変わらないぞ」
自分のために戦う、それでは今までと変わらないじゃないかと球子が言った。
「戦う理由は自分のためでいいんだ、でも乃木さんがやるべきことは別だ」
「自分のため……」
「ところで、バラバラの砂を掴んで投げるのと、小袋に詰めた砂を投げるのじゃどっちが遠くまで飛ぶ?」
「えっと、袋?いきなり何の話なのかタマには難しいぞ」
「タマっち先輩、しっ!」
唐突に振られた例え話に球子は首を傾げ、杏は言わんとすることに思い当たり若葉は少し考えてみる。
「袋に入れたほうがよく飛ぶし、威力も出ると思う……」
「そう、同じ量の砂でも大きく変わるよね。いま、乃木さんに求められるのは“袋”の役割。だから、いま、そこにいる仲間を見てほしいんだ」
砂掛け婆よろしく砂をひとつかみしてパッと投げるのと、玉入れ競技の玉のような小袋に詰めた砂だとどっちが遠くまで飛ぶかイメージができたのである。
これが自衛官の心構え*1にある“団結の強化”である。
指揮官を核心に団結力の強い集団は、互いに士気を鼓舞し精強さをもって任務遂行に大きな威力を発揮する。
『部隊の団結』とは、バラバラの個人をひとつの塊へと結びつける袋のようなものなのだ。
「わたしは……」
瞼を閉じれば、地獄のような光景が蘇る。
目の前で無残にも喰われる人々、手足が散乱し上半身だけになって事切れたクラスメイトの遺体、大きく崩壊した街。
凄惨な光景は若葉の心に大きく深い傷を残し、たとえバーテックスを一刀両断できる力があったとしてもその傷は痛みつづける。
シュウジ達が今も白い敵の幻影を見続けるように。
「僕たちはあの晩、乃木さんに助けられたんだ」
安示は若葉の目を見て言う。
「もしバーテックスと戦うことになったら、たとえ時間稼ぎだったとしても乃木さんや杏ちゃんのために僕は戦う」
あの晩にひとりの勇者に助けられた者として、戦う理由なんてものはそんなものである。
顔も知らないどこかの誰かのためじゃなく、隣で肩を並べている仲間のために。
シュウジもうなずく。
「俺は国のために戦うんじゃない、今生きている仲間のためにみんなで戦うんだ」
__遠くばかりだけじゃなくて、もっと近くを……自分の周りの人のことを見てあげたほうがいいのかもしれません。
若葉は、少し前にひなたが言っていた言葉を思い出した。
自分は復讐に心をとらわれ、ただひたすらに死者の仇を討たんとすべく周りが見えていなかったのだ。
戦っているのは自分だけではない、こんな自分のために戦ってくれる人たちがいる。
ならば自分も死者のためではなく、今生きている者のために戦わなくてはならない。
いつまでも過去にとらわれずに乗り越えていく、こればかりは自分で決心をしなくてはいけないから、ひなたは何も言わなかったのだろう。
「だからひなたは、私を突き放したのだな……」
「乃木さん、答えは出た?」
「ああ、心配をかけてすまなかった、杏、球子」
憑き物が落ちたかのような、それでいて気まずそうな表情で若葉は二人に謝った。
「あ、謝ってほしいわけじゃねーし、タマは杏の付き添いで来ただけだからな!」
「どういたしまして……頼りないかもしれませんけど、仲間ですから」
「頼りないなんてことは無い、杏の射撃の精密さは皆が認めるところだし……」
「わ、若葉さんに褒められるとすごく照れます……」
球子は自家製ワッフルを食べながら照れたように言い、杏は謙遜交じりで礼を言う。
若葉はというと、仲間を見ろというアドバイスを自分なりに嚙み砕いたのか講評とともに杏を褒める。
「杏ちゃん、そんなに射撃上手いんだ?」
それを聞いていたシュウジが感心したような声を上げる。
二足歩行バーテックス迎撃の話や、日ごろの訓練の話しぶりから杏の射撃技能が極めて高いことを知っていたが、話題を盛り上げるために話を振ったのだ。
「ああ、杏は射撃も上手いし、的確な援護に助けられることも多い、とても頼りにしている」
「凄いね、杏ちゃん」
「安兄さんまで……」
「タマッチは?」
「球子は勢いのある戦い方で皆の士気を上げてくれるし、なにより他の仲間への気配りができるかけがえのない仲間だ」
「だってさ」
「そ、そんなに褒めてもなんにも出ないぞ、タマはこういった心理的駆け引きに騙されたりはしないんだ!」
「……タマっち先輩はすぐに騙されそう」
照れた様子でコーラをグイっと飲む球子に、杏はボソッと、小声で否定する。
「あんず、なんか言ったか?」
「いえいえ、何も」
「なんか失礼なことを言われた気がするんだ!」
ほほえましい言い争いになる二人を横目に、シュウジと安示は若葉にその後について尋ねる。
「この後、郡ちゃんにも謝りに行くんだろ」
「千景ちゃんが怒ったのって友奈ちゃんがケガしたからだろうし」
「ああ、許してもらえるかどうかわからないけど……」
「これからやり直すんだから、そう酷いことにはならないだろ」
「シュウジ、ダメだったら電話してね。ゲーム友達でしょ」
「それ、郡ちゃんも気まずくね?」
「その時は実家のプレステ2を献上するよ、今ならメモリーカードも3枚つけちゃう」
「いらねー」
楽天的なシュウジに、安示が冗談めかして言う。
千景もいきなりオンラインゲーム友達というだけの部外者に「若葉と仲直りして」と言われても困るだけである。
しかも中古のゲーム機を渡されるのだからたまったものではない。
「二人とも、ありがとうございます……あとは私が何とかします」
「がんばれ」
来た時の暗く沈み込んだ表情から、いつも通りの表情となった若葉を連れてシュウジたちは店を出る。
店を出ようとしたとき、厨房の奥にいた塚本が若葉を呼び止めた。
「乃木様、妻を助けていただき、ありがとうございました!」
「は、はい」
45度の最敬礼に戸惑いながらも、若葉は話を聞こうとする。
そこに隣接する自宅の方から乳児を連れた女性がやって来て、深々と礼をした。
「私は三年前、乃木様に救われました。おかげで主人と出会うことが出来たのです」
兵庫県の女子大生だった彼女は夏休みという事もあって友人ふたりと出雲大社へとやって来ていた。
そこで7.30天災に遭遇して友人ひとりを失うも若葉によって助け出され、四国への逃避行に同行していたのだ。
シュウジ達が児島で3トン半に載せた避難民の一人であり、四国に到着したあと彼女は愛媛県の仮設住宅に送られ、自立支援の仕事で松山駐屯地勤務の塚本1士と出会ったのである。
「塚っちゃんの奥さんって、あそこにいたのかよ」
「マジで?じゃあお前らも恩人になんの?」
「俺らはただ、車に乗せただけやし」
塚本が身寄りのない本土出身の女性と結婚したことで自衛隊を退職して実家の喫茶店で働いているという話は聞いたが、あの時の避難民のひとりだったとは思ってもいなかったのである。
もっとも、若葉とひなたの印象が強すぎて他の避難民のことをあんまり覚えていなかったというのもあるが。
勇児のほうも、勇者伊予島杏の従兄とその同期くらいのつながりにしか思っておらず、妻から聞いた「乃木若葉と共に脱出行をやった自衛隊」が新隊員でありしかも教育隊の同期だったなどとは思いもしていなかった。
「乃木様にちなんで、この子には『若葉』と名付けました、ありがとうございました……」
抱っこ紐を外し、勇者たちは寝ている乳児を抱かせてもらう。
高い体温と身じろぎが生きていることを実感させ、若葉はずしりと命の重みを感じる。
「これが守るべき、いのち」
記者会見やインタビューなどでたびたび口にしていたが、漠然としていた「守るべき国民」の姿がだんだんと像を結んできた気がした。
そうなると、つい先ほどまで「奴らに報いを与えるために戦う」と復讐にとらわれていた自分がひどく思いあがっていたように感じたのである。
もの言わぬ死者のためではなく生きている者のために、仲間のために戦おうと決意も新たに店を出た。
その夜、部屋に赴いて謝罪と決意を告げたところ、千景は「本当に変われるのか、傍で見ていてあげる」という照れ隠しの言葉とともに赦した。
悩み相談の翌日、意識不明だった友奈が目を覚まし、一般病棟に移された。
友奈は自分の負傷で心配をかけたことを謝り、若葉の告白と決意を静かに聞いて言った。
「まだ心身ともにリーダーとして未熟だが、これからも一緒に戦ってほしい」
「もちろんだよ__若葉ちゃんと一緒に戦うよ」
こうして丸亀城の勇者たちは乃木若葉を核として、団結の強化を図るのであった。
■余談
喫茶店からの帰り道にて、杏は団結の重要さを説いた話について考えていたことを安示に尋ねた。
「安兄さん、さっきのって三本の矢の話ですよね」
「三本の矢か、毛利元就だな」
三本の矢とは、中国地方の戦国武将である毛利元就が「一本なら折れる矢も三本束ねれば折れにくい」と三人の息子に団結の重要性を教えたとされる逸話である。
今も残る『三子教訓状』という書物をもとにしたもので史実ではないという話もあるがそれはさておき、団結の重要さを説く話としては有名で若葉も知っていた。
「そうなんだけど、部隊で教わったのはこっちだね」
「矢と違って袋は柔らかくて形を変えることが出来るからじゃないか?」
「シュウジのいう通り矢は折れちゃうし柔軟性がいるっていうのと、自衛隊では矢を使わないからだと思うよ」
自衛隊で使う
攻撃力では土入りの袋を投げ、守りの硬さを説くときには積み上げて……と講話の内容によってアレンジしやすいのも人気のポイントだろう。
「まあ、若葉は硬いからな、タマはそこが気になってた」
「……わ、私はそう見えていたのか」
「若葉さん、ずっと張り詰めてたから」
「そこまで?」
「ええ、ひなたさんが居ないときは」
少し話しただけで三年前のあの日に受けた傷が癒えるわけではない、ただ、ひとつの結節として受け入れようとしていた。
「よし、せっかく街に出たんだし、骨付き鳥でも食べて帰るか!」
「シュウジさん!」
「いいな!前にも聞いたがシュウジは“ひな”か“おや”かどっち派だ?」
「そうだな、今日こそはっきりさせないといかんな」
「安兄さん、タマっち先輩と若葉さんは……」
「しまった!」
第二次骨付き鳥闘争、ここに開幕。
球子派の杏、そして中立寄りのシュウジ、安示では球子と若葉の熱弁にかなわない。
結局、その場に居合わせた子供によってあっけない終戦を迎えることになる。
また、あまり遅くなると千景の部屋に行きづらくなるというのもあったため、早々に切り上げる。
シュウジと安示のおごりで球子は上機嫌となり、手土産として持ち帰りの骨付き鳥を買って帰る杏、そして丸亀城を出てきた時の落ち込み様が嘘のように明るくなった若葉であった。
お待たせしました、自衛隊的イベントだと一般曹候補生採用試験(今年度2回目)までもう少し、新隊員は後期教育の最中ですが皆さまお元気でしょうか?
気づけばもう8月も下旬……、8月14日観音寺にスタンプラリーと巡礼に行ってきました。台紙を持ってる方々を見てファンの多さに驚きました。
丸亀城に寄り、瀬戸大橋ルートを通って帰る自分もすっかりそのうちの一人だなと思いました。
『三本の矢』ですが中国地方を担任する第13旅団のマークが三本の矢をモチーフにしており、日本原駐屯地に所在する第13戦車中隊のマークも三本の矢を掴んでいるマークとなっています。
筆者は74式戦車の砲塔にあるマークを見て長い間「どうして棍棒(柄付き手榴弾?)を持ってるのだろう?」と誤解していました。
感想・ご意見等お待ちしております。
ここが分からないという疑問、あるいはこういう経験をしたよなんて言う話でも結構です。
参考資料
ホビージャパン『イラストでまなぶ!戦闘外傷救護』
学陽書房『陸上自衛隊服務小六法 令和3年度版』