勇者史外典:男たちは自衛官である   作:栄光

6 / 17
不可知の戦場
丸亀の休日


 2018年7月上旬

 

「マルヒトより各車、運転はじめ」

「運転はじめ」

 

 小隊長の号令一下、ボサの中に潜んでいた鉄牛が一斉に唸る。

 排気管から力強く排気し、森の中に“笛吹”と呼ばれる10ZF22WTエンジン独特の音色が響き渡った。

 

「戦車、前へ!」

「前へ!」

 

 香川県坂出市に所在する国分台(こくぶだい)演習場では、混成団検閲が実施されていた。

 “検閲”とは師団や旅団に属する連隊および大隊の任務遂行能力を評価するものであり、学生で言うところの定期試験のようなものだ。

 今検閲で付与された想定は“瀬戸大橋より南進し武力を用いて()()()()した武装勢力を排除する”というもので、第15普通科連隊を基幹とする第15連隊戦闘団(RCT)が受閲部隊となる。

 天災後の世界において日本以外も壊滅しているという確証はなく、バーテックスの襲来を生き残り安住の地を求めている勢力がいないとは誰にも言いきれないのだ。

 逃げ延びてきた難民が実は放棄された銃火器などを隠し持った“武装難民”であったり、あるいは生き残った国が壊滅した他国領土の無事な地域を我がものとして実効支配しようと着上陸侵攻を試みるかもしれないのである。

 たとえ使われることがなかったとしても、その時のために()()()()()……それこそが自衛隊の使命だ。

 

「前方100、敵散兵、砲手連装、撃てっ!」

 

 藪から飛び出した4両の74式戦車は進出してきた敵に対し、連装銃射撃を行う。

 主砲の左脇に据え付けられた同軸の“7.62㎜車載機関銃”が小刻みに火を吐き、車内では排煙のためのブロアが勢い良く回る。

 射撃とブロアの騒音に負けじと装填手が叫んだ。

 

「撃ち終わり!」

 

 撃ち終わり、すなわち弾切れである。

 流れるように次の弾薬缶、いわゆるガンガラからベルトリンクを引き出して挿入する。

 

「半装填よし!」

「全車撃ち方止め、これより経路A2を進行中の1中隊の援護に入る」

 

 主攻である1中隊と2中隊の後背を突き、進行を遅滞させようと企図していた敵遊撃部隊と遭遇、これを撃破した4両の戦車は森の小径を突破、敵の占拠している“乃木坂”の奪取に向かった。

 乃木坂付近には敵の主力が集中しており、狙撃手なども多数潜伏しているという偵察情報があった。

 しかし敵に戦車(TK)対戦車ヘリ(AH)はなく連隊長は迅速果断、機先を制して一気にカタを付けることを決心した。

 対戦車障害や地雷の類も本部管理(HS)中隊の施設小隊が爆破処理し、通路を作った。

 狙撃兵の攻撃によって死傷者を出しつつも施設小隊が拓いた道に、戦車は突入した。

 

 土嚢や丸太で補強し、掩蓋(えんがい)を設けた壕で息を潜めていた対抗部隊は遠くから響いてくる戦車の爆音に総攻撃が始まったことを悟り、設けたKP(キルポイント)に相手が侵入してくるのを待っていた。

 狙撃をしようにも進出してきた戦車が盾となり、潜伏していた対戦車火器に戦車排除の指示を出す。

 

「LAMがいるぞ、そいつらをやれ!」

「了解!」

 

 対戦車火器を持った対抗部隊の普通科隊員が74式戦車に照準を合わせようと、掩体から狙いをつけた瞬間に小銃射撃がやってきた。

 敢闘むなしく無情にも死亡判定が下され、戦車の進行を許してしまった。

 装甲防護力を活かし普通科隊員の盾となるばかりでなく、狙撃手がいると目される火点に容赦なく対戦車榴弾(HEAT-MP)(空砲)を叩き込む。

 対抗部隊側は普戦協同(ふせんきょうどう)のお手本ともいえる戦車と小銃班の密な連携に攻めあぐね、激闘の末に第15戦闘団は戦車2両を対戦車誘導弾(ATM)で失うも、乃木坂の奪還に成功しその任務を達成したのであった。

 

 

 7.30天災、バーテックスと呼称される敵性体の襲来から3年が経とうとしている。

 四国混成団司令部の所在する善通寺駐屯地では“7.30天災追悼式典”が行われようとしていた。

 陸上自衛隊第14旅団(14B)は“四国混成団(SCB)”となっていた。

 かつて14のナンバーが割り振られていた旅団は他地域の壊滅により役目を終え、改編されたのである。

 旅団化される前の“番号付き混成団”である第2混成団(2CB)とも別物であり、他地域の警備防衛部隊が()()()()()が故の便宜的名称である。

 その一方で連隊ナンバーは部隊の伝統継承という面からそのままにされ、第15普通科連隊や第50普通科連隊(高知駐屯地)は四国混成団の隷下部隊として再編された。

 我が国に脅威をもたらす諸外国が存在しなくなり、人類の天敵であるバーテックスに囲まれてしまったとはいえ技能の維持、四国内部での治安維持や災害派遣といった任務があり自衛隊はまた新たな時代を迎えていた。

 

 天災後の自衛隊で秋山守治(あきやましゅうじ)伊予島安示(いよじまやすし)は自衛官をやっていて、気づけば入隊3年目の陸士長となっていた。

 二人の所属する“第15普通科連隊戦車隊”、通称:脱出組は火力支援のための74式戦車を4両、予備に1両装備している。

 もとは岡山県日本原駐屯地の第14戦車中隊(14TKCo)の車両で、7月の演習に対抗部隊として参加し、輸送科のトレーラーに乗って帰る直前に天災が発生したため、主を失いそのまま置き去りとなった車両である。

 機甲科である第14偵察隊(14Rcn)の人員や第110教育大隊の機甲科経験者を中核とし、本土から逃げてきた後期教育未了の者や2016年度新隊員などで新編されたのだ。

 これも一筋縄ではいかず、部品や砲弾などがないため駐屯地展示の戦車から部品取りをしたり、主砲の射撃を一切行わないといった運用がされていた。

 戦車の製造をしていた相模原工場も、戦車砲弾を作っていた企業も、砲弾を管理している関西補給処祝園分屯地(ほうぞのぶんとんち)もみんな本州にあったのだから。

 四国内の企業に()()()の代替品を作ってもらおうにも、入札・契約や生産ラインの整備といった手続きで実用化までまだまだかかりそうである。

 特に戦車砲弾をはじめとした武器弾薬においては特殊な工程が多く、製造法も()()()であったため “失われた技術”となってしまった物も多い。

 

「四国政府代表登壇、かしらー、中ッ!」

 

 各部隊の隊員達は部隊運用訓練幹部指導のもと、連日のように式典のための予行練習をして練度を上げていく。

 来賓である四国政府や大社の偉い人の式辞や追悼の辞を聞き、グラウンドに整列した各部隊が国旗に対し一糸乱れぬ動きで捧げ銃をし、ラッパ吹奏をもって殉職隊員や国民の冥福を祈るのである。

 

「せいれーつ、休めッ!」

 

 来賓の話が始まると同時に、足を肩幅に開いて手を弾帯よりも上、腰の後ろで組む“整列休め”の姿勢をとる。

 気を付け、かしら中、整列休めの組み合わせを登壇する来賓の数だけ繰り返すのである。

 予行であるから、式辞があったていで行われるのだが延々と同じことをやっていると疲れてくるもので、そうすると運幹からの指摘が飛ぶのだ。

 

「右から5列目の後ろ、遅い!」

「左から7列目、真ん中フラフラするな目立つ!」

 

 検閲とその後の武器整備の疲れも抜けないまま、予行が行われシュウジは居室でボヤく。

 連隊統一代休とお盆休みをくっ付けて長期間の休暇にしようという()()の意図を感じる。

「団検閲→追悼式典というクソローテ」というツッコミもしつくして、今や隊員たちの頭の中は休暇の外出でいっぱいだ。

 

「このダルい式典終わったら夏季休暇だ!あと1週間!」

「アッキーそればっかりやなあ。行くアテとかあるん?」

 

 迷彩作業服を洗濯し終え、点呼までの間の自由時間ということもあって班員がそろっていた。

 夜食のカップ焼きそばを作っていた大野が尋ねる。

 

「去年はイヨちゃんの実家近くの温泉に行ったからな、今年は瀬戸大橋のほうまでブラっと行こうかと」

「近場やな、泊まり?」

宇多津(うたづ)のホテル予約してるわ、こんな時でもないと外泊なんてしないから」

 

 先任を通じて部隊長に提出される休暇届には行き先を明示しなくてはならないのだが、行き先が思いつかずに近場を指定して、アテもなくさまよう隊員も多い。

 天災で帰る家を失った者も多く、かといって駐屯地内で残留するのも息が詰まるため外出を申請するのである。

 

「イヨちゃんは今年も帰省?」

 

 シュウジは愛媛出身で実家も健在な安示はどうするのかと気になってベッドの上でミリタリー系のライトノベルを読んでいた彼に話を振った。

 去年は安示の帰省に付き合い、彼の両親に連れられて道後温泉に行き二泊して帰隊したのだ。

 

「僕は従妹の子がこっちのほうに来てるからよろしくって……」

「昔、入院してた杏ちゃんだっけ?」

「そうだよ、丸亀の学校にいるらしいんだ」

 

 不思議な経験が発現したエピソードにて7歳年下の従妹の話を聞いたことがあった。

 数年前、高校生だった安示は長く入院していた彼女のお見舞いに行き、それ以降、霊的な何かが時折見えるようになった。

 まさか病院の怪談でありがちなアレが7.30天災で生死を分けることになるなんて……とシュウジは思ったものだ。

 そして病弱だった子が生家を離れて寄宿舎生活なんてたくましくなったなと、会ったことは無いがボンヤリ考えてしまう。

 

「おっ、ヤッスンのイトコ?可愛いの?」

 

 そこにテレビの歌番組を見ていた玉嶋が喰いつく、彼は彼女募集中である。

 線の細い美少年顔の伊予島の従妹の女の子なのだから可愛いのだろうと反応してしまう。

 隊員の家族や友人と知り合い、交際、結婚に至る例もあることにはあるが……露骨すぎである。

 

「まだ中学生だよ?」

 

 安示に呆れたように突っ込まれる、さすがに中学生はアウトだ。

 

「くっ……出会いが欲しいっ!神樹様、俺に御縁を!」

「さすがに神樹様もむさくるしい野郎の願い事なんて聞きたくないと思うぞ」

「そういう秋山もクソ童貞じゃねえか!」

「ああん?」

 

 21歳の安示の“いとこ”ということで女子高生から女子大生を考えていた玉嶋は天を仰いだ。

 これまでの神々に替わって新たな信仰の対象となったのは人々の護りである神の樹で、()()()と呼び奉るようになっていた。

 むろん、天災前の信仰を否定するものではなく、地鎮祭やクリスマス、神道の葬式といった行事もあるし金比羅さんに御参りする人もいればお遍路巡りをする人もいる。

 自衛隊でも入隊時に信仰・宗派を尋ねられるが、天災後の入隊者は『神樹教』という者も多くなってきた。

 現職の隊員ですらあの晩を経験し、宗派を変える者が現れるぐらいだ。

 それはさておき、玉嶋とシュウジが聞くに堪えない罵りあいを始める直前に大野が解決策を提示する。

 

「まあまあ、タマやんは街コンに行ったらええんとちゃうか?」

「佐倉班長みたいに出会いに何万も突っ込める気がしない……」

「あの人はそういうお店に行ってるから、街コンとはちゃうで」

「そうだぞ、琴平(ことひら)に行くって言ったって俺らみたいに温泉に行くわけじゃないからな」

「アッキー、それはそれで悲しいわ」

「なんでや、あそこ自衛官割引で入湯できるからええやろ」

「シュウジ、旅館に身分証提示しすぎてもう顔パス状態だからね……」

 

 大野は玉嶋とシュウジにツッコミを入れつつ、この営内班に一人も彼女持ちがいないという事実に気づいてしまう。

 休みの度に温泉や散策に行くシュウジ、それに付き合って買い物やサバゲーの定例会に時折行く伊予島、出会いを求めている割にはヘタレて結局ゲーセンやパチンコ屋に行ってしまう玉嶋、後輩を誘って釣りに行く大野。

 他中隊では本土から逃げ延びてきた女性とゴールインとかそういった話があるのに対しこの班だけ浮いた話が全く無いのである。

 

「何度でもいうけど、ああ、今年の夏こそ刺激的な出会いが欲しい!」

 

 その瞬間、居室のドアが開きジャー戦姿の班長が現れた。

 

「おぃーっすって、ギャーギャーうるせえぞタマ!」

「あ、噂をすれば佐倉班長!」

「今週のマガデー読みに来たら何の騒ぎだ」

「えっとですね、玉嶋士長が今年こそ“卒業”したいと申しておりまして」

「お前らガタガタ言わずに白井班長について行け。俺も行ったがあのオッサンのおすすめは固いぞ」

 

 第15普通科連隊戦車隊第1営内班は今日も平和であった。

 

 

 

 テレビ中継がされる中、四国政府の議員や大社の神官が入れ代わり立ち代わり登壇して式辞を述べる。

 長い式辞、黙祷とラッパ吹奏の“7.30天災追悼式典”は炎天下の中挙行され、部隊はいよいよ夏休みに入った。

 

 夏休みといっても全員が一斉に休んで外出できるわけではなく、自衛隊法において駐屯地の3分の2以上は残らないといけない。

 各部隊は警衛、当直、消防といった特別勤務、残留とローテーションを組み、その枠内で休暇を取る。

 シュウジは連休初日と三日目に警衛勤務に当たり、正門歩哨として外出する玉嶋や大野を見送った。

 彼らが帰ってくるのと入れ替わるように当直勤務や残留、警衛勤務から解放されたシュウジと安示ほか後行き組が出発する。

 

「左向け、止まれ!」

「身分証提示!」

「よし!」

 

 脱落防止カールコードのついたパスケースに入った身分証とラミネートされた外出証を正門歩哨に見せ、営門を出ると一行はJR善通寺駅ヘ向かう。

 レンガで舗装された歩道を進み、善通寺の手前で右折して道をずっと進んでいけば善通寺駅だ。

 木造駅舎の小さな駅で、売店のある待合所から有人改札を通りホームに入る。

 丸亀へと向かう安示とシュウジは高松・岡山方面の特急列車南風に乗る。

 

「久しぶりの再会なんだろ、楽しんで来いよ」

「うん、シュウジはどこに行くの?」

「とりあえず、瀬戸大橋は行くとしてそれまで何しようかな……」

「時間つぶしに丸亀城とか見てみない?」

「ああ、今回は3日もあるんだし見てみるか」

 

 高知駅からきた南風は金蔵寺(こんぞうじ)を通過して多度津(たどつ)で停車し、次は丸亀で止まる。

 こうして二人で電車に乗っていると、ふと教育隊時代のことがよみがえった。

 

「そういや、多度津で乗り換えミスったときは焦ったよな」

「あった!海岸寺からタクシー乗ったんだよね、ぎゅうぎゅうで」

「タクシーの運ちゃんも事情知ってたんだよなあ」

 

 多度津駅で松山方向に行く予讃線と高知・善通寺方面に行く土讃線に分かれるのである。

 行きは電車一本で丸亀や高松に行くことが出来るが帰りに()があるのだ。

 教育大隊ということで多くが他府県から集められ土地勘のない若者たちである。

 車内アナウンスや乗り換えに注意を払っていた者はともかく、ぼんやり他の班員についていくだけだった者は快速サンポートに乗ったまま松山方向へと行ってしまうことがあるのだ。

 シュウジたちの期でも、帰りに事件は起こったのだった。

 丸亀、高松市内と散り散りに別れてショッピングにゲーセン、グルメ巡りと思い思いの時間を過ごしていた彼らも“躾時間”という門限の時間までに帰ろうと電車に乗った。

 

「ヒトナナマルマルくらいに善通寺駅前で集合な」

 

 躾時間が17時30分であるから、集合して営門通過まで十分に余裕があるはずだった。

 だが旅慣れしたものが残留を選ぶ一方、外出には、地元でも電車に乗ったことが少なく電車の乗換えに不慣れな高卒組、大阪や広島から来て香川の電車事情に疎いシュウジら県外メンバーしかいなかったのだ。

 シュウジ、安示とあと2人の同期が「あれ、いつもと景色が違うぞ?」と違和感を覚えた時にはもう電車は松山方面へと向かっていた。

 次の無人駅、海岸寺で慌てて飛び降りた時には16時46分、ここから17時11分発の電車に乗っても善通寺に着くのは17時28分で手遅れだ。

 時刻表を見て青ざめるシュウジたち、都会のように5分10分おきに電車が来るわけもなく頭の中には「帰隊遅延」と「連帯責任で1区隊全員外禁」の文字がグルグルと回る。

 外禁、すなわち外出禁止は帰隊遅延や何かしらの問題を起こした際に命じられるもので、閉鎖された営内で自由を制限されている隊員にとって精神的にかなりきつい罰則だ。

 そんな中、年長でシュウジのバディだった彼はとっさにある案を思いついた。

 

「タクシーを使おう!距離があっても4人で割り勘なら何とかなる」

 

 さっそくタクシー会社に電話をかけたところ、なんとすぐ近くをタクシーが走っているという。

 やってきたクラウンのタクシーに乗ったところ、運転手も退官した元自衛官であり坊主頭の集団に事情を察したのか指示を出すとともに、「出来る限り飛ばしちゃるから」と笑った。

 車の中からシュウジは運転手の指示通り教育隊の当直陸曹に電話をかけて事情を説明し、安示は善通寺駅前で待つ同期たちに先に帰るように伝える。

 大人5人が乗った車は一気に加速して、駐屯地めがけて突進する勢いで駆け抜けていく。

 運転が荒いとされ、外出前に教育隊でも「車は止まるものと思うな」と指導される香川県だが、この時ばかりは運転手に感謝した。

 17時20分、タクシーは警察学校や乃木資料館のある3キャンプ前の路上に止まった。

 新隊員が営門前にタクシーで乗り付けるのは体裁が悪かろうという運転手の心遣いであり、深々と礼をして駆け出したシュウジたちは躾時間5分前に滑り込むように帰隊。

 事前に連絡していたこともあって何のお咎めもなく無事に外出証を返納できたのである。

 こんなにスリルあふれるドライブはそうそうないものだと思っていた、天災の晩までは。

 

「あれから、もう3年か」

「あっという間だったよね」

 

 2015年の初夏、彼らは新隊員教育隊で青春を謳歌していたのである。

 あの夏に40人いた332中隊1区隊の仲間たちもわずか11人しか生き残っておらず、本土の部隊に行って生き残れたのはシュウジと安示のふたりだけだ。

 広島の海田市(かいたいち)駐屯地や、岡山の日本原駐屯地に旅立った二人はもういない。

 

「みんなで巡ったグルメスポット楽しかったよな」

「そうだね、今回も行っちゃう?」

「これから会う従妹の子はどうするんだ?」

「大丈夫、メールだとまだ丸亀城の近く走ってます……だってさ」

「えっ、外出前の自主練成かよ」

「ホントだよね、運動部って話は聞かないけど」

 

 安示にとって杏は病院のベッドでブックカバーをかけた小説を読んで、寂しそうに笑っている子であったし、それを聞いていたシュウジも似たようなイメージであるから病弱な少女とは思えない行動に二人は顔を見合わせる。

 

「俺達も10キロ、15キロ走ってから外出とかやったな」

「あの時は走ったね、とくに香色山走(こうしきさんそう)の前なんか」

「今考えたら山は走って登るものって頭おかしい」

「走ってると距離感マヒするよね、3キロがすぐ近くに感じるもんね」

 

 教育隊では壁に“自主練成表”という方眼紙が貼られており走った分だけ塗って棒グラフを作るのだ。

 塗らないで運動能力が低かったりするとサボっている扱いとなり心証は良くないし、ようはやる気を図示するための表なのだ。

 新隊員は2名以上の()()()()が義務付けられているため絶対誰かを誘って走らなくてはならない、暇そうにしていると「一緒に行こう」と同期から声が掛かるのである。 

 区隊によっては土日の休みのうち、土曜の朝は1周約1キロのグラウンドを2周以上してから外出などのルールがあったりした。

 シュウジたちの区隊もグラウンドばっかりじゃ飽きるだろうということで、善通寺駐屯地外にある香色山や少し離れた我拝師山(がはいしさん)を班長引率の下で走って登るなど体力練成をやっていた。

 こうした自主錬成の成果かあるいは体力検定種目の3000メートル走の影響か、自衛官は距離感覚がおかしくなり3~6キロくらいなら走ってでも十分いけるという感覚になるのである。

 

 

 丸亀駅で降りた二人は丸亀城のほうに向かって歩き、かつて訪れたことのある喫茶店を巡っていく。

 残念なことに、天災直後の混乱のあおりを受けていくつかの店はすでになく、中には店主死去のため閉店しますとの張り紙が残ったままの店もあった。

 奇跡的に生き残っていた古民家風カフェに入ったが、午前10時半であり朝というには時間が経ちすぎていて、昼というには少し早い。

 駐屯地出発前に朝食で提供されたトーストとクロワッサンだけでは腹が減る、かといってしっかり食べると昼食が食べられなくなる。

 二人は悩んだ末、自慢の水出しコーヒーとサンドイッチのセットを注文する。

 漂うコーヒーの香りに、落ち着いた色合いのテーブルとクラシックなデザインのインテリア。

 瑞々しく新鮮なレタスとトマト、ショルダーベーコンをやわらかい厚切りパンで挟み、お好みで特製の粒マスタードソースをかける。

 これだけで、ほかに言葉はいらない。

 シンプルイズベスト、飾らない素材のうまさ。

 この後に従妹の少女と会うことがなければ、もう一品頼みたいところである。

 

「この酸っぱさがいいよね、実家の味って感じで」

「愛媛ってみかんの産地だよな、いよかんとか」

「ウチは作ってないけど箱で貰うんだ。よく言われるよね、みかん作ってるの?って」

「なんかすまん……」

 

 シュウジと安示はサンドイッチセットのデザートであるカットされた夏みかんを食べながら時間を調整する。

 スマートフォンに着信が入り、従妹の少女たちの準備が整ったことを知った二人は古民家風カフェを出た。

 

 伊予島杏と会ったのは、それからしばらく経ってのことである。

 写真で見ていた彼女よりも成長しており、線の細い美少女という言葉が似合う。

 その後ろから小柄で活発そうな少女が飛び出してきた。

 

「はじめまして、伊予島杏です……安兄さん、この方は?」

「紹介するよ、僕の同期の秋山守治士長だよ」

「はじめまして秋山守治です、イヨちゃん……えっと、伊予島士長?にはお世話になっております」

「なんだかかたっ苦しいぞ、タマは土居球子だ!よろしくな!」

 

 丸亀城からほど近い喫茶店で食事をするわけであるが、本来会う予定だった二人に加えて安示にはシュウジが、杏には球子とオマケがふたりついてきた。

 

「そういえば、最近、体調のほうはどう?今日は走ってたみたいだけれど」

 

 人見知りの気がある杏のために会話を切り出したのは安示だ。

 

「最近、体調を崩すことも少なくなりました」

「今日だけじゃないぞ、タマたちはずっと訓練、訓練で今日だって……」

「タマっち先輩!しっ!」

「訓練?」

「そうだぞ……ろくに外出もできず格闘に運動に、戦闘訓練と大忙しだ」

 

 球子がボヤくように言い、杏が制止するも勇者としての養成課程を受けていることを明かしてしまった。

 現時点では5人の少女たちを中核とする“勇者計画”は大社の部内秘で、その養成施設が丸亀城であり、戦闘訓練を連日のように行っていることを、たとえ親類であってもみだりに口外しないように指導されていたのである。

 未成年の少女たちを戦場へと駆り出すことをよく思わない“平和ボケ活動家”などの妨害工作や、あるいは身内の人間による隠避・逃走援助が考えられていたからであった。

 

「杏ちゃん、まさか……」

「安兄さん、この事は誰にも言わないでください」

「イヨちゃん、戦訓に体力錬成、俺らがやってた新隊員教育みたいだよな」

「新隊員教育ってなんだ?」

「タマっち先輩、安兄さんは自衛隊さんなんだよ」

「そーなのか、じゃあそっちのも自衛隊なのか?」

「うん、俺とイヨちゃんは同じ釜の飯を食う同期、士長っていうのは階級」

「シュウジのほうが年上なんだけど、同じ期に入校したら、年齢関係なく同期になるんだよ」

 

 シュウジはこのちっこいのぐいぐい来るな……と思いながらも身分を明かす。

 それに補足を入れる安示。

 

「じゃあタマと杏は同期なのか、タマのほうがお姉さんなのにか?」

「そうなるね」

「じゃあ若葉も友奈も千景も同期ってやつだなぁ」

「若葉……それって乃木若葉さんだったりしない?鍛錬が趣味の」

「何だ、若葉のこと知ってんのか?」

 

 シュウジから飛び出した知り合いの名前に球子と杏が驚く。

 

「僕たちが本土から逃げてきたとき乃木さんと会ってね、話もしたから」

「ええっ、安兄さんも若葉さんと会ってたの?」

「うん。それじゃ、ひなたさんもいるのかな」

「上里ひなたさんは、巫女として若葉さんの傍にいますよ」

 

 シュウジと安示は本土からの逃避行の最後、児島付近でひなた率いる避難民の一団と遭遇して不思議な力を間近で見た話をする。

 共通の知り合いがいるということで、杏にとって安示とシュウジは従兄とそのツレから、顔見知りのお兄さんくらいの感覚になっていた。

 

「銃が効かなかったのはビビったな」

「そうだぞ、銃も戦車も全く効かないからな、タマたちに任せタマえよ」

「ごめんなさい、そういう映像ばっかり見せられてるんで」

「杏ちゃん、気分悪くなったりしないの?」

「最初はきつかったけど、もうだいぶ慣れちゃいました」

 

 勇者たちに記録映像として見せられる映像は、動画サイトのサーバ壊滅までにダウンロードした動画、そして第14偵察隊による結界ギリギリでの威力偵察の成果である。

 瀬戸大橋上に展開した87式偵察警戒車(RCV)が引き付けたバーテックスに対し25㎜機関砲を撃ち、射撃後は直ちに結界内に退避するというもので、弾着による効果を測定した。

 得られた情報は大きく分けて2つ、敵に火器を撃てども表皮を貫通しないし著しい変形も見られない、また“結界”が中からの可視光線やレーダー波を欺瞞しているのにも関わらず無線通話ができるという不可思議な透過性を持っていることだけであったのだ。

 14偵の電子偵察小隊が地上レーダ装置、暗視装置を使用したところこの事実を発見したのである。

 これらの情報は14旅団司令部から四国政府を通じ大社へと提供され、若葉たちへの教育に用いられることとなったのだ。

 この撃ち逃げともいえるレコンマン決死の威力偵察の記録よりも、映像のインパクトから諸外国の軍事組織の残した映像が主に使われている。

 ある紛争地で撮影されたバーテックスとの交戦動画で、迫りくる敵にロシア製T-72B戦車が125㎜滑腔砲を撃つも効かない、爆ぜる爆発反応装甲(コンタークト5)ごと貪り食われて砲弾が誘爆、勢いよく噴き出す火柱の中から悠々と現れて焼けた戦車兵に続いて撮影者を喰らう様は人類の無力さを象徴していた。

 脱出行などで修羅場をかいくぐってきた少女たちといえど、このような動画を見せられた当初は気分が悪くなったり焼き肉などが食べられなくなったりしたが徐々に慣れがやって来て、平然と肉ぶっかけうどんを食べることが出来るようになった。

 新隊員教育隊でもイラク戦争で狙撃を受けた人の動画や、特殊武器防護でサリンに触れたウサギの動画を見せられたりしたわけだが、シュウジたちは戦時下における“勇者”たちの養成訓練の一端に触れ、新隊員教育隊とは違った厳しさがあることを知った。

 

「と、いうわけでタマたちは映像見せられて、格闘するか、運動するかって生活なんだよ」

「うわっ自衛隊生徒かよ、そりゃ中学生なんだし遊びたいよな……」

 

 2年半の丸亀城生活について愚痴をこぼす球子に、シュウジは高等工科学校を連想した。

 高校生にして手当こそ貰えるが、1年間携帯電話は禁止、外出も制限されて一般教科と防衛学の授業の日々だったと自衛隊生徒出身の幹部自衛官は言っていた。

 

「わかってくれるのか?」

「うん、俺らだってずっと外禁はきついもん、タマっちアウトドアとか好きそうだもんな」

「おおっ、なかなかに見どころのあるやつだな、タマの舎弟にしてやろう!」

「タマっち先輩、ちょっとそれは秋山さんに失礼じゃないかな」

「別にいいよ。今着てるパーカ、モーベルのヤツだろ?俺も高松のモールで買ったし」

「高松かぁ、ちょっとタマには遠いな」

「ほんと、教育期間中は時間制限が厳しいよな……」

 

 わいわいと外出話で盛り上がるシュウジと球子を見ながら落ち着かない様子の杏に気づいた安示はそれとなく水を向けてやる。

 

「杏ちゃん、時間はいいの?」

「あっ、もう門限が近いから帰らなくちゃ!」

 

 いろいろ話しているうちに、勇者組は丸亀城に帰らないといけない時間になっていたようだ。

 

「帰隊遅延はまずいよね、それじゃお開きにしようか」

「そうですね、タマっち先輩帰りましょう」

「あんず、これからがいいとこだったのに……」

「だめですよ、あんまり遅くなると捜索隊が組まれるんですから」

 

 外出申請した時間を超えると何かがあったものとして大社の捜索隊が組まれ、場合によっては協力関係にある警察や自衛隊の動員もあり得るのである。

 そうなれば二人がこっぴどく怒られるだけではすまないかもしれない。

 結局、見送り不要ということで連絡先を交換した後、4人は喫茶店前で別れることになった。

 その後、シュウジは買い物とホテルの大浴場を満喫して2日目、瀬戸大橋記念公園へと向かう。

 橋の先には青々とした山と海原が広がる。

 人敗れて山河あり、敵地となった本土を見て父母を思う。

 

 __いつか、本土を取り戻したら家に帰ろう。

 

 帰るべき家も両親も失い、長期休みが近づくたびにホームシックとなっていた。

 ふとしたことで涙があふれだし、憂鬱になって、ベッドで両親の夢を見てまた泣きだしそうになる。

 日々の勤務の忙しさ、同期や部隊の仲間との気晴らしと3年が経ってようやく心の整理がついたのだ。

 

 決意も新たにシュウジが帰隊して数週間後、5人の少女が“勇者”あるいは“人類の切り札”として大々的に喧伝されることとなる。

 9月14日、四国はバーテックスとの防衛戦争に突入したのである。

 




※自衛官の視点より見るのわゆのため、バーテックスとの直接戦闘はありません。

戦車を有する普通科連隊、現実世界の第15即応機動連隊に近い状態になりました。
機動戦闘車(MCV)が存在しないので74式戦車がグラウンドの端にオーニングを掛けて並んでいます。

原作でいうところの“武装船団”って壁があるのにどうやって活動してるんだろうか?
何度読んでも海上の壁がどうなってるのかよくわからない……
壁付近まで後退したという記述を最後に登場しなくなるので、退路はない?

ご意見・ご感想等お待ちしております。

参考動画等
YOUTUBE 『2015 善通寺駐屯地開設65周年記念行事 模擬戦闘訓練(香川県)』https://www.youtube.com/watch?v=ZUV-DTb0GP8

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。