勇者史外典:男たちは自衛官である   作:栄光

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僕らはみんな生きている

 天災発生から4日目、シュウジたちは玉野市に入って海沿いに瀬戸大橋を目指すルートを取っていた。

 放棄されたタンクローリーから軽油の補給を済ませると玉野市の中心部を突っ切り、山の間か海辺の道を延々と走っている。

 フェリー乗り場のある宇野から渋川海岸までの市街地で3~4回ほど白い化け物とニアミスし、息を潜めてやり過ごすという状況が続いた分、山道に入れば気が楽だ。

 小型トラックの伊予島からの「敵接近!」の声が入らなくなって数十分、眠ることにも()()が出てきた。

 目をつぶろうにも意識が冴えてしまって、車の振動や幌が立てるバタつき音、潮の音、そして隣の者の身じろぎさえ気になってしまう。

 真っ暗な幌の中寝ることも出来ずにただ座っていることしかやることも無い中、誰かが歌を口ずさみ始めた。

 

「僕らはみんな生きている……」

 

 聞き覚えのあるメロディに、3トン半の荷台で後方警戒に就いていた玉嶋は思わず続いて歌う。

 いつの間にか歌声は増え、気づけば比較的元気な者の大半が歌っていた。

 太陽が昇らなくとも、荷台に侵入してきたヤブ蚊に悩まされようが今、僕らはみんな生きている。

 

「次、次何歌う?」

「カエルの歌とか?」

「ガス天メドレーかよ!」

 

 部隊にもよるが、催涙線香を焚いたテントの中で防護マスク、いわゆるガスマスクを取って催涙ガス体験をする“ガス天”において中で何かをする。

 教育隊や班によって異なるが、「すべらない話」やら「腕立て伏せ」、「合唱」といろいろ出し物を決めて煙で曇ったテントで披露するのだ。

 「すべらない話」は班員の話術に左右され、もたもた話していると面白い所が来る前に全員の視界がやられてしまい不成立となる。

 そしてネタが思いつかない場合、合唱となるのだが童謡は誰でも知っているため採用されやすいのである。

 ツッコミを入れた玉嶋の班も例にもれずカエルの歌を輪唱し、数回目の鳴き声パートで焼けるような眼の痛み、鼻水と涙を垂れ流してテントの外の洗面器に直行した。

 そんな『手のひらを太陽に』『カエルの歌』などのあと、最後は休憩中の石和三曹に続いて『歩兵の本領』を歌う。

 

 『万朶(ばんだ)の桜は襟の色』という歌い出しで始まる歩兵の本領は警察予備隊、保安隊、自衛隊と歌い継がれ、歩兵が普通科隊員となってもやることは変わらない。

  戦車は単独での制圧効果に乏しく、戦闘の最後は普通科隊員の吶喊(とっかん)であり『最後の決は我が任務』なのだ。

 

 歌声と共に海岸の道を抜けるとまた市街地に入った。

 気分転換のために歌っていた面々もここからまた敵の脅威下にあると身構える。

 琴浦‐児島の市街地を通るにあたり、伊予島が最新の敵脅威予測図を書き上げるのだが空白が大きくて街の規模に対しどうも()()()()()()()ような気がする。

 小型の車長席で道路地図を持っているシュウジは脅威予測図を基に操縦手の林三曹に指示を出す。

 それと同時に伊予島が探知した敵の位置を無線機で告げる。

 

「ふたつ先の交差点を左、その先4つ目で右……」

「1時方向遠くに敵3」

「了解!」

 

 敵がいることはいるが、玉野市で遭遇したような編隊飛行をしているものや集団で執拗に建物を攻撃しているものはおらず、はぐれたものがフラフラと徘徊しているような雰囲気だ。

 敵を避けつつJR児島駅へと前進したところ、暗闇の中に人影のようなものが見えた。

 それもひとり、ふたりではなく数十人ほどいる。

 

「おーい!」

「助けてくれ!」

 

 パジェロの前にふたりの男が手を振りながら飛び出してきた。

 

「うおっ!なんだ!」

 

 危うく轢くかという位置で急ブレーキをかけて止まった。

 すると、わらわら避難民が寄ってきて3トン半と小型トラックを取り囲んでしまった。

 小学生くらいの子供から高齢者まで広い年代であり、この状況でよく生き残っていたという取り合わせだ。

 荷台から降りてきた石和三曹が飛び出してきた30代くらいの男たちに問いかけた。

 

「この集団のリーダーはどなたですか?」

「あっちの女の子だ!」

「自衛隊さん、俺達はいいからあの子らを乗せてくれ!」

 

 誰に聞いても小学校高学年の女子児童が避難民を率いてここまで来たと答える。

 普通であれば判断力や体力の面からありえない。

 しかし、ひとつ考えられる状況があった。

 

「君、敵が“見える”のか?」

「そうですね、なんとなくわかるという感じです」

「うちの伊予島二士が見える人間だ、ところで君、名前は?」

「上里ひなたと申します」

 

 上里ひなたという少女がこの一団を引率して出雲より3夜4日(さんやよっか)歩き瀬戸大橋まで連れてきたらしい。

 まじまじと見ていると、金色がかった髪を後ろで結わえた少女が歩み出てきた。

 手には日本刀のようなものを持っていて、強い意志をたたえた目で石和三曹を観察している。

 

「ひなたをどうする気だ」

「こちらが、私の幼馴染の乃木若葉ちゃんです」

「はじめまして。石和尚文といいます。我々も四国へと向かってる最中で、ぜひとも協力いただけないかと」

「わかった協力しよう。だがひとつ頼みがある……」

「なんでしょう?」

「この中に妊婦とお年寄りがいるから、車に乗せてほしい」

「わかった、なら、君たちも乗ってくれ」

「私はかまわないから……」

 

 乃木若葉という少女はこんな時でも()()の心を持っていて、自分は歩くので妊婦と負傷者をトラックに乗せてくれと頼みこんできた。

 しかし、自衛官であり大人から見た彼女たちはまだ幼い守るべき子供だった。

 

「さすがに子供を歩かせるわけにはいかないぞ」

「私なら、車に乗らないほうが敵に対処できる」

「対処?」

「この生大刀ならば、奴らを叩き斬ることが出来る」

 

 石和三曹と乃木若葉の会話を横で聞いていたシュウジは思った。

 

 __そんなアホな。

 

 手榴弾を投げても効いているかどうか怪しく、小銃も効かない相手に小学生の体格には大きすぎる大刀での斬撃が通用するとは思えない。

 だが魔法少女もののアニメよろしく、不思議な力で何とかなったのだろう。

 でなければここに二十余人の避難民はたどり着けなかっただろうし、なによりこの状況で嘘をつく必要性が全くない。 

 

__乃木若葉という少女は見た目よりめちゃくちゃ強いのかもしれないな。

 

 などと乃木若葉という少女について考えていると、シュウジの隣でひなたと話をしていた伊予島がこめかみに手をやった。

 

「イヨちゃん、どう?」

「とても強い気配の敵、来ます」

「そうですね、皆さん、進みましょう!」

 

 伊予島が“見えた”タイミングでひなたも何かを受信したらしく二人して真剣な顔つきで敵の接近を告げる。

 それには乗せる、乗れないというやり取りをしていた石和三曹と若葉も状況を思い出した。

 他の生存者がいたからと言って安全地帯ではなく、むしろここからが脱出の成否を左右する最大のヤマ場なのだ。

 一人でも多く自動車で脱出させたいと考えた浦川三曹は動ける新隊員を引き連れて周囲に鍵のささった放置自動車がないかどうか捜す。

 乗り心地は良くないがベンチシートや後板(こうばん)に足掛けが付いている3トン半大型トラックに住民を乗せることにし、林三曹と佐藤三曹は武器や背のうを荷台から下ろす。

 その際、怪物相手には効かない小銃の半分を捨てるという決心をした。

 ひとりでも多く住民を乗せるためというのもあったが、錯乱した避難民に銃が奪われたり、興味本位で触っていて暴発するなどの危害予防という面もあった。

 

 数班に分けて自動車の捜索中、ある新隊員が工事中の現場を見つけた。

 前職が建設業の現場作業員だった彼は敷地内のレンタカーに目を付けたのだ。

 レンタカーであればキーホルダーに車種とレンタルナンバーが書いているからである。

 小銃の銃床でプレハブの引き戸を打撃してカギを壊すと「事務所の現場監督の机っぽいのはコレか……」などとアタリをつけて捜索して鍵束を見つけた。

 車に乗り込もうとしてドアを開けたところで喰われた遺体があったり、大きくひしゃげて動かなくなっていたり無事な車を探すほうが難しかったが、何とか生きている車を見つけた。

 

「班長、軽トラとダンプがありました!」

「でかした!」

 

 工事現場から借りてきた軽トラック2台と3tダンプカーに手榴弾、弾箱、背のうなどを積みこむ。

 その間、3トン半では上里ひなたの指示のもと整斉と住民の乗車が行われ、若者がお年寄りの手を取って荷台への乗り込みを手助けしていた。

 その一方で精神状態が悪化して幌の中から降りられなくなっていた新隊員もおり、その中には青野の姿もあった。

 

「これ、喰えよ。今日の昼飯」

 

 シュウジは青野に児島駅前のコンビニで仕入れた菓子パンとジュースを渡して車を降りる。

 「がんばれよ」とは言えなかった、誰も彼もみな恐怖と戦っているのだ。

 悲惨な光景に逃避行のストレス、頑張れるところをすでに超えて心が破綻に向かう中、必死に抗っている。

 武器の積み替えと新隊員の民間車両への移乗が終わったころには、もう敵が2キロ圏内に近づいていた。

 

 後に避難してきた者、高嶋友奈らの話によると敵が寄り集まって進化した大型種であり、精密な射撃機能を持っていたと言う。

 児島駅近辺の敵が少なかったのにはそういう事情があったのだろう。

 

 

 先頭からパジェロ、軽トラック2台、住民を乗せた3トン半、ダンプと続いて走り出す。

 ひなたと若葉は指揮車として用意されたパジェロの後部座席に乗り、軽トラに小銃で武装した6人が乗る。

 3トン半に乗り切れなかった若い住民の一部と新隊員たちは最後尾のダンプに乗って後方監視の任に就く。

 自衛官と住民の計47人を乗せた5台の車両は、児島インターチェンジから瀬戸中央自動車道に乗った。

 

「軽トラ怖っ!コケたら終わりやん!」

「急ハンドルはやめてくれよ……」

「その時はみんなで、もみじおろしってか」 

「痛そう」

 

 シュウジと大野とあと2人の新隊員は、89式小銃を手に軽トラックの荷台に座っていた。

 狭い荷台に4人が乗って、腰の高さくらいしかない低いアオリの外は時速70キロを超える速さで流れるアスファルトの路面だ。

 鳥居に結わえ付けた玉掛け用ベルトスリングに安全帯のフックをかけているとはいえ、アオリの外へ転落したら即座にボロ雑巾に早変わりだろう。

 高架の継ぎ目が尻を突き上げ、転がりそうになるたびに慄く。

 なにより一番怖いのは操縦者が新隊員で運転の技量がはっきりしないところだ。

 自動車教習所で大型免許“装輪操縦”という特技を取得しなければ自衛隊では乗用車ひとつ運転できない。

 教習所でみっちり厳しく助教に指導されつつ大型免許を取得させられた班長ならいざ知らず、人がいないため普通乗用車の運転歴も4年くらいしかない新隊員がハンドルを握っている。

 シュウジたちの乗る軽トラの後ろにいる3トン半とダンプの操縦手、そして指揮車のパジェロは民間人を乗せているというのもあって陸曹クラスだ。

 

「頼むから、敵出てくるなよ……」

「アホ、それフラグや」

 

 シュウジがぼやき、大野がツッコミを入れた瞬間にトランシーバーから声が聞こえた。

 

「前方トンネル内に敵2」

「全車停まれ!」

 

 伊予島の声に被さるように石和三曹の声がした。

 その直後、急ブレーキがかかる。

 

「うおっ!」

「あっ!」

 

 慣性の法則でシュウジたちは軽トラのキャビン後方に設けられた鳥居という枠に転がりながら激突する。

 ゴンとかガンとか言う音に運転席の操縦手が顔を出した。

 

「大丈夫か?」

「バカヤロー全身打ったわ!」

「着けててよかった安全帯……」

 

 車列は鷲羽山を貫くトンネルの前で止まり、パジェロから刀を持った若葉が下車して歩いていくのが見えた。

 陽が昇らず、トンネル内照明も切れている真っ暗な中では歩くのも大変なので、車の前照灯で援護をする。

 前を行く若葉の後ろを低速でついていき、敵を見つけたら曳光弾で敵の位置を知らせるのだ。

 敵の位置さえ伝えればあとは見ているだけとなる、下手に撃って誤射でもしたら大変だ。

 たったひとりの女の子に47人の命を背負わせることに歯がゆい思いをしながらも、軽トラックは前に出る。

 2台の軽トラックは指揮車を追い越し、トンネルの中へ。

 

 トンネルの中央くらいで衝突事故を起こしているワゴン車の近くに敵はいた。

 白く大きな奴は餌が飛び込んできたものと集まってくる。

 シュウジたちは震える手で小銃を構える。

 

 もしも彼女が窮地に立たされたら、俺たちが命という名の盾となろう。

 喰われながらもこのトンネルを抜けるまでのあいだの時間を稼ぎ、一人でも多く脱出させよう。

 

 シュウジが悲壮な決意をしたとき、スーッと音もなく寄って来ていた白い化け物が一刀のもとバッサリと切られて消えた。

 あまりにもあっけない敵の消失に理解が追いつかない。

 続いてもう一匹も返す刀で両断され消えていき、キラリと刀身が光ったころにはもう納刀の動作に入っていた。

 

「待たせたな、ひなたたちを呼んでくれ」

 

 ヘッドライトに映った彼女はとても凛々しく、美しく見えた。

 そして、シュウジの頭にはまるで天啓のようにある言葉が浮かんだ。

 

『乃木若葉は勇者である』と。

 

 小さな少女は鋭い眼光でクルリと振り向くと車列のほうへと戻って来た。

 まるで歴戦の猛者が、あるいは状況中のレンジャー戦士が見せるようなギラギラと闘志を秘めたまなざしでパジェロの操縦手である石和三曹は恐ろしいものを感じた。

 

「若葉ちゃん!」

「ひ、ひなたっ車に乗ってて良いのに!」

「だめです、若葉ちゃんは放っておくとどこまでも行っちゃうんですから」

 

 だが、パジェロから降りて駆け寄ってきたひなたによって張り詰めた雰囲気が霧散した。

 照れている様子の若葉はちゃんと女の子をしていて、その光景を間近で見たシュウジはこっちが彼女たちの()なんだと思うとともに、自分がこんな子たちに対して何かできることは無いのかと自らの胸に問いかける。

 ひとしきり抱き合った二人がパジェロに戻ると、「運転はじめ」の号令で再び車列は動き出す。

 本土側から数えて3つ目の橋である与島橋に差し掛かろうかという時、真っ暗な海の上にうっすらと何かが見えることに気づいた。

 白く大きな鳥居のように見え、まるで大橋を跨ぐように。

 

「柱?」

 

 見間違いか、それとも本当にそこにあるのか……注意が一瞬それた瞬間まるで幽霊のようにフッと消えてしまった。

 だが、この世のものと思えないものを見ていたのはシュウジだけではなかった。

 パジェロの中のひなたと伊予島にはこの時点でうっすらと実体化しつつある壁が見えていたし、何人か敏感な者は“空気が変わったよう”な感じを覚えていた。

 死と焦げ臭いにおいが充満してどろりと澱んでいた空気が、急に清浄な空気になったようで背筋が伸びて厳かな気分になった。

 不思議な感覚に戸惑いながら与島に入ったところで、本線上前方に第15普連の装輪装甲車(WAPC)とパトカー数台が道路を塞ぐように止まっているのが見えた。

 赤色回転灯を光らせており、警察官たちが道路の両脇からLED誘導棒を振り回しながら現れた。

 

「自衛隊車両はここから善通寺駐屯地へ行ってください!」

「避難されてきた方はこちらへ!」

 

 止まったところを高速隊の警察官に誘導されて、車列は与島パーキングエリアへと誘導された。

 天災後の混乱に乗じた無秩序な避難民の流入を防ぐための措置で、施設の駐車場内にはいくつもテントが建てられており、その中で身元の確認や感染症の有無が調べられ上陸許可が下りるまではここを出ることが出来ない。

 もし脱走したとしても島であり、四国本島に行くには泳ぐか高速道路を通るしかないから強行突破をしようとする者はいなかった。

 一般の避難民は受け入れ先が決まるまで、最短でも2・3日ほどこの収容キャンプで過ごすことになる。

 

 トラックやパジェロから降りた出雲避難民一行と新隊員たちは食事を振舞われていた。

 発砲スチロール製の使い捨て椀に入ったうどんが提供され、みな4日ぶりのあたたかい食事に涙する。

 配食所に新隊員たちが向かい、お盆に複数のうどんを乗せて避難民に配り歩いていた。

 シュウジはパジェロの近くで座っている一団のもとにうどんを持っていく。

 本州脱出の立役者である二人の少女と伊予島、そして班長らがいた。

 

「ありがとう、秋山。これが終わったら喫食始めろ」

「はい!」

「いつまでもボサッと立ってないで折り敷け!」

 

 うどんの椀を持った石和班長に促されたシュウジもその場に座り、食べ始める。

 黄金色の汁はダシが効いていて、コシの強い麺がツルツルと喉を滑っていく。

 

「こんなにも美味しいのは、どうしてだろう」

「空腹は最高のスパイスだって……乃木さん」

「そうか……疲れすぎて味もしないものだと思っていたんだが」

「うどんは別格なんじゃないか、ほら、香川じゃマラソンの後に熱々のうどんが出るみたいだし」

「そうかもしれんな」

「秋山お前、それは110(ひゃくとお)だけだろ……」

「えっ、佐藤班長110出身なんですか?」

「俺は大津(109)だけどお前んとこの片岡が善通寺だった、だからわざわざ迎えに行ったんだ」

「片岡の奴、もうちょっと待てば助かったのかな」

「言うなよ、あいつだって最善を尽くそうとしたんだ」

 

 暗くなりそうな話を転換しようと佐藤三曹は呟いた。

 

「そういや俺、片岡にお土産頼んでたんだった……」

「で、うどん玉だったんだろ」

「そうそう、やまね製麺所のヤツ。あいつの引率外出の思い出の味だってさ」

「本場に来ちまったよ俺」

 

 うどん一杯で班長らは弾薬庫へと向かって消息を絶った片岡健太郎三曹の思い出話に花を咲かせる。

 善通寺からあの晩までの短い付き合いだったけれど、明るく頼りになりそうな雰囲気にシュウジは好感を抱いていた。

 それだけに彼の下で教育を受けられなかったことが残念だと思った。

 

 伊予島とシュウジは班長らの思い出話の隣で若葉、ひなたとうどんをすする。

 

「そういえば、乃木さんって剣術とかやってるんですか?」

「ああ、居合道を」

「それであんなに……鍛錬のたまものですね」

「鍛錬をしている間は無心になれますから。ところで自衛隊ではどんなことをしているんだ」

「体力錬成……走ったり、懸垂したり、ボール投げとかいろいろやっていましたよ」

 

 最初こそ硬かったものの、鍛錬の話になると次第に硬さが取れてきていろいろと面白い話が聞けるようになってきた。

 幼馴染のひなたとずっと過ごしてきた話、生真面目がゆえに同級生に誤解されそうになったり、鍛錬という趣味に理解してくれる同級生が居なくて困惑した話なんかをした。

 シュウジはひとつひとつ相槌をうって若葉の気分を良くして話の続きを聞こうとする。

 横にいるひなたも「こんなに楽しそうな若葉ちゃんしばらくぶりです」と言って時々、若葉の可愛いポイントなんかを補足している。

 それと同時に、ひなたは周りの人への気遣いも忘れない。

 

「おじいちゃん、そんなに慌てるとむせますよ」

「ありがとう、ひなたちゃん」

「あっ、僕がお水をとってきましょうか?」

「おねがいします、伊予島さん」

 

 出雲避難民の中で最年長の老人を気遣ってそばにいるひなた、楽しそうに話している若葉のもとに狩衣姿の“大社”職員が現れた。

 神社から出てきたようないでたちの職員らに、なんだなんだと注目が集まる。

 

「あなたが勇者様ですね、私、“大社”で禰宜(ねぎ)をしている朝倉と申します」

「大社ってなんだ?」

「私共は地の神の意を汲み、人に仇なす()()と戦う者にございます」

「天敵と……戦う。そうか」

「ええ、あなた様のように力を授かった乙女たちが」

「えっと、大社さんはこの子たちにあいつ等と戦えって言うんですか?」

「そうです、きゃつらを勇者様しか倒すことが出来ないのはあなた方が一番ご存じのはずだ」

 

 目の前で話している少女を戦いに利用しようとする職員に対して声を上げたシュウジ。

 しかし、ただの感情論であって代替案もなく、自分たちがどうすることも出来なかったのもまた事実であって、次の言葉が見つからない。

 

「いいんだ、秋山さん。__これで、奴らに報いを与えてやれる。死んだあの子たちの分まで」

「マジかよ」

 

 同様にひなたに対しても勧誘があったが、したたかなもので若葉と自身の生活の保障などを取り付けたうえで応じることにした。

 どうやら神託を大社所属の巫女が受けていたようで、敵を倒すことが出来た若葉は勇者として、ひなたは巫女となって大社に迎え入れられることになった。

 こうして食事の時間が終わった上里ひなたと乃木若葉は車に乗せられてどこかに連れていかれたのだ。

 

 配食の使い捨て食器を片付け、拝借した民間車両の処理や受け入れ先の話が付いた自衛隊組も後を追うように出発の時がやってきた。

 司令部のある善通寺駐屯地目指して出発した3トン半の車内はだいぶ静かになっていた。

 負傷者や空に対する恐怖の症状がひどいものは与島サービスエリアから医療施設へと搬送されていった。

 そのため荷台にいるのは比較的元気な者ばかりで、安全地帯に着いたという安堵から深い眠りについていたのである。

 

 シュウジは悶々と考え込み眠れないまま坂出ジャンクションを迎える。

 美しい円錐状の飯野山(いいのやま)が夜空に映り、ようやく丸亀に帰ってきたということを実感する。

 讃岐富士という呼び名もあり、青野山と並んで丸亀市のシンボルのような御山であった。

 飯野山の脇に流れる土器川を過ぎればもう善通寺市の街並みが見えてくる。

 インターチェンジで高松自動車道を降りて数十分走ると善通寺駐屯地へとたどり着いた。

 見慣れたレンガ張りの歩道、善通寺の五重塔、そして明治よりずっと使われてきた2キャンプの赤レンガ倉庫……4日前の出発時と何一つ変わらない光景に、シュウジは安心した。

 

「気を付け!」

 

 車両に乗っている場合、営門通過時は姿勢を正す敬礼を行う。

 気を付けの号令に背筋をピンと伸ばす。

 3トン半は営門を超え、舎前の道路へと案内される。

 

「下車用意、下車!」

 

 白い隊舎の前には『のらくろ』の看板が立っていて、ここがまぎれもなく第110教育大隊の隊舎であることを語っていた。

 被教育者が出て行って空いたところに、シュウジたち避難してきた自衛官17名が一時的に住むことになったのである。

 

「110だ、ついに帰ってきたんだ。イヨちゃん」

「うん、区隊長たちもまだいるみたいだね……」

 

 「地獄からの脱出者が来る」という知らせに、駐屯地のいたるところから隊員が集まってきた。

 その中には教え子の帰還を知った前期教育の班長達や区隊長が居て、かつての修了式を思わせるような涙の再会劇があった。

 こうしてシュウジたちの逃避行は終わりを告げ、のちに旅団広報誌にその姿が載ることになった。

 




四国への脱出に成功した新隊員教育隊。
高嶋友奈と烏丸先生一行がどんなペースで脱出行をやっていたのか分からないので、その辺は独自解釈です。
ひなたがしまなみ海道で出迎えてくれるのだから、若葉たちよりは後であるのは間違いないと思います。

「マラソンの後にうどんが~」のくだりをシュウジは体験していません。
彼が入院で出場できなかった香色山走競技会で振舞われる教友うどん(OB会)の話です。
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