勇者史外典:男たちは自衛官である   作:栄光

5 / 17
ラスト・シューティング

 二人の朝は雪かきから始まる。

 スノースコップを手に外来宿舎の屋根の雪下ろしと、パジェロを停めている道路周りを中心に雪かきをするのだ。

 ヒロははしごで屋根に上がり、ドサッ、ドサッと雪を落としていく。

 下にいる雪花もスノーダンプ、ママさんダンプとも呼ばれる取っ手の付いたソリのような除雪器具で雪をすくって、雪を通路の外へと掻きだす。

 

「今朝はまたしばれるねえ」

「そうだな、早く終わらせて温まろう」

 

 吹雪こそないが気温はマイナス8度と結構冷え込んでいて、防寒戦闘外被の下に保温下着などを何枚着こんでいても寒い。

 

「モチ、開けちゃいますか?」

「モチのロンよ」

「うっわ、寒っ」

「今のは俺も滑ったとおも……ッ!」

「ヒロさん、気を付けてよ。病院もないんだからさ」

 

 ダジャレどころか屋根で滑って落ちそうになるヒロに思わずツッコミを入れる。

 落ちて雪に埋まったとしても雪花なら勇者パワーを使って掘り出せるということから舎前担当なのだ。

 生き埋めを掘り出すことはできても、落下時のケガに関してはどうしようもないので落ちないよう、怪我をしないよう注意しなくてはならない。

 しょうもない事を言って屋根で足を滑らせるというヒヤリハットがあったものの日課の雪かきを終えた二人は、ストーブに金網を張ってパックの切り餅を焼く。

 

「大蔵さんとこの餅、あと何袋あったっけ」

「2袋と半分くらいですね」

「て、ことは雑煮を作るためには一日1個かなあ」

「どうせなら、我慢してぱあっと食べましょうよ」

 

 増加食として備蓄されていたカップ麺一箱との物々交換で10袋入りのパック切り餅4袋をもらったのである。

 焼き色が付いて膨らんでいく餅を見ながら雪で湿った外被を使う者の居ないベッドに吊るし、流し台に置いてある食器を準備する。

 

「雪花ちゃん、何つける?」

「いつも通り砂糖醤油で」

「了解……また砂糖調達に行かなきゃな」

「そんなに減ってるの?」

「まだあるけど、年越しまでは持たないかもしれない」

「年越しね。来年こそどうにかなればいいのに……」

 

 瓶の中の上白糖は半分より少し多いくらいであるが、料理などでの消費量を考えると心もとない。

 廃墟から調達したしょうゆ、しお、味噌その他の調味料も日に日に少なくなってきている。

 すべての生産拠点が壊滅して補充がされない以上、枯渇は近い。

 分かってはいるが、やはり寒い中で食べる食事の味は濃いほうがよい、寒いと味覚感度が鈍くなるのだ。

 雪花は砂糖醤油、ヒロは自作のきな粉を付けて餅ひとつを朝食とする。

 

 ヒロは餅を食べながらぼんやりと“この先”を考える。

 壊滅した旭川市内の生存者は2年目の冬時点で多く見積もっても3千人、少なくとも千人はいるはずで、各々が廃墟からの調達や森の中での狩猟、夏は農耕などで食料を賄っている。

 天災後の冬までは33万人を支えていた物流・インフラの残滓で十分賄えたわけだが、2年目の今、食料やわずかに残った石油は底を着こうとしていた。

 今はまだ最低限の“文化的生活”が送れているが、本格的に困窮して暖を取るのも難しくなる日はそう遠くないだろう。

 雪花とふたりで旭川を出て、本土や人の居る地域へと脱出することも考えたヒロだったが、どうも雪花にだけ見えるカムイによると、旭川の外は敵に囲まれてしまっているらしい。

 十重二十重の敵をどうかいくぐっていくかが問題で、人の居ない山中を行けば遭遇率は格段に減るだろうが真冬の雪山を縦走するのには技術も経験も装備もなく遭難する。

 旭川の周りは四方山であり海に出るにも山越えで一般道路、鉄道や高速道などを伝って行こうにも曲がりくねっていて長いうえ人の居るところに出る。

 減っていく食料と体力そして冬であれば寒さと吹雪、人家跡のある近隣村落にたどり着くまでに死ぬか、補給地点に選んだ街で化け物に襲われて死ぬかの2択だ。

 見捨てておけぬと勇者として避難民を引き連れていけばもっと悲惨だ。

 体力のない者から徐々に落伍していき、さらに敵も集まってきて屍の道を作り上げてしまうことだろう、死の彷徨(ほうこう)のその先に安住の地があるとは限らない。

 このように、脱出が()()()()()()以上旭川周辺で細々とやっていくしかないのだ。

 

「来年以降は()()()()も考えないとな……」

「遠征かぁ、遠征ってどこがあるんだろ」

「上富良野か深川かな」

「石狩川沿いの深川はわかるけど、なんで上富良野なの」

「俺が行ったことあるから、創立記念式典支援で」

「そこも自衛隊の基地ってわけね」

「上富良野は戦車に特科に色々いるから、物資もまあまああるだろ」

「そこにもヒロさんみたいな生き残りが居たらどうすんの?」

「その時はその時さ、戦車やりゅう弾砲見せてもらって帰ろう。味方になってくれるのが一番だけどな」

「見せてもらっても、動かせないんじゃ役に立たないにゃあ」

「そこでこの間連れて行った燃料支処が役に立つんだよな」

 

 ヒロが自衛隊の弾薬や燃料を支処から持ち出せるのにはワケがある。

 演習などで必要な弾薬や燃料を取りに行くのは使用部隊の仕事であり、補給処のほうから部隊にデリバリーしてくれるわけではない。

 そのため、部隊から陸士と陸曹、そして3トン半をお使いとばかりに派遣し、申請した弾薬や燃料入りのドラム缶を荷台いっぱいに満載して部隊に帰ってくるのだ。

 当然ヒロも部隊勤務しているうちに何回も武器弾薬の積込みと卸下作業に従事したわけで補給処の位置を覚えていたためパジェロが使えるようになったらすぐに向かったのである。

 武器監視の人員や電気、施設が生きていないことをいいことに扉をこじ開けて中身の確保を行った。

 そのおかげで今も最後の自衛官として活動できるのだ。

 

「戦車って何で動いてるの、ガソリン?」

「ディーゼルだから軽油、俺のパジェロと同じ。滅茶苦茶燃料喰うらしいけど」

「そうなんだ」

 

 雪花はこの間、軽油の入った200Lドラム缶を転がして三トン半に積む作業をしたばかりだった。

 自衛隊のドラム缶は屋外で保管することも出来るように一般のドラム缶よりも肉厚で頑丈にできているので重い反面、古タイヤを敷いたところにトラックの荷台から転がし落とすといった雑な下ろし方もできる。

 ちなみに中身の識別法であるが缶側面に赤い帯が2本入っているのがガソリン、黄色い帯が入っているのが灯油、何も入っていないOD色単体のものが軽油のドラム缶である。

 もっとも、缶の上面に防衛省という表記と共に品名と注意書きがあるのでそこを見ればいいわけであるが。

 ストーブ用の灯油ドラム缶を確保して、手動のロータリーポンプで携行缶に小分けにして協力者たちに配った対価に様々な支援を受けることが出来ているのだから燃料支処さまさまである。

 

 余談はさておき、ヒロとしてはもし“まっとうな”生き残りがいるのであれば燃料や武器弾薬をちらつかせてでも味方に引き入れたいと考える。

 人的戦闘力の確保は“やれること”を増やせる、一人で抱え込むのには限界があっていくら超人的能力があったとしてもやはり限界はある。

 雪花が勇者だといっても目は二つしかないし、もとはただの女子中学生であって社会経験や戦闘のセオリーなど欠けているものも多い、だからこそ生き残った大人たちが助けてやらないといけないのだ。

 

 大人の自衛隊とて戦闘職種だけで戦っているわけではない、武器弾薬を管理する武器科や被服や補給を司る需品科、給料や調達といったお金にかかわる業務を行う会計科や業務隊といった後方職種がいるからこそ任務を遂行できるのだ。

 ヒロにとっての任務は雪花が前線で戦えるように食事を作り、住環境を整備し、敵意を持った人間からの防波堤となる全般支援だ。

 間違っても市民協議会の議員の一部のように勇者の力を利用して“軍閥”を作ろうとするような人間になってはいけないと自分を律する。

 そう、『政治的活動に関与せず専心職務の遂行に努める』べきなのだ。

 そんなヒロの内心をよそに、雪花は遠征計画について考えていた。

 

「ヒロさん、戦車はともかくとして調味料はいるよね」

「そうだよな、カレー粉とか」

「カレー粉かあ、何時かの()()()()()()思い出すね」

「あれは酷かったよな」

 

 ヒロがラーメン屋を始め、雪花が勇者として連日のように駆り出されていた頃、生き残っていた新米ハンターが雪花に救われ、お礼にとエゾシカの肉を置いて行ったのである。

 いちおう血抜きされていたが、不十分だったのかフッと獣の臭いがするような肉でどう調理していいかわからずヒロの店に駆け込んだのだ。

 ヒロも料理人ではないので下ごしらえやなんやらは全く分からないズブの素人だ。

 このまま肉を腐らせるのも、料理上手な婦人のところに持って行って協議会の連中に感づかれるのも厄介だ。

 悩んだヒロはある言葉を思い出す。

 

 “カレー粉七難隠す”

 

 幹部レンジャーを取得していた某中隊長が師団炊事競技会の時に言ったとされる名言で、ヒロはそれを思い出したのだ。

 ニオイの強い蛇やらネズミといった動物を食べる時にカレー粉は臭みをごまかしてなんでも()()()()にしてくれるというものだ。

 いつもはパック飯を湯煎するくらいにしか使わない寸胴鍋に肉のブロックを入れ、茹でてアク抜きをしてから固形カレールー、レトルトパックの煮豚を投入という超原始的なものだったがなんとか食べられる代物が出来上がった。

 天災から3ヵ月という状況で生野菜がなく、ルーと肉しかないけれど貴重な食材ということもあって、とてもおいしいとは言えなかったが残さずに最後まで食べきることができた。

 思えばこの経験がヒロを“インスタントラーメン屋”から“ちょっとした具は作れるラーメン屋”へと進化させることになったのである。

 

「あれから本屋に行って料理本読んだり、煮卵のパック開けて味研究したりいろいろやったからな」

「最初は凄い味の煮卵とか出てきたよね、砂糖漬けかってくらい甘いヤツ」

「あったあった、砂糖に対して醤油が少なかったんだよな」

「それがだんだんと上手くなってきてねぇ、好きだったよ」

 

 そんな思い出の味付け煮卵も卵が手に入らなくなって作れなくなったのだ。

 今後、物資の欠乏によってできなくなることが増えていく……。

 遠征にせよ食料自給手段の確保にせよ何かしら行動を起こさないと待っているのは窮乏による死である。

 雪花が死ねば遺された旭川の住民に生き残るすべはない、何としてでも阻止しないといけない。

 

「今度遠征に行くから、神様にも言っておいてくれないか?」

「オッケー……って言ってもソコにいるんだけどね」

 

 雪花が手で指す先には天板を机代わりに使っている鍵付きキャビネット(貴重品ロッカー)と砂糖醤油の皿があるだけだ。

 コシンプが雪花の砂糖醤油の皿をペロペロとなめているのだが、ヒロには見えない。

 見えないが故に、神様がおわすならと急に畏まったヒロはお供え物を出してきた。

 在りし日に演習の友として売店で購入した羊羹だ、天災後はとっておきとして私物品の中に潜ませていたソレを献上する。

 雪花はヒロが慌てる様子に、たははと苦笑いする。

 コシンプはちょくちょく現れてはけっこう好き勝手にくつろいでいるので今更である。

 

「ヒロさん、楽にしていいよって」

「そうおっしゃるなら、いつも通りで」

 

 ヒロから献上された羊羹を齧りながらゴロゴロと毛布にくるまっている様子は完全に動物である。

「神様の威厳とかってどうなのよ」と雪花が尋ねるもコシンプいわく、“わかっちゃいるけどやめられない……”という魅力があるのだとか。

 それでもシトゥンペカムイとして敵の接近警戒の任につき、雪花の助けになっているのだから全く問題はない、ただキッチリベッドメイクしたはずなのになぜかグチャっと荒れてしまうだけで。

 新隊員などの営内士でもなければさして問題無いはずだ……。

 

 朝食が終わると、二人で今日の依頼を確認する。

 どうやら、石狩川に作ってある水力発電機の保守点検とソーラーパネルの確認らしい。

 旭川駐屯地に近い金星橋の橋脚に、自動車のオルタネーターに羽根を付けた水力発電イカダがいくつも係留されているのだ。

 ヒロは“メック酒井”と呼ばれている元電機会社技術者の老人の依頼をこなすことにした。

 

「わかってはいたけど、川は特に寒いなぁ」

「さ、ちゃちゃっとやって昼ごはんにしましょう」

 

 トタン板を整形したタービンにギアを噛ませて回転軸に付けた手作り水車がバシャバシャと水音を立てて勢い良く回っている。

 一基あたり14.8ボルトの交流電流を生み出す発電機は直列で繋がれ、橋脚を伝うように伸びた電線を通って川岸の小屋に設けられたインバーターで整流されるのだ。

 この発電システムのイカダに流木やごみが絡まっていないか、電線の被覆が破れていないか確認し、異常があれば酒井氏に報告して補修作業をするのである。

 

「どう、見える?」

「うん、問題なさそう」

 

 勇者として強化された視力で雪花は欄干の下を覗き込んでイカダの様子を確かめる。

 川岸に置いてある手漕ぎボートに乗ったヒロは橋脚に這わせたキャプタイヤケーブルの様子を下から確かめる。

 これが断線したりショートすると電気を使う機械やバッテリー充電機などがすべて止まってしまうので近隣住民三十数人の死活問題へと直結するのである。

 酒井氏の手作り発電機以外のサブシステムとして、何処かからかき集められたソーラーパネル群があり、そこの雪かき作業も依頼に入っている。

 作業終了見積もりは午前中といったところで、仕事が終われば酒井氏に食事を振舞ってもらい解散となる。

 川辺から数十メートル離れた公園の跡地に作られたソーラー広場には真っ白く雪が積もっていたが、日光を集めて熱を持つパネル上の雪は滑り落ちていて黒々と光っていた。

 雪の重みで割れているものや架台が壊れているものも無いようなので、異常なしという報告ができそうだ。

 雪を叩き落とすために持ってきていた竹ぼうきをパジェロにしまうと、酒井氏の家まで完了報告に向かう。

 完了報酬として鍋焼きうどんをご馳走になった二人は体が温まるのを感じながらも、家路についた。

 

 今日のような半日仕事の場合、午後から日没までは物資収集や山中の洞窟陣地の整備といった作業に充てられる。

 雪もほどほどなので3トン半に乗って夕方まで北側の春光台(しゅんこうだい)地区の物資捜索を行うことにした。

 道央自動車道付近は人類の勢力圏の北限に近く、カムイ側索敵結界付近を見張る真白き敵斥候と遭遇しかねなかった。

 コシンプの警戒と雪花という自衛手段があるからこそ春光台地区の捜索が可能になったのだ。

 これは敵の脅威に近づいて食料を確保する食料遠征のための前段階と言ってよい。

 食料を漁る他の生存者や雪の落下などに注意して、一軒一軒回る。

 崩れた家の下敷きとなっていた乾燥麺や防災グッズの食料、あの夏の週末にジンギスカンパーティーをしようとしていたのか、食材だった土の脇でカセットコンロと数本のカセットガスなども手に入った。

 カセットガスボンベはヒロの持っている演習ボックスに入っているコンロに使えるので、持っていく。

 

「いやー今日も大量大量、これならしばらく持ちそうですなぁ」

「雪花ちゃん、以外と大胆なんだよな」

「ヒロさん、なんか言いましたか?」

「勇者の力で屋根剝がすとかパワフルだなぁって」

「あれは私も出来ると思ってなかったからびっくりですよ……」

 

 崩れた天井に棒をかませてテコの原理で持ち上げようとした時、雪花が冗談半分で手をかけてみた。

 メキメキという音と共に天井板と梁が持ち上がってしまったのだ。

 そのおかげで塞がっていた戸棚の中の乾燥麺や切り餅といった食品を見つけることができたのである。

 ある民家の納屋からはガソリンエンジン動力の2.5KVA小型発電機を見つけた。

 幸いにも燃料は空にされていたようで、持ち帰ってガソリンを注げば100ボルト交流電源として使えそうだ。

 一人で持てないことは無いが、ある程度重量があり大きくて持ちづらいので後回しにするところだった。

 雪花が居れば二人で片方ずつ持って、あっという間に積み込みが終わる。

 旭川中心部以南ではこうした物資はもう取り尽され、住民協議会が編成した物資捜索班が捜索エリアを広げているころだろう。

 協議会のほかにも、“いらない者”扱いされて離反した者や、集団に属さず一匹狼でやっていくと決めている者、そしてヒロ達のような物々交換などで成り立つゆるいコミュニティの人々といった複数勢力が物資争奪戦をやっているのだ。

 旭川に残ったわずかな食料をめぐっての武力闘争という同種での潰しあいが始まるのも近い……。

 遠く離れた大阪の地下街や、敵から生き残って食料に困った狭いコミュニティと同じように。

 

 破綻の予兆を感じさせるも、旭川は今日も平和な時間が流れている……はずだった。

 獲得した戦利品をもって駐屯地に帰る途中、いきなりコシンプが騒ぎ出した。

 

「えっ!」

「どうした!」

「ヒロさん、あいつらの総攻撃が始まったって!」

「マジか、戻るぞ!」

 

 3トン半で外来宿舎に乗り付けると、荷物を下ろすこともなく戦闘態勢に移行する。

 鉄帽と防弾ベストをつけると、狙撃眼鏡(そげきがんきょう)付きの64式小銃を持ってパジェロに飛び乗った。

 アイヌの民族衣装のような勇者装束の上から外被を羽織った雪花が続いてやって来る。

 

「敵はどっちから来る?」

「北から40以上、南から70以上……」

 

 絶望的だった。

 人間同士の戦いでいえば、たった1人で戦車や歩兵戦闘車を有する機械化歩兵師団と戦うようなものだ。

 

「マジか、雪花ちゃんどうする?」

「やることやらなきゃ逃げるわけにもいかないでしょ」

「そりゃそうか、ヤバいと思ったら洞窟陣地まで“転進”するぞ」

「まずは近場から!」

 

 協議会の無線からは勇者を呼ぶ声、見晴らしの良い小学校の屋上に作られた哨所から敵発見の報せが流れ続ける。

 それに続くように街中にモーターサイレンの音が流され、本格的な住民の避難が始まった。

 

「勇者様!聞こえていたら応答してください!勇者様!」

「及川さん、アンタが居たらまとまる話もまとまらなくなる、静かにしてください!」

「佐藤、貴様っ!誰に向かってそんな口を……むぐぐっ!」

「こちら新富小!敵は石狩川沿いに接近中、数はざっと見30以上!」

「緑新小より本部、南より敵多数接近、うちトゲ状のものが付いた大型を旭川医大方向に確認、どうぞ!」

 

 市役所内の議員たちも、いつもの様子見のような5~6匹ではないという知らせを受けて血相を変える。

 避難ビルに向かってゾロゾロと向かう人々をメガホン片手に急かす若い哨兵たち。

 

「秋原雪花、南部防衛線の時間を稼ぎます!あなたたちも早く逃げて」

「わかった!」

 

 北部防衛線の敵を蹴散らしてやってきたパジェロを見た協議会の若手職員が安心したように駆け出した。

 

 協議会でも中堅のメンバー数人がサイレンを鳴らし、数か所の拠点から避難アナウンスを続けていた。

 彼らは「自分たちは消防士であるから民間人が逃げ切るまでは」と言ったし、ある最前線の哨所の哨兵は「自分は元警察官だからここを守る」と自分の意思で残った。

 死地に残ると決心した男たちはみなあの晩に無力なまま家族を、友人を、仲間を失ったものなのだ。

 

 巡航速度が速く、()()に重きを置いた白い小型種は突出したパジェロめがけて突進してくる。

 だが、出発直前に幌を外しオープントップになったパジェロには飛び道具があった。

 車体中央に走るロールバーに身を預けた雪花の投げ槍が次々と小型種を貫く。

 槍は手中にカムイの力で戻ってくるから、わずかなラグさえ乗り切れば弾数のない飛び道具と化すのだ。

 廃墟と化した団地の間を右へ左へと小型種を引き連れて走り回り、一匹、また一匹と各個撃破してゆく。

 それにしびれを切らしたのか旭川医大近くで浮遊していた体表に()()()()()()()を生じさせトゲトゲとした印象の大型種が矢のようなものを投射してきた。

 とっさに団地の陰に隠れるも、命中した団地の一棟が鉄筋コンクリートの瓦礫をまき散らせながら半壊する。

 この事から射程距離は500m以上あり破壊力は抜群で、ちょっとした艦砲射撃である。

 

「何だよアイツ、近づけねえ!」

「ヒロさん近づいても勝てないかもしれない!」

 

 槍一本で勝てる相手ではなさそうであるから、狙いを絞らせないようにして随伴の小型種を減らしていくしかできない。

 民家の陰から出たところを再び大型種の矢が襲う。

 しかし、視認されたと思った瞬間にヒロはハンドルを切って団地側の芝生に突っ込んだ。

 矢は進行方向の信号機と交番を吹き飛ばした、もしも速度と進路が一定だったなら直撃していただろう。

 

「見越し射撃も出来るとかバケモンのくせに頭いいな」

「次撃ってくる!」

「おらよっと!」

 

 屏風のように立ち並んだ団地を盾にして後退する。

 近くの土が抉れるようにはじけ飛び、跳ねた矢が建造物を壊して飛び去っていく

 回避パターンを読まれたのかだんだん弾着位置が近づいてきており、とりあえず至近弾を浴びせて足を停めたところに効力射を叩き込めばいいという思考があるかのような動きをみせる。

 雪花はロールバーにしがみつきながら、コシンプが知らせてくれる情報を整理する。

 ここまでの間でどうやら小型種65匹は撃破したらしい、しかし残りは大型種の援護射撃のもとで避難ビルや街の破壊に勤しみ、パジェロには見向きもしないようだ。

 

「いったん離れよう!」

「そうだなッ!あいつがいる限りどうにもならねえ」

 

 民家などの建物で射線を切りながら、射程外の大正橋まで走り抜けると忠別川を渡り切り旭川中心部に向かう。

 

 北部防衛線の撃ち漏らしと、南側から浸透してきた一部小型種が出現したという。

 無線から聞こえてくる報告によると20から30くらいいるようだ。

 ヒロはふと思った、敵の数の誤認ならまだしも20匹前後でこんなに広範囲に被害が出るものかと。

 もっと、いるに違いない。

 

 小回りの効かない街中に突入し雪花は下車戦闘に移行する。

 

 路地裏にパジェロを停めたヒロは逃げ遅れた人を襲う化け物に対し、声を上げて三発程撃ってやる。

 わざわざ歯向かってくる獲物を捕食しようと接近したところを投げ槍で貫かれる。

 近くの抵抗せずに逃げる人間と、少し遠くの抵抗する人間どちらを優先するか調べたところわざわざ抵抗する人間を優先して襲ってくるのだ。

 どうも天降(あまくだ)ってきた()()は効かない武器とはいえ人ごときに歯向かわれるのがよほど嫌と見える。

 この習性を発見したのは最後の自衛官をやっていたからで、なおかつ生き残っているからだろう。

 ヒロと雪花は街中にいた小型種を掃討したが、最初に聞いていたより明らかに数が多い。

 おそらく増援があったのだ。

 終わりのない戦闘に一度旭川駐屯地まで戻る決心をしたとき、全員退避したと思っていた緑新小学校から呼び出し音が鳴る。

 

「緑新小より本部。敵大型緑ヶ丘団地通過、精密な射撃能力を有すると思案される……」

 

 次の瞬間ノイズが走り、緑新小学校の哨所が吹き飛んだことを知った。

 最期まで哨所から敵の進行状況を伝え続けた元警察官に黙祷をささげるとともに、空飛ぶ戦艦のような相手が忠別川くらいまでを制圧下に置いたことについて考える。

 これで旭川の維持は難しくなった、倒す手立てが全く見つからない敵が遊弋しているのだ。

 敵の気分次第ではいつでも北上して強力な矢で地上を瓦礫と肉片に変えてしまうこともできるだろう。

 この日、旭川駅から市役所周辺の敵を掃討したヒロと雪花は旭川市中心部を放棄し山岳陣地への転進、遊撃戦を決めた。

 大型種を基幹とする敵は土地のカムイの抵抗と結界の張り直しによって緑ヶ丘付近で停止している。

 その間に旭川駐屯地の外来宿舎にあった私物をまとめて三トン半に積載し、いつでも発車できるように準備を進めていた。

 

「これで、よかったんだよね。皆には悪いけどサ」

「赤穂浪士になるか、ここで白虎隊となるか……」

「赤穂浪士と白虎隊?」

「ほら、コレ」

 

 ヒロは栞が挟まっている一冊の本を手渡した。

 擱座した戦車の表紙に『8月17日、ソ連軍上陸す』というタイトルだ。

 

「俺の同期がよく読んでた本だよ、遺品だな。地下陣地に行く前に見つかってよかった」

 

 栞の挟まった224ページには千島最北端の島である占守島(しむしゅとう)に上陸してきたソ連軍を迎え撃たんとする戦車第11連隊、通称:士魂部隊の連隊長、池田末男大佐の訓示が記されていた。

 

 “諸子はいま、赤穂浪士となって恥を忍んでも将来に仇を報ぜんとするか、あるいは白虎隊となり、玉砕もって民族の防波堤となり後世の歴史に問わんとするか……”

 

「あいつは()()()になりたかったんだ、まあ、希望かなわず普通科に来ちまったんだけど」

「その人はどうしてこれを?」

「命をかけて民間人脱出の時間を稼ぎ、北海道をソ連の侵攻から守ったんだ。そんな人に憧れたんだってよ」

「それとさっきの言葉がどう繋がるんですかね」

「雪花ちゃん、いつか来るチャンスに備えて地下陣地で生き残ることは悪い事じゃない」

「ヒロさんはどうなの」

「俺は最後に“やってみたいこと”があるから、白虎隊になるのはそれをやってからだな。ついてくるか?」

「はい?」

 

 ヒロはそういうと、外来宿舎を出て少し歩いた先の工場のような建物の中に入っていった。

 雪花も気になったのでついていく。

 

「コイツを使おうと思う」

 

 そこには無傷の87式自走高射機関砲がたった1台だけ止まっていた。

 74式戦車の車台をベースに改造したものに、エリコン製35㎜機関砲を2門積み、対空捜索・追尾レーダーと射撃統制装置を乗せた自走高射機関砲だ。 

 高額なわりに機関砲だけで射程が短いため生産数が52両と少なく、本土の高射学校・武器学校を除けばここ旭川の2高大4中隊の8両と、新ひだか町静内(しずない)の第7高射連隊にしかいない()()()である。

 

 建物の中で眠っていた車両の周りにはごつい木製の弾箱(だんばこ)がいくつも積まれており、“35㎜AA 徹甲榴弾”と印字されている。

 前に弾薬支処に行った際、偶然見つけた35㎜機関砲弾の弾箱を何回かに分けて持ち帰っていたのである。

 弾が500ミリペットボトルぐらいあって、とても重いので一回に3箱も持ち帰れば上等で、とりあえず80発集めるのも一苦労であった。

 

「まあ、高射特科じゃないから使い方も()()するしかないんだけどな」

「推理って……やったことないの?」

「俺、普通科だし。だけど銃や砲ってどっからか弾入れて、引き金引けば発射されるのはおんなじだろ」

「うわあ、心配になってきたぁ」

 

 不安そうに見つめる雪花をよそにヒロは他部隊の倉庫の中を家探しして、手回しのベルトコンベアーみたいな装弾具や機関銃などに使うベルトリンクと呼ばれる金具を探し出してきた。

 砲の薬室はこの辺だろうと当たりをつけて機関砲の根元のカバーを上方向にバチンと開いたら、中に砲の機関部とベルトリンクを入れる弾倉があった。

 

「ここにベルトリンクをはめるのか……キャリバー50みたいだな」

 

 雪花とふたりでリンクにパチパチと砲弾をはめてベルトを作ると手回し装弾具に取り付け、ハンドルをグルグル回して機関砲の弾倉に押し込むように装填する。

 装甲された敵戦闘ヘリなどを撃破するための35㎜徹甲弾を左右両側に40発ずつ込める。

 本職の高射特科隊員が見たら卒倒するような拙さ、適当さだったが装填が終わると砲塔から車内に乗り込み操作を確認する。

 どれが射撃統制装置のスイッチで、どれが砲の仰俯角・旋回スイッチかとレバー類をガチャガチャ動かすも電源が入っていないのだから動くわけがない。

 

「あっ、操縦席でエンジン入れないと電源入らないか?」

 

 座席に座って左手側のメインスイッチを入れて、始動ボタンを押し込むとスターターが掛かるのだがいっこうにエンジンが掛からない。

 

「1年もほったらかしにしてたから、壊れてるのか……いや、寒いから掛からないのか?」

 

 自動車訓練所で装輪操縦MOSを取得した際に、トラックのエンジンについて学んだことを思い出す。

 ディーゼル車は寒冷時、()()してやらないとエンジンが掛からないのだ。

 バーナと書いたボタンを押し込むことでエンジンが暖められ、ディーゼルエンジンに火が点る。

 

「よし、大当たり」

 

 ヒュオオオーンという野太い音と共に車体側面の排気孔から黒い排気ガスが噴き出し、やがて透明に変わる。

 その時、車内ではタコメーターが一気に850回転くらいまで上がり、アクセルを離した瞬間にあっという間に回転が下がってエンストした。

 

「これ、アクセル踏みっぱなしじゃないと止まるってなんだよ」

 

 アイドリングレバーでロックしなければ普通車のようにアイドリング回転は続かないのである。

 色々レバーを動かしているうちにようやくアイドリングの方法を見つけ、カチカチとエンジン回転を一定のところで止められるようになる。

 雪花は自走高射機関砲を動かそうとしているヒロの姿を見ながら、コシンプに話しかける。

 

「あと、どれくらい持ちそう?」

 

 コシンプは言った、持って明後日、早くて明日の晩には結界が破られる__と。

 

 操縦席から這い出し、砲塔のハッチに潜り込んだヒロは砲手席と思われる場所に座る。

 暗い車内にボウっと光る画面、今まで見たこともない照準システムだったがそれらしい操作をしたところ、カメラを使った光学照準で撃てるようになった。

 映し出された画像にまるでゲームの画面みたいだなと思った。

 本車の最大の武器である捜索レーダー及び追尾モードなんかは高射学校で教育を受けた砲手でもなければ扱えない。

 こんな時に高射部隊に行った同期が生き残っててくれれば見様見真似であってももっとスムーズに準備できたんだろうなとヒロは思った。

 砲塔から操縦席に戻ったヒロはクラッチを踏み、シフトレバーを2速に入れる。

 

「とりあえず、動かしてみるから離れて!」

 

 半クラッチで前に進み、アクセルを軽く踏んでシフトレバーをチェンジした瞬間前に飛び出した。

 

「ヒロさん!」

「おおっ!シフトレバー4速入ってた!」

 

 車台が74式戦車の改造型であるから変速機もセミオートマチックで、年季の入ったシフトレバーも独特の持ち方をしないと()()()()変速ミスをするのだが、ヒロはそれを知らない。

 操縦手ハッチを開けての開放操縦だったが、砲塔で真後ろが見えないから圧迫感がすごい。

 それでもバイクのハンドルのような棒ハンドルを右へ、左へと切って外柵のフェンスを踏みつぶし、駐屯地外の道路に出た。

 

「うわぁ、派手にやるなあ……」

 

 その後ろを雪花が随伴歩兵のように付いていく。

 これでは『馬鹿が戦車(タンク)でやってくる』という雰囲気である。

 高射機関砲は瓦礫を踏み越え、荒れた道路に黒いゴム履帯痕を付けながら金星橋までやってきた。

 

「よし、これで準備は整った。雪花ちゃんは先に地下陣地に!」

 

 こうして眦を決した男の最後の戦闘準備が完了した。

 

 対空機関砲を設置した二人は三トン半で山中の地下陣地へと行き、荷物を下ろす。

 擬装された通気口の下にストーブを置き、折り畳みベッドの上にスリーピングを広げて仮眠をとる。

 瞼を閉じれば、あっという間に朝がやってきた。

 

「ヒロさん、ホントに行っちゃうんですか……」

「うん」

「行っても、みんなの逃げ場所は無いんですよ」

「わかってるよ」

 

 二人でいろいろ検討するも、“避難民は隣町に行くことすら困難である”という結論に達したのは記憶に新しい。

 ここで出て行って時間稼ぎをしたところで、敵に押し潰されるのが多少遅れるだけだ。

 雪花も「こんなの負けイベじゃん」と言うほどで逆転の目も見つからない。

 それでも、目の前にいる男は戦いに行こうとしている。

 

「行ってきます」

 

 3トン半のエンジン音が遠くなる。

 ひとり地下陣地に取り残された雪花は、叫んだ。

 

「あーもう!男ってやつは、カッコばっかつけやがって!」

 

 その頃、ヒロは駐屯地へ向かっていた。パジェロに乗り換えて金星橋で最後の動作確認をする。

 目的はただ一つだけ、大型種を機動力でかく乱し高射機関砲の射程圏内までおびき寄せて射撃する。

 自衛隊の存在意義をかけた、そして、男の意地をかけた作戦だった。

 

 旭川市役所、昨日の戦闘で多くの犠牲を出したことによる悲観的な意見や現実逃避のようなアイディアしか出ない無為な話し合いの場に男が乗り込んできた。

 

「勇者は、自衛隊は今晩から明日の昼頃まで住民の避難を要請します!」

 

 鉄帽や防弾ベストを付け、89式小銃を携えたありし日の自衛官の姿がそこにはあった。

 及川は避難中のケガのために療養中で、代表を引き継いだ佐藤という30代の若手議員が話を聞きにきた。

 早くて今晩、この地の結界が破られて敵が侵入してくるという神託を受けたため遅滞戦闘を行うという内容を話す。

 雪花の姿が見えないがどうしたのかという質問にヒロはこう言った。

 

「今は別行動中です、じ後、合流します」

 

 そう、大型種に対し対空射撃をやって生き残れたらであるが……。

 ヒロが旭川市役所にやって来てから程なくして、放送が流れる。

 ときわ市民ホールや新町小学校など北側の避難施設に逃げ込み、大雪通付近には絶対に近づかないことと言った内容が3分おきで繰り返し流され始めた。

 北側の避難所に向かってぞろぞろと列を作る住民の姿を横目に見つつ、JR旭川駅跡に向かう。

 

 忠別川を越えればもう敵の領域であり、双眼鏡の先に見える大型種は結界が破れるのを今か今かと待ち構えているようだ。

 相手が動き出した瞬間に銃撃して注意を惹き、逃げる。

 初動で失敗すればそこまでだから慎重に狙いを付け、撃った直後に走り出せるようにエンジンは掛けている。

 

 巨大な敵がついに動いた。

 小銃の切り替え金を“ア”から“3”の位置に回し、三点制限射撃を行い敵に対し我の位置を知らせる。

 薬莢がダッシュボード上で跳ねるのも気にせず、撃ち終わった銃をドアのガンラックに突っ込むとハンドルを握ってアクセルを踏み込む。

 その数秒後に初弾がパジェロの居たあたりに弾着し、路面のアスファルトをえぐり取った。

 敵弾に当たりそうで当たらない位置をキープして走るのは難しい、ヒロの必死の挑発に乗った大型種はゆっくり、ゆっくりと漂いながら射線を取ろうとする。

 少し走っては撃ち、ビル陰に飛び込んではまた走り出す動きを繰り返す。

 旭川市中央部は所々崩れているものの遮蔽物となる建物が林立しているため、小さくてすばしっこいパジェロを捉え切れずにいて他を攻撃しようとした瞬間、銃撃してくるので応じずにはいられない。

 

「奴さん、怒ってる怒ってる」

 

 パジェロを狙った大型種の矢は、JR宗谷本線の高架に命中してはじけ飛んでいく。

 そのまま小学校校舎や半壊した集合住宅を盾に、牛朱別(うしゅべつ)川を目指す。

 右へ、左へ車を振りながら中央橋に差し掛かった時、轟音と共に目の前に大穴が開いて橋の骨組みが見える。

 

「嘘ぉ!」

 

 敵が進路を先読みしたのである。

 慌てて左にハンドルを切り、牛朱別川の土手を走って他の橋を探す。

 すぐ近くの永隆橋(えいりゅうばし)を渡ろうとしたが、土手と橋の間に鋼製の車止めが残っていて通れない。

 橋の下を抜けて直進し、アパートの立ち並ぶ路地を走り隣の緑橋へと向かう。

 ドアミラーで左後方の敵の様子をちらりと見ると、大型種は矢を放つタイミングを窺いながらNTTの電波塔近くを漂っている。

 狙い通りに敵がついてきている。もう、挑発射撃をする必要もない。

 

 __牛朱別川を越えてからが勝負だ。

 

 ブレーキを一瞬踏んでタイヤ痕を付けながら右にドリフトし、緑色の欄干にタイルの敷き詰められた歩道の緑橋を駆け抜ける。

 橋からだだっ広い駐車場を横切る数十秒の間は遮蔽物がない開かつ地となる、狙い撃たれたらおしまいだ。

 あの晩に襲撃され廃墟と化した旭川市立病院や保健センターの敷地を全速力で突っ切り、金星橋へ。

 病院の建物が壁となって、大型種は土手を走るパジェロを見失った。

 

 __カムイよ、たった一度でいい、俺に力を貸してくれ。

 

 ヒロは滑り込むように自走高射機関砲の車内にいた。

 エンジンが吹きあがり、電源が入った砲塔がクルリと向きを変える。

 画面に映る大型種に照準表示を合わせ、操作レバーに設けられた赤いスイッチを一瞬だけ押した。

 撃発装置に電気が流れ、二門の35㎜機関砲が火を噴く。

 ドドッ!という音と共に初弾が発射され、射撃統制装置によって射撃諸元が修正される。

 ()()()は大型種の手前に弾着した、ルビーレーザー測遠機によると敵までの距離は450mほどだ。

 もう一度、ボタンを押す。

 

 高いレートで連続する射撃音と共に大量のリンクが吐き出され、35㎜砲弾の弾幕が大型種を包む。

 何ら痛痒を与えないはずの通常兵器だったが、どういう訳か今回ばかりは矢を砕き次の矢を生み出せないほどに圧倒していた。

 だが、それも一瞬であって、弾切れによる撃ち終わりと同時に矢が自走高射機関砲めがけて放たれた。

 

「いたた……生きてる?」

 

 轟音と共に天地がひっくり返ったような状態になったが、ヒロは生きていた。

 車台に矢が当たって貫通こそしなかったものの、衝撃で金星橋から弾き飛ばされて石狩川の河原へ落下したのである。

 開いたハッチから車外に這い出すと、無残にも横倒しになって砲身がへし折れ、操縦席近くがひどく変形している高射機関砲と橋の欄干が吹っ飛んでいる光景が目に映った。

 これは奇跡的な話で、落下の衝撃で死んでいてもおかしくないし、それ以前に矢が装甲を貫いても何ら不思議ではなかったのだ。

 

 最後の高射機関砲は大破し、残るはパジェロと89式小銃のみで打つ手がない。

 完全な負けである。

 ヒロは打撲で痛む体を引きずりながら、ヨロヨロと土手を上る。

 そこにはピンピンとした大型種の姿が……なかった。

 

「馬鹿!」

 

 かわりにひとりの少女がやってきた。

 もう見慣れたアイヌの伝統衣装のような装束にぶかぶかの戦闘外被を羽織った勇者、雪花だった。

 地下陣地にいるはずの彼女がなんで?という疑問よりも先に敵はどうなったのかということが頭の大半を占めていた。

 

「雪花ちゃん、奴は?」

「何とか間に合いましたよ」

「えっと?」

「機関砲攻撃の隙に後ろからブスッと」

 

 雪花はヒロと別れた後、山中の地下陣地から石狩川に沿って金星橋までずっと走ってきたのである。

 ヒロが対空機関砲で敵の注意を惹き、投げ槍の射程圏内まで近づける瞬間のために。

 それは後付けに過ぎない。護りたい人がいる、放っておけない馬鹿がいる、だから走る。

 

「ほら、寒いんだから帰りますよ……もう、こんなに滅茶苦茶にして」

「そうだな帰ろうか」

 

 雪花に手を引かれ、乗り捨てたパジェロのもとまで歩く。

 ヒュウと風が吹き、振り向くと高射機関砲に誰かが座っていたような気がした。

 それは単なる目の錯覚だったのか、それとも先に逝った仲間たちだったのか、この地を護る神々の誰かだったのか。

 ヒロは役目を果たした物言わぬ高射機関砲に敬礼をし、地下陣地へと帰る。

 

「あーあ、走ったらお腹減ったなあ、ヒロさん、大盛ラーメンチャーシューマシマシで」

「了解!」

 

 この日、大型種との戦いに勝利し生き残った“北鎮の勇者”と“最後の自衛官”はいつの日か反攻の機会が来るのを期して持久戦術へと突入するのであった。

 




おことわり:87式自走高射機関砲の描写は資料がなく、公表情報や動画等から推測したもので大ウソです、おそらく実車とは違います。

情報提供いただきました。
ゆゆゆいにおいて、東郷さんと須美ちゃんがする戦略シミュレーションゲームに87AWが登場します。
なお、千景ちゃんの所有物で2周くらいしているもののようです。
ゲーム実況動画で見て笑いました。

参考資料
菊池征男『陸上自衛隊機甲科全史』
アルゴノート社『スピアヘッド No.8』
ギャラリーらいとういんぐ『基地祭に見る自衛隊装備図鑑』
http://rightwing.sakura.ne.jp/
YOUTUBE『貴重映像 89式装甲戦闘車 87自走高射機関砲 L90 35mm高射機関砲』
https://youtu.be/pR7eGRmOtlY


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。