勇者史外典:男たちは自衛官である   作:栄光

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北鎮の勇者

 旭川市は北海道の中央部に位置し、住民は約33万人で石狩川に沿って発展した都市である。

 古くから軍都として栄え戦前は陸軍第7師団が、現在は陸上自衛隊第2師団が駐屯していて、旭川飛行場と駐屯地が所在する。

 そんな旭川の街であったが2015年7月30日の天災で壊滅的な打撃を受けた。

 旭川市だけで死者・行方不明者およそ28万人とも30万人ともいわれるこの全世界的災厄からたった一人でこの地を守り続けた少女がいた。

 

 秋原雪花、旭川市内の中学校に通う中学生であった。

 

 天災発生時、彼女は山中の史跡を見るためにひとり山の中にいたため助かったのだ。

 だが、雪花が勇者としての力をカムイより授かって街へと戻ったとき、そこはもう壊滅状態であった。

 もちろん、陸上自衛隊第2師団隷下の各部隊も街と同じ運命を辿ってしまう。

 旭川駐屯地には第26普通科連隊第4中隊、第2特科連隊、第2高射特科大隊といった戦闘職種もいたが、出動態勢が整う前の奇襲である。

 基本的に自衛隊の装備は弾薬が抜かれており、必要時に弾薬庫から弾薬を搬出する形式をとっている。

 一部の駐屯地では弾薬庫が併設されているが、駐屯地が市街地にあるような場合や誘導弾など弾薬の種類においては少し離れた山中の補給処弾薬支処(ほきゅうしょだんやくししょ)に保管されており使用前に弾薬交付のために向かわなくてはならない。

 そのため突然の敵襲において対空誘導弾、高射機関砲どころか小銃射撃すらままならない状況でアッというまに喰い殺されてしまった自衛官が多かった。

 ここでは壊滅した自衛隊のわずかな生き残りと秋原雪花の話をする。

 

 

 2015年8月中旬、勇者である秋原雪花によって市中を徘徊していた化け物(後にバーテックスと呼称)が掃討され、旭川市内で出歩けるようになった。

 だが雪花は両親を失っており、悲嘆に暮れているときにも容赦なく敵は現れた。

 戦って、戦って、戦って、気を紛らわして家で泣く、そんな日々だった。

 

 9月に入ってすぐの話である、雪花は旭川市北方より接近する3匹の怪物と交戦した帰りにひとりの男と出会った。

 勇者になると五感と体力が増強され、雪花は100m先の藪の中に金属音を聞いた。

 ガシャガシャという金属音の下へと歩いていくと、迷彩服に枝葉をつけた男が一人寝そべっている。

 銃のスライドを動かして、薬室に残った弾を抜いている最中だったようだ。

 

「さっきから銃を撃ってたのはあなたですか?」

「そうだよ」

 

 雪花の問いかけに20代くらいの男はゆっくりと立ち上がり、手に持っていた自動小銃を細長い迷彩色のガンケースへと仕舞った。

 

「どうしてですか、効かないのに」

 

 化け物に銃火器は効かない、このひと月で()()となったはずだ。

 だからこそ生き残った市議会議員や、自治会長らが作った“市民協議会”が雪花に()()するという形で敵の駆除を任せているのだ。

 カムイの力で生きている電波で雪花の持つハンディ無線機には協議会から連日のように指示が入る。

 ゆえに敵の襲来時には勇者に任せ、避難誘導と立てこもることによる持久戦が主な戦法であった。

 そのため、効きもしない自動小銃でただひたすらに撃ち続けていた男の行動は理解しがたいものに映る。

 自殺志願者のような男でも助けたくなるのが勇者であるし、さっさと逃げてほしい。

 そんな雪花の呆れたような眼に男はあっけらかんと言う。

 

「俺が自衛官だからかな、君が勇者様であるように」

 

 ここ数日の間、市民協議会の指示のもと北に南に走り回っていた雪花はつい感情的になってしまった。

 

「自衛隊は……何の役にも立たなかったじゃないですか」

 

 ポロっと零れた雪花の言葉に、男は鉄帽の間から手を入れて頭をポリポリと掻く。

 

「そうだ、それに比べて君はみんなを守ることが出来てる……俺なんかよりも」

 

 後悔をにじませたような声に雪花はようやく我に返った。

 

「あっ、ごめんなさい、こんなこと言うつもりじゃなかったんです」

「いいよ、いいよ、あの晩俺達に出来ることなんて何にもなかったしね」

 

 気まずい雰囲気が流れ、雪花が一言かけてその場を離れようとしたときに腹が鳴った。

 雪花のものか、男のものか、それとも両方か。

 

「そうだ、ラーメン喰いに行かない?俺のオゴりで」

「ええ~、ラーメン屋さんなんて残ってましたかね?」

「うん、とっておきのラーメン屋があるよ、さ、乗った乗った」

 

 初対面の男に促され、雪花は気づけばボロボロのパジェロに乗っていた。

 普通に考えれば声かけ事案だし怪しすぎるわけだが、男は「気になるようなら逃げてくれてかまわない」と言ってハンドルを握っている。

 街のほうへ向かったパジェロは2階部分が崩れかかった民家の前で止まった。

 おそるおそる槍を持って家に入ると、段ボールに入った袋麵が居間に積まれていた。

 

「これの何処がラーメン屋なんですか、騙された!」

「いやいや待て待て、俺が店長だ!」

「そんなオチって……」

 

 男は迷彩作業服の上着を脱いでハンガーにかけ、鉄帽を無造作に転がすと迷彩シャツの上から赤いエプロンを着ける。

 台所に袋麺と何かを持っていくのを見て、正直ここで帰っていいんじゃないかと雪花は思った。

 しかし天災からずっとラーメンを食べた記憶もないことから、せっかくだし食べようかと思い直す。

 座卓の前に座った雪花は、キツネのような精霊コシンプに男の様子を確認してもらいながら部屋を見回した。

 

「へえ……普通の家ですなあ」

 

 どこにでもあるような民家で、目新しいものはハンガーに吊るされた制服に小銃といった自衛隊関連のものだけだ。

 男が自衛隊の関係者だというのはわかったが、彼が今何をしている人なのかわからない。

 

「お待たせ」

 

 男の手には二杯のラーメンがあり、ちぢれ麺こそインスタントだが醤油とんこつ系スープに焼豚と煮卵がのっていて、ラーメン屋の鉢に入っている。

 

「思っていたより雰囲気は出てますね」

「そうだろ!冷める前に喰った喰った」

 

 二人は手を合わせてラーメンを食べる。

 言葉はなく、麺を楽しむ。

 久しぶりのラーメンはインスタントながらもとても美味しく食べることが出来た。

 食後、ようやく雪花は男に尋ねる、あなたは何者でどうしてあんな場所にいたのかと。

 

「俺か、俺はヒロでいいや。部隊もなんも残ってなくてな、今はラーメン屋やってる」

「そのラーメン屋店長のヒロさんは何であんなところに?」

「未練、なんだろうなあ。国を、国民を守り切れなかったっていう」

「あっ……」

「気にするなよ勇者様、これは俺の心残り。今の俺に出来るのはこうしてラーメンを作ることだけだから、これからも食べに来てよ。安くするぜ」

「わかった……ヒロ店長、また来るよ」

 

 このように雪花とヒロが出会ってから、時間は流れて季節は早くも2年目の冬になろうとしていた。

 敵の数も増加傾向にあり、じりじりと生存領域を削られていくのが目に見えてわかる。

 しかし旭川市の北東部、ヒロのラーメン屋がある地域はまだ安全だ。

 

「ヒロ店長、聞いてよ……」

「ああ、及川のオッサンがねえ」

 

 雪花は化け物の撃退後にヒロの店に立ち寄るのが習慣となっていた。

 市民協議会の配給所に行こうものなら、自らの保身と権力に酔ったオヤジたちがすり寄ってくるのである。

 

「他にも『勇者様、勇者様、家に来ませんか』ってくるわけですよ、こっちは企み知ってるんだって」

「不安なんだろうけど、露骨だよな」

「そうそう、第一そんなので行ったら飼い殺しか、息子の嫁に~って。どっかにいい場所無いかにゃ~」

「雪花ちゃん、穴でも掘ってみるか?」

「穴?」

「昔、横井正一(よこいしょういち)っていう兵隊がいたんだ」

「聞いたことある」

「その横井さんは、戦争が終わってからもずっと洞窟で戦いつづけていたわけよ」

「私も追い詰められたらそうするか……ヒロ店長は?」

「俺も野戦築城(やせんちくじょう)、穴掘りは得意だしな。山中で2人だけのゲリラ戦でもするか」

「ゲリラねえ、ヒロ店長戦力にならない」

「しかたない、じゃあ俺穴掘りと食事担当で」

「じゃあ採用です!」

 

 その日、二人は冗談交じりに山中の洞窟陣地について話し合った。

 雪花は城や歴史が好きで雑誌『歴史群像』なんかも時々読んでいたものであるから聞き覚えのあるワードがちょくちょく飛び出し、楽しく話せたように感じた。

 ひとしきり話した雪花が帰って、ラーメンの後片付けを終えるとヒロは家を出る。

 市民協議会の幹部メンバーに見られないように家から離れたところに停めているパジェロに乗り込んだ。

 擬装が施された“枯草の塊”は道路を走って人のいなくなった廃墟、かつて旭川駐屯地と呼ばれた建物に入っていく。

 そんな様子をカムイたちはじっと見ていた。

 

 

 10月後半、旭川市には雪が降り始めていた。

 しんしんと降る雪、気温の低下とともに気分も重くなってくる。

 日照時間が短くなり、また人によっては()()()()()という症状で外に出ないことから精神を安定させるセロトニンの分泌が減っているためである。

 いや、()()()()のせいだけではなく、戦況が悪化していることも関係している。

 雪花はヒロの作った煮卵が好きだったのだが、老人が営むある養鶏所への物資配給が滞った結果ニワトリが死んでしまい鶏卵が手に入らなくなったのだ。

 出所不明の穀物を鶏に食べさせ、卵をポンポンと産んでいた今までが異常と言われればそれまでなのだが。

 こうした物資配給の混乱や生存ラインの後退、そして市民協議会内部での権力闘争は勇者である雪花に負担となって重くのしかかってきたのである。

 

「いよいよきっついわー」

 

 石狩川沿いの山中に雪花は勇者の力を使い洞窟、いや地下陣地を作り上げていた。

 ほんのひと月前まで冗談で言っていた堅忍持久(けんにんじきゅう)、山中での遊撃戦が真実味を帯びてきたのである。

 備蓄した食料も大分溜まり、自作の家具で居住性も大幅に向上した。

 

「私はいざとなったら洞窟に潜ってでも生き延びてやりますよ」

 

 今日も雪花はヒロからもらった野戦築城の教範を参考にOD色のシャベルやつるはしで穴を掘り進める。

 石に切っ先が当たり火花を散らす、それでもただ無心に少しでも深く掘る。

 ひとしきり掘った後、擬装網を入り口に掛けると地上で大きく伸びをした。

 

「掘った掘った、寒いし今日はヒロさんのラーメン食べてから寝よ」

 

 山を下り、いつものように濃緑の屋根の民家へと入る。

 一年目秋のよく晴れた日、積雪シーズンに備えて単管で骨組みを作り角材で補強したのである。

 ヒロに電動工具の使い方や番線の巻き方を教わった雪花はDIYが出来るようになった。

 二人がかりで角材に板を打ちつけ、防水塗料の重ね塗りといった作業をした思い出の屋根には雪が積もり、どうも雪かきをした形跡がない。

 客は雪花しかいないのでヒロが居ればラーメンを作ってもらえるし、いなければ帰るだけだ。

 

「ヒロさーん、いる?」

 

 声を掛けたが返事がない、いないのかと思って居間まで上がってみた。

 室内はひどく荒らされ、食料品の類はすべて持ち去られていた。

 こういった事をするのは人間しかいない、雪花は心が冷え込んでくるのを感じた。

 ヒロを探し回ったあと、気づけば自宅のベッドの中に居てどこをどう帰ったのか覚えていなかった。

 人間の敵は白い怪物だけではない、同じ人間もまた敵なのだと実感したのである。

 

 

 ヒロのラーメン屋が荒らされた翌日、市民協議会の会議の議題が“食料分配の適正化”についてだった。

 及川を筆頭とするタカ派が食料配給という正規の手段以外での食料の()()()()について取り締まるべきだと主張し、ハト派とされる議員は「略奪が横行しないように見張りをするだけにしては?」と提案した。

「この状況において配給以外で食料を溜め込める者など、どうせ人の居ない建物から火事場泥棒をしているのだから問題ない」とある議員は言った。

 火事場泥棒発言に天災直後の混乱期にスーパーやホームセンターで物資獲得という経験をした者は何も言えなくなってしまう。

 

「勇者様も子供ならまだしも、生産性のないジジババばっかり助けて……」

「及川さん、あんた何言ってんだ!」

「事実を言ってる、ただ飯を喰い食料を確保に行けるわけでもない。何ができるんだ!」

 

 その後も及川代表による住民の取捨選択論など聞くに堪えない発言が続く。

 それを別室から聞いていた雪花は住民を守ることを辞めて、地下陣地に引きこもってやろうと決心した。

 このままでは自分も及川らの権力闘争に使われたあげく()()されて使い潰される未来しか見えない。

 

 雪花が集会所のそばを離れようとしたとき、敵が襲撃してきた。

 東から14、南から12と敵の数が今まで以上に多すぎる。

 さっきまで「勇者はほどほどにして引きこもってやろう、もう自分のためだけに力を使っていいんじゃないかにゃあ……」そう思っていたのに体は誰かの前へ、敵を切り裂いている。

 

「あーっ、もう、やることはやってやりますよ!」

 

 いつものように避難が間に合わなかった子供や高齢者の救出に力を注いでいた。

 ハンディ無線機からはずっと呼び出し音が鳴り、及川の喚き声が聞こえる。

 

(かん)なし!」

 

 そう一言叫んだ雪花は無線機の電源を切って、槍で一匹また一匹と始末していく。

 奮闘する彼女だったが、協議会の本部である“旭川市役所”を中心とした2キロ圏内をたった一人でカバーするのは土台無理な話であり各所で被害が出ていた。

 

「ひぃいいい!」

「おばあちゃん!」

 

 ありあわせの資材で出入り口付近を強化した“避難ビル”の目の前で転倒した高齢の女性に迫る化け物に槍を投げる。

 敵の中心に突き立ったが故に女性は九死に一生を得たが、雪花は武器を一瞬失う。

 投げ槍で貫かれた一匹を囮にして、すぐ間近まで接近してきていた一匹が雪花に牙をむいた。

 

「しまったっ」

 

 手元に槍はなく、諦めかけたその時、銃声が響いて弾が表皮ではじける。

 幾度か聞き覚えのある古い自動小銃の音だった。

 一瞬の隙が命取りになるなら、敵もまた同じだ。

 雪花は手の中に戻った槍を白い怪物の口中に突き入れた。

 

「待たせたな、勇者様」

「ヒロさん!」

 

 枝葉で擬装されたパジェロと迷彩服に小銃を携えたヒロがそこにいた。

 外から声を掛けて高齢女性を避難ビルの中に入れてもらうと、パジェロに乗り込んだ。

 

「次行くぞ、乗った乗った。まだ、敵居るんだろ?」

「そうだけど、ヒロさんはあいつ等に見つかったらヤバいんじゃないの?」

「何かしらの労役義務があるとかってこき使われるかもな」

「それに、危ないよ!」

「ことに臨めば危険を顧みず、身をもって責務を完遂し、国民の負託に応えますってな」

「……わかりましたよ、でも危なくなったら逃げてください!」

「それは雪花ちゃんもだろう」

 

 ラーメン屋店長をやっていた時とは違う真剣な眼差しに、雪花は彼の本質を思い出した。

 そういえば、効かない銃を持って立ちはだかろうとする男だったと。

 カムイたちの誘導に従って、行き先を告げる。

 パジェロは荒れた大雪通を走り抜け、あっという間に街の南端に着いた。

 雪花が東側の牛朱別(うしゅべつ)川防衛線で戦っている間に、街の南側から接近していた一団は避難ビルや民家を襲いながら忠別川を越えて、“()()防衛ライン”のJR旭川駅まで侵入していた。

 函館本線・宗谷本線の所々崩れかかった高架を超えればもう旭川市役所、通信拠点である旭川中央警察署跡は目と鼻の先である。

 無線の電源が入っていたなら、きっと及川の悲鳴じみた呼びかけがずっと聞こえていただろう。

 

「やっぱり、信号がなかったら早いな!11時方向にいるぞ」

 

 パジェロから飛び降りた雪花は避難ビルに食らいついてバリケードを破壊しようとしている怪物を後ろから切り捨てた。

 その間にもヒロは周囲の警戒を怠らない、敵がいれば射撃して知らせるのだ。

 

「4時方向、敵散兵!」

 

 紅い光を曳いて飛んで行く曳光弾の先に倒すべき敵がいる、雪花は銃弾と競うような勢いで突入していく。

 

「2時方向、建物の陰!」

「はいな!」

 

 ヒロの持つ20発入り弾倉の弾が無くなろうかという時に敵は全滅した。

 最後の敵は銀行跡付近にいて、市役所まであと300メートルという距離だった。

 

「これでミッションコンプってね。ひどいクソゲーだわ」

「お疲れ、任務完了」

 

 旭川市南方の掃討が終わって、パジェロは市内を堂々と走る。

 勇者の凱旋に隠れていた住民たちが現れて、誰ともしれず「万歳」の声が上がる。

 

「雪花ちゃん、胸を張れ」

「いやぁ、今回ずいぶん好き勝手しちゃったから……」

「気にするな、オッサンどもが何言おうが無視しろ」

 

 歓呼の声を受けつつ、さあ帰ろうかというところで一人の男が道路上に現れた。

 天災前に町中の選挙ポスターでよく見た顔で、市民協議会の代表である及川だ。

 及川は雪花に再三呼びかけるも無視されたことで内心はらわたが煮えくり返る思いであったが、そこに現れた自衛官の青年にぶつけることで解消しようと考えた。

 

「勇者様、ご苦労様です……その者は?」

「及川さん、この人は自衛隊の」

 

 雪花を手で制すと、ヒロは自ら名乗った。

 

「広瀬裕司三曹です、秋原さんの協力者をやっています」

「自衛隊?あの役立たずどもの生き残りか、あれだけ高い兵器を買ってろくに使いもせずに負けた」

「及川さん!」

「いいんです、負けたのは事実なんですから」

「それで、資源も少ないというのに勇者様に取り入ってドライブか、いい身分だな」

「勇者とはいえ女の子、この広い防御区域をずっと走り回れって言うのはいささか無理がありませんか?」

 

 及川は7.30天災までは福祉に力を入れて地域の活性化を訴える政党の議員だった。

 しかしあの晩、自衛隊があっさり壊滅して終わりの見えない敵襲、流入する避難民、悪化する生活環境にどんどん追い詰められた結果、弱者を切り捨てて能力があるものだけで限りある資源を再分配するという思想へと()()したのである。

 そんな彼にとって物資がない中、自動車を乗り回している自衛官は利用価値がありそうだとして、良心に付け込もうと考えた。

 

「ふん、良いだろう。だが、せっかく車を持っているんだ、皆のために役立ててみようという気はないかね?」

「いいや、俺はアンタたちの指揮系統にないんだわ。俺は俺のやりたいようにする」

「そんな自分勝手なことがまかり通るか!みんな助け合ってるというのに、自分のことばかり……これだから若いのは!」

「助け合い?弱者切り捨て路線に走ったアンタが言うセリフじゃねえな!」

「貴様……ッ、どうなるかわかっているんだろうなっ」

 

 この状況で協力しない者は「自分勝手だ」と言い、善意で協力することこそ人として当たり前じゃないのかという論調で攻める気だったが、逆に痛いところを突かれて激昂する。

 “年長者で地位があるものがわざわざお願いする”といった仮面はとうに剥がれていた。

 

「うるせえよ」

 

 相手にするのも馬鹿らしいといった雰囲気でパジェロに乗り込むとその場から走り去る。

 そのまま石狩川に架かる橋を越えて北へと向かっていた。

 

「いいんですか、ケンカ売っちゃって」

「いけるいける、あのオッサンに出来ることはせいぜい人使っての嫌がらせくらいだよ」

「それが面倒なんじゃ……」

「食料はこっちであるし、フクロにしようったってこちとら格闘き章持ちだ」

「格闘き章って何ですか?」

「格闘検定特級っていうテストに合格して、そこそこ指導できますよってヤツ」

「へーっ、そんなのがあるんですね」

「あ、雪花ちゃんのほうはそういう訳にはいかないのか」

「そうですよ……はあ、気が重いわ」

 

 勇者の力があればたとえ襲撃を受けたとしても退けることはできるだろう。

 しかし、悪意を持った人間に襲われるといった経験は中学生の少女には重すぎる。

 怪物との戦闘経験があるからといって同じ人間に刃を向けることが出来るかというのは別問題なのだ。

 

「じゃあ、ウチ来る?」

「……ヒロさんの家って家探しされて凄いことになってましたよ」

「あれ実は俺の()じゃないんだよね、外の拠点として借りてたけど」

「ええっ、じゃあどこに住んでるんですか」

「もうちょっとで着くよ」

 

 パジェロは半壊した白い建物の脇を抜けて、平屋で青いスレート屋根が特徴のボロ小屋の前で止まった。

 

「ここって、自衛隊の基地?」

「駐屯地の中の外来宿舎だったとこだな。もといた生活隊舎はあの晩ぶっ壊れたし」

 

 ヒロは中に入ると、ドア一つ隔てた別の部屋の2段ベッドを指さす。

 落としたコインが跳ねるほどしっかりと張った緑色の毛布に、包丁で切ったロールケーキのように端末まで揃えて畳まれたクリーム色の掛け布団。

 水平・直角・一直線を着眼にすべての寝具が整えられたその空間は自衛隊の居室であることを主張していた。

 

 

 年上の男性とふたりひとつ屋根の下で寝食を共にするということで、一瞬少女漫画が脳裏をよぎる。

 こんな社会も崩壊したような世の中なのだ、男女のあれこれがあったっておかしくはないはずだ。

 

「そうは言われましても、心の準備というやつがですね」

 

 青少年の旺盛なる想像力を発揮させている雪花の様子に、ヒロは「女の子だから、こういうところには抵抗あるよな」と思い、ひとりで考える時間をあげようと外来宿舎の外に出る。

 

「それもそうか、じゃあ俺は飯取ってくるからそれまでに準備しといて」

「ええ……」

 

 そして数十分後、補給品倉庫に向かったヒロは色々リアカーに積んで戻って来た

 今晩はパックに入った戦闘糧食を二人で食べることになった。

 

「これ、ミリ飯ってやつ?」

「そうそう、パック飯」

 

 20分間沸騰した湯で湯煎してから食べられる携行食糧で、渡されたときは熱々だがいざ喫食となった時には完全に冷えていることが多いブツだ。

 見覚えのある寸胴鍋でパック飯を煮ているヒロの後ろ姿に雪花は尋ねた。

 

「もしかして、あのラーメンって」

「腐らない乾麺は今みたいに補給品倉庫とかスーパーとかから頂戴していたな」

「ああっ、心配して損した!」

「心配してくれたの?」

「そりゃ、もう2年の付き合いですし」

 

 雪花は戦闘糧食のタコライスをもしゃもしゃ食べながら考える。

 ここまで戦ってきたわけだが、もしもヒロと出会わず一人で戦っていたら今頃どうなっていたんだろうか。

 おそらく及川らの意向に振り回され、愚痴を言う相手も居ないままどんどん心に溜め込んでしまってどこかで破綻していたんじゃないかと。

 

 夕食が終われば、雪花の自宅に行って荷物の積み込み作業をやる。

 住民協議会のメンバーは雪花の家を知っているので夜襲や嫌がらせをしようとすればいつでもできる状況なのだ。

 雪が舞って、しんと静まり返った闇の中で引っ越しは行われる。

 

「いよいよ、ここともお別れですかにゃ~」

「もう、残りはいいのか?」

「うん、これ以外は持っていけないから」

 

 ダンボール3箱分にまとまった私物を持って雪花は旭川駐屯地内の外来宿舎へやってきた。

 その途中でいくつかの施設案内を受ける。

 

「服とか足りないものはここ厚生センター……売店の跡地からパクってくるといい」

「シャツもジャケットもみんな迷彩なんですね、どう?」

 

 棚に残っていた防寒戦闘外衣を手に取って勇者装束の上から羽織ってみる。

 

「ちょっと大きいけど、なかなかいいんじゃないか」

「ヒロさん、ファッションセンスは無いですね」

「まあ年がら年中迷彩服姿だからね、生活に染み付きすぎてるんだよな」

「デートに上下迷彩はNGですよ」

「さすがにデートでは無いだろ」

「私、ヒロさんの私服姿見たことないんだけど?いっつも迷彩服かジャージじゃん」

「そういやそうだった……いや、一度は見てると思うぞ」

「ほんとに?」

「うん、ずっと迷彩着てる理由も話そうか……」

 

 最後に迷彩()()の私服を着たのは、外出中のヒロ一人を除いて部隊が壊滅したあの晩だった。

 駐屯地の外周と規律を守る警衛勤務を終え、午後からの半休にドライブに行っていたのだ。

 陸曹となって私有車保有許可が下りた彼は中古のレガシィツーリングワゴンを買った。

 足回りやブレーキにカスタムが施されているモデルということもあってちょっとした性能テストがてら山道を走ってみようと考えた。

 駐屯地から遠すぎず2時間以内に戻れるスポットとして国道12号を走り、神居古潭(かむいこたん)、石狩川に架かる神居大橋の手前の駐車場まで走る。

 行きに30分、帰りに30分、あとは市内で買い物と夕飯を食べたら午後9時の帰隊時間に十分間に合うだろうという時間見積もりでヒロは出発した。

 

 ところが運命はわからないもので、神威大橋の写真を撮ったヒロが駐車場に戻ると()()エンジンが掛からなくなったのだ。

 セルモーターが力強く回ることからバッテリーあがりというわけでもなさそうで原因が分からず、レッカー車を呼ぼうとするも圏外で携帯がつながらない。

 途方に暮れて少し歩いて救援を呼びに行こうかどうか悩んでいるとき、いきなりエンジンが掛かった。

 次の休みに点検整備に出そう、とんだドライブになっちゃったな……と思いながら、ヒロは旭川市街地のほうに向かって走り出す。

 

 国道12号線を東に進んで住宅地の下を通る旭川トンネルに差し掛かった時、突如強い揺れを感じた。

 出口で事故があったのか車が詰んできて、トンネルの中央で閉じ込められることになったのである。

 この時、ヒロの頭の中は「強い揺れだ、早く部隊に帰らないといけない!」という思いでいっぱいであって全く動かない車列にイライラしてきた。

 部隊当直陸曹や先任の個人携帯にかけたが一向に繋がらず、しまいに駐屯地に掛けたが、いつもと違って交換手が出ない。

 皆がいるはずの平日の夕方という状況においてこれは異常事態であると異変を感じたころ、地上では空から降ってきた敵によって阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。

 

「逃げろ!」

 

 街が襲われていることに気づいたのは、前方から車を乗り捨てて逃げてくる人を見てからだった。

 火災が起こったなら煙が流れてくるはずであるが、この慌てようからただ事ではない。

 ヒロは動かない車を乗り捨てる決心をし、来た道を引き返すように走った。

 これが生死を分けるポイントで、事態が飲み込めずいつまでも車に留まった人は入り口を見つけて入ってきた化け物に車ごと捕食されることとなったのだ。

 図らずも車に留まった人を囮にするかたちで脱出したヒロたちは散り散りバラバラに逃げ、近くのゴルフ場の森などで息を潜めていた。

 遠くの空が赤く燃えて、住宅街に白く大きな化け物が雪崩れ込んで人を次々と喰らっていく。

 武器もなく素手であるから遠くからそんな光景をただ見ているしかできなかった。

 どれほど時間がたったか、森の中を転々としてまだヒロは生きていた。

 近くの民家がことごとくやられて、生存者が隠れていないかとあたりを徘徊する化け物に捕食されるときがきた。

 もう逃げ場所がない……そんな時、一人の少女が槍を持って飛び込んできた。

 

「大丈夫ですか!」

「あ、ああ」

 

 山中でカムイの指示を受け、旭川市街に向かって急ぐ秋原雪花その人である。

 雪花は次々と化け物を切り裂き、突いて数を減らしていく。

 

 その姿にヒロは彼女に強い憧れを持った。

 国民の盾、槍の切っ先として危険に立ち向かっていくその姿はまさに勇者であった。

 

 命を救われたヒロは徒歩で旭川駐屯地へと戻ったが街も部隊も酷い有様となっていた。

 頭部や四肢が欠損した遺体、体幹が真っ二つに切断された遺体など災害派遣でもめったに見ないような酷いものばかりで、嗚咽を漏らしながら生き残りがいないかと広大な駐屯地の中を彷徨った。

 物音がするたびに怯え、誰何(すいか)し、どこをどう行ったか分からないまま、気づけば自分の寝起きする生活隊舎前にたどり着く。

 真白き隊舎は至る所にどす黒い血化粧が施され、どういう訳か半壊していた。

 瓦礫の下から見える手が、半長靴が部隊の誰かだとわかるだけにとてもつらい。

 おそるおそる生活隊舎に入って自分の居室、営内陸曹部屋に戻ると被害こそなかったものの同室の者は居なかった。

 真っ暗な中、手探りでカナディアンボックスを探り当てて演習用品を取り出すと、とりあえずベッドで横になった。

 呆然自失といった感じで過ごし、背のうの中の飴玉、壁の無くなっていた調理室の冷蔵庫にあった食べ物で命をつなぐ。

 その間太陽が昇ることは無く、時間感覚もあいまいだったが4日目くらいから風に乗って腐臭が漂うようになったため、生活隊舎を出ることにした。

 そして、天災発生時に人がいなかったが故に破壊を免れた外来宿舎を発見し、仮の住まいにする。

 

 6日目、ようやく太陽が顔を出して闇に覆われていた世界がはっきりとすると、残酷な光景だけでなく自分の姿も明らかになった。

 暗闇を彷徨っていた時に誰かの血肉に触れたのか、ベットリと血糊が付いて変色していて思わず悲鳴を上げた。

 変色したシャツとジーンズを捨てて、持ち出した背のうからジップロックで小分けにされた着替えを取り出し着替える。

 それ以降、迷彩以外の私服は着ていない。

 

 ヒロが心の傷を癒すにあたって思い出したのが、雪花の奮闘であった。

 “営外”拠点を作り、動く小型トラックを見つけて近文台(ちかぶみだい)弾薬支処跡から弾を補充して最後の自衛官をやることにしたのだ。

 あの日からずっと雪花は戦い続けている、役に立たなかった()()()()まで。

 ヒロは通信倉庫に残っていた新野外無線機で住民協議会と名乗る自治組織の無線を傍受し、勇者の手が回らないところに進出して到着までの間、陽動を行う。

 

 __これは意地だ、たとえこの弾が効かなくとも、この身が喰われようとも住民を逃がして勇者様が来るまで時間が稼げたらそれで十分だ。

 

 

 狙撃仕様の64式を持っての陽動作戦は成功であった。

 白い化け物の対人探知範囲はおおむね100mほどであるから、射距離200m~350mでチクチクと撃ってやれば向きが変わるのである。

 

 ヒロは狙撃によって何人かを救い出すことに成功した、しかし、名乗り出ることは無かった。

 なぜならば、住民協議会は物資を()()()()しそれから()()するという方針であるためだ。

 広大な旭川駐屯地内に奇跡的に残った装備や補給品倉庫の中の食料、あと労力などを奪われて“分配”されるのが目に見えている。

 また、弾薬支処や燃料支処といった装備運用上の物資が大量に集積されている拠点への行き方、入り方などを追及されるのも癪だ。

 協議会に与せず独立した“最後の自衛官”は幾度目かの出動で雪花と再会する。

 あの日に見た勇者の女の子は間近で見ると思ったよりも華奢だった。

 ヒロは話をする口実に“ラーメン屋”ごっこをしたわけだが、おいしそうにラーメンをすする雪花の姿に、こういった形の“銃を撃たない後方支援”もありじゃないかと思うようになった。

 それでも、迷彩服を着ることで“あの日、逃げることしかできなかった自分”ではなく、たった一人でも戦い続ける“最後の自衛官”であり続けられるのだ。

 

「思ったよりちゃんとした理由だったんですね~」

「そ、まあ売店に置いてあるの迷彩柄かOD色しかないって言うのもあるけど」

「やっぱり!」

 

 ずっと迷彩の服を着る訳で盛り上がりつつ、二人は外来宿舎に戻る。

 

「いやぁ、やっぱりストーブがあると暖かいわ~ヒロさんなんでも持ってるよね」

「そりゃな、火の気がないと寒すぎるからな、中隊にあったヤツを持ってきただけ」

 

 災害派遣用倉庫の中にあった対流式の灯油ストーブで暖をとり、朝の雪かきについて話して寝る。

 協議会に属さない協力者も何人か居ることから彼らとの物々交換に出向き、あるいは地元の猟師の手伝いや雪かきなどをして一日を過ごす。

 そして一日の作業が終われば二人でささやかな夕食を取って、ときに語り合って眠る。

 白い化け物も出てこなかったことからのどかな生活がしばらく続いた。

 

 

 __しかし、滅びかかった世界において、終わりは唐突にやってきた。

 




北の護りの勇者と最後の自衛官の話です。
ご質問・ご感想等あればよろしくお願いします。


参考資料:
花結いのきらめき『秋原雪花の章』等
杉山隆男『兵士に告ぐ』
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